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確信


記憶がまだあるうちに先に昨日の話を。

昨日は学びの場へ。
究極の学びの場へ。
都内のホテルに1泊して(友達が招待してくれた)帰ってきました。

講座を受けに来てくださった皆様。
私が伝えた事、1mmも間違っていない、あれです。

●決める
●行動する
●考える
●修正する
●加速させる

根本はこれだけ、本当にこれだけです。
誰にでもできる。才能とかない。
そこに自分の性質を加えて活かしていけばもっとやりやすいでしょう。

そして、講座というものは、講座そのもの(情報)ではなくて

●その後の気づき

が、得るものの本質です。
講座が自分を幸せにしてくれるわけでも、
講座が直接願いを叶えてくれるわけでもなくて、
講座を受けることで「気づき」が起こり、自動的に前提が変わり、現実が変わる。
だからあくまで、気づきを得るための「手段」なんです。
でもそれを得るために、現実を変えるために、とても有効な手段。

だから、講座を受けた瞬間に「すっごくよかった」と感じたら良い講座で
「なんか違った」と思ったら悪い講座だという事ではなくて、

昨日の学びは、それ自体は「なんか違った」と私は普通に思ったのですが、そこから逆説的に、
「じゃあ私は何が違わないのか」が見えてきて見えてきて、溢れるほど見えてきて、
「よかった!」と思う事の100倍くらいの気づきになりましたので、
結果的に「行って良かった」となるわけです。
もちろん普通に「良かった!!!」と思えばそれもとても良いので、

つまりどう転んでも「良い」しかないんです。
これは「なんか違った」=「悪いこと」と取らないからできるんです。
「なんか違った」=「じゃあそこから何が見える?何が受け取れる?」と考えてみることが大事。

行動する事の何が良いって「気づき」が起こることなんです。
講座そのものが良いか悪いかなんて関係ないんです。
「良いか悪いか人によって違う」という事も言えるけれども、そういう受動的な視点ではなくて、
「講座は知識だからいかようにも活用できる、そこから自分はその知識の何を取るか、どう活かすか、
そこが、人によって違う」なんです。
同じようで全く違うのがわかりますか?
行動することで自動的に「気づき」が起こります。
もちろん何を選ぶかのセンスはあります。(そのセンスすら自分で選べて磨けます)
でも行動することそのものに、間違いはありません。

「気づき」が起こると、それだけであなたの前提が変わっているから私のブログがもっと腑に落ちる。
タイムラインに流れてくる誰かの言葉、新聞に書いてある事、家族やママ友の何気ない一言、
普通のドラマを見ていたって、あ、これ、こういう事?って
深い領域で捉えることができるんです。
あなたの日常の、もうあっちこっちから、あれもこれも、実は大きな大きなヒントだということを
受け取れるようになるんです。これは本当です。何も変わっていないのに世界が変わります。
つまりもう前提が変わっているということなので、すでに講座を受ける前のあなたではなくなっている。
だから受けるだけで、絶対にマインドが変わるんです。(受け取ろうと思えばですが)

講座1回きりにせず、お茶会を設けたのは、気づきがあるとはいえ1人でやっていると、
日常にすぐ埋没してしまうのです。でも来月も会う、という事で、継続しているという前提がある。
そうすると、気づきに意識を向けるようになります。
あーこういう時どうしたら良いのかな、来月聞こう、とか。
あ、こんなこと叶った。来月シェアしよう、とか。
そうやって「気づき」そしてそれを腑に落としていくという事ができるところが重要。

三次元での世界の一番のギフトは「気づき」だと書いてある本がありましたが、
うん、その通りだと思います。

●気づきを継続する

私は次、ここを見ていくつもりです。
やりたい事の形が見えてきました。
集中する仕事とともに、手放す事も見えてきました。

すっごい2日間でした。


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by 4cubes | 2016-08-31 13:47 | 潜在意識 | Comments(0)

1日の気づきれんしゅう 1

ところどころひらがなになるのは、それが漢字よりもしっくりきているからです。
ゆるんでいる状態。
抽象的になるのでゆるんだまま書くという事が普段はあまりないのですが、
昨日から結構緩んだままなので(←ここは緩むが漢字になっているけれど、これも
その瞬間瞬間の自分に合った表現だからになります。)
そのまま書いてみます。

人って、大きく心を動かされるようなことがあると「変わりたい」「なんとかしたい」と思って
それが原動力になるので、何かしらの行動に出るけれども、
(借金とか、どうしてもいやだと思う仕事場とか人間関係とか、子育てがうまくいかないとか)
小さな違和感や、ちょっとくらいに思えること、無視しようと思えばできそうなことについては
(人によりますが、夫婦で意見が合わないとか、家事が面倒だなとか)
しょうがない、でまとめてしまう人が多いです。

え、それ、当たり前でしょう?

