子どもの才能

シンプルに言えば

できる子のまわりには、できない子が集まるし
できない子のまわりには、できる子が集まる。

東京は高校の数が多くて、概ね学力に合わせて選ぶから、かなり似た学力の生徒だけで1つの学校が構成されることになる。
しかも今は、経済力と学力の関係性も無視できないように見える社会だから、家庭環境も似たような子が同じところに集まると思う。

で、そうやって同じような子が集まったとしても、もしその子自身が優劣のある世界に生きていたら、今いる環境を優劣で見るから、そこで敵を作って生きることになる。
敵を作る自分でいる以上、どこへいっても敵を作る。
だから、どこにいるかじゃなくって、どんな自分でいるか、だけなんだと思う。

と、昨日の6ヶ月プログラム初日でもほんとうにそう思った。

子どもを怒っててもいいし、褒めててもいいし、それほんとうに大丈夫。
気にするのはそこじゃないと思うんだ。
いつも思うんだけど、どの方も、自分の子どもの素晴らしい才能をもう知っている。ただ、見ている視点がちょっとズレてる。
決めたいところで決めてなくて、決めなくて良いところ決めてると思う。
そして幸せは、そこに気づくか気づかないだけの違いなんだろうなぁ。

息子は昔から、自分でなんとかしようなんて発想がまるでなくて、何かあれば誰かにすぐ頼む。頼るじゃなくて依頼する感じ。
わからないことはわかる人に聞けばいいし、できる人、得意な人に頼めばいい。そうすると好きじゃなくて意味がわからない勉強は自分でする必要ないから、自分の学力は自ずと低くなる。
それが何を生むかというと

●友達を対等に見る
●劣等感がない
●ナチュラルな交渉力
●友達が多くなり、人脈につながる
●自然体なので本番に強い

そして、友達は人数に加え、圧倒的に「学力の高い」子が多い。
優劣ではなくて、性質としてね。陰陽としては必然的にそうなるわけで。依頼するつもりでいるから依頼するに値する友達が増えるのは仕組みとしては当然になる。

いい感じに見えるかもしれないけど、私からは依頼心が強く見えて「人に頼るな!」って息子に思ってた。
息子が「今流行りの無気力な若者になるのか?!」と心配してた。
この人の人生、学力が低いことでしかも頑張ろうとしないことで、仕事選べなくなったり選択肢狭くなったりして、それ受け入れなくちゃいけないのか?って思ってた。
「今頑張らないとあとで苦労するよ!」なんて本人に言っちゃった事もありました。
(今思うと呪いの言葉です。苦労すると決めて、それを現実化するために頑張ることになるから)
なんとか「楽しく」学んでもらおうと色々働きかけてもみたけれど、うまくいかない。
ところがただ「視点」に気づくだけで世界は激変して。
これから先、彼を心配しなくても良い自分を得られたことが心から嬉しかった。
だって、ほんとうに大丈夫だから、心配になる必要がなくなったもの。
(あ、日々の色々はありますよ。でもそれは「対処すべき案件」であって行き所のない不安ではないってことです)

わかりやすいことだけじゃなくって、みんな隠れた才能があるから、子どものそれが見えると、毎日は楽しい。
早速定期紛失しても、脱力しながらも通常運転だなーって思えるんです。
(再発行も完了。IC時代に感謝。Nさんありがとう!あのまま駅の窓口で手順を聞き、生徒手帳が必要なので学校帰りの息子と待ち合わせて手続き、からの受け取り。流れ完璧でした。)


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# by 4cubes | 2017-04-28 14:14 | 潜在意識 | Comments(0)

