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メールのお返事ついて

●6月2日12時 追記

いつもありがとうございます。
すでにやり取りのある方へのお返事はすべて完了しました。
届いていないという方がいらっしゃいましたら、ご連絡ください。
また、5月末駆け込みでお申し込みを送っていただいた方へのお返事は、
本日中に完了いたします。

6月1日の朝までに送っていただいたものをすべて
受付可能とさせていただきましたので、ご安心いただけたらと思います。

それが終わり次第、通常ブログに戻ります。

------------------------------------------------

いつもありがとうございます。
現在、5月中キャンペーンの駆け込みを多く頂戴しており、
お返事がやや遅れ気味になっております。
順番にお返事しております。
5月中にお申込みいただいたものは、すべて承ります。
ご心配をおかけしますがどうぞよろしくお願いします。


■ HP
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by 4cubes | 2016-05-31 15:33 | その他 | Comments(0)

布山を想う

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いただきました。長野の落雁と、お焼き柄の手ぬぐい。そう、柄がお焼き♪
ありがとうございます。

そもそも潜在数秘術の告知を、型紙屋のブログで1回したきりで、
今来てくださるお客様は、ほぼ型紙を買ってくださっていたりする方でもあり。
「ほかに質問はありますか?」と聞くと、潜在意識や数秘じゃなくて

「布が整理できません。」
「捨てられません」

みたいなのが出てきます。
それで、布の事について書いてみようかと。

布。ソーイングが趣味の人で、布山がない人はいないのでは、というくらい
皆様、布持ちです。(ええ、私もです)
ソーイング好きは、イコール「布」そのものが好きという人も多いです。
形や型紙を見てから「この生地を買おう」という場合もありますし、
「かわいー!」と布を見て、気分で買う場合もあります。
いずれにしても布を買う時は「~を作ろう♪」と妄想を楽しんで買うのですが、
いざ届いてみると「…これ、何を作ろうと思って買ったんだっけ」となることも多いです。
他には、届いた布がイメージ通りでなかったり、作ろうとしたアイテムを覚えていても、
すでに気分が変わっていたり「時間がある時に作ろう」と思ってそのままになってしまう。
(そして本当に、何を作るために買ったのか、完全にわからなくなります)
生地はたまっていく一方です。作る方が追いつかない。
でも生地は、置いておけば、ぴったりの型紙が見つかるかもしれないし、
ハギレも何かに使えるかもしれない、腐るものでもないし、買ったのにもったいないと、
考えれば考えるほど捨てられなくなります。

そもそもソーイングは、決して気軽といえない部分を持つ趣味だと思います。
ミシンやアイロンなどの道具が必要、スペースが必要、
布が必要、型紙が必要、すぐ縫えるわけじゃなくて型紙を用意したり裁断したり、
場所も必要。そこまでして縫っても、失敗したり、完成が思うようにいかなかったり、
それもやればやるほど単純に上達するわけじゃなくて、
そこそこ縫えるようになっても、生地によって思うとおりにいかなかったーなんていうのは
私でもよくあります。だから、モチベーションを保つ事が難しいと感じる人も多い。

そういったこともあり、増えた布はそんなにすぐには減らず、
楽しい気分で買ったはずの布は、今度は「縫わなきゃ」とか
「減らさなきゃ」といった気持ちを生み出していきます。
罪悪感から、布を押し入れの奥にしまい込んで、なかったことにしたり、
(ご主人に見えないようにというのも罪悪感ですね)
ある日突然、全部勢いで処分してしまったり、
断捨離したいのに、との狭間で、葛藤を生み出すモノとなっていきます。

どうしましょう。

捨てられないというのには、
買った自分を否定したくないという思いがあります。無駄にしたと思いたくない。
コンスタントに手に入る生地ばかりではないので、出会った時に購入しないと
もう買えないという事も多い、という事を知っているので、
一期一会を抱きしめ過ぎてしまう場合がある。

で、どうしたら良いかというと、
買った時に妄想するじゃないですか。
これ作ろう♪あれも素敵♪って。
その楽しい気分を味わえた。というところで、お買い物は一旦終了します。

手に入れた生地は、部屋で美しく平積みされていきますが、
全て自分が気に入って手に入れたものだから「あぁ素敵。何を作ろうかな~」って
また一から妄想すれば良いと思うのです。
最初に生地を買った時に作ろうと思っていたものは、忘れてしまったら
それで良いと思います。過去に考えていたことに責任を取らなくて良い。
罪悪感は持ったままで良いのだけど「だから縫わなきゃ」と、
物理的に責任取る事に繋げて考えなくて良いという事です。

我々は、想いも気持ちも、常に常に変化している。そう、願いも。
いったん思った気持ちを持ち続けなくてはいけない事はなくて、
買った生地を、買った時に思っていたような形にしなくちゃいけない事はなくて、
買った生地が、何となく色褪せて見える日も、自分の意思とは別に来るし。
そういう変化は自然に起こる事なのです。好きなはずなのに作るのが面倒になる時もある。
そんな変化に合わせて、作っても、作らなくても良いと思うんです。
今の瞬間、布がたくさんある事を素直に喜べばそれで良いと思うし、
今の気持ちに正直に「いらないな」と思ったら、処分しても良いと思います。

「作らなくちゃいけない」になったら、好きな趣味のはずなのに楽しくなくなってしまいます。
もともと「楽しむ」のが趣味というものの本質であるはず。
例えば布山は、純粋に「好きな布」だけにしてしまっても良い。
好きな布を使い渋るのは、また好きな布にいつ出会えるかわからないと思うから、という
潜在意識があったりするからですが、いつでも出会えるという前提で、使って良いんです。

