そうだ、京都行こう

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「そうだ、京都行こう」

ずいぶん前のコピーですが、印象深いCM。
(今はもうないのかな?)

あれを見ると、どんな気持ちになりますか?
するっと自然に「あぁ、そうだ、うん、京都行こう」って
静かに、何の抵抗もなく、京都へ行くのが自然だという気持ちになりませんか?
ならなくても、何となくわかる気がしませんか?
バックに流れるあのジャズのアレンジも、静かでありながら胸がじんとするような。
そのあと自然に行動に繋がるような、静かに一歩踏み出すような感覚をくれる。

あれが、前記事にある「変わると決める」という感覚に
個人的には近いと思います。

「そうだ、京都行こう」って

決して「だよねー!京都行こうよー♪」ではないし、
「よっしゃ!行くぜ」と、京都へ行くことを頑張るということでもない。

「あ、そうか、私、京都行くんだ」って
行くことが決まっているのを知っている、それを静かに思い出すような感覚。

「決める」とは、今決めたようでいて
「もう決まっている」ということ。静かに肚(はら)をくくるという事。
逆に現実が変わっていないのなら、まだ「決めてない」というだけの事なのです。

潜在意識は自分の中にある。やりたいことも答えも知恵ももう全部ある。
もう知っている。
それを思い出すだけだということなんです。
だから、これまで考えてもいなかったような斬新な閃きであったとしても、
どこか懐かしいような感覚もあったりするかもしれません。

心地良いんですよね。
とても静かで。
「離婚する」ということですら。そこにあるのは感情じゃなくて、
その時は、もう少し具体的に言うと、
「いつかわからないし、どんな方法かわからないけれども、離婚したいからしよう。
あぁそっか、ただ待てばいいんだ」と思ったんですね。
「待てば良い」と思ったら、逆に物事が急速に進みだし、
そこから離婚まで、なぜ離婚するかわからなくなるほど心は安定していたし、
毎日が穏やかで平和に過ぎて「離婚意味ないんじゃ?」いうほどのパラドックス。
離婚するまでとうとう1mmも泣きませんでしたし怒りも悲しみも少しもなかった。
(義父母に1回泣かれて、その時は私も泣きましたが)
それでも、別に自分の「決めた」事が揺らぐわけじゃないのです。
静かに自分の手を離れて、絶妙なタイミングで、絶妙な形で実現されていくだけ。
離婚という初めての経験に、私は自分の判断や価値観を入れずに、
ただ、流れに身を任せていて。そうしたら助けやアイデアがたくさんやってきて
気づいたら新しい生活をスタートしていました。
泥沼は1つもなかったし、面倒くさい事も1つもなかった。

で、離婚したことで私はほぼ、望み通りの人生を手に入れたというか、
私にとっては「離婚」がそうだっただけですが、そこで不満が一つもなくなって、
不思議なようですが、そこで、私は悩み出すのです。
この話はまた次の機会に。

で、良い形で行動したり、そこから何かを得ると、結果としてその後がずっと良い状態になります。
もちろん自分にとって「幸せな前提」ができるから次の幸せを作っていくという事ですが、
だから「~のために今、頑張ろう」とか「今は苦しいけれど」という、
未来の幸せのために「今」を引き換えにするのは意味がないですし、
それどころか逆に思う通りにはいかなくなってきます。
(幸せになるには犠牲が前提であるならば、より大きな(大きく見える)幸せを手に入れるには
さらに大きな犠牲を払わなければいけないという現実がやってくるからです)
だから、頑張らない。
やることは「頑張る」ことではないのです。

Windows10の自動インストール云々で、メールが届いていないケースがあるかもしれません。
今日、すべて再送いたしますので、少々お待ちいただけたらと思います。
(京都の講座お申し込みくださった方へもすべて再送します。)

■おといあわせは こちら からお願いします。

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Commented by vitablommor at 2016-05-23 09:48
未来の幸せのために「今」を引き換えにするのは意味がない、ですかー。
幸せになるには犠牲が必要と言う考え方自体を変えた方がよいというのはよくわかりますが、なぜだかどうしても「努力」と「結果」が等価交換でないとフェアでないような気になってしまい、不要な罪悪感を抱きがちです。もっと楽に生きたいのにー。
そこの考え癖を変えるようなコツが知りたいです。

ご自愛講座、とても興味があります。
Commented by 4cubes at 2016-05-23 10:02
> vitablommorさん

コメントありがとうございます!
「意味がない」と書くと、否定したようなニュアンスになってしまっていたらすみません。

努力すれば良い事がある。幸せになれる。
私も「苦労は買ってでもしろ」と親に教えられてきました。
そういう教育で育ってきたので我々の深いところで強い価値観になっています。
だから変えろと言われてもそうすぐには変えにくいことではあります。

ただ。

「犠牲なく、自分がただ幸せになることが許されて、それが結果的にまわりみんなをも幸せにする」そういう生き方が存在するという事です。
それがわかった。
それは、vitablommor さんの潜在意識に、素材として記憶されます。
いつか調理される日を待ちながら。
その素材そのものがなければ一生具現化できないけれど、素材は手に入れた。
そこからスタート、あとは調理するだけです。

自分が好きに生きることが具体的にどうまわりを幸せにするのか。
それを理解できれば、思い込みは外れやすくなり自由になります。

例えば、お子さんはいらっしゃいますか?
親が頑張って苦労して何かを手に入れることを見て、凄いなぁ、偉いなぁ、立派だなぁという事も学びますが、大人ってこんなに頑張らなきゃいけないんだー大変なんだな。という事も学びます。物事はいつも二面性があります。
「大人って楽しいんだなぁ。大人になりたいなぁ」と思ってもらえることも、1つの在り方かなと、そこに、大人が自由でいる事の意味もある気がします。
by 4cubes | 2016-05-22 07:56 | 潜在意識 | Comments(2)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


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