モリアオガエル

<生まれて初めて本気で嫉妬した相手は、モリアオガエルでした>

モリアオガエルって、今の東京にはいないらしいのね。
そんなモリアオガエルを、少し前に彼が自宅の庭で見つけたって聞いて、どうやら一緒に栃木に行ったときに、考えにくい事だけど、車のどこかの隙間に入り込んだのを連れ帰ってきたんじゃないかという事に落ち着いて。
彼がひとまず飼ってるんだけど、だんだんなんとなく不憫になってきたらしく「栃木まで返しに行ってこようかな」って言うので「付き合うよ」と返事したら「今回は(カエルと)2人だけで行かせてほしい」って言ってきた。

そうしたら、ぶわーーーっと涙が溢れてきて。
えー!泣いてるよ私。
混乱して最初は「なんでなんで」ってただそれだけ思ってたんだけど、どこかで新鮮な感情を感じているうちにこれがどういう事か理解したくなるのが私の癖で、そのまま友達にすぐ話した。
彼女は同い年でありながら、同じクラスにいても友達になってないだろうなーって、それくらい色々と「違う」タイプなんだけども、セミナーで席が隣になったご縁で知り合いになってから、まさにその「違い」によって自分を知ることを、彼女を通してなんどもなんども、体感してきた。
「違う」からこそ繋がれて、そこから育んできたものがあって、気がついたらとても大事な存在になってた、そんな人。
(そして「違い」ばかりだと思っていたらこれからの人生に大きな役割を持つ重要な「同じ」を昨日見つけて2人で小躍り)

で、彼女と話していくと1つずつ解けてくる。どうやら自分が仲間はずれになったからでも、申し出を断られたからでも、一緒に行きたかったからでもないようなんだよね。じゃあえーとえーと…

…… あ、相手がメスだからだ。

と、ふっと出てきて、それと同時に、
え、マジで?カエルに⁉︎ って自分にもツッコみました。
いやいやいやいや、それはないでしょーーーーと最初はね。思考がね。

でもね、でもね!
もしオスだったらって考えたら、オスだったら平気なんですよ!
何度考えてもオスだったら平気なの!

そこで気がつきました。
これはメスの動物的本能なんだなーって。
理屈抜きで「メスだから!」

相手が人間だからとか、人間じゃないのにとか、そういう理屈抜きでただ怒りが湧くんです。(でもすっごく可愛いモリアオガエルで、そこは萌える。矛盾じゃなくてそういう矛盾っぽいものを色々と抱えているのが本来の人間だから、思考でつじつま合わせようとしたってうまくいくはずないんだよね)
逆に私は記憶上、人間の女子にマトモに嫉妬したことない。

彼がカエルに恋愛感情持ってないってわかるよ。
私をやめてそっちに鞍替えするんじゃないってわかるよ。
でも理屈抜きに心を持っていかれて、彼やカエルに怒ってるんじゃなくて、ただすっごい切ないだけ。それに切なくってもそれは苦痛というわけじゃない。
「切ない」を楽しんでた気がする。
そんな新しい感覚は、これまでの自分に混ざり込んで、また少し、色味や奥行きを増した新しい自分になる。

私、彼にも「純粋だ」って言われるし、例えば占いとかリーディングとかそういう時にもよく「ピュア」みたいに言われることが多くて、それを心が綺麗と言われたみたいでいっちょまえに照れてたけど、要は「野生的」だって事なんだなwww
そのまんまってこと。
手つかずだし、手がつけられないってことでもあるな。

彼にこの一連の嫉妬の話をしたら大爆笑してて、それから言葉にしにくいけれど、優しく穏やかに感じてくれたような感じがして、私は安心した。



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# by 4cubes | 2017-08-20 19:05 | 潜在意識 | Comments(0)

