カテゴリ:自分の事( 14 )

婚約話

たくさんメッセージありがとうございます。
お返事が追いつかないけれどお返事します。

いつもの街歩きを彼としていたら、
特殊な場所に特殊な喫茶店を見つけて、
興味もあって、入ってみたんですね。

そこで残骨灰(火葬場で出る、拾う骨以外の
残った灰とか骨の事)から出る有価金属
(金歯など)を横浜市などは売って、斎場の
設備改善などに使われている。京都市などは
おそらく宗教都市故の理由で、売らない、
ただその全ての大量の残骨灰が、どこかに
保管はされてあるので、有価金属狙いで
犯罪が起きてしまうかな、とかそんな話を
してて。

話が途切れた時にふと。

私「そういや私、婚約した事ないの。
1回してみたいなと思って。」
(ちなみに彼は婚約も結婚も未経験)
彼「良いですねぇ。ではそうしますか。」
私「うん。やったあ」

で、そのあと「そういえば、こないだの
画像のハリガネムシですが……」って
普通にハリガネムシの話に。
カマキリの8割にはハリガネムシが
寄生しているけれど、これがまたとても
賢い寄生で、いろんな虫に寄生しながら
カマキリを目指すんだけど、カマキリまで
噛み砕かれずにうまく食べられるよう
体を、噛めないくらいに小さくさせておき、
カマキリの中に入った途端、カマキリの
食欲までを巧妙にコントロールしながら、
どんどん成長していく、かしこーい!って
そういう話で盛り上がりました。

何が言いたいかというと、婚約の形に
こだわらなければ、非常にかんたん。
ロマンティックでも
ドラマティックでもなく
プロポーズが先だって事も知らなくて
プロポーズがあったわけでもないし、
(だからやり直す予定なんですが)
そんなんでしたが。

こだわらなければこだわらないほど叶う。
そこから、仮に指輪が欲しいなら
「指輪あったら嬉しいな」って言えば
良いんだと思う。私はそういうの、
ほんとに思わないのですが。
断られたら「えー!なんで♩ウケるー」
と思うし。
そして本当に、結婚しても、しなくても
どちらになっても味わいのある人生だと
思うんですよねえ。

ただ彼は、喫茶店が特殊だったので
「こんなところで良いのかなあ?」とは
思ったみたいです。
私はその特殊性をすっかり忘れてました。
(ここではさすがに書きにくいので、
興味ある人は会ったら聞いてください)

たくさん「おめでとう」と言ってもらえて
そこで初めて、あーおめでたい事なんだ
と、ジワジワ嬉しくなっている次第です。
ありがとうございます。
昨日はお花もいただきました♩

無意識にやりたいことの「形」に拘ると
なかなか実現しないと思います。
例えば
留学したい→自分でお金を用意するもの
だから我慢して働かなくてはという
思い込み、とか
セックスしたい→女性は求められてナンボ
だから自分からは誘えないという
思い込み、とか
無意識にですよ。
そういうのが邪魔して、ブロックとも
言いますが、その思い込みが夢の実現を
阻んでいるということがあると思う。

で、なんだか不思議な婚約だったけれど
ちょっと世界が違って見えて、楽しい。
あんな突然、唐突、だったのに、
自然に受け入れてくれたんだなーって
彼の気持ちに嬉しくなる。
(心にないことは一切しない人だから、
返事全て、彼の本心だということです。
仮に本心じゃなくても、自分で決めて
言ったのですから、私の問題ではない)

子宮委員長はるさんの恋愛が原作の、
「パーフェクトレボリューション」
映画、観てきました。
誰にでもはお薦めできない映画。
障害を持つ彼と、風俗嬢の彼女という
「見えるもの」がセンセーショナルで、
そこに囚われると「私とは違う」という
分離を作り出す可能性も孕む映画。
(もちろんそこからだって意味も学びも
あって、制限は必要ないのだけれど)
その奥を見ようとする人の心に届く映画。
リリーフランキーは天才だな。

この、子宮委員長はるさん、好きで。
お会いしたことはたぶんないのですが、
実は共通点も結構あるのです。
そして、数字的にも大変興味深い人で。
映画、ありがとうございました。
ここから、感謝を送ります。


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by 4cubes | 2017-10-06 18:25 | 自分の事 | Comments(0)

団地好き

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潜在数秘術大運動会を終えて、また一つ、変化があった気がします。
まず思考が働いていません。ボーっとしていて現在空っぽに近い。
そして、未来から自分を見る感覚がちょいちょい。これ、言語化&再現性高くしたい。
ふっと目の前の仕事に対して「あぁこんな頃もあったなぁ」と不思議な事を思う自分がいる。時々ではありますが、未来から今という過去を見ている前提で感じています。

