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神社へ

2016年の1年に感謝して、ご近所にある氏神様に参拝してきました。
ふっと「1万円」と浮かんだので、1万円お賽銭箱に入れてきました。
(さらっと書いていますが、ちょっと勇気いりました yo!)

神社に向かう途中、もうずっと謎だったことが全部解けたんですよね。
もちろん自分にとって、という意味です。言語化はまぁボチボチと。

●神社に行く意味
●神社で願い事をしていいのか
●神社に行く人と行かない人の違い
●叶う願いと叶わない願い
●お賽銭はいくら入れたらいいのか
●氏神様を参る意味
●拙宅とお賽銭とお祓いやお守りについて

御朱印帳を持って全国区津々浦々、パワースポットと言われている神社巡りをしている人もいるし、私のパートナーのように神社にほぼ行かない人もいる。
行くからといって願いが全て叶うわけでもないし、行かなくても幸せな人もいる。
その違いってなんだろう?というのがずっとあったのです。
お賽銭って100円の人もいるし、もしかしたら100万円の人もいるかもしれないし、もちろん自由なんだけど、その自由は自由で置いておいて、そこに意味はあるのかと。
潜在意識の純度の高い行動をするパートナーが神社に行かないのはなぜなのか。家庭環境とか彼の意思とは関係なさそうな理由も含めての創造世界だとしたら、その無意識は何なのか)すぐに解決したいとかじゃないけど、私が神社へ行く時にも、誘ってもらって行った時にも、どこか、どこか微細に感じていた、説明のつかない何か、これがやっぱり知りたかった。
私、神社に行っても光がいっぱいとかオーブが映っているとか、そういう写真撮れたことがないし、心地良いとは感じても、パワースポット感も感じた事なくて。
(逆に結界とかならあるんだけど)
そういうのも含めて、こりゃどういう事なんだろうとずっと感じていました。

私の見解はレアかもしれませんが、自分なりの答えが見つかった嬉しさで、今日は気分が軽やかです。
いいお天気でメジロが飛んでいて、神社はとても心地良かったです。
内容書きたいけれど、なんてったっておいそれとは話しにくい神社の、そしてあくまで私見なので、もう少し精度を高めていきつつ、聞きたい方は会った時にでも直接聞いてください。
一つ言えることは、100円のお賽銭で願い事する、みたいなのはやめたほうが良いと個人的には思います。100円で願いが叶わないんじゃなくて、100円で足りない分は、別のところから意図せず支払われることになるからです。(おそらくね)

と書いたところでFacebookのタイムラインに「年内最後の新月の今日、一番オススメしたいのは、1年の感謝を込めた、神社へのお礼参りです」という記事が流れてきました。うわ、シンクロしすぎていてびっくり。
そして新月でしたね今日は。(新月時間は15時過ぎかな)
病み上がりなのに何だか今日は冴えている気がします。
神社に行けなくても、心の中で感謝をするのも良いそうです。

出版不況、一方で出版ブームで、本屋さんにはほんと、特に最近は引き寄せとか神社とか、お金とか、マインドフルネスとか、心理学系の本がたくさん並んでいますね。
情報を提供するために出版されるのが本でもありますが、別の見方をすれば、出版したい人の願いを叶えるために本が出版されている、という事も言えますね。
内容的には、ジャンルも多岐にわたるけれど、同じ部分も多いと思います。
けれども同じで良いんです。いろんな視点で書かれているから、買う人にとっては、必ず自分にぴったりの本に出会える可能性がある、ということでもあります。
だからオススメ本を聞かれる事もありますが、実はどれでも良いです。
どれを選ぶかではなくて、どのマインドで選ぶか、という事ですから。
って言ってしまうと身もフタもないですよね。
まず、本屋さんに行って、その手の本がたくさん並んでいたとして、どれを手に取りますか?そのタイトルを見て「お金」だったら、あなたは自分で「お金が足りない」と思っているわけです。ま、当たり前と言えば当たり前です。お金が足りないから、お金が欲しいからこそ、その本が目に入り、を手に取る(買う可能性がある)のですから。
でも、逆に考えると、その本に目がいき、視界に入り、手にとるということは「私は今お金がないの」ということを表現していることになります。お金のある人は、その本は視界にすら入らないはずなので。
その本を買うと「私はお金がないんです」を強調していることになる。
「えー!じゃあどうしたら良いの?!」と当然なりますが。
買うという行為がいけないのではなくて、いけない(←便宜上ジャッジしますが)のは「お金がないからこの本を買ってなんとかしたい」という損得勘定です。
お金の本が100万部売れたら、100万人億万長者になるかといえばそんなことはないわけです。買ったらなんとかなるわけじゃないということです。
(私もだいぶここに陥っておりました。だからこそ、この不毛感も大変よくわかるのです)
だったら「私はお金持ちだから、こういう本は買わないわ」と「買わない」選択をする方が、何とかしようと本に食いつくよりも、よっぽどお金持ちになってしまうというパラドックスです。
外側に答えを求めている限り、どんな名著を買っても辿りつきません。
だから「オススメ本」の紹介は難しい。というかそもそもできないんです。
(サラとソロモンは、どのマインドの人にもオススメですけれどね。あれは本質的ですが、押しつけがましくなく、本に損得勘定がないんです。←あ、これだ。かなり前からオススメしていますが、すぐ買って読まれた方は素晴らしい感性だと思います。)