「めんどくさい」の考察

<ずっと家にいると自己肯定感が下がる>

何か夢中になれる事をしているだとか、あるいは人に求められる事に応えているという実感も特になくて、それでも暮らせてしまう時。

自己肯定感が下がる。

子育てが落ち着いたあととか、定年退職したあと、忙しいパートを辞めてしばらく家でのんびり専業主婦をしている時に、それをただ楽しむこともできるはずなのに、なんとなく何かしていない自分が気になったり、本当にはボーッとできなかったりというのは、たぶん

自己肯定感が下がってるんだろうなと思った。
こうしている自分には、価値がないという気持ち。
あぁ、せっかく自由なのに。
けれども人というのは、そう思うようになっているんだと思う。
自分のすることが誰かのためになっていると感じる時、人は幸せだと感じやすいし、理屈抜きでもうそういうものだ。
(役に立ってないから自分には価値がないとは違うよ、けどここに陥る人も多い)

私が離婚して事務所も自宅になって、息子は部活でいきなり忙しくなって、「離婚」という目標もなくなって、淡々と家でPCに向かって仕事するだけの日になった時に陥ったのはおそらくこの無価値観だと思ったし

そこから抜けたと思っていたはずなのに、ここのところずっと家にいて、PCに向かってデータ作成を、夢中というわけでもなく淡々とやっているだけの1週間ほどを過ごしていると

昨晩、気分良く本を読みながら眠りについたはずなのに、今朝起きたら自分の体がとってもかたくてびっくりした。目覚ましなしで起きたはずなのに、自然な感じも心地良さもなくて、固まったまま。
夢を見たんだけど、私はなぜか高校生で、部活の寮に入る事になってそれを母親に報告してるところで、新しい暮らしが始まることに、充実した未来を感じて心が踊る明るい夢だったから、起きた時に大きな反動が起こって「私、なんもない」を感じたとたん、心が落ちた。

もちろんほんとうに「なんもない」のではなくて、そういう風に感じてしまうっていうだけの事なんだけれど、大したことをしていない(と解釈し、そんな)自分には価値がないとわざわざ考えるその思考は、しぶとく自分の中にあるものなのだなと改めて思った。
でもきっと、それも大事なんだと思うよ。
そこから、自己肯定感を上げる自分だけの作業をして落ち着いた。

セミリタイヤしていた人が、お金も時間もふんだんにあって自由なはずにもかかわらず、セミリタイヤしている時期が一番辛かったと仰ってたけれど、それはとてもよくわかる気がした。

私の彼もセミリタイヤの人だと言えると思うけど、100%の自由が良いとは考えていなくて、緩やかに仕事をしたり、お金にならないメンドくさい事をやってる。
理屈で考えてそうしているんじゃなくて、彼の無意識が「100%の自由はほんとうの幸せではない」ということを感じているから、仕事もお金にならないことも、人に頼まれたりする事も、ご縁という流れがあって、彼はそれを抵抗しないで「メンドくさい」すらぜんぶ、一緒に受け取っているだけなんだなと思う。

私が「なんで?なんで?」って聞くと彼はいつも笑顔で「めんどくさい人ですねぇ」って笑いながら答えてくれるのを思い出した。

「めんどくさい」を全部なくすっていうのは、実はすごく味気なくて無機質で、必要な温度まで、なくしてしまうようなものなのかもしれない。
昔のママ友のことを思い出した。
「おもちゃを片づけるのめんどくさい!やだってずっと子どもに言ってたら、うちの子、一切おもちゃを棚から出さないようになって、そのうちおもちゃそのものを欲しがらなくなったんだよ」って、そう言ってた。

よし今日は、頼まれた物を縫ってしまおう。
「めんどくさい」けど、その向こうに見えるものがあるとおもうから。


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# by 4cubes | 2017-08-19 13:24 | 潜在意識 | Comments(0)

ファシリテーター(伝える人)をやめてみる

潜在数秘術の、ファシリテーター更新のお知らせが来ていたのを、少し考えて「更新しない」で返事しました。今後は潜在数秘術のマスター(セッションする人)としてのみの活動になります。

