好きなもの


好きなものが、よくわからない。
お金は好きなのに、増えない。
好きだと思っているのに、行動が伴わない。

「好き」ってよくわからないですね。

温泉が好き、とか、おいしいものを食べるのが好き、のような
日常の中の心地良さは、わりと感じやすく気づきやすいと思います。
この辺の「好き」は横に置いておいて。

でも、没頭するほど迷いなく好きと思えるものがなかなかわからない場合、

まずそもそも、行動が伴わないのであれば、大して好きじゃないんです。
好きであれば、そのことについて調べるでしょう?
好きなアイドルがいたら、本を買って、昭和ならポスターを壁に貼って、
プロフィールとか基本情報は覚えて、出演するテレビはチェックして。
CD買ってライブに行って、少しでも良い席で見られるようにチケットを効率よく取って。
そういう事を当たり前にするじゃないですか。
しないではいられないですよね。

「好き」というのはそういう事を意味します。
ある意味マニアになるというか。

数秘でS(ソウルナンバー)は魂の望みを表しますが、これを知った時
じゃあそれは何だろう?そこがわかれば生き方がわかる、というように考える人も多いのですが、
そもそも好きな事は、考えて出てくるものではないんです。
夢中でやってたら、気がついたら長く続いていて、人よりも詳しくなったりしてて
だからつまりそれが、本当に好きだったってことだよね、というように、
逆算して確認するものなのですね。

これだ!と思っても、どんなに「好きだ!」と思ったとしても、やってみないと、
好きな事すら人間はわからないんです。
好きだからやる、魂の望みだからやる、のではなく、やってみたらそうだった、という事なんです。

でも、やる前に好きかどうかわかる場合もあります。
「根拠はないけれど、やってみたい」という衝動や、
何だかわかんないけどこれのような気がする、とか、
純粋に潜在意識に聞くことで、答えが手に取れることもあります。

でもどちらかなんて判断つかないと思えば、まずやってみるのが一番です。
そういう時こそ行動が先でないと、正解は見つかりませんし。

子どもはポケモンの、あれだけの脈絡のない名前や性質をいとも簡単に覚えますよね。
好きか好きじゃないかなんて考える余地もなく、夢中で本を読んで、テレビにかぶりつき、
カードを集めて。好きという情熱があるから、喜ぶから、周りの大人も買ってあげる。
純粋な喜びが欲しいものを引き寄せて現実化しているというパターンです。

大人の「好き」も同じ事なんです。
五感が蓋されて、思考が優位になっているから忘れているだけで。

ここまで書いたり説明すると、たいてい間髪入れずに
「じゃ、その「好き」どうやって見つけたらいいの?」という質問が来ます。
その一足飛びに答えを知ろうとする、ハウツーにダイレクトに飛ぶ
という時点で思考全開なのですけれどね。

ではここで、考えていることが本当に好きか好きじゃないか、の判断について見てみます。
純粋な好きであれば、それは潜在意識の願いなのだから現実化するはず、という事を添えて。

例えば片思いの恋をしたとします。
相手に興味を持ちますよね、年齢や趣味、休日の過ごし方が知りたくなる。
その人自身に純粋な興味を持っている状態です。
純粋に「彼(という人物)が好き」(ワクワク)だから、現実化します。
(初期段階だと行動が伴わない場合が多いという点で現実化しにくいし、告白すると思うと
打算が働く場合が多いのでそこで一気に現実化が難しくなるというパラドックスも発生しますね)
とにかく最初は彼という生態が好きなんです。純粋で強烈な「興味」です。

でも「彼女になりたい」になると、彼をコントロールという意味でも打算であり、
打算だから純粋な「好き」だとはとても言えないとも言えますが、
それがどういう事かと言うと、

要は 純粋な彼「そのもの」には興味ないでしょう?という話なのです。
関心ごとの一番は「自分」なのです。自分にとってどうであるか、という見方をしています。
こういう場合は、恋が成熟する可能性は低くなります。

わかりますか?

子どもがポケモンを好きになる時、それは純粋かつ強烈な「興味」です。
もうそのポケモンが、どう動くのか、どんな声を出すのか、どう進化するのかという
純粋な興味の対象として好きなんです。
その時に自分がそのポケモンに気に入られるか?とか、
このポケモンを好きになったら良い事あるかな、とか損得勘定考えませんよね。

で、これが「好き」の本質であり、願いが叶う(引き寄せる)ポイントになります。

アイドルを好きになると、アイドルとつきあう見込みなんてなくても追っかける。
それはつきあいたい(自分に都合よくコントロールしたい)という打算がなくて、
ただ純粋な「興味」なのです。

ヨーロッパに旅行に行きたいと思ったとして、ヨーロッパが好きなのか、
旅行が好きなのか、そのどっちに「興味」があるのかを考えると例えば見えてきます。
ヨーロッパそのものが好きなのであれば、観光地だけでなく、ヨーロッパの歴史とか、
観光に関係ないような文化とか、言語とか、純粋に知りたくなる。もしくはもともと興味がある。
でも旅行そのものの方が好きなのであれば、場所関係ない自分の「旅のスタイル」とか
自分なりの哲学とか、そっちに興味が向いて、そっちを追求していくと思うのです。

その探求心であり、本質的な興味の対象が、イコール「好き」なのです。

ヨーロッパに旅行したい人がヨーロッパに行くために情報収集していても、
本当に叶えたいのは実は「旅行」なのだとしたら、実はヨーロッパに限定しない方が
より本質の「好き」だから、現実的に旅行を引き寄せやすくなります。
本当にヨーロッパそのものが好きなのであれば、勝手にヨーロッパの色んなことを学んだり
関連書籍を読んだりするでしょうし、旅にこだわる必要はない。
「旅行」に限定しないでいれば、もっと広い可能性が生まれ、ヨーロッパを引き寄せやすくなります。
(現実的には旅行が可能性としては高くなると思われますが)

好きかどうかは、強烈な興味があるかどうか。
行動も、その本質に近づいている行動であるか。
そのあたりを見ていくと、引き寄せの精度は高くなると思われます。
「純粋な好き」でわからなければ、「純粋な興味」で考えるとわかりやすいかもしれませんね。


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by 4cubes | 2016-09-28 00:25 | 潜在意識 | Comments(0)

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