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イティハーサ

1986年より「ぶ~け」で連載されていた漫画。
潜在数秘術関連の人の間で話に上っていたので、全巻購入して読んでみました。

只者じゃないですねー!
一次元の世界を説いています。
ジャッジのない世界。
これを読むと「変質」する可能性があるとも書かれていますが、確かにそんな感じです。
まるっと影響されて、変な感じです。

「アマテラス」もそうですが、宇宙の原理原則は同じなんだなー。
誰もが同じことを言うし、間違いようもないんです、信じるも信じないも、仕組みはもうそれ以外にないのだから。
運命も同じです。
自分の意志で変えられるのは、人生の「質」のみです。
大枠で、私は大阪で生まれ、早くに父を亡くし、学校を出て東京に出てきて、結婚し、子どもを産み、離婚し、くらいのことは、もしかしたらもともと決まっていたかもしれない。
あるいはもう少し抽象的で、全体的に家族との縁はそれほど強くなく、1人で生きる的な要素を持つ、みたいな。
男性脳寄りで、感情薄めで、断捨離体質で、みたいな基本的性質も。
けれども、自分の世界に何を映し出すのかは、自分で決められる。(決める)
自分が信じるものが、映し出される。(現実化)
そうやって人は、人生を彩り豊かに楽しんでいる。
その景色が嫌なら、いつでも変えられる。自分の意志だけでその瞬間から、見たいものを選んで見ることができる。

ただただ、そういう事だと思うのです。
それも、古くから誰かが知っていて、いつの時代も伝えられてきた。
もうすでに、あった。
でも長く、世界は見える物だけでできているとされてきた。その方が都合の良い何かがあったから。
真理は、見えないところにこそ、わかりにくく在るのに。
それをやっと、私たちも少しずつ知ることができるようになったのかもしれません。

イティハーサ、読み込んでみよう。
私はいつも1回目はさらーっと読んで結論まで知って、あとから行間を埋める読み方をします。
ストーリーを追うモード、深く読み込むモードが、両立できません。
寄り道下手ですし、音楽聴きながら勉強などもできないし、常に1つに集中です。
時間を複線で使いたいと思ってこれまでも色々やってみたけれど、音楽聴きながら勉強とか、学生の頃はお洒落だと思ってやってみたけれど、できませんでしたね。二兎追うものは一兎をも得ず、でした。
友達が昨日「頭がヒマになる」(頭がヒマなので、動画見たりしながら作業するし、できる)という、私には謎の言葉を発していましたが、そういう性質の数字ですし、私は私で、同時進行ができない数字です。


●今日の講座、参加者の方へ。
私の名前で席を予約しておりますので、そのままお越しくださいね。




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by 4cubes | 2017-01-31 00:34 | 潜在意識 | Comments(0)
ちょっと間が開いてしまったのは、受験だったから(終わっていませんが)という事よりも、色々ありすぎてアウトプットというか言語化が全く追いついていないからでした。
明日、願いを叶える講座にご参加くださる皆様には、言語化できる限り色々な事をお伝えしていく予定です。でも結構すごいから、全部出しますから、しっかり受け取ってくださいね。わからない時はわからないって言ってくださいね。わからなくて当然です、それをわかる角度になるまで説明します。伝わりますし、つたえます。願いは当たり前に叶うんです。偶然などの全くない、ロジックなんですね。
もちろん叶うと思えれば叶うのは当たり前ですが、じゃあどうしたら「叶う」と思えるのか、そのために何をすれば良いのか、なども見えてきます。
性質によって時間がかかるなどはあるにしても(素直な人は早い)誰もが使える方法をお伝えします。

人は、毎日毎日、例えばケーキ食べて、温泉入って、家事手放して、というわかりやすい「ワクワク」だけで生きられないわけですよね。そうしている人もいるかもしれないけれど、目の前の精神的、経済的な不安がなくなって全てがなんとなく満たされていたらそれはそれで味気ないというか、空虚になります。
私は一度それを体験しています。結構きつかったです。
それが心理学を学び始めるきっかけにもなったのですが。(だから必然)

でも「やりたくないことはやめよう」とも言う。
じゃあ、やりたくない事じゃないけれど、ワクワクでもないものって何だろう?
型紙屋の、副資材の販売を3月いっぱいで終了するため今ご注文がとても多くなっていて、その発送作業をしているところなのですが、当たり前ですが1つ1つの作業は特にワクワクしないんです。でも、やりたくない事をしているのとも全く違う。
そういう感じのもの。

それは、大きな目的のための「過程」なのです。
副資材の販売を終了することにしたのは次にやりたいことが見えてきて、そこに副資材はないほうが良いと判断したからなのですが、こだわって作ってきた副資材は、日々の発送こそワクワクしないけれど、お客様にも喜んでいただけていて、私だって楽しい。

でも「過程」なのです。
そしてそこに生まれる感情はワクワクではない、愛おしさ。
副資材にまつわるあらゆる作業は、楽しいことも大変なこともあるのですが、全てが愛おしくて、味わい深いんですね。
大きく目的を持って、そこに至るまでに必要だった。
そういう事は「やるべき事」なんです。