自分の内側が「そう」思うから。

やめてみた。

自分が持っているものとかやっている事を「手離す」について考える時、同時にそれがもう二度と手に入らない気がするとしたら、それはなぜだろう。
「永遠に手離す」わけじゃなくて「一度やめてみる」だけ。
ほんの少しでもズレを感じるのなら、まずやめてみる。戻る。そこから考える。
もちろん「やめない」って選択をする事も良し。人それぞれ。

昔から、失恋するたび物事がうまくいかなくなるたび、それが私の方法だったんだと思うけれど、いつも断捨離してあらゆる物を整理してきた。
そういう時は妙に冴えていて、自分に必要だと思えるものとそうでないものが、すごく明確で頭がクリアになっていた気がするんだけど、そういえば断捨離といってもその本質は物質じゃなかった。
例えば漫画を処分するとしたら、処分したのは漫画そのものではなくて「漫画を読む自分」だった。「友達と遊ぶ自分」とか「テレビを観る自分」もやめてみたりした。自分にくっついているものを剥がすような作業。
「失恋した自分」だけになろうとしてたな。
少なくとも私はそこに答えがあると知っていたからだと思うんだよね。
痛いけど向き合ったほうが傷が癒える時間も驚異的に早いっていうこともわかってた。

ファシリテーターをやめても痛いっていうことはなくて今はとても軽い。

その直後、あまりにもぴったりのほしいものが、ぴったりのタイミングで2つ入ってきた。手離してすぐ入ってくるものは、どこにも無理がなくて、どこにも引っかかりがないからすぐわかる。この感覚はほんとうに心地良くて、これを知ると、頑張って何かを手に入れようとする事がいかに不毛な事かもありありと体感してくるのだけど。
それでも「ほしいもの」のために何かするわけじゃなくて。
ただ「やめてみる」ことによって入ってくるという自然の摂理があるだけ。

ご飯を作る事をやめてみる、という事を思って、それをもうずっとやってるけれど、まず時間だから作ろうっていうのがなくなって、お腹が空いた時に考えるようになる。
食べに行くとか、買ってくるとか、食べないを選ぶとか、やっぱり作るとか、そんな風に選択肢が広がる。そこから自分を見つめると、結局ほんとうの自分は「作る」を欲していて、そして一番しっくりくる事が多い。
凝ったものは作らないけど、おいしくてそれが幸せな事がわかっているから。
作りたい気分やタイミングでないのに我慢して作るごはんも、作ることから逃げて外で食べるごはんもおいしくない。
以前クライアントさんが出雲の美味しいお米をプレゼントしてくれて、そのおいしさに親子で驚愕して、以来お米はずっとそれを買ってるんだけど「いつも超おいしいお米がうちにはある」って、心のどこかにそれがあって、卵かけご飯でも、海苔と納豆だけでもおいしくて幸せな食事になるのわかってるから、結局外食ってほぼないし、おいしいごはんを想像したら、気がつけばそれに合うおかずを作っていたりする。

昨日は、わたしがスマホのパズルを解いてたら息子が覗き込んで「俺だったら別のやり方するけど」って言うので「それ見たい!」って言ったら、わたしより解き方の視点がずっと高くて舌を巻いた。
もうずっと「すっごー!そこ置いたらこっち消えるってなんでわかるん?」「えー!そんな先までわかるん???」「天才やなwww」って、褒めようとしなくても勝手に口から出てきた。
それから、ユーチューバーとVALUの話を、一緒に寝っ転がって夜中まで話してた。
わたしは株やVALUのかんたんな仕組み、彼はユーチューバーについて知ってる事を提供しながら、どこの会社の株だったら応援したくなるかって盛り上がってしまい、寝たの3時www

そんな夏休み。


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# by 4cubes | 2017-08-18 19:32 | 潜在意識 | Comments(0)

借金について思う事

<資本金2万円>

もう10年以上前だけど、会社の同僚だったパタンナーと一緒にネットショップを始めることになった時に、お互い1万円ずつ出し合って、ユザワヤに生地を買いに行ったのがスタートで。
幼稚園バッグが最初の商品だった。

