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自分の仕事じゃない2

私は振り返ると、1人にならざるを得なくなる人生、まさにそれでした。
昨日それを秦ボスに言われて、あぁぁぁぁ、確かにそうだったわ!と、
過去を振り返らないS1が、自分の過去をちょっと振り返ってみたわけです。

LP4、D7、S1は、人とフェアな関係性を保つために距離感あるし(LP4)人と交わらないし(S1)
それとは別に、意思に関係なく1人になる行動をとります(D7)。
でもこれは「1人になりたいから、1人になろうとしている」というわけではないのです。
無自覚で起こっている事であり、考えている事と行動に、根拠のあるつながりを必ずしも持つとは限らないんですね。
例えばLP3、D7の人なら、何かをする時に「誰かと一緒に」(LP3)という発想が生まれますが
でも、行動はついつい単独になったり、単独の行動をとらされることになったりする(D7)。
矛盾しているようなんだけど、そうなっちゃうわけです。

私の話に戻りますが、私のD7の場合は、7の性質が前提となって
自然に「1人になるように」状況として、なるわけです。
いじめられるとかではないけれど、ポジションが今ひとつで、S1が目立ちたいのはあって、
自分じゃなく成績やスポーツの成果で目立ちたくて頑張りましたが、結果を出しても意外と孤独でした。
小学校でも中学校でも高校でも、専門学校でも、会社員でもそうだった。
書いていて「うわーん、ほんとにそうだ」と改めて思い出す次第です。(だいぶほろ苦い)
専門学校の時なんて学年トップでしたけど、学年で1番に就職も大手に決まって、
普通に友達もいたし、でもなんかねぇ…うん、ちっとも繋がってなかった。思い出すのきっついくらいに。
特に悪いことがあったというわけじゃないんだけど、あそこにいる私、なんだったんだろうなって。

で、私、同窓会って一度も参加したことがありません。
実家も何度か引っ越しているから連絡取れないとか理由も色々あるにはあるのですが、
でも、要は、ちゃんとD7で一人になるように現実化されるわけです。
友達との縁も見事に切れやすいです。
そういう事象はどうしても起こりやすくなります。
ただそれを、性質を知らないで誰かのせいにするのか、こういう性質だからなるほど、とするのかで、
自分の幸せの感覚が全く違ってきます。昔は「私は人づきあいが下手だなー」と思っていたし、
思うようにならないというか、人と一緒だとなぜか「楽しい感じにならない」事に、残念感を抱いてて。
どっちかというと、自分へのふがいなさを感じる方が強くて、あまり自分を好きになれずに、
外側に答えを思いっきり求めていました。

で、集団生活が苦手なのに、有名なアパレル企業に入社もしたのですが
あくまで私の中でですが、ありえない事が起こり「駄目だこの会社、辞めよう!」と入社式の日に決心しました。
でも、まずは得るものをきっちり得ようと思い3年半勤めました。
3年半で、その時所属していたブランドがなくなる、というタイミングがあり、
引継ぎ等もなく、すんなりと楽に辞めることができました。
で、そこから自営業が始まります。

その時点でもう頭のどこかに「時間が自由である事」「1人で仕事をする事」に価値を置いていました。
他のみんなが当たり前に会社勤めして、お休みは土日で、残業あって、
少し前まで自分もやっていたけれど、もうこれからは、何だか違うと思う事はやりたくないなと。
とはいえ、まだまだまだまだ「やりたい事」を選んでもその中に「やりたくない事」は当たり前にあって
それは「やるしかしょうがない」と思っていたのですが。(最近までありましたしまだ少しある)
それでも、理想の働き方、というのがしたかった。
職種じゃないんです。あくまで「働き方」

私の理想の働き方は、見たい時に見たいものを見る事が出来て、
会いたい時に会いたい人に会いに行くことができる、そんな時間とお金の使い方ができること。
誰にも束縛されず、制限されずに自由に働くこと。

何といっても譲れない基準がこれなんです。
polka drops やるにしても、他の仕事をするにしても、どこかに勤めに行くとしても、
絶対にこの基準を変えない。
「そんな都合の良い働き口ないよ」というのがたいていの意見かもしれませんが、
一般的な感覚と違っていても、自分の基準はこれでした。
だから、どんなに世間的には「ない」ように見えていても、
私の世界では「ある」だから、私の世界はそれに合わせて現実化するんです。
実際は、自分でそういう仕事を作ること(ネットショップ開業)で現実化したとも言えるし、
物事が自然にそっちへ向かうようになっていくのです。
だから、起業したくてしたのではなくて、気づいたら起業していました。

で、今も、スタッフはいるけれど、D7らしく1人が基本だし、
時間は基本的に自由です。
私の性質は、数字は何一つ変わっていないけれど、
学生の頃、何だかずれている感じがとても気持ち悪かったあの時と同じ数字を持ったまま、
今は全然違う生き方をしています。心地良いぼっち。
そして自分のぼっちを認める事で、人ともうまくやれるようになってきたんです。
今、私のまわりは、私の好きだと思う人しかいない世界になっています。

で、そんな風に、理想はありつつも今も幸せなわけですが、
そこに至るまで「自分の仕事じゃない」を実践してきました。
そう、本当に書きたかったのはここからなのですが。

例えば「時間に自由な働き方がしたい」と思っても
「そんなの無理」という抵抗が自然に出てくるとして。
そういう時に「自分の本音に集中」というのも良いのですが、ちょっとわかりづらいので
「時間に不自由な働き方は、自分の仕事ではない」と、まず決めてしまうこと。
他の誰かの仕事なんです。それをしようと思う人がいて、その人の仕事なんです。
少なくとも私の仕事ではないし、そう決まった以上、
そこに思いをとどまらせておくことは不要であると考えます。

これは、言葉を唱える事で願いを叶えよう、みたいな話とは少し違っていて。
例えば「時間に自由に働きたい」というのがベースにあって、でもそれがふんわりしすぎていてイメージしにくいと思ったら
「時間に自由に働くのが私の仕事。そうでないのは私の仕事じゃない」と
自分の仕事とそうでない仕事をきっちり分ける事で、より自分が集中すべきことが浮き上がる、
明確になり、迷いをなくしやすい、というイメージを上げる方法の1つ、ということなのです。

したい事なのかしたくない事なのか、を
心地良いか心地良くないか、だけでなく、自分の想いをかける事なのかどうか、
ひとつひとつの行動に、考えに、浮かんだことに問うていくという事だと考え、
その基準で「これは私の仕事なのか、そうではないのか」を自分に聞く。

自分の仕事じゃないと思えると、手離しやすいです。
だって自分の仕事じゃないもん。
じゃあ誰の仕事なのか?は考えない。
全員が「私の仕事じゃない」でも良いのですから。それでも成り立つのですから。

あとは信じるか信じないかだけです。
それと私が、あなたが信じられるような文章でお届けできるかどうか、ですね。


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by 4cubes | 2016-07-30 22:12 | 潜在意識 | Comments(0)

自分の仕事じゃない

講座の宿題にご協力くださる方、このたびはありがとうございます。
私は、数字を読むことはもうすでにできる。今はさらに深めていく段階です。
じゃあファシリテーターとして何を学んできたかというと、それは「伝え方」そのもの。
これは数秘だけでなく、例えば型紙の事を伝えるにしても活かされるもの。
セッションでも活かされていくものだと思うのです。そしてこのブログでも。
8月は他にも2つ、自分を高めるために学びに行く予定があります。

先日、頭に浮かんだ「自分の仕事じゃない」という言葉。

パートナーシップでも、子育てでも、起業でも、つまり全ての事において
「自分が」どうありたいのか、が基準となってくるという話はよくしているのですが、
そのために、他人ではなく「自分に集中してください」ともよく伝えています。
人をコントロールしようとしても変わらない、答えは全て自分の中にある。
自分が自分のなりたいように変われば、自ずと、
人を含めた、自分から見える風景がすべて変わるんだよ、と。