と思うでしょうか。
当たり前だったらその「当たり前」を選択しても良いけれども、
誰が何といっても私は家事が嫌なの、と思えば、それを選択しても良いんですね。
で、嫌なことが悪いことではない。だって正直な気持ちだから。
そう、誰が何と言っても

私、実は

植物が育てられないんです。というか、言うのためらいますが育てるのが好きじゃない。
だからいくらやっても、うまく育てられないんです。
無意識で好きじゃない事やっているから。
植物そのものは好きなんです。ほんと好き。
見るのも触るのも、土のついた野菜も好き。
で、好きなら育てるのも当たり前に好きであろう、と思ってたのですよ。以前は。
育てるのが好きじゃなくて、植物好きって言うなよ、ぐらいに。

でも、分解したらわかります。
植物、見るの好き、触るの好き、デザインも好き、虫も大好きですよ。
でもその植物に関わる色んな要素の中で「自分で育てる事」だけが、好きじゃない。

ありえないですか?ありえないですよね。
でも内観しているとそうだった。間違いようがなくそうだった。

がーん。(自分でも結構ショックでした)

やればね、できない事はないし、キュウリもトマトも育てました。
で、育つのもそれなりに楽しいし、得るものもたくさんあり。
でも本当は、隣で育ててくれるのを眺めるのが一番好きだった。

だから、私のまわりは、植物が好きで育てるのが得意な人ばかりなんです。
義父母もそうですし、パートナーも、気の合う友人も。
「見てていいよー」って見せてくれる人がいっぱいいる。
その人たちは好きだから当たり前にやってて、別に私にもやれと言っているわけじゃない。
でも私はそれを「あー植物が好きってこういうことか。私、あかんやん」と思ってた。
頑張って育てようとしていた時、ありました。
本当はそこすら自分に正直になって、手放したって良いのに。

嫌な事をやらないって、こういう事。
実は、ざっくりとした大きなものだけでなくて、
何となく違和感を感じることは、きれいに分解することで
手放したい部分と、そうじゃない部分が見えてくる。

家事が好きじゃないのはなんでだろう、と考えた時に、
まず、家事って、どういう要素で構成されているのだろう?と考えてみる。
洗い物、洗濯、掃除、毎日やる、立ち仕事、地味、終わらない事、
家にいてやる事、自分だけがやる(かもしれない)事、と、細分化していき、

違和感の本質を見つけます。

そこだけを手放せばよいんです。

丁寧に見ていく。どんな自分にも正直になる。
自分の体のどこかに、とげが刺さったように変な違和感があるのを、
我慢できないわけじゃないけれど、気になる。そういうのを探し、見つめ、
丁寧に取り除いてあげる。自分を大事にする。

仕事に違和感があるからといって、急にやめられないし、お給料は必要だし、
だからしょうがないよね、になりやすいところを
仕事の中の、どの部分が嫌なのかな、と、細かく見ていく。
あの人が嫌だー、だとしたら、あの人のどこ?なに?
何が私と違うの?

嫌なところを見るのは、人間は、本能的に嫌なんです、不快だから。
でも、丁寧に分解してみると、自分を大事にしている事なんだなとわかるから。

あ、時間切れ、2に続きます。


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by 4cubes | 2016-08-30 09:04 | 潜在意識 | Comments(0)

覚醒を再現する


かんたんに言うと、叶えたい「想い」は女性性で
それを叶えるための「行動」は男性性です。

「想い・願い」と「行動」は、陰陽のように、太陽と月のように
両方あってバランスを取るもの。
力を入れずに、軽やかに、淡々と。

エネルギーを出し切って、空っぽになってしまっている今日でした。
抽象的な概念が浮かんできます。
講座で「覚醒」の反応が良かった気がしたので、言語化しようと再現していました。
浮かんだのは「1-1=0」
「ある」がきっちり同じ質量分マイナスされて、きれいに消える、という感じ。

なんにもない。静寂だけが「ある」
これも人によって、感じ方やそこに至るまでの道筋は違うのだと思います。

「覚醒」自体は一瞬で起こるのだけれども、イメージとしてはこういう感じです。

その日は、リラックスしてコンサルを受けていました。
緊張する事もなく、ただただ私は素直に話を聞いていました。
初めて会うこの人の、どんな話も丸ごと受け入れようと思ってて。
自分の頭の中は整理されていました。やりたい事、それと、疑問点が明確でした。
それを伝えて、私ができること、できるけれどまだやれていない事、
自分しかできない事と、しなくても良い事、丁寧に、淡々と分解していって、
状況としてはただ話をしていただけですが、私の思考の方は
どこかで「そう、これができていない。」とか
「それがなかなか難しいんだよね。」とか。そういう事を繰り返しています。
でもその繰り返しのふり幅は少しずつ狭くなっていって、
「でもつまりそれか」
「うん、でもね」
「やるだけ」
「そう、なんだけど」
「や・る」
「や・る」
そ…う、やる。
・ ・ ・ 。