感情的になって子どもを叱り飛ばした後に見る子どもの寝顔や、1人になりたくて子どもを預けて留守にし、数時間後家に戻った時なんかに、言いようのない愛おしさが込み上げてくるような。(罪悪感もちょっぴりあるかもしれませんが)
子育ては楽しいことばかりじゃないけれど、幸せな人生を歩める大人になる、そこに至るまでの毎日は、しんどい事も味わい深いもの。
そんな感じ。損得勘定抜きで「やるべき事がある」。

その過程は笑っていても泣いていても、愛おしいもの。

ただ、どうしても「やるべき事(過程)」と「やりたくない事」を混同して、やりたくないことをやるべき事だと思ってしまって、必要のないことを頑張ってしまう人は多いのです。

でも今度は「やるべき事」をやりたくない事だと思って、全部手放して、好きな事にお金使って、好きな事だけして、それで「うまくいかない〜」と言っている人もいる。

やりたくない事はしなくて良いし、やりたいことだけしたら良いのだけれども、言い換えれば楽ちんに生きて良いけれど、手を抜いてはいけない、とも言えます。
この違い、わかりますか?

やるべき事というのは、目的のために必要である事。
例えば起業して成功させたいと思った時に、そのために、ワクワクはしないけれども開業届を出しますよね。確定申告、事務作業、ブログを書き始めるかもしれない。
そういった、目的達成のために付随してくる事は、やるべき事です。

やりたくない事というのは、通常のやりたくない事はもちろんですが、例えばその「やるべき事」の中で「私はどうしても!ブログが書けないの」としたら、それは「やりたくない事」としても良いわけです。だったら違うアプローチを考えたり誰かに頼んだりする。ブログ発信しないと決めるということもあり得ます。
あまりに「やりたくない事」ばかりだとビジネスは成り立ちませんから、そもそも開業して成功する気あるんかいと遡って、起業する自分を疑えば良いでしょう。

簡単に言えばそんな感じでです。
ただその中で「ブログは書いたほうが良いんじゃないか」とか「やっぱりブログですよね」などと考えている人は、自分がそもそもブログを書きたくないのか、書くべきなのか、がまずわかっていなかったりします。
「書いたほうが良い」=好き嫌い関係なく当たり前に「やるべき事」になってしまっている。
書いたほうが良いってそもそも誰が決めたの?
ブログは書いている人でもビジネスが成功していないケースもあるし、その逆もある。
そうやって、当たり前にやるべき事と無意識に思い込んでいることすら、丁寧に疑ってみるというのが大事です。

SNSを使ったビジネス戦略で、Facebookでいろんな人に手当たり次第「友達申請」して友達を増やす(潜在的なお客様を増やす)というテクニックが当たり前にある(最近は下火かも)のですが、私はこれができません。やったとしても嫌々渋々ですから、どう考えてもうまくいくはずないし、長く続くはずない。
良い事なのか悪い事なのかはなんとも言えませんが、いずれにしてもそういう、当たり前に書いてあるようなことでも、まず自分に照らし合わせてみる。基準は自分です。正解や不正解が、仮に世間的にあったとしても、そんな事はどっちでもよくて、自分基準で正解と不正解を考えます。
私にとっては、しないのが正解。
でもただ「しない」ではなくて、それをしない「前提」でどうしたら良いか、は考えます。友達申請で大事なことが決まるほど、ビジネスは単純なものではないはずですが、友達申請が有効手段の1つである以上、ただ否定するだけでなくて、それに代わるもの、自分なら同じ成果を出すために何をするか、というところは大事です。
そして、そこに、それを選択した自分に腹をくくるのです。

さて、好きな事だけしたら良いからと、本当に目の前の好きな事だけを選び、好きじゃないことを選ばなかったのに、うまくいかない時。
もちろん罪悪感などもあると思いますが。
そもそも好きじゃないものを選んでいる、という可能性があります。
あと「好きなことしたら幸せになるんでしょ」という損得勘定が入っています。
「ラピスのネックレス買ったら幸せになるんでしょ」と同じ発想です。
好きなことしてたら、好きなことしている時点でもう幸せなはずです。好きなことなんだから。それなのに「幸せにならない」というのは、そもそもおかしいと思うのです。
好きなことを選んだ、好きじゃないことをしない事を選んだら、そこでチャラです。心地良い気分を味わって終了。
でもそれをやっていると、結果としてどんどん幸せが前提となり、確信となり、さらに幸せが増幅していきますよ、という話なのです。


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by 4cubes | 2017-01-30 16:15 | 潜在意識 | Comments(0)
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LP4らしく、真四角のクリップ。

今日は4名の参加者様にお越しいただきました。
最初にコーヒー飲みながら、自己紹介とお互いの数字を把握。
なんと4名様とも全く別の性質を持っていて、違いがとてもはっきりしています。
お家の収納がどんなだとか、こういう収納がいいかもー的な話でほぐした後は、実際のインテリアを見て歩きます。
「あれいいね!」という人がいても別の人が「え、わかんなーい」と答えたりして、数字があると、変に空気を読んで合わせたりジャッジすることなく思ったことをそのまま表現できるので、人によって考えていること、価値観、まるで違うんだということが面白いように見えてきます。違いすぎて本当にウケる!