今日は自分の話になります。
私の趣味は色々あるのですが、町歩きもその1つです。
暗渠(河川跡)や線路跡、高低差、路地裏など、地形をどう使ってどう人間の暮らしが営まれていったのかを推測しながら歩くのが大好きです。
そして最近は団地萌え。昨日は取り壊しが進むスターハウス(昭和30年代に主に建設されたY字型住棟)のひとつを見に行ってきました。

あとから「そっかー」と思ったのですが、形は四角くて人間の営みがあり、古い。つまりLP4にとっては魅力だらけなのです。
特にスターハウスは、秩序の中にも個性が光るので、S1も満たされる気さえします。
我ながら地味な趣味ですが、ほんっと楽しいわけです。
限りなく正解に近い想像が好きで、事実である必要はそれほどなく、深く探求しつつも結論を出さないあたりの好みはD7でしょうか。

そんな風に好きな時間を堪能していた昨日ですが、自分の仕事とかやりたい事と自分の性質を照らし合わせて考えていて。
で、そうか、と思い当たったのは、LP4(定番・普遍性)とS1(個性・オリジナル)の組み合わせで創造したいものとは「ありそうでないもの」だということ。
奇をてらった超個性的なものが良いわけではなく、自然で無理がないものでありながら、今までなかったもの。
型紙でも、そういう商品は売れているように思います。
そういったものをD7で探求、研究、創りだしていくのが得意であり、好きなのだと思います。
昨日また一つ夢が増えたのですが、それも「ありそうでない●●●●」を作ること、でした。

メンタル1つで手が治ってきた。
完全に手放した息子に変化がある。
お金のブロックが外れて「ない」から完全に脱した。

うーん、現実が面白いことになっています。
言語化できないところもありますが、すべてはロジカルである事はわかります。
誰もが確実に、自由な世界を創造できる事は間違いないと思います。

LP4は具現化、現実化が得意と言われていますが、人生を自由に現実化する事も含まれているのかな。
だとすれば、それを誰もが使えるように仕組み化して伝えることだって、できるはずです。
2つくらい申し込みをすでにした講座があるのですが、申し込む前から、今の自分に必要な内容だと「わかって」いたし。
それもまた、自分が決めた未来から、逆算して選んでいるのだと思います。


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by 4cubes | 2016-11-15 20:11 | 自分の事 | Comments(0)
私、22日(土)名古屋に行くって、ブログで書きましたっけ?書いてませんでしたっけ?
自分でブログ遡ってみたところ、記事がなかったので、書いていないかもですが。

知らんがなって話かもしれませんが。
最近本当に記憶力が危険です。

ありがたき他力です。

■ HP
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by 4cubes | 2016-10-20 23:57 | 自分の事 | Comments(0)

頑固をやっと認めました

私は、頑固です。
そのあたり人並みだと思っていたのですが、無自覚半分自覚半分ですが、頑固だったと
ここにきて、ここにきてようやく自分で認めることができました。
人の意見を聞き入れないという面もあるし、反対にぶれないので最後までやり遂げる面もあり、
頑固自体はいけない事ではなく、プラスに働いたりマイナスに働いたりするものですが、
私自身は指摘された時に腹が立ったり、スルーしたりしていたので、
つまり「嫌なものだ」と思っていたという事でもあります。

これ認めるの、きつかったです。
頑固な人は好きじゃないと思っていたその自分が頑固だなんて。
でも他人に言いたい事は、自分から言われている事でもある。
人に向かって「頑固は嫌い」という事は、それはほかならぬ自分が自分に言っている言葉でもある。
ほんとその通りです。
でも、観念しました。

なぜなら。
私はひとつ、決めたことがあるからです。
「結果を出す人になる」と。
もちろん常にその想いはありますが、精度を上げて突き詰めていくと。
セッションやカウンセリングは形がないものですし、
私はクライアント様の潜在能力や真の望みを現実的に引き出すお手伝いをしているだけで
実際に変わると決めて変わっていくのはご本人次第だという事も踏まえつつ、
それでも「結果を出す」にこだわると決めたので。やっぱり三次元に生きていたら
「目に見えてナンボ」「実際に変化したのを確認できてナンボ」だと思うのです。

