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言葉と現実化

「言霊」(ことだま)という言葉がありますが、言葉は本当に現実化しているという事が、ここのところの学びで腑に落ちてきまして。
そりゃ、きれいな言葉を使った方が気分も良いし…とは誰もが思いますが、「どうしてそうなのか」「なぜなのか」というところをとことん知りたくて、ちょっと色々と学び中です。

言葉には想いが入っています。
「ありがとう」という言葉はエネルギーが良い、などとも言われますが、そういう事は知っておくと良いですし「じゃあ使ってみよう」と気分よく使って、上手に自分のものにして開運していくという事もできます。
良い言葉を与えた食物はおいしくなるとか、クラシックをワインや野菜に聞かせるとか、そうすると腐りにくいとか、そういう話も近頃は聞くようになりました。
ただ私は「ありがとうって言ってたら何だか運が良くなった」というだけでは満足できない性格。
エネルギーが~という説明だけでも、スッキリしない。
もう少し理屈で知りたくなります。で、学び、自分なりに考察。

「なぜ」言葉は現実化するのか。人が1人1人持っている前提が現実化しますが、その現実化の仕組みには「言葉」も含まれます。
前提に合わせた言葉を使っているんです。無意識に口を突いて出てくる言葉からは、その前提が見えてきます。
アファメーションという言葉がありますが(自分自身に対する宣言のことであり、良い言葉を唱えることで良い現実を引き寄せるもの)このアファメーションは、たいてい意識して(こういう現実になりたいという想いがあって)唱える事が多いのですが、我々は普段から無意識にアファメーションしています。

例えば誰かに向かってカッとなり「死んでしまえ!」と言ったとします。
それは他人に言っているようで、投影ですから実は自分に言っているんです。
無意識ですから感情がこもっています。
肚から出てきたそれは、強い現実化に繋がります。
そういうのも意識しているしていないにかかわらずアファメーションであり、宣言しているわけです。

願い事のアファメーションは打算が入っていたりするので、感情をこめて(叶ったように)唱えても、最初はなかなかうまくいかなかったり、どこかで「そうはいってもそんなに簡単に叶わないだろう」など疑いがあったりして、現実化しにくい場合も多いかなと思いますが、無意識に放った言葉は、意図していないからこそ(肚と完全に一致しているので)強烈なアファメーションとなるのです。
自分ではそんなこと願っていないつもりでも、無意識に言葉と一緒に放っている。現実化しやすいのです。

という事が、実は起こっています。
だから、言葉には気をつけた方が良いんです。
ポジティブな言葉で願いを引き寄せようとするよりも、実は、使わない方が良い言葉を使わないようにする方が先かもしれません。
良い言葉を使いましょう、ネガティブな言葉は避けましょうというのは、気分や精神論の話ではないのです。

例えば「私なんて死んでしまえばいい」とか「どうせ私なんて」というのはもちろん
「できません」「無理」←これが口ぐせの人は成功しないと、ホリエモンも仰っていました。
できない気がすると思うから「できません」と言っただけのように思うかもしれないけれど、実はそれは「できないと決めました」という意味になります。
アファメーションというのは「そうなります」と宣言していることになるので、その方向に現実が動くのです。
無意識の方が潜在意識の宣言ですから、現実化の可能性はかなり高い。
あとは普段から使っていそうな、意味のない「ごめん」「難しい」そして「とりあえず」
もちろん私も、絶対に使っていないという事ではないのですが、そういう言葉は少ない方が良いです。

「とりあえず」というのも、人生が良い方にいかない言葉です。
決心を後回しにしているんです。やってみてから考えます的な。逃げ道を感じる言葉です。やる気あるの?みたいな。
肚から決めないと、人生は変わらないし、良い方向に行きません。
「とりあえず」が口ぐせの人は、ずっと「とりあえず」な人生が続きます。
この話は先日行った講座でも出ていて「とりあえず」は「まずは」に置き換えるようにしましょう、と聞きました。
「まずは」と言うと、次がある、次に進む、という前提になりますから現実は変化していく。なるほどです。
「お金がない」も同じなのです。
「やっても無駄」「あの子には勝てない」自分で自分の制限を決めて、宣言している言葉。
そこで終了してしまう言葉です。
「これでいいや」は私の人生はこの程度なのでこれで妥協します、という意味だし、
「もうこの年齢だし」は私は年齢のせいにして、チャレンジをやめました、という意味になるのです。

「やってみないとわからないじゃん」と言って励ますあの言葉は、単なる元気づけや気休めなどではないんです。
成し得る可能性を現実に作っている言葉なのです。
ま、心がこもっていなければ意味がないのですが。

無意識に放つ言葉に力があるという事ですから、それがポジティブであればあるほど、良い事が現実化していく、というのはわかるかと思います。
ネガティブであればあるほど、ネガティブが現実化していきます。
まわりを見てみると、多くの方が、ネガティブの言葉をより自然に放っているんですよね。
現実化しそうな言葉が本当に放たれている。
「嫌なニュースが多い」「お金ばっかりかかる」「最悪!」「むかつく」「仕事がない」
「言う事聞いてくれない」「別れたいけどお金がねー」「何かあった時のために」……

これを何とかしていきたいところです。
最初はうっかり「お金ばっかりかかる」と言ってしまいますが、その後にすぐ「…ような気がするけど」とつなげる。「嫌なニュースが多い…気がするけど」「最悪…とか思っちゃいそうなんだけど」「仕事がない…ように見えるけれど」と、言葉の使い方を変えてみる。少しずつ良い言葉にしていくと良いと思います。
Amazonの辛口レビューも、自分に返ってきます。
(辛口を書くなという意味ではないのですが。説明すると長く複雑になるのでここでは省きます)
とにかく、外に放ったものは、全部自分に返ってきていると思っておけば間違っていないです。

ところで日本には「謙遜」という言葉がありますが、この謙遜は必要なくて、謙虚を意識すると良いと思います。
謙遜が美しいという背景があるから、自分を低くする、自分にネガティブな言葉を言う(「そんなことないですー」とか)わけですが、自分を下げることなく美しい言葉が使えると良い気がします。

●謙虚→ひかえめでつつましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま。
●謙遜→自分の能力・価値などを低く評価すること。控え目に振る舞うこと。