棚に脚はあったほうが良いのかとか、フレキシブルな機能に向く数字、向かない数字、買ったけど家に帰ると、なんか違うみたいなことになるのはなぜ?等、講座じゃないのでセオリーなしのノープランですが、実際の商品を見ながらあれこれ話していると、自然に吸収していきます。
LPだけじゃ片づけられるか片づけられないかは決まらないし、そもそも片づけたいの?も含めて、収納の話って本当に楽しいです。
私も勉強になりました!

良いお天気で良かったです!


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by 4cubes | 2017-01-24 20:18 | 数秘 | Comments(0)

出願日

今日は息子の受験、最初の出願日でした。

必要書類を、なんせ受験ですから、わりと早目に用意しておくものだと、学校からもいただくものはいただいておりますし、本人が用意するのは「自己PRカード」くらいで、それもかなり前から下書きをして学校から添削もしてもらい、あとは綺麗に清書して、願書に添えて提出するだけのはずなのですが。

昨日の夜、いきなり最初から書き出しまして。
LP7的には納得がいってなかったようで、これまでの学校とのやりとり全無視して別の内容を、しかも出願迫ったこのタイミング。しかし文章力はないし得意じゃないため私にアドバイス求めてくるのですが、そのアドバイスも自分が納得いくまで「え、なんでそれ?どうして?」が続きます。
こっちも真剣にその根拠、奥にある本質を絞り出してやり取りします。
単語1つでも腑に落ちないと他の言葉を探し出すし、その単語を使うのか使わないのか延々と考えてるし、そうこうしているうちに夜中です。
つい「単語1つで合否は変わらないと思うよ。」と言っちゃいましたが、彼にとって問題はそこではないのです。
しかもD4なので、やることスローペース。朝6時には起きて出願しに行かねばというこの切羽詰まった状態でもピッチが上がりません。
「先に寝ていいよ」と言われて「君が心配だから起きている」と言うと「なんで寝ないの?」と嫌がります。それがわかっているので「寝たい時に寝るね〜」と、自分はそうしたいからするというていで、本を読みながら起きていました。そうすると彼も私に恩着せられているとは感じないわけで、時々「これコピー取ってくれる?」などと、普通に頼み事しにきます。取っている形は同じでも意識や気持ちが違います。
終わったら「おにょおにょおにょ〜」って変なダンスして超ご機嫌でした。2時間だけ寝て出かけて行きました。

彼のLP7は納得いくまで動きませんし、D4はいざ動いてもスロー。(に見える)
私だとこういう時、LP4が安定安心を守ろうとして、D7で作戦立てるので、こんなギリギリに書くというリスクの大きい(と私は考える)ことをそもそもしません。
4ー7と7ー4では、それだけでも性質が違います。

ついでに彼はS22なので、自分の為にはいまいち湧き上がるものもないというか。
私のS1はまさに「私!」自分ごとには必死です。

とにかく数字を知ってて良かった。彼がどうして土壇場でもそうしているのかがわかるから。
でないと「時間ないんだし、とにかく書きなよ!そもそももっと前からやっておけばこういう事には‥‥」と言っていたに違いないから。
それ言わない私になれた。ほんと嬉しい!でかした自分!と思います。

夕方帰ってきて「どうだった?」と聞くと「友達できた♩」って。出願で友達‥‥うん、よかったね。いつもそう、P9は話しかけられやすい印象を持つ性質。
「普段から道を尋ねられる事って多い?」と何気なく聞いたら「うん!!!めっちゃ多い!!!」だそうです。そうでしょうとも!

明日はインテリアツアーです!
ご一緒の皆さん、どうぞよろしくお願いします!

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by 4cubes | 2017-01-23 21:04 | 数秘 | Comments(4)

10年後、消える仕事2

昨日は、潜在数秘術講座終了の皆さんと(少人数でしたが)超盛り上がる、笑ってばかりのお茶会でした。
一昨日は潜在数秘術基礎講座。こちらも少人数ですが、深く静かに男前でマニアックな講座に。
私はいつも、レビューも講座のレポートもアンケートも、何もしないんですね。
こういった仕事をしてブログで発信しているにしては珍しい(セオリー無視)と、ふと気づくとそう思いますが、基本はレポートしようなんて思いつきません。

これはS1だからでしょうね。
過去のことに関して何も残らないっぷりが半端ないんです。
(もちろん潜在意識には残ります。顕在意識の話です)
昨日も話していたのですが、セッションやっていても、その時は真剣そのものですが、次の日には、昨日誰と会っていたのかなどもう忘れています。(ただし数字を見ればリアルに思い出します)
セッションも講座も、今ココなもので、終わると綺麗さっぱり忘れます。関心が薄いということではなくて、潜在意識を信用してるというか、暗記する必要がないからです。
プライベートでもそうです。海外旅行でも、指折り数えて待つということがない。だから航空券取っておきながら行くのを忘れる事もあるわけです。(行くことが真の目的じゃないからですねー)
もちろん覚えている事もありますし、全く残らないわけじゃないのですが、そのわずかに残ったものでさえ単なる事実として箇条書きのように覚えているだけで、その時の感情を一緒に呼び戻すことは、なんとなくでしかできません。