真逆であるはずの「やる」「できない」が重なりました。統合されたというべきか。
プラスになったわけじゃなくて、色と色と合わせると透明になった、みたいな。
完全に、意識じゃなく無意識レベルで「できるかできないか」がなくなっていて、
「やりたいかやりたくないか」もなくなっていて、ゼロになって、
問題と思いこんでいたものは、まるで最初からなかったように痕跡すら残さず消えて。

イメージとしてはこれが近いです。
シャボン玉にできた小さな違和感とか問題に思える事の気泡を一つ一つ潰していく。
で、それをやっていたら、全て一瞬で消えてしまった。
まだ自分で潰せていない気泡(問題)も、無音で全て消えてしまったという感じ。





覚醒も、願いを叶えるも、そう、素直になること。
力を抜くこと。目の前の事を全部、すべて受け入れようっておもうこと。
心を開く。緩む。本当にこれだから。
大丈夫、あなたに必要な物しかあなたの目の前にさしだされないから。
何も考えずにぜんぶ、そのまま受け取って、大丈夫。

そう、コツは本当にこれです。

ちょっと怪しげですが、正確に言語化しようと丁寧に書いていたらまた「覚醒」しました。
もう私の世界に「ある」から、たぶんいつでも再現できます。
覚醒しても、思考やらなにやら、行きつ戻りつはするんです。
でも絶対またそこに戻れる。そんな自分への信頼がある。

で、明日はまた学びをインプットしてくる予定です。
明後日まで留守で、それまでお返事できないかもしれませんが、いただいた順番にお返事していきます。
どうぞよろしくお願いします。


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by 4cubes | 2016-08-30 00:32 | 潜在意識 | Comments(0)

一生ものの願いを叶える講座

何の写真も撮らなかった…

参加してくださった方、本当に本当にありがとうございました。
私と関わってくれて心からありがとうございます。
エネルギー出し切って夕飯作れない、買って帰るのもちょっと違う気がする、と
疲れて思考が働かなくなっていたので、考えずにそのまま帰宅したら
息子が「変な時間に食べてきたので夕飯いらない」と。
思考停止していると判断間違わないので面白いです。

で、さっき参加者の方から、1つ叶ったーと素敵なご報告をいただきました!
わーいわーいわーい!受け取り上手!
私ですら驚くほど速すぎる。でもほんとそんな感じなのです。

これだから潜在意識は面白いんです。
時間の概念飛びますもん。
願いは「決めた」瞬間、叶いに向かいます。
今日ご参加くださった方には、今日から来月のお茶会までの間、
無制限メールフォローつきに、さきほど(講座中に)決めました。
私自身がやりたくなっちゃったので、さくっと。
現実化が何か変だったら、どこか違っています。確認作業が必要です。
100万単位の講座やコンサルをされている方でさえ、
自分の先を行く人のところへ定期的に調整しに行くんです。
どうしても自分のフィルターで解釈しますから、どこかで偏る。
どこまで成熟したとしても、やはり調整は必要。

私も、私自身が知ることが好きだし、現実化面白いし、
先へ進みたいし、学ぶことは欠かせないです。
そうして得たものはどんどんシェアしていきます。

幸せな1日、ありがとうございました。
また明日!


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by 4cubes | 2016-08-29 00:55 | 潜在意識 | Comments(0)

断捨離したり緩んだり


おといあわせに「性犯罪を犯さないように子育てするのはどうしたら良いですか?」
と、あ、このタイミングで来ましたね、というのがありました。
もちろん性犯罪に男女差はないのは理解しつつも、息子を育てている身としては、
ここはどうしても考えることあります。
息子を持つ親同士だと、この話になります。
「性犯罪を犯さないように育てるにはどうしたら良いのか」
昨日、我が家で家飲みしたのですが、そこでも話題に上がりました。
(全員、息子を持つ親でした)

これについても私なりの答えを持っていて。
書こうと思ったけれど、やっぱり側面が多すぎてニュートラルに言語化できないので、
今のところ文字ではうまく伝えらそうになく。(書いては消しを2時間くらい繰り返しました)
会った時にでも聞いてください。(横着すみません)

で、ここからは別の話を少しだけ書きますが、犯罪関係について、
起こった事についていくら「あの時どういう気持ちだったか」なんて
聞いても仕方ない。調書を取ったり、事実を明らかにしようとするうえで必要なのだとしても
本人の主観でしか答えられないものを、正確な「事実」にすること自体に無理がある。
また、犯罪の瞬間って理性がきかない本能が作動している状態なのだから、
思考で再現させること自体が無理ですよね。(詐欺なんかはまた別の話ですが)
捕まる前と捕まってからとじゃ、前提も違うし。

だから、起こってから得られるものや、わかることはわずかで。
起こる時は起こるもので。
事象は、前提が現実化しているただの「結果」なのだから、
結果が出てしまってから言っても仕方なくて、
で「起こさないために」ではなく、どういう状態でいれば、結果として起こらないのか、
まさにその「前提」心の在り方が大事になってくるわけです。