だから自分に集中してください、と。

でもこの「集中」って具体的にどうしたら良いか、イメージしにくい言葉かもしれません。
自分が何をしたいのか、したいならそれをする。
自分は今どう思うのか、わかってほしいならそう伝える。悲しいならそう伝える。
自分はこれを、したいのか、またはしたくないのか。
そんな「自分」を軸において、行動を決めるし実際にそう動くと良いでしょう、という事です。

そしてその上で大切にすることがあります
自分の仕事であるか、仕事でないのか、という事を明確にする。ということです。

子どもが宿題を予定通りに終わらせない事を、何とかしようとする(自分の仕事だと思う)と
苦しくなりますが「これは私の仕事じゃない」と思って、自分のしたい事に集中します。
よく「放っておけばよいんですね?」と言われますが、それだと、放っておこうとする、放っておくことを意識する、
というイメージで捉えがちになるんです。それだとちょっと伝わり方が曖昧になるんですね。
言い方の問題なのですが「放っておく」と言いながら子どもに視線を送りつつ「放っているよね、私」じゃなくて!
放っておくとか関係なく、もう自分に集中しといて!という感じです。
そしてもっとイメージしやすいと思うのが「子どもが宿題やろうがやるまいが、そもそも自分(私)の仕事じゃない」
と思う事です。完全にこっちの仕事じゃない、と、手を放す事です。
「放っておく」だと「私が、放っておく」になるので、「子どもを放っておく私」を意識しちゃうんです。
つまり自分に集中しつつも、風景の中に子どもが存在する感じとでも言いましょうか。
それよりも、子どもの宿題そのものに背を向ける方がより自分に集中しやすく、
子どもが宿題をしようがしまいがどちらでも、本当に良くって、私には関係なくって、と思えた時、はじめて
「結果的に」子どもが宿題をするわけです。

それと、子どもが宿題しない時は、親もたいてい、しようと思っている何かを同じく放置しています。
親がその仕事を片づけると、不思議と子どもも自分の宿題します(投影されているので)
だから、宿題しない子どもにフォーカスしてしまう時は、自分が「していない事はないか」を見るようにします。
で、自分の仕事に集中する。いずれにせよイライラしなくて済みます。

好きでもない、やりたくもない自分の仕事を増やすとどうなるかというと、
「この仕事をまず終えよう」と思うけれども、好きじゃない仕事なので全然取りかかれないのです。
取りかかりたいけどやる気が起きない、と、時間ばかりが過ぎていくので、
そのあとやろうと思っていたことまでもが、いつまでたってもつっかえたまんまで処理されないで積まれていく。
結局何1つ進まないので、余計な仕事を抱える事は、全体をストップさせ、流れを悪くするので非合理的なのです。

やりたくない事は、そもそも自分の仕事じゃないので、とっとと手離すことが肝心です。
自分がしないと掃除する人いないんですけど、という場合は、
まずは「掃除をするのは自分だけ」という思い込みがあり、それを現実化していますが、
家族に頼めばよいと思うんです。
で「いや、本当に、言っても誰も掃除してくれないんで」と仰られるかもしれませんが、
家族も、お小遣いあげればやってくれるかもしれない。
もしくはダスキンに頼めばよいんです。
そうすると今度は「でも、お金かかるから」と返ってくる。
つまりそこで「お金がかかるから自分でやろう、誰もやってくれないし」と決めて、あなたがその通りしているだけなのです。
掃除が嫌になるたびに引っ越しをしていたという葛飾北斎のような方法で掃除を回避する方法もあるし、
いくらでも方法はあるのです。
「それは極論だから」と仰るのなら「極論を避けて自分でやることにしたのですね」となるわけです。
珍問答のようですが、つまりはどういう流れでも、状況から自分がそう「決めた」に過ぎないのです。
「自分の仕事にした」というだけなのです。不本意でもね。

もうどうあっても掃除したくない!!!死ぬほど掃除が嫌い!!!と言う人は、
そこを外注するお金をもったいないと思わないのです。
親としてのプライドが保たれなくても、断固拒否するんです。
その分、できる事はさっさと気持ち良くできるんです。
不満を言いながら自分でする場合は、人に良い顔したいか、何か失いたくないものがあるのです。出し惜しみです。

掃除をするのかしないのかが問題なのではなくて、
自分のしたくない事をどれだけ「自分の仕事じゃないから」と、真剣に向き合えるか、が
結果として不満が残るか、それを残さないかのポイントなのです。
「誰かやってくれないかなー。掃除やだなー」と心の中で思うだけでは、誰もそれを察してくれないし、
伝えないのに「どうせ私がやるんでしょ」と、自分でやる事を決めておきながら不満になる。
曖昧にしておくから、自分の気持ちは処理されないままで、嫌な事をする羽目になる。
嫌な事だからなかなか腰が上がらないし、その先にある事もできなくなる。
時間がない、結局できなかった。どうして私ばっかり。いつものパターンです。
同じ毎日が同じように現実化していきます。
嫌な事を後生大事に握りしめていると、握りしめた前提(嫌なことは私の仕事)で
物事が現実化していきます。手離さない限り、もれなく毎日同じように。

物事だけでなく「ついついやってしまうお節介」なんかも、あとでどっと疲れるくらいなら
そもそもあなたの仕事じゃないのです。
「じぶんの仕事じゃない」とその場で判断して、その通り行動できるか、なのです。

暑い毎日、したくない事を回避するだけで、気分的にも涼しくなることでしょう。


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by 4cubes | 2016-07-30 15:01 | 潜在意識 | Comments(0)

募集

お申し込みありがとうございました。
両日定員に達しましたので、締め切らせていただきました。
ご参加のお申し込みのタイムラグがなく、両日4名様のご参加になりました。
ご参加の方にメールで詳細をお送りしています。
お盆に入る前にと思い、直近での告知になったにもかかわらず、
反応していただきとても嬉しく思います。
ありがとうございます。


昨日と今日は、潜在数秘術ファシリテーター講座でした。
2日間、朝から晩までびっちり。

潜在数秘術のファシリテーターというのは、潜在数秘術を使ってセッションする
それまでと違い、講座などを通して潜在数秘術そのものを伝えていく人になるという事。
つまりは、潜在数秘術の講師、となる事です。
もちろんセッションもこれまで通りできます。

私個人が今後どのような講座をしていくかはこれからですが、
宿題が出ましたので、協力をしていただける方のお願いです。


【潜在数秘術®基礎講座】(宿題用)

実際に私が講師として、講座を開催します。
生徒さんとしてご協力いただける方を募集します。
(定員3名の講座を、2回開催します。)

●潜在数秘術について丁寧に解説
●潜在意識について丁寧に解説
●潜在数秘術というツールを使うと、どんな良い事があるの?
●自分の数字の読み解き方がわかる(基本)

こんな方に受けていただくのがおすすめです。

●潜在数秘術と潜在意識について、丁寧に理解したい方。
●自分の性質を、潜在数秘術を通して知ってみたい方。
●何だかわからないけれども、おもしろそう!と思った方

こんな点にご注意です。

●宿題の規定上、テキストの配布などはありません。
●録音、録画は、正式な講座ではないため、NGになります。

その他

●すでにセッションなどで自分の数字を知っている方も参加可能です。
●宿題で、参加された皆様の感想を提出することになっています。
 当日、講座終了後に口頭でご感想を頂けますようお願いします。

日時

①8月5日(金)13時 定員3名様 残席0(受付終了)
②8月7日(日)13時 定員3名様 残席0(受付終了)

代金: 無料

場所: 吉祥寺(第一ホテルアトリウムラウンジを予定しています)

どちらも3時間ほどの予定です。
講座のほかに、ブログでわからない事にお答えしたりなど
色んなお話もできたらと思います。

以下のお問い合わせ欄よりお申し込みください。
(どちらの日程で参加希望か、お書き添えください)
いずれも先着順となります。

あなたにお会いできるのを楽しみにしています!