だから、レポートなどは、書くということをまず思い出さないと書けない。
ビジネス的にはどうかとも思いますが、続かないことやってもしょうがないので、それはやらないですが、他のできることに集中します。
いつも素敵な頂き物もするのですが、それも以前はブログに載せてたけど、途中からできなくなってしまってすみませんです。でも、なんかいつも皆さんのセンスが素敵で、きゃー!って思う。美味しくて1人で叫ぶし。いつもとても嬉しいです。それはほんとにほんと。

自分の子どもの頃、どんなことに夢中だったかを思い出して〜、なんなら親に聞いて〜、みたいな事もブログでお伝えしていましたが、私の場合、S1だからあまり思い出せないし、親に聞こうとしたけれど、彼女もS1なので「忘れたわ〜」でおしまい。
昔おつきあいしていた人の数秘を見ようかと思っても、全員、名前も生年月日もほとんど思い出せません。
自分がアホなんか、と思っていた時期がありましたが、覚えていないということは、潜在的に覚えている必要がないという事の、単なる表れなのです。

長くなりましたがここから本題。
少し前に、10年後に消えてしまう職業があったとしても、それに変わる職業が出てきたり、人は自分じゃなくても良い仕事から解放されて、時間も心もより自由になる可能性があるということでもある、というようなことを書いたと思いますが、もう1つ。

職種として、今の概念だと消えていくとしても、違う概念でなら充分残る職種がいくらでもあるという事が言えます。
要は、なくなるとされている職業は、人工知能に取って代わられるから「仕事が減って危険だよ」ということが言いたかったわけではなく(そう読み取った人は多くいたと思われますが)人工知能に取って代わられるから「人工知能に代わりができない職業を生もう」でもあり(←前回の話)人工知能に取って代わられるから「職種は同じでも、人工知能に取って代わられない働き方を考えよう」というメッセージだと捉えることはできるのではないかと思います。

スーパーのレジが人工知能により機械化して、人間がそこに必要なくなったとしても、今まで当たり前だった「人の手から買う」の大切さが見直されて、人を置くスーパーも残るんです。でも単に残るわけではなく、意味が違う。そこに来るお客様は、人の温かさを知っているから、きっとレジという場が単なる会計ではないものになると思う。生まれる豊かさも大きい。
これまでのレジの概念とは違ってくるはず。
そういう残り方をする可能性をたくさん秘めているということです。

そう考えると今度は、そもそもこれまでの、人間がやっていた仕事の多くが、人間らしさを真に活かせていたか、と考えると、むしろこれまでの働き方の方に疑問がわくと思いませんか?
その働き方を変えようとした、意味のない職業を無くしていこうという想いが形になったものの1つが、人工知能の活用なのかもしれません。

与えられた情報「10年後にこれだけの職業がなくなるよ」をどう捉えるか。
これまでは「ええー!困る!嫌な世の中になったなぁ」とか「今のうちに資格取らなくちゃ」とか、情報からの反応で対処を考える人が多い、またはそういう概念の時代でした。
でもこれからは「なんでこれだけの職業がなくなるのか?どんな意味がある?」と、立ち止まって1つ上の視点で捉え、考えてみる。そうすると物事の本質が見えてきます。
この物の見方は「メタ思考」と呼びますが、これからの時代、これを鍛えておくことは必須です。

今日はトランプ氏の大統領就任式ですね。
これからの概念が大きく変わる瞬間だと思います!

↓おすすめ!

メタ思考トレーニング (PHPビジネス新書)

細谷 功/PHP研究所

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色々な本を読みますが、そして講座にも行きますが、最近はなんかゴリゴリになってきた気がします。私は結局男性脳なんですよね。あ、これは非常に読みやすい
、わかりやすい本です!
これも良いです。ちょい難易度上がりますが。


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by 4cubes | 2017-01-21 11:10 | 潜在意識 | Comments(0)

落差

お金持ちになって、ある日突然、一文無しになったら、想像を絶する怖さ!!!
だったら、お金持ちにならなくていいやー。
でも生活に困らない程度は欲しいな。貧乏で心臓に悪いのも嫌だし。

というね。そういうのありませんか?
私はありました。LP4、安定が好きですから極端な事に恐れを抱きます。

どうしてお金持ちになった事もないのに、お金はそこそこ困らない程度でいいや、なんてわざわざ(心の中で)決めるんだろう、と思ってたのです。
そこには「お金持ちになったらマズいという思い込み」があるわけですね。
生活に困らない程度あれば良いのなら、大金持ちになっても困らないはずなのに、お金持ちすぎると今度は困ることが出てくるのなら、その理由もあるはずなのです。
私は「何かあった時の落差が激しい」そこに心を動かされるのが嫌だ、というのが出てきました。
なにかある前提(汗)
貴族が落ちぶれる、というのを想像しているのかもしれません。(そういう物語、子どもの頃よく読んだりテレビで見ていましたし。特に「ラ・セーヌの星」だと思う。マリーアントワネットですよ根っこは。ちょうど六本木で2月までマリーアントワネット展やっていますが、向き合ってみようかしら)

