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お金という道具

超お金持ちの人のお話を直に聞いたので、それと合わせて書いてみます。

昨日出かけた時に、長時間煮込んだスープを、お店でいただきました。
パンもついて1,000円です。
もし自分でパンを焼いて1日スープを煮込めば、もしかしたら1,000円かからないかもしれないけれど、時間を1日そこに使うことになります。
自分がやると手間や時間がかかるものは、お金を使うことで、手間のかかるものをいただくという心地良さを享受しながらも、その分の時間を他のことに使えるという大きなメリットを生みます。

お金持ち(にも色々ありますが)がお金を使う一番の理由はそこの部分です。

飛行機のファーストクラスを例にとってみます。
ファーストクラスというと、私は乗った事がありませんが、豪華でラグジュアリーで体が喜ぶ食事やリラックスできる環境などの付加価値が多くついていることはもちろんですが、それを堪能するだけなら、単純にお金出せば可能です。その時の心地良さをお金を交換しています。そしてそれにお金を出す事が主になっているお金持ちももちろんいるし、そこがないという人もいないと思います。
そして、その気分や感情で良い前提が生まれることで、未来に繋がることも決して間違いじゃないのですが。

で、ファーストクラスは「プラスの豊かさ」だけでなく、搭乗口までの距離が短く、待ち時間も落ち着いて穏やかな時間を過ごせる工夫がしてある。
これは単に心地よさを演出するだけのものではなく、無駄に待ったり並んだり、落ち着けなくて疲れてしまったりという事が可能な限りないよう「ストレスを与えない」という引き算のサービスを提供しています。
そうすると、かける必要のないストレスをエネルギーにして他に回せるし、他に回すべきところがある。
お金を生む人は、お金があるからファーストクラスに乗るのではなく、不要なところに時間とエネルギーをかけないで済むよう、自分の仕事や役割で最高のパフォーマンスを出せるようにファーストクラスを「利用する」のであり、そのためにお金を使うという事なのです。

ただ心地良さをお金で買うだけの行為は、快楽であり、思い出作りです。
でも心地良さを「利用する」ことで生まれる時間やエネルギーを他に向け、そこから何かを生むことは、喜びです。
(喜びという目的があり、そのために色々なものを利用し、そこに必要なお金を使う)

そしてその喜びを目的にすることが「自分を生きる」なのです。
自分の心地良さを選択することは「自分らしく生きる」なのです。

「自分らしく生きる」もちろんこれで生きてもいける。
そして、そして「自分らしく生きる」事が目的でも、引き寄せとか潜在意識の考え方で、物理的に豊かになることができることも確かです。
だから間違えそうになるのですが、実は「自分らしく生きる」事は他ならぬ「自分」を失っていくという落とし穴があります。

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らしい


①根拠や理由のある推量を表す。

②伝聞や推量に基づく婉曲 (えんきょく) な断定の意を表す。

③(多くは体言に付いて)ぴったりした状態、よく似た状態にある意を表す。いかにも…のようである。まさに…と見うけられる。

デジタル大辞泉より

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自分「らしい」とは、自分ではなく、自分によく似たものを指しています。
よく「自分らしく生きよう」なんて言いますが、それ(らしくを意識している状態)は言い換えれば「自分を生きていない」ことの証拠なのです。
つまり「自分らしく」と言えば言うほどそれは「自分じゃない」ことを強化することになり、自分を探すばかりになって、自分からは遠ざかっていきます。
でもそこで「じゃあ、自分らしくはダメなんだ」と思う事も危険な考え方です。
何かを排除して何かを得るのはそもそも、そもそも違うんです。
「自分らしく」も大事だし、なくなりはしないし、また「自分」への段階でもあるし、必要なのは、自分らしいのか、自分なのか、
 
「知る」ことなんです。真に。自分をごまかさずに知る、明らかにするだけ。
何もしなくていい、むしろ何もしないでください。それだけで全ての悩みから解放される。
 
言葉って、使っている言葉がどんな意味を指しているのか、自覚することが非常に大事です。何度も言うけど、似て非なるんです。
そして無意識に放つ言葉は殆どが無自覚なので、なかなか気づけない。自分が属しているコミュニティは自分が作った世界なので、使われている言語も自分には違和感がないものばかりなのです、ほっほ。
だから違う世界に飛び込んで、自分の無意識に気づいていく事はとても大事なのです。
潜在意識が現実を作っているけれど、実は「ことば」が作っているよねと、今なら私もそう思えるのです。
 