■ HP
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by 4cubes | 2016-07-29 22:19 | 数秘 | Comments(0)

願いが叶うっていうのは


例えば、うんちのついたオムツを交換する事そのものが好きな人ってそういないと思います。
でも、子どもが生まれて「この子を育てるんだ」と、自分が肚で「決めた」時、
(決して諦めとか仕方なくではなく)
おむつ替えを「嫌だ」なんて感覚もないし、そもそもそういう事じゃないと自然に思えるし、
そんな自分の気持ちや感覚を横において、もしくは通り越して、普通にできる。
当たり前にできる。
目的や望みをどう持つかによって、好きじゃない事が難なくできたり
出来そうにない事が出来たりする。
私は日記や家計簿など自分のためのそれはとてもできないのに、
仕事をスムーズにするためにブログを書き始めて、そのうち難なく書けるようになり、
書かない方が違和感を感じるほどになりました。
好きなことの成果を出すためになら、できそうにない事も、苦しむことなくできる。

何かを「決める」とはこういうことを言います。
で、決まりさえすればそこに至るまでの行動は何の抵抗もなく無意識に行われ、そのまま叶います。

例えば結婚したいとして。でも、
「私、外に出たくないんで」「私、SNS嫌いなんで」という矛盾もあったとします。
「結婚したい」だけあって、そこに至るまでの色々な手段や可能性をどれも嫌だと思う場合、
「結婚したい」そのものが、本音ではないという可能性が高いです。
当たり前に行動に伴っていかないのなら、望みそのものを疑う必要があるのです。
「それは本当に叶えたい望みなのか?」と。

で、結婚したいと決めたら、それなりの行動が当たり前に伴ってくるのですが、
結婚のために、外へ出る事や人と繋がることを我慢してやれという事ではなくて、
「本当に」結婚したいと思うなら、例えば誰かと出会う事への期待感があるだろうし、
その期待感から外へ出ようとするだろうし、
外へ出るには、出たくなるような格好もしようと「自然に」思えるわけです。
そこで、お化粧に興味を持ったり、洋服を買ったりするかもしれない。
それが「願いを叶えるための行動」です。

もちろん可能性としては、家にジャージで一人っきりでいたって
どっかからお見合いの話が来るかもしれないし、なんて、そんな魔法のような奇跡のような
自分に都合の良い可能性を待っている人もいて、もちろん可能性が0でもないですが、
仮にそうだとしても、見合い話はないかと誰かに聞いてみるとか、何らかの「行動」が必要なのです。
だって、それも言わないで「結婚したい」と頭の中だけで考えていても、
最近はあまりいないかもしれないけれど、見合い話を持っている親戚のおばちゃんだって
今のあなたを見たら「あの子はいつもジャージで外へも出ないし、1人が好きなんだろうな」
としか思えませんから。そんな人に見合い話が必要だとは思えないですから。
あなたの頭の中は、行動しない限り、あなたにしかわからないのです。
人には伝わらないのです。
他人からは「そうしたい(1人でいたい)からそうしているんだろうな」としか見えないのです。
おばちゃんは、あなたをそっとしておいてくれる。
おばちゃんから見えた「あなたの願い(1人でいたい)」を叶えてくれているという事になるのです。

ほら、叶っているでしょう?
そうやっていつでも、あなたの願いは叶っています。
不本意なものも、前提通りに叶います。

ところで「行動」はとても大事なのですが、逆に言うと、他の条件は必要がありません。
美人である事や、痩せている事、貯金がある事、男性経験が多いとか少ないとか
そういう事は、結婚への条件に一切必要がありません。
でもどうしても「結婚するためには○○が必要だ」とか
「私は〇○がないから、結婚できないんだ」とか考えて難しくしている人が多いです。
違います。腹の底から「結婚したいのか、したくないのか」それだけです。
そして腹の底から「結婚したい」なら、そう本音で決めたのなら、
勝手に、それに伴った行動になるはずなんですよ。
さらりとオムツ交換ができちゃうんです。
さらりと外へ出る気になったり、無意識に素敵な人と出会う方向に足が向くんです。

何らかの行動が現実になされていない場合は、現実に反映されていない場合は
まだ「決めてない」んです。決めたつもりになっているだけ、です。

で、そこに、力が入っている必要はなくて。
力入れて、ガッツで、頭にはち巻き巻いて「結婚するぞ!!!」って決めるんじゃなくて。

例えばランチしたいなー!と思って友達を誘ったとします。(望み)
「じゃ、明日、新宿で10時に待ち合わせね」って約束したら
次の日の10時に新宿に行きますよね。(行動)
10時に行くために、朝は8時までには起きて、朝ご飯食べて、
服を着て、家を出て電車に乗りますよね。
そこで「服着るのめんどくさいなー」とか「電車乗りたくない」とかないですよね。
自然に行動に移していますよね。

それが、望みを叶えるという事です。
望みが決まったら、そこに至るまでの行動も自動的に決まるし、
それが嫌だとか、ないんです。当たり前になるんです。
当たり前に「友達とランチ」という望みが叶いますよね。
願いって、本来そのくらい簡単なこと。

もしそこで「電車乗りたくないなー」と思えば、それは電車に乗りたくないのではなくて、
友達と会う事そのものが「楽しくない」とか「ただのつきあい」なわけです。
そもそも望んでなかったという事です。

同じ新宿に行くにしても、大好きな彼と会うためだったら、服着るのめんどくさいどころか、
今すぐ服、買いに行く勢いですよね。電車なんていくらでも乗りますよね。
要はそういう事、望みの違いが行動の違い、なのです。

で、そこで「それは小さい願いだから」とか「それとこれとは別」と言う方もいますし、
そう思う方もいるとは思いますが、原理原則、すべて同じです。
同じなのに「大きな願いは叶わない」とか「難しい」とか勝手に決めたりするので叶わなくなるんです。
簡単も難しいもなくて、できるかできないかも関係なく、
「決める」か「決めないか」だけであり、決めたとしたら「やる」だけなんです。
時間だけは有限なので、時間切れになる前にやるかやらないか、それだけ。
で、本当に望んでいる事をやらないと、おかしな現実になるから、だから

本当の望みを知ること、がとても大事なんですね。
いつも同じ話になるのですが。
数字からも見えてきますが、数字は正解をくれません。
数字は、そういう心の癖があるよ、という事を示してくれますが、
望む在り方は数字で見えるけれど、その上でどうするのかは自分で決めるものです。
そこに集中するのか、しないのかもまた、自分の思うまま、です。

●インフォメーション

お返事が必要な方へは全てお返事完了しておりますが、
未着などあるようなので、届いていないという方はご連絡くださいませ。
よろしくお願いします。


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by 4cubes | 2016-07-27 16:19 | 潜在意識 | Comments(0)

ちょっといつもと違う話

性犯罪とか、それ以外でも、人を傷つけることになる犯罪というものの
その全てが、もちろん一言で語られるという事はないし、
前提が「愛」だというものもある。

でもそれを踏まえて、
例えば性犯罪なら、大人になってからのそれは、再犯率の高さからいってもどちらかというと病気に近くて
心を入れ替えますと誓ったところでそう簡単に直らないようなものであり、
薬などと同じように、更生プログラムが必要なジャンルだったりするのだけれども、
そういう犯罪を、大人になってから起こさないようにするには、どうしたら良いのだろうかと、
生まれつきのものなのかもしれないからどうにもできないものなのだろうか、それとも。
特に男子を持つ親としては他人事にできなくて、親の目の届くうちに何かできる事があるのではないかと、
知りたくて、聞いてみたら

