自分

ここ最近のセッションは、型紙屋の方のブログからじゃなくて、検索で知ってくださった方が続きました。
毎日ブログ書いていると、そのうち目にとめていただけるようになっているものなのですね。
ありがたくて、本当に嬉しかったです。
お客様は、初見では(対面でもスカイプでも)P(印象を示す数字)通りに見えます。
印象を表す数字ですし、まず最初に見える部分です。
で、話すとどんどんLP(思考)とかS(魂)が出てくるのですが、不思議だと思うのは、Pって印象を表すだけで、もともと基本的には性質として持っていないものなので、セッションスタート直後の緊張などもあるのかもしれないけれどごく「数字通りの印象」であり、とてもニュートラルに見えます。
LPやSが出てきたら、数字関係なく生き生きと、人間的な感じがどんどん出てきて、皆さん、とても良い顔をされています。
何だろう、平面だったものが、奥行きを感じられるようになるというか。実際には奥行きが姿を現す、かな。色鮮やかになってくる。
実際には言わないけど、この一瞬を切り取ったら、もの凄く良い写真になりそうだ、という表情が、みなさんたくさんあります。
人間的に、内面が豊かに表現されている時って、ほんとみんな綺麗なんですよねー。
数秘の前でオープンになるからそれが見えるのだけど、普段から自分をすべて出していたら、造作とか関係なく、誰もがいつもいつもすっごく綺麗でいられると確信しています。造作をはるかに超える美しさなんですよ、本当に。
そのビフォーアフターを自分だけが見ているのがもったいないくらい。

私が数秘のお仕事でしている事は毎日のブログのみ。
当然勉強はしています。メールでのフォローや対応もしています。でも外側部分は営業もなく、ブログだけ。
SNSも使っていない。勉強しに行くたびに「Facebookやっていますか?」というのがあいさつ代わりになっている世界なので「お友達」は増えるのですけれども、私自身はFacebookでの発信はしていません。
日記は書けないけれど、ブログは好きで書けるし、集客を目的にしていないのでノンストレス。でも結果的に、規模は小さいけれど好きな事だけで成り立っているという状態です。
反対に、ブログは書けないけれど、日記は毎日書くという人もいる(パートナーなんかはそう)
で、それがどうして人それぞれどうしてそうなのか、知る必要のない事も沢山あるのだけれども、そういう小さな行動に、実は自分らしさが顕著に出ていたりする。それが何だか人間的で、私はそれがなぜなのかを考えるのが好きだったりします。

パートナーの話がここんとこ何となく出てきますが。
実は片思いしていた時、まさかこれほどの人だと思ってもいませんでした。
見た目はごく普通の、ひと回り以上も年上のオジサン。
つきあう前は全く知らなかったけれど、生まれた時からごく普通に本質的に生きてきて、それをどこかで誇示したりすることもなく、たぶんそれをお金に換えたりすることもなく。
何かを伝える時に、できる限り想いを正確に言葉にしようとする、想いと言葉に誠実な人。
人の成功や成果、そういうものを心から喜べる人。自分と比べない。比べる必要がない。彼がすでに自分で自分を完全に承認しているから。自分を愛することができているから。
そしてとても賢くて、いつも、私のなんだかよくわからない問いや「なぜ?」に的確なアドバイスや豊かな見解をくれる。
男だからとか年上だからみたいな、余分なプライドはなくて、でも譲れない強いところは静かにしっかりとある。

で、それ自体はどうしたこともない話なのですが、現実目の前にいる彼は、私の潜在意識が望んだ結果なのだから、彼を通して、私はこんなに素晴らしい願いを放っていたのだな、という事を感じることができて、心から幸せだと思うのです。
自分に「でかした!」と思うのです。
人も含めて、全ては自分が作った、創造した世界だからです。
映画を作るように、背景もストーリーも登場人物もキャラ設定も、全部自分が作っている。
家族にしても、友人にしても、職場の人も、自分が望んでそのまま現実化させているのです。
だから言い換えれば、出会いのすべてが「両想い」なのです。
「どの人とも両想いが大前提だとしたら、私はどういう想いを、願いを放ったという事になるのだろう」という視点で見ていくと、良いと思える事も、受け入れにくい事も、合点がいくというパターンがとても多いと思う。(複雑で簡単に読み取れない場合もありますが)
もしかしたら、自分の見たくない部分を映してくれる鏡だった相手や、自分の奥に隠したはずの感覚に気づかされてショックを受けることもあるかもしれない。
そこで自分に見えているこの世界を変えたいと思ったとして、どうしたら良いかわからないかもしれないけれど、ただ自分がそれを受け入れて、明らかにして、許せればそれだけで良い。職場の人が好き勝手やっている事にイライラしていたとして、それを自分にも許可すれば良いんです。
そうすると「私もいつでも好きにできる」という前提から、好きにやっている人が全く気にならなくなる、視界に入らなくなる。
変わらずそこに登場人物としてスクリーンに映っていたとしても、存在感はとても薄くなる。悪役がいきなり通行人Aになった感じ。
自分が放つ願いさえ変われば、目の前の人そのものは変わらなくても、見え方が今までと違ってくるから。
自分を変えるために、新しい人に出会おうと思わなくて大丈夫。
何かに気づかせてくれるために、これまでその人は悪者になってくれていただけなのかもしれないのです。

一瞬で、感謝の対象に変わります。
いてくれてありがとう。気づかせてくれてありがとう、人生に彩りを添えてくれてありがとう、となる。

対人関係って実はこれだけだったりする。
イライラさせられたり、ざわざわ、モヤモヤなんかも含め、目の前の人が自分に教えてくれている事は何か。
それを知ることができたら何をどう意識し直せばよいのかが見えてくるから。
あとはどんな願いも、どんなわがままと思える事も、それも自分だから、丸ごと認める。自分が自分の想いに正直になる。

そんな私も、1つそれができていないところがあって詰まっているので、肚くくって来週向き合ってきます。


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by 4cubes | 2016-11-05 01:11 | 潜在意識 | Comments(0)

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