こどもに学ぶ



子どもは「今」で生きている。
ほしいものは「欲しい」と言うし、値段なんて気にもしていない。
手に入るまでただ「ほしい!ほしい!」と粘り、
手に入らなければ、わーんと泣いて(感じ切って)あとはケロッとして。
手に入る時は、手に入るワクワクしか感じていない。
親がどれだけ働いたお金だとか、知ったこっちゃない。

大人だから、子どもだからは関係ないんです。物を買う時はそれです。
理由なんかなく「ほしい!」で、物理的にお金がなかったら終わり。
欲しかったよーえーん!と感じ切って終わり。

「お金がない私は不幸、でも人生こんなもんだよね」とか
無理やり「今の私には必要なかったんだ」とか納得しようとしない。
ストーリーを作らない。
自分が頑張って働いたお金だから~とか、思わない。
お金に感情を入れないんです。

今、欲しい。
今、お金ない。
今、悲しい。
おわり。

全部「今」なんです。
性質的に、数字的に、なかなかそう思えないという人もいますけれども。

今、欲しい。
今、お金あった。
今、手にはいった!わーいわーい。
おわり。

で「今」好きで買っても、明日にはもう好きでなくなっているかもしれない。
飽きっぽいのは大人も子どもも同じです。でもそれで良いんです。
「高かったから長く使わなくちゃ」とか「飽きっぽいのは良くない」とかごちゃごちゃ考えがちですが、
そもそも明日にならないと、明日の気持ちにはどうしたってなれないんです。
子どもは「今」欲しいし「大事にする!」とも言いますが、
要は「今この瞬間はそう思うよ!」という事なんです。
それで次の日に飽きたら親が怒り出す。なんで~?になります。
親は経験上、自分の好きなものを知っていたりパターンを持っているので、
ずっと大事にできそうだな、という予測はたてられますが、あくまで予測なんですね。
買っても案外使わなかった、なんてものはいくらでもあります。
長く使わなくちゃとか、長く使ったら良い買い物、というのも
結果的に長く使う事はあり、そこに満足感を得る事はあっても、それもやはりただの結果なんです。
それを目的にすると「飽きちゃいけない」になり「飽きないだろう」という基準で選ぶので
本当に欲しいものじゃないものを手に入れてしまう、という事になりやすいのです。
妥協の満足感→妥協の前提→妥協の現実化、となる。

息子には「貯金しなさい」とか「大事に使いなさい」じゃなくて
「誰が何といっても自分が欲しいと思う、これだと思うものに使いなさい」
と言っています。

子どもは過去と未来の概念がない。
もちろん子どもにもよるし、年齢にもよるのですが。

昨日仲間はずれにされても、今日またその輪の中に入っていける。
「サッカーに入れて」と言ったら「ダメ」と断られたとして

今、サッカーしたい。
今、断られた
今、悲しい。
おわり。

次の日に「入れて」と言ったら、入れてもらえるのはよくあること。
昨日の「ダメ」は、その子がその時たまたまその一瞬、思った事なんですね。
次の日もそうとは限らないんです。
根拠なく、その時どう感じたかがすべて。
こっちも「昨日ダメだったから今日もダメだろう」とか考えない。
今「どうしたいか」で生きています。
大きくなってくると、ある意味色々と学んでしまうのですが。
だからこそ、親は本音を引き出す方に集中する。
子ども自身も色々な経験の価値観によってわからなくなりそうになっている本音を、
引き出すのが親にできること。
本音は、奥に隠れてしまうと、掘り返すのは相当難儀なのです。

子どもは、何時になったら帰らなきゃもない「遊びたいから遊ぶ」
将来困るからと備えない「今したくないからしない」
親が忙しそうでも「おなかすいたー」

大人はそうはいかないと思いますか?
「こんなことやってみたい」
「あれ楽しそう」
「欲しい!」
あると思います。ただただそう思うこと。

その上で、できないストーリーを作ったりせず
「そのためにどうしたら良いか」と考えるのです。
「どうしたらそれが叶うのか」それが大人ならできる。

今、どう感じるのか。
純粋にどうしたいのか。
昨日がどうだからとか将来がどうだとかそんなの一切関係なく、
何の心配もなかったら、あなたは何がしたいのか。
子どもでも、大人になっても、ずっと自分に問いかけたいこと。