「大切なのは、子どものころから、できるだけ生身の人間とのかかわりを多く持つ事」だと
信頼できるその分野の人に、教えてもらいました。

ただ、親子でスキンシップを多くしたり楽しい時間を過ごすとか、そういうことだけでなく、
いやらしい意味ではなく裸だとか、そういう事に触れる機会が今は減っていて。
親子間でも早くからお互いの体を隠すようになったり、
学校でもプールでも、小さいころから更衣室を分けて男女の区別がはっきりとされることで
早くから自分と自分以外の人を分離させるような環境がある。
何でも一人に一つずつ与えられ、貸し借りも減っている。
豊かさを追求したらこうなったし、もちろん悪いこととは言えないというのもあるのですが
無意識に「相手を自分と別のもの」として見るようになる側面もあるから、
自分の痛みや感情を相手に置き換えにくくなったり、そのせいで自分本位になりやすくなる。
人に対する犯罪の場合、相手の気持ちになれない、思いやりを持てない、男性の性犯罪だと
女性を道具だと思う、というようなところが前提になっている事が多いので、
大人になる前に、意識してできるだけ人間の豊かな生の感情に触れたり
経験を多くしておくことが大切なんだそうです。

そう考えると、例えばゲームが駄目なのではなくて、
ゲーム「だけ」では駄目だということで。
(私も昔はゲームを排除しようとしましたが、そこじゃなかった)
そして、ゲームを否定していたらそれも違うんですね。興味の持てる物、好きなものを否定するのではなく
そこは分けて考える。他に興味を示さなくなる(ように見えている)のをゲームのせいにしないという事。
机に向かっての勉強だけでも駄目。いくら良いとされる学校に行ってもそれだけでは本当に駄目なんだと。
親子でいる時間も、時間の長さや何をするかがポイントなのではなく、どんな感情で一緒に過ごすか。
色んなことが見えてくる気がします。
言葉にすると普通の事ですが。実際にどうあるのかが大事だなと思います。

学校も、教科書を追うだけの授業が増え、フィールドワークや実験などは減り
五感を使う機会がどんどん減っていっています。それを正しく怒りつつ、嘆くのではなくきちんと踏まえて。

人と関わり、五感で感じる事で得られる豊かさや幸福感が前提となっていくと、
それが繰り返されて、幸せになる、豊かな人生を作る、ということでもあり、それ以上に
豊かな人生を、しっかりと強固なものにしていけるんだと思います。
確実に幸せになるしかない、そんな感じに。
「人って素敵だな」という前提があり、それに合った現実化が繰り返されれば、大人になった時に
そういう犯罪を犯す可能性は、限りなく低くなるのだろうと思われます。

裸に対する健全な興味と性犯罪はつながらないし、
隠すべきところは隠すし、隠すべきでないところは隠さない、
子どもへの性についての話も、いつするか、とか、じゃなくて、どんな感情でするのか。
どんな想いがあるのか、が大事なのだろうな、と想像ができます。

親は、具体的な何かを教えなくても子どもに「幸せ」な世界を作ってあげて「ある」にするだけで良い。
満たされない想いが犯罪に走るという事を踏まえると、魂をしっかりと満たす子供時代を
作ってあげられるか、というのが重要かもしれないですね。
そういう意味では、本当に、特に子どものころは本能のまま生きて良いんだと思います。
何をしたら自分は満たされるのかを、しっかりと記憶しておけば、
今度は自分で、いつでもそこに戻ってこられると思うので。

あと、未熟でもいいから、恋をたくさんするとよいそうです。
相手が何をしたら喜んでくれるのか、自分と違うところや同じところについて考えるし、
片思いでも、両思いでも、恋は魂(本能)の、感情の学びが多いから。思考も学ぶ。
聞くだけでなく、やはり自分が体験することの大切さ、あると思います。
息子は中学3年生で、親から見えない部分も多くなっていく時期ですが、
見える部分が多い時期よりも見えるもの、がある気がします。
「何をしているか」はわからなくても、表面的な事にとらわれずに彼を見ることで、
そこから見えるものも面白いと思うし、彼の話を引き出すのも面白いです。
(彼はLP7で基本的に話さないのですが、質問力を持って聞くといろいろ教えてくれる)

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by 4cubes | 2016-07-25 02:24 | 潜在意識 | Comments(0)

自己開示


あまり自分の事を話すのが得意ではありません。
自分のアイデアとか、生み出すものとか、これは役に立つだろうとか、
考え方をディスカッションするために話すとか
情報や資料として話すのは好きなのですが、自分がこれしたあれした、食べたものとか
自己満足で終わってしまって、他の人の役に立ちそうにない(ように思える)ことをアウトプットするのは
意味がないと思っていたふしがあります。

自分がそうだから、自撮りしてアフタヌーンティーの写真撮ってSNSにアップして
「【ご報告】私は私らしく生きることにしました」って、日記のようなブログや記事、
それを純粋に楽しめる人が、本当にわからなかった。
「わからない」だけだと思っていたけれど、無意識にジャッジしていました。
あれは意味がない、と。
でも、本当は「ただそれを楽しめる」って事は素晴らしいことなんです。
というか、意味のない事がいいんです。(意味があると考えるのは思考ですから!)
わかんないけど楽しい事、それをやるために生きているのですから。

私はそれもどこか損得で考えていたなーと。
無駄と思えることはしない。
楽しいからする、じゃなくて、メリットがあるから話す、メリットがないから話さない。
自分にメリットじゃなくて、伝える相手にとってのメリット、という意識が強いのです私。
(まぁ同じ事なのですけれども)
相手に有益であってほしい、私と話すことで少しでも沢山得て欲しい。
そんなエゴイスティックな気持ちをどこかで持っていました。
私なんかに言われなくても、その人はちゃんと受け取っているんだから
私が気をもむことはないのです。もっと相手を信頼せーよ、と。
もうそれも、無意識なのですが。

そこを自分に向き合っていたこの1週間でした。

きっかけはデビ婦人でした。
テレビで、ごちになります?というような番組に出てて、横目で見ていたのですが
「経済的にも豊かでありながら、おごるおごらないのゲームでこんなに必死になるのはなぜだろう?」
と思っていたんですね。
で、もちろんテレビだから「見せている」部分はあるにしても、それを置いても
私の想像ではありますが「そうか、心からこのゲームを楽しんでるんだ。」と気づきました。

お金の法則にもつながる話ですが、お金がある人は、お金があるからちょっとくらいお金が減っても平気、じゃないんです。
お金持ちほど少額のお金も大事に使います。無駄な使い方したとしてそれが100円でも「ま、いっか」とは思わない。
(お金持ちがケチと言われる片鱗はここですね。「無駄な」お金に厳しいという意味です)
そもそも1円を大事にしないと「お金を大事にしていない」前提なので、大きなお金が扱えるわけがなく、
収入も大きくならない、という図式があります。

デビ婦人は、そもそもお仕事だって無理にする必要はないのでしょうから、選んでそれをやっている。
お仕事が好きなんだろうなぁ、と思います。お金の為じゃない。
言葉にするととても簡単です。何でもそうですが真実はシンプル。
ただ、知識としてわかるけれど、実はわかっていなかったとも言える部分です。

知識としてわかるというのと、自分が体験としてわかるという事は
100倍くらいの差はある。(百聞は一見に如かず)
本当に違うんです。
知識として「知っている」だけだと、その人の世界に「ある」ことにはならないんです。
100万円ほしいなら、100万円をただイメージするだけでなくて(イメージはできますよね。見たことあるし)
100万円の札束を持っている人に見せてもらう。自分の目で確認する。
(物理学上、視覚化することで現実化するという法則にも当てはまります)
その方が現実に手に入りやすいのです。