「起こさないために」と考えがちですけれども、いくら考えても起こるもんは起こります。
二度と起こさないように教訓にする事は大事なのですが、結果から思考でひねり出したルールばかりが増えて、
心はどんどん窮屈になっていって、結果的に犯罪は減っていかないわけです。
事象をコントロールするのではなくて、その在り方にフォーカスしなくてはいけないと思います。

抽象的ですみません。
書けるところから書いていきます。

---------------------------------

「一生ものの願いを叶える講座」明日です。わーいわーい。
講座の内容組み立てるとか、時間配分とか一切考えていません。
緩んでいます。
断捨離しています。(さっきFacebook のアカウント1つ消滅させました)
自分を空っぽにしていきます。
甘やかしサンダルワンピース着ていきます。

皆さんも緩んできてくださいね!
(緊張している時は思考優位なので)
楽しみにしています。


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by 4cubes | 2016-08-27 19:28 | 潜在意識 | Comments(6)

お金の豊かさの仕組み

●お金を使う事に罪悪感がある。
●「使う」ことがどう豊かさに繋がるのかわかりません。

というお問い合わせをいただいたので、ちょっと図にしました。



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Aさんは自転車屋で1万円で、欲しかった自転車を買います。
Aさんは嬉しい。

自転車を売って1万円を得たBさんは、楽器屋さんで
欲しかったギターを買います。Bさんは嬉しい。

Cさんはギターを売った1万円で、行きたかった旅行に行きます。
Cさんは嬉しい。

お金は、図で見ると移動しただけなんです。
お金自体は増えていません。

でも豊かさを得た人は3人います。
1万円が移動しなければそのままだったけれど、
1万円が移動すると、3人分の豊かさ(ワクワク)が生まれました。
なんと3倍!錬金術みたいです。
(金(きん)を生むわけじゃないから正確には錬金術じゃないけど、魔法のようなという意味では近い)

だからお金は「減らない」し、誰のものでもないのです。
みんなのお財布を通りながら、川のように流れているものなのです。

でも流れれば豊かさが生まれていく。
お金を使う事で生まれる豊かさはこういうことだし、
自分がお金を使うと「減る」のではなくて(物理的には減りますけれども)
お金を流す、循環させることで、他の誰かのワクワクを生んでいることに繋がります。

そしてその流れの先に、誰かが、あなたのご主人の会社の製品を買ってくれたりして、
そういうのがご主人のお給料に反映されて、家族の生活が豊かになっていくわけです。
自分に返ってくる。

そして、それは、お金をまず出さない事には、生まれない豊かさなんですね。
みんながお金を使わないでいたら、お金は全く移動しないので、
移動するだけで何倍にもなっていくはずの豊かさが、全く生まれなくなります。

それはわかるけど、お金使ったら、自分に必要なものが買えなくなって生活どうするの?
とまぁ個人レベルでは考えるわけです普通は。
そうですね。でもやっぱり、みんながそれを考えたら、お金は流れていかないし、
お金が流れない事で豊かさは生まれないし、ましてや自分のところまで返ってきてくれません。
(入ってこない)

だから、まず、出そうよ、という話なのです。
自分がお金を使う事で、まずお金が流れます。
誰かのために流すのではなく、いつか返ってくるという打算で流すのではなく、
まず自分が楽しい事に使ってお金を流したら、豊かに返ってくるよっていう話。

私は、お金の話をするのが恥ずかしいとか、はしたないという感覚はもうなく、
今は普通に話せますが、やはり昔は「お金の話」はタブーだと親にも言われてきたし、
話しにくいし、お金より心の豊かさとか言ってたし、お金が好きだって言えませんでした。

でも仕組みがわかれば、お金は現実的に豊かさを生んでいることが見えて、しかも!
自分がお金を楽しんで使う事で、他の人も豊かになっていっている。
こんな豊かな錬金術、ある?って楽しくなりました。
お金の悪いイメージは払拭されると思います。

お金を使うだけで社会貢献です。
人を幸せにしている。だから罪悪感なんて考える必要がない。
そして「使う」豊かさは言わずもがな、だと思います。


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by 4cubes | 2016-08-27 01:06 | 潜在意識 | Comments(0)

数秘の勉強会

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数字をもっと深めるための勉強会。
なんと今回は吉祥寺。
やったぁ、めちゃ近い。自転車で行きましたー。
講師に来てくれた先生、コーディネイトの数秘仲間に感謝です!