戻します。
何かをなすという目的がある場合、お金はどこまでも「道具」です。
そして道具だから、使ってこそ価値がある。
もう1回言うけど、使ってこそ価値がある。
大きなお金じゃなくても、日々の暮らしに使うお金も同じです。
そして、心地良さ、いわゆるワクワクにお金を使う瞬間も大事だけど、その先にあるあなたの喜びに繋がることに、お金を使う事はもっと大事で。
数字だけを追っている時には決して見えないところです。
 
余談ですが、そこがわかっていれば、リオに選手を行かせるのに、エコノミーという選択が本当に良いのか、自ずとわかってくるとは思います。
選手たちのパフォーマンスを上げて結果に繋がることが、選手を含めた日本国民の喜びなのだから、そこにお金を使うのが、個人的には正解だと思います。
目的は「喜び」なんです。自費で飛行機のグレードを上げた吉田沙保里さんは、自分の心地良さというよりも、ご自身の真の役割を認識してその選択をされたのではないかと思われます。そしてそこに、物理的にお金があった、という事です。(想像ですが)
 
もう1つ、お金は時間を短縮する道具でもあります。
自分で自己流で学べば失敗や無駄も含めて遠回りする内容を、すでに同じ事を経て、その極意だけを知っている人から無駄なく学ぶこともできる。
自分の性質を知ることもそうですが、不要だと思う苦労や頑張りを最小限にして、したい事にエネルギーを注ぐこともできる。
量子力学では時間の概念はないですが、我々は時間という概念を持って生きています。その有限の時間を複線で使い、自分の喜びを大きくしていく事もできる。
使った時に生まれる喜びを、お金は与えてくれるのです。
 
「こどもてばなし講座」に来てくださった方が「セッションや講座に出向く意味」について書いてくださいました。
「自分にとって」が必要であると。不特定多数に向けて書いたものでは、個人に真に落とし込むには限界がある。
それはそうなんです。だってだって、どこまでが「自分らしく生きる」でどこまでが「自分を生きる」なのか、別だよ~とブログでは書いていても、じゃあ、個々にとっての「自分らしく」と「自分」の境界も、その中味も、全部人によって違うから。
性質だけじゃなくて、上から下まで全く同じ数字の人が2人いても、その数字の陰陽の出方も違うから。現在地が違う、そして、見たい世界も違う。
 
心理学をされている方って、ある程度軌道に乗ると個人セッションをやめて、講座など多くの人を相手にお仕事するようになる人も多い。
それはそれで大きな富を生むし必要ともされる事ですが、その中で私はなぜこうも、個人、個人に向かっているのか、私にもよくわかりませんし、今後変わっていくのかもしれませんが、今のところ、1人1人と向き合って、というスタンスのようです。
 
 
●3月か4月より長期個人コースを始めようかなと思っています。
3か月とか6か月のようなスパンで、深い部分で「自分を生きる」にシフトするコース。
表面的な悩みとか願いとかそういう事も、すべてを包括し、自分の軸を取り戻す内容です。
使うことばの真の意味を知って、ゆるやかに確実に変えていきましょう。
 
●3月、個人セッションは、個別対応します。
 
●大阪は帰省予定なので何か講座などしたいなと思っているのですが、時期検討中です。
 
●その他講座等、いくつか予定しています。
 
 
 
■ HP
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by 4cubes | 2017-02-26 12:41 | 潜在意識 | Comments(0)

マウンティングの本質

昨日吐き出したことを、一つ一つ丁寧に見ていこうと思っています。
感想等あれば、メッセージください。


マウンティングとは、

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マウンティング [2] 【mounting】

サルがほかのサルの尻に乗り,交尾の姿勢をとること。霊長類に見られ,雌雄に関係なく行われる。動物社会における順序確認の行為で,一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して,攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする。馬乗り行為。
weblio辞書より
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とあります。
鳥や昆虫、爬虫類でも、ライバルを押しのけて求愛行為をし、メスを勝ち取るというようなものがあり、広い意味では基本的には生きとし生けるものすべて、マウンティングという概念を持っていると思われるわけです。
だから本来とても自然な行為。むしろメスよりオスの、とも言えそうです。
人間でいうと、マウンティングが性質として表れやすいか、のようなものは数字でもわかります。
だから人間においても、単なる性質として捉えるべきものではある。良し悪しじゃない事は大前提。

その一方で、人間においてマウンティング女子、あとママカーストと呼ばれるものなどは、行き過ぎたマウンティングというか、私から見るとそれ必要なの?レベルですが、もはやそのスキルが社会生活においては必須になっていて、更にドラマなどが助長させている状況。
そして、先日のブログで書いたような、高度なテクニックを駆使してそのコミュニティの中や、ライバルより優位に立つマウンティングが、本質的で本当に人を幸せにするものなのか?と考えると、私はそうは思えないし、どこか漠然と同じ気持ちの人も多いと思う。

