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誰にでもできる

目の前に困ったことがあると、なんとかしなきゃいけないと思うし、いかにもどうにかすべき「問題」のように見えるし、なんだかんだ偏差値の良い学校に行ったほうが良い気がするし、でもその一方で、学歴や学力がなくても成功している人もいるし、それもなんかわかるようで腑に落ちないし、こうしたほうが良いと思ってやってても自信なくなるし、人は人と思いたいけどどうしてもイライラしちゃうし、好きな事もよくわからないし、じゃあ大して好きじゃないんだねって言われてもねぇ、って思うし、まぁ色々考えるわけですが

要するに、とっとと幸せになればいいんでしょって話です。
幸せな状態になれば、すでに終わったこれまでの苦労とかは忘れて「結果オーライ」だって自然に思えるから。
だから、結果オーライってわかっていたら、幸せになるってわかっていたら、そこまでの道のりは実は大したことない。
(だから道筋考えなくて良いという昨日の話につながり、道筋考えないでいる時に幸せにもなるのですが)

ただ人間というのは幸せな状態になっても、なったはずなのに今度は「こんなに幸せで良いのだろうか」「バチが当たるんじゃ」「私が幸せになった分、どこかで不幸な人がいるんじゃ」と、色々な問題とやらをまたあえて作り出すのですけれども。

で、得られる大きさの事を考えたら、日々のことは大したことではなくて、苦もなく結構色んなことができちゃうわけです。

こんな素敵なメッセージをいただきました。
ストイックっていうのは性質だけの事ではなくて、誰もが「わかった」ら、もうそこに進むしかないっていうお話。

以前は、小野田さんの1ミリもごまかさない、とか、今ここ集中、とか読むたびにうーん、ストイックだなあと感じていたんですけど、最近、びっしり心の底から満足!の時間もあって、同時に、なんだかなーと感じる時の自分のまわりに感じるエネルギーの質の差がはっきり見えてきて、これは、確かにごまかせない。ストイックとかではなく。と思いました。
余計なところに自分のエネルギーをつかうのは無駄っていうのも、そうかなあ、人生って、も少しゆるくていいんじゃないかって感じがしていたんだけど、最近は、確かに小野田さんの言う通りだなあと思う。
あんなに時間が輝くんだったら、ほんとにああいう時間を できるだけ多く人生の中で持ちたいし、そうじゃない時間はなくていい。
という感覚が、ここ数日のことですが、実感として分かりましたよ。
体感してしまったら、もう、どっちを選ぶかは、絶対光り輝いている方に決まっていて、
それを得ていくために本音で生きていくことが必要なら、
そりゃもう、本音で生きていきますよね。
努力でもなんでもなく、植物が太陽の方を向くみたいに。

そう、性格とか性質がっていう話じゃなくて、知ってしまったら、もうそっちにしか行けなくなるんです。
その過程は、修行でも苦労でも根性でもなく、ただもう、それこそが素晴らしい唯一の道、みたいな。

メッセージ掲載、快諾いただきました。
ありがとうございました。

「一周回って知らない話」という番組にローラさんがゲストで出ていて息子が録画していたのですが、横目で見てたのに面白くて熱中してしまいました。
一言で言えば大変ストイックな彼女。
2年前にCMでいきなり素晴らしい歌唱力を披露したそうですが、その更に2年前から、歌う予定もあてもないけど、未来の来るべき日のためにボイストレーニング受けていた。
アメリカ映画に出演されていましたが、3年前から、予定もあてもないけれども日本とはまた別に、アメリカの事務所に所属していた。
2年前から全く話せなかった英語も習い、日本でのマネージャーさんもアメリカ人の人に変わってもらい、と、自分をその環境に置くことを徹底し、スタジオではとても流暢な英語を披露。
インスタでは、雑誌のページ並みのクオリティの写真を、1日も同じ洋服を着ることなくUPして。お料理も素晴らしく。
我々から見たら驚愕ですが、彼女にとっては苦もなくできる事、当たり前に頑張れること。
苦労すら、幸せだと思える事。