呪術なども、言葉や文字を使いますよね。
霊感がない私ですが、お経で結界が張られるのは感じたことがありますが、あれも言葉の力。

無意識に放った言葉は潜在意識がセットなのだから、それがそのまま現実化すると考えると、自分が叶えたい事も無意識に言葉に出るくらいの前提にしてしまえば良いわけです。それが難しいと考える方は多いかもしれませんが、願望を叶える事そのものではなく「難しい」と考えることが、現実化を難しくしているのです。


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by 4cubes | 2016-10-31 21:36 | 潜在意識 | Comments(7)

週末と新月



昨日は面白い会に参加してきました。絶対に信頼できると思える人から100%夢が叶うというやり方教えてもらったので、やってみよーっと。
ちょうど新月と絡めて実験できそうで楽しみです!
今日(夜中2時半頃)はさそり座新月。そして月曜日(月(つき)と月曜日は親和性がある)なので、新月のお願いにピッタリの日なんだそうです。

新月のお願いって、そんなに毎回やってて意味あるの?とか、考えてはいけません。
意味があるのかないのか、現実がうまくいっていない人の脳でいくら考えても、正解は出ません。毎回やる事に意味があるのかないのかなんて実際わからないし、実はそこはどっちでも同じなんです。ただ「疑問を持たずにやるから」叶うんです。
だって「疑う」ということは前提が「信じていない」ですから、現実化するのは…

今日は、ちょっとした音楽関係のライブに。
私は、音楽はそれほど聴かないのですが、自分のペースで聴く分には好きなのです。
ただライブだと「じゃあここでこんな風に言ってください」とか、心を一つにするために皆で同じ動きをしたり一緒に歌ったり、という事がかるーく入ってくるときがあって、そういう時に、さーっと冷めちゃうんですね。誰のライブであるかとかはあまり関係なく、自分のペースで聴けなくなるのと、私は乗ってくると集中するというかエネルギーが内側へ行く方なので、何かをしなくてはいけない雰囲気によって気が散る事で楽しめなくなってしまう。
エネルギーが外側へ開いていくタイプの方に合うパフォーマンスなのかな、と思うのだけど。

で、私の行動を表す数字はD7なので確かに内側へ向くのですが、本来無意識の行動なのですから、D7だったら「さぁみんなで一緒に!」と声がかかっても、空気読まずに一人で自由に好きにしているはずなのです。
ところが私は、ない概念のLL7もある。
D7(ある)なのにLL7(ない)という矛盾が起こっている。
つまり何も感じなくて良いはずなのに、そういうのやりたくない~、と強く感じてしまう。そこに気づいてしまいます。
合わせなきゃいけない気がするのですが、嫌だ、そんなことしてる自分て何?!と自分にダメ出しが入ったりします。
突き詰めると罪悪感。
人に合わせられない自分への罪悪感なのです。
(葛藤がなければ、合わせない事に疑問すら持たないから)
この事で、LLがより深く見えてきたのですが、私はLLがあって良かった。LLの概念が自分にある方が、より数秘を伝えられるから。
でもD7は「ある」のだから、人生の方向性はそっち(より1人に、より内側へ、より本質的)になるには変わらないのだから、罪悪感なくとことんやればいいんじゃない?と、導き出すことができるわけです。
「人と一緒だと合わせなくてはいけない」をまだ持ってるんだなー私。
右手の湿疹が治らないのもこれ、罪悪感ですね。

なかなか面白い、気づきの多い週末でした。
おもしろい事に、土曜日も多くの人と一緒にいたのですが、数秘の話をしたのもあって神領域のGN3が発動して、エネルギーは外へ外へ。めっちゃ喋りました。
(西洋占星術20年のベテランの方に、数秘のクオリティの高さと伝え方、褒められました!)
今日は同じように、はじめましてのメンバーばかりの中、D7で内側へ内側へ。後半ほぼ話さず。キャラが真逆です。
イベント内容が違うから、などではなく、自分がどういう価値観を持つかによって、そのように行動に出るというだけの話なのです。


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by 4cubes | 2016-10-31 00:14 | 潜在意識 | Comments(8)

泣かないわけじゃない

自分を生きることができてくるようになると、もちろん毎日幸せなのですが、だからといって悲しいと思う事がないわけじゃないです。
泣くようなこともある。そういう事がゼロになるわけではないんです。
それこそ近しい誰かを失う事なんて、誰にとっても避けられないし。

悲しい事が起こらなくなるのではなくて、悲しい事すら幸せだと思うだけです。
悲しい事が幸せだなんて少し前まではちっともわからなかった感覚で、なにそのきれいごとな感じ!と普通に思っていました。

でも実は本当でした。
息子と話していて泣くこともある。辛いニュースもある。でもそういう時、ただ涙が流れていて「あぁ、私泣いているなぁ」と思っている、もう一人の自分がいます。
冷静になっているというわけじゃなくて、自分の人生のどの場面も、同じように「自分を生きている」と思えるだけ。
悲しい事が悪いこと、というジャッジがなくなったので、悲しい事も嬉しい事も、来たものをそのまま感じる、味わえるようになった、というのが正解です。
だから悲しい事があっても、悲しいを感じてはいるけれども落ち込むことはない。
涙が止まったら、それで終わり。
「悲しいボックス」にでも入って、堪能して、出口から出てきたみたいな感覚。
で、自動的にこんな風に、後々何も残らず穏やかに泣けることに感動して、幸せだなぁと自然に思います。
泣いているのに「あぁ大丈夫だ」って絶対的な安心感があるのです。

とにかく最初はどうしたかと言うと、涙が出てくるときは場所や状況を選ばず泣きました。
何でこうなったんだろうとか、原因を探ることを一切せず。ただ泣くだけ。
悲しいなーって「感じる」という事になるのだと思うけれど、ここをしっかりやらないから残るんです。
ただ涙が流れるのを、観察するだけ。
泣くのに理由なんてないんです。
ただ涙が流れてきただけ。悲しみを感じる時間であるだけ。
ごはんの時間、お風呂の時間、お出かけして楽しい時間、と同じようなもの。
そこでもただ泣くこと、自分に集中するんです。

人によってこういう事に要する時間はそれぞれで、私はとても短いけれど、長い人もそこはしっかり泣いてみる。
他の事を手放して泣いても大丈夫なんです。
なぜかというと、真の意味で泣くよりも優先すべきことがある時は、泣かないから。
泣いている暇もないから。
だから泣いている時点で「時間がある」ということ。心に、泣く余裕があるという事。