じゃあ何がどう違って、私ならどうするか考えてみたのですが。
まず本来のマウンティングは、完全に無意識であり本能であるという事。
生存という生き物の大きな目的のために使われるものであるということ。
その、生物的本能は、もちろん人間も持っているもので、個が役割として、我が子(の命)を守るためだったり、子孫を残すためだったり、人間としての必要な社会を構築するために、無意識かつ自然に使われているものであるという事。
食料を自分の分を確保してから人に分け与えることとか、恋でライバルと争うとか、自然に湧いて出てくるものがそれにあたる。

これを超えて、戦略的になってくると、それは本能ではなく、打算的であり損得勘定になってくるので、もはや思考ベースになっているんです。
更にここで厄介なのが、もともと持っている本能的マウンティングに「思考マウンティングを乗せる」という、二層のような形で存在しているので、無自覚にえげつない事をしている、という状況が生まれやすいし、無意識が入っている分、自分でも気づきにくかったりするという点です。
また、本能に後押しされて、正当化してしまいやすくなります。
でも、思考のマウンティングは、一時的に人より優位に立つためのものに留まるので、人を幸せにするものではないんです。表面上の幸せは得られるかもしれないけれど、魂の喜びではないという事です。
思考マウンティングの本質は、単なる承認欲求であり、事象に反応しているという受動的な生き方であり、つまり。

セルフイメージがおそろしく低い。
外側の自分を整えることに必死で、内観できていないんです。
その生き方は、人を真から幸せにはしない。
もちろん全てのマウンティングを一切やめなさいという話ではなくて。(自覚の度合いもあるし、そもそも本来のマウンティングは持ってしかるべきものなのだから)
そこにどんな「自分」がいるのか、を見つめることが大事だという事なのです。
自覚する。
思考マウンティングは自覚できます。
あなたに「マウンティングされた」という経験があるのなら、「マウンティングを見た」のなら、同じものが自分の中にも存在しているはずだから。

思考マウンティングは観念的なものなので「全然勉強してないのー」と言いつつ点数が良かったというその子を見て、マウンティングだな、と判断したあなたの解釈があるだけで、それだけが唯一の事実。相手が意識的にそうしたのか無邪気だったのか、は永遠にわからないわけです。
つまりあなたがそれを「マウンティングだ」と認識したに過ぎない話で、その認識があなたにとっての真実になった。
それは、世界は戦略的マウンティングが存在しているし、身近なものである、という世界を、ほかならぬあなたが作った事になります。
で、それは自由です。でも。でも。

思考マウンティングに気づいたら、それを手放そう。と、あえて言います。
これ、今までならご自由に、だったけれど、今は、曖昧にしていることで他の、人間が根底に持っている大きな想いとずれて、その差が永遠に広がってしまう事で、とてつもなく大きなものを失ってしまうという事実に気づいてしまったので、ここを読んでくださる方にはあえて手放しましょうと書いておきます。

ドラマやマスコミで大きく取り上げられるようになると、これはもう社会的に思考マウンティングを顕在化している状態と言えます。
直視できる状態だという事。それがわかれば、手放すのもそう難しいことではないです。
しかりと顕在化したら、無害なものにしていけるチャンスです。

また書きます。


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by 4cubes | 2017-02-25 11:02 | 潜在意識 | Comments(11)
寝る時間とっくに過ぎていますが、忘れてしまいそうなので書いておきます。

今日の「こどもてばなし講座」ですが、お1人を除いて他の方全員がそれぞれインフルエンザにかかり、個別にキャンセルのご連絡。
これは…(どういう意味があるのだろう、という言葉に今、違和感を持っているので、気分としてはそんな感じですが括弧つき)

今は少々のことがあっても驚きませんし、むしろ自分の手の及ばないところで起きたことは必然で、しかも純度が高いと思っているので不安になることはなく、さて、どうしようかと少しだけ考えて、それぞれ体調が回復次第、全員マンツーマン講座に振り替えることにしました。

夜、たまたま見たメルマガにくっついている動画を見て、その流れで偶然見つけた動画をこれまたなんとなく鑑賞していたら、とある言葉に反応。
昨日は「自分らしく生きる」と「自分を生きる」
他にもいくつか同じように、似て非なる言葉を、なんとなく使っていた言葉を正確に正されることが何度も何度も起きて。
「マウンティング」も、本来持っている本能的なものであるはずなのに、女子の使うマウンティングになると何が違うのか、その本質がわかり。