彼女の場合は天才的に見えますが、要は、そういう本質のものが誰にでもあるから、それを見つけるだけなんですね。
見つかれば自動的にそっちへいくから。

誰でもできることじゃなかったら私も書こうと思わないです。伝える意味ないし。
自分ができて、終わりにしちゃってると思う。


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# by 4cubes | 2017-02-22 17:00 | 潜在意識 | Comments(0)

「決めた」時「決めない」が起こる

潜在意識の事をこれだけ書いていると、皆様「潜在意識を理解している」「理解したい」「理解できていない」などと思ってしまいそうになっているようなのですが、潜在意識は、そもそも思考で理解できるほど簡単なものではないです。理解する前提がまず不要です。

つまり「病気になった」事実があったとして、原因とやらを探ってみて「旦那にかまってほしくて病気やってたんだ」という気づきを得たとしても、それは正解というわけではないんです。自分がそれを正解だと決めた、に過ぎない。でも決めたから、それがあなたにとっての正解になるというだけなのです。事実から見えることは、限りなく真実に近い想像だけなんです。
もちろんそれで良いんです。
でも、「旦那にかまってほしかったんだ。いや、親かな。え、でも親とは何のトラウマもないし。じゃあの事はどう説明がつくの?そういえばあの時もこういうことがあった、それってどういう意味?同じこと?違う事?」なんて、自分の頭で全部理解しようとしても、全部に説明をつけるなんて不可能ですし、そこで「私は難しく考えている(理解することが難しい)」つまり「世界は(私にとって)難しくできている」となり、幸せになることが難しい事象が起こる、と繋がっていきます。本末転倒です。

私があれこれ書いてそれを理解してくれようとしているからか、難しく考えている方が多いです。
それには私の責任もあるとして。でもそれは置いておいて。
頭で理解したいという方がとても多いです。でもそれも、頭で理解したいんだなーって感じにしておいて。
その上で、理解しようとしない事。ブログ読むのは好きだけど読んだら忘れる。くらいがちょうど良いです。
わからなかったら聞きにきてください。
文章だとどうしても一側面になりますからねぇ。

「世界は、かんたんにできている。」
ここをまず動かさないでください。
「かんたんにできている、だとすると、どういう事が言えるだろう」これで世界は簡単になっていきます。

さて、私は時々「決めると叶う」などと書いていますが、「決める」時に何が起こっているかと言うと、これも無意識なので自覚しているかはともかく同時に「決めない」が起こっているはずなのです。
物事は全て陰陽でできていて、それが統合(分離されていたものを元に戻す)された時に、完全な形で動きます。
「決める」と同時に、それと同じだけのエネルギーの「決めない」が起こっていて、そのバランスが取れた時に、現実が完璧な形でうまくいくという事が起こるのですが、例えば朝「歯を磨こう」と思ったら、もうあとは「どんな風に磨こう」とか「洗面所まではどうやって行こう、歯ブラシはあるかな」なんて考えずに、無意識に歯磨き完了していると思います。要は「決めた」ら、あとは何も意識することはなく「自動運転」なのですね。それは願い事なども同じ。

つまり「決める」と、それと同時に「それをどうやって遂行するかを決めない」が起こっています。
潜在意識は自動運転なんです。
願ったら手放せ、というのはこの事。
願った(決めた)ら手放せ(あとは何も決めない)という事。
お金を手に入れると決めて「遺産が入るのかなぁ、宝くじかなぁ。」なんていうのもですが「今時給900円だから、入ってもこの程度よね。臨時ボーナスでも出るのかなぁ」とか「旦那が出世?ま、したとしてこのくらい?」なんて、無意識にでも見積もりしたり、お金が入ってくる道筋をあれこれ考えていたら、入ってきません。

