受験1

ちょっと自分の恥ずかしい思いも備忘録兼ねて書いておきます。

私が長く抜け出せなかったのは「そうは言っても学力は持っていて損はないだろう」という思考でした。

私の周りの、セルフイメージが高く物事や人に関してジャッジがない人は、なぜか総じて学力が高い。そのせいかどうしてもそういう人が「みんな違っててみんないい」のようなことを話すと「余裕のある人の発言」に見えてしまっていたし(失礼ですみません)かといってそうでない私が同じ事を言うと「負け犬の遠吠え」になる気がしてどこにも落としどころがなく、私も長く「みんな違ってていいよね」と言いつつ本心では「ないよりはあった方が良い」とも思っていたんです。だから息子にも、最低限これだけは〜、みたいな気持ちになって無意識に多少はコントロールしようとする目を向けていた気がします。言わないけど、ゲーム時間が長くなると私も落ち着かなくなったりね。
今思えば損得勘定にしか思えないので、ここで言葉にすることも抵抗があるのですが、昨日話していた私の友達も「学力なんて関係ないと思うし思いたいけど、それでも正直ないよりあった方が良いと思う」と言っていたし、同じような人も実は多いと思うんです。
「多くは望まないけど」という謙虚のようでいて実は厚かましいニュアンスを入れつつね。それは親が決める問題ではないのです。

私も長く、学力は邪魔にならないし、あればごく単純に、人生の選択肢が広がると思っていたんです。
子どもが何かしたいことがあった時、やりたい仕事を見つけたときに、学力がなくてそれを選択できないことはあっても、その逆はないだろうと。
まだ人生において何がやりたいかわからない、または決められない学生時代に可能性を広げておくことは、良いことであり、決して悪いことはないと。
昔は、選択肢が広い=良い、狭い=悪い、というジャッジがあったと思います。

でも実は。
無目的の学力は、意味がないんです。
無目的の貯金も意味ない。
害はないだろうと思いがちだけれど、実はノーリスクではないんです。

で、今年息子は中学3年生なので自ずと受験なのですが。
解けないというよりは、問題を出す根拠やその背景に納得しないと解かない彼は受験という枠組みの中では不利で、定期考査の点数は低く、やる気もないとみなされ、数値化すると内申は当然相当低くなります。
あれだけ学校数がある東京の高校の中で「行ける」で数えれば片手で余るほどしか物理的に選択肢がない。
落ち込みはしませんが、驚きました。予想のかなり斜め上で、現実味もありませんでした。
で、事実は事実ですし私も息子も誰にどう思われても平気なので、普通に「行ける高校ないんだよね」と自虐なしで言えますが、ほかのお母さん方に相当気を使われるのがとても嫌でした。だから、お互い牽制しあって志望校の名前も出さない親とは話さなくなり(話になりませんし)ました。うちは隠すことは何もないけれど、「これからスイッチ入るよ〜」みたいなフォローとかされるのも心地悪く。

で、うちは高校行かなくてもいいくらいに考えていた(そっちの腹をくくるのは楽だった)ので、入れなかったらどうしようという不安はなかったのですが「人生の選択肢が狭くなる」とは考えていて、その事には覚悟をしよう、と考えていたんです。
無意識に狭くなるって決めていました。
厳密に言うと、狭くならないとしたらどういうことが言えるのか、の説明がつかなかったからとも言えます。学力があるメリットは浮かんでも、学力がないメリットが浮かばなかった。学力がないことで、学力があることにできない「何か」がある事を想像できなかった。
どこかでこれでいい、と思いつつも、私なりの「核」を自覚したかった。
正解じゃなくても良い、自分を信じる自分なりの根拠を求めていました。

で、うまく言えないのですが、息子の友達は優秀な子も多くて、また気兼ねなく情報交換もしていて、誰がどこを受けるなんかもそうだし、どこで迷っているとか、どんな心境だとか、息子を通してですが、色々聞いていてですね。
その中で、優秀な子でも実は「全然選択肢が広くない」事に気づいたんです。
あれ?何この感覚。

確かに選べる高校の数、という点では選択肢は成績優秀な子の方が、そうでない子よりもはるかに多いですが、だからといって偏差値70ある子の殆どは、偏差値50の学校は選ばない、というか、選ぶという発想そのものがないわけです。
偏差値50の学校を、そもそも世界から外している。
そう考えると、誰もが無意識に自分が行く可能性のある学校の数を絞っていて、それがだいたい10校だとしたら、成績が上位クラスの子も10校だし、中くらいの子も、もっと低い子も10校なんです。決められた期間で一斉に進んでいく受験システムでは、物理的な時間を考えても、自ずと絞られていきます。
そして、どんなに優秀な生徒でも、通う高校は1つだけです。
通ったことがない高校を、ある程度自分に合うか予測して試験を受ける、通ってみてはじめて自分に合っているかどうかもわかる。そしてその条件は皆同じです。

って事は、物理的な「行ける」高校の数と、可能性は比例しないじゃん、ということになります。
ここが最初のポイントでした。
ものすごくモテる人でも、基本的に付き合う人は1回につき1人、というのとよく似ています。じゃあ、選べる数ではなくて、たった1人のその人がどんな人であるかが、自分の幸せのために重要になるんです。「モテる」って意味なくなってくる。
モテて喜びがあるとしたら、その本質はなんなのか、考えてみる必要がある。

続く


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by 4cubes | 2016-12-22 00:20 | 潜在意識 | Comments(0)

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