私はもう、単純に自分が幸せになるために買う本、というのはありませんが(幸せとかどうでもよくなってきたのです。幸せなのは当たり前だし、もしそうでないと感じた場合でも、すぐ戻せるのがわかっているからです。そしてこれは誰もがそうなれるのです。←ほんとにそう、自分の幸せというモチベーションに対しての根気があるかないかだけです。)純粋な実験のために色々と読んでいます。
本の種類は色々ですが、書き手側の視点で「わかりやすく伝える表現」にフォーカスして読んでいる事が多いです。(私は書き手だから、ではなくて、書き手の視点で本を読むから、書き手になるのですね)

もともと誰もが知っている系はほぼ読んだことがなく(S1のオリジナリティが変なとこに出て、D7の天邪鬼で発揮)バシャールもエイブラハムも、実在する人物だとほんの昨日まで信じておりました。
たまたまオススメされて、バシャール初心者本を読んでいるところです!

それとは別に、読んで良かった本。
臨死体験した、彗星探索家の方の本。
エゴを無くして生きる、D(使命)で生きるということを教えてくれます。
星の、理科的な話とか自然のことなど個人的に好きな世界と、臨死体験で物事の本質に気づきそこから得た叡智と重なって伝わることで、かなり楽しく読めました。
ちなみに願いは叶えてくれません。


■ HP
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by 4cubes | 2016-12-29 17:38 | 潜在意識 | Comments(0)

お宅訪問

ちょっと遠出して、とある方のご新居にお邪魔してきました。

私の周りにいる「家を建てる人」は、それぞれに思い入れがあって、こだわりがあって、丁寧に夢を形にしているわけだけど、それがわかる(と私が思い込んでいる)だけにこちらも「何かを感じて、それを伝えなくてはいけない」ような気がして、でもあれこれ考えると感じる事に集中できないし、気を使って疲れる、という自作自演をずっとやってきたわけです。
そんな自分がめんどくさくて、ほんの少し前まではだれかの家を訪問することそのものを避けていたくらいなのですが、今回はその手の気を使わなくて良い方だったし私自身も変わってきているので、流れに乗って行ってきました。

一言で言うと、何も感じなかった。
空気のように、当たり前にある、負荷の全くない状態。ストレスがない。
あとから「そういえば疲れてない」とか「そういえば腰が全く痛くない」(←椅子のおかげ。でも座っている時は自然すぎて気づかない)とかでしか気づかないくらいの、下手したら全く気づかないで終わるくらいの微細な感覚でしかないわけです。
要するに「よくわかんないけど心地良い」とか「よくわかんないけど長居しちゃう」みたいな住まいなんです。この表現も無理に言葉にしたら、って事で、本当はもっともっと思考を取っ払った、ただ感じているだけ(むしろ感じてすらいないかも)の空間。

気心知れた友人とですら、長時間話したらどっと疲れる4、7、1の私が疲れなかったんだから、空間の力って凄いものがあると思った次第です。
そしてこれ、来年からの活動にリンクした、かも。

家も、洋服も、心地良くしようとする時、何かをプラスすると視覚的な満足感は得られるけれど、それ以上に、心地良いと感じないくらい人間に干渉しないという引き算の心地良さが、本当は非常に大事なのだと思うのです。
でもそれ、言葉にできにくいし、説明もしにくいし、内観が必要だから、向き合うという作業も必要になる。でもそれだけの価値はある。
私がパターンで売りたいところもそこで、目に見えて今っぽいとか、目立ったデザインがあるわけじゃないんだけど、なぜかわからないけど手にとってしまう、着心地の良いものを意識しています。

洋服のパターンでいつもこだわっている、動きやすく、無駄なゆとりがなく、というポイントは、要するにそれが「人間を最大限に自由にしてくれる」からです。
腕がほんの少しでも、着ている洋服の一部に不自然に当たるだけで、人間は腕の動きそのものを無意識に制限してしまいます。
筋肉の動き、体の動きというのは、心の反射ですから、腕がわずかに当たる→違和感→動けるのはここまでという限界→心にも限界を作る、という流れになり、それが現実世界を作るのですから、実は洋服からでも、理想の現実を作ることができます。(理想ではない現実を作ることもできますが)
じゃあ自由であればいいのかと、どーんと大きなサイズ感のものを着ると、今度は重さという負荷がかかりますし、無駄なゆとりが出ますので「とりあえず持っておこう」という損得勘定に繋がるし、自分への雑な扱い(自分を大切にしていない)に繋がってくるわけです。

そう考えると、見た目の可愛さや流行であるかどうか、褒められるかみたいな要素は、人を幸せにするかどうかという点においては、あまり意味がありません。もちろん、純粋に好きなものを選択したら、それが流行のものだった、たまたま愛され服だった、ということなら話は別です。
自分を大事にしよう、自分を生きようという人は、自分の無意識が着たがっているものを選ぶ、純粋に自分にとっての心地良さを基準にして選ぶという目を持ってみてください。

人はついつい、気持ちを隠して発した言葉のその言葉だけが伝わっていると思ったり、損得勘定で衣装を選んで着ても、衣装の可愛さだけが伝わっていると思いがちなのですが、実際に伝わっているのは、言葉の奥の気持ち、衣装の奥にある損得勘定なのです。
例えば子どもが「ごめんなさい」という言葉を発しても、心から謝っているのか、怒られたからその反応で謝っっているのか、その違いが、同じ「ごめんなさい」からでもわかりますよね。
人はいつも、言葉や衣装以上に、その奥にある気持ちや、本音を読み取っています。
もちろん受け取る側が、受け取りたいように感じているんですが、発信側が損得勘定で発信すると、損得勘定で受け取られるという現実がついてきますから、やはり自分に素直な発信をすることがとても大事になってきます。