要は、今ある状況を「楽しむ」ということ。
過去に「買った」とか「お金出した」とか、そんなことを一切忘れて、
目の前にある布が、好きなのか、心地良いのか、どれが好きでどれはもう不要だと思うのか、
「いつか使うかもしれないから」とか「高かったから」とかそういう事一切忘れて
(だってそれ今の状況に、全く役に立たない情報だからです)
純粋に、目の前の布を好きかどうか、見つめてみてください。

そうすることで、結果的に純粋な「縫いたい」に繋がると思います。
そしてそういう時の方が、満足度の高い作品ができるものなのです。


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by 4cubes | 2016-05-30 19:14 | 潜在意識 | Comments(0)

人の目が気になる


「人の目が気になる」事が、
目の前に色々な「問題」とやらを生み出します。

例えば、何かを貰ったら。
お返ししないと、なんて思われるかわからないからお返ししなきゃ。
1000円くらいみたいだから、同じくらいの金額で考えなくちゃ。
食べるものが無難かな。じゃあ買いにいかないとな。めんどくさー。
そしてそのうち、物を貰う事そのものが負担になる。
よくある事かと思います。
それも別に好きでもない人からだったり、
「特にほしい物を貰ったわけじゃないのに」だったりしたら余計に。
それでもやっぱり「お返しもしない人と思われたくないから」
お返しします。

自分が「ちゃんと」お返ししているから「お返しはするべきだ」と思うし
しない人がいたら「私はちゃんとやっているのに」と、今度はその人に対して批判的になる。
自分の子どもにも、誰かに嫌われて欲しくないから
「ちゃんとお返しはしなきゃだめよ」と教えたとして

あれ?でも、自分はそもそもお返しするの負担なんだよね?
てことは、本音はお返しなんてしたくないってこと。
じゃ子どもに、したい事じゃなくて、したくない事を教えているという事でもある。
どこか変。
大人は子どもに幸せになってほしいと思うのに、しばしば無意識に真逆の事を教えている。
「こうすれば幸せになるよ」は言い換えると「こうしなきゃ幸せになれないよ」という制限なんです。
本当は、制限なく幸せに満ちた人生を生きて欲しいはずなのに。

人の目を気にしないなんてできない。
わかります。
私もその昔、2ちゃんねるで叩かれた時も、一著前に傷つきました。
平気でなんていられませんでした。泣いた泣いた。
polka drops が楽天で商売をしないのは、レビューが怖かったからだし
(今はもう平気ですが、別の理由で今もしません)
私も昔はそうだったから、その感覚はよくわかります。
でも今は、自分を偽らなくなったけれど、だからといってそれで嫌われているわけでもなく。

実際に私を嫌っている人がいないという事ではなくて(いないかもしれないし、いるかもしれないしね)
でも私には見えないんです。そして同時に、見えても平気になった。
もちろん100%ではないです。
いただくメールに心がざわざわする瞬間はあります。
で、読みます。ちゃんと読みます。受け止めて、私にできることは何だろうと考え、
できることはやるけれども、その批判の感情自体は、その人のものであって、
私の人格を否定するものではないという事です。
仮に人格を否定するような言葉で言われたとしても、
その人が、私に対して何かを言いたかっただけで
「だから私は悪い」と勝手に結びつけていたのは私だったな、と。
感情ではなくただ、言葉をそのまま受け止めて、
私はそこから学ばせてもらって、最後は教えてくれてありがとうという
感謝の気持ちで終わり。それができるようになってきた。
もちろん何度も何度も読んで、冷静に落ち着いて、しっくりくるまで向き合いますが。
自分の感情が瞬時に反応することを疑うようになったという事です。
「嫌だ!」とか最初は反応するわけです。ブルーにもなる。
でもそこを何度も読んで明らかにする。そうすると、見えてくる。
その人が本当に言いたい事は、たいてい、私を批判する事じゃないと見えてきます。
私が見ようとすれば、そこにはむしろ私への思いやりがあったりする。

強いですね、と言われます。
でもそうじゃないんです。
幸せで生きているから、何が起こっても幸せが前提の解釈ができるだけです。
これは誰でも、心の筋トレでできるようになります。
わからないから怖いだけで、仕組みがわかれば怖くなくなります。

嫌われる勇気を持つと、嫌われなくなります。
受け取り方に「嫌われる」という前提がないので、
嫌われるような解釈をしないし、できないからです。
「のりこさんなんて、わけわかんないブログ書いてエラそうな事言って最低!」
と言われたとします。そうすると私は
「のりこさんなんて、わけわかんないブログ書いてエラそうな事言って最低!って
この人は言いたかったんだな」と思うわけです。
その人がそうしたかっただけの事で、問題があるとすれば
私の問題じゃなく、その人の問題なわけです。

で、私はわけわかんないブログでエラそうかもしれないけれど、
(人によってはそう見えるのかもしれないけれど)
でもそれが本当なのかは、普遍的な事実なのかは確認できないんです。
誰かの主観でしかないんです。
仮に「嫌い!」と面と向かって言われたとしても、
その人がただ「嫌い!」と言っているだけで、
その言葉が嘘か本当かもわからないし、確かめようもない。
そして、そんな「わけわかんない人が書いているらしいブログ」からも
得られるものがあると感じてくれている人がいるのも、紛れない事実なのです。
私は、そっちの側面を見ます。

で、私も昔からそんな風にある意味達観して解釈できたわけではないです。
人並みに傷ついて、人のせいにして、自分が駄目なんだーと泣いてきました。
批判が怖くて商売をやめたくなることもありました。
ほんときついですよね。嫌われたり批判されたり否定されること。
どこまでいっても慣れるもんでもないし、100%手離すこともできないと思う。それでも。