褒めて伸ばす

●褒める(誉める)
すぐれているとして、その人や事を良く言う

「子どもを褒める」っていうのは、優劣のない世界の人の言っている意味と、優劣のある世界で生きている人とで、その意味は大きく違うと思う。

優劣のない人にとっての「褒める」は「感想を言う」「純粋に反応する」という意味です。
子どもが上手に何かできたら「やったじゃん」と一緒に喜ぶし、できなかったら「チャレンジできたね」と言うし、それは何か、うまく言おうとしてそう言うのではなくて、子どもがいい感じに育つような言い方をするんじゃなくて、ただそう思うからそう言うって事。そうして、あくまで結果的に「褒めた」っていうことになる。

褒めるって言葉が、なんというか、主体的に何かをするという意味に聞こえてしまうのかもしれないけれど、もともとわざわざ褒めなくちゃいけない子どもはいなくて。
それは、優劣のある世界にいる人は、どこかで「大人は子どもより優れている」という価値観を持っているから、子どもは何かをしてあげなくちゃ伸びない、って思っているのかもしれない。もしくは、意図的に伸ばそう(伸びると何かメリットがあるから)という損得勘定。

子どもに必要なものは知恵であって、それがあれば子どもは勝手に伸びていくんだと思う。
そして、お互いの間にあるものは、どっちかがどっちかに何かをする事じゃなくて、時間と感覚を本音で共感し合う事なんだと思う。

子どもに人気の先生って、偉そうにしない。
それって、自分が偉いって全く思ってない、子どもと心から対等でいるから。
その心がちゃんと透けて見えるから、子どもはわかってるし受け取っている。
その先生はいっぱい子どもを「褒めて」るけれど、それは、その先生の純粋な感想がポジティブな言葉に乗っているということで、叱る時ですらテクニックじゃなくて、上からじゃなくて、対等に真剣にただ知恵を授けるから子どもに響く。

そもそも褒めても怒っても、本質も結果も同じなので。
褒めたから伸びる、怒ったから伸びないっていうのはなくて。
優劣ありきで褒めたら「どうすれば褒められるか」を学ぶし、怒られたら「どうすれば怒られないか」を学ぶから、結局行動が同じになってくる。
その奥にある、どういう心でいるか、というそれが大事。

例えばこれは、ご主人にも同じ事で。
案外ご主人にも、うまいこと言おうとして本音は言えていない人は多いかも。
あるいは本音で話すことを諦めている事が多いかも。(自ずと自分と向き合っていないということでもあるのですが)
職場の人間関係が悪いっていう話も多いけれど、どこかで「そもそも本音でつきあう対象として見ていない」としたら、そうなるのも自然なことだと思う。そう思ったのなら普通に「本音でつき合うような対象として見られないように」現実化しているだけだけのことだから、つまり願ったり叶ったりになっているって事も言える。

自分を褒めよう、というのも同じ。
無理矢理ポジティブな部分を見つけてそう思い込もうとするんじゃなくて、自分の中の「悲しいことをちゃんと感じられているなぁ」とか、そういう部分も大切に拾い出し、感想を感じたり、自分の気持ちに反応してみる。

褒めるって、そういうことだと思う。


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# by 4cubes | 2017-04-26 22:38 | 潜在意識 | Comments(0)

子どもにかかるお金

よくみんな言うし、考えていることの1つに、お金に関して「なんとかなる」という感覚があると思う。

それは普通に「なんとかなる」と当たり前に信じ込んでいるから「なんとかなったー、良かったー」というような結果になりやすいんですよね。
「なんとかなる」って、幸せなことといえばそうなんだけど、要は事なきは得るけど余裕はないよって事です。もちろんそういうドタバタを人生の喜びとして楽しみたい場合はもちろんそれで良いのですが。
それだと話が終わってしまうので。

子どもにどれくらいお金がかかるかわからないから働いておいたほうが良いのかな、とか、でも今は子どもがまだ小さいから、まとまった時間もないし、熱を出したりして急に休むなど会社に迷惑がかかったら…とかなんとか、悩んだりする人も多いんだけど。