体が回復したら、用事をこなしつつも、自分に負荷をかけないということを意識した部屋づくり、片づけを始めようと思います。

今日でクリスマス企画が全て、終了しました。
たくさんのお客様、ありがとうございました。
かなり「出す」エネルギーを使い、勉強にもなりました。
色々とメールのお返事がまだありますが、年内には全てお返しできると思いますので、少しお待たせしてしまいますが、どうぞよろしくお願いします。


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by 4cubes | 2016-12-28 22:01 | 潜在意識 | Comments(0)

ちょっとダウン

昨日寒いところに行ってきた事もあり、今ちょっと風邪っぽいのですが、何もせずベッドでゴロゴロゆっくりしているところです。

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息子からクリスマスプレゼント。
2万くらいするみたいです。
昔の私なら「中学生がこんな高額のものを」とか「無駄使いして」と言って、または思って気持ちを素直に受け取れなかった可能性がありますが、受け取れる自分になっていて良かったー。
ほんと嬉しかった。
数秘的に言うとなんてったって彼はS22。
自分のために使うことばかりを喜びとしていない。
しかもやる事のスケールが大きいです。
LP7で作戦立てて(貯める計画)D4でコツコツ実行、S22で大きく出すんですかね。数多くいる友達にも、金額はさすがに中学生らしくですが、たくさん買っていましたよ。
「出す」がとにかく大きいし見返りを求める気持ちが全くない。
それだけのお金があれば最新のラケットもシューズも好きに買えるのに、欲しい事と喜びとは違う。彼は自分の喜びにお金を使っている。非常に正しい使い方です。

よく「紀子さんの息子さんだから」なんて言われますが、昔の私の理想の子ども像は「無邪気で明るくて、負けず嫌いで熱血」だったので、息子が喧嘩の仲裁に入らないとか、わかりやすく熱く盛り上がれないのが非常に歯痒かったんです。何をサプライズでプレゼントしても、飛び上がって喜ぶとか一切なかったですしね。
私は負けず嫌いの熱血魂S1ですから1番になるまで頑張るけれども、だからこそ補欠を楽しんでいる彼を見てこっちが地団駄踏みましたよ。悔しいという気持ちはないんかい、と。今考えるとかなり的外れなことを求めていましたね。
もちろん潜在意識を知る前から彼の性格を受け入れようとしてきたし、少しずつ理解してきたけれども、完全に手放した今の最高の世界を見てしまうと、甘かったなぁと思います。

平和を理屈抜きで愛する魂なので、小さい頃は誰とも揉めないし、何でもどうぞどうぞだったし、自分の好きとか嫌いは主張がなく、昆虫好きで(生きとし生けるものが好き)ひよこ饅頭食べるのを拒否、私が食べるのも拒否、魚も姿焼きだと拒否、ぬいぐるみも好き、絶対捨てない。生きている(と思える)ものに対しての想いがやたら強かったあたりは確かに今思うとS22です。

なるほどなー、です。

子どもを手放すと、自分の世界も最高になります。
どうにかしようと思わないだけで、全てがうまく回る。
「なかなか手放せないんですけど」と言う方は「なかなか手放せない」と決めているので「なかなか手放せない証拠集め」の状態が続きます。
この「子どもを手放す」について、個人コンサルでできるけど、額が上がりそう。
グループだと弱いかな。ちょっといい形にできないか、練ってみます。
あ、うちだけじゃなくて、私のセッションを何度か受けてくださり、ブログを読んで、ご自分のものにされて、お子様を完全に手放せたというケース、いくつかご報告いただいています。お子様の年齢も未就学児、小学生、20代の方まで。

昨日、33は波乱万丈、という話を友人としていたら、今朝、33を持つ人、2人の波乱万丈ニュースが、それも斜め上すぎるネタで入ってきました。純度の高いトークは強烈なアファメーションですから、ほんと現実化しますね。


■ HP
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by 4cubes | 2016-12-26 15:32 | 潜在意識 | Comments(0)

大好きな人と仲良くする方法

メリークリスマス!

私は、今日は1日ベッドの中でゴロゴロしていましたし、息子は冬期講習 → 友達へのクリスマスプレゼント購入 → 夜はバドミントン練習に体育館へ、といった感じで全く家におらず、クリスマスらしい事が皆無!
ではありますが、私も息子もそういうことをあまり気にしないのです。