どうやって変わってきたかというと、これは
もう自分で自分を愛する、これにつきます。
誰かに認められなくても良い。
自分で自分を認めるというのは、本当に信頼できる。自分だから。
自分で自分を認めるって、昔はあんまり効力ないような気もしていました。
「そんなこと」したって、人から何か言われたりするのがなくなるとも思えなかったし、
自分の意思とは別のところで働いているものによって傷つけられているのに
それを自分の心の中だけで解決できるとも思えなかった。

そんな簡単な話じゃないよ!って、思い込んでいました。
で、やる前から「そんなこと」ってジャッジして。
やってもいないのに「そんなこと」かどうかわかるのかよって話なんですけれども。

実際、自分が思うよりも自分で自分を愛するというのは深い事だし、
自分が想像しているものとも少し違っていて。
そしてどういう事が本当の意味で「自分で自分を愛することになるのか」を
実感できるのかもわからなかった。

わからない。
なら、やってみよう。です。
深いです、ご自愛。
私は、自分を大事にすること、今は得意です。
別に普段、自分を甘やかしているわけでも贅沢をしているわけでもなく
基本的に引きこもりで、楽しそうなランチやお茶などは皆無。
ただ「やりたくない事はやらない」は徹底しています。
「そうはいってもやらなくちゃいけない事もあるでしょう」と言われるかもしれませんが、
やりたくない事をやりたい事に変換する事も今はできるし、
どうしても自分が嫌なら人に頼みます。
断られたらそれは都合が合わなかっただけで人格を否定されたのではない。
次の日にまた頼むか、違う誰かに頼めばよいだけです。

やりたい事をするのに、人からどう思われるかで判断していると、
自分のペースや感情で物が決められないし、
その人のその時の感情で、しかも確認のしようがないですから、要はこっちの想像なんです全て。
その、自分で作った「想像」に左右されている自分がいるという事。
自作自演です。

私のパートナーは、生まれつきのご自愛上手です。
心理学を学んだこともなく、ご自愛という自覚もないと思います。
彼は「私はわがままなんです」と言っていましたが、
実は、私達がわがままと思っている事にご自愛が隠れています。
いつも自分の気持ちにまっすぐ正直です。嫌われたくないとか一切思っていない。
やりたくない事はやらないし、好きなように生きていますが、実は超人気者です。
実際とても優しい。でも自分に嘘ついて優しくしたりは一切していないんです。

片思いの時、私は、彼が好きそうだなと思うようなもの、趣味が似ているせいもありますが
ちょこちょこ見つけてはプレゼントしていました。
で、回数や金額でいえば私の方がかなり多くプレゼントしていたのですが、それに対して別に
彼の方は「お返し用意しました」なんてこともなく、彼が思うタイミングとか気持ちで
贈り物をしてくれることはあったのですが、基本的にいつも遠慮なく
「ありがとうございます」と気持ち良く受け取ってくれる、超受け取り上手な人で。
「いやいやいや」とか絶対に言わない。
それが、とにかく嬉しかったんですね。自分を肯定されている気もちになって。
私は私で、受け取ってくれるのが嬉しくて。本当に嬉しくて。
お返し欲しいなんて微塵も思っていないし、遠慮されたら次回から贈りにくくなるから
いつも気持ち良く贈らせてもらって感謝してた。

たいていの人は遠慮したり、気を使ってくれるし、そうなるとこちらも
「あげすぎないように」「相手の負担にならないように」配慮するようになるのですが
彼に関してはそういう事が全くなくて、珍しいタイプの人だなぁと思っていました。
私も、あげたいからあげる、をずっと叶えてもらっていました。

彼の在り方は、ご自愛の見本です。
お金も、講座を受けた方はわかると思いますが、彼、もとからクレジット使わないし
クーポンもポイントも使わない。全部、体感でわかっているんです。
全部明らかにしているんです。

嫌われたくないと思って生きているのは、裏を返せば「嫌われるかもしれない」と思っているという事。
現実に「嫌われてる」と思える事象が起こって「ほうらやっぱり!思った通りだ」を確認します。
それがやりたい人はやるし、やりたくない人はやらない。それも自由です。

長くなって、落としどころがわからなくなってしまいましたがこれにて。


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by 4cubes | 2016-05-27 18:10 | 潜在意識 | Comments(2)

愛と感謝と解釈

25日午前9時台にメールをくださった、
セッションをスカイプご希望の、O様
メールが返ってきてしまいます。
お手数ですが、ご連絡の取れるメールアドレスをお知らせください。



愛と感謝。
このブログではあんまり出てこない言葉ですが。

「愛しています」「ありがとう」「ついてる」と思う事が大切であるとか
徳を積むとか、人に優しくするとか、あれやこれや。

これはもう、自分が満たされたら自然に出てくる言葉なり想いです。
もちろん先に「ありがとう」と意識することも大切というか、
そちらからのアプローチもあります。言葉そのものが持つ良い波動もあります。
でもそれも心がこもってなければ意味がない。
(矛盾しているので、現実も矛盾が多く起こります)
心がこもっているかなんて、頭では確認しにくいですしね。
自分で自分を好きになっていないうちは、心からの「ありがとう」にならないから
自然に湧いてくるまで安心して待っていて良いんじゃないかなと思います。
でも「ありがとう」を言う事が純粋に楽しいなら、それは実行すると良いと思います。
人によってこの辺は、伝え方がかなり違うのですが、個人的には
「愛を感謝」を強要しているというか「しなきゃいけない」と思わせる内容や
「やっぱり愛と感謝よね~」というような、具体性に欠ける伝え方をしている場合が
ネットや本で、少なからずあるような気がします。(個人的な感じ方ですが)

でも、ネットで溢れるほどの情報の、どれを拾うか、どこから学べるかは本当に人それぞれで
私は私の見方(解釈、フィルター)があります。
どれが正しいとかではなく、もうそういうものです。
発信側も、受け取り手も、皆フィルター持ち。要はその組み合わせなのだと思います。