行動が大事。
行動が。そう、行動が。
ブログで読むだけじゃなくて、現実、会いに行った方が早い。
本当ですよ。もちろん私じゃなくてもです。

で、逸れましたが、私がデビ婦人のように、もしすべてがすでに豊かで、何でも持っていて
時間も自由で、それでもやりたいと思う事、人生を何をして楽しみたいかというと、

それは「ビジネス」でした。

一生困らないだけのお金と時間があっても、やりたい。
お金もね、どういう時にマイナスな気分になるかが少し違っていて、
お金がなくてバッグ買えなくてもそんなに嫌じゃないのですが、
新しいアイデアを形にするのにお金が足りないと、ものすごーく嫌なんです。

自分の想いを形にするためのお金がほしいようです、私は。

あなたは何のためにお金がほしいですか?
それも数字から読み解くことが可能です。
お金は、何のために欲しいのかがわからないと、つまり心の目的がないと入ってきません。
心の目的は現実化しますから、そこが明確になれば、そのためのお金は入ってきます。

私はS1ですから「新しい事をやりたい」「アイデアを形にしたい」
そのためのお金がほしいと考えるし、LP4なので「安定したお金」を求めます。
つまり「アイデアをいつでも形にできるようにある程度安定したお金があるといいな」と思っています。
作りたいものを、作りたい時に作るためのお金。それはジネスでなくても良いのですが
私はビジネスを楽しむことをしたいので。
だから、学びのためのお金は入ってくる。というか何とかなる。
でもそうでないお金はすぐなくなりますー。(簡単に言うと、ですが)
心からの願いは叶いやすいですが、心からの願いのためのお金も叶いやすいという事です。

そういえば先日、最近流行っているアフタヌーンティーを私もしてきました。
(私は初体験です)
最近は流行っていて色んなホテルでアフタヌーンティーを提案していて、
特に外資系などは、お洒落で素敵なところも多いですが、2時間制だったり(え!)
人気なので混む、等があるし、同じようでサービスもそれぞれなので少し調べて行きました。
帝国ホテル(17階ラウンジアクア)良かったです。
クラシカルでオーソドックスですが、サービスがやっぱり良くて、味が確かで、
落ち着いていて、エクストラサービス(チョコレートなど)があったり。
高層すぎないですし(高いところ苦手なので)日比谷公園のロケーションが良いです。
流行っている事とは別に「私が楽しいから」楽しんできました!
も、ほんと、素敵な時間でした。

流行でも意味がなくても、楽しいと思えば楽しめば良くて、
それが自分でも人でも誰でもそうで、もう本当にそれだけでいいんだなーって。
私のフィルターがどう見ていても、どのように見えていても、
みんな自分の好きな事を楽しんでいる。
楽しめていないのなら、そう「選択している」(前提を作っている)のですが
その選択すら「楽しんでいる」わけで。(変えたければいつでも変更可能ですしね♪)

で、本当に軽くなりました。
私はもっともっと軽くなれる。

子どものころ、無性に好きだった事は何ですか?
子どものころや、そこからずっと無意識にやっている事には意味があります。
小さい頃であればあるほど、純粋な魂がやっていることだからです。
自分の本当の望みを知る、手立てになります。

建築家の中村好文氏は、子どもの頃、家の中の、一番心地良いところを探すのが大の得意だったと言います。
それが、心地良さを具現化する建築家という仕事に繋がり、継続されている。

私は自分に余計なものがくっついていると思える時は、断捨離するのが癖でした。
思えば学生の頃からです。
失恋した時、思うような点数が取れない時、シンプルになりたくて断捨離していました。
それが良いかどうかなんてわからないけど「なんでかわかんないけど」やっていた。
それって、心の望みに繋がるのです。
そこを考えていくと、ようやく思い当たりました。
私の場合は、1番欲しいものだけ欲しいんです。
たくさんはいらない。その時その時本当に欲しいもの、1つだけ欲しい。
だから、欲しいもの以外を、捨てようとしていた、それが断捨離でした。

マイホームはいらない。所有したくない。
結婚していた時、嫁いだ家の事情でローンが組めませんでしたが、それも
私がそう望んでいたからだ、と思えば、今はそれがよくわかります。
私は、潜在的に家を欲しいと思っていないのです。

大人になって思考などで余計なものがくっついていって、それを一つ一つ剥がして、
私はまた元に戻ろうとしています。
超!断捨離。やりつくしてみようと思っています。


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by 4cubes | 2016-07-24 19:53 | 潜在意識 | Comments(0)

Pの話からの

息子は、友達から相談を受けることが多いです。
LP7、言語化しないのに。
わりとはっきりした顔立ちだし、まわりに合わせるような感覚もなく、
決して愛想も良くないのに。

けれども印象を表すPという数字が彼は9です。
P9は、造作などは関係なく「印象」を表します。

P9の人は、人から相談を受けやすい。
「聞いてくれそう、ジャッジしなさそう、受け入れてくれそう」に見えます。
(それが本当に「見える」だけなのかは、他の数字との兼ね合いです)
Pは主に、オフィシャルで見せる印象なので、親の私からは
P(印象)よりもLP(思考)やS(本音)がわかりますし、彼もそう表現するので
男女関係なく人から相談を受けることが多いというのは、数字を知らなければかなり意外な感じです。
特に人気者でも、賢いでも、話が上手でもないですしね。
けれどもP9という「需要、寛容」の印象に加え、D4なので(行動・言動が冷静、落ち着いている、平等で博愛)
まぁ相談されるのが多いというのも納得です。

例えばP8(印象)でLP3(思考)とかですと
「しっかりしてそうに見られて頼まれることが多いけど、本当は全然できないのにー」とか
P3(印象)でS7(魂)とかですと
「社交的に見られて誘われることが多いけど、1人になりたいー」とか
(でD5(行動)だと、ついつい合わせてつきあいに乗ってしまうが帰ってからどっと疲れる、的な)
「本当は違うんだけどな~」という矛盾が生じます。
(もちろんすべてがそういう現実化ではないです。性質としてという事です)

P4で「あぁこの人、落ち着いていて素敵な人だなぁ」と思って交際し始めたら
S3が見えてきて「…めっちゃ子どもっぽかった…」だったり、あるいは
「彼は変わってしまった…」と映るわけです。

変わったのではなくて、見せているところが違うだけなんですね。

これを知っていると、勝手に(彼は変わってしまったのだと)想像して悲しむこともないですし
不要なイライラやマイナスな感情がなくなりますから、もちろん相手も心が安定します。
前提がハッピーになっていきます。そしてハッピーな現実がやってくる。
パートナーシップの肝は、相性でもテクニックでもなくて、ちょっとした「視点のコツ」なのです。
しかも自分の視点ですから、自分だけでお金もかけずにできてしまうこと。

全ては同じ原理原則なので違いはないはずですが、それでも、仕事、お金、人間関係、で分けると
私は、人間関係が一番得意です。
「感情が入らない分、お金が一番、現実化しやすい」と言われてもいますが、
それは理解しつつも、人の心の方が私はわかりやすいと自覚しています。(あくまでわたしは)
自分がどう思われるかを気にしていないから、100%自分を出せるんです。
(恋は、傷つきたくなくてどう思われるかを気にしていましたが、それがなくなるとうまくいきました)
そして、心があるものにもかかわらず例外がないし、一番結果がわかりやすいです。
(と私は思っているのですが、原理原則ではどれも同じなのですよー)