あぁそうか、もっともっと細かく微細に使い分け、繊細な感性で伝えたり向き合ったりしなさいという事だとわかりました。
精度を、もっと上げていきなさいって事だとわかりました。
そうすると「集中する」をさらに集中させる方法が見えてきました。

ここ最近、SNSのタイムラインに出てくる人で「この人なんかヤダ」と個人的に思う人が2人いたのですが。
でもどうしてそう感じるのか、わからなかった。
その2人は、やっていることは違うけれど、私が感じた違和感の質は同じような気がしました。
私は、違和感を感じると直視します。なかったことにできないし、気持ち悪いから早期解決したくなります。
自分にできていない事をその人たちができているからモヤモヤする嫉妬のようなものかと考えたけれどもどうもそうじゃなくて、これはいったいなんだろうと、気持ち悪い日々を過ごしていました。
その人たちは、かんたんに言うと、月収7桁で、時間と精神の自由を得て、家族仲良くて、講座は満席で、コンサルは数か月先まで埋まってて、幸せそうな自撮りで。
で、100%そうじゃないと言えるからなのですが、羨ましいという感覚ではない。だから悶々と考えるわけです。
単に羨ましいだけなら、自分もそうすれば良いだけの話だから。
本当に、なんで嫌なのかがわからなかったの。
その人と同じになりたいわけじゃない、それじゃ納得いかない。ただこの違和感の正体を知りたかった。

でもそれもわかったんです!盲点でした。
凄い、欲しい答えはちゃんと得られる!!!T_T嬉しい。
そして、感じている違和感の輪郭がくっきりと見えて顕在化したら、その「なんかヤダ」は綺麗に消えてしまいます。
適切な処置です。ほんとに消えました。

まだ少し整理できないけれど、ここに記録しておきます。

あと、セッションの時間について、これまで終わり時間を決めていませんでしたが、決めることにしました。
より時間の中の精度を上げて集中させるためにです。
もともと「お時間なので」と終わらせることが大の苦手なので、これまでは決めなくて良いのならその方が良かったし、特に困ってもいなかったのですが、より必要な事を必要なだけのメリハリのある内容にするため、セッション時間を2時間としてお互い集中し、そのあとはもし時間が許せば雑談、みたいに区切っていく予定です。


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by 4cubes | 2017-02-25 00:58 | 潜在意識 | Comments(0)

マウンティング

「マウンティング女子」という言葉が、ドラマ「ファーストクラス」以降出てきたようなのですが。
こないだの数秘お茶会でも話題になりましたが、私はどうもその概念がよくわからなくて、何度も何度も説明を読んだけれど、あまりわからず。
パートナーとも話しましたが、こんな感じかなぁにとどまりました。
昨日、息子の家庭教師先生(21歳)に聞いてみるととってもわかりやすく説明してくださり、よくわかりました!その複雑で奥深い世界は、女子のいやらしい(と解釈できるような)駆け引きもあるのだけど、今の時代に必要なスキルという部分もかなり含んでいるのだなーと。

私たちの世代でわかりやすく言うと「全然勉強してなーい」と言いながらめっちゃしてる人、という感じかな。
「●●ちゃん、それめっちゃかわいい!」と、思ってもないのに褒める、で内心自分の方がセンス上と思っている、のような。
今もお母さんの間では「うちの子なんて全然。●●ちゃんは優秀だから~。」といった感じとして普通にありますが、こういう事を今の時代にそのままやるとあからさまでイタイ人になるので、もっと高度にやるのが今の時代。
つまり、人より優位に立ちたいアピールを、微細な空気を読みながら、相手に悟られない(というか人間関係を壊さない)程度にうまく円滑にお互いやるみたいな。
(あるいは女子の間ではお互いマウンティングしているされているというのをわかっていて、男子には微塵も悟られないようにするという意図もある)
成績が上がった時に「え、めっちゃ勉強してない?」と言われたら「あー、なんかほら、こないだノート借りたじゃん。あれがあったから。も、超わかりやすくて!ほんとありがとうね!それとたまたまやったプリントから結構出たからさ、今回だけね~」と、相手のノートを褒めつつ(相手を立てつつ)まぐれを装いつつ、心の中では「あったりまえじゃん、勉強やったし!てか君のノート、そんなでもなかったし」(借りたくせに)みたいな。
これは(便宜上)悪いマウンティング。
でも、他者と比べずにいつも自分比&ポリシーを持つ「良い」マウンティングもあるのだそうで(例えば「君に届け」のくるみちゃんだそうです。存じ上げないのですが)
あと「彼氏の写真見せて」と言いつつ、その彼がイケメンだとしたら「あーなんか癒し系~優しそうでいいよね」と褒めているようで「超カッコいい!」とは素直に認めない、といったような形もよく使われるみたいです。
イケメンA君が含まれる飲み会に誘われた時、友達のBちゃんがA君を気に入っているのを知りつつ、Bちゃんがその飲み会があるのを知らないのをいいことにあえて誘わない、みたいなのも。で、あとからBちゃんに「なんで誘ってくれなかったの?」と、思わせるところまでやるけど言わせはしない、みたいな高度なもの。
あとは自分に注目してほしい時に「そのピアスかわいい!どこで買ったの?」と先に相手に聞いて、相手が「えー○○ってとこ。てか自分もそのピアスかわいいじゃん、どこで?」と返してきたのを受けてすかさず「えーそう?これね、こないだ彼氏がさ」「えー彼氏できたの???」「え、あ、うん、言ってなかったっけ?そうなのぉぉぉ」とか、要は彼氏のことが言いたかったんだけどそこは「はい、聞いてー。私、彼氏できました」じゃなくて(関係性にもよるけど)遠回りかつさりげなくやるそうで。
色んな種類や視点があるみたいですね。

