洋服実験

ファッションビルの3フロアを、3回歩きました。
もともと自分が着る洋服にはあまり興味がありません。お洒落が楽しいというエネルギーを女子力と呼ぶのであれば、かなり乏しいエネルギーです。ま、必要としていないだけです。それと型紙の仕事は本質が違うので、女子力がなかろうが楽しい。ここをうまく説明できなくて、あるいは説明が面倒で、洋服好きなことにしていた時期もありましたが。

余談ですが、自分を表現し始める段階で「自撮り」したり良いものを着たり、メイクしたり、自分に(そういう形で)投資するということが言われたりしていたし私もやりましたけど、それは、必要な人もいるし、必要な段階も人によってはあるだけの話だったと思います。エステも行ってみたけど疲れるばかり。でもアーユルヴェーダは良かったです。
わたしには飾ることは不要だった、ということが、やってみて初めてわかりました。
一方で、そういった華やかさが必要な人もいます。それはもう必要あるいは嗜好としてその人に栄養を与えてくれるものだから、そういう人は大事(そこが数字でもわかる部分もあります)
ここ読んでる方は私と近い人がどちらかというと多いと思います。
特別なお洒落に興味がないという。それはそれで良いと思います。でもそれが「着飾る人を蔑視する」意識がどこかにあるのであればそれは違うから、まずやってみると良いと思います。どっちも知らないと、自分にとっての判断もできないから。どっちも「ある」にしてから好みで選ぶのがフラットな選択。

さて、実験開始。
1回目は「なんとなく」
何に違和感を感じ、何に何をどう感じるか、というところを感じるためにぐるっとひとまわり。気になるものは試着するし、普段は店員さんが声をかけてくるのが苦手だから気配がしたらすぐ逃げるんだけど、今日は声かけられたらかけられたで、流れに任せてみました。

高いものに必ずしも価値があるわけじゃないし、安いものが悪いもの、というわけでもないけれど、単なる好みとは違う「お店の違い」ってなんだろう?と考えながら歩いていましたが、それは価格の安い高いではなく、商品のラインナップに作り手の想いが感じられるかどうか、がそのままお店の印象や活気に繋がっている。企画だけでなく、何をどれだけの枚数作るのか、どうディスプレイするのか、店員さんの売り方まで、製造過程とどう売るか、に想いが乗っているところは、ここで買いたいな、と思わせるだけのストーリーを感じました。

2回目は「似合うかどうか」
コートやブラウス、気になるものがあれば試着してみました。
すると、似合わないものはもちろんすぐわかりますからそれは良いとして、似合うのに、説明できないけれどもどうしても買うに至らない何かを感じるアイテム。言葉にならない何か。なんだろう?と考えるとシンプルに「着たいと感じられなかった」でした。
確かに似合っていたし、合わせやすいし、値段も無理がない。でも着ていても特に楽しくないというところがギリギリで踏みとどまらせてしまうんですよね。店員さんに時間を取らせている罪悪感みたいなものとか、買わないという意思表示の時に嫌な顔された事に対しての嫌な気分は、昨日もわずかにありましたが、そういう自分も確認しておきました。
着てみてわかることも多いですね。

そこで「似合うかどうか」というのは、思考ベースだということにも気づきました。絶対的に似合うという明確な基準はなくて、自分がそう思うか、人がそう言ってくれるかくらいの話なんですよね。で、あとはなぜ「似合っている」必要があるかというところが内観すべきところ。

骨格診断、面白いなーと思うし、人を美しく見せるのは洋服という世界観の持つ不動の使命みたいなものだから、そこに使える非常に有効なツールとしてまったくもって否定はしないのですが、私は骨格的に似合うとされるアイテムと自分の好きなものがどうにも一致しなくて、似合うものを着たけどあまり気分は良くなかった。それに「着てしまえば、似合っているかどうかなんて自分じゃわからない」んです。
人からどう見られているかも結局本当のところは確認できないし、たまに鏡見て似合ってない、ガーン、ってなるけどそれも単なる主観ですしね。

型紙屋のせいか、似合わなくちゃいけない気がずっとしていました。
でも型紙の場合、サイズ感とか似合うかどうかなんて、サイズは寸法がもう個々で違うしその人の雰囲気も好みも感じ方も違うのだから、私の方で操作しようがない。
そこに一丁前に葛藤がありました。
でも、洋服の持つ絶対的な美しさはある。
(実はシャネルなんかは、誰が着ても美しくなる魔法の普遍さを持っています)
そこを意識して型紙を作りますが、それに加えて必要なのが「作りたい。着てみたい」という衝動を生めるかどうかなのです。

3回目は「自分が着たいかどうか」

似合っても似合わなくても良い。
着回しできてもできなくても良い。
値段も気にしない。(入っている店舗すべてがそこまで高級でもない事を認識していたからできたとも言える)

で、試着した時に「着ていて楽しいと感じるかどうか」のみにフォーカスしてフロアをまわり、気に入ったカーデガンとスカートをそれぞれ別のお店で買いました。
スカートなんて、形は充分「作れる」んだけど、目の前にあるそれが素敵で着たかったし、着たらすぐ出かけたくなるような幸せな感覚があり、値段見ないで買いました。
持っているアイテムと合わせてコーディネイトできるかも無視。

洋服って、こうやって買うもんだなぁと。
なんとなく知っていたしそうしてきた気もするけれど、意識してそれを検証すると、明確な気づきを得られますし、自分が「似合っているか」を若干気にしていたら、やっぱり人の目を多少は気にしているんだなという自分のことがわかるし、知っているようなことこそ、あえて検証してみるのも面白いと思います。
買ったお店は、お店自体に作り手の想いがあるし、そう感じられると結果的に良いものに出会える。

ソーイングの良いところは、コーディネイトに足りないものを作って整えられるというところですね。スカートに合うトップスを作ろうとか、そういうことができる。
自由度が上がる。

3回それぞれ、同じ場所を歩いているのに目に留まるアイテムが違うし、発見が大きかったです。

そういえばマウンティングの記事に反響が大きくて。
受け取り方も人それぞれ多様的でしたね。
マウンティング、自分にマウンティングすれば良いんです。
過去の自分に乗っかる。「こんなにできるようになったよ!どう?どう?」って。自分比はいくらやっても自己肯定ですから。どっちの自分も「ある」から。できなかった自分を見ないことにしたり否定する方が、自己否定を生むことになります。ちょっと伝わりにくいかもしれませんが参考に。


■ HP
■ お問い合わせは こちら からお願いします。

[PR]
by 4cubes | 2017-03-02 10:02 | 潜在意識 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