では、どう同じかというと。
何においても
出し惜しみしていないものが「うまくいく」事で、
出し惜しみしているのが「うまくいかない」事です。

●人間関係

自分を押し殺したり、本音を隠すことなく伝えているか。
嫌われたくないとか考えていないか。
本音を出し惜しみしていたら、相手も出し惜しみしますからうまくいきません。
自分が(自分や他人に)嘘をつけば「人は嘘をつくものだ、だから相手も本音を言っているとは限らない」
となるわけです。「好きだ」と言われても受け取れず「本当かな」とか「裏があるに違いない」
という気持ちが自然に出てきてしまうのです。そこで、どうしても疑うような行動に出るし、
その証拠をきっちり現実化してしまうのです。

●仕事

やりがいを感じられるか。感じられないならやりたくないと思っていないか。
本当はやりたいわけじゃなく、生活のためにやっているのか。
やりがい感じたり楽しいなら全力で頑張ります、というのならエネルギー出し惜しみです。
好きではない事を仕事にすると、もしくは好きではない働き方をすると、
「やりたくない」ので、自然と省エネモードに入ります。最低限の動きで想定内稼ぐ、的な。
好きな事をする時って、全力ですよね。本当に好きな事なら「ちょっとセーブしよう」とは思わない。
無邪気に100%楽しむはずです。

●お金

元が取れるかを考えていないか。これだけ出したのだから…と考えていないか。
ワクワクに使っている「つもり」ではないか。
「お金が減る」「出ていく」とどこかで考えている出費は出し惜しみです。
お金はわかりやすいですね。
電気代など「払わなくてはいけないものはワクワクできません」と言われますが、
では、一度電気を解約してみてはどうでしょう。暑くても寒くてもエアコンは使えず
夜も真っ暗。パソコンも使えません。洗濯は全て手洗いで、スマホの充電すらままなりません。
なくしてみてはじめてわかることがあります。
でも月に数千円で我々は、それらをすべてクリアできる、めちゃめちゃ快適な生活を手に入れられるわけです。
自分が頑張れば済むわけではない事に対して、代わりにそれをやってくれる存在がある。
支払ったものに対して、自分は何を受け取っているかを考えてみます。

「私、できています。出し惜しみしていません」と仰る方がいるのですが、潜在意識の話ですから、
頭では、思考では「できている」と思っていても、本音ではそうではないかもしれませんので
本当に?本当に?と自分に深く問うてみること。(というか本音を感じてみる事)
そして、判断は「どう現実化されたか」でします。現実は確実にその前提を教えてくれる事象です。
どこかうまくいっていないなら、かならず何か出し惜しみしているんです。
数字の性質によって、思考や心のクセがあり、例えばもともと「疑いやすい」というような性質はもちろんあります。
でも、それは単なる「クセ」なので、自分はそう思い込みやすいんだな、と理解し、それから
「じゃあどうしたいのかな、私は相手を信じたいのか、疑いたいのか」と考えるわけです。

で私は「時間ケチ」だったのですが「時は金なり」の考え方がベースによる「時間ケチ」なので
ケチった分、お金にはならないという現実がやってきていました。
でもそこで、お金のために時間をケチらなくしよう、というのでは意味がなくて、

自分がどれだけ出し惜しみせずに(時間もお金も知識もエネルギーも)出しても、私は何も奪われない。
そう心から感じられることによって、出した分は豊かさが入ってくる、という原理原則に繋がります。
あ、外とか人だけの話ではなく、自分へも出し惜しみしない事が肝心です。
電気代支払っているのだから「自分はエアコン我慢して節約」とか、したくないことしないように。
自分も「同じだけ」受け取ることが肝心です。

私も課題はあり、もちろん全て完璧にできていないのですが。
その中で人間関係は、ほぼ100%なのです。(だから得意という言い方をしましたが)
でもぼっち体質。でもP6で親しまれるというありがたさ。不思議です。
数字で見ると一目瞭然なのですが。

どこに出し惜しみぐせがあるか、ちょっと考えてみると、見えてくるものがあるかもしれませんね。


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by 4cubes | 2016-07-19 11:10 | 数秘 | Comments(0)

ヒトリゴト

自分の事は自分が一番わからない。
本当にそうで。これだけ学んでいてもやっぱりそうで。
不思議ですが、私に限らず、みんなそうで。

最初に参加した講座で隣同士になった同い年の友達がいるのですが、
タイプも環境もやっている事も違うのに、彼女とはその後、
数秘を学ぶステップも、その後の学びの場も意図せず同じで縁があり、
毎日のようにメッセンジャーでやり取りをしながら、
お互いをカウンセリングしているような状況。
彼女の事は手に取るようにわかるのに、
私もかなり自分の事はわかるのに、それでもわからないのが人間ですね。
でも彼女に言う事は、私が私に言いたいことであり、
自分の事が、見事に彼女に投影されています。
彼女も的確に私について意見をくれる。
だから彼女との会話を通して、私は私自身を知ることができています。
ぼっち体質には、本当にありがたい存在です。

そんな日々のカウンセリングも、やりたい事も、その他のいろんなことも
どんどん細かくマニアックになってきて、今日はついに
細かい細かい細かい私の適性と違和感が見えてきて、
肚をくくらざるを得ない、というところまできました。

要は、私は職人タイプなのですが。
(LL7なので、そういう気がまるでしないのですけれども)もうそれはどんな人にもそう言われてて
だからカフェでパソコン広げていい感じで仕事などができないんです。
行っても仕事、しない!何度かやってみましたが、仕事しません。
とにかく家でとっ散らかりながら集中。生み出す、という感じ。
それで、以前も書いたけれど、自分が前に出るタイプではなくて、
自分が「作るもの」を出したい。
自分を商品とするんじゃなくて、あくまで作品にこだわりたい。
というか、自分が出ると、楽しいのでできているんだけど微細にどこかがずれます。
96%くらいの感じ。100%ではない。

だから、もの凄くこだわるとすれば、今のアプローチは見直す時がきています。
そこの肚をくくらないと、真に私らしい仕事ができなくなる。

数秘は好き。
ブログ好き。
人も好き。
素敵な人との出会いばかり。
でも対面は、より自分に合った、より良いサービスを提供していくため、
もっと、違う形にするかもしれません。(かもしれないって言っている時点でもう変わるはずですが)
(今のメニューでセッションなどを考えてくださっている場合は、早めが良いと思います)
もしくは違うスタイルのビジネスにして、人と会うのはビジネスじゃない形にするとか。
断片はいくらでも見えているし、今の時点でも、かなり豊かな働き方ができています。
でも、ほんの少し、そのスタイルにズレがある。
そこをもっと調整していきます。

本っ当ーーーーーーにやりたい事は、実はあるんだけど!
今のところそれがビジネスとして成立するか、わからないのですよ。
そんなビジネス、あるの?という感じです。
矛盾だらけなんです。でもそれがやりたい。
趣味なら可能なんだけど、私はビジネスにしたい。
さてこの答えはどう出るでしょうか。

勉強していくと、細かい細かいことにもごまかしがきかなくなり、
小さな違和感にすぐ気づいてしまいます。
もう充分すぎるくらい、納得のいく毎日を送っていても、
そこに気づくと、向き合うしかない。
職種じゃないのです。
まったく同じことをするにしても、場所はどこなのか、誰とするのか、
どんなことをどんな形で、値段、受け取り方、あらゆる細かいことまでどうあるかという事が
職種以上に考えるべき要素で。さらに言えば、職種はむしろあまり関係がないかもしれない。

先日のセッションでお会いしたお客様が
「あーだから、会社でなら細かい事がいくらでもできるのに、家だとできないのはそういう事かー」
と納得されていらっしゃいましたが、できるかできないか、だけではなくて、
何にためにならできるのか、どういう場合においてできるのか、というところも見る必要があります。
でないと「できるはずなのに、どうにもやる気にならない、気分屋なの?わがままなの?」
という事が起こります。そしてついつい自分が悪いのかと考えてしまう。まったく違うのです。
家でできない、会社でできる。どちらもあなただし、どちらもあるのが自然です。