4時間強、みっちり。でも好きな事をしている時間はあっという間で、
数字を通して色んな人の生き方にリアルに触れるのが楽しくて仕方なくて。
そこから数字の性質が、生き物のように有機的にイメージできるようになる。
私にはない感覚は、誰かが言葉にしてくれて、それを受け取る。

かんたんに言葉にできない、でも私たちは言葉を使っているから、
できるだけ丁寧に言葉にする。
微細なところまで、できるだけ正確に。
それが好きです。
「だいたい」にしない。
ニュアンスまで丁寧に、でも、ただ言葉の数を知って使い分けができれば良いのでもなくて、
自分の中でぴったり、しっくりくるまで、言葉を探す。選ぶ。

私は、会うとその人が好きになる。
人間的なところを「ある」と認識したら、好きにならずにはいられなくなる。
できるところもできないところも、胸がきゅんとする事も、耳が痛いようなところも
エゴも欲も、色んなところがそれぞれいろんな解釈でもってあるけれども、
まるっと全部、好き。それが人間。「人間的」という美しさだと思う。

LP4の、世界の切り取り方です。
LP4って自分を嫌いにならない(他の数字との兼ね合いにもよりますが)らしい。
うん、私もそうなのですが自分が当たり前なので、皆同じだと思っていました。
でもね、自分を嫌いという人も、嫌いというよりは「嫌いと思いやすい心の癖」があるだけで、
「自分への愛・自分が好き」があるゆえ、在り方の理想が高くなり、
時にそこに満たない気がして「嫌い」という想いになるという事なのだと思います。
だから本質的にはみんな自分の事が好きには違いないのだけれども。
で、その上で、嫌いでも良いんです。
好きでも良いし。
どっちでも良い。(本質的に同じだから考えるだけ損だし)
どっちでも良くなれば、そこから自由になれます。

要は、みんな同じなんです。
自分の事を好きな人がいて、自分の事を嫌いな人がいて、
走るのが早い人、IQ高い人、伝えるのが上手な人、大人、子ども、現実的な人
スピリチュアルな感性の人、怒っている人、笑っている人、泣いている人、
美しい人、太っている人、病気を持つ人、職を転々とする人、人と話すのが好きな人
人気者の人、ミスが多い人、お金持っている人、うわさ話が好きな人、一匹狼、
リーダー、優しい人、空気読めない人、専業主婦、ネガティブ思考・・・・・

これは全て、全部全部、本来はただの特徴。
そこに、自分の判断基準で「良い・悪い」をつけてしまうのが人間。
良い悪いをつけると、人との違いや、基準との差異を考えてしまうようになる。
足りないと自分に劣等感を感じ、そんな自分にもジャッジするようになる。
もしそんな良し悪しをなーんもつけなかったら、すべてが等しく「どちらも良い」だから
「良い」前提。で、現実が良い事ばかり!とてもシンプルな話です。

私が「人間が好き」というのはこの感覚です。
その人が優しいから好き、とか、意地悪だから嫌い、というのがあまりない。
(昔は思いっきりありましたよー!6年くらい前までは、めちゃ好き嫌い激しかったです。
だから、現実も嫌な気分になる人、自分が嫌な思いをする事、たくさんありました)
「意地悪に見えるけれど、今はこの側面が見えているけれど、人間そもそも色んな面があるから
優しいところもお茶目なところもあるんだろうなぁ」と、見えていない部分を
こちらの想像力で勝手に埋めて、色んな表情を持つ豊かな人物にしてしまう。
それが事実か事実でないかはともかく、そう考えることが好き。

息子のこともD7でよく観察しています。
でも息子もLP7だから私の事をよく観察しています。
家の中でそれぞれ自由に過ごしながら、何か考えている2人です。


●現在募集中【一生ものの願いの叶え方】講座
 8月28日・9月18日の2日間セット
 こちら (残席1)


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by 4cubes | 2016-08-26 00:43 | 数秘 | Comments(0)

ミラクル

一生ものの願い事を叶える講座、残席1となりました。

ありがとうございます!!!

最初、こういう講座をやりたいと思って会議室を予約します。
会議室の定員13名。だから私を除いた12名様の講座にする。
でも1人も申し込みがないかもしれない。
そうすると、会議室はキャンセルしますが、当然キャンセル料が発生します。
だからといって、申し込みをかけてから判断することもできません。

で、キャンセル料くらい払おうじゃないか、講座ができたら嬉しいんだもん。という気持ちでGO。
最初は開催最少人数を設けましたが、お1人申し込みがあった時点でもう感激して、
少ないからって断れるわけない、人数関係なく開催だ、広い会議室でマンツーマンでもいいし!と改め、
結果、現在11名様にお申込みいただいています。

「講座をするんだ」と決めて、そのために行動する、考える。
願いを叶えるのはこの2つが最重要。そして順番は

 1 決める
 2 行動する
 3 考える

です。みんななんでもまず1番を「考える」にするから進まないのです。
だって、考えてもどうなるかなんてわからないのに、できるだけリスクを減らしたいとか、
失敗したくないとか、不安を解消してから進みたいと思ってしまうのですね。
だから私も「会議室埋まらなかったら~」「申し込み人数どれくらいかな~予想もつかない~」とか
とりあえずよぎりました。それは皆同じ。でもそこに留まる時間は最小限にして、
「やる」とまず決める、とにかくそこは決める。で、決めたら撤回しない。戻りません。
そうしたら自ずとやるべきことの順番が見えてくるわけです。
あとはやるだけ。やりながら考え、進み、その先に次の一手が見えてきます。
その繰り返しで、物事が現実化していくのです。