今日はクリスマスイブなので、大好きな人と仲良くする秘訣について書きました。

私は今のパートナーに片思いしていた頃、本当に本当に大好きな人だから、どんな結果になっても「良い恋をしてよかった」と思えるようにしようと決めました。1mmたりとも「やっちゃった」みたいなことはするまいと心底誓いました。
その恋は、もう本当に本当に、私にとって大切な宝物で。
別に貢いだり、何かしてあげたり、尽くしたりしていたわけではないのですが、何をしていたかというと、自分の中にちょっとでも「良く思われたい」とか「振り向いてほしい」というエゴがある時は、メールしない、返事しない(つまりこっちから念を飛ばさない)を徹底していました。エゴそのものがなかったわけではなくて、エゴを自覚している時は、アクションを起こさなかったんです。
1mmだって、試すようなことや、何かを聞き出そうとしたりしない。
何かプレゼントしたい時は、見返りはこれっぽっちも求めず、ただ自分がそうしたいからできる時だけしました。
これを、いつもいつも自分に確かめていました。
大切な人を、自分のエゴでこれっぽっちも汚したくないというかね。
我慢していたのではなくて、その素晴らしい人を好きになった自分を大事にしたかったんです。
告白の時も、相当時間がかかりましたが、告白しながら途中「ぎゃー振られたらどうしよう、こわい〜」っていうのも出てきましたよ。そういう時は告白中断(笑)落ち着いて、ただただ相手が好きで、自分が気持ちを伝えたい、というところに戻ったら再開。
はたからみたら変だと思うけど、とにかくブレずにやりました。
おつきあいがスタートして1年半程になりますが、今も同じです。相手がどうのではなくて、自分が、自分史上最高の恋をしたいんです。
余談ですが恋が成熟したら、私は何度も好きだと思われていることを確認しなくても良いタイプで、極端な話、最初の1回でOKなんです。相手が1回好きだと言ってくれたら、その後もそれを疑うことはないのです。何かを疑うと、ベースにするものを見失ってしまいます。「信じる」が大前提でないと、物事はどの方向にも行けない。相手が自分を好きでなくなる日はくるかもしれませんが、それは相手の都合であってこっちの問題ではないんです。そりゃあ悲しいことがあれば号泣もするでしょうが、それはそれで今考えてもしょうがないし、結局それで自分の価値が下がるわけでもないですし。S1っていうのもあるのでしょうね。
1の性質の男性は何度も好きだと女性に言わないと思いますが、それは「1回言えばわかる(と思っている)」からです。本人は決して嘘はつかないし、一度言えば好きになったり嫌いになったりしないんです。だから1回でいいわけです。

さてこの「感情的にならずに待つ」は、腑に落ちたら感情に振り回されず、コツコツとやり遂げるLP4&D7得意分野かもしれません。
感情ベースの数字を持つタイプの人は、考えるより先に感情が噴き出す場合があります。
まず、その感情を出すという行為そのものではなく、その時の意識が相手をコントロールしようとしているかどうか、がポイントです。
話す時は「どうして手伝ってくれないの」だとしたら「私は手伝ってほしい!」であり主語を「私は」という言い方にします。
つまり、自分の本音、自分の気持ちを伝えるんです。
みんな、相手の気持ちを受け止めたいと思うけれど、コントロールはされたくないんです。(どんな性質の人もそうだと思いますが)
感情に乗せるのがどんな意識であるか、どんな想いを放っているのか、言いたいことは同じでも、受け止める方の気持ちが全くちがいます。

ラインやメールなら、いくら感情が先にきても、待つことが可能です。
落ち着いて、自分の心の状態が良くなったら返事をするように心がける。
ひとつひとつ、自分の気持ち、自分がこうありたいという気持ちを大事にしてください。相手が誰でも、それを大事にするということは、自分を大事にしていることに他ならないので。

アクションを起こす時の、自分の心の状態が、結果を作ります。
大切な家族やパートナー、友人との関係性を作ります。

素敵なクリスマスを。


■ HP
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by 4cubes | 2016-12-24 21:39 | 潜在意識 | Comments(0)

風が吹き抜ける日

今日は約束が2つあって、人に会ってきました。
それぞれもうそれはそれは素晴らしい人なのですが、良い日だったー。
夕方は「メガネを買いに行きたい」と言う息子と待ち合わせして。
メガネ新調して新しいラケットも選んで、帰りに食事して帰宅。

帰宅したらなんとなく疲れが出てだるい。年末は明日だけ1日オフで、クリスマスイブだけど息子は留守だし、どうやらしっかり体を休める日になりそうです。
今晩も何もしないことにしてのんびりと、ミュージックステーションに出てくるアーティストの数字を出して遊んでいました。

メールのお返事をお待たせしてすみません。あと、私のチョンボなのですが、返信を間違えて自分宛に出しているケースが発覚し、数名メールが届いていないかも!
Gmail が実はあまり使いこなせていないようで。
ひとつひとつ調べて、送れていないものは順次再送します。(メールを書くのは好きなのですが、送受信が苦手ってどうなのでしょうこれ)
今晩やろうと思ったけど、二次災害出そうなので今日は寝ます。
英語と断捨離もしたかったな。

数日前、潜在数秘術協会のマスター講座のアシスタントに行ってきまして。
講師の先生のお手伝い、なのですが、これがとても勉強になるんです。
自分が生徒じゃないので余裕があり、終始観察に徹することができるのですが、今回の生徒さんは3ベースの感覚派が多く、脱線して戻らない、え、終わり? ちょっとまってーといった感じで、何かと私のLP4がざわついておりましたが、でも、レベルかなり高かったです。皆さん言語化苦手のようでしたが、なかなかカンが良いというか良いところついているし、ぱっと閃きで名言飛び出すし。
面白かったです。お腹よじれるほど笑った。講師陣がこれまたキャラが立っていて、笑いの天才方です。

新春の予定について。正式告知はこれからになりますが。
まず、潜在数秘術応用編終了メンバーお茶会やりますので、良かったらきてください。(無料)
修了した人で定期的に集まりを継続したいなと思って。
あと、1月〜2月にかけて基礎編と応用編をまたやろうと思います。
それと、思いつきでインテリアツアー「数字別収納を考える講座」みたいなの。ご自身のセッション受けてくださった方対象に、少人数でショールームを回りながら、数字に合わせてぴったりの収納方法や部屋作りを考えていく、イメージしていくという。会議室などが必要ないから気楽にできそうで。
個人セッションは、セッション日をあらかじめ決めて、そこに申し込んでいただくスタイルに変更予定です。調整がシンプルにできる方が何かと良いという考えです。
その他、他にも考え中です。