私達は何となく、自分が思っている事は、少なからず相手もそう感じていると思いがちだし
言わなくても伝わると思っていたり、
LINEのメッセージなんかも、自分が意図したとおりに相手が受け取ってくれる気がしたりしますが、
想像以上に、想像を絶するほどに、人というのは自分の解釈で受け取るものだと
私も潜在数秘術と潜在意識を学んで実感しました。
(潜在数秘術セッションを受けられた方もわかるかと思います)

例えばですが、LP9の人に(これも数字の並びや他の要素もあるのであくまで一例ですが)
「●●さんがさっき事故にあって病院に運び込まれたよ」と伝えたとしたら
LP9の人は「来て!」と言われたらすっ飛んでいきますが、言われない場合は行きません。
言われてもいないのに行くのは良くない、と考えます。
これがLP8の人だと「何か手伝えるかも知れない」と思って「来て」と言われなくても病院に行く。
というような違いがあります。
●●さんを心配する気持ちは一緒。でも、そこで生まれる思考や行動が違う。
経験でできていく価値観もありますが、生まれつきの価値観が違うのです。
これが夫婦で仮に奥さまがLP8だとしたらLP9のご主人を「気が利かない!」と思うかもしれないし
ご主人は奥さまを「言われてもいないのに余計な事をして」と思うかもしれない。
自分基準、自分解釈でそうなります。
どちらが悪いわけでもなく。
でも、お互いちゃんと「人それぞれ」を腑に落としていないし、確認し合わないので平行線。
「だからあの人は駄目だ」とか「なんでこんなこともわからないんだろう」と
相手を理解しようとする思いすら消えてしまう。
こういったことは、自然に起こります。
悪いことじゃなくて、人というのはそういうものなんだ、という事です。

本当に人それぞれだと「知る」こと。

私が書いている事も、伝わったり伝わらなかったりしていると思います。
(コメント欄より私も気づきがあり、取り上げさせていただきました。ありがとうございます。)
受け取るタイミングも、受け取り方も、人それぞれの解釈があります。
人は見えているものから自分に必要な部分だけを、自分の解釈で受け取ります。
それがその人にとって今、必要な事です。
ご不明な点があれば、お聞かせください。
私の中ではこのブログに書いていることは矛盾がないのですが、
「想い」に矛盾はないけれど、言語化したら、矛盾していると解釈できる場合もあると思います。
そこが気になるという事は、そこがあなたに必要な箇所であったり、カギとなると思います。

本からの情報は自分解釈になりやすい、というのもそのあたりですね。
著者をイメージしないで読むのが良いと書いたことがありますが、誰が書いたかをイメージしながら読むと
「この人はお金持ちだからこんなこと書けるのね」とか「新人だから表現がねぇ」とか
書いてある情報や内容に、自分解釈であるのはもちろんですが、
ジャッジ(良し悪しの判断)をくっつける形になりやすいのです。
「この作者、イギリス人だからイギリスの児童文学から来てるんだわー、じゃ背景はこうね。
あーやっぱりこういうパターンなのね。」など無意識に先入観を持ちやすくなります。
例えば、女性が書いた成功本を読んだらイライラするとかは顕著にそうで(嫉妬)
せっかく「自分が何かを得るために」読むのに、不要な感情が入ってきますし、
学びが少なくなるし、感情がマイナスに作用すると更に「自分に都合の良い事だけを」吸収して
何かを得たような気になってしまうので

本はまっさらな気持ちで読みましょう。
そのために、著者がどんな人かを意識しないで読みましょう。(いつぞやの答えです)
と、私は思っています。これも一つの読み方です。

私はLP4のD7で、息子はLP7のD4で、似ているところも多くあるので余計に、
どうして伝わらないんだ、と思う事もありました。
でも並びが違うと、同じ数字でも全く違うし、他の数字も違うし
腑に落ちたら、自分が悪いと感じているのにすぐ謝らない事も、言葉足らずも、人に合わせないのも
本当に単なる個性だと、私は彼を叱ることは皆無になりました。
すぐ謝らないけれど、学校から帰ってきたときのインターホンとか、起きたらすぐとか
結構な時間差で「あの時はごめん」と言ってくることが多いです。
つまり、学校にいる間に、あるいはベッドの中で、彼なりに深く考えているという事で(LP7)
雰囲気や空気読んで謝るようなことはしない(LP7)
そういうところも、彼を理解することで見えてきた、私へのギフトです。

ちなみにこれが私が謝るような場合だと、何というか
謝るのと言いたい事も言うのと同時になります。
LP4の穏やかさを求める感じもあるけど、それだけじゃすまない感じ(S1かな)
「ごめんね、でもこれ言わせて」みたいな。で、話しながら深く考える(D7)

人それぞれって、とても面白いなと思います。
どの数字も、性質も、あらためて愛おしいと思います。


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by 4cubes | 2016-05-26 08:57 | 潜在意識 | Comments(0)
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「欲しい理由なんてないものが手に入る」
これです。
これに尽きます。

例えばお金は、お金の欲しい理由なんていくらでも思いつきますが、
その時点では、本当の意味でのお金は手に入りません。
「お金がほしい」と思う事は変わらなくても、
その理由がひとつも思い浮かばなくなった時にはじめて
お金というものは入ってきます。

つまり、ただ好きだと思うこと。
私は講座で「お金に恋をする」と伝えていますが、
そういえば恋も、自分解釈ではいろんな理由づけしてしまいます。
「寂しいから」
「みんな彼がいるから」
「充実したい」という、ただ純粋にそう思う事、それも「理由」だとしたら。

