自分勝手という名の自由

<野生的自由と、賢く伸びやかな自由>

私は合理的なのが好きで、新しいものを、これはと思えば取り入れていく部分もあるし、古い仕組みや物そのものを大切にするという側面もある。

子育てだったら、私はわりと早くミルクにしたり、育児書を読むのをすぐやめたり、当時まだ6ヶ月からと言われていた離乳食を意図的に遅らせたり、統一感はなくてその時その時の自分の考えでやってきた。それでいて名作と呼ばれている絵本を「良いって書いてあったから」っていそいそと買ってきて読んだり、子どもが自ら学びに意欲的になるようにって思えるようなものを与えたりっていう、前のめりな事も随分しました。

ただ、基本的にはいつも自分の内側の声を聞いて、目の前の自分の子どもをじっと見ながら無意識に判断してた、その基準は、今考えると自分なりの美意識だったと思う。今この状況で「自分はどうありたいか」っていうそれは、自分の基準の美しさにどう応えるかっていうことでもあると思った。

人が外見を磨くことや、芸術的なことや、物事に芸術性を見るだけの美しさじゃなくて、自分の内側にある美学。世の中の色々を享受しながら、所作や考え方に自分なりの美しさを持って、それを全うすること、これが内側の自分の中の、判断基準になる大きなポイントなんだと思う。
外側の基準に振り回されると、美しさも「誰かが綺麗だと言ったから」になる。そんな事実があったとしても、自分はどうなん?

私の彼は基本的にリアリストだけど、庭の植物が何を言っているのかはわかる、と言います。聞こうとすれば聞こえてくる声がある。
自分が植物を好きだから育てて好きに水蒔くんじゃなくて、植物とお互いの心地良さの調和を楽しんでいる。というか、そういう自分で在りたいと思うから、そこに美しさを感じるから、植物の声が聞こえてくるんだと思う。

それで、少し前に書いた、ジャイアン的な自由と、賢く伸びやかな自由に繋がるんだけど、自分のこころの声を聞かずに飛びつく「自由」は、野生的で自分発信だけの自由。
賢く伸びやかな自由は、自分の美学に従い、目の前のことと調和がある「自由」。
その先に何かがあるから、人生がうまくいくから、って結果を期待するための「自由」や誰かに何かをアピールするためのじゃなくて、ただその時点、その時点で、自分の美学に反していないかっていうのが、結果として、結果に繋がるんだと思う。

「お母さんも子どもも自由にいよう」っていうのを「自分は自由に出歩いて、子どもはいつも預けて、家事は全部外注して、うん、私も子どもも好きなことやれて自由だよね」って、そういうのは本当に自分の内側がそう言ってるの?って思うし

賢く伸びやかに自由でいるっていうのは、大きく言うと、行動はそれぞれ自由でも、ちゃんと心がお互いを向いている事を感じられているかっていうこと。

で、じゃあ上のように「自由に出歩いて、預けて、外注して、私も子どもも自由」でも良いじゃん、ってなるかも知れないけれど「だって自分を大事にするんでしょ」ってね。でも本当に?本当にそれ?理由をつけて正当化する要素が1mmでもあればそれは自分のエゴだという事に、どこか違和感がある事に気がつかない?
それをする自分がどこかで「自分の都合の良い時に」預けたり人に頼んだりしているとしたら、それはあなたの美学に反してはいませんか?っていう事。
ほんとうに、隅々まで美しい自分の姿?
もちろん失敗しちゃったな、とか、美しさが細部にまで宿らないときはいくらだってあるんだけど、そういう人間的な自分も見つめる美しさを持っているかってことなんだ。

っこまで書くと「めんどくせー」って思われるかもしれないし、細かすぎると思うかもしれないけれど、細かいんじゃなくて、その微細な感覚は、小さいことのようで最後の大きな砦なんです。
つまり、99.9%を100%にするための、大事で大きな0.1%。

私が社会の話を最近言い出したのは、自分を大事にする、という観点からだけで心を学ぶと、人間みんなそうなんだけど、幸せと心から思っているようで、どうしても「自分に都合良く」解釈しがちになるからなんです。(私も散々やったからわかる)
自分に都合良くっていうのと、自分を幸せにするっていうのは、一見とても巧妙に同じように「幸せ」と思いやすい顔を持ちつつ、全く違う種類のもので、似て「超」非なるという感じ。
だから、同時に、自分以外のものと調和するという意識を取り入れるともっと掴みやすいかなと思うのと、先に進みやすいと思うのと、その「自分以外のもの」と思われるものは、自分の中にも必ず存在するものなので、自分との調和に必ず繋がるからです。

たくさんの地方開催のリクエスト、ありがとうございます。
私が行けると思えるかどうかのポイントは、人が集まるかということよりも、開催場所です。
土日のターミナル駅のホテルラウンジだと混んでて入れない、みたいなことが起こりえるから、だから平日開催が基本になるし、ある程度予測しつつ、早めに行って混み具合を確認しながらとか、場所の確保まで成り行き次第になりやすいです。
開催が容易になるような場所の提案もしていただけたら、行きやすくなります。
実務的な内容において地方に明るくない私は、その辺がネックです。


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by 4cubes | 2017-08-31 10:39 | 潜在意識 | Comments(0)

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by のりこ
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