ではではおやすみなさい。


■ HP
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by 4cubes | 2016-12-24 00:02 | 潜在意識 | Comments(0)

受験2

前記事の続きです。

大昔、天才肌の東大生とおつきあいしたことがありますが、彼は遊んでいても勉強ができるので、どんな仕組みになっているんだろうと観察していましたが「答え」を知っているのではなくて、「答えの出し方」がわかる人でした。
要は、角度を求めるために、どこに補助線を入れたら良いのか、というような、問題解決のために問われるものが感覚的にわかる。そういう感性。
仮に答えは知らなくても、自分の持っているものの中で、どれとどれを取り出し、組み合わせて結びつければ、答えにたどり着くのかがわかる。そういうセンスです。
こういう才能があり、それを使って遊ぶのが好きで、たまたま結果として東大になった、という事だとわかりました。ちなみに高校は中退でした。

では、無目的に「学力があったほうが良い」という理由の人を含め、努力で東大に入った人は、何が彼と違っているのだろうか。努力と天才だと、同じ土俵で比べたら天才に勝てないとかはあるにしても、同じ土俵に立たなきゃ良いだけの話ですし。
つまり「学力はあったほうが良い」という理由や打算で持つ学力の、決定的なデメリット(←良し悪しないですが便宜上)とは何だろうか。

1つ、わかりやすく言えるとすればこれは「時間」です。

天才と努力では、かけた時間の質が違うんです。
努力の人は、今の自分に必要でないことに時間をかけていることになります。好きじゃないことに使う時間は、そこから生まれる豊かさを得られないのです。思考で暗記しても、心地良くないから肚で受け取れない、つまり身にならなくて、覚えたことも忘れてしまうわけです。
ちょうど、必要だけどワクワクしない光熱費や塾代にばかり支払いをして、ちっとも無駄使いしていないのに気がついたらお金がこれだけしかない、という感覚になるのと同じことです。
理科が大好きなのに「あった方が良いから」(ないと困る気がするから、も同じ)といって数学も英語も本人に必要性を感じていないのに手にしようと頑張る時、そこに使う時間はただの浪費なんです。手に入るならといって貰っておこうとしても、タダじゃなくて代わりに何かを差し出しているんです。ここでいうと、差し出しているのは時間です。今のところ必要でないものと大事な有限の時間を交換していることになります。

天才の人は、好きなことであり得意だから、頑張らなくても勝手にやるわけです。「好きなこと」に「時間」を使う。その時間は全てが豊かであり、魂が喜んでいるからしっかりと受け取って自分のものにしてしまう。
これは、自分にとって本当に好きなことにお金を気持ち良く使い、お金に換えられない豊かさを受け取ることと同じです。
理科が大好きで、それだけしかしなくて、その時は数学や英語の点数は低いのだけれども、自分の想いに正直に時間を使うと得るものはとても豊かで大きくなっていく。その先に、もし英語や数学の必要性を感じた時はそこで学べば良くて、その時は同じ数学や英語でも「好きなことに繋がる意味のある学び」であるはずだから、どうしたって深くなり、自然に自分のものにできる。

一見効率の悪いように見える後者ですが、実は無駄のない、合理的な時間の使い方をしていると思いませんか?
自分の好きなことだけに時間を集中してかけ、その時に不要なものは思い切って得ない、というミニマムな選択をすることで、結果的に、ベストなタイミングで必要のあるものだけを、最良の形で手に入れている。

言葉にするとこういう事。それが私も腑に落ちたんですね。
だから、息子の点数や内申に、全く意味を感じなくなりましたし、ある程度の学力を、邪魔にならないから持ってても良いんじゃないか?という打算もなくなりました。
むしろ、不要なものをどれだけ削ぎ落とせるかの方が大事だと思うようになりました。
やりたくないことをどれだけやらないか、本当に大事。

世の親御さんも、自分の子どもに学力があったほうが良いと言っても、別に子どもに暗記力をつけてほしいと思っているわけではなくて、子どもが幸せに生きていけるための力を身につけて欲しいという純粋な親心なのだけれども、親自身もわかっているようでわかってないし、先のことも当然わからないし、とりあえずは知らないよりも知っていることが多い方が良いだろうと、そういう漠然としたものを総じて「学力があった方が良い」となっているのだと思います。

でも「あった方が良い」は、ただの保険です。
安心したいから、安心でき「そうな」ものを握りしめちゃう。
でも、どうでも良いものを握りしめていたら本当に大事なものは握れなくなるから、だから先にそれ、離さないと。

息子はとても大事なことを教えてくれていると思います。
彼がそこそこできてたら、絶対に気づけなかった。
ちょっと背中を押したら素直に勉強するタイプだったら、私、おそらく普通に押していました。
受験なんて期間限定だからクリアすればもう考えなくて良くなるし、親も子も、とにかく結果が出るまでの間だけ頑張れば、なんて考えになりやすく、本質よりも目先のことに意識がいきやすいのですよね。
でも我が家は、どう考えてもごまかしがきかない、本質と向き合うしかないみたいな状況だったわけで、だからこそ肚もくくれた。そして、そこから見える世界は泣けるほど綺麗でした。(受験はまだこれからなんですけどね)