こんな風に考えてみてください。
あなたは、すでにお金はもちろん、理想どおりの家も仕事も手に入っていて
好きなものを惜しみなく買え、支払いに追われることもなく、そして
幸せな家族だったりパートナーだったり仲間に恵まれて、自分のペースで
好きなように時間を使い、完全に満ち足りた生活を送っていると想像します。
(ふんふん、じゃなくて、ちょっと時間を作ってゆっくりと想像してみてください)
そんな暮らしをゆっくりリアルに想像して、そのイメージに浸っている時に

その上で「お金ほしい?」と、自分に聞いてみてください。
欲しいと思ったなら、お金が入ってきます。

えー!お金、ないから欲しいんじゃん。
あるなら、困ってないなら欲しいなんて思わないよー。という事であれば
お金は(豊かに思えるほどには)入ってこないのです。

真逆すぎてなんのこっちゃ、という方もいると思います。

潜在意識は「本当の望み」を叶えてくれます。もれなく叶えてくれます。
意識ではそんなこと願っていないはずの「病気」なども、
本音が「寂しいから構ってほしい」だとしたら、それが前提となって、
「病気」という形で叶えてくれるんですね。

「本当の望み」は言い換えると「純粋な望み」です。
打算のない、湧き上がる望み。
「理由」は言い換えると「打算」です。
現実をコントロールしようとする考えです。

そういう打算が一切なく、ただただ純粋に望むこと。
それは前提が「好き」になるということでもあります。
潜在意識は「前提」を叶えてくれるので、
そのまま「お金(好きなもの)」で叶えてくれるという事になります。

恋も。
仕事も。
全てに同じ事が言えます。

もちろん、最初は「お金がないと生活に困るから」とか「彼がいないと寂しいから」などの
不足感から何かを望むのが自然で一般的です。
それがないと「自分が変わりたいと思っている」事にすら気づけないからですが、
不足感は、不幸せの証明ではなくて「変わろう」という潜在意識からのメッセージです。
だから「不足」って、イメージは良くない言葉のように思えますが、
とても大切な事だと思います。
(不足感がなくて本当に欲しいものも見えない不満があった私には、とても実感できます)

気づいたら、変われば良いだけです。
変わるきっかけありがとう、です。

セッションのお値段が6月より変わります。
また、お金の講座パーソナル(個人レッスン)メニューを作りました。
5月中のお申し込みはお値段がお得になっています。
(セッションや講座のお日にちが6月になっても大丈夫です)
6月のお申し込みより正式な金額に変更です。

お申し込み、ご予約が埋まってきております。

■ HP
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by 4cubes | 2016-05-25 20:49 | 潜在意識 | Comments(4)

メールの未着について

メール未着の件について。

Windows10 のせいもありましたが、
自動返信メールも届かないという事で、
どうもお問い合わせのメール機能自体の問題もあるようです。
再送したものを、再度、別のアドレスより再送しております。

メールが届いていない等ありましたらお知らせください。
逆に2通も3通も届いていたら大変申し訳ありません。

「これも潜在意識のメッセージ♪」と呑気には思えない気分です。


■ HP
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(自動返信メールは届かないようなのですが
 こちらでは読めているので追ってお返事します)

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by 4cubes | 2016-05-24 17:36 | その他 | Comments(0)


セッションの時に、お部屋についてアンケートを取らせていただいていたのですが、
なかなかまとまらない、片づけと数字の関係性。
これ、結果的に片づいているか片づいていないかではないな、と。

ちょっとまとまらないけど書いてみようと思います。
LPが出やすいというのはあると思いますが
他の数字との関連性もありますし、一概に言えません。
数字の持つ性質と潜在意識との関連性で見ていきます。

7の性質が強い場合(なぜかいきなり7から始まる)
本が好きで本が多いとか好きなもので物が多い傾向があったり、
そうかと思えば断捨離する人もいるけど、要は自分の欲しい情報が
手に取れる、どこにあるか知っているという事が大事。
自分だけのルールがあるので人に触られたくない。干渉されたくない。
整理整頓とか断捨離の問題ではない感じ。
掃除や片づけを無駄というか、掃除をする時間を必要ないと考える場合もある。

3の性質が強い人は、整理整頓苦手、が顕著な人が多いです。
物を買う時は楽しくがモットーで、きちんとすることに面白みを感じない、
でもある日ふと思い立って、がーっと片づけしたりする。
一応綺麗で片づいている部屋には憧れるけれど、キープすることが苦手なので
ぽんぽん放り込めるような、ざっくりとした収納方法が向いている。
思いつきと遊び心が大事な3です。

同じ3の性質を持つのでも33の場合、
誰かのためになら片づけるという感じでしょうか。家族のためにとか。
片づけそのものを好きだという感じはないかも。(いや、あるのか?)
自由にワーッと広げてワーッと片づける感じはあり。
考えずにやっているようでいて、きらりと光る独特の価値観や美意識で
一貫している感じあります。

8の人は豊かさを求めますが、物質的な豊かさにフォーカスすると物を捨てられないです。
家族が使いやすいか、という事も見るので、システマチックな収納にして、
皆が使いやすい収納を考えると、物が多くてもすっきりしていたり、
皆がスムーズに使える、そこに満足度も高くなるかなと思います。
物が多くて断捨離できないー、よりも、そっちを楽しむ方が良いと思います。
人が来ると思ったら掃除するかも。(社会性重視)

4の人は整理整頓好き。管理できる範囲できちんと整理されて、四角い収納なんかも
好きではないでしょうか(私)
散らかる時もあっても、ある程度すぐ戻せる範疇。
(私は散らかす時もルールがあります。7も入っているかも)
便利なモノよりも、買い足しがきくもの、作りがしっかりしているものを基準に
収納やモノ選びをするかもしれません。(安心感があるのが大事)

1の人は、片づけそのものに興味はないかもしれないです。
「部屋」というよりは、場所の感覚が強いかも。
自分がやりたい事があり、それに使うものを置く場所であるイメージが近いでしょうか。
生活の「場所」、家族が集まる「場所」あとは拠点というか。