結論から言うと、働いても働かなくても、同じなのですね。
働いたら働いた分出て行くし、働かなかったらその分出ていかない。
なぜかって言うと「なんとかなる」というのが無意識の信じ込みだとしたら、働くとか働かないとか、時給いくらとか何日出勤とか、そういうの一切関係なく「なんとかなった」で終了するからです。

「なんとかなる」という現実を、どのように形にするかの違いなだけ。
「なんとかなる」つまり「いつもぴったりで良いの、私」と思っていて、その通りの器でいるだけなので、いつもその通りに納まっています。

ものすごーくかんたんに言うと、働いたら子どもが私立(お金がかかる)に決まり、働かなかったら子どもが都立に決まる(お金がそれほどかからない)みたいなもん。(かなり削ぎ落としたたとえ話ですよ)
働いて都立に決まっても、凄くお金のかかる部活に入っちゃうとか、働かなくて私立に決まっても、保険なんかが良いタイミングで満期になってたりして、それこそ余裕はないけど「なんとかなる」が現実化するんです。

私はその「なんとかなる」はあまり心地良くないので、ある時から変えていますが。
お母さん同士で「なんだかんだなんとかなるんだよねぇ」と話している人も多い。実情はわかりませんが、無意識に言葉に出しているなら、実際もそんな感じになっていると思います。

私は、セッションも他のこともますます緩くなっていますが、必要な人に届けばそれで良いと思うし、お金は自分にとって心地良い分だけ心地良く入るようにしたい、もしそれ以上あると、お金は不毛な出て生き方をするわけです。
その金額って、人によって違うし、いつも同じってわけでもないし。
私は、突き詰めると「楽に生きたい」なんですよね。
「楽に生きる」って今すぐにできて、お金のかかる要素があまりなくて、でも不足感があった頃はひと通りお金使ってできることもやってみたけれど、結局そんなにいらなかった。

そこで自分とお金のことがわかると、ちょっと意識が変わってきて、何に使うのが楽しいって、時々息子にかかるまとまったユニフォーム代とか、教科書を買うとか、そういうのが無性に楽しくなるんです。
必要経費とは思わなくて、そんなところに豊かさを感じられるようになる。しかもそう感じる理由なんかない。強いて言えば、息子との間に生まれるものがある幸せ、かなぁ。
そうすると、お金は結果的に増えるんです。心地良く出て行く量が増えると、心地良く受け取れるための器が広がっているから、その分入ってくるよね。数字として増える。

そこではじめて、豊かな貯金ができる。
貯金しようと思うと貯まらないし、貯まってもなんだかんだ出ていくんだけど、心地良い循環に入ると、意識しないでも貯まります。

自分にお金使うのが楽しい人も同じです。
出費が多いから減るわけじゃなくって、自分に心から豊かに使うと、人に使うのも同じように感じられるから、豊かに使う量が増えて、入ってくる量も増えるようになる。
器を大きくしておけば、入ってくる。

子どものことを書くことにしたブログだけど、セッションでも講座でもなんでも、結局自分を大事にしようという事には変わりないし、むしろそれだけだなとほんとうに思う。


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# by 4cubes | 2017-04-25 10:00 | 潜在意識 | Comments(0)

子どもの不安とゲーム

お母さんが、心配や不安ベースで子どもに話しかける時、例えば「お友達と仲良くやってる?」「宿題やった?」のような言葉。
仮に「心配だよ」と言葉にしなくても、さり気なさをいくら装っていても、その心配は子どもに伝わっている。

しかもその心配もダイレクトに「お母さんが心配している」という風には伝わらなくて、なんだかわからないけどモヤモヤする、よくわからないけど落ち着かない、という感じで伝わります。

わからないものは不安を生むから、これが繰り返されると「お母さんから質問されるとなんだか知らないけど不安になる」と、子どもの中で一般化されていきます。

もう少し抽象度を上げると「感情を持つものは不安」となり、その逆の概念「感情を持たないものは安心」も自動的に決まり、潜在意識にセットで記憶されます。
人はどうしたって安心できる方に心が惹かれるから、この場合、子どもは「感情のないもの」に安心感を得るようになっていきます。