インスタやFacebookで、いいねを貰うために何気ない記事を上げる、それは承認欲求を満たす行為なんだけど、自分も人に純粋に「いいね」していない(マウンティングの意図ですることも多い)から、自分が貰う「いいね」も半分は中味すっからかんだという事も承知しつつ、立ち位置測りながら熱心に何かを盛って写真上げる、なんていうのも、そうなると私なんてそういうのマジで何の意味があるの?!と思う方ですが、聡明な家庭教師先生も、絶妙にバランスと距離を取って人間関係を円滑にしているそうです。
有名大学なので環境的にマウンティングのレベルもプライドもかなり高いそうで、その中で鍛えられてしまう部分もありつつ、自分の軸は守りながらも、生き抜く術とする。人間味あふれた素晴らしい先生なのですが、ただの熱血じゃなくて、今の時代との調和もしっかり取るしそのスキルもある。
マウンティングは悪いことじゃない。ツールであり、どう使うか、なのですね。
というか本能に近いものありますよね。だってそれだけの複雑な事、思考の損得勘定だけじゃできない(追いつかない)です。

それを「いやらしい女子」と一蹴してしまうのは楽ですが、俯瞰して見ると、凄く興味が湧いてきました。
マウンティングにどんな潜在意識が働き、どう現実化するかを考えているととても面白いです。

パートナーは、マウンティング=哺乳類の交尾、という概念なので、話し出したらまず驚いていました。
「大きな声で言う単語じゃないですよ」みたいな。おじさん(笑)
そもそもそこから来た言葉なのだとしたら、動物として持っているのが当たり前でもあるのだから。
そうすると自覚なしの私の中にも当然あると思うし、無意識に使ってもいるのだと思います。

もう少し自分なりに掘ってみようと思います。

個人的に昨日は珍しい日でした。
気づきがどうのじゃなくて、1日中インプットばかり。被せ気味にインプットの波が押し寄せた日でした。
パートナーとの濃い会話、いくつかの重要メール、webセミナー、の途中の貴重な別セミナー、家庭教師先生との夜中まで話し込み。
今日はこれから「子どもてばなし講座」です。


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by 4cubes | 2017-02-24 09:50 | 潜在意識 | Comments(0)

誰にでもできる

目の前に困ったことがあると、なんとかしなきゃいけないと思うし、いかにもどうにかすべき「問題」のように見えるし、なんだかんだ偏差値の良い学校に行ったほうが良い気がするし、でもその一方で、学歴や学力がなくても成功している人もいるし、それもなんかわかるようで腑に落ちないし、こうしたほうが良いと思ってやってても自信なくなるし、人は人と思いたいけどどうしてもイライラしちゃうし、好きな事もよくわからないし、じゃあ大して好きじゃないんだねって言われてもねぇ、って思うし、まぁ色々考えるわけですが

要するに、とっとと幸せになればいいんでしょって話です。
幸せな状態になれば、すでに終わったこれまでの苦労とかは忘れて「結果オーライ」だって自然に思えるから。
だから、結果オーライってわかっていたら、幸せになるってわかっていたら、そこまでの道のりは実は大したことない。
(だから道筋考えなくて良いという昨日の話につながり、道筋考えないでいる時に幸せにもなるのですが)

ただ人間というのは幸せな状態になっても、なったはずなのに今度は「こんなに