5の性質の人は、物を見るのも選ぶのも好きなので物が多くなりやすいですが、
スピード重視で片づける時は速いのではないかと。
住まいについても、知的好奇心が満たされる観点。
家族のために、快適のために、と自分のアイデアを具現化した部屋になります。
模様替えしたり、あれこれ妄想するのも好き。

6の人は、自分じゃなく家族のために、といったところから片づける傾向が。
時に家族が居心地良くするために部屋が片づいているべきだ、くらいの
強い考えに至る場合も。(ご主人が6ならその視点で片づけを求めてくる場合もあります)
1人でいるなら、片づけはそれほど重視していないと思われます。
割と飾るのが好き。

2の人は、人が喜んでくれるかな、という観点で片づける。
自分の主張でも表現でもなく、誰かを思って片づける。
部屋は優しい雰囲気になるのかもしれないです。

11だと、必要がないもの、違和感のあるものは見えないところに。もしくは捨てる。
理想があるので、自分にも人にも求めるかもしれません。
家族が片づけない場合は、自分がさっさと掃除しちゃうなど、
基本的に綺麗が好きです。

9の人は片づけなくても良い。何でも良いというか自分の意思がない。
人に合わせて部屋も整えられますが、それだと楽しいというわけじゃないので
居心地の良いソファ、居心地の良いベッド、など、1つ気に入ったものを買い、
心地良さを感じてみると良いと思います。
部屋に対してのイメージももともとあまりないので、まずそこを意識する事から。

22は質の良い落ち着いた空間と、そこにいるみんなの温度にフォーカスするかも。
部屋の中の細かいあれこれよりも、家という建物や庭などに目が行く。
そしてホームという意識。空間。
視野が広く、全体をとらえようとします。

片づける、とか片づけたい、とかじゃなくて、
暮らしに対してどういう「想い」を持っているのか。
そこを探っていくと、見えてくるものがあると思います。
誰と一緒にいるのか、とか、どんな風に過ごしているのか、
どんな幸せを感じているのか。

を踏まえた上で、私は、超!断捨離を開始します!
忙しさで充実しておりますが、部屋が荒れ出してきていて、
LP4とD7が片づけたがっています。
GN3でお仕事している時は、3の要素になるのか、とっ散らかります。
LP4なのに変だなーと思っていましたが、これかぁ。

私はLP4の性質の、古いもの、普遍的なものが好きで、
独り暮らしをはじめた頃から、古家具がインテリアの基本です。
それと、無印のようなモジュールがきっちりしている物との組み合わせ。
床を四角く残す、みたいな配置にするのも好きです。
癖のない、普遍的なデザインも好き。
デザイン性が高くて普遍的、というものはもっと好き。
いつも部屋は歩きやすく掃除しやすくがモットーで、D7がその作戦を立てます。
一旦決めたらあまり家具の配置を変えたりせず突き詰めていくだけ。

今住んでいる部屋は、実は、15年前に新築だったのですが、
その頃も賃貸を探していて、当時、一度内覧した部屋なのです。
その頃まだ妊娠中。家族3人で住むにはちょっと手狭かなと
そして間取りもちょっと使いにくそうに感じたのでやめた。
今、そこに、まったく同じ部屋に、息子と2人で住んでいます。
で、今、間取りが本当に良いです。ほんと住みやすい!
価値観が変われば、モノは同じなのに感じ方は全く違います。

広さとか収納とか日当たりもある意味で大事ですが、私が大事にしているポイントは、
歩いていてどこにもぶつからないくらい、程よいゆとりがある事。
死角が少ない事。ベランダの出入りがしやすいこと。
洗濯物を干す時も、あちこちよけながらベランダへ、とか、
日々の小さな苦痛を生むような部屋と間取りはNGです。
そういう「制限」のできるだけ少ない部屋であること。
小さなことなのですが、引っ掛かりがあると行動にブレーキをかけます。
それで「まぁこんなもんか」と思えば、色々と「まぁこんなもん」になってしまう。
でも家の中の行動に「自由」を感じられれば、日々の暮らしは「自由」になり幸せの濃度も上がる。
ルーティンワークですら、幸せの濃度を上げてくれるツールとなるわけです。
1階で出入りしやすい、自由に想いのままに行動できるというのもポイントでした。

インテリアでも気分を上げてくれるけれど、こういうところがとても大切です。
五感を磨くと、この辺りの失敗は少なくなると思います。
とにかく小さな違和感を感じたら、その正体を突き止めること。
こういうのは自分じゃないとわからないので、自分の内側に聞くこと。

もちろんこの部屋に引っ越してくるとき、私は潜在意識の事は知りませんでした。
でも、体感でわかります。自分がストレスを、小さな小さな、でも妥協できないストレスを
感じる家と感じない家と。家賃とか部屋の数とか、新築とかじゃない。
説明のつかない何か。

この部屋は、しかも友達が見つけてくれて。
条件が合えばその友達が住もうと考えて見つけた物件を、条件が合わず私に紹介してくれたのでした。
私は「自分もそろそろ探すかなー」くらいのノリでいた頃で。
ゆるゆると力まず、流れのままに、気づいたらこの家に住んでいました。

自分と丁寧に向き合い、違和感に敏感になる事と、リラックス状態でいる事。両方大切です。


セッションのお値段が6月より変わります。
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by 4cubes | 2016-05-23 21:14 | 数秘 | Comments(4)

必要な不満

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私は前記事で、不満が一切なくなったら、新しい悩みが出てきたと書きました。
「不満がない事が不満」という斬新な悩み。
贅沢な悩みとは違うもの。
 