ほんとまだ起こってもいないどころか、かすりもしていないのに

皆、多かれ少なかれ「落差」に対する恐れがあります。
お金でなくても、地位とか。あと病気だって、健康と比べた時のあまりに大きい不自由さに恐れを感じたり。それもまだなってもいないのに。
だから「そこそこ」で満足してしまうのだと思います。
あったものがなくなるのが怖い、それも、その振り幅が大きければ大きいほど怖い、だったら最初からそこまで望まなくていいじゃないか、という無意識、自己防衛ですね。

そこに気づいた時、すぐ解除しましたが。
気づいたらすぐ解除すると良いですよ。
「こんな思い込み持ってたのか、今日限りやーめた」って決める。それだけです。

望みを制限していないでしょうか。
望んでいるようで、何かの制限をかけているのかもしれません。


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by 4cubes | 2017-01-20 12:09 | 潜在意識 | Comments(0)

まわりが変わっていく

自分が変わると、まわりが勝手に変わります。

嫌われることも受け入れると、そう肚をくくると、嫌われても嫌われなくても私は幸せである、ということが腑に落ち、幸せが前提になれば結果として、自分を嫌な気持ちにさせる「自分を嫌う人」はいなくなるか、いても気にならなくなるので、実際は嫌われない(誰かに嫌われていると感じない)世界になるのです。
と書くと「嫌われないなら肚くくります」「くくってもいいかなー」みたいな損得勘定が出る人もいるので、あまり強調したくないところなのですが。
自分自身が頑張るところは、ちょっとした勇気を出す事だけなんですね。

自分が変わると人間関係が変わるとよく言います。
本業の型紙屋のスタッフは、潜在意識や数秘など私が個人でやっている事にはノータッチで、否定もしないけど食いつきもしないスタンスです。私も、特に押しつけないですし。
なのですが、話していて明らかに最近は違うのです。
これまでは「何をやれば良いか」が基準になっていたのに、今は全員「在り方」「本音」基準で物事を考えるようになっている。
私がそうなれば、不思議なほど全員が勝手にそうなっていました。
ミラーニューロンなのか、無意識の私の想いが伝わっているのか、そういう事はわかりませんが、理由を考えるのもナンセンスなほど、ただただ私の放った在り方が、私が見ている世界を通して放ったとおりに返ってきています。そうなるのは当たり前ですけれども、やっぱりこれまで見えていたその人に、勝手に変化が起きたように見えるのは、とても不思議な事ではあります。でも実際に起こります。

あと、ごく普通の、息子の学校関連のお母さん方も、です。
お母さん方との付き合いは、子どもが大きくなるにつれて自然と薄れてきますが、それでも時々会う人がいますし、普通に受験などの情報交換をしたりもしています。
そういう方は私のセッションの仕事なんて知らないし、言えば「怪しい事を始めた」と思われるんじゃないかと想像することも可能ですが、私はあんまり「だから言うのをやめておこう」とは思わない(そういう事を考えることが面倒だと思う)方で、かといってわざわざアピールするつもりもなく、というスタンスですが、思いがけずそういう話になることもありますし、またそういう事が普通に受け入れられてもいます。
だから、お金貯まる方法とか、神社の話とか伝授したりすると、盛り上がってみんな即実行。
(私立志望で学費がかかりそうっていう人もいるし、合格祈願などの話も出たので)
ほんと楽しいから!と私が放つと、怪しいとか関係なく、純粋に楽しさを受け取ってくれるわけですね。

それとは別に、おつきあいする人そのものが変わる場合もあります。
それもまたそれ、なんです。自然に変わるだけだから、それを受け入れれば良いだけです。

だから、嫌な人だから離れた方が良い、っていうのはないんですね。離れたかったら離れれば良いけれど、離れたからどうっていう事ではなくて。
先に環境だけ変えても、また別の「嫌な人」が現れるだけなので。
いついかなる時も、自分がどうであるかだけ。
自分の在り方によって、見たい世界によって、放った想いによって、信じ込みによって(←言い方違うだけで同じ事です)見る世界が変わるだけ。
本当にただそれだけ。それを確認できる事象に出会えるたびに、潜在意識と出会えて良かった、幸せだなぁと思うのです。

先日パートナーに電話で「好かれる」気持ちが完全に消滅したという話をしたら、まさに彼も同じ日に、同じ本質の気づきがあったそうで。
自分が好きな人を純粋に好きであるかだけが本質であれば、私がきれいでなくても、太ってても、何なら女性ですらなくても、犬でも猫でも、虫だとしても、それでも彼を好きになってると思うし、やっぱり相手に好かれているかは関係ないと思う、と話したら「うん、そうだね。でもそこは女性でいてください」と返されましたが。
全ては素粒子だから、女性でも虫でも一緒なんだけど、せめてその幻影は女性が良いそうです(良し悪しじゃなく好みってことね)。そりゃそうか。