よく、悩むのは時間があるからだ、と言います。
今、貯金が0円でお財布の中も0円だったら「どうしよっかなー」なんて悩まない、すぐに履歴書持って走ると思う。
この「切羽詰まった」の感じるポイントなんかは人それぞれだけど、悩んだり泣いたりしている時はまだ余裕があります。
悩むのは思考なので不要ですが(悩みは浮かんでも流してしまえば良い)泣き始めたら、泣いてしまいましょう。
子どもの前でも泣きます。
でも感情的に泣いたりしない。ただ泣くだけだし「私は自分事で泣いているんだよ」と説明もしています。
泣くという事は悪いことじゃない。
泣いている自分やその原因を探ってそこにダメ出しをしているから、それを関連づけて「泣いてはいけない」としているだけで。

泣くことに本当に集中したことありますか?
終わるの早い。思考を空っぽにして泣いていると、泣き終わったら「あ、終わった」と思える。
綺麗に終わるんです。それに引きずらない。
その時の涙は、感情的なものではなくて。
感情は打算だと書いたことがあるかもしれませんが、感情は打算です。
感情的に泣いたり怒っている時は、相手をどこかコントロールしようとしている、もしくは「わかって」貰おうとしている。それが打算。
だから泣いていても攻撃的になるし、よく「泣かれると困る」という男性は、女性が涙を流すのを嫌がるのではなくて、感情をぶつけられてコントロールされる(従わざるを得ない)のが嫌なのだと思います。そこの嫌な感情が潜在意識に記憶されるのですが、「涙」と「コントロール」が別々ではなく潜在意識では「泣かれると何となく嫌な感じがする」といった関連づけの記憶のされ方なので、結果的に顕在意識では一律「泣かれるのは嫌い」となるわけです。
でも感情をぶつけない涙にはジャッジしないでしょう、男性も。

息子も、ただ涙を流して泣きます。そういえば涙を隠さない。
流れる涙の顔そのままこっちを睨みます^^;そして、言いたい事を言葉にし始めます。
多くは語らないけれど、言葉を選んでいる。
私はまたそこに集中して「こういう感覚なんだぁ」と興味を持つ。
そうやって話していると、どっちも相手をどうこうしたいと思わず、ただ自分の思っている事を誠実に伝え「違い」を確認し合うだけになる。

最初の頃はわりとわかりやすく「あなたの正解はこうかもしれないけれど、私はこう思うというだけだよ」とか「あの時はこう確かに思っていたけれど自分にも変化があって、違う事を今は言ってるかもしれない」とか「理由はうまく説明できないけど、凄く腹が立つんだ」とか「成績が悪いことが駄目なのではなくて、結果に言い訳したくなったんならそれはどういう事だと思う?あなたは言い訳じゃなくて単なる理由だと思って説明しているのかもしれない。私は言い訳だと感じたんだけどね。自分が選んで取った成績に理由はいらないと私は思う。あなたが納得していればそれで良いし、納得いかないなら納得いくように工夫すれば良いんだと思うよ」みたいに、ひとつひとつ「なぜそうなのか」という事と「違い」をはっきりしていました。
そのうち「お母さんは違うって思うかもしれないけど僕は…」という話し方をするようになってきました。
相手をコントロールしようと思わず、自分を押し通すこともなく、自分の気持ちを、拙くても正直に伝えるようになってきて。
話しながら自分の中でも整理されて落ち着いてくるし、単なる「違い」がわかると相手の話を否定しなくなるから、感情的なケンカは皆無です。

もっと小さい頃は私も感情的になっていました。
だってわからないんだもん。全然彼を理解できなかった。対話せずに理解しようとしていたというのもあるし、理解できる可能性すら考えていませんでした。すべて自分の「想像」と価値観で育児していました。
穏やかで喧嘩しないし、ニコニコしてて実際に「困った」状況には殆どなりませんでしたが、彼のこだわりとか、想いとか、とても複雑で、彼自身が説明してくれない事にはわからないのですが、彼自身も言葉にできない。でもそういうものだと思っていました。
そういうものだけでいれば良かったのに、私には、なんとかわかってもらおうというエゴがありました。
今は、だーだー泣いていても、泣きながら「幸せだなぁ」とか「何かを教えてくれようとしているんだなぁ」と思う余裕があるし、泣いた後すぐいい感じにお腹すいたり、息子とテレビ観たりできるんですが、昔はなかなかできなかったです。
息子を叱って「わかった?」って確認しているようで「うん」と言わせておいて、その後すぐ「お菓子食べていい?」ってケロッとしてる息子にまた腹立ったりして。
自分の都合良く「わかって」貰おうとしていました。
彼にもちろん教えることはあるんだけど、それと自分の押しつけを混同していました。

ちゃんと自分を打算なく泣かせてあげて、感じ切れば、それだけで良かった。
やっぱり自分次第だな、自分にどれだけ愛を注げるかだな。ここに帰結しますね。



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by 4cubes | 2016-10-29 01:13 | 潜在意識 | Comments(2)

暗示

子どもに怒りながら、自分も怒りがエスカレートするのはよくあることですが、それは自分が自分の言葉の暗示にかかっている状態だと言えます。
子どもに向かって「片づけしなきゃダメでしょう!」と言いつつ、言葉は自分にもしっかり届き、それがトリガーになって自分で自分の「できていない事」を掘り出します。何度も言葉にすると何度も強く暗示をかけている事になり、更にそれを強く証明するために、怒りは大きくなる。
だから人に怒っているんだけど、その本質は自分に怒っているということになります。
子どもが、宿題でも片づけでもお手伝いでも何でも「できていない」ように見える時、必ず自分にも「できていない」事がある。
もし自分ができていたら、子どもに限らずですが人の「できていない」が目に入ることはないからです。
(自分の世界に「できていない」がないから)
無意識ですがその後ろめたさが怒りとなっているわけですね。

よく「怒る」と「叱る」は別で~、みたいな話もありますが、なんかどっちでも一緒だという気がします。
「叱る」という聴き触り良い言葉に都合良く置き換えて「怒る」を見ない事にしている方が、むしろ複雑にしているところがありそうに個人的には思います。
怒っても良いんですよ、それが本音なら。ジャッジじゃないならね。
「怒らない育児」も、今はどうかわからないけれど、問題(と思える事)の本質をわからなくしている気もします。

