やるべき事と、やりたくないことは違う

ちょっと間が開いてしまったのは、受験だったから(終わっていませんが)という事よりも、色々ありすぎてアウトプットというか言語化が全く追いついていないからでした。
明日、願いを叶える講座にご参加くださる皆様には、言語化できる限り色々な事をお伝えしていく予定です。でも結構すごいから、全部出しますから、しっかり受け取ってくださいね。わからない時はわからないって言ってくださいね。わからなくて当然です、それをわかる角度になるまで説明します。伝わりますし、つたえます。願いは当たり前に叶うんです。偶然などの全くない、ロジックなんですね。
もちろん叶うと思えれば叶うのは当たり前ですが、じゃあどうしたら「叶う」と思えるのか、そのために何をすれば良いのか、なども見えてきます。
性質によって時間がかかるなどはあるにしても(素直な人は早い)誰もが使える方法をお伝えします。

人は、毎日毎日、例えばケーキ食べて、温泉入って、家事手放して、というわかりやすい「ワクワク」だけで生きられないわけですよね。そうしている人もいるかもしれないけれど、目の前の精神的、経済的な不安がなくなって全てがなんとなく満たされていたらそれはそれで味気ないというか、空虚になります。
私は一度それを体験しています。結構きつかったです。
それが心理学を学び始めるきっかけにもなったのですが。(だから必然)

でも「やりたくないことはやめよう」とも言う。
じゃあ、やりたくない事じゃないけれど、ワクワクでもないものって何だろう?
型紙屋の、副資材の販売を3月いっぱいで終了するため今ご注文がとても多くなっていて、その発送作業をしているところなのですが、当たり前ですが1つ1つの作業は特にワクワクしないんです。でも、やりたくない事をしているのとも全く違う。
そういう感じのもの。

それは、大きな目的のための「過程」なのです。
副資材の販売を終了することにしたのは次にやりたいことが見えてきて、そこに副資材はないほうが良いと判断したからなのですが、こだわって作ってきた副資材は、日々の発送こそワクワクしないけれど、お客様にも喜んでいただけていて、私だって楽しい。

でも「過程」なのです。
そしてそこに生まれる感情はワクワクではない、愛おしさ。
副資材にまつわるあらゆる作業は、楽しいことも大変なこともあるのですが、全てが愛おしくて、味わい深いんですね。
大きく目的を持って、そこに至るまでに必要だった。
そういう事は「やるべき事」なんです。

感情的になって子どもを叱り飛ばした後に見る子どもの寝顔や、1人になりたくて子どもを預けて留守にし、数時間後家に戻った時なんかに、言いようのない愛おしさが込み上げてくるような。(罪悪感もちょっぴりあるかもしれませんが)
子育ては楽しいことばかりじゃないけれど、幸せな人生を歩める大人になる、そこに至るまでの毎日は、しんどい事も味わい深いもの。
そんな感じ。損得勘定抜きで「やるべき事がある」。

その過程は笑っていても泣いていても、愛おしいもの。

ただ、どうしても「やるべき事(過程)」と「やりたくない事」を混同して、やりたくないことをやるべき事だと思ってしまって、必要のないことを頑張ってしまう人は多いのです。

でも今度は「やるべき事」をやりたくない事だと思って、全部手放して、好きな事にお金使って、好きな事だけして、それで「うまくいかない〜」と言っている人もいる。

やりたくない事はしなくて良いし、やりたいことだけしたら良いのだけれども、言い換えれば楽ちんに生きて良いけれど、手を抜いてはいけない、とも言えます。
この違い、わかりますか?

やるべき事というのは、目的のために必要である事。
例えば起業して成功させたいと思った時に、そのために、ワクワクはしないけれども開業届を出しますよね。確定申告、事務作業、ブログを書き始めるかもしれない。
そういった、目的達成のために付随してくる事は、やるべき事です。

やりたくない事というのは、通常のやりたくない事はもちろんですが、例えばその「やるべき事」の中で「私はどうしても!ブログが書けないの」としたら、それは「やりたくない事」としても良いわけです。だったら違うアプローチを考えたり誰かに頼んだりする。ブログ発信しないと決めるということもあり得ます。
あまりに「やりたくない事」ばかりだとビジネスは成り立ちませんから、そもそも開業して成功する気あるんかいと遡って、起業する自分を疑えば良いでしょう。

簡単に言えばそんな感じでです。
ただその中で「ブログは書いたほうが良いんじゃないか」とか「やっぱりブログですよね」などと考えている人は、自分がそもそもブログを書きたくないのか、書くべきなのか、がまずわかっていなかったりします。
「書いたほうが良い」=好き嫌い関係なく当たり前に「やるべき事」になってしまっている。
書いたほうが良いってそもそも誰が決めたの?
ブログは書いている人でもビジネスが成功していないケースもあるし、その逆もある。
そうやって、当たり前にやるべき事と無意識に思い込んでいることすら、丁寧に疑ってみるというのが大事です。

SNSを使ったビジネス戦略で、Facebookでいろんな人に手当たり次第「友達申請」して友達を増やす(潜在的なお客様を増やす)というテクニックが当たり前にある(最近は下火かも)のですが、私はこれができません。やったとしても嫌々渋々ですから、どう考えてもうまくいくはずないし、長く続くはずない。
良い事なのか悪い事なのかはなんとも言えませんが、いずれにしてもそういう、当たり前に書いてあるようなことでも、まず自分に照らし合わせてみる。基準は自分です。正解や不正解が、仮に世間的にあったとしても、そんな事はどっちでもよくて、自分基準で正解と不正解を考えます。
私にとっては、しないのが正解。
でもただ「しない」ではなくて、それをしない「前提」でどうしたら良いか、は考えます。友達申請で大事なことが決まるほど、ビジネスは単純なものではないはずですが、友達申請が有効手段の1つである以上、ただ否定するだけでなくて、それに代わるもの、自分なら同じ成果を出すために何をするか、というところは大事です。
そして、そこに、それを選択した自分に腹をくくるのです。

さて、好きな事だけしたら良いからと、本当に目の前の好きな事だけを選び、好きじゃないことを選ばなかったのに、うまくいかない時。
もちろん罪悪感などもあると思いますが。
そもそも好きじゃないものを選んでいる、という可能性があります。
あと「好きなことしたら幸せになるんでしょ」という損得勘定が入っています。
「ラピスのネックレス買ったら幸せになるんでしょ」と同じ発想です。
好きなことしてたら、好きなことしている時点でもう幸せなはずです。好きなことなんだから。それなのに「幸せにならない」というのは、そもそもおかしいと思うのです。
好きなことを選んだ、好きじゃないことをしない事を選んだら、そこでチャラです。心地良い気分を味わって終了。
でもそれをやっていると、結果としてどんどん幸せが前提となり、確信となり、さらに幸せが増幅していきますよ、という話なのです。


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by 4cubes | 2017-01-30 16:15 | 潜在意識 | Comments(0)

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