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by 4cubes | 2017-01-19 23:12 | 潜在意識 | Comments(0)
結構前のことですが「お金のことは、お金を使う事でしかわからない」という話を聞いたことがあって、それはお金を稼ぐことや収入を増やすこと、お金に関して自由になることなどを含みますが、それが感覚としてよくわからなかった頃に、自分で実験することにしたんですね。
単純に使えばわかるわけじゃなくて使い方があるような気がして。
最初は普通に、ワクワクすることに使っていました。
おいしいものを食べて、わーい、ありがとう。
好きなもの買ってルンルン。
人に贈り物をして良い気分。
確かに心地良く使ったら幸せとか感謝が前提となり、もっとそういうことを引き寄せて毎日が楽しく幸せになります。

でも「お金のことがわかったか」と言われると、曖昧すぎて正直わからない。
人に贈り物している自分が心からワクワクなのか(損得勘定は微塵もないのか?)とかそういうところを考え出すと目的が変わりそうですし、使う金額がまちまちで、ワクワクの度合いや抵抗の度合いなども違う。「ワクワクじゃないものに払う」感覚も実験に必要なのではないかと思うし。とはいえワクワクでないものに使うってなんだろう、はて? で、何に使う?みたいな。

そこで「1つの事に繰り返しお金を使い、自分はどう感じるのか、感じ方の変化はどうなるのか」というやり方に切り替えました。

私の家から最寄駅は、3駅ほどあるけれどどこも微妙に遠くて、駅まで自転車かバスか、徒歩だと一番近い駅でも20分。
それを、基本的にタクシーにしてみました。
最初は抵抗しまくりです。
だってちょっと大げさに言えばタクシーは「最後の手段」的なところがあり、理由もないのに気軽に使うという発想がまずなかったからです。
でもやると決めたのでやります。ざわざわも観察します。

「駅までバスで220円なのに。タクシーとの差額1,000円以上!もったいない!」というところから始まりました。
メーターをガン見している自分がいる。なんならメーターに怨念送っている。
頭では「楽ちんに駅まで行ける。ありがたい。これに使ったくらいで生活も変わらないし」と思ってるけれども、どう考えても思い込もうとしているというか。
本音は全然ワクワクじゃない。
乗っちゃったんだからしょうがない、と思いつつも、渋滞なんかしているとちょっとテンション下がる自分がいる。駅よりちょっと手前で降りて歩こうか、とか考えてる(笑)

タクシーがつかまらない時がある。待ち合わせに遅れそうになるとちょっと焦る。そんな時に通りかかってくれたタクシーに、心からありがとう!と思うようになる。
寒い時、雨の日には特にありがたくて。
感謝を強く感じる日もあり、それほどでもない日もあったりだけど、タクシーに乗ることがそう特別でもなくなってきた。

そうしていつの間にか「見ず知らずの人が1300円で家の前まで連れて行ってくれるってそもそも凄すぎる!私なら断るわー」と思うように。運転手さんはそれが仕事だからとか理由をつけなくなって、ただ自分が快適を手に入れている、そのためにお金や人や物が動いているという感覚。
「乗りたい時に乗せてくれて、降りたいところで降ろしてくれる、タクシーのシステムってよくできているなぁ」とかお金じゃなくて「お金で得たもの」の大きさと素晴らしさに普通にフォーカスしている事が当たり前になっていました。
何度乗っても、ありがたいという気持ちでいっぱいになります。
メーターなんてもちろん全然見なくなっている。

そこを経て「バスもある、徒歩もある、タクシーも、自転車も選び放題。さて、どれで行く?」と、その日の状況や気分で決めるというところに落ち着くようになる。
まったく金額で選ばなくなるんですね。
金額で選ばないフリ、と、金額で選ばない、は、まったく違います。
「私はタクシーより自転車が心地いいの!」と思い込むのではなくて、タクシーに感じる自分も分かった上で、フラットに選べるようになる。
「できるだけ安いほうを」とか「タクシーは特別な時に!」じゃなくて、今ここに心から正直になる選択ができるために、お金を実際に使って学ぶ、それがお金を知る方法の1つであるということ。

そうやって少しずつ、自然に自分に使える金額を増やしていきます。
「これぐらい使える自分」を感じる事は「これぐらい稼げる自分」を現実化します。
稼いだお金があるから、使えるわけですから。そして使えると感じるお金の額が増えると、収入もそれに合わせて入るようになる。
入ったお金は握りしめると確実に出て行くので(経験済み)握りしめない事。

そういえば盲点でしたが、息子は「お金が好きな人」でした。
守銭奴でもないし、自分よりも人に使いますので、貯金や所有する事に執着はありません。でも純粋にお金を見るのが好きで、売れるものを売ったりして増やすのも、どこか遊びの要素があるのか好きみたい、私にもすぐ、いくらで買った?とか、売ったらいくら?とかそういう話をします。彼からはお金の本質が学べそうで面白いです。
今は、そんなお金好きの彼が撮ったお金の写真(1万円札18枚を扇子のように広げて撮った)を待ち受けにしています。純粋なワクワクが詰まっていると思うから。彼もそれを待ち受けにしていますが、誰に見られても良いんですって。まわりのみんなが、ゲームのキャラなど自分の好きなものを純粋に待ち受けにするのと同じ感覚のようです。