そういう事も含めて、自分の「働く」について、細かく見つめ直していこうと思います。
型紙屋も夏休みなので(でも仕事いっぱいある!)その間にもっと、
針の穴を通すように、自分を見つめていこうと思います。
夏は暑いので、ますます家に引きこもりそうですが、外に出るために何か企画します。


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by 4cubes | 2016-07-18 06:53 | 自分の事 | Comments(0)

批判の理論

批判は誰もされたくないと思うんです。
相手に批判しているつもりがあるかどうかは別として、
自分が「批判された」と受け取ってしまうようなことがあると、
かなりブルーな気持ちになります。
他人へは「そんなこと、気にすることないよ」って軽くアドバイスできるような事も
自分が言われると、結構メンタルに来て、引きずるものです。

でも、簡単に言えば、批判は誰でもされています。
(影で何か言われているかもしれない、という可能性の話ではなくて事実として)
自分もまた、誰かに、何かに、批判しているから。
自分がしている事は、必ずされている。
視覚化しているかしていないかだけの違いです。

わかりやすい例で、例えば個人で起業したとします。
ビジネスですから、繁盛することは目的の一つとして自然にあります。
お客様の目を引く、より価値のあるサービスを提供しようと思ったら、
自分だけができる事、人と違う事、などを打ち出していきます。
(差別化せず、どこにでもある事をビジネスという形でやりたいという稀な人は除きますが)

「人と違う」をそもそも選んでいるんです。
人と違う事を視覚化(商品化)しているんです。
「人と違う」を選んで実践しているのだから前提がもう「人と違う」んです。
違う事をしているのだから、それに対する反応も自分と違う人の方が圧倒的に多いはず。
それがオリジナリティというものだから。

「違う」は、何の感情も持たない単なる「違い」ですよ。

潜在的な(これから買う可能性のある)お客様から見れば、
自分のできない事、自分の考えと違うものが、そこにあるわけで、
人によっては新鮮で魅力的に映り、人によっては不安が生まれ嫌悪になる。
(ここでやっと感情が生まれます)
その「嫌悪」側に出たものが、「批判」の種になるという事です。

だから単純に数の問題で、売れれば売れるほど(注目されれば注目されるほど)
アンチは増えるのです。アンチが嫌だからと言って、多くの人が「あーそれね、あるある」って
安心できるようなありきたりのものを売っても、批判こそされないけれど、ビジネスとしては面白くないと思います。
で、そういう場合はおそらく利益に繋がっていかないです。

「魅力的に映る」も「嫌悪」も、相手の心を動かす、という点では同じです。
同じものを発信して、たまたまそのどちらかになるだけの事です。
そのどちらになるのかは、あなたではなく、受け取り手の問題です。

そういうわけで、起業して売れたい人、自分のサービスが繁盛してほしい人は
批判も受け入れる覚悟が必要なのです。(批判も称賛も同じものですから区別しないことが大事なのです)
で、本当にその「批判」がわんさかやってくるかと言えば、
結果として、あまりそのような事にはならないです。
まず、自分の提供しているサービスが、最高のものだという自負があれば
(他人からの評価ではなく、自分が愛して尽くした最高のものだと自分で思えているか)
批判がきても、そのサービスを一番良いと思い、理解しているのは自分なのですから、
「自分に何か問題があったのではないか」と自分を疑う必要がなくなります。

もちろんミスはします。私もします。
でもそれは、批判とは別物なのです。ミスという「事実」
こちらは真摯に受け止め、できる対応をしていく。
ミスを指摘されただけなのに「人格否定された」とショックを受ける人もいる。
それは分けるべきことを一緒にしているだけです。否定されたと捉え、感情が揺さぶられるようですが、
そうではない、という事です。

ビジネスの根本的な話ですが、ビジネスは、感情を切り離しておく必要がある部分があります。
感情的になるな、とか、冷徹になれ、という意味合いではなくて、
「起こった事実」そのものに感情的になると、判断と対応を見誤る、という事です。

で、戻しますが

批判って、悪いもののようなイメージがありますが、
自分と違う価値観に対して、人はそもそも批判的なのです。
そこで議論が生まれ、一緒に新しい価値観やサービスを作り上げることもできるものですから
物事をより良くしていくためには、必要なものなのですね。

そもそもその「あれより使いやすいものを考えたい!」というような批判的発想から
新しい商品、ビジネスが生まれたりするのですから、自分も常にどこかで
何かを、または誰かを、批判対象として見ている部分はあります。

起業していない人にとっては関係ない話のようですが、
例えば普通に専業主婦をしていて、特に批判されるような覚えもない人の場合も
批判はされています。

ビジネスは価値観を視覚化(商品化)しますから、批判も視覚化されますが
そうでなければ視覚化されないだけで、批判が「ない」わけではないんです。

視覚されなければ「ない」のも同じだと思えば、もちろん穏やかな日常を選ぶことも自由です。
でもうかつに人を批判すると(言葉に出したり視覚化させると)同じく言葉や視覚化で
自分にも返ってきます。自分の信念に基づいた批判であることが大事です。

炎上商法や、何かをすると批判も大きくなる芸能人の方など「心臓が強いなー」なんて思っていましたが、
案外、全く前提が違うのだと思います。批判に耐える精神力があるのではなく、
そもそも批判をマイナスのものと捉えていないんだと思います。
そして、自分を信じる力が強いのだと思います。

私も批判については、経験上、色々と考えてきました。
でもその「批判」から、私は多くの事を学びました。
ポジティブ思考とか、頑張って良い方向に考えようとしたわけじゃなくてですね、
きちんと見ると本当に学びがそこにありました。
批判も自分へのメッセージで、何かを教えてくれるものだからです。

ところで、ちょっと痩せてきました。
体重は落ちず、サイズが若干落ちています。
(私の中でそういう前提になっているのかしら)
ひとまず様子を見てみます。


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by 4cubes | 2016-07-17 09:43 | 潜在意識 | Comments(0)

告白のこと

私は、1年近く前に自分から告白してパートナーができたわけなのですが。
その時の、その告白がですね、たぶん、かなり本質的だったので、
シェアしておこうと思います。(いつもにもまして長くなるかと思いますが)

パートナーシップの話だと思えばそうなのですが、
願いを叶えるのにもとても有効だと思うし、
物理学的にも、そう。という話です。

約1年前、私は、好きな人に告白しようと決めます。
その時点で、すでに彼とは2人で時々出かけたりする間柄になっていたのですが
感じとしては、趣味がかなり似通っていて好きな物のツボが近い上司と部下(私が部下)みたいなもんでした。
私から誘う事が多かったですが、拒否されることはなくて「面倒見が良い」という感じ。
向こうも独身。嫌われているとは思えないけれども、女性として見られているかは微妙な感じでした。
(というかむしろ見られていない気がしました)

だったので、告白は本当にどっちに転ぶかこれっぽっちもわからないといった感じ。予測不可能。
そして、告白すると決めたけれど、具体的にいつどのように、というプランはありませんでした。

もともと離婚しても、そのあとまた恋をしたいとは微塵も考えていませんでしたし、
基本的に、適当な人と付き合うくらいなら一人の方がずっと良しと思っています。
そんな中で好きになった人は、私にとって最高の人でした。

だから、自分史上、最高の片想いをしようと思ったんです。(あくまで自分比
プロセスもなんでも、感情的にならずに酸いも甘いも、一瞬一瞬大事にしようと、正直になろうと思いました。
彼と、言葉のリズム、メールの空気、なんかを調和させようと、楽しみながら意識していました。
連絡欲しいなーでもこないなーという時も「私は寂しさを感じているなぁ。うん」と
ただ感じる方に、穏やかに集中する。焦る自分は悔いが残るから、一瞬一瞬「こうありたいとおもう自分」でいるようにしました