それもあって自分の事はまず、
何1つごまかさずに、開示し、見つめていく事にしたんです。

で「あぁ本当に私は頑固なんだなぁ」と、認めました。
最初は人から、それも私の事を知りもしない人から言われて、反射的に腹が立った。
その人に悪気がないのはわかり切っていた。ただそう思ったから言っただけなのだということも。
で、あとから、どうしてこんなに腹が立つのだろうと考えてみた。
以前にも何度か言われたことがあったし、でもそのたびにいつも抵抗もしくはスルーしていて。
人によってそういう「言われたくないと思っている言葉」って違うのだけど
私はそれが「頑固」だったんですよねぇ。それも頑固だけに、抵抗っぷりも頑固で。

でももう、目の前に来たメッセージはどんなものでも全部「受け取る」事に決めたんです。
だからはじめてその「頑固」を、こわごわ受け取ってみました。

……ちょっと切ないけれど、染み入るような感覚。うん、大丈夫。
そして、頑固である自分を否定せずに反芻してみる。
「私は頑固だ」淡々と明らかにしてみる。「私は頑固だ、そう、頑固だ」何度も何度も。
思考ではなくて、感じてみるんです。そうしたら。

次に出てきたのは、その頑固な私を好きでいてくれている家族、友達、お客様、パートナーへの
深い感謝でした。綺麗に言おうとしているわけじゃなくてほんとに感謝が湧いてきました。
こんなに頑固な私が、実はめちゃめちゃ愛されていた!全然見限られていなかった!という事実を知って
ありがたいという思いしか出てきませんでした。
今の状態ですでに愛されていました。
それに一昨日気づいて号泣、今も油断するとすぐ涙目になります。

自分の頑固を受け取ったら、自分のまわりの人から向けられた愛も、しっかりと受け取れました。
自分を明らかにすることがご自愛であるというのは、こういう事です。

その上で私は私のその「頑固」をどうしたいのか、というところに向き合い、
頑固の使い方をもっと心地良いものにしたいと思いました。

そういえば先日、パートナーが「最近何も考えていません」と言うので
「私の事も考えたりしませんか?」と聞くと
「のりこさんの事は、考えているんじゃなくて、感じているんですよ」と。
ノロケとかじゃなくてですね、ただもう、思考と感覚がまったくごっちゃになっていなくて、
そこをすぐ的確に言語化できている事に、かなり驚きました。
で、すぐに「そこ!説明してー!」と言うと

考えている時は、何か先へ先へ追いかけているというか、掘り進めている感じで、
感じている時は、勝手に空から降ってくる感じ。という回答。

ほほーう。わかったようなわからないような。
でも明確にそのように、感じ方の違いがあるようです。
私は無意識だと、好きな人の事を「考えている」って言葉で話してしまう。
「感じている」にはならないなぁ。本質的には感じているのですけれども、
言語化が曖昧。でも無意識に発する言葉は本音ですから、
好きな人の事を思考で考えている部分も、大いにあるのかもしれないと、
なかなか勉強になった一件でした。

昨日、伊勢神宮に日帰りで行ってきたのですが、
伊勢神宮の、なんというかおおらかさ、ゆるさ、を感じました。
神社を感じないくらいで、下手すれば失礼な話なのですが、
それすら許してもらえているような、温かい歓迎を受けた気がしました。
到着した時、天気雨が降ったんです。
素直でいいよ、ゆるんでていいよ、と受け取りました。


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by 4cubes | 2016-09-27 21:24 | 自分の事 | Comments(2)

ヒトリゴト

自分の事は自分が一番わからない。
本当にそうで。これだけ学んでいてもやっぱりそうで。
不思議ですが、私に限らず、みんなそうで。

最初に参加した講座で隣同士になった同い年の友達がいるのですが、
タイプも環境もやっている事も違うのに、彼女とはその後、
数秘を学ぶステップも、その後の学びの場も意図せず同じで縁があり、
毎日のようにメッセンジャーでやり取りをしながら、
お互いをカウンセリングしているような状況。
彼女の事は手に取るようにわかるのに、
私もかなり自分の事はわかるのに、それでもわからないのが人間ですね。
でも彼女に言う事は、私が私に言いたいことであり、
自分の事が、見事に彼女に投影されています。
彼女も的確に私について意見をくれる。
だから彼女との会話を通して、私は私自身を知ることができています。
ぼっち体質には、本当にありがたい存在です。

そんな日々のカウンセリングも、やりたい事も、その他のいろんなことも
どんどん細かくマニアックになってきて、今日はついに
細かい細かい細かい私の適性と違和感が見えてきて、
肚をくくらざるを得ない、というところまできました。