よく「相手に言う事は、自分が自分に言いたい事」という言葉がありますが、何となくイメージできますか?
連絡なしに夜遅く帰宅したご主人に向かって「こっちは夕飯作ってるんだから、一言連絡するべきでしょう!」と言いたいとします。
この時に何が起こっているかと言うと、まず「連絡するべき!」というのは自分だけの価値観です。「普通そうでしょう!」とかね。ジャッジです。
そこで相手に「連絡すべき」を言う言葉を放つわけですが、この時、同時に自分へも暗示をかけています。
「連絡すべき」って。
「こういう時は連絡をすべき」という価値観を、です。
だから、相手に怒っているように見えて「私も連絡をきちんとする人間でいなくてはならない」という価値観を自分で自分に植えつけ、その通りにしようと無意識に働きます。有言実行させられてしまうわけです。
もしできなかったら、自分で自分にダメ出しが入ります。
自分の事を許せなくなっていきます。
人に何かを求めることは、自分で自分を苦しめる行為でもあると言えます。
自分だって連絡できない時があるかもしれないのに、それは許されないと、自分を無意識に追いつめます。

相手に怒る時「連絡すべき」という価値観が先に頭に出てきやすいですが、なぜだかわかりますか?
それは、相手をコントロールできるような気がするから。相手が納得しやすい気がするから。(気のせいですが)
でも人間はそこまで単純じゃないし、そういう時相手は「連絡がどうのこうの」ではなく「相手にコントロールされようとしている」方を察知し、警戒します。
そうすると自分も価値観を先に出して本心を言ってないし、相手も心を開けないわけです。
表面的にしか和解できません。(事象的に同じような事を繰り返します)

こういう時「連絡すべき」と思ったとしたら、その奥になる自分の本心はなんだろうと考えます。
「連絡してほしい」「なぜ?」「ご飯作ってるから」「なぜご飯作ってるから連絡ほしい?」「連絡くれたら私、頑張らなくて良かったじゃん」「でも明日食べられるから無駄にはならないよね。明日の朝ご飯作らなくて良くなったわけだし」「そっか、じゃあなんで?」「自分が頑張っているのを理解されていない気がしたから?」「そうかもしれない」「気遣いがほしかった?」「そうかも」…と掘り下げていくと、本音が見えてきます。

そうしたら本音の、例えば「気にかけてほしかった」を伝えることができます。
それはジャッジじゃなくて、本音です。
それを怒りながら言ってもいいんです。本音は怒っても大丈夫なんです。
「怒ってはいけない」と錯覚する人もいるのですが、ジャッジの怒りは相手を強制的にコントロールしようとしますが、本音の怒りは単なる魂の叫びですから。
相手に伝わらないはずはないのです。(ここを怖くて言えなくて、何かしらため込んでいる人は多いのですが。特に男性に対しては本音を言わないと伝わらないし、本音を言って嫌われることはないです。一瞬驚いたとしても本音にはちゃんと向き合います。男性は本質的にとても優しいし、女性のためにできることをしたい。でも読むのは下手だから、本音を言ってくれない事にはさっぱりわからない、どうして良いかわからない、それだけです。そこにどんな無意識が隠れているかと言うと、男性は、女性の本音を受け止めて、その女性の笑顔を自分で取り戻せたと、自分がいるとその女性が笑ってくれていると感じることで、そこでやっと安心して自分も本音を出せる、です。男性自身も自分を解放したいんですね。数字関係なく本質的に。数字によりその性質の出方は違いますが根っこは同じです。ちなみに女性には「読んで」もらえる可能性もあるけれど「間違って読まれる」事もおおいにあるので、その場合とってもめんどくさい。いずれにしても本音を伝えるのは大事ですね)

で、ここで「だから気にかけてよね」と、言葉にするしないに関わらず相手をコントロールしては意味がないんです。
本音を聞いた相手が実際どうするのかは、相手の領域になります。
でも自分がただ本音を言うだけで、結果的に見ている事象が変わるということが殆どです。
なぜかわかりますか?自分が本音を言えたという事は、自分が自分に本音を言うことを許した、という事になりますから、相手のすることが気にならなくなり、逆に相手がくれる小さな優しさに気づきやすくなります。自分に寛容になることで世界を寛容に見る事ができるから、それが前提になるから、世界は優しい事象で返してくれるという事です。

だからすべて自分。
自分次第でどこまででも幸せになれる。
何度書いても、じーんとします。自分次第なんです。
お金も能力も何もいらない。ただ自分の意識を変えるだけ。
そんな幸せな事ってあるでしょうか。

私は性質的にパートナーと感情的なケンカはしませんが、息子とはします。
でもその中味は同じです。自分の本音をきちっと見つめ、正しく伝えることだけ。
解決しようとか、何とかしようとか思わない。
中3息子から返ってくる彼の本音は、本質的で感動的です。
(成績表の半分がですがそんなの関係ないですよ。というかこれ4とか5だったら逆に私は気づけなかったと思う。勉強できるからって理由をくっつけてた気がする)
本音の世界観ってとても美しいです。
自分が本音を伝えたら、それを見せてくれる。自分次第!
この時期の子育ての極意はそんなところにあるのかも。

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基礎講座の宿題提出、ありがとうございます。
(まだの方も急がなくて全然大丈夫ですから。そして強制ではないです)
でも宿題添削していて気づきましたが、とても勉強になるので、おすすめですよ。

応用編の日程について皆さんにメールしていますが、適当なところで締め切って決定しますね。
あと、大阪での開催を目論んでいます。
11月末か12月初旬に基礎講座を開催する予定です。応用講座(1月とか)とセットにするかも検討中。

人数と場所が確保できそうな場合は、もっと遠くも出張いたします。


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by 4cubes | 2016-10-28 12:13 | 潜在意識 | Comments(4)

数秘はセラピー

「潜在数秘術」は、生年月日と生まれた時の姓名から算出します。それをもとに、どんな性質であるか、こころの癖があるか、葛藤や人生の諦めポイント、強み、これまでどう生きてきたか、本当の望み、などが見えてくる「ツール」ですが。

でも、その結果がどうだった、というのを知る事が目的ではありません。
もちろんそれも「自分を知る」ことには違いないのですが。
本当の目的というか、その奥にあるものに光がある。