ところで1万円札について、誰かが占星術で、他の誰かが四柱推命で鑑定されていた記事を見ました。人じゃなくて1万円札を鑑定するというその発想!簡単に言うと、占星術でも四柱推命でも、旧紙幣は貯蓄に肯定的でイケイケどんどん、新紙幣は旅が好き、だから気持ちよく旅させるのが良い、みたいなことが書いてあってとても面白かったので、数秘でもやってみようと思いまして。
ただ潜在数秘術では名前が必要になり、紙幣の正式名称等はわからないので、福沢諭吉でやってみたところ。

おもしろーい!
自分が基準で自分に嘘つけない。D7で好きな事にお金使う。なんなら趣味に凝る。LL4だし貯蓄の概念ない〜って感じ。
まさにお金との上手な付き合い方通りの人。
この使い方をすると、確実に1万円札に愛されると思われます。


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by 4cubes | 2017-01-17 08:48 | 潜在意識 | Comments(0)

映像を俯瞰して見る

最近また、セッション後に劇的に変化があった、というご報告が多いです。セッションの次の日に怒涛の変化ラッシュが起こったり、願い事が叶ったり、こういうことかぁぁぁぁぁ!という気づき、メカラウロコ、その他いろいろ。
もちろん「変化」が良いわけでも、ましてや変化しなくちゃいけないわけでもないのですが、要は、変わりたい人にとって変わる時は一気なのです。
パラパラ漫画、さくっと差し替えなのです。
興奮してメールくださいますが、私は「あ、そりゃそうだよね!うん、良かった」と、テンション上がらなくて申し訳ないのですが、それは当然という気持ちでいます。たくさんのご報告メールも順番にお返事していきますね。大切に読ませていただいています。

先日いただいたメールで気づいたことがあって。
潜在意識の事がわかってきて、目の前の事象も自分が起こしているんだな、という事を理解し、集中すればするほど、目の前5㎝のところにある映像を見ている可能性があります。
自分のタイムラインに近づきすぎて視野が狭くなり、短いスパンでしか考えていない状況になっているかもしれないという事。
「A君とつきあっているけれども結婚までは考えられず、そんな時B君という存在が現れ、あぁ私はA君じゃなかったんだな、B君だった。このタイミングでB君が現れたってことはB君なんだ!」と考えたとします。そこでもちろんB君に行っても良いし、A君とB君との間で揺れても良いし、それはその人の人生の楽しみ方なんですが。
でもその前に「B君だ!」と思うに至ったのって、かなり短い時間のスパンで考えていませんか?(平たく言えば短絡的)

もう少し、見ている世界から後ろに下がってみてください。
そこから見ると「あれ?まだ先がある。他にも誰か現れるかも」とか「そういえば幼馴染のC君の存在があった」とかに気づいて視野が広くなりますし、目の前の事象のひとつひとつに一喜一憂しなくてすみます。潜在意識を知ってもすべてにおいてジャッジがなくなるわけではないので、その人にとっては不快だなと感じる出来事なんかは普通に起こります。(全体レベルで考えると起こることは全てニュートラルですが、我々はそれぞれの感じ方がありますから)
そういう時に視野が狭くなっていると、その目の前の出来事だけに意識がいき「なんでこんなことが起こるの?こんなはずない。嫌だ。」と、その感情に浸りきって、明るい未来を描けなくなっていきます。
でももう少し後ろに下がって、全体を見るようにすると「今はこの状況で私はとても悲しいけれど、次に繋がるための出来事なのかもしれない」と考えられるようになります。そうすると、気持ちは明るくなりそれが前提となりますから、今まだ決定していない未来が、当然明るいものとなっていくわけです。

日々の気づきって、なんかハマるし、夢中になっちゃうんですよね。
楽しい事でも悲しい事でも、視野が狭くなりがちになるので、俯瞰して見るという事も大事です。

願い事をイメージする時も、一生懸命映像を浮かべるけれども、その映像がめっちゃ近い、とかありませんか?
おでこのすぐ前、みたいな。
もう少し距離を取って、全体を見るようにすると良いと思います。
それでいてそれがただの映像(バーチャル)にならず、自分が着ているものの感触、風、匂い、なんかも一緒に感じられると、引き寄せが起こりやすいです。
私が生地屋さんなどに行くと、巻いてある生地を見ただけで、それこそスカートにするなら揺れ具合や縫い代を折り上げた厚みとか、そのエッジの感じ、重さ、暖かさ、肌に触った感触までリアルに想像できるから、縫えばそのままの通りにできあがるのだと思います。つまり、リアルに描けば描くほど、そのままを確実に引き寄せる。
世の中の仕組み、全て同じです。
皆さんにとって、私にとっての「生地」のように、リアルに描ける世界観やジャンルがあるなら、それを願い事などに応用してみてください。