人間は、不満があるから何とかしたいと思うし、
それが、行動を起こす強い原動力や、解決までのモチベーションになります。
幸せの尺度は「ふり幅の大きさ」によるところが大きいです。
どんなに頑張っても一試合も勝てなかった時に優勝するのと
何度か優勝経験を経てからの、今回も取った優勝では喜びが違う。
それと同じで「不満がない」という状態は、何かをしても何かをしなくても、
何が起こっても自分は幸せなんだという感覚を手に入れてしまう事がベースなので、
すでに幸せで、動く必要がないのです。
行動が省エネになります。衝動はなくなり、幸せへの感度が鈍くなります。

私は、離婚して不満がなくなった時点で、今度はどうしたら良いかわからなくなりました。
 
原動力を失うのです。

色んな心理学や、引き寄せや、嫌われる勇気もそうですが、
まず「今の現状を何とかしよう」とか「自分を満たそう」という内容が主ですが
それはまず最初の段階です。まずはそこからスタートすることが多い。
でもそこを私は、心理学を知る前の事ですが、感覚で手に入れてしまって、
すでに、どうしたら良いかわからなくなっていました。
でも毎日幸せで平和だから、特にそのままでも良いのです。
でも、でも、なんだかそれでは違うんだという気もしていました。
 

そこで、心理学の門をたたきました。
 
最初は100冊近い本を読みました。
私の本の読み方は、そういう時は手当たり次第です。なぜかというと全く知らない世界の事だから
まずは全て、自分の解釈を入れずに読むこと。読んで、どの人も言っている普遍的な部分は何か、
共通点を探っていったんです。そこで引き寄せなどの事はとてもよく理解できた。
けれども私の、満たされた「先」を教えてくれる本はなく、本じゃらちが明かないから誰かに聞きに行こうと。
  
そこでまた、ブログで見つけた心理学の先生のところに直感に従って講座を受けに行ったのですが
この私の問いに明確に答えてくれなかったですし、そもそもこの類の答えを得ることが難しい事を知ります。
ただ、欲しい答えは得られないにしても、これまで感覚で得てきたことがどんどん言語化されていきましたので、
別のところで得るものは確かにあって、潜在意識が面白く腑に落ちてのめり込んでいきました。

そのうち、時間はかかりましたが、欲しい答えを得ることができ、
幸せだけど何事も成さない状態から、望んで、自分を活かしきるという仕事を見つけ
自分なりに「命を燃やす」事を知り、今に繋がります。
面白い事に、型紙はその頃「心地良い」で仕事をしていたのですが、そこから数秘に出会って
「自分を活かしきる」を知り「これだ!」と思った、その途端、型紙もまた「自分を活かしきる」になったという事実。
つまりは型紙が、とか数秘が、とかじゃなくてすべて「自分がどうであるか」だったという事を知ります。
だから今、全く別ジャンルの仕事2つをしているように見えて、私にはあまり違和感がないし、エネルギーも同じです。
 
不満があるという事も、自分を知るにはとても大事なことであるし、
何かに対して怒っているとか、悲しいと思う事、それは自分を知るためのメッセージです。
見たくないと思って背中を向けるから苦痛を伴うけれど、
なかったことにしないで感じ切ろうとする時、
悲しいけれど悲しくはないし、怒っているけれど怒っているのではないという感覚になります。
近い表現で言えば「悲しいを体験しているんだなぁ」と思うし
「あぁ私は今、怒っているんだなぁ」と思う感じ。
感情を味わっているんだけど、悲しいし怒ってもいるんだけど、嫌な感じはまるでなく、
その感情から何かを受け取ろうとしている自分を自覚し、感情を感じられている幸せすら感じます。
ただ泣くし、ただ怒っている。
泣くことも怒ることも恐れなくなります。
その上で「どうしたいか」が「わかる」。
私は「怒り」はどうしても無意識に封じ込めてしまうところがありまして、
(封じ込めている自覚もなくて、怒りがないものだと思っていた)
  
で、そうすると、根こそぎ自分を明らかにしたつもりでいたのに、まだ出てきました。
「怒り」が。静かで確固たる怒りが。
しかもものすごーく当たり前の、誰もが「ないわー」と思うような歴然とした事実に、
自分で長年気づいていなかったという。ショックでした。
でもそこにやはり嫌な感情はなく。もっと怒って自分を明らかにしたいという思いになっています。
大きな気づきを得て、私はまた(精神論や根性ではなく)成長していける。
まだまだやる事がある。変われるんだ!という事を素直に喜べています。
 
  
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by 4cubes | 2016-05-23 08:19 | 自分の事 | Comments(0)

そうだ、京都行こう

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「そうだ、京都行こう」

ずいぶん前のコピーですが、印象深いCM。
(今はもうないのかな?)

あれを見ると、どんな気持ちになりますか?
するっと自然に「あぁ、そうだ、うん、京都行こう」って
静かに、何の抵抗もなく、京都へ行くのが自然だという気持ちになりませんか?
ならなくても、何となくわかる気がしませんか?
バックに流れるあのジャズのアレンジも、静かでありながら胸がじんとするような。
そのあと自然に行動に繋がるような、静かに一歩踏み出すような感覚をくれる。

あれが、前記事にある「変わると決める」という感覚に
個人的には近いと思います。

「そうだ、京都行こう」って

決して「だよねー!京都行こうよー♪」ではないし、
「よっしゃ!行くぜ」と、京都へ行くことを頑張るということでもない。

「あ、そうか、私、京都行くんだ」って
行くことが決まっているのを知っている、それを静かに思い出すような感覚。

「決める」とは、今決めたようでいて
「もう決まっている」ということ。静かに肚(はら)をくくるという事。
逆に現実が変わっていないのなら、まだ「決めてない」というだけの事なのです。