何度も書いているけれど、自分がこのままで良かったんだなと心底わかること。人もこのままで良かったんだと心底わかること。
この「わかる」が、皆で学ぶと自動的に、そんなつもりなくても体感としてわかる。
という事に、自分でもはっきりと講座を通して気づきました。
形から入るんだけど、その奥にあるのは完全な癒しです。
自分であれこれ考えなくても癒される。肚から腑に落ちる。
すくなくともそれが「ある」世界にいる。あなたの中にその豊かさを確実に得られる。

ここのところずっと書いているけれど、皆で笑う事がセラピーになる。
笑う事はエンドルフィンという物質を出しますが、それが具体的にどうなるかというと、脳に働きかけて潜在意識を書き換えていく方向に動きます。
だからみんなで笑えば、自動的に前提が変わっていくんです。しかもその場はジャッジしない空間ですから、どんな自分も許容される。
(心のブロックや抵抗などにより腑に落ちるには個人差がありますが、それでも皆が思考をコントロールすることなくそっちの方向には動く)
問題が問題でなくなるから、自分も解放されるし、その前提になった自分は、視点が変わります。
そうすると、子どもの事、パートナーの事、職場の事、働き方、未来への不安など、そういった「問題」に思えていたことも自然に消えていきます。
そもそも問題ですらなかったとわかる、と言った方が正しいと思います。
セッションも、自分を知り家族なども見えてきますが少し違っていて「そう言われたからそうだった」に潜在的に留まる場合も多い。
つまり「紀子さんの言う事を信じた」または「紀子さんの言う事を信じられる私」に留まりますが、自分から学びを取りに行くと、体感するので
「信じられないわけがない」という感覚まで行くと思います。
基礎編では知識と体感、応用編では自分でその世界を読める、深める、という感じになります。

私自身が学んでいた時は「覚えようと」していたし、なんか必死で思考を使っていたのですが、ファシリテーター(伝える人)になる学びを終えて、実際に伝えることで大事なことがわかりました。そして、先日の講座でもそうですが、私が真に何を伝えたいのかがわかった。
受講してくださった方はしっかりわかったと思うのですが、それぞれの数字(性質)は分離していないし、繋がっている。
それでいて、その組み合わせで個の性質を有機的に豊かに映し出します。
みなさんのケースを聞き、そこに説明を加えているとそれぞれの世界観が見えてきて、そこには何のジャッジもない。
それは「なぜ?」がわかるからです。なぜそう考えるのか、なぜそういう行動になるのか、セッションは「なぜ?」よりもその人の性質を伝え、今の現実にどううまく活かしていくか、の実践的な方をお伝えしていますが、講座ではこの「なぜ?」に触れていきます。
私の開催する講座では、基礎講座でもここにちゃんと触れられるということも実感しました。
(1day講座でここまで来るとは思わなかった)

個々のケースをシェアした時に腑に落ちなかったことが、お家に帰って見えてきたというご報告もいただきました。
「ある」世界さえ見えたなら、タイムラグあっても「あ!」という瞬間が必ずあります。

おもしろいです。
だから私は更にその奥の、辞書みたいな数字の専門書を読もうと思っているのですが、LL7が没頭を阻んでいるのかしら、躊躇しているところです。

そろそろ次の行動に移していこうかな。
昨日聞いてきた願望達成法、というか、目標を全うする潜在意識の使い方を実践してみます。


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by 4cubes | 2016-10-27 11:16 | 数秘 | Comments(0)

昨日

昨日は日中、数秘の資料を探しに、大きな書店と、古書も取り扱うマニアックな専門店をはしご。
6冊くらい、中には辞書みたいに厚い本も含めて購入、そのまま移動して、夜は勉強会に参加してきました。

潜在数秘術の本があるわけではないのですが、流派?の違う数秘の本とか、数字を哲学するものとか、数式とか、みたいなラインナップの買い物です。私にしては難易度かなり高いです。
数式とか、わけわからんです。
私の心の癖ですが何か(昨日は数秘)のモードに入ると、せっかく大型書店に行っても、それ以外の買い物ができません。
来年の手帳も売っていたけれど、買えませんでした。(買えばいいのに買えない。)
なぜ買えないかというと、肚の声がしないんです。平たく言うとワクワクしない。
やっぱりワクワクするのを待って買おう、となります。そこも「今ここ」。
だから「ついで」ができないんですね。ついでってワクワクするもんでもないかもしれないけれど、そこにワクワクを求めている。
書いてみるとなるほどでした。

勉強会は、面白かった!
これまで聞いたことがない「やり方」なるものを聞いてきました。えー!これはおもしろい!
今度はそれ、実験してみます。人間の「限界」に対するイメージが変わりました。

あ、そうそう、英語は亀の歩みですが進めています。
まだ単語帳をちまちま学習中。

ちょっと質問があったので書いてみます。
「自分を満たす」って、子どもを放っておいて、本当に好き勝手にやっていいってことですか?というような。
まずこういう事って、よく考えてしまいがちなんですが、あなた(質問者)はそもそもそんなこと思わないでしょう?だとしたら、なぜそれを考えるのか?それは、あなたから見て「好き勝手」やっているように見える人に対してのジャッジがあるからです。「好き勝手やっていいはずないですよね?」という確認欲求です。
質問は、他人に向けたものの形を取っていても、本質は自分へ向けたものです。
ちょっときつい書き方ですが、質問が悪いというわけではなくて、これ(疑問のようで自分の正しさを証明したい)を自分で理解していると、得るものは大きいと思います。

で、私の考える回答ですが。
「自分を満たそう」とする事がかなり言われてきて、まずは自分から、と、主に女性から、家事や育児を頑張りすぎない方向に来ていて。それに合わせて、シッターや家事代行サービスなども充実してきた。
それは素晴らしい事だと思います。
でも預けっぱなしとか、それを正当化するようなちょっと極端な話も出てきた。
私の価値観もあると思うのですが、自分が「やりたくないことをやらない」「やりたい事をする!」を決めて、結果的に子どもと一緒にいることを「やめている」ケース。
これは、やりたくない事をしないと決めたから子どもと一緒にいないわけでも、そうなる危険があるわけでもなく、本人の心が何かで満たされていないから、手っ取り早くそういう形を取ろうとしている可能性があると思われます。

