叶ったように振る舞う

「叶ったように振る舞うって、具体的にどういう事ですか」という質問をいただきました。
よく本などには書いてありますよね。
叶ったように振る舞うと、現実化すると。

私は最初これを「女優みたいに演じる事」だと思っていました。
なんというか、もしお金の事だとして「そう、私はお金持ち。あれもこれも持っているの!」みたいなやつを、もう少し慎ましくかつリアルに普段の生活で妄想する。
つまり100円のコップを手に取りながら、ウェッジウッドでお茶を飲んでいる妄想をするのかと。
でも現実的な私は、リアルに優雅なお茶を楽しめないし、楽しくないし、没頭できませんでした。
できる人、楽しめる人、これでリアルに描ける人はOKだと思います。

逆説的ですが、お金持ちにならない事には、お金持ちの気持ちになることは不可能です。
妄想だと、想像でしかない。だから想像するのだけれどもピンとこない。
現実的アプローチを考えたらどうなるかなと思って出てきたことなのですが。

ウェッジウッドのカップはないし、それどころかお金持ちアイテムが一つもなかったとしても。
例えばいつも歩く道を、お金持ちの自分だったらどう歩くか考えてみるんです。「時間に余裕があるから寄り道を楽しんでそう」と思えば、寄り道してみる。
本屋さんに寄って「どうせ買えないから」といつもはスルーしていた高価な本も、お金持ちの自分なら気にしないで手に取るだろうと思えば手に取る。
別に今は実際に買わなくても良いんです。わかりますか?物理的に買えない時の嫌な気持ちを味わいたくなくて最初から「買わない」と決めてしまうと、そこから先のすべての機会を損失します。例え同じ「物理的に買えない」だとしても、今決めなくても良いじゃないですか。
買えないから買わないを決めてしまうとそれは「結果」になります。もう決めてしまったのだからそこで終了。
でも手に取る事で「今は買えないけど」になる、それは買える日が来るまでの「過程」になります。

目の前のカップを無理やり妄想でウエッジウッドにするのではなくて「お金を持っている状態」をリアルに描いて想像するのではなくて(できる場合はそれも楽しむと良いと思いますが)ボーっとそういうことを考えるより、動いた方が早くて現実的です。

息子は出願前から、通っている事を頑張って妄想していたわけではなくて、通っている自分はどういう行動をとるか、自転車はどこの駅に置こうか、何時に家を出ようか、という事をむしろ「現実的に」「集中して」策を練っていたわけです。
「まだ合格もしていないのに」などと考えず。(合格していたら考えるけど、していないなら考えないというのは損得勘定です)
あぁ通いたい!と思っても、今は実際に通う事はできない、ただし、通っている自分が何をしているか考えて、その自分がやるだろう行動の、しかもその中の「今できること」に、すぐ着手していた。
ただそれだけです。彼の場合は無意識ですけれども、これが正解です。
受験、楽しかったし面白かった!面白い発見がいくつもありました。私は「軽やかに受験しよう」と決めていたのでそれも叶いました。

人事を尽くして天命を待つ、という言葉がありますが。まずできることをやろうよ、という事なのです。
天命だけ待つという人も多いようですが、まず人事を尽くす。それは無理や無茶をするという意味ではないけれども、叶った後の自分がやっていそうな行動のうち、今から自分にできる事は、叶う前の今から当たり前にするという事です。叶う楽しみがあるのなら、そこに向かうプロセスも楽しいはずです。
それが具体的な「叶ったように振る舞う」です。
こんな名言があります。
「叶う人はプロセスを楽しむし、叶わない人は結果だけを欲しがる」だったかな。

具体的な行動、演じるよりずっとできることだと思います。

成功者は、情報を聞いてから72時間以内に最初の行動に出る、というどこかの調査があるようですが、私の感覚だと48時間以内かな。
悩んだり迷ったりすることは、一見熟慮しているように見えますが、判断を遅らせる事にメリットはありません。
判断を遅くするという事は、決めるだけの判断基準を最初から持ち合わせていないということでもあるし、もっと遡ると、考えて正解を出すということそのものが不可能です。まだ起こっていない事に対して正しく判断などできない。
そもそも決められない。だから決めてしまう。どちらも正解じゃないという事は、どちらを選んでも間違いではないとも言えます。
どちらを正解にさせるのかは、その人の在り方次第なのです。その在り方に自信がないと、怖いから先に外側に正解を求めてしまう、それだけです。
決められないという性質の数字もありますが、それなら「決めない」という事を、自分で決めるんです。

私は、息子を手放したことで、今の息子が見えるようになりました。
息子は何も変わっていません。でも、私自身の在り方が変わると、見えるものが全然違う。
私が最高だと思えるものを見ようと世界に意識を向けることで、目に入る景色は最高になり、目に映る息子も私にとっての最高になります。

実は今日が節分だという事に、ついさっき気づきました。
なんだか、どこもチョコレートのフェアをやっているなぁと思っていたら、バレンタインデーがあるからでした。
受験にフォーカスしていたので、いつもなら見逃さない当たり前の事が見えていませんでした。
脳の処理能力の話で、人間は目に映る全てを把握することはできない、すべてを見る事はできない。
自分に都合の良いものを無意識に選んで、都合の良い解釈で見る事しかできないのです。
仕組みは変えられないのだけれど、見たいものは自分で選べるのです。

だとしたら、あなたはどんな世界を見てみたいですか?


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Commented at 2017-02-04 13:47 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 4cubes at 2017-02-06 10:34
> 非公開者様

ありがとうございます!
私も息子を見て、かなったように振る舞う、をわかりやすく伝えることができました。

決められない数字で、決めないことを決めたら、もう何もする必要はないです。
結果がどうなろうとも「決めない」ということに決まったのだから、自らはもうなんのアクションも必要がないということになります。
決められない数字だから「決める」のではなく、本当にその決めないことが自分の意思であるかどうか、というところは大事かなと思いますし、それはまぁ、仮に決めないことで不都合が起こったときに考えても良いのですけれども。
(現実の事象からでしか、その願いが合っていたのかは測れないので)

非公開者様の数字だと、決めないという意思よりも、怖いから決めない、があるような感じはありますが、その怖さにまず向き合うのもおすすめです。
怖いと思っていたものが、単なる信じ込みだということはよくあるのです。
Commented at 2017-02-08 09:52 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 4cubes at 2017-02-08 14:57
> 非公開者様

ですよね!
そしてそこを掘り下げること、向き合う事、とても大事な事なので、ご自身で気づかれて素晴らしいです!「怖い」の奥にある感情を見つめ、認識すると、変わっていきます。何で今まで、何に囚われていたんだろう、って。
by 4cubes | 2017-02-03 20:14 | 潜在意識 | Comments(4)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