さて私、講座ができるとわかってから、講座の事ばかり考えています。
だからといって予習とか復習とか、そういう事をしているわけではなく。
正確に言うと「願い事を叶える」という事についてフォーカスしている。
つまり無意識に願い事を叶える行動ばかりしている。

だから

妙に願いが叶いまくっています。
(当たり前なのですが、考えてなかった)

急に決まった日帰り旅行、この夏休みに、直前で、食事も温泉も列車も望み以上の予約が取れ、
行きたい日が雨だったのですが、雨マークがはずれ、
したい仕事が形になっていき、つなぎを取りたい人とスムーズに繋がり、
出会いは、次に自分のやりたい事のヒントをくれるような人であったりして、
そんな事ばかり起こります。つまり、生活全体「願いが叶う前提」になっている。
だからといって、悲しい事が起こらないわけでも、怒ることがないわけでもない。
ただ、悲しいことも怒ることも、自分が潜在的に必然としてそれを願っているから現実化するけれど、
そういう事が起こっても、絶対大丈夫な自分がいるだけ。
それも味わい深いと受け取れる自分がいて、とても幸せであるというだけ。
そんな風に生きていると、結果的に、わーい!と思う事が遥かに多くなるし、
生きてて良かったなぁと思うのです。
(私の「生きてて良かった」は現実の世界がうまくいってこそ感じます。)
で、これは、私だけの話ではないんです。

脱線しますが、私だけに当てはまる話は、数字の特徴とかそういう事は別ですがこのブログでは書きません。
皆が同じ世界を共有できる(少なくともその可能性が充分ある)と思える話しか書いていません。
自分の事を書くブログではないからです。
(伝えたい事がある場合に、例えとか、わかりやすくする手立てとして自分の事を書くことはあります)
願いを叶えることが公平にできると思っているから書いています。

そうそう、昔、良い事が起こっても悪いことが起こっても「幸せ」だと感じるとしたら
何でも「幸せ」と思えるんだから、良いことばかりが起きる必然性はなくて、
悪いこともこれまで通り起こるんじゃないのか?で「それも幸せ」になってしまうのではないのか?
それって自分が単に精神的に「何でも幸せに感じられるように」変わっただけなんじゃないのか?
という質問をしたことがあるのですが。
例えば愛する人をなくしてしまい、でもそれでも「幸せ」と感じたとしても、それがそのまま前提になるのではなくて
前提となる「幸せ」は、その人がもともと持っている幸せのイメージなのです。
現実化はそれがベースとなるので、なってほしくない現実にはそうそうつながらないのです。

そもそもそんな疑問持つ人いないと思うけど、思い出したので書いておきますね。

セッションでは殆どが「はじめまして」になりますが、
だれと会うにしても怖いなんて微塵も思わない。
ただただ、会ってくれてありがとうと思うし、
どんなドラマを持つ人なんだろうという楽しみで一杯になります。
それを教えてくれてありがとうと思う。

三次元の世界が本当に好きだなぁ。
高次元とか、そういう話は色んな本で出て来るけれども、そっちは私はあまり興味ないのです。

「サラとソロモン」だと思う、そこに出てくる言葉、ちょっと違うかもしれないけれども
「すべてはうまくいっている。今がどんなふうに見えていても」
というようなニュアンスの、ソロモンが言った言葉があるのですが

私は本当にこの言葉が大好きで。
この言葉が響いたその日から今日まで、色んな風景を見てきたけれども、
喜びも悲しみも、時に不安とか、困ったように思える事も見て(体感して)きたけれども、

間違いなく、すべてうまくいっていました。
うまくいっていないと思ったそれは、ただの過程でした。
「今がどんなふうに見えていても」そう、今見ているものは、ただそう「見えているだけ」なのだから。
ほんとに「今がどんなふうに見えていても」なのです。

あ、そういえば、polka drops で「サラ」という名前のシャツアイテムがありますね。

現在、セッションはお値段改定期間で、お休み中というか、思案中です。
秋からは数秘の講座もやりたい。「あなたの人生を紡ぐ数秘」(仮)
自分で豊かに数字の世界を読む。物語のようにリアルなあなたの生きる道を読んでいく。
そんな講座をやってみたいです。

あと、願いを叶える講座を別の場所でも開催してみたいと思っています。
8月は何だか、今までで一番忙しいけれども、とても楽しいです。
いつも本当にありがとうございます。


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by 4cubes | 2016-08-23 20:34 | 潜在意識 | Comments(4)