要は、私は職人タイプなのですが。
(LL7なので、そういう気がまるでしないのですけれども)もうそれはどんな人にもそう言われてて
だからカフェでパソコン広げていい感じで仕事などができないんです。
行っても仕事、しない!何度かやってみましたが、仕事しません。
とにかく家でとっ散らかりながら集中。生み出す、という感じ。
それで、以前も書いたけれど、自分が前に出るタイプではなくて、
自分が「作るもの」を出したい。
自分を商品とするんじゃなくて、あくまで作品にこだわりたい。
というか、自分が出ると、楽しいのでできているんだけど微細にどこかがずれます。
96%くらいの感じ。100%ではない。

だから、もの凄くこだわるとすれば、今のアプローチは見直す時がきています。
そこの肚をくくらないと、真に私らしい仕事ができなくなる。

数秘は好き。
ブログ好き。
人も好き。
素敵な人との出会いばかり。
でも対面は、より自分に合った、より良いサービスを提供していくため、
もっと、違う形にするかもしれません。(かもしれないって言っている時点でもう変わるはずですが)
(今のメニューでセッションなどを考えてくださっている場合は、早めが良いと思います)
もしくは違うスタイルのビジネスにして、人と会うのはビジネスじゃない形にするとか。
断片はいくらでも見えているし、今の時点でも、かなり豊かな働き方ができています。
でも、ほんの少し、そのスタイルにズレがある。
そこをもっと調整していきます。

本っ当ーーーーーーにやりたい事は、実はあるんだけど!
今のところそれがビジネスとして成立するか、わからないのですよ。
そんなビジネス、あるの?という感じです。
矛盾だらけなんです。でもそれがやりたい。
趣味なら可能なんだけど、私はビジネスにしたい。
さてこの答えはどう出るでしょうか。

勉強していくと、細かい細かいことにもごまかしがきかなくなり、
小さな違和感にすぐ気づいてしまいます。
もう充分すぎるくらい、納得のいく毎日を送っていても、
そこに気づくと、向き合うしかない。
職種じゃないのです。
まったく同じことをするにしても、場所はどこなのか、誰とするのか、
どんなことをどんな形で、値段、受け取り方、あらゆる細かいことまでどうあるかという事が
職種以上に考えるべき要素で。さらに言えば、職種はむしろあまり関係がないかもしれない。

先日のセッションでお会いしたお客様が
「あーだから、会社でなら細かい事がいくらでもできるのに、家だとできないのはそういう事かー」
と納得されていらっしゃいましたが、できるかできないか、だけではなくて、
何にためにならできるのか、どういう場合においてできるのか、というところも見る必要があります。
でないと「できるはずなのに、どうにもやる気にならない、気分屋なの?わがままなの?」
という事が起こります。そしてついつい自分が悪いのかと考えてしまう。まったく違うのです。
家でできない、会社でできる。どちらもあなただし、どちらもあるのが自然です。

そういう事も含めて、自分の「働く」について、細かく見つめ直していこうと思います。
型紙屋も夏休みなので(でも仕事いっぱいある!)その間にもっと、
針の穴を通すように、自分を見つめていこうと思います。
夏は暑いので、ますます家に引きこもりそうですが、外に出るために何か企画します。


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by 4cubes | 2016-07-18 06:53 | 自分の事 | Comments(0)

GN3状態・超雑記

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美味しいクッキーと蜂蜜をいただきました。そして手作りの包み。グリーンに富士山!
クッキー好きだと書けば、クッキーをいただく機会が増え、グリーンが好きだといえば
グリーンをいただく機会も増える。これも引き寄せです。

想いは放つ。伝える。だから叶います。
伝えないのに「わかってほしい」とか、行動したくないのに「かわりたい」というのは
潜在意識がどうとか考えなくても、普通に違和感だというのはわかると思います。
でも潜在意識は、いたってこの「普通」の事なのですね。

ここのところ「型紙屋」ウィークでこちらのブログ更新ができていませんでしたが、
理由はそれだけではなくて、型紙に集中しているとGN(ゴールデンナンバー)3が発動して
3の性質の状態になり、とっ散らかるからなのです。
部屋も散らかるし、思考も散らかるし、理論的になれなくなるし、という状態。
時間が物理的に足りなくなるというわけではないのに、そのテンションだと、
こちらのブログで言葉をつづるのが困難になります。他には料理がきちんとできなくなったり、
リズムが狂ったりします。タスクも「思いつき」基準になるので、順序がバラバラだとか何か漏れてるとか。
あとは、思考が飛んで、感覚の状態に入ります。
本を読まず(文字が入らない)「できない」と押し込めてしまう事がなくなり、
何でもできそうな気がしてきます。
支離滅裂なのに調子が良いのです。