自分が満たされたら、まず、自然に子どもに会いたくなると思います。
まだ子どもが小さくて、なかなか自由な時間が持てなかった頃、たまーに預けて出かけられるその時間が至福で、あっという間に帰る時間になるけれど、でもその帰りの電車でふっと浮かぶのは子どもの顔。
早く帰って顔が見たくなる。家に着いて子どもが眠っている姿にジーンとなる。あれが自然な姿だと思う。
それは自分が満たされたから初めて自然にそう思える、という事がとてもよくわかるエピソード。
みんな元からこの気持ちを持っている。

でも、子どもに対してそんな自然な感情が湧かないのであれば、それは本人でも気づけない深いところに「満たされてない」事があるのかも。
それはもう、家事代行の前にカウンセラーさんとお話するのが良いと思われます。

いずれにしても、良し悪しではなくてまず自分の心を満たすことが大事なのです。
でもその「自分を満たすという大義名分で育児放棄になってやしないか」のように見える事象というのは、それぞれのフィルターによって見方も様々ありますが、それを置いておいて言うとすれば「満たす」意味をちょっと取り違えているかもしれません。
シッターや家事代行を頼んで時間と子育ての縛りから自由になった「から」満たされるのではなく、本来は、自分を満たすということの「本質」を探り、例えば静かに自分に向き合う時間が必要なのであれば、それに応じてシッターや家事代行を手段として使う、のが(その人にとっての)正解です。
手段が目的になっているとしばしば間違いが起こりやすくなりますし、その場合はその時だけで、結局心からは満たされないからです。

平たく言えば、それだけ子どもと会わず(時間的な事だけじゃなくて自分基準で)に、本当に心が満たされてるの?と、自分に問うているか。
もしも、心から「わー私、子どもほんとにいらないんだわ」みたいな思いが出てきたら、それはそれです。
他の大人が育てるとか、育てたい人が育てるとか、という事を考えていけばよいと思います(稀なケースだと思いますが)


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by 4cubes | 2016-10-27 09:09 | 潜在意識 | Comments(0)

待ち受け実験

実験してひとつわかったこと。
よく「この画像を待ち受けにするとお金が入ってくる」とか「幸せになる」みたいなのがありますが、それの効果のある、なし、そしてどうしてそうなるかがわかりました。

そもそもスマホなどの待ち受けって、しょっちゅう見るし、見ているうちにその画像が目に入るのが当たり前になって意識もしなくなって、その画像から感じる感覚だけが潜在意識にインプットされるから、その効果が出やすい、というのはわかります。

でもネットで拾ってきた、誰かが効果があるって言ってる、またはこの画像でたくさんの人が幸せになりました、なんていういい感じの画像を待ち受けにしても効果は薄いかなと思います。そこにどれだけ自分が信用できるか、という事で違うのももちろんあるのですが、そもそもその画像、自分から見て、画像は認識できても、その画像の世界観はリアルにないじゃないですか。
つまり、その画像が「ダイヤモンド富士」だったとして、自分はダイヤモンド富士は見たことがないでしょう?
もう一つ言うなら、その写真の状態のダイヤモンド富士、リアルに自分の目で確認したわけでも、自分で撮った画像でもないでしょう?という事。

それは自分にとって「ない」世界なのですよ。現実世界のどこかにはあるけれど、自分は見たことが「ない」。
それを待ち受けにしたって「ある」に繋がらないという事です。
まぁ富士山自体、見ていて心地良いし、何だか良い事ありそうな気がする画像だなーっていう気分や感じだけでももちろん効果はないことはないけれど、個人的には時間がかかるなぁというのと、効果が曖昧というか「待ち受けをこれにして変わった!」に感覚的に繋がりにくいかなと思います。

私はS1なので、魂がせっかちなのです。生きている時間を、できるだけ有益に使いたい。
どうせ幸せになるのなら早い方がいいし、その仕組み、メカニズムをきちんと知りたい!
しかも実験結果が正確に出るように、環境を整えます。
そのために自分の体を使って実験することを厭わないし、分析(D7)して、具現化(LP4)するんだなーと思います。
そしてそれを皆に、と思うのは、LP4だからかなー。使えるものは平等にって思ってしまう。
良い人とかじゃなくて、そうじゃないと気持ち悪いというか。
現実をみんなが有益に生きてナンボでしょう、と個人的には思うわけです。

で、戻しますが。
だから待ち受けにするには、自分が撮った「ある」世界、つまり自分の目で見た「豊かさ」を使うのが効果が高いし、具体的で早いです。
しかも自分が今、実際に持っている、感じられる「ある」ですよ。
億万長者と話す機会があって、その人の写メ撮らせてもらって待ち受けにしても、しないより良いと思うけど、自分の中の「ある」とは考えにくい。
具体的には自分の笑顔の写真、みんなで一緒に食べたおいしいごはん、お財布の中のお金、旅行した時に見た感動した風景、のように、自分が感じた「豊かさ」であり、体感したものが一番効果が高いです。

だって「ある」から。あるでしょ?「ない」とかありえないでしょ?疑いようがないでしょ?
物理的にあるとすでに確信できているもの、そこに豊かな感情をすでに感じたものを写真にして待ち受けにします。
これは実際に効果ありましたから私。
そして、効果を確認した時に、どうしてこれが効果があったのかも、自分でもまだ言語化できないけれど少なくとも感覚で腑に落ちたから。

それで、逆から見ると、幸せにいかにもなりそーーーーーーーな、ありがたーーーーーーい写真は、仮に仮にそれでうまくいっても、その画像のおかげだったとは思いにくいんです。そもそも自分にとっての「ある」じゃないから自分と繋がらないんですもん。はなからそういう画像を待ち受けする時は「これでうまくいけばラッキー」みたいな感じありますしね。半信半疑というのもある。
で、自分にとって完璧に豊かさを感じられる写真を待ち受けにして、その紛れもない「ある」を毎日、意識しなくなるまで見て、そうしているうちに、潜在意識がその豊かさをしっかりと肚に落とす。そして叶う。叶わないわけない!
その時、再び画像を見て「あぁぁぁぁ」って「そう、ほんとあるんだよねぇ!!!」と、またその豊かさをもっと感じるから。
幸せのスパイラルに入ります。

信じて実践したら叶います。でも信じてなかったらもちろん叶いません。
私が話すのは私自身が体感して人に伝えられると確信した話には違いありませんが、それでもあくまで知識ですから。
あとは実践する事(行動)と、それに対するそれぞれの在り方(感じ方)なのです。

たかが待ち受けと侮るなかれ、です。
というか、待ち受けっておもしろい!