映画のように

台風でしたが、セッションでした。
私の方が、延期が頭をかすめましたが、お客様の方はとても軽やかに
会いに来てくださいました。
(数字を見ても納得でした)

いつもいつもいつも思うのですが、数字を通してその方の世界観が
リアルなストーリーとなって、目の前に広がっていくのを見るのが好きで、
例えるなら、映画を観ているような感じなんです。
最初の頃はそこまで感じられる余裕はなかったのかもしれませんが、
最近は、まず、数字を出してパーソナルシートを作った時に見えるものは
映画の予告編のような感じ。断片的なものも捉えながら、全体的なストーリーも把握できる。
イメージは充分できるけれど、実際にお会いすることで、点として残っていた部分も、
あいまいな部分も、全部が一気に繋がるような感じ。

で、そこに必ず心が震えるものがある。
矛盾すらも愛おしいと思う。
映画は、色んな映画があるけれど、それぞれの彩りがあるだけで良い悪いはない。
在り方は全てフェアで、人間的で、どの世界観も同じように好き。
そしてそれを深く深く知りたくなる。(D7)
映画に没頭するように、その時間、その人の世界に没頭する。

ただそれが見たくて数秘をやっているのかも。
数字から見えるその人の世界が本当に好きだ。
今日も話していましたが、顔と名前を覚えるのは大の苦手ですが、
数字を見ればたいてい誰か思い出します。
映画のタイトルを思い出せないけれど、ストーリーや世界観は思い出せるのと同じ。
もう記憶にあるとかないとかじゃなくて、体感して体が覚えてる、みたいな感じですね。

天職だったら幸せだなこれは。

息子が今日、朝から台風の中、バドミントンしに体育館へ。
部活引退し、受験生ですが、とても自由です。
私も手放しちゃったし何も言わない、のですが、
たまに「勉強していないし心配!!!」って、なります。
そういう時は「おかーさん、やっぱり時々心配になるわー!学力がすべてじゃないし
学力と人生は基本関係ないよ。でも自分のしたい事する時に学力があると具現化のアイデアも広がるし、
人に何か頼むのにも説得力になるし。そのために嫌なことするっていうのもなんか違うけど、
お母さんは勉強楽しかったから、ついつい、やったら良い事あるのにもったいないわーって考えてしまうねん。
で、勝手に心配になってるねん~」
と本音を言います。だってそうだと思うもの。
でも「だから勉強しろ」とも「した方が良い」とも言わない。それは相手をコントロール。

息子は「うん」って言うだけ。「お母さんは心配なんだね。それはわかった。」という意味ですね。
その上で「自分の事だから自分で考えるよ」という事を含めた「うん」です。
でも彼は「自分にはわからないけれども、勉強が楽しいという世界が少なくとも「ある」んだな」
という事だけは知ることになります。
それが本当の意味で可能性を増やすことになるんだと思うのです。
「ない」世界は存在すらしないのだから。
少なくとも学ぶことが楽しいという世界が「あるらしい」でもいいから、知ってたら可能性は広がる。
もう物心ついた頃から「自分は自分、人は人」という彼なので、そもそも私の話に影響されるとは思えない。
とにかく流されない人です。そして世界観S22。私の脳みそでは想像できない何かで生きています。
親ができることは、色んな世界が「ある」を伝える事だけ。
あとは彼が何を取りに行くのか、それは彼にしかわかりませんが、楽しみです。

そういえば私も「高校に行かない」と親に言ったんだった。絵を描くって。
子どもに何をしろ、何はするなと基本言わない私の親が「高校だけは出とき」と言うので、
それだけは聞いておこうと思い、とくに行きたい高校もないので一番近くで無理なく入れる公立高校へ。
適当だったけれど、それでも今、ちゃんと私はここにいる。

お小遣いについて。
月額2000円まず渡し、足りない分はその都度補充です。
実際足りませんし、映画やなんやかんやで、夏休みは+1万円くらいは出ていると思います。
で、お金については「ある時は渡す、ない時は渡さない」です。
「大事に使ってほしい」というような「親の願い」はあまり意味がないし
(どう大事に使うかなんて本人にしかわかりませんしね)
必要なものはしっかり出す。渡す時は気持ち良く。彼が得られる豊かさが必ずあるから。
家計的に厳しいなら「(物理的に)ないです」(罪悪感もなし)以上。

ほしいと言われたら無理のない範疇で特に制限せずにあげています。
制限すると「買える範囲で折り合いをつけて買う」とか「損得考えて買う」と、ワクワクした感情はなくなり
「得られる豊かさも少ない」のだから「安物買いの銭失い」を教えていることになります。
値段の高い安いではなくて「誰が何といっても欲しいと思うものに」お金を使ってねと言うだけです。
で、物理的に出せないものは出しませんし、買えないものは諦める。以上です。