でもLP4が、片づいていない部屋に「むーん」となります。片づけたい!
今週末か来週明けにもう一つ新作を出すので、そうすればまた落ち着くと思います。
で、今もまだとっ散らかっているので、ブログもそんな散漫な感じではありますが。

本当にやりたい事というのは、
すべてが満たされて何の不満もない状態があったとしてそれでもやりたいと思う事、です。
でね、すべてに満足ならもう充分なのでは?と私も思っていて、
自分のこれが今まではっきりしていなかったのですが、やっとわかった。わかりました。
私は何をしてこの世を遊びたいのか。
で、質問は「満足してたら何をしたいか」なので矛盾しますが、
実際は、充分満足してから本当にやりたい事をやるわけじゃないんです。
やりたい事を放ち、そこに向かう時に、それ以外の全ても満たされていくんです。

東京で、「潜在意識ラウンジ」(お茶会)やろうと思います。
最低人数が集まれば開催です。詳細は後日お知らせします。

●ブログのここがわからない
●叶えたい願い事がある!
●うまくいかない。どこが違うのか知りたい
●何でもお答えします

潜在意識による前提って、都合良く思いこんでいるだけだと駄目なんです。
お金がうまく回らない人「ワクワクに使ってるのにー」という人も、本当にそれワクワクしているの?
その「ワクワクに使っている」前提で、事実、今、まわっていないのだとしたら、
それは「ワクワク」じゃないってことなんです。
何かが間違っているんです。

名古屋セッションでも、名古屋のおいしいもん、いただきました。
ありがとうございます!



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by 4cubes | 2016-07-13 23:24 | 自分の事 | Comments(0)

驚いた事

備忘録的にでも書いておきたいこと。
脱線続き&連投になりますが。

夏至の今日は、満月の昨日に引き続きエネルギーが強いと言われている日ですが、
それに関係するかはともかく。

昨日のブログで「過去の自分を手離します」と書いて、
それで満月にそれを手離すと誓ったのですが
今日もう、それもかなり無理やり、手離させられる出来事がありました。

過去の自分(の価値観)を手離すって、漠然としたイメージだったんです。
結果が見えにくいような?

でも今日、たまたま飛び込んできた知らない人の書いた記事を読んで、わけもわからず号泣し、
なに?これは?なに?と思って、その答えを探ってみました。
そこで出てきたもの。

エネルギーの出し惜しみ

もともとの私は、負けず嫌いで競争心が激しく、自己主張が強い性格です。
(S1だし、子ども時代は基本Sで生きていますしね)
小学生の頃はほんとそれだった。その分勉強もしたし委員長のようなこともやり、
でも態度が偉そうで、大人に何度も鼻をへし折られていました。(お恥ずかしい)

で、競争って、人と競争しているうちは、きりがないんです。
成績も上には上がいるし、スポーツも、何でも。
そして「頑張っている」私よりずっと幸せそうな子がいるのを見た時、
「頑張らなくても幸せな人」の方がなんか良くなって、競争に疲れ、
本当はそういうものじゃないのかもしれないと思い始めます。

気づいた事自体は良かったのですが、ここからも方向性を間違います。

そこからは「競争しない自分」になっていきます。
絵を描くとか、何かを作るとか、そういう自分に集中する方に興味を持つようになる、
一見それは「自分らしい」事のように思えますが、前提が
「自分がやりたいから」ではなく(それもあったけど)「競争すると疲れるから」でした。
デザイナーを目指したので「人とは違う事をする」事に集中でき、心は満たされました。
「競争したくない」という自分の気持ちも「個性」のようなものだと思っていたんです。
型紙屋が良かったのも、競争と無縁でいられたから。
スタートはそこもありました。

実は疲れるのが嫌で、エネルギーの出し惜しみしていた。
本当は、私の中の負けず嫌いは、蓋をされていただけで、
性質がなくなったわけじゃない。どこかでそれは自覚していました。
でも「そうじゃないふり」していました。
自分の性質を、どこかで否定していたんですね。

お行儀よく、スマートにいこうって。
疲れないし、いいよね。その方がなんか素敵だし。
自分の好きな事も出来ているし、うまくいっているから大丈夫って。
誰とも争わず「みんな仲良く」って。

そのうち、泣かなくなりました。怒らなくなりました。
映画を観て感動したり、涙もろいことには変わりがないのだけれども、
自分自身の想いをぶつけて泣くことはなくなりました。
怒ることもしない。
すでに、自分が感情を我慢しているという自覚すらありませんでした。