潜在意識は自分の中にある。やりたいことも答えも知恵ももう全部ある。
もう知っている。
それを思い出すだけだということなんです。
だから、これまで考えてもいなかったような斬新な閃きであったとしても、
どこか懐かしいような感覚もあったりするかもしれません。

心地良いんですよね。
とても静かで。
「離婚する」ということですら。そこにあるのは感情じゃなくて、
その時は、もう少し具体的に言うと、
「いつかわからないし、どんな方法かわからないけれども、離婚したいからしよう。
あぁそっか、ただ待てばいいんだ」と思ったんですね。
「待てば良い」と思ったら、逆に物事が急速に進みだし、
そこから離婚まで、なぜ離婚するかわからなくなるほど心は安定していたし、
毎日が穏やかで平和に過ぎて「離婚意味ないんじゃ?」いうほどのパラドックス。
離婚するまでとうとう1mmも泣きませんでしたし怒りも悲しみも少しもなかった。
(義父母に1回泣かれて、その時は私も泣きましたが)
それでも、別に自分の「決めた」事が揺らぐわけじゃないのです。
静かに自分の手を離れて、絶妙なタイミングで、絶妙な形で実現されていくだけ。
離婚という初めての経験に、私は自分の判断や価値観を入れずに、
ただ、流れに身を任せていて。そうしたら助けやアイデアがたくさんやってきて
気づいたら新しい生活をスタートしていました。
泥沼は1つもなかったし、面倒くさい事も1つもなかった。

で、離婚したことで私はほぼ、望み通りの人生を手に入れたというか、
私にとっては「離婚」がそうだっただけですが、そこで不満が一つもなくなって、
不思議なようですが、そこで、私は悩み出すのです。
この話はまた次の機会に。

で、良い形で行動したり、そこから何かを得ると、結果としてその後がずっと良い状態になります。
もちろん自分にとって「幸せな前提」ができるから次の幸せを作っていくという事ですが、
だから「~のために今、頑張ろう」とか「今は苦しいけれど」という、
未来の幸せのために「今」を引き換えにするのは意味がないですし、
それどころか逆に思う通りにはいかなくなってきます。
(幸せになるには犠牲が前提であるならば、より大きな(大きく見える)幸せを手に入れるには
さらに大きな犠牲を払わなければいけないという現実がやってくるからです)
だから、頑張らない。
やることは「頑張る」ことではないのです。

Windows10の自動インストール云々で、メールが届いていないケースがあるかもしれません。
今日、すべて再送いたしますので、少々お待ちいただけたらと思います。
(京都の講座お申し込みくださった方へもすべて再送します。)

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by 4cubes | 2016-05-22 07:56 | 潜在意識 | Comments(2)

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潜在数秘術で知り合った友達。
他の数字との組み合わせもありますが、LP9の彼女は
「何でもいい、決めたくない、でも本当に何でもいいわけじゃない」という性質を持ちます。
パートナーシップではいつも拗ねていて「どうせ私は」という思い込みが強かった。
相手の愛を受け取れずいつも「何か裏があるんでしょ」と考えがちでした。
でもそれほどまでに愛情を確認して、人と繋がりたいと思うという事でもある。

数字は確かに性質を表しますが、LPであれば思考の「癖」のようなものです。
(Dは行動の癖、Sは想いの癖)
そう考えやすい、というだけの事で、
「あなたは拗ねた人生を送りますよ」という事ではない。

そういう癖があるよ、で、どうしよっか♪ 何しよっか♪ という事です。

性質、現状、を知らないと、自分や今の状況を活かせないから明らかにするだけで
「ほらやっぱり、私はこう性質なのねっ。言ったとおりでしょ」と
ダメ押しするためでも、人生を決めてしまうためでもないんです。

明らかにするというのは、何の感情も入れないということ。
(もちろん受け止める時に何らかの感情は入りますが)
良いも悪いもないただの性質、個性のようなものをただ「把握」し、
今の自分の現状をただ「把握」します。
そこからどうしたいかが始まります。

件の彼女は、パートナーと喧嘩が絶えない事、自分の罪悪感や色んな想いを通して
現状を嫌と言うほど見つめ(嫌な現状が繰り返し起こるという事は、潜在意識が
「嫌なんでしょう?変わりたいんでしょう?」とメッセージをくれているのです。
メッセージは、気づくまでどんどん大きくなっていきます。)
心の底から「もう嫌だ」と思い、そして、変わりました。
頑張って変わったのでもないし、無理して変わったのでもない。
ただ「変わる」と、心の底から決めただけです。
そして素直に、自分の心の声に従った。
パートナーからの愛を受け取り、拗ねなくなり、現実は平和で穏やかになった。
生き生きと明るくなり、仕事もお金も大きく動きつつあります。(すべて繋がっていますから)
でも、LP9のその性質が「なくなった」とか「変わった」というわけではなく、
LP9の持つ「柔軟性」や「寛容」「癒し」「解放」の部分が大きく占めるようになった、という事なのです。
(他の数字も、それぞれいろんな側面を持ちます)

「変わると決める」

たったこれだけです。
たったそれだけの事に、人間というのは変化を恐れるからどうしても抵抗がある。
私が離婚をしようと思った時にしたことは「離婚しようと決めた」だけなんです。
とても静かで、穏やかで、できるできないとか、お金どうしようとか一切考えずにただ
「あぁそうか、離婚しよう」と。
その瞬間「私は離婚するんだ」という静かな確信に変わります。
「私は離婚するという事を知っている」という状態。
冷静に考えれば、離婚も、理想的な離婚も、とても無理な状態だったのに、
全て自分の希望通りに叶ったのは、そこからたった3か月後でした。

あの時の感覚が、今、私にすべてを連れてきてくれている気がします。


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by 4cubes | 2016-05-21 07:14 | 潜在意識 | Comments(0)

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by のりこ