ネットショップだし仕入れは生地代くらいだからという事ももちろんあったけど、もともと心のどこかで借金だけはしないでおこうと思ってたと思う。
それは20代の頃、騙されて借金が数百万円できた時に、借金というものがどんな感じか「体感」したからだと思う。 その瞬間こそダメージが大きくて思考停止になったし恐怖も感じたけど、返すしかないって決めたら、たぶん怖いって思う時間も惜しんで全神経を返すことに集中してたと思うから、感覚としては「借金の恐怖」というよりは「不自由な感じ」に近いかな。

そこから確かに学んだんだと思う。
ただ、学んだって言っても「借金怖い!二度と同じことはしない」って失敗とかトラウマになって、何が何でも借金しないぞってこととも少し違う気がする。
借金そのものは投資家だってするし、家を買う人は当たり前にするのを知ってるから。
借金は大変だったけど、借金が「恐怖」だとしたら反射的に逃げたくなると思うから、逃げれば逃げるほどまた借金が現実化してたんじゃないかと思うよね。
だから、恐怖だと思ってたけどそうじゃなかったっていう発見は大きかったと思う。

ただその実際に体感して知っている感覚「不自由な感じ」を持ったまま「自由な発想(モノづくり)の仕事」をするのは、少なくとも私にはストレスになるんじゃないかって、お店をスタートする時の私は思ったんだと思う。
それで借金しないでやろうって、どこかで決めたんだと思うけど。

この時のこの感じが、ずっと残っててね。
この選択は「合っている」気がしてるけどそうしてそうなのか自分でも長く説明をつけられていなくて、だから長いこと保留になってた。

お金があるから安心、っていうの本当だと思う。
お金の不安があるのに不安を打ち消した「つもり」になって飛び込むのは、ワクワクでも勇気でもなくて「無謀」。

最低限のお金は残ってるから、冒険して思いっきりコケたって何とかなる。思いっきり冒険に集中するために、その環境を整えるためのお金は「土台」。

似て非なるものとして、最低限のお金は残ってるから大丈夫。冒険するぞ!だってお金あるもんね。何とかなるよね。ねっ。ねっ。それは「保険」。

こういうのはとても微細な感覚でそれぞれ自分にしかわからないから、自分を見つめて本当のところどうなのさって、なんども聞く事が大事だと思う。

私の「借金しない」は紛れもなく「土台」だと思う。
お金持ちが慎重でリスクを分散させるのは、少々の波はあっても根本をぐらつかせないための「土台」を作るためなんだと思う。
その土台があってこそ思い切った決断もできるし、それでいてたくさんの従業員を抱えているならその責任も全うできるじゃないか。

それと借金をしないことで得られる大きなもの、それは「動きが取れる」って事だと思った。
借金て利子はつくけど借りることで助かってるから返済してれば問題ない、になりやすいけれども、見えていない部分で重要な事が1つある。
借金があると、借金を返すための行動、つまり時間と肉体っていう重要な2つの自由も同時に自分から奪う事実があるって事。

借金ってこうだよね。

100万円借りる=100万円+利子のお金、じゃなくて

100万円借りる=100万円+利子のお金+返すために使う時間と行動、それに伴う制限(会社辞められないとか)

考えているよりずっと大きい気がする。
借金をしない事で動きが取れるっていうのは、お店の資金がギリギリになったりしても、もともとの支払いが少ないから、支出さえ減らせば持ちこたえられるって事。
支出を減らす事は自分でできるけど、支払いを減らす事はできない。
倒産する会社は利益が少ないんじゃなくて、支払いのためのお金が必要だから倒産させることもできないっていうループにはまって、身動き取れなくなるんだろうね。
倒産できるって、実は幸せなことなのかもしれない。
倒産へのネガティブ感情がなくなったwww

書いていると頭の中もどんどん整理されてくるなぁ。
住宅ローン組んだことないけど、多分これと同じだろうね。
それを踏まえて、家を買って実現したい事があるなら私も買ったんじゃないかと思うけど、たぶんそう思わなかったんだろうなと思う。