ずっと、感情的になることをカッコ悪いと思っていたんです。
だから、いつも冷静でスマートでいる事に憧れていたし、それやっていました。
もう無意識です。さっき気づいて自分でもびっくりです。
「疲れるのがいや」というのも「全力を出すと疲れる」前提ですし
命を燃やして生きていたら、肉体が疲れるのは当然なのです。
そこを自分の体力が「減る」と思い込んで、代わりに得られるものがあるというのに、
出し惜しみして(減ることばかりにフォーカスして)受け取ることもできていませんでした。

で、過去の自分を手離すと誓ってからの今日、
「あなたの手離すものはこれですね。ご確認ください」といった感じで
自分でも自覚していなかった「手離せていないもの」が突如どーんと目の前に現れて

大号泣。

手離しって、もっとさら~っと、自分の知らないところでやってくれるもんだと思っていたので
自分でもびっくりしました。
いや、手離しのメモリーオイル凄い!次の日ですし!
(メモリーオイル、ほんと効きます。というか容赦ないです)

数十年、全く意識できなかった、自分でも封じ込めてきたものが明らかになり。
エネルギー出し惜しみしてた、気がつかなかった。循環も中途半端なはずです。
(それなりに満足してたけど、循環の感覚が、それほど大きく感じられてなかった)

感情に素直になる自分でいい。
負けたくない!って子どもみたいに思ってもいいんだ。
そんな自分を丸ごと愛おしいと感じていればよかったのに。
そもそも競争心がある自分をジャッジしなくて良かったんだって。

競争心がある = カッコ悪い
競争心がある = 悪いこと

と思ってたんですね。

で、明らかになり、その上で、自分はどうしたいのか。どうすると決めるのか。
純粋に怒っても泣いても良い。
人間臭くって良い。
って思えたら、むしろ素の自分を意識しないで、その方が、結果として
さらっとした生き方になるのかもしれないですね。
負けたくないと思ってはいけない、のではなくて
負けたくないと思っても良くて、それを認めることで
負けたくないという感情そのものから解放されていくのかなと思います。

ちょっと自分の、やや抽象的なことが混じりましたが。
かなり大きな手離しになりました。


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by 4cubes | 2016-06-21 16:15 | 自分の事 | Comments(2)

必要な不満

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私は前記事で、不満が一切なくなったら、新しい悩みが出てきたと書きました。
「不満がない事が不満」という斬新な悩み。
贅沢な悩みとは違うもの。
 
人間は、不満があるから何とかしたいと思うし、
それが、行動を起こす強い原動力や、解決までのモチベーションになります。
幸せの尺度は「ふり幅の大きさ」によるところが大きいです。
どんなに頑張っても一試合も勝てなかった時に優勝するのと
何度か優勝経験を経てからの、今回も取った優勝では喜びが違う。
それと同じで「不満がない」という状態は、何かをしても何かをしなくても、
何が起こっても自分は幸せなんだという感覚を手に入れてしまう事がベースなので、
すでに幸せで、動く必要がないのです。
行動が省エネになります。衝動はなくなり、幸せへの感度が鈍くなります。

私は、離婚して不満がなくなった時点で、今度はどうしたら良いかわからなくなりました。
 
原動力を失うのです。

色んな心理学や、引き寄せや、嫌われる勇気もそうですが、
まず「今の現状を何とかしよう」とか「自分を満たそう」という内容が主ですが
それはまず最初の段階です。まずはそこからスタートすることが多い。
でもそこを私は、心理学を知る前の事ですが、感覚で手に入れてしまって、
すでに、どうしたら良いかわからなくなっていました。
でも毎日幸せで平和だから、特にそのままでも良いのです。
でも、でも、なんだかそれでは違うんだという気もしていました。
 

そこで、心理学の門をたたきました。
 
最初は100冊近い本を読みました。
私の本の読み方は、そういう時は手当たり次第です。なぜかというと全く知らない世界の事だから
まずは全て、自分の解釈を入れずに読むこと。読んで、どの人も言っている普遍的な部分は何か、
共通点を探っていったんです。そこで引き寄せなどの事はとてもよく理解できた。
けれども私の、満たされた「先」を教えてくれる本はなく、本じゃらちが明かないから誰かに聞きに行こうと。
  
