いつも何も失っていない

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お手製の梅酒とか(ボトルが理系で、かくいーです)
もうひとつは「こぼれ梅」という、みりんの麹。
そして小夏、いただきました。
ありがとうございます!いただいたものは写真に撮るのですが
収め漏れているものもありそうで…大丈夫かな。

先日息子が団体戦優勝した件について書きましたが、その後1週間で
まさかの個人戦途中敗退&その後のごたごたで部長剥奪騒ぎにまで発展、
ということがあったのですが

たまたま私は試合会場にいたし、その後、私もうまく巻き込まれて
彼らの状況を最後までこの目で追う事ができたのですが、
そこに、勝っても負けても「我々は何も失わない」ということを見ました。
勝つのが喜ばしいことなのはもちろんですが、
負けたとして、そこには「負けたからこそ得た大きな学び」があります。
心が美しいとか精神論、根性論のような話ではなくて、
全力で叱る顧問の先生の大きな愛、
バドミントンをやりだしてから初めて流す悔し涙、
部長という立場を忘れるくらい出てしまった強い衝動。
紛れもない人生の宝物です。

勝っても負けても、それは単なる事実で。
(その上で湧いてくる感情は喜びでも悲しみでも感じ切る)
褒められても叱られてもそれも単なる事実で。
(その上で湧いてくる感情は喜びでも悲しみでも感じ切る)
いずれにしても、そこから我々は何を得るのかを考えさせてくれる「気づき」になります。

そういう視点で物を見ると、すべてにおいて「悪い」がなくなる。
負ける=カッコ悪い
叱られる=ダメな事
とすると、それを避ける方向にばかり向いてしまうけれど、
そもそも、今見えている風景はすべて、前提を現実化させた結果にすぎなくて、
つまり単に終わったこと。そこからジャッジをするものではないんです。
ではどうして負けることがカッコ悪くて、叱られることが駄目だと判断してしまうかというと

他人の目を気にしているからなのですね。
迷惑をかけたら申し訳ない、というものも含めて。

自己肯定感が高く、それでいて暗さも持つ息子ですが、
受け止めて、これからはこうする、と決めて、たとえ引退目前の今からでも
ゼロに戻ってやり直しています。

我々はいつも、自分が出した分と同等のものを、その瞬間受け取っています。
お金でも、品物でも、「あげる」と言われた時、見える物だけで判断すると
何もしていないのに貰っている気になったりしますが、
気持ち良く貰う事は、あげたいという相手の気持ちに応えていることになる。
いつも必ず等しく、同じだけ、交換されているんです。

試合に負けても同等のものを得ているのだから、何も失わない。
お金を使っても失わないし、
エネルギーを使っても失わないし、
時間を使っても失わない。

でもどこかで、何かをすると自分の時間が失われていくように思えたり、
お金が失われた(減った)ように思えたり。
(もちろん物理的に使えば減ります。物理的に減っただけなのに「減っちゃった~」という
失った感、があるのではないですか?ということです)
私に関して言えば、エネルギーケチでした。
できるだけ省エネで、体力を失うことなく色んなことを得たいというエゴがあり、
同じことをするなら近くでやりたい、時間を短縮したい、無駄なくやりたい、
みたいなところがあって、体力と時間を使う事に損得勘定が働いておりました。

考えてみれば、遠くに行く=体力が失われる、という発想がまずせこいですし
やりたいがあるのに体力をセーブするという事は「私はこれだけ得たいけど、これだけしか出しませんよ」
という無意識の表れでもあります。
時間は確かに有限ですが、それを節約してたら得るものも、そこ止まりになるのです。
お金もエネルギーも、有限に見えて無限です。
時間だけが有限だからと思っていて、それ自体は合っているのですが、
有限だから節約しよう、という考えでは、受け取るものも「節約に見合ったもの」になります。

ずいぶん前ですが、気づいて即、やめました。

失われるものはないのだから、想いのままに使って良いんだと。
遠くへ行くのを厭う事も、誰かと会う時に「場所は近くがいいな」なんてことも思わなくなりました。
(今書くと恥ずかしいですねー)
遠くに行っても楽しいことは疲れないし、やりたくない事だと家にいたって疲れるという、
ごくごく当たり前のことに気づき、本当の意味で気づいてなかった自分に驚愕しました。

毎日、気力も体力も存分に使い、時間も、節約ではなく大切に使い、
お金も、気持ち良く使うことが、循環を生んで物事を好転させます。

時間は書いたとおり有限なのですが「したいこと」に使う時間が多ければ多いほど
「時間が足りない」という感覚はなくなります。
したくないこと、しなくてはいけない(と感じている)ことに使う時間が実際に多いとか
したくない事をする時間もこれだけ必要だ、というような考えがあると、
得たものが少ないと実感するため、時間が足りないと感じます。

ところで先日、家庭教師の先生に息子が「週末の選挙、先生は自民党に入れるんですか?」と聞いていました。
客観的に見て、息子は学校の成績は大変低く、勉強も大嫌いに近いです。
小難しい政治に関心を持つことは考えにくいのですが、
そこはS22。魂が世界平和を望んでいる、世界規模で考える数字です。
小さいころから戦争に対しての拒否反応が強すぎるくらい強く、転じるとそれは
平和に対する思いが強いという事でもある。そこに対して使命感や、反対に無力感も感じる。
我々がイメージするわかりやすい平和活動に繋がるかどうかは別として、そのような魂を持ちます。

「自民党が戦争の方向に仮に向かっているとして、じゃあ民進党は逆の想いがあるのか?」
「どうして投票は、政党の名前や候補者の名前なのか。「どういう事を望んでいるか」で投票できないのか?」
といった事を一生懸命聞いていました。先生も、ニュートラルにわかりやすく答えてくれていました。
彼から、この言葉が出てきたという事に驚きました。
そして普段から何か考えているし、考えはじめたら抜けないLP7。
少し前に三宅洋平氏の事をちらっと聞かれたのですが、そこからずっと覚えていたのかも。

魂は、学力を超えてくるんだなーと思った一件でした。
LP(思考)が一番意識しやすいですし、とっかかりの良さやわかりやすさがありますが、
やっぱりS(魂)だなぁと思います。


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by 4cubes | 2016-07-07 10:25 | 潜在意識 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


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