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# by 4cubes | 2017-08-17 11:43 | 潜在意識 | Comments(2)

家と収納と潜在意識 ①玄関

今住んでいるこの家は、3年前に離婚する時、同じ時期に物件探してた友達が「私が住みたいんだけど犬が飼えない物件だったから」って譲ってくれたものだったんだけど、これがまた私が住みたい家の条件にすごく合ってた。
(間取りや雰囲気だけでなく、場所、家賃などの個人的事情にまでぴったりだったって今考えるとなかなか凄いことだったのかもしれない)

私、結婚してた時は義父母との同居で、私達夫婦と息子は3階にキッチンを作ってそこを使ってたんだけど、買ってきたものを1階から3階まで持って上がるのが何より苦痛だった。それが嫌で、家まで帰って来たのに玄関を入るのが嫌で、駐車場の車に乗り込んで現実逃避で昼寝とかしてたwww
どっちみち3階まで上がらなきゃいけないんだけど、わかってるんだけど、それくらい嫌だった!
そうなってくると、できるだけ買わない、買っても軽量で少量、みたいな生活になるんだけど当たり前だよね。
息子が帰って来た時に1階まで鍵を開けにいくのが嫌で、インターフォン出た時に宗教の勧誘だったりすると(1階まで行かなくて良いから)嬉しかったりした、っていう矛盾。自分がアマゾンで頼んだものが届く時も、自分が頼んだのに嬉しくない矛盾。
ほんと自分ってこんな小さなことにもストレス感じるんだなーっていつも思ってたし、何にストレス感じるのかいつも俯瞰して見ていた気がする。

そのせいもあって家の中の機動性、特に玄関には並々ならぬ思いがあるのかもしれない。

私が玄関に求めるものは、出やすくて入りやすいこと。
息子が自由に出入りできる事。(おかげで今や家にほとんどいない子になってる)
出入りのアクションが少ない事。だから1階っていうのは良かった。
更に、結果的に良かったって事だけど、集合住宅の自転車置き場の真ん前に玄関ドアがあるので、自転車カゴから荷物下ろしたら玄関!これ、今も毎日嬉しいなーっありがたいなーって思ってる。

玄関入るとすぐ部屋。
50平米だけど廊下がほぼないから、広いねーって言われる。
私は、総合的な広さじゃなくて、分割数が多いと管理することが増えるって考えているようだ。廊下があると管理する場所が一部屋増えたような気分になるから、要はストレスってことらしい。そういう意味でもこの家は管理が楽だなーって思える。

最近ちょっと詰まってるなーって思ったから、玄関にあるものを少し減らして掃除して、玄関マットを新調することにした。実はシンプルにそういうのだけで現実が変わるんじゃないかということを最近は実感しつつある。
うちは1階だし周りは畑ばっかりだから、お会いしたくない例の虫が出てもおかしくないんだけど、出没場所がたいてい玄関だった。
大騒ぎの時期を経た後、そこからは毎月ダスキンさんに来てもらってるから今は実際ほぼ会うことはないけど、未だに玄関を出入りするたびに僅かながら緊張する自分も自覚してて。
そのことが無意識にかつ巧妙に、出入りしないで済む現実を作ってたかもしれない。
息子はそんなのないから、まいにちたのしそうに出かけて行く〜。
(同じ玄関使っててこの違い)

物を少し減らしたり整頓したり掃除すると風通しが良くなる「気がする」けど、たぶんそこで無意識に、他のいろんなものもスムーズにここを通るっていう感じもどこかでしてるんだと思う。あたりまえに無自覚に湧いてくるそんな、自覚もできないほどのイメージは、あたりまえすぎて、現実になることもあたりまえなんだ。

実験をよくやってたけど、ここんとこ急にやらなくなった。
確信を、確認する、に近くなってきた。


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# by 4cubes | 2017-08-16 23:59 | 潜在意識 | Comments(0)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ
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