そこでまた、ブログで見つけた心理学の先生のところに直感に従って講座を受けに行ったのですが
この私の問いに明確に答えてくれなかったですし、そもそもこの類の答えを得ることが難しい事を知ります。
ただ、欲しい答えは得られないにしても、これまで感覚で得てきたことがどんどん言語化されていきましたので、
別のところで得るものは確かにあって、潜在意識が面白く腑に落ちてのめり込んでいきました。

そのうち、時間はかかりましたが、欲しい答えを得ることができ、
幸せだけど何事も成さない状態から、望んで、自分を活かしきるという仕事を見つけ
自分なりに「命を燃やす」事を知り、今に繋がります。
面白い事に、型紙はその頃「心地良い」で仕事をしていたのですが、そこから数秘に出会って
「自分を活かしきる」を知り「これだ!」と思った、その途端、型紙もまた「自分を活かしきる」になったという事実。
つまりは型紙が、とか数秘が、とかじゃなくてすべて「自分がどうであるか」だったという事を知ります。
だから今、全く別ジャンルの仕事2つをしているように見えて、私にはあまり違和感がないし、エネルギーも同じです。
 
不満があるという事も、自分を知るにはとても大事なことであるし、
何かに対して怒っているとか、悲しいと思う事、それは自分を知るためのメッセージです。
見たくないと思って背中を向けるから苦痛を伴うけれど、
なかったことにしないで感じ切ろうとする時、
悲しいけれど悲しくはないし、怒っているけれど怒っているのではないという感覚になります。
近い表現で言えば「悲しいを体験しているんだなぁ」と思うし
「あぁ私は今、怒っているんだなぁ」と思う感じ。
感情を味わっているんだけど、悲しいし怒ってもいるんだけど、嫌な感じはまるでなく、
その感情から何かを受け取ろうとしている自分を自覚し、感情を感じられている幸せすら感じます。
ただ泣くし、ただ怒っている。
泣くことも怒ることも恐れなくなります。
その上で「どうしたいか」が「わかる」。
私は「怒り」はどうしても無意識に封じ込めてしまうところがありまして、
(封じ込めている自覚もなくて、怒りがないものだと思っていた)
  
で、そうすると、根こそぎ自分を明らかにしたつもりでいたのに、まだ出てきました。
「怒り」が。静かで確固たる怒りが。
しかもものすごーく当たり前の、誰もが「ないわー」と思うような歴然とした事実に、
自分で長年気づいていなかったという。ショックでした。
でもそこにやはり嫌な感情はなく。もっと怒って自分を明らかにしたいという思いになっています。
大きな気づきを得て、私はまた(精神論や根性ではなく)成長していける。
まだまだやる事がある。変われるんだ!という事を素直に喜べています。
 
  
セッションのお値段が6月より変わります。
また、お金の講座パーソナル(個人レッスン)メニューを作りました。
5月中のお申し込みはお値段がお得になっています。
(セッションや講座のお日にちが6月になっても大丈夫です)
6月のお申し込みより正式な金額に変更です。
 
 

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by 4cubes | 2016-05-23 08:19 | 自分の事 | Comments(0)

離婚理由

離婚してもうすぐ2年。
結局、離婚した理由って何だったのだろうと考えると
当時は、静かな、でも、ごまかしようのないくらいの「違和感」が理由でしたが
よくよく考えてみてつまり「五感が合わない」ということでした。

彼は、真面目に働き、子煩悩、見た目も若くて身だしなみにも気を使い、
借金も浮気もギャンブルもなく、とても優しく協力的で、
わかりやすい欠点を探すのが難しいくらいの人でした。
だからある角度から見ると、別れたいというのは、わがままだと言われても仕方ありません。
(実際は誰にも、少なくとも面と向かっては言われませんでしたが)

夫婦で価値観を含め、違いがあるのは当たり前。
それが結婚する、他人と住むという事、それは承知していても

味覚、触角、物事の感じ方、何に心を動かされるか、の違い、というかズレ。
彼の価値観に「これは良い」はあっても「これは違う」がなかった事。
(否定という意味ではなくて、信念としての)

具体的な話としては、彼は手作りのものを食べない(衛生面が気になるそうです。
好き嫌いが多く土のついた野菜などもダメ、三食は「必要だから」食べていたそう。
これらの事は良し悪しではなく、ただ私と違っていたという事)だとか
見たいもの、知りたい事、未来のビジョンなども二人の間は完全にずれていて、
彼は、好きな事は取り入れるけれど「違う」という想いがなく、
私から彼個人が見えてこなかった。
私というフィルターを通した彼はそうだった。

そういうところにまず私が判断基準を置いていて。
離婚を正当化したいわけでもなく。
ただ、心身ともに健全に、この人と一緒に長く暮らすことはできないと思った。
それが正しいかどうかではなく、ただそう思い、
確信を持った以上、早めに伝えようと思った。

