「~しなくちゃいけない」をやめよう

朝から晩まで「~しなくちゃいけない」という言葉、使う人も多いと思います。

●起きなきゃいけない
●仕事行かなきゃいけない
●朝ごはん食べなきゃいけない
●銀行いかなきゃいけない
●子どもを迎えに行かなきゃいけない
●予約しなきゃいけない
●子どもの宿題見てやらなきゃいけない
●夕飯作らなきゃいけない
●片づけなきゃいけない
●あの人にお礼しなくちゃいけない
●掃除しなくちゃいけない

この「~しなきゃいけない」に共通するのは、基本的に、望んでいない、やりたくない事柄であるということです。
逃げ出したいほど嫌なわけではないんだけど、でも憂鬱な感じ。
だからといって、寝たいだけ寝ているわけにも、ご飯作らないわけにもいかない。
起業されている女性で、子どもをシッターに預けて、仕事で忙しく華やかに活躍して、外食中心、家事代行を頼み、という方もいらっしゃいますが、このブログを読んでくださっている方だとどちらかというとそんな感じではなく、そこまで極端にしたいわけじゃないけれど、家族でストレスのない時間を過ごしたい、料理も嫌じゃないけど、毎日三食だとちょっと億劫。やらなきゃいけないことが何気に多くて追われる感じ、もう少し快適になったらなー、お金ももう少しゆとりがあったらなーといったところでしょうか。

で、なんとなく今の状況がそのままになっている、仕方ないと思っているところがあるかと思うのですが。
その「諦め」は、次の諦めをもれなく連れてきてくれますから、すなわち人生を諦めることにつながるんです。
何かと諦めの多い人生になるでしょう。

「だって、自分しかやる人がいないし!」という反論もあるかと思います。
「じゃあ誰がやってくれるの」と。
誰かに代わりをしてほしいなら、それは自分の望みではない、つまり自分の仕事じゃないわけですから、家事代行を頼み、料理は外で食べるか惣菜を使えば済む話なんです。
でもそれがしたいわけではないのですよね。

料理も掃除も、やりたくないわけではない、と多くの方がおっしゃいます。
ではなぜ億劫になるかというと「やらされている」感があるからです。
じゃあ誰にやらされているの?
それは「家事は主婦がやるものだ」とか「私以外やる人がいない」などの思い込みに、です。
そういう目に見えないものに、やらされていると思うから、億劫になるのです。
「いや、本当にやる人いないんですけど」という場合も、やる人がいないという事実は事実で良いのですが、「だからしょうがない、やらなきゃ」とネガティブな感情が生まれることを見逃してはいけないということです。

本当は、家事が嫌なのではなくて、目的がはっきりしないから嫌なのです。
だから、一つ一つの行動に、それをなぜやるのか、という意味づけが必要なのです。

~しなくちゃいけない、というのは、自分で決めたことではないという無意識の認識があります。
さっきもあった「やらされている」感じですね。
つまり自分で決めていないから自分のせいじゃない、「私は被害者」という潜在意識があります。
これがあると、何かあると人のせいにしやすくなりますし、不満ばかりの人生が続いていきます。
自分の人生を生きていないから、何がしたいのか、何に幸せを感じるのかにも疎くなっていきます。

でも「家族の健康のため」とか「子どものため」とか「お金のため」「生活のため」のようなものは動機になりません。
大事なのは「あなたにとって」の「感情の」意味づけです。

●朝ご飯を食べるのはなぜ?
目が覚めて、元気が出るから。幸せ!

●掃除をするのはなぜ?
なんか心地良いから

といった具合にです。
自分にとって快適な意味を持てれば、毎日のルーティンは嫌なものではなくなります。
その行動が嫌なのではなくて、行動の意味に納得がいっていないだけだったということです。
で、やろうと思える意味づけができないときは、やりたくないことですから自分はやらない。
という風に毎日の行動を細分化して、一つ一つの行動に意味づけしてみると、わかりやすいです。
実際は、毎日の当たり前にやっている行動を洗い出していき、ひとつひとつ検証してみる。やらなくちゃいけないと思っていたものは実はやらなくても良いものかもしれないし、良い動機づけをできるものかもしれない。同じことをするにしても、気持ちが全く違ってきます。
毎日の小さな行動ひとつひとつが楽しさでできているようになればそれが前提になり、次の未来が明るいものとなるし、嫌な動機づけのままでいれば、それなりの次がやってくるわけですね。
毎日当たり前にやっている事こそ、それがどういう目的から来ているのかを知る必要があり、必要に応じて、心地良いものにしていく事が、旅行や外での食事などで瞬間的に大きく喜ぶよりも、実は大事な事なのです。
せっかく楽しい旅行に行っても、現実に戻ることを考えると「あー帰らなくちゃいけない」になってしまいますから。
「あれもやらなくちゃ、これもやらなくちゃ」「家族4人分の洗濯物が~」とか。
でも動機づけが楽しいと、帰ってからの洗濯すら楽しいものになるので、家に帰ることが幸せであるはずです。
大きな瞬間的な幸せというのは、じつは無自覚に現実逃避である場合も多いのです。
現実との落差があればあるほど「~しなくちゃ」などが発生しやすくなります。
どこかに逃げるのではなく、どの瞬間も「幸せ」の選択をしたいですね。

さて、そのように行動を捉えていくと「~しなくちゃいけない」事は世の中に1つもありません。1つもないんです。
と思えるまでには少し、理解と訓練とそれにかかる時間が必要な場合もありますが「しなくちゃいけない」はなく、すべてが「心地良いからやろう」もしくは「心地良くないからやめよう」の2つであることがわかります。

じゃあ、保護者会行かなくちゃいけないっていうのは?子どものことで、つきあいで断れないものは?みたいなもの、どうしても逃れられないような、受験にまつわるいろいろとか、うまく意味づけできそうにない「やらなきゃいけないことのように思える」事をどう「しなくちゃいけない」でなくすことができるか、ということについて、今日学んだことがあって、またちょっと実験してみます。
ちょっとこれは早めにものにしたい、個人的にとてもワクワクする方法です!


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by 4cubes | 2016-11-23 23:57 | 潜在意識 | Comments(0)

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