彼、先日の体力テストにて、ほとんどの数値は平均前後なのですが、長座体前屈だけ、全国平均を大きく超え、学年でもトップでした。
長座体前屈で、学年トップって。。。妙にウケました。


◾︎ HP
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by 4cubes | 2016-12-23 00:50 | 潜在意識 | Comments(4)

受験1

ちょっと自分の恥ずかしい思いも備忘録兼ねて書いておきます。

私が長く抜け出せなかったのは「そうは言っても学力は持っていて損はないだろう」という思考でした。

私の周りの、セルフイメージが高く物事や人に関してジャッジがない人は、なぜか総じて学力が高い。そのせいかどうしてもそういう人が「みんな違っててみんないい」のようなことを話すと「余裕のある人の発言」に見えてしまっていたし(失礼ですみません)かといってそうでない私が同じ事を言うと「負け犬の遠吠え」になる気がしてどこにも落としどころがなく、私も長く「みんな違ってていいよね」と言いつつ本心では「ないよりはあった方が良い」とも思っていたんです。だから息子にも、最低限これだけは〜、みたいな気持ちになって無意識に多少はコントロールしようとする目を向けていた気がします。言わないけど、ゲーム時間が長くなると私も落ち着かなくなったりね。
今思えば損得勘定にしか思えないので、ここで言葉にすることも抵抗があるのですが、昨日話していた私の友達も「学力なんて関係ないと思うし思いたいけど、それでも正直ないよりあった方が良いと思う」と言っていたし、同じような人も実は多いと思うんです。
「多くは望まないけど」という謙虚のようでいて実は厚かましいニュアンスを入れつつね。それは親が決める問題ではないのです。

私も長く、学力は邪魔にならないし、あればごく単純に、人生の選択肢が広がると思っていたんです。
子どもが何かしたいことがあった時、やりたい仕事を見つけたときに、学力がなくてそれを選択できないことはあっても、その逆はないだろうと。
まだ人生において何がやりたいかわからない、または決められない学生時代に可能性を広げておくことは、良いことであり、決して悪いことはないと。
昔は、選択肢が広い=良い、狭い=悪い、というジャッジがあったと思います。

でも実は。
無目的の学力は、意味がないんです。
無目的の貯金も意味ない。
害はないだろうと思いがちだけれど、実はノーリスクではないんです。

で、今年息子は中学3年生なので自ずと受験なのですが。
解けないというよりは、問題を出す根拠やその背景に納得しないと解かない彼は受験という枠組みの中では不利で、定期考査の点数は低く、やる気もないとみなされ、数値化すると内申は当然相当低くなります。
あれだけ学校数がある東京の高校の中で「行ける」で数えれば片手で余るほどしか物理的に選択肢がない。
落ち込みはしませんが、驚きました。予想のかなり斜め上で、現実味もありませんでした。
で、事実は事実ですし私も息子も誰にどう思われても平気なので、普通に「行ける高校ないんだよね」と自虐なしで言えますが、ほかのお母さん方に相当気を使われるのがとても嫌でした。だから、お互い牽制しあって志望校の名前も出さない親とは話さなくなり(話になりませんし)ました。うちは隠すことは何もないけれど、「これからスイッチ入るよ〜」みたいなフォローとかされるのも心地悪く。

で、うちは高校行かなくてもいいくらいに考えていた(そっちの腹をくくるのは楽だった)ので、入れなかったらどうしようという不安はなかったのですが「人生の選択肢が狭くなる」とは考えていて、その事には覚悟をしよう、と考えていたんです。
無意識に狭くなるって決めていました。
厳密に言うと、狭くならないとしたらどういうことが言えるのか、の説明がつかなかったからとも言えます。学力があるメリットは浮かんでも、学力がないメリットが浮かばなかった。学力がないことで、学力があることにできない「何か」がある事を想像できなかった。
どこかでこれでいい、と思いつつも、私なりの「核」を自覚したかった。
正解じゃなくても良い、自分を信じる自分なりの根拠を求めていました。

で、うまく言えないのですが、息子の友達は優秀な子も多くて、また気兼ねなく情報交換もしていて、誰がどこを受けるなんかもそうだし、どこで迷っているとか、どんな心境だとか、息子を通してですが、色々聞いていてですね。
その中で、優秀な子でも実は「全然選択肢が広くない」事に気づいたんです。
あれ?何この感覚。

確かに選べる高校の数、という点では選択肢は成績優秀な子の方が、そうでない子よりもはるかに多いですが、だからといって偏差値70ある子の殆どは、偏差値50の学校は選ばない、というか、選ぶという発想そのものがないわけです。
偏差値50の学校を、そもそも世界から外している。
そう考えると、誰もが無意識に自分が行く可能性のある学校の数を絞っていて、それがだいたい10校だとしたら、成績が上位クラスの子も10校だし、中くらいの子も、もっと低い子も10校なんです。決められた期間で一斉に進んでいく受験システムでは、物理的な時間を考えても、自ずと絞られていきます。
そして、どんなに優秀な生徒でも、通う高校は1つだけです。
通ったことがない高校を、ある程度自分に合うか予測して試験を受ける、通ってみてはじめて自分に合っているかどうかもわかる。そしてその条件は皆同じです。