そうして、感情のないもので子どもがかんたんに手に取れるものってなんだろうとなった時に、概ね「ゲーム」になり、そこに安らぎを求めるという形が多いのかなと思います。もちろんそれがゲームじゃない場合もあると思うけれど。

同じようにゲームをしていても、その奥にある動機が子どもによって違っていて、ゲームそのものが(仮に長時間やっていても)悪いわけじゃなくて、本当に好きでやっているのか、不安から逃れるためにやっているのか、見るとしたらポイントはそこなんだと思う。

だから、お母さんがいつでも安心していることとか満たされている事、がとても大事なんです。何を話したって隠しきれず、不安も安心もそのまま伝わるんだもの。
お母さんとの会話が「安心」だったら「感情のあるものは安心」になるから、感情のないものに手を出す必要がなくなる → ゲームは必要なくなる、よね。
息子もゲームやめたけれど、あんなにやっていたのに「実はそんなに好きじゃなかった」らしいです。私もゲームに関しては試行錯誤したし、いろいろありました。

もちろん心からゲームが好きで、好きすぎて仕事になっちゃうんじゃないかという、それくらい好き!だったとしたらそれは純粋な好きだから、また別の話で。

そうはいっても本当に不安なんだ、というならば。
(ゲームやってて不安っていうのはわたしにもあったからよくわかります)
「お母さんはさ、ゲーム世代でもないし好きでもないし、どうしても良さがわからないんだよね。で、それはお母さんの視点なんだけど、長時間やってると、大事な学びの時間が削られるようで不安になるんだよね。お母さんが勝手にそう思うだけなんだけど」って、私が言うと結構長くなるんだけど、思っている事を押しつける事なく、自分はこう考えちゃうんだよねーって自分の話として伝えます。もちろん内観もしつつ。
それで子どもがゲームをどうするか、は、別の話になるけど、わけのわからない不安を子どもに飛ばすと、キャッチして他に安心を求めちゃうから、不安だったらそれは丁寧に顕在化すると無害化します。

言葉ってそういう風にも使えるもの。
どんなことが起こっているか「わかる」と安心に変わるから。

数秘でも、このキャッチの仕方とか、内面で起こっている事を読むのに、重要な新しい視点も私に加わっているので、今月始まる6ヶ月プログラムとか、今後のセッションとかで伝えていくことになりそう。

もちろん子どもだけじゃなくて、全ての人とそのコミュニケーションに当てはまることで。
「大好き!」で行く旅行も温泉も、自然豊かな場所も、のんびりした時間もすべて「感情のないもの」だから、そこにどんな意味づけをしているのか、を見ていくのが大事なんじゃないかなと思うんです。



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# by 4cubes | 2017-04-24 18:50 | 潜在意識 | Comments(0)

対話

息子、お弁当食べないんです。
高校生活が始まって、10日くらい作ってて、完食1回。丸ごと残す事が殆ど。残すっていうか手をつけていない。
よくこれで部活できてるなーって思うけど、本人の体が欲しがっていないんだったら仕方ない、んだけど!そんな単純な気持ちにもなれなくて。
こっちも作ってるから、あまりにも食べないのも脱力するわけです。
それが続いて、また丸ごと残したお弁当が台所に置かれていて、その後に何か別のことで冗談で「バカ」って言われてんけど、それが妙に腹たって。

私「なんなん(怒)」←絡む。
息子「え、冗談だけど、なんで今日だけそんな怒ってんの」
私「お弁当食べへんし」←これよくやるやつ。(事柄だけで相手に怒りをぶつける)
息子「だって時間なかったし。てか、それとこれ関係ある?」←こうなるよね。
私「君がお弁当食べないのは事情もあるんやろうし、それは構わないねんけど、わかってるけど、そうはいっても私も平気でもないから」とちょっと本音出す。