で、自分にとって有益な情報を見分ける力というのは、あると便利です。疑わなくなりますしね。
五感を大事にして、感覚が微細であればあるほど。
感覚を鍛えるのは色々方法がありますが、やっぱり布ナプキン良いです。
一番繊細な感覚を持つ場所ですし、心地良い感覚が丹田から子宮のあたりにいく、ということは、頭に血が上っていないんです。
頭に血が上ると思考型になります。
体の下の方に意識がある時は、心が落ち着いていて、地球と繋がっています。グラウディングですね。

今日は実用的な話にしてみました。


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by 4cubes | 2016-10-25 10:49 | 潜在意識 | Comments(0)

笑いに昇華する

昨日、数秘術の講座を終えて、自分が話しながら自分にどんどん落とし込めたことがあります。
なぜ数秘術なのかってこと。

まず、社会通念の変化で、空気読めとか、勝ち組になれとか、何かあった時のために、って、どんどん心のゆとりがなくなり、寛容になれない世界になっていくように見える世の中で、潜在数秘術は、本来の自分を知るためのツールになります。

みんな本来、良い悪いのない、ただ「こうして人生を楽しもう」と持って生まれた純粋な世界観がある。
その世界観の、本当は自分が望む側面をいくらでも創造し、楽しんで世界を作って行けるはずなのに、恐れの側面を見る人が多い、そんな現実。
いろんな経験や、傷つけられた何か、大きな何かから押さえつけられたり、見えない脅迫に晒されたり、不安をあおられたりして「恐れ」がベースの人生になっている人が多くなっている。だから現実は、不安を回避する事で精一杯になってしまっていて、さらに次の不安と現実化を作っていたりする。

数秘の講座で、午後はみんなが自分が持っている事なんかを開示して、それをシェアして。
本当は悩んでいたりしそうなはずのそれぞれの性質も愛おしくて、ほんと可愛くて、みんなで笑えたんです。
数字を通して自分の性質を明らかにしたら、時間的なタイミングは人それぞれかもしれないけれど「自分ってそうか、こうなんだ。」ってとてもニュートラルに受け入れられる瞬間が確実にあって。そこには自分へのジャッジがない。
これまで駄目だと思っていた部分は全然ダメじゃなかった。
あの時のあれは、こういう人生のシナリオから来てたんだった。全然自分のせいじゃなかった。
もちろんその一瞬で明日からすべてが変わるわけじゃないけれど、確実にその世界が「ある」をみんなで見たし笑えたと思う。

そんな「笑える」という事がとても大事だという事を、今日パートナーと話してて。
1対1のヒーリングやセッションで肚に落ちるには無意識に「相手の権威」が条件になっている事があるそうです。
つまり「とても偉い人から言われたから」心が納得しやすいわけです。そうでないとなかなか「お前に何がわかる?」というところから抜けられない。
(理由づけで根本解決にはなりませんが、少なくともその気にはなり、きっかけにはなると思われます)
でも、これが普通の人10人と、なんならもっとたくさんの人と、悩みを悩みと捉えず一緒に笑えたら、それだけで昇華されるんです。
(覚醒した、というのに近い状態だと思います)
それは昨日の講座の後半に起こった事と同じ。
悩みだと思っていたものは、まったく悩みではなくなるんです。
そして、笑えるのは、そこに寛容があるから。
もっとたくさんのそんな状態を作っていけたら幸せだなぁと、思いました。
老若男女問わず、沢山の人に伝えたい気持ちでいっぱいになっています。

数秘はクリアに自分を知る、とても大きな手立てになります。
視覚化されてしまうから、もう、良い意味でお手上げになる。
自分に向き合う事になる。でも向き合ったら、なんだ、私、このままで良かったんだって。
1人で納得できてももちろん良いけれど、数字を通して皆と話すことで、それをジャッジなく共感しあう事で、更に自分を、このままでいいよって許せるんです。
自分以外の人は、ただ違うだけ。その違いを知ることで、自分をまた知ることができるから、人と繋がることを積極的にしていきたいし、人と繋がる幸せを感じたいと思ってしまうのです。

そしてちょっと別の話だけれども、その「許す」ということについて。
よく自分を許せたら人も許せる、と言いますが、これは、別に心が綺麗になるっていうようなそんな話じゃなくて。
あと、何かをしてあげるような能動的な意味合いでは全くなくて。
自分で自分を「私はこのままで良いんだ」と思えた時、前提が変わります。世界の見え方が変わる。
例えば自分が「あの人は家事を手抜きばかりしてるから子どもが可哀想」なんてジャッジを持っていたとして、そこには「自分はこんなに頑張っているのに」という思いが隠れていたとします。
でもそこで、頑張るのが実はしんどいという自分に正直になって、同じように家事を手抜きしてみたら意外と平気で「あ、これで全然良かったんだ」と思えた時に、そこで手抜きばかりしているあの人を「許せる」というのは、「私が勝手に解釈してただけだったわ。あの人の事も許せるわ」のように感じるわけではなくてですね。

何も感じないという事なんです。

「許す」という言葉だと何だか能動的なイメージがありますが、自分を積極的に受け入れることで、前提が「手抜きしてもしなくてもどっちでも良い」となり、どっちでも良い事には人間は全くフォーカスしなくなるわけですから、他人のするそれがまったく気にならないか、視界に入らないようになるという事です。だから、心が綺麗になったとかそういう話ではないという事です。
(許す=心が綺麗、と解釈すると、許さなければ心が汚い、的な二択を今度は生み出しやすくなりますから)

講座に参加してくださったメンバーさんに「紀子さんは数秘をツールと割り切っているのが良いですね」と言われました。
ありがたい言葉です。
数秘は数字を読むのが目的じゃない。
そのままで良いんだよ。を、言葉だけじゃなく、心から沁み入るように肚に落とせるツールなんです。

偶然(に思えるような事)が重なって数秘に出会えた。ほんと感謝しかないです。
(昨日も同じようなこと書いたけれども!)


