ちょっと書いてみた。

あんまり社会的な事を書かないようにしているのですが。
私のごく個人的な考えを。

公的な立場の人が、税金で仕事で海外に行ったり、視察だったり、そういう時に、税金で私的な遊びを満喫していた(ように見えた)り、少し前は公用車での保育園の送迎について悶着があったり、しましたが。
報道も偏向があるかもしれないし、事実はともかくとして。

そのいずれもなんですが、私にはなぜみんながお金の使われ方で怒るのかがわかりません。
例えば最近は、町内会や地域振興会といったそういうところで集められたお金も、直接運営に関係がなさそうな飲食費などには使ってはいけないなど、特に厳しくなっている傾向があるみたいですね。
確かにね、飲み代です。
上の方のおっちゃん達が飲むだけに見えるお金。
それ自分が払った(何なら払わされた)と思ってるから、自分のお金だと思ってるから、どう使われるのかが気になるし、自分に都合良く使われなかったら腹が立つ。でもそれ、代わりに受け取ってる恩恵があるのに、自分の意思で支払ったのに奪われるような感覚でいるお金だけ目で追ってて、その恩恵を見てないんじゃないかな。
PTA会費とか、子ども会費とか、同じだと思うけれど。
自分にはわからなくても上の人達は、同じ釜の飯を食うというように、飲み会という同じ空間や場を通してなんとなく心が通じ合っていったり、任務の仲間としての共通感覚が生まれたりするわけで。
その温かいものが皆に還元されているはずで、目には見えないけれど、お金に代えられない価値があるはずだと思う。

お金というただの物質で、人間の感情がマイナスに振り回されて気分が悪くなるのなら、それはお金の奴隷と言えるのではないかと思う。
お金を使う人たちを信じてなくて、お金が、あくまで自分の尺度で「正しく使われているか」に心を奪われている。それで、自分の気分をわざわざ損ねてる。
自分の目で見えないところで起こっている事を、どうして自分が正しく判断できようかと思うのです。テレビだって、どこまでが本当かわからないのに、どうして決めつけることができるんだろう。
でもそれもわかる。私もかつては、税金じゃないですが、政治家が悪いって思っていたりしたことありました。

そして、税金で仮に遊んで(いるように見え)たとしても、それを許される温かさで感じることや、そういう遊びがあるからこそ生まれる柔軟な発想で「これを国民に還元しよう」という気持ちになるんじゃないかなと思う。遊びと休息というのは、仕事のパフォーマンスを上げるために大事なことだから。
「しっかり仕事しろよ!無駄なお金は一円も使うなよ。見てるからな!」って言われて見張られて「この人たちのために頑張ろう」なんて、私だったら全く思えない。
そして最初から疑われているから、どうせ何したって疑うんでしょと捻くれてしまう。
人間は、信頼されるからこそ、それに応えようと思うものでしょ。
見張られて、しかも、見張っている人の言いなりになる義理なんて、ある?
税金払ってる払ってないは関係なくて。税金かどうかもある意味関係なくて。
ただ自分がお金を「嫌々」払うから、使われ方にうるさくなるだけなんだと思います。
それは自分の問題だと思う。
高額納税者の人は、税金を嫌々払ってないと思います。たくさんあるからじゃなくて、気持ちよく支払うからこそ、益々お金が入ってくるんじゃないかな。

政治家をそんな風に見張る人は、自分の事も、自分の家族も、見張ってると思う。
性質って、前提って「Aさんに対してはこうだけど、Bさんに対しては違う」という都合の良いことにはならないので。

人間ってもともとそんなに高尚なわけでもなくて。
色々とやらかします。立派そうな大人も。
でも、しょうもないことにお金使って失敗したなぁと感じても、そんな自分を責めずに笑い飛ばせる人生なら、誰かが同じ事をしても許せるし、イライラして自分の気分まで悪くさせることはないし、自分の大切な人が同じことしているように見えても何ともない。
起こることに気持ちを振り回されるんじゃなくて、いつも笑ってたい。
そんな事ないですか?

その上で。
今の政治や制度に課題がたくさんあることももちろん感じます。
憤りを感じる事も、ある。
でも、問題を一緒にしてはいけないと、それだけは思います。
(お前は悪いやつだから、何言われてもされても仕方ない、という考えは大嫌い)


■ HP
■ お問い合わせは こちら からお願いします。

[PR]
by 4cubes | 2017-07-24 18:10 | 潜在意識 | Comments(0)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ
画像一覧