「宿題やった?」の正体

昨日の記事で、さりげなく宿題を促す言葉が、実は相手をコントロールしようとしている、という事についてもう少し、別の視点から書いてみます。

「宿題やった?」という言葉、これは、言葉だけを見ると「宿題はどうなってるの?」という単なる疑問形です。
ただ聞いただけ。(聞いた方は薄々、ただ聞いただけじゃない事を自覚しているとは思いますが)
なぜ聞いたのでしょうか?

それは、心配だからです。(そう口に出さなくても)
宿題をしていかなくて恥をかく(かもしれない)我が子が心配。
勉強の習慣が作れず、将来困ることになる(かもしれない)我が子が心配。
そういう子どもの親であるという、自分の身が心配。

そんな諸々の心配を払拭したくて、聞いちゃうんですね。
宿題をやってくれてたら、何となく安心な気がするから。(漠然としていますねー)
(ちなみにこれはかなり受動的な考えです。我が子が宿題しているかしていないかで、自分が安心だったり安心できなかったりするという事を意味しますから、つまりそれは自分のご機嫌が良くなるのか悪くなるのかの決定を、他人に委ねているのですね)
でも、宿題やったら今度は、なかなかお風呂入らないのがなんたら、ゲーム長いのがなんたら、なかなか寝ないのがなんたら、と、心配を増やしていくのですけれども。

戻します。
聞かれた子どもは、お母さんは確かに口では心配だとは一言も言っていないけれど、言葉のその奥にある潜在意識の「心配」をキャッチしますから、自分の中にある不安が呼び起こされて、不安になってくるわけです。でもそれは「宿題をやらない不安」では決してなくて、言葉にならない「何となく嫌な感じ」という認識になります。
「宿題やった?」という言葉は単なる疑問を表す形でも、感覚で捉えているので単なる疑問とは思えません。
親の方が不安や心配を乗っけて質問することで、子どもの「何だかわかんないけど嫌な感じ」を引き起こし、宿題に対しての拒否反応ではなく、言われたことに対しての拒否反応が生まれます。でも、それは言葉にならない感覚の世界の事なのでうまく認識できず、顕在意識では「宿題=嫌なもの」あるいは「お母さんが何か聞いてくる=嫌なもの」という展開になっていくわけですね。

もともと嫌いでもなかった宿題に対するイメージが、質問の仕方で嫌なものであると決定してしまうという事が起こります。
嫌なものなんて、誰もやりたくないですよね。で、ますます宿題しないというパターンが生まれ、繰り返されます。
(宿題をしなくなるかもしれないし、したらしたで、どんどん苦痛になっていく)

宿題してほしかったら(と言うと相手をコントロールになりますが、宿題することが良い事だと本気で思ってそれを伝えたいのであれば)我が子に「宿題に対して良いイメージを持ってもらう事」が、最速であり、最も効果的なのです。
良いイメージを持てば自然に自主的にやろうと思うし、学校で出る宿題に限らず、そこから出会う、あらゆる「課題」に前向きになれるのです。
親が、本当に望んでいる事って、そのあたりだと思うのですよねぇ。
目先の宿題がどうのなんて、本当のところは考えていない。
宿題をこなすことで、生きる力をつけ、人生を幸せに生きてほしいと思っているだけ。
でも、もの凄く目の前で子どもを見ちゃう(俯瞰して見られない)から、目先の「宿題」をするのかしないのかばかりにフォーカスしてしまうのですね。

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潜在意識って、ほんのちょっとズレていても、ズレすら厳密に現実化するので、微調整が必要なのです。
一歩前に出る時、出るべき方向が微妙にずれるだけで、時間の経過とともに、どんどん正しい方向と離れて、開きができていきます。
それと同じようなものなので、まさに最初の一歩を正しく出る、という事が大事なのですね。


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by 4cubes | 2017-02-08 16:04 | 潜在意識 | Comments(0)

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