ご縁の深い、大切な人

ネットで「信じていた人から裏切られた」といったことを書いている人がいて、その人は以前も別の人と同じようなことがあったみたいで、でも家族とはいつも仲良さそうだったので不思議に思ったのだけど、家族とできている関係性が、友達になると、なんでできなくなるんだろう?

私は「友達」とか「彼」とか「家族」という分類をあまりしていなくて、みんな「ご縁の深い、大切な人」という括りになっている気がしてて。
例えば仲良くしている友人を「彼女は私の友達だろうか?」って考えた時に、私にとっての「友達」の定義は、よく遊ぶでもなく、まめに連絡取り合うでもなく、建設的な話ができて、信頼できる心地良い関係の人、つまり「ご縁の深い、大切な人」だった。
だとすると、彼も「ご縁の深い、大切な人」だし、母も「ご縁の深い、大切な人」だし、スタッフも、クライアントさんも、考えてみればみんなそうです。

ただ、異性で恋愛という感情を介していると「彼」になったり、生んで育ててくれた今も尊敬している人を「母」と呼び、志や価値観を共有しながら共に学んだり遊んだりする人を「友達」と、便宜上区別はするけれど、私の中ではみんな「ご縁の深い、大切な人」自分の人生に彩りを与えてくれる、素敵な人なんだなと思う。
つまり、付き合い方はみんな同じだよね。

だから、家族とうまくいっているなら、友達にも同じように表現すれば「友達とだけうまくいかなくなる」なんてことはないと思うんだよね。
みんな、心のどこかに「友達とはこういうもの」「恋愛とはこういうもの」「家族とはこういうもの」という定義を自分に都合良く作って、そこに当てはめようとするからうまくいかないんだと思う。
分けて考えるから、家族はうまくいって友達とはうまくいかない、恋愛はうまくいくけど職場ではうまくいかない、なんてことが起こるんだと思う。

その定義、間違ってないかな?って思う。
職場の人とは「深く仲良くなれない」って定義していたり、友達なら対等のはずなのに「自分の方が上」って定義していたり、彼を「(経済的にも心も)甘えられる人」って、どこかで決めていることがあるのかもしれない。

そしてその定義通りに現実が起こっていると思う。
友達と言いつつどこかで「私の方が上」だと思っているなら「バカにされた」とか「下に見られた」と思うような現実が起こると思うし、心を開かないで仕事すれば、性格悪い人とか困った人と仕事することになるだろうし。
あとは親からの愛情を欲しいと思えば思うほど確執という形になるし、友達が欲しいと思えば思うほど友達に裏切られる。執着すればするほど、それは課題となって厳しい現実で返ってくる。

ほんとうは、小さな子が、なんの見返りも求めず目の前の子に向かって「友達になろう」って言うように、大人だってそれだけで仲良くなれる。

優しくされたら優しくしよう、っていうのはすごく打算的で。
特にご主人とか、職場の感じ悪い人とか、先にこっちから優しくすると負けた気になったり、損した気になったりする人もいると思うけれど、私は逆で、相手を笑顔にさせたほうが(勝ち負けじゃないけれど便宜上使うなら)勝ち(価値)、相手が自分を好きになったら私の勝ち(価値)、と思ってる。
もう20年前につき合っていた彼氏、ホストだったんだけど、60人いる老舗のクラブで現役時代ずっとナンバーワンで、真っ先に相手を笑顔にさせる天才でした。どうしたらそれができるのか、なぜ笑顔がナンバーワン&売り上げ(現金)に繋がるのか、当時よく聞き出しました。それが今も役に立っています。
ホストと知り合った自分にもびっくりでしたが、そういう商売の本質とか、面白い学びになった時期でした。(ちなみに婚約までしました)

↑ホストと付き合ったことがあるって言いにくかったけど、面白い学びがあるんで、徐々にそういった引き出しも開けていきます。


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by 4cubes | 2017-08-13 15:14 | 潜在意識 | Comments(0)

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