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by 4cubes | 2017-01-15 11:37 | 潜在意識 | Comments(0)
不思議なほど言語化できないこの1週間です。書きかけの記事ばかりが増えていく。
スピとかそういう抽象的概念の世界ではないのですが、言葉にならないものばかり感じています。
また前提が変わったのがわかります。
イメージの仕方が変わったので、現実化がまたちょっと変わるのかな、という感じ。
言葉がどうしても追いつかないのですね。

もともと意味の分からない(知識としてはわかるけど感覚としてわからない)言葉は誰にでもあると思いますが、潜在意識の世界を知って前提が変わると、感覚がわかっていたはずなのにもうわからなくなった言葉というのが生まれます。
私の場合は「嫌味」とか。言葉の意味は分かるけれど、嫌味ってどんな感じなのかのイメージがわかなくなりました。他にもいくつかあります。

そして昨日は思いがけず、突然「好かれる」と、完全にさようならしました。
誰かが自分を好きだと感じる事からの「嬉しい」とか「幸せだ」という感覚を、若い頃は強く持っていた、年齢を重ねてそこの執着はなくなっていったけれどそれでも持っていたはずなのに、それが完全になくなってしまう瞬間と遭遇しました。
つまりは、完全に、相手が自分を好きかどうかについての一切は、私にとって完全に私の問題でなくなったというか、自分を好きであると思う時の相手の感覚が想像すらできなくなり、そもそも「好かれる」なんて幻想でしかないという事、大事なのは100%、自分がその人を好きかどうか、という事に尽きる。という事なのですが。
言葉で書くと当たり前なのですが、1%でも残っているのと、完全に消滅してしまうのとは、雲泥の差があります。

で、その消滅してしまう瞬間(←、あ、完全になくなった、がはっきりわかりました)泣いていました。
それは、幻想とはいえ「好かれる」という自分なりに持っていた感覚も、私にとって愛おしい存在だったからです。
もう二度と会えない自分の感情との、お別れでした。
そこでやっと「好かれたい」が、ほんの少しは残ってたんだなぁという事を認識しました。

またひとつ、自分を信頼できるようになりました。

話は変わりますが、私は毎朝、その日にやる事を箇条書きにしておきます。
その時に「必ずできる事」しか書きません。
言い換えると「必ずこれだけは今日中にやる」と「肚から決めて」書きます。
そうすると「やる」前提で物事が進みますから、終わります。
でも「とりあえず思いつくだけ書いておこう」みたいなのだと、やり残しができて、しかも「面倒だけど特に困らない、でも頭の片隅にはいつもある」みたいなタスクが、毎日毎日先送りされていきます。

●毛布の洗濯
●時計を修理に持っていく
●コートのほつれを直す
●写真の整理

みたいなことなんかそう。
ダラダラと先送りにするのも、判断エネルギーを無駄に使っているわけですし、自分の仕事だと思っているのなら、やれば良いだけです。
そこをはっきりさせずに「やらなきゃいけないけど、やりたくない」にしておくと、そもそも「やらなきゃいけないのに、やってない」ということは、真にするべき仕事じゃない可能性も大きくて、やらなきゃいけないと思いこんでいるそんなもののために「でもできない自分」という、生まなくて良い自己否定を生んでしまう可能性があります。
私はちなみに、写真の整理なんて、最初から「自分の仕事じゃない」のでやりません。(大昔はやってましたが)

で、毎日のタスクを「書いたら必ずやる」と決めておいて、できる事だけ書いていきます。
時間的に、とか優先順位の関係でできない事なら書かなくて良いんですが、あまりに先送りするならやりたくないと思っているわけで「そもそも自分の仕事なのか」「そもそもそれ必要なのか」を疑う必要があります。
そうやって「こなしている風」じゃなくて「確実にこなせるように」タスクをしっかり決めていくと、1日の終わりがとても気持ち良く、仕事を残さないので、次の日の朝の目覚めが最高に良くなります。「今日は何しようかな~🎵」という気持ちになります。
ちなみに潜在意識と顕在意識の境目である朝起きた時の気分がどうであるかはとても重要なのです。目覚めた時に「幸せ~」だと、幸せが潜在意識にストレートにインプットされ、顕在意識と合致し、幸せがすんなり現実化するのです。
どう考えても簡単にクリアできるように1個とか2個とかだけにしておいてかんたんに達成しても良いですが「そこにどんな気持ちが隠されているか」を明らかにしてみてください。
こなすことじゃなくて、そうする自分の気持ちに気がつくための行動なのです。

そしてこれは「自分に嘘つかない」の訓練にもなります。
「やる」と決めたのならやる。自分を甘やかさずに、できない事、やらない事との区別をつける。後回しにする自分と、その奥の気持ちに気づき、自分が心地良く、自分のやる事、やりたい事だけに修正していく。
日々の小さなことから、自分に嘘をつかないようにしていく事はとても大事です。
現在地を明らかにしないと、どこにも進めないからです。


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by 4cubes | 2017-01-14 18:03 | 潜在意識 | Comments(2)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


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