子どもはS(魂)で生きています。
でも見ていると、2歳や3歳でもうLP(思考)が優位になっていると感じます。
それが駄目なのではなくて、感じる事が置いてきぼりになっている可能性があります。
タブレットなど、五感ではなく思考優位の遊びが主流になってきた事とか、
話すこと、歩くこと、習い事などで踊ったり歌ったり、
人から無意識に求められる部分が多くなっている事で
言葉はわからなくても、それに応えようとすると、思考が優位になります。
意識して「感じる」ことも必要だなぁと思うのです。

大人も子どもも「今」で生きて、自分の魂で生きて、そのまま感じて、
思考は、その上で、現実的にどうするかを支えてくれる部分です。



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Commented by mimi at 2016-07-08 16:24 x
いつも自分を振り返りながら読ませていただいています。
今回の記事だけは、どうしても自分のなかに落ちてこなくて…

『やりたいこと』が倫理感を外れていた時は、どうするのだろうか、と。人を傷つけることも含めて学習なのだとしても、そのために傷つけられた方はどうなるのか。

まるで屁理屈のようで質問をためらいましたが
昨今、マスコミを賑わせる不倫問題などは、どうとらえればいいのかな、と。
願望があっても、そこで傷を負うものがいたら…
迷惑をかけることが、他人の目だと書かれたひとつ前の話からどうにも割り切れないものが残るのです。
Commented by 4cubes at 2016-07-08 18:12
> mimiさん

こんにちは、いつもありがとうございます。
私は、私の中にその答えを持っていますが、公の場ではお伝えしにくいです。
(社会的な事の発言は誤解を招きやすいですし結論がつかないからです。そして何か書けばそこに新たな疑問や反論が生まれ…は当たり前なのですが、そこをいくとどうしてもブログの目的とずれてしまうと思うので、自粛傾向です。)

仰る事、わかります。
「すべては自分が作った前提が現実化している」とすると「じゃあ災害は?巻き込まれた事件や事故は?」となります。
「人を殺したければ殺していいの?」となりますよね。
私もそんな疑問を持った時期がありました。

直接ゆっくりお話したいくらいです。
私も、自分なりの答えを見つけるまで、少し時間かかりました。
mimiさんと私は違う人間で、価値観も違うので、私の価値観を知って、割り切れない事があってもそれはごく自然な事です。

今も何度も書いては消しを繰り返しているのですが(汗)

数秘でも「不倫は悪いと思わない」という人もいるし「不倫はいけない事だ」という人もいて、性質から来る価値観はそれぞれです。見事にそれぞれです。
社会通念はあります。皆が理解しています。その上で性質として「そう思う」とか「そう思わない」というのは自然にあるわけです。実際に不倫するとかしないは別としてね。

社会の考え方があり、
自分の価値観があり、
それを(矛盾も含めて)知った上で
自分はどう行動するのか。それだけです。
世の中のみんなで価値観の統一はできないのです。

どんなことが人を傷つけるのか、という事についても、その概念は人それぞれなんです。何気なくしたことが人を傷つける場合もあるし、よくいじめなどで、そのつもりがなくても、相手がいじめられたと思えばそれはいじめだ、というように言われてもいる。
「傷つけてない」と思っている人がいる。
「傷つけられた」と思っている人がいる。
全員が同じ認識ができるのは、これだけなんです。

結論を言うと、真の願いは「人を傷つけない」のですけれどね。
(でもじゃあ、どんなことが「人を傷つけない」なのかという解釈も人それぞれですが)

あぁ、どう書いてもまとまらない…すみませぬ。
by 4cubes | 2016-07-07 20:15 | 潜在意識 | Comments(2)

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