1日の気づきれんしゅう 1

ところどころひらがなになるのは、それが漢字よりもしっくりきているからです。
ゆるんでいる状態。
抽象的になるのでゆるんだまま書くという事が普段はあまりないのですが、
昨日から結構緩んだままなので(←ここは緩むが漢字になっているけれど、これも
その瞬間瞬間の自分に合った表現だからになります。)
そのまま書いてみます。

人って、大きく心を動かされるようなことがあると「変わりたい」「なんとかしたい」と思って
それが原動力になるので、何かしらの行動に出るけれども、
(借金とか、どうしてもいやだと思う仕事場とか人間関係とか、子育てがうまくいかないとか)
小さな違和感や、ちょっとくらいに思えること、無視しようと思えばできそうなことについては
(人によりますが、夫婦で意見が合わないとか、家事が面倒だなとか)
しょうがない、でまとめてしまう人が多いです。

え、それ、当たり前でしょう?

と思うでしょうか。
当たり前だったらその「当たり前」を選択しても良いけれども、
誰が何といっても私は家事が嫌なの、と思えば、それを選択しても良いんですね。
で、嫌なことが悪いことではない。だって正直な気持ちだから。
そう、誰が何と言っても

私、実は

植物が育てられないんです。というか、言うのためらいますが育てるのが好きじゃない。
だからいくらやっても、うまく育てられないんです。
無意識で好きじゃない事やっているから。
植物そのものは好きなんです。ほんと好き。
見るのも触るのも、土のついた野菜も好き。
で、好きなら育てるのも当たり前に好きであろう、と思ってたのですよ。以前は。
育てるのが好きじゃなくて、植物好きって言うなよ、ぐらいに。

でも、分解したらわかります。
植物、見るの好き、触るの好き、デザインも好き、虫も大好きですよ。
でもその植物に関わる色んな要素の中で「自分で育てる事」だけが、好きじゃない。

ありえないですか?ありえないですよね。
でも内観しているとそうだった。間違いようがなくそうだった。

がーん。(自分でも結構ショックでした)

やればね、できない事はないし、キュウリもトマトも育てました。
で、育つのもそれなりに楽しいし、得るものもたくさんあり。
でも本当は、隣で育ててくれるのを眺めるのが一番好きだった。

だから、私のまわりは、植物が好きで育てるのが得意な人ばかりなんです。
義父母もそうですし、パートナーも、気の合う友人も。
「見てていいよー」って見せてくれる人がいっぱいいる。
その人たちは好きだから当たり前にやってて、別に私にもやれと言っているわけじゃない。
でも私はそれを「あー植物が好きってこういうことか。私、あかんやん」と思ってた。
頑張って育てようとしていた時、ありました。
本当はそこすら自分に正直になって、手放したって良いのに。

嫌な事をやらないって、こういう事。
実は、ざっくりとした大きなものだけでなくて、
何となく違和感を感じることは、きれいに分解することで
手放したい部分と、そうじゃない部分が見えてくる。

家事が好きじゃないのはなんでだろう、と考えた時に、
まず、家事って、どういう要素で構成されているのだろう?と考えてみる。
洗い物、洗濯、掃除、毎日やる、立ち仕事、地味、終わらない事、
家にいてやる事、自分だけがやる(かもしれない)事、と、細分化していき、

違和感の本質を見つけます。

そこだけを手放せばよいんです。

丁寧に見ていく。どんな自分にも正直になる。
自分の体のどこかに、とげが刺さったように変な違和感があるのを、
我慢できないわけじゃないけれど、気になる。そういうのを探し、見つめ、
丁寧に取り除いてあげる。自分を大事にする。

仕事に違和感があるからといって、急にやめられないし、お給料は必要だし、
だからしょうがないよね、になりやすいところを
仕事の中の、どの部分が嫌なのかな、と、細かく見ていく。
あの人が嫌だー、だとしたら、あの人のどこ?なに?
何が私と違うの?

嫌なところを見るのは、人間は、本能的に嫌なんです、不快だから。
でも、丁寧に分解してみると、自分を大事にしている事なんだなとわかるから。

あ、時間切れ、2に続きます。


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by 4cubes | 2016-08-30 09:04 | 潜在意識 | Comments(0)

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