って事は、物理的な「行ける」高校の数と、可能性は比例しないじゃん、ということになります。
ここが最初のポイントでした。
ものすごくモテる人でも、基本的に付き合う人は1回につき1人、というのとよく似ています。じゃあ、選べる数ではなくて、たった1人のその人がどんな人であるかが、自分の幸せのために重要になるんです。「モテる」って意味なくなってくる。
モテて喜びがあるとしたら、その本質はなんなのか、考えてみる必要がある。

続く


■ HP
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by 4cubes | 2016-12-22 00:20 | 潜在意識 | Comments(0)

願いは決まったら叶う

個別のお返事に時間がかかっており申し訳ありません。
順番にお返事していますので、お待ちいただけると幸いです。

以前願いを叶える講座を開催したのですが、その後も、あの講座の内容どおりだなと思える現実ばかり、そしてそれがもっと確信に変わっていっています。

願いを叶えることって、要は願いを決めることなのですね。
真の願いは、願った時点で例外なく100%現実化するからです。
大事なのは、真の願い(自分の魂の喜び)を顕在意識で認識する(決める)事です。そうするともうどうしたって行動に移りますからあとは潜在意識が現実化に動いてくれるだけです。

叶えたいことがある時、例えば「マイホームが欲しい」のだとすれば、それをゴールに設定して、そこに向かう、という話を講座でもしましたが、別にやっていくうちにゴールが変わっても良いんです。
マイホームの代わりに最高のキャンピングカーを手に入れて、旅をしながら生きるということになったって構わないわけです。
その場合、マイホームは「幸せの一つの象徴」ではあるけれど、象徴なのだから本質は別にあり、それが「幸せな空間」だったとしたら、キャンピングカーという想定外の形で願いの本質は叶ったわけです。願いが叶うというのはそういうことをさします。

じゃあなぜ最初に「マイホーム」に設定するのかというと、それは、方向性を決めるためです。「マイホーム」と決めてしまってそれ以外を選択できないようにしてしまうのではなくて、「どの方向に向かうのか」を決めるために、具体的に設定をするのです。
象徴的なものにしておくとイメージしやすいからそうするのです。
幸せのために「100万円ほしい」として、結果的に1000万円になってもそれはそれでいいじゃないですか。
100万円にしておいて、ぴったり100万円じゃなくても良いわけです。でもあらかじめ方向性を示す具体的な目標を決めなくては、どこへ進んでいいかわからないのです。

15年前、私がビジネスをスタートする時、ビジョンにあったのはマンションメーカーでした。
つまり小さなアパレルブランドを作ろうとしていた。
でも資本金2万円でしたから、まずは幼稚園バッグを1枚ずつ作って売るというところから始めました。そうしていくうちに、型紙を売って欲しいと言われるようになり、型紙屋さんになりました。マンションメーカーにはなりませんでしたが、夢が叶わなくて幸せじゃなかった、なんてことはないわけです。
私は自分で生み出したものを形にして売るということがしたかったわけで、それはきちんと叶っているから。
「今ここ」で生きていたら、パラパラ漫画で生きていたら、昨日まで描いていた夢が今日はガラッと変わっても、おかしなことは何もないんです。夢なんて、律儀に守ろうとしなくても良いんです。

それとは別に、よく「いつかイメージしていた家と全く同じ家に出会った!」みたいな、本質じゃなく夢の「形」までも一致しているケースがありますが、この場合は何を指すかというと、その人は願い(方向性を)を設定してからたまたまその通りの家を見つけたのではなくて、先に、買うことになるはずの家を、つまり「結果を見た」んですね。(物理学的にはおかしなことでもなんでもない)
本来これから叶うのだから見ることができないはずの結果を、先に見た、つまりサッカーの試合の結果を見てから録画を見てもう一度結果までを辿るようなものですから、現実化するのが当然、というのを超えてむしろ現実化を確認する作業ですらあるわけです。

そしてこれは魔法ではなくて意図的に起こせるというね。引き寄せとも違う。
今日セッションにきてくださった方とは、そんな話まで発展しました。
とにかく実験も、言葉や文字にするのもさっぱり追いつかないのです。

冬休みにしっかりと実験してみようと思います。


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by 4cubes | 2016-12-20 09:43 | 潜在意識 | Comments(0)

嫌いという感情

かなり前、4回で20万円の講座の振り込みをして、実際にスタートする前、返金されないのを承知でキャンセルした事があります。
1回も行かずに「違う」と思ったんですね、なぜか。
違うかどうか内容もわからないし、さすがに20万円だし「最初の1回行ってから判断しようか」とか思いっきり損得感情入れて色々考えました。
けれども心のことを学び始めて、正確な実験結果を出すにはとにかくその材料に混じりっ気があってはいけないですから「一旦湧いた違和感をうやむやにする」リスクの方が大きいと考えて、勇気は必要でしたがキャンセルしました。

その時どうしてキャンセルしようと思ったか具体的な言葉にするのは難しいのですが、一つ言えるのは、私が違和感を感じるのは、講座の内容ではなく、講師に対してであることだという点です。
講座の内容はどんなものでもそこから学び取りますし、学び取れもしますが、講師の言動に違和感があるとそこで心が停止。もちろん講師に何かあるわけではなく、私がその講師から何かメリットがあって私なりの違和感を拾い上げている、というだけの事なのですが。

でも感情は普通に「この人ヤダ」って思いますよ。
心の事をやっているからといって心が綺麗というわけではないし、全て自分が創造した世界だとしても、普通に「好きじゃない」くらいは思いますね。
嫌いと思う瞬間もある、でもその思いを明らかにして受け止めれば、今度は「嫌い」ではなく「関心がない」存在になるので意識を向けなくなり、自分の世界からはいなくなります。ずっと「嫌い」であるわけじゃないんです。ずっと嫌いだとするなら、適切な処理がされていない感情を抱えている状態なので、向き合うことが必要となりますね。