統合されないから。
バランスを崩しているからです。決めて、決めて、また決めてるから。
「決めない」も同じだけやれって話。

引き寄せの本などで「願ったら手放す」と書いてあるし、実際そうなのですが、要は統合してねってこと。
でも「願ったら手放す」だけ書かれててもあんまりわかりませんよね。
なんで?ってなる。私も斜めに見てしまう方なので「なんで?なんで?なんで?」の連続でした。
執着するとなんたらとか、色々と理由らしきことは書いてあることは書いてあるけれど、その説明がなんだ?って感じで納得いってなかった。
そもそも説明がされていないじゃん、という(わたしから見るとそう見える)本もとても多く、どれだけ読んだか。そして、沢山読むとやはり、主観的にですが「著者が、わかって書いているか否か」も見えてきます。

理解しなくて良いと書きましたが、理解はしなくて良いんです。
でも納得は必要なんです。
自分の体が受け入れているか、ってこと。
理屈がわからなくても良いから、感覚で、体で、良い反応を示しているか、というのは大事です。
だからたくさんの本や情報があるのは良い事で、自分に合ったものをより見つけやすくなるんですね。

さて、なぜ「決める」と同時に「決めない」が起こっている、にたどり着いたかというと。
物事は陰陽でできている、というのは、私はいまだに知識でしか知りません。
統合の感覚はわかりますが、人間ですし特殊能力もないし普通に現実に起こっている事象から考えています。
私が、心理学の世界の中で「この人はわかっている」と思う人は、皆、どん底を経験されています。
その人たちはその後、大きく飛躍することになるのですが、そこに共通点があります。
「抜け出す」という事は決めて、あとは決めていないんです。
「どうしてもここから抜け出したい!」と思う時に、呑気にそのやり方を選んだりしませんよね。
心からの叫びで「助けて!!!!!」って時に「あ、でも、Aさんからだったらいいけど、Bさんからだったら嫌だわー」とかないですよね。
「誰でもいいから助けて!!!」ですよね。
「決めない」は自動的にそうなります。自分から意識してする事じゃないので案外書かれていないのですが、この「決めない」の方が大事。
人間って、切羽詰まった時「なんでもいいからどうにかして」と思いますよね。
「なんでもいいから」は、どんな方法でもいいから、誰でもいいから、って事。
どうにかなるのであれば、手段は選ばないって事。それくらいの強い、純度の高い、損得勘定のない想い。

そこに完全なバランスが生まれます。
願ったものの大きさと、手放したものの大きさの。

その時に願いが叶うんです。
私のどん底経験も色々ありますが、すべてこの通りでした。
自分で言っちゃうけど、書いていて繋がるし面白いしなんかすごい!
ブログでここまで書いてるよ!って思います。(あくまで自分比で)
私、今の姓(結婚後の姓。離婚したけど戻していない)だとD5なんですよね。LP4、D5、S7。
書く事、伝えることが使命。自分で、もったいないって思える内容こそ出し切ります。
でも、パラドックスですが、そうやって出てきたものだから想いが込められます。
新しい姓を得て伝えるために結婚したんじゃないかとすら思えてきました。
元夫、ありがとう!

で、戻しますが「そこまでどん底にならなきゃいけないんですか?」という発想をする人がいる。
違いますよ。全部バランスですから。
物事の大きさじゃなくって、願ったことと同じだけの「決めない」を放てば良いだけ。
「決めない」を頭で理解しようとするとまた余計な思考が増えちゃうので、現実がうまくいかない時に、目安として「あー、決めないをやっていないのかも」という可能性に目を向けてくださいね、という事です。


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# by 4cubes | 2017-02-22 10:21 | 潜在意識 | Comments(0)