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by 4cubes | 2016-10-24 22:14 | 数秘 | Comments(0)

生きる力を育む潜在数秘術 基礎講座 

昨日は講座の日でした。
もう、どうしましょうっていうくらいに楽しい1日でした。
ありがとうございました。
人数が増えて数が数えられなくなって、テキスト足りなくなってコピーに行ってもらって。
お世話かけました。ありがとうございました。

このブログを読んでくださっている時点でかなり話が早い皆様で、どんどん進み応用編まで行ってしまったにもかかわらず、心優しい方ばかりなので反論も特にないままハイペースで進みましたが、内心わかんなーい、ということがあれば、しっかり個別サポートしていきたいと思っています。
知識はひととおり終えたので、応用編では体感レベルに落とし込む予定です。

午前中は講座スタイルだったので、しーーーんと、真面目な雰囲気。
午後は全員の顔が見える配置に机を移動し、数字の面白いところの話で盛り上がりました。
私は気が利くようでそうでもないので、配慮不足もあったかもしれませんが、全員超素敵な人ばかり!
ほんとに心底、素敵な人と出会えることに疑いがないんだな私は、という事を確認しました。

ちょっとお前黙っとけ、というくらい放出して放心しています。
でも帰ってからも伝えたい事が溢れ、メンバー様に長文メールを送りつけてしまった次第です。
ブログにも書いていない、そもそもなんで人間はジャッジするのかという話。遅い時間に大変失礼しました。
数秘で「ジャッジ」という言葉が沢山出てきたから、その根本の話をしようと思って。
なぜジャッジするのかなんて、たいていの人は考えた事がない。だってそれで当たり前だから。
でも、じゃあなぜジャッジするのかがわかれば、今度はそのやめ方もわかるんです。
物事の本質を見ていこうというのはこのあたりにも言えますね。
とっ散らかった言葉が溢れて止まらない、GN3です。

ただ当たる当たらないという事ではない、という事を伝えたい潜在数秘術。
なぜそうなるのか、という本質を伝え、数字へのイメージを膨らませて。
数字は、数字だから無機質に捉えることもできるのに、その世界は本当に豊かで雄弁だと思います。
はじめましてでも数字でその人が「見えて」くるとたちまちその人に魅了される。
なんて彩り豊かな世界観を持っているんだろうと、出会った人みんなに対して思う。
ここまで人に興味を持てた、数字の世界に心から感謝です。
自分の人生にも彩りを与えてもらいました。

お土産もいただきました!ありがとうございました。

あ、こういう事書くのも野暮ですが、もしも、もしもね、どんな内容のでも、行った講座が合わなかったと感じる場合。
それは、内容云々ではなくて、自分が「合わないと感じる」わけなのですが、そういう時は忘れたくなってしまうし、または無駄使いしたと思いたくないから無理に良かったと思い込むようにしやすいのですが、そこを正直に明らかにして「私はどうして合わないと感じたのだろう」「なぜおもしろいと思えなかったのだろう」という風に捉えると良いと思います。
そこに気づきがあるから、大体向き合いたくないところに限って大きな気づきがあるから、向き合うと「あー、これを知るために行ったのか」という事がわかります。
そこに必ず必然が隠れているから「気づき」は宝物。でもその宝は、必ずしも「いい気分」からだけではないんです。
私なんてイラッとさせられた「頑固」と言われたあの一件が、今は感謝でしかないです。お礼状を書こうと考えているくらいです。

LP4が一番多かったです。6、9、11、7、33、あと3かな、といった感じで、全体的に落ち着いていました。
色んな数字の方がいるという事は、自分以外の数字もわかるし、そこから自分の数字も際立って理解していける。「違い」がニュートラルに浮き彫りになり、違っている事を楽しめる。そうそう!とか、へーーー!とか、あの場でそれぞれがただ違うだけ、を体感レベルで腑に落とすことで、無意識のうちにコントロールできると思いそうになる家族へもニュートラルに接していく事ができるようになっていきます。
自分が自分の数字を受け入れ、愛しいと自然に思える事になり、無理をすることなく人にも優しくなれる。
そうなれば、数字を知らなくても「違う」事は肚に落ちているので良いのだけれども、
自分でも自由に数字が読めるようになると、いつでも視覚的にその世界を見ることができるから。
ほんと数字、楽しいです。


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by 4cubes | 2016-10-24 00:42 | 数秘 | Comments(0)

ありがとう(T_T)

名古屋の件、皆さんに「書かれてなかったと思います」と言われ、安心しました。
ご協力ありがとうございました。

明日の午後、名古屋で予定があるのですが、午前中にセッションか、人と会う約束を入れたと思い込んでいて、でも手帳にも書いてないし、メールを遡ってもブログを遡ってもその痕跡を見つけられずだったのです。

名古屋での予定の時間次第になるのですが、もし余裕があれば誰か、お茶でもしませんか?
すみません、名古屋行きがなくなってしまいました。
次回また行く機会には、もう少し早めに告知します!

講座のかけこみお申し込みもありがとうございます!
ご入金確認が間に合わないかもですが、そのままお越しくださいね。
テキスト完成まであとひと踏ん張りです!

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●現在募集中の講座
 
【 生きる力を育む「潜在数秘術」講座 】基礎編
 
潜在数秘術における潜在意識の理論と、数字の基本を学びます。
数字のそれぞれの性質と意味を知り、基本的な読み解きができるようになるための講座です。
1日で基礎をしっかりと終了するため、かなりのハイペースになります。
 
●潜在意識と数秘術について
●数字のそれぞれの意味と性質
●数字の計算方法
●自分はどんな人?家族は?友達は?
●数字をどう暮らしに活かす?
●ワークで数字を読むコツをつかむ
 
注)セッションを受けてくださった方含め、すべての方に基礎編からの受講をお願いします。
 
注)ファシリテーター認定宿題用に無料モニターになってくださった方もこの講座から受けてください。
(数字のそれぞれの意味についてはモニター時に触れていないため)
 
●日時 : 10月23日(日)10時~16時
●場所 : 吉祥寺セミナールーム
●金額 : 20,000円(事前振り込み制)
●人数 : 25名様(予定)残席11名様
 
●お昼をご持参ください(会場内で食事可)
●応用編は11月開催予定です。
こちら も、合わせてお読みください。(講座の具体的な内容)
 
●お申し込みは こちら からお願いします。折り返し詳細メールをお送りします。
 
 
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by 4cubes | 2016-10-21 13:47 | 潜在意識 | Comments(0)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ
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