私の「こうありたい」は、エゴがなく、自然に任せているような状態。そして彼の事だけを考えるのではなく、自分のこと、自分のやりたい事に集中する。

まず、こんなにも素晴らしい人を好きになった、自分の見る目に「でかした!」と思いました。
なぜなら例えフラれても「素晴らしい人を好きになれた」そのものが勲章として残る。(自分で自分を認められる
で、矛盾しているようですが、素晴らしい人なので「私止まりじゃなくて当然」とも。(冷静に明らかにする
恋は実らせたいけれど、私ごときに影響されるようじゃ、違うんです。
私を無理に好きにならなくて良いから、彼は彼のままでいて欲しい、って思っていました。
そもそもそういう人だから好きになったのです。
コントロールできるとも思いませんでしたが、コントロールされても欲しくなかった

で、告白しようと考えていなかった日、むしろ「今日はやめておこう」くらいの日に
会っている途中でふと「今日言おうかな」という想いが湧いてきます。
(すでに告白を「決めていた」ので、潜在意識はその方向に向き、行動も動き始めます)
でも頭の中は「え、え、でも今日は準備できていないしー(理由という名の言い訳)」と浮かぶのですが
もう「言う可能性」にフォーカスしているので、その想いが消えてくれません。
いやいや、でもいったいどこで言う?
まさか銀座のど真ん中でっていうわけにもいかないし。
ここでフラれたら、大号泣しながら都心を通って帰ることになるのか?とか
これだけドキドキしてくたびれて、またもう1回後日同じ事をやり直すの嫌だ! とか
思考が忙しいのなんの。(どう考えてもこの状態ではうまくいきません)

でも、時間はどんどん過ぎて、ターミナル駅でお別れのタイミングになります。
で、やばい、場所的にもここじゃ言えないし、でもここで終わったらまた後日やり直し!
テンパってテンパって、口を突いて出てきたのが「家まで送っていきます」

変!

どう考えても変。
でもなんか彼「ありがとうございます」と言ってくれたんですね。(受け取り上手)
で、家までそのまま送らせてくれて。(というか単に私がついて行っただけのような感じですが)
あっさり家に到着。
玄関で告白して帰ろうと思ったら彼が「お茶でも飲んでいきませんか」と。

で、上がりこむ。
(ずっと告白のこと考えていたのと夏で汗だくだったので、別の意味で帰りたいと思いましたが)

そこでまた話し込みますが、告白できず。
でもこの辺りで、終電も近づいてきているし、私は話に集中できなくなっていて、時々無言に。
どう考えても向こうもおかしいと思ったと思うのですが、特に何も言われず。

で、終電がなくなり、しばらくして
「車で送っていきます」と言ってくれて、送ってもらって。
ここでもまたあっさり家に着いてしまいました。

そこで、やっと肚をくくります。(午前2時!)
(ちなみに息子は元夫の家に泊まりに行って留守の日でした)

考えてみれば、すでに怪しい態度だらけだし、もう充分変な奴と思われているはずだよね。
これ以上変になることもないだろうし、なんなら私の気持ちに気づいているかもしれないし、

じゃあもう彼の反応は気にしても意味ないから、私は私に集中して言うだけだな。

これがまず大きかったです。
私はここまで、丁寧に丁寧に想いを積み上げてきた。一瞬一瞬、大事にした。
これっぽっちも悔いがないように、純度の高い「好き」で過ごしてきた。うん。間違いない。
(過去どうだったかは本当は関係ないのですけれどね。でもこの時は、自分を納得させようとこんなことを考えていました)

だから結果はどちらでも良いと、心底、思えました。
それよりも、今この告白を、自分の想いに正直に言おう、正確に伝えよう。相手は関係なく、
自分で自分に「よく言えた」と褒められるくらい、エゴのない素直な「好き」を伝えよう。

それでもね、もちろん「フラれたら怖い」ってよぎります。今日限り、二度と会えなくなるんだしそりゃ怖い!
でもよぎったら、そこで言うのを止めて、穏やかな気持ちが戻るまで、待つ。
思考をストップさせて、感じるところに戻す
ええ、午前2時なのに、そこからもかなり待たせる私。
途切れ途切れ、全然スマートじゃなく「あのー」と言ったきり…

でも彼、ずっと待っていてくれて。

「めっちゃ好きです」

それだけ、ようやく言いました。
思考が一切入らない、余分が一つもない、正直な言葉でした。
ただ好き、それだけの混じりっ気のない言葉。よし、自分、言えた(自分に集中

で、そこからも色々と伝えるのですが、伝えながら
「私、言えてる。正直に正確に伝えられている」と、思っていました。
彼がどうのとかじゃなく、自分に向いて、完璧に、自分に集中していました
結果がどうなるかとか、そういう事がすでに思い浮かばなくなってきて(そうすると怖さもなくなる)
気づいたらおつきあいが成立していました。

自分に集中すると、結果がどうであれ、絶対に「良かった」になるし幸せなんです。
だから丁寧に、一瞬一瞬流してしまわないで、自分に集中することに集中する。

物理学上、タイムライン上の一瞬一瞬は、繋がっていません。
「今」と一瞬前は、繋がっているように見えるけれど、実は繋がっていなくて、
パラパラ漫画のように、1枚1枚切り離されているんです。一瞬先すら「今」と繋がっていない。
パラパラとめくって眺めるから繋がっているように見えるだけなのです。
一瞬前と、今に、何の関連性もありません。

つまり、全てはバラバラなので、どの一瞬からでも、前提さえ切り替われば、
その時点から違う絵(現実)に、差し替え可能なのです。

(どうしてそうなるか詳しく知りたい人は、直接会った時に聞いてください。
このあたりは数行の文章だけでは説明が困難です。でもこれを知ると楽です。いくらでもやり直し可能なので)

だから(というか、ほぼ感覚でしたが)私は、損得勘定が働きそうになったら、言葉にしてしまわないで、
その都度エゴの思考を止めて、ニュートラルな自分に戻り、きちんと時間をかけて告白したんです。
その上でフラれるのなら納得です。でも自分の在り方がなってなくてフラれると後悔が残りますから、
そこだけは自分に、どの一瞬も正直でいようと思いました。

そのくらい、大切にしたい想いでした。

「ここまでやらなきゃいけないの?」って思われるでしょうか。
そういうわけでもないんです。ただただいつも、今の自分に集中する。今の自分に正直になる。
もう本質これだけだって言っても良いくらいです。
そんな風にしていると、すべてにおいて幸せにしかならない、と思います。

私事の話におつきあいくださりありがとうございました。
パートナーシップだけでなく、すべての事に言えると思います。

今、世界的に、自分に正直に生きるか、生きないかの瀬戸際です。
そのために、どう在るか、どう過ごすかが重要になるそうです。
以前はスピリチュアルという言葉に抵抗があったのですが、もう全体的にそういう要素は薄れ、
心の世界になってきているという実感は、私ですらあります。

そして、その心とか、見えない世界についても、言葉で説明できるようになってきて、
「怪しげなイメージのスピリチュアル」という概念はなくなりつつある。
私は言葉で知りたいし、言葉でそういったやり取りをしたいし、
今それができつつある、とても良い時代になったなと思います。
(今日のお客様ともそういう話を楽しみました)

●インフォメーション

私からのお返事をお待たせしてすみません。
いただくメール、1つ1つ時間をかけようと思う、そんな心のこもったものばかりです。
ただちょっとこの辺も、スムーズにいくように練り直してみます。


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by 4cubes | 2016-07-16 22:32 | 潜在意識 | Comments(4)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ
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