徒然

書いちゃうけど、100%とは言わないけれど、90%以上は、ニセモノカウンセラーなんだと思う。自分の自己受容ができていないひと、本当に多い。
それはそれで良いと思うけど、というか、完璧な自己受容もないと思うし。ただ、自覚がないかもしくは「できている」と思い込んでいるか、っていう人が多いなと思う。

自己受容は大事なんだけど、できているかももちろん大事なんだけど、それ以上に自分の状態を自分で把握しているかが一番大事なんだけれども、それじゃ仕事上不都合だから、特にカウンセラーは隠すよね。
隠すために、隠してくれるほどのキラキラな「見えるもの」という盾が必要だよね。自撮りして豪華な食事や自由で優雅な時間、旅行アピールするよね。
それはつまり、隠さなくてはいけないこともだし、そのような仕事を選ぶそのカウンセラーの心に闇があるってことなんだよね。光が濃い人は、影も濃くなっていく。

小金持ちになって自撮りして、ホテルで美味しいもの食べてブランド持ってるのは、好みの話だと思っていたけれど、それも殆どはダミーの幸せだなーとほんとにわかった。
なんだけども、だからといってその世界を知りもしないで「ブランド物なんて意味わかんない」と先に決めてしまう人がいるのもまた違うっていうか、それもマウンティングなのですが。

好きなことするのは当たり前なんだけど、なんのためにそれをするのかが明確じゃないと、やってることは同じでも、全く違ってくる。
本当に好きでするのか、認められたくてするのか。

でね、大人はそれぞれ勝手にやっててって感じなんだけど、これが本当に、次世代の子どもたちに明らかに投影していることが、私が個人的に一番気になっていることで。

自己受容できていないと見られる子どもが、8割もいるという調査結果もあるほど。
「何かができないと自分には価値がない」「自分はどうせ大したことはできない」と思っている子どもだらけだっていうこと。
でも求められるから、素直な子どもたちは「頑張る」ことでクリアしようとする。
仮に自分の子が関係なくても、世の中のそれだけ多くが自己受容できていないなら、その価値観で世の中が回るっていうことになるから、無関係でなんていられないと思う。実際、他の子が塾行きだしたら気になるっていうのもそういうものだし。
だからこそ、その子どもたちに直接影響を与えている大人がまず自己受容していく必要があると思う。
ブランドもキラキラも自由だけど、ちょっともう、そういう悠長な場合ちゃうから、というのが個人的には正直なところ。

私、以前は、自分に価値がないことを認めたら、それは幸せを放棄することなんだと思ってたし、人は社会の役に立つために生まれてきたっていう価値観があったから、何かを成す必要があるとずっと思ってて。
それでも、見えているものに答えはないことを信じて自分の価値を手放したら

何も変わらなかった。
価値がないということを認めても、私の価値に変わりはなかった。
私の事を、価値があると見る人もいるかもしれないし、価値がないと見る人もいるかもしれないけれど、私自身の暮らしや幸せにはなんの関係もなかったことがわかり。
価値って、絶対的なものじゃないから、そもそも測れない。
それを絶対的なものにしようとして、人は、売り上げや顧客数、お給料とか、学歴、子どもの習い事の成果などで自分にも他人にも視覚化しようとするよね。

数値化できるものだけじゃなくて、褒める褒められる、見える優しさとか、我慢することが良いとか、そういうのも、本当の優しさじゃなくて、それを通して自分の存在価値を示そうとしている場合もあると思う。
もちろんみんなに当たり前にある承認欲求なんだけど、それを自覚しているかどうかっていうことが大事なんだよね。蓋をすればするほど大きくなっていくから、顕在化して無害にしようよっていうこと。

で、自覚なくてもそういうの、選民思想だから。
他の人よりも何かわかりやすい価値をつけて自分は人と違うという事を無意識に示し、それを守ろうとするのは、そういうことと本質は同じだし、そうしないと自分を守れないと思うほどに、自分には価値がないと思っているという自己受容の低さでもある。

かの優生思想(人種や障害の有無などを理由に優劣をつけて、良い(つーか都合の良い)遺伝子だけを残そうとする考え方)も、自分たちは選ばれし3%の人間だ、他の97%は、学がなくて良いからただ勤勉に働く存在であれば良い、というものですが、これもつまりは、優劣をつけて圧力をかけてでしか守れない自分だって言っているようなものだと思う。

で、その3%とやらが、自分の幸せのためにそうする必要があるっていうならそういう考え方自体は、自然に湧いてきたものなんだろうから責められるものじゃないんだけども。
実際には、97%を排除しても、選ばれし3%は幸せになんてなれない。
本来、異質なものがあるから、そこから学び、成長、幸せを感じるんだよね。
同じ性質のものだけでは思考パターンが同じなんだから、そこから何も広がらないし、残り97%が反撃してこないように管理する生き方、つまり恐れをベースに生きていくことになるんだから、幸せな感じ方なんてできるわけないよね。

と、ちょっと社会的な話になってしまったけれども。

子どもの自己受容は大事で、そのために親の一人一人の自己受容が大事。
で、片っ端から価値のありそうに思えるものを試すわけです。エステでも良いし、買い物でも、やりたくない事をやめるでも、それってよく書いてるけど、それが良いんじゃなくて、それをする事で本当にそれが自分に必要なのかどうか「気づく」ためにやってるわけです。
で、非日常をやりつつも、丁寧に自分の心を見ていくと、自分にとって本当に大事なことが見えてくると思うから、その時、真に子どもを放ったらかしてまでやりたいことがある人っていうのは、僅かだと思うんだ。

みんなが好きなことやったら社会が成り立たなくなるっていうのは、ないんじゃないかな。実は「真に好きなこと」ってそんな極端なことじゃなかったりするから。

そういう意味では私は20年くらい前から、うまくいかないことも含めて自分に正直に生きる事を繰り返してきて、自分にとっての本当のところを見つけてきたと思うけれども。LP4だから、地味に続けるのも、確認のための体験も得意とするところなので。
時間かかったけれど、見えてきたなと思う。

大人がさ「自分」超えて、肚括って、さっさと真の意味で幸せになったら、ほんとうに平和な世の中ができると私は思う。
だから、やりたいことやって、やりたくないことやめよう。
そのために必要なお金はしっかり使おう。


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Commented by くどう ちはる at 2017-05-17 12:12 x
う~ん。。。分かったようで、まだ、そうだよね!とはならないんですが、何だか自然淘汰と似ている気がしました。
好きなことも、本当に大切だと感じることも無意識になれば自動的に決まってしまうから、その領域に考えって概念は入らないのかと思いました。合っていますか?
Commented by 4cubes at 2017-05-17 19:21
> くどう ちはるさん

わかると感じたり何か発見があるタイミングって、人それぞれだからそのうち何かあるかもしれないですね。

言葉だけだとちはるさんのおっしゃることがよく理解できなかったですが、無意識に好きなことや大切だと感じることが、純粋な感覚で湧き上がってくるから、そうしたらそれを「考え」が決めて実行するって感じでしょうか。
でも皆さん先に「考え」てしまっているから、先に「感じる」に戻しましょうねという感じです

自然淘汰でもし説明するなら、思考が邪魔している限り自然な淘汰がされないので、そういう環境にしてあげましょうという感じとも言えると思います。
by 4cubes | 2017-05-17 08:28 | 潜在意識 | Comments(2)

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