たとえ毎日会う人でも「私はこの人が好きじゃないし、好きじゃなくても良いんだ」と認識すると、その人に心を振り回されなくなります。
無理して好きになろうとしたり、我慢してやり過ごそうとすると、未完了の想いをどんどん溜め込む事になるので辛くなり、どうして私が我慢しなきゃいけないの?という感情が生まれてしまいます。
で、「あの人実は優しいところもあるから」とか、頭の良い顕在意識は何かと理由を見つけてきて納得しようとするのですが、それは自分の感情を抑え込んでいるだけですし、例えば短期の職場など期間限定の付き合いだとしても、自分の前提が変わらない限り同じような人がまた現れます。

で、人間はいろんな側面があるから、ここは好きだけどここは好きじゃない、みたいな、一見単純ではない感情もよくあるわけです。
私ならつい最近「この人、ブログは好きだけど、本人はなんか違う!」というのがありました。そういう時はまず無理矢理まとめようとしないこと。

ブログはすっごく好きで、でもご本人は…表向きは良かったのですが、偶然(私には必然だったのでしょうが)ものすごく冷たいお人柄を感じる場面を見てしまいまして。
最初は、たまたまだろうとか、そう見えるけれども、とか、100%良い人に解釈するために理由を色々考えてみたし、小さい事だと思おうとしたり、忘れようとしたり、なんやかんやしたのですが、やっぱり感じたことはごまかせずダメでした。
「私、嫌いなんだ、あの人」
(嫌いだと思って良いんだ、という自分への許可も含んでいます)
すると気持ちがピタッとハマって、急にふわっと軽くなって心地良い!
「そっかー、私はあの人を嫌いなんだ。私の好みじゃないんだ。ブログは好きだから、好きだと思おうとしてたわー」と改めてしっくりいって、そこでモヤモヤ、ざわざわは吹っ飛びました。
で、どうして私はその人を100%良い人だと解釈したかったか、というのがポイントなのですが、考えてみると、その後も数回その方に会う予定があったからなんです。
嫌いな気持ちで会うのは気が重すぎるし逃げたくなる。だから私は良い人だと思いたかったんだ、ということがわかりました。逃げても良いんですが、ただ逃げても意味ないですし、その前に自分の本音はどうなんだ、と向き合う事にして。

やっぱり好きじゃないわ、と観念し。
ブログは好きだと改めて感じて。そこでひとまず終わったのですが。

次に会ったら。
これが全然平気なんです!いや、嫌いは嫌い。まだ無関心まで昇華できていない、またはその途中なのでしょうね。でも、ご本人目の前にしても全然平気でした。
もう私の気持ちを私自身で完了させていたし、穏やかに普通に話せました。その後にご縁が続くかどうかはわかりませんが、それももうどちらでも良い事です。どちらになっても、私の心を動かされることはもうないですから。

明らかにするといっても愚痴はダメですよ。愚痴は気持ちを明らかにしたのとは違う。
なぜかというと「あの人が悪い、私は悪くない」もしくは「私も悪いけど、あの人も悪い」ジャッジ前提だからです。もちろん自分だけのこととして捉え、自分の想いだけを明らかにするのであれば、友達に話を聞いてもらうのも良いと思います。

で、私は常々「嫌いな人はいない」と言っておりますし、それも嘘ではないのですが、正確には嫌だという感情が起こるけれども、早々に適切に処理しているから、嫌いなままにしておかない、という事なのですね。
そして、お客様には嫌いの感情はありません。1㎜も。
そういう感情を持つことはありません。前提が全く違いますから。
いずれにしても嫌いという感情そのものがもう、わかなくなってきているので、↑のケースも私にはかなり珍しいです。
でもアウトプットしたかったみたいです。
お読みくださりありがとうございました。

●追記

この「嫌い」も、今この時点で、のお話です。
明日は好きかもしれない。
あくまでその感情は、今の自分に適応されているだけなのです。
でもその感情を未処理のままにしておくと、未処理の感情は残ったままになるのです。だからその都度、適切に処理するのです。
感情物質という物も確かに分泌されるのですが、物理的持続性はありません。怒りや悲しみの、喜びでさえ、その感情が続くということは、分泌された感情物質をトリガーにして、思い込みが「長引かせている」だけなのですね。


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by 4cubes | 2016-12-17 22:09 | 潜在意識 | Comments(0)

スワロフスキーの数字ベア

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スワロフスキーのクリスベアの、数字のシリーズがあるのですが、めちゃめちゃ可愛くて、今年、何人かへのクリスマスの贈り物にしました。(LPで選びました)
0〜9まであります。本来は小さなお子様に年齢の数字のものを贈る意図があるのだと思いますが、数字ラブにとっては、とてもテンションが上がるアイテムです。

4も自分用に欲しかったのですが、やっぱりこういうのは自分で買うのはなんだか違う気がする。

ちなみに型紙屋として見ても、この小さきモノが、とてもよく考えられた美しい形をしているというのがよくわかります。
見れば見るほど、キラキラであるというだけでなくて、形が、潜在意識にインプットされるような美しさを持っています。
コレクターがいるのがよくわかる気がします。


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by 4cubes | 2016-12-15 21:10 | 数秘 | Comments(0)

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