子どものこととかあれこれ

今週の金曜日に「こどもてばなし講座」を開催することもあって、そのことを集中して考えています。残席あります。

「てばなし」って手放せば良いんだけど、なかなかできないのも当たり前で。
私だって完全に手放しているわけじゃない。親の事情や都合やエゴもある。大事な事はそれを否定するのではなくて、それとどう付き合うかなのですね。
心地良い関係性を作るのに、何を手放して、何を共有するのか、伝えたいことは同じでも、どう伝えたら良いのか。

あとはまわりの環境が子どもを作ります。
言葉の使い方が子どもを作ります。
例えば自分が「息子さん凄いじゃない。優勝したんだってね」と言われて「いやいや」と謙遜するのじゃなくて「ありがとう」と言えば良いくらいはわかるにしても「ありがとう!でもまぐれよ〜」と答える時に何が起こっていて、この先どうなるのか。「ありがとう!実力出せたみたいね」と答えると何が起こるのか。何気ないこんな謙遜や返事が何を意味するのか、そして、これを利用すると、子どもはどんどん伸びる。
ほんの僅かの言葉の違いが、どう結果を変えていくのか。
みたいなことをどう伝えようか考えています。

これからの時代、どんな人になっていくと生きやすいか、そのマインドが大事でその作り方はどうしたら良いか
今の価値観では、親世代で通用した価値観はもう使えないですしね。

私はあまり事前準備をしない方で、それは、どういう方がいらっしゃるかで流れが全然違ってくるから。講座の内容もやりますが、少人数という事もあるし、基本セッションに近いです。「その人に合った」がいかに重要かという事も、数秘を散々やってきてわかるから。
同じことを伝えるにしても、その方がどんな数字かによって、理解が違うし、解釈が違うし、そこを考えながらいつもやっているのだなーと、今まで無意識でしたが、気がつきました。
現実に使える、それでいて新しい視点のアイデアを伝えたい。

面白いなーと思うのですが、セッションに来てくださったのが6、そのお子さんが9だとして、お子さんの話をするときは、4(私)のフィルターが、6のフィルターで見ている9のお子さんはどうか、という視点で私は話をします。
つまり、ただ「お子さんは9だからこうです」ではなく「6からみると、9のお子さんはこのように見えます」といった感じで微細に複雑になりますが、6言語で話すという感じ。でないと私の4と6ではそもそも同じ言葉を使っても、その言葉の意味や解釈に違いが発生するので、6が理解できるように話すという必要があります。
その場で調整しながら話しています。
これを完全ではないにしても無意識にやっているのが私のセッションですね。
もちろん4が4の伝えたいようにやっても伝わりますけれども、4がもともとそういう性質なんだと思います。で、D7が結構精密にやるのだとも。
気づいたらこうなっていました。

私はできる、価値があると公言する事は、いやらしい印象を与える可能性も認識していますが、できることをできると伝える事、どうしてそれを伝える必要があるのか、以前はわかりませんでしたが今ならわかります。
私、現在100万円にも匹敵するコンサルを受けているのですが(実際のお値段はもっともっともっともっとお安いですが)その先生の在り方から相当なことを学んでいるし、そこでわかりました。
この辺りもまたシェアしていこうと思います。(まだ言語化できていない)

例えばですが、このブログを見てイラっとしても良いんです。
自慢か?と捉えても良いんです。(私自身に自慢する趣味はないですが)
ただ、イラっとした相手から「イラっ」だけ受け取っていては得がないから、イラっとさせられたら、どうしてそういう気分になるのか分析して自分のものにすると良いと思います。イライラするんですがなぜでしょう?って直接聞いても良いと思います。
私もそうしてきました。
今もイラっとする人、います。
でもイライラする相手から受け取るものがなかったらイライラ損だし、そこに自分にとって鍵になる何かがあるのはわかっているので、そういう相手からこそ学んでいます。

何かの参考になれば幸いです!