ここで、彼もわかってるので、私の前に腰を下ろす。

で、「君が悪いわけじゃないんだけどさ、私もなんか、慣れない弁当を毎日作ってて、それと食べる食べないは関係ないし、君は君のその時の気分とか事情とかあるんだと思う。それもわかるんやけど、それとは別の話で、手もつけてないのを見ると、私もなんか平気じゃない事もあるんよ。でもこれは私の問題だから、君に怒ってるんじゃないから大丈夫。ただちょっと君と話したくない気分。」と話して。
息子「うん。」

私、こういう時、絶対に「ごめん」とか言って欲しくない。罪悪感を持たせたいわけじゃない、でも本音も言いたい、それは矛盾かもしれないけど、でもどっちも私には本当だからそのままだす。
そうしたら、彼もそのまま聞いてくれる。変に謝ってきたりもしない。

「っていうこと。終わり」と言うと「わかった」となり、続けて「あ、そういや今日さ」と話し始め「…あ、まだ俺と話す気ないんだっけ?」と聞かれてはじめて、えらくすっくりしている自分に驚きつつ「あ、めっちゃ大丈夫。聞いてくれたからすっきりした」「そう?で、今日さ…」と自然に普通に戻って終了。

自分が放つ通りに、狂いなく返ってくる。
本当に、これなんだと思う。

で、次の日にはまたお弁当を丸ごと残して帰ってくるという(笑)
でもホッとしたなぁ。罪悪感で食べて欲しくもないし、揉めることを回避しようと、どっかに捨てたりとかもしてないってことだなと。
私は自分の気持ち言えたから大丈夫。これからも作るし、そもそも人間なんだから、食べたいと思ったら食べるよね、と理屈ではなく心から思えた。
彼が正直でいてくれて嬉しいと思う。

コミュ二ケーション不足のことを言いたくて「会話が足りない」って話があるけど、足りないのは「会話」じゃなくて「対話」なんだと思う。
会話は話をする事だけど、対話は言葉を使う使わないにかかわらず信頼関係を築く事だと私は定義しています。
会話の量を通して、結果的に対話になる場合もあるけれど、ただ話してれば良いわけじゃなくて、そこに良し悪しをつけず、本音を言ったり聞いたりしながら、相手を知ろうとしているかどうか、矛盾もまるっと包んで自然に認める、受け入れるというのが対話で、必要なのはこれだと思う。
人と対話する事、そして自分と対話する事。

対話っていうのは一見めんどくさいんだけど、間違いなく具体的な「次の一手」を生むんですよ。最初はどっちかが我慢するしかないように見える状況からも、お互いの納得いくポイントが見つかるから。
超めんどくさがりの息子も、それがわかってるから、対話はめんどくさがらない。
それに誰だって、話を聞いてもらったり、相手を深く知ることは嬉しいと思う。

お弁当は変わらず作るけど私の気持ちは晴れ晴れとしているし、彼は誰かに支配されることなく、相変わらず残すことも食べることもできる。

個人セッションを変えたのは、肩書きをなくすことにしたから。
私は私。何ができるとかというツールありきではなく、対話から生まれる「あなたにとっての次の一手」を、一緒に見つけたいと思うからです。
でも数秘もその他のこころの技術も、私の持っているものだから、それもフルに使うというだけで、内容が変わるというよりも私の意識が少し変わるという感じなのです。

●近日中にHP閉じます。ブログだけにします。

●個人セッション、切り替えタイミング期間の5月いっぱいまで、20,000円で承ります。
6月以降は、通常価格(30000円)に戻ります。

●6ヶ月プログラム、締め切ります。


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# by 4cubes | 2017-04-21 08:57 | 潜在意識 | Comments(0)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