コミュニケーションから逃げる3

続きです。
そうそう「旦那と喧嘩ばっかりして、疲れて、もう何も言わなくなって、今はお互い距離を取りつつ好きにやっています」という場合に心の中で何が起こっているかというと、自分の心の中が「こうじゃない」って叫んでいるのに、その声を自分は聞こうとせず、そのうち心の中の自分は疲れ果てて「もう言うのやめよう。だって届かないんだもん」と心を閉ざしてしまっているわけですが、それをインナーチャイルドというのかな?
それはわかりませんが、そういうことが起こっています。
見かけ上は旦那さんに興味を失うのですが、旦那さんという偶像を通して、自分に興味を失っている。自分を大事にする事を諦めている状態です。
わかりやすく喧嘩しているときの方がある意味、良いんです。
表現方法は違うかもしれないけれど、自分の心が声に出して叫んでいるから。見えているから。
しまいこんでしまうと、ほりだすのはどんどん困難になってくる。
あ、もちろん相手を心から信頼してする喧嘩は、豊かな感情を表現しあっている行為になりますので話は別です。

さて、パートナーシップから逃げていると知ってから、もしそこに対峙しようと思う時どうしても「相手となんか話さなきゃいけないのかな」と身構える人が多いのですが、ひとまずそれは違ってて。
自分の心が今のままで何かしようとしてもそれは良い結果に繋がりにくいから、まずは自分に向き合います。自分に向き合えたら、その上で相手と対峙するのは朝飯前になっているはずです。

向き合うっていうのがわからない人もいるのですが、あ、最近は「自分のことがわからない」「自分の好きなものがわからない」「自分が何をしたいかわからない」という人のことは、以前はふむふむと聞いていたのですが、最近はスルーするようになったかもしれません。
なぜかというと、そんな人はいないからです。
無意識の望みによって「感じられない方が都合が良いから」都合上そういうことにしているだけであり、本当に自分の好きなものがわからない人も何をしたいかわからない人も、実際には存在しません。
「え、ほんとにわからないんです。いくら考えてもわからないんです」という人だって、そういう人は隠すのがめちゃめちゃうまい、自分に嘘をつくレベルが高すぎるんです。それくらい隠したいことがあるのだと思うのです。

好きなことや使命って、自分で知ろうとすることで初めて見えてくるものだから「わからないんです(そういう人なんです)」と当の本人が決めてしまうのであれば、現実ももれなく「わからない」ままになるので、私がお手伝いできることは何もなくなります。
「わからないけれど知りたい」という方のお手伝いします。私にはあなたの好きなことはわからない、こればっかりは本人にしかわからないので、まずはご自身が主体的にならないと、何も手に入らないんです。私は代わってあげることができない。
どんなにお金を使っても手に入らない。お金もったいない。
(だから変わる気がない方は、セッションを受けないようにお勧めしています)

戻します。

ご自愛の本質は、自分というものがどんな感情を感じたがっているのかを知り、それに合った環境に自分を置いてあげることだと思う。
自分はどんなパートナーシップを築きたくて、どんなふうに笑って喜んで、悲しいときですら味わい深くて、生きている事を実感して、どんなものに喜びを感じ、どんなものを無邪気に楽しめ、どう生きたいのか、っていうことをまず知って感じ、それをしっかりと現実に創造していくんです。
間違いなく誰もが創れる。
幸せというのは、今ある環境から折り合いのつく妥協点を見つけて、心を揺さぶられないように感情の浮き沈みを減らす事ではなく、嫌なこともあるけれど良いこともあるからこれで幸せだよねって決めてしまうことでもなく。
なぜなら本来、喜怒哀楽に良し悪しはないから。喜びと同じように悲しみもとても豊かな感情であり、怒りもとても感動します。
絶望しても、それは感動するほどの心地良さ。ほんとですよ。
喜びがくるのと同じくらい、悲しみがくることを恐れない生き方ができる。どんな感情も味わい深くて、愛おしいと感じられる生き方が、私はできるようになってそれが本当に幸せだと思っています。

人は感情を「損得」やマウンティングに使うから、苦痛になるんです。
嫌われたくない、負けたくない、怖い思いをしたくない、そこに感情を無自覚に使うんですが、でも実際は意図に反して疲れるし、嫌われる気がするし、負けてると感じるし、怖さもなくならないでしょ?
損得やマウンティングで感情を出す時、例えば見た目は泣いていたとしても心は泣いていない(泣いてるつもりでいるだけ)。本心がズレているんです。だから現実もズレる。
表現手段と心が一致していないと、相手はそのズレを察知するので警戒します。
だから、こっちが本心を出さない限り、あっちも出さないという現実が起こります。

本音で人とかかわりあう、本当の信頼関係を築きたいと思ったら、絶対に自分の、感情を含めた表現と心の中の一致は、必須なのです。
そしてこちらが本心を出さなければ、同じものは返ってこない。
そこでまた「自分が先に出すのは負けた気がするから嫌だ」とか抵抗がありますが、それって錯覚で、そもそもそのやり取りは全部自分の頭の中で起こっているので、実際の目の前の人との間に起こる勝ち負けではないんです。
本当に戦うべき相手なんていなくて、自分が勝手に脳内で作り出している勝ち負けの世界なんです。
監督自分、出演者妄想、観客も自分1人の自作自演映画というやつですね。

もちろん、どんな感情も、どこに使うのも、選べるからそれもまた自由です。
そこに良し悪しなんてない、ただの好みで人それぞれです。
「中途半端な感じがたまらなく好みなんです。だから私の人生もそれで」という人もいるかもしれないし、それはその人だけの彩り豊かな人生なので、それももちろん正解です。
でも「そんな人生しか選べない」からしょうがなく選ぶのと、どっちも選べるという事を知って、どちらか自分で決めるというのとでは、全く違うから。

あなたは、なんだって選べるとしたら、どんな人生にしたいですか?


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by 4cubes | 2017-07-24 12:12 | 潜在意識 | Comments(0)

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