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# by 4cubes | 2017-02-21 17:34 | 潜在意識 | Comments(0)

自作自演

つまりは、人生は壮大な「思い違い」でできているわけです。

先日の事、パートナーが「知り合いの子(中学生)に「こないだの土曜日、●●にいたでしょ?」と言われたので「僕は、きれいな人と一緒だった?」と聞いたら「ううん」と答えたので「だったらそれは人違いだね」と返事をしておきましたよ」とメールをくれたのですが。
(確かにその日はパートナーと2人でその場所にいましたが)

私はそれを読んで、
●聞かれたのは事実だと思うけど(←そこ創作の必要はないし)
●その後の中学生との会話は彼の創作だ(←普段の会話で私をいじる時にもよくストーリーを作るから。)
と瞬時に、何の疑いもなく信じ込みました。
「きれいな人だった?」と聞かれて普通に「ううん」とか答えるわけないよね???と思ったのが後押ししていました。

そこで、軽く1人でふてくされてたんですね。
で、冷静にこれも自分が言わせてるんだな、この事象を通して私に何かメリットがあるんだな、何かわかんないけど。
でもなんか怒りおさまんないわーと思っていたのですが、彼と話したくなり電話して、本音を話したのですが。
(謝らせようとかそういうコントロールじゃなくて、純粋に伝えたくなったと自分で確信を持ってから)怒ったよ!って。

そうしたらなんとその話は事実だったのでした!
本当にそう言ったんだって。

綺麗じゃないと言われたそれもどうなの?という感じですが。そっちは不思議と腹も立たないんです、自覚もしているし。
そうではなくて事実はどうあれ「彼に」きれいじゃないと言われたことに私は怒っていたのだけれども、そもそも私の解釈が間違ってるだけだった!
嘘だと勝手に解釈して、しかもそのストーリーだって、別に彼が私に直接「きれいじゃない」って言ったわけでもないのに、そのストーリーから私は彼が私に「きれいじゃない」と言った、と解釈したわけです。
その「きれいじゃない」は、彼の言葉だと。
しかも、誰かに言わせた風なストーリーにして、高度で姑息だと(笑)

彼は「自分は綺麗な人といたのだから、綺麗じゃないと言うなら人違いだね」という意味でそう返事したのだそうです。
シンプル!てかそのまんま。

想像力で言うなら、私の方がある意味ずっと豊かなストーリーを考えていたのでした。

こういう事は、事象の差さえあれど本当にいつも起こることです。
起こっていない気がするのは、感情を閉じ込めて事実確認をしていないから。
違和感があってもなかった事にしたり、うやむやにしてしまうから。でもそれは危険な事です。
私はなんだかんだ、違和感があるなら本人に確認しますし、本音を言わずに黙っているという事はないから、そこで自分の勘違いに気づかされますし、そのおかげで勝手な勘違いで人をジャッジしないですんでいます。
些細なことのようで、もしこの事を話さずにそのままにしておいたら、今度からいくら「きれいだ」と言われたとしても、それを信じられなくなっていたかもしれないし、そうすると「綺麗って言われたい」と思っているのに「信じられないから受け取れない」という事が心の中で同時に起こるから、言われても受け取れない、言われなくても不満になり、相手との心の距離がどんどんできてしまいます。

だから本音を出す、というのは、何より相手との詰まりを取って、自分を幸せにしてくれるツールなのです。

それともう一つ「私は【いつも】ストーリー仕立てでいじられているから」という過去データをもとに、その時の彼の言葉を解釈してしまっていて「今ここ」の彼の言葉を純粋に受け取っていなかったのですね。いつもこうだから今回もそうに違いない、と。
そこがすれ違いを生むもとになっているし、私もその場で「それってどういう事?」と聞けたら良かったのですが、解釈なんて自分にとって当たり前で疑う余地もなく、さらに瞬時に起こります。そして解釈から起こる、怒りの感情が先に来ますので、要するにそれどころじゃない。
だからこじれやすいし、こじれて当たり前なのです。
(感情ベースの人は特にそうなりやすいです)