離婚自体は「良い」でも「悪い」でもなく。
形なのだから、心の在り方の、単なる「結果」なのだから。
でも、それでも、人生に意味のない事はひとつもないというような事を踏まえても
「離婚」は脛にキズ持つ感覚がある、というのは個人的にあります。
それも個人的なことだし、きれいごとを言うつもりもなくて、ただ「ある」

また、私がそんな理由で離婚を言いだして、落ち度がない彼が可哀想ではないか、
という意見や考えも当然のようにあるでしょう。
「他者視点」の性質を持つ私は、特にそれはよくわかる感覚です。
でも、どんなに未熟でもわがままでも離婚したいと思った。
自分には嘘をつけない。違和感はどんどん大きくなって、より確かなものとなってしまう。
誰にとっても有限である「時間」を無駄にしたくもなかった。

「よくそれで彼が納得してくれたね」と言われます。
説明はできないし、わかりやすい理由もなかったけれど、
「自分の想い」は時間をかけて、懸命に伝えたから、かもしれません。
彼もわかりやすい理由なんて聞いてきませんでした。
ただ、「わかった」って言ってくれただけでした。

そして、つぎに書くことは自分の弁護の意はまったくないのですが。
彼をコントロールすることなく、離婚を受け入れてもらうために
自分ができた事、について少し書きます。

言葉で人はコミュニケーションするけれど、受け取るのはその「中味」です。
言葉と中味が違っていると、受け取る人に違和感が生じます。
例えばですが「あなたが浮気したから離婚したい」というのは、一見正当な理由で
むしろ正当過ぎて、反論はできないのですが。
これは、納得できるようでできない場合もある。

つまり「浮気をしたから」離婚したいのではなくて
「自分の気持ちを大切にしてくれない人とは一緒にいられない」という「中味」がある。
でも、言葉と中味が(発する側の内面では繋がっていたとしても)違うのです。
彼の価値観に「(夫婦ともども)浮気はいけない事だけど、離婚するほどではない」
という思い込みがもともとあったとしたら
「浮気したから離婚したい」と言われて、世間の価値観的には納得できるような気もするけど
やっぱり自分の気持ちでは納得できないわけです。
受け取った言葉とその中味にズレがあり、内容ではなくそのズレに納得できないのです。

言葉とその中味を一致させるというのは、考えている以上に重要な事です。
そして、人というのは、見えていなくても「中味」を受け取りますから
言葉で何を言っているかではなく、言葉と中味が「同じかどうか」にフォーカスしているのです。
いくら立派な事言っているように思えても、あれ?違うぞ、というのはちゃんと伝わる。

で、そこで「あなたが浮気して私は傷ついた。自分の気持ちを大切にしてくれない人とは一緒にいられない」
まで彼にきちんと伝えたら、彼は彼女の中味も言葉で受け取ることができて、
「彼女の気持ちを大切にしていたのかどうか」について自分と向き合う事が、そこで初めてできるんです。

反対に、言葉にうまくならなくても「言葉にうまくならないんだ」という中味と一緒に伝えれば
「想い」は届きます。大事なのは「言わなくてもわかる」ではなく
「上手に言おう」でもなく、本質にある想いを、拙くても良いから、できるだけ忠実に伝えるという事です。

私は自分の「想い」を彼に伝えました。
「理由なんてないんだけど」と、全部正直に。
その時はなぜ「想い」が大事なのかはわからず、感覚的な確信だけでしたが、
結果として、彼は納得してくれました。
今も、近くに住んでいますし、親という同じ立場があり、会う事もあります。
離婚した後も良好な関係を築けている事に感謝しかありません。

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by 4cubes | 2016-02-26 09:50 | 自分の事 | Comments(4)

仕事道具

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金銭出納帳と、レシートや領収書を貼るノートと、学んだことを書き込んでいるノート。
あまりにも地味なものが好きです。

ブログを読んでくださる方に最近は「理系ですか?」と聞かれることが増えました。
とんでもありません。
理科系は大変苦手で、高校での物理の点数は一ケタでした。
数学も得意なのは暗算くらいで、普通に「因数分解なんて社会で何の役に立つの?」
と思っていた方です。

私は、順番に理解することが大事で。(LP4)
理論的というよりは、順を追って説明することで整理できる。
だからどうしても、ひとつひとつ書くし、文章は長くなるようです。


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by 4cubes | 2016-02-10 19:32 | 自分の事 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