お金の渡し方を変えたので、彼は今の方が物理的にはお金を多く使っているけれど、金銭感覚は変わっていません。
「これでやりくりしてね」って決まったお小遣いをあげても「もらえて当然のお金」で感謝になりにくいけれども
同じお金でも、彼の「欲しい」を叶えると「ありがとう」が自然に出てきます。
「友達と映画行きたい」を全力で叶え、受け取りに行ける。
「あるお金をどう使うか考えてやりくりする」のも勉強だと前は思っていましたが、
例えばやりくりして映画に行くと、何かと映画を比べて映画の方が楽しめるから、とか、比較で得るものになるのですよね。
「本当にこれがいいから!」じゃなく、損得勘定になる。
(お金は制限があり減っていくもので、これに使ったらこれには使えないと学ぶ。感覚ではなく思考優位ですね。)
そもそも「お金を使ってやりくりという楽しくない勉強」するのがお金のイメージを悪くしている気もします。
で、その「お金の勉強」ですが、なんだか性質を色々と見ていると、いくら勉強しても
お金の使い方って、本質的に外側から変えられないというか、変えようとしても無理があるというか。
個々の性質に合った形にするのが一番なんだなと思います。大人も子どもも。

使う楽しさを知ると、稼ぐ楽しさも知ることになると思うし、
貯める楽しさがある人は、貯めるアイデアがたくさん出てくると思うし、
少なくとも「お金の価値を知らない子どもを甘やかしたら、我慢できない大人になる」なんていうのは
まーーーったく、根拠がないなと思います。
それを根拠に子どもにあげるお金を制限するのが、お金が出ていくのが嫌だという大人にとっては
ある意味、楽ですけれどもね。

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by 4cubes | 2016-08-22 20:19 | 数秘 | Comments(4)

みずがめ座満月

本日、18時28分、みずがめ座満月です。しかも半影月食。
満月の影響で、今日は朝からやや感情にフォーカスしています。
満月だとイライラする人も増えるそうで、私もいつもよりは微細にそんな感じ。
ただ、感情が思考から生まれているとはっきりわかったので、そこに乗っからずに
ほほーこういうことか、と、それこそ「味わいながら」過ごしています。

感情的な時は「私、感情的になっているんだな」と、客観視すると良いですね。
もしくは「この感情は、どういう事を表しているんだろう」と考えてみる。
(もちろん答えは出さなくて良いんです。)

みずがめ座満月。トコトン「手放し」そして
「自分がどんな風に生きるのか」をがっつり、決めるタイミングです。
常識やまわりや、どんな事情もそれはそれとして横にまずおいて、
「自分はどう生きたいかを決める」タイミング、だと言われています。

「自由に生きたいな」「こんなことやりたいんだけど」と、いったん思ったら、
ずっとどこかで気になってたりしませんか?いつもじゃなくても、時々思い出したり、
現実の事情などで打ち消そうとしてしまうかもしれないけれど、
でも結局、純粋な願いや望みは、消えてなくならないもの。
なかったことにできない、そんな想い、みんなあると思います。

大人になってから勇気を出してやりたいことは、実は子どものころからやりたいと
ずっと思っていた事であったりして。一度湧いたら、願いって、なくならないんですよね。
私はわりと「叶えたい」想いが強く、「なんでかわかんないけど絶対!」と鼻息荒くして、
その都度叶えてきた方だと思うのですが、その代わり、色々と手放しました。

人から好かれようと思う事。
必要なお金(手放したというか、ため込まずに使ってきた)
その時叶えたい願い以外の願い。
その願いに必要でないもの
安全や安心、逃げ道

そして、自分のやる事、やりたい事に、自分で責任を取る。
自分自身の矢面に、自分で立つ。(立てるかどうかもわからないのに、立つと決める)
で、これは「手放さないと願いが叶わない」というのとは違うんです。
「手放す覚悟をする(肚で決める)ことで願いが叶う」なのです。
実際は「安心や安全」を手放してわざわざ危険なところへ行った、とかそういう事ではなくて、
そういう「覚悟をして」願いを取りにいく事で、願いが叶う、という事です。

【一生ものの願いの叶え方講座】は、そんなサバイバルな方法をお伝えするものではありません。
もっと軽やかで、実践できることのみで、お伝えします。

それくらい、私は願いを叶える、に対しての想いが強かったのだなと思います。
だから「離婚する~」って言ってて行動に移さない人を、私のフィルターでは信じられなかったのですが、
今ならわかります。その人の願いは「離婚する事」じゃなくて「離婚するって言いたい事」だったんだと。
誰かに聞いてほしかったんだ、と。

とにかく、穏やかに、自分はどう生きていきたいのか、自分に聞いて、決めて
不要なものはどんどん手放す、満月の今晩は「手放す」と決める。
楽しそうだと思ったらやってみるのも良いと思います。
明日からもう変わっていくそうです。


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by 4cubes | 2016-08-18 12:32 | 潜在意識 | Comments(0)

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by のりこ
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