でも、後からでも「あれはどういう事だ?」と振り返り、違和感と感情の正体を丁寧に紐解き、本音で伝えることは伝え、自分を見つめ直すという作業をすることで、不要な思い込みを外して相手と純度の高い関係性を作ることができる。
その丁寧な作業が、自分と相手を信頼することに繋がり、未来を作っていきます。
絡まるのは絡まるのだから、絡まったらすぐほどく。ほどかないまままた絡まると、どんどんほどけなくなっていきます。
最初に絡まったものなんてもう外側から見えなくなってしまっている。そうなる前に、常にほどくのです。
潜在意識でもそうだけど、それ抜きでも当たり前にそういう事です。

ただ、解釈というのは無意識のうちに当たり前に起こるから、そこを疑う事がまず難しいのです。
きっかけは、現実の事象でモヤモヤしたり、悲しいとか怒りとかそういう感情。そこがきっかけになります。
違和感があれば必ずそこでまず立ち止まってみてください。

喜びや楽しい時はそれをそのまま楽しむ。(←自然に自分に向き合えているからそのままで良い)
違和感や嫌な感情は、すみやかに細分化して適切な処置をします。
怒りや悲しみの感情は、どうしても痛みを伴うので向き合いたくなくて、自分じゃないものに意識がいってしまいがちになるので、自分に戻す作業をするわけです。

そうしていくうちに、痛みを伴う自分の愛おしさに気づいてきますし、向き合う事が苦痛ではなくなる。
私は確かに「怒って」いましたが、同時に「わぁ、私こんな怒ってる。なになにどういう事!」ってワクワクもありました。
それまで怒っていないところから、何もないところからいきなり生まれた感情。
純粋に怒っているそれって実は大変魅力的なものでもあるのですが、どうしてかというと「生(なま)」だからなんです。
採れたてっていうか。
生まれたての赤ちゃんっていうか。
それこそ純度が高い、鮮度が良い。
そこには「嘘」がひとつもない。

で、怒る必要がなかった、というところにはあとから気づくわけですが、そういうのはどうでも良くて。
その時に純粋に怒った → 思い込みに気づいた → そういうことかぁ!!!
という、一連の新鮮な流れがあるわけです。
楽しんでいる。
反省しなくても良い。ありがとうと思うだけ。
彼には「ごめんね」って伝えましたが、感覚としては「ありがとう」に近いですね。
(だから罪悪感なし)

今日は息子の誕生日です。(留守ですが夕方合流、ふぐ食べたいんですって)



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# by 4cubes | 2017-02-19 11:36 | 潜在意識 | Comments(4)

エネルギー

今ここに集中する。
ってよく書いていますが、これを読んでくださっている方は、集中していますか?
今、目の前にあるそれだけに「全神経を」集中させるという事をしていますか?
夕飯を作ること、メール読むこと、仕事、掃除、家族との会話。
食べること、お茶を飲むこと、テレビ、駅までの道のり、日用品の買い物まで。

そんなことしてられない、と思う人は、それでもちろん良いです。
「そんなことしてられない」に合った現実が叶っていると思いますし、そのために「そんなことしてられない」を選んでいるだけです。
「できるだけやっている」のなら「できるだけ」の、両手を広げたくらいの世界で生きている事を自分に許しているという事。

テレビはBGMなので、という話は、それはそれで良いです。
「何を」という形の話ではなくて、その奥の意図を読んでいただければと思います。

人生において自分を生きていれば「どうでも良いこと」というのは存在しません。
メールを読むとして、それが必要だと思うから読むのだと思うのですが、集中しないのであれば、そもそもそのメール、読む必要がありますか?
集中しなくても良いメールであるし、向こうから勝手にくるメールだとしても、そんな程度の(自分にとって重要ではない)人との付き合いがある、ということが言えるかもしれませんし、そういう付き合いを自分が選んでいる、それを自分に許している、ということにもなります。

そして、そういう「集中しなくても良い程度のこと」に自分のエネルギーを使っているという事になるわけです。
大好きな事や、心が震えるほど大事な事にかけられるはずだった分のエネルギーを、そっちで消費している、非常に勿体無い状態だという事です。
エネルギー(お金も同じです)は、好きな事に使っていれば減らないんです。好きな事に集中しているのに疲れるのならば、それは単に体力が消耗しているだけのことなので寝れば治ります。そして、好きだというエネルギー(情熱)は減るものではなく、感じれば感じるほど増えるもの。(だって湧いて出てくるから。それがわからない人は何かで蓋している(感じないようにしている)と思われます。)
逆に、好きなことや楽しい事にエネルギーを使っていない時、そのエネルギーは疲弊するのです。

そういう意味で、好きなこと、夕飯を作ること、メール読むこと、仕事、掃除、家族との会話。食べること、お茶を飲むこと、テレビ、駅までの道のり、日用品の買い物まで、これらの全てが好きな事でできていたら、精神的に疲れるなんてことはないはずなのですね。
豊かさを感じるだけになります。
お金も同じで、好きな事に使っていれば、物理的には減っていますが、絶対に減ったなんて感じません。わからない場合は、日常のほとんどでお金を好きな事に使っていないだけです。

心から大好きな人とのデートに使ったお金、減ったなんて感じますか?
楽しかった!幸せーーー!!!ってそこにしか意識がいかないですよね。

色々とブログで書いているから、余計に「結局何をすれば良いのか」わからなくなっている人も多いと思いますが
毎日やる事は

●目の前の事を本音に従って選ぶ。
●選んだことに全力で集中する。

これだけです。あともう一段階、

●すべてにコントロールしない
●とにかく出す(本音・不要なもの・感謝など)

だけです!
お金も、子育ても、人間関係もすべてこれだけです。

余談ですが、とある芸人さんの写真がネットに載っていてそのすぐ下のコピーが「現在ブレイク中」と書かれてたのですね。
でも私、芸人さん知らないですし、その写真だけの印象で「現在ブサイク中」と読んだのです。(大変失礼ですみません)
でも、気づかなければ「現在ブサイク中」が、私にとっての真実なのです。
写真から私がそう感じたから、そう読んだのです。

で、世の中はすべてこれと同じ原理でできています。
自分がそう感じたら、そう解釈したら、自分にとっての真実になります。
目の前に見える黒いテレビを、自分も他人も「黒だね」と言ったとしても、その両方が全く同じ色を指しているかなんて、客観的に確かめようもない。
全ては主観でできていて、自分の主観が自分にとっての真実です。
昨日の晩、お寿司を食べたと言っても、それは記憶でしかなくて、証拠なんてない。
日記に書いたとしても「日記に書いてあるだけ」であり、実際に食べたという証拠なんてない。

だから「今」と「自分」だけが、軸になるのです。
それ以外に軸はないし、基準もありません。
そしてその基準は人それぞれ違っていて良い。一致させなくても良いのです。

少しでも自分以外の基準が入っていたら、それが自分の本音と違っていたら、自分の軸が崩れます。
自分の主観で見ている世界が歪んでいくのです。
それが「現実がうまくいかない」という事象で示されています。

もう本当に「今」の「自分」(←肉体の自分じゃなくて、純度の高い本音の自分)で生きるしかないという感じ。
私もここのところ、どんどん純度が上がってきています。ほんの少しの先、または過去の事すら考えないように、というか、考えないようにさせられています。
ごまかしがきかなくなってきました。
これも早いうちにアウトプットの機会を作ろうと思います。


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# by 4cubes | 2017-02-19 09:36 | 潜在意識 | Comments(0)

潜在数秘術の研究と分析・セッション(対面(吉祥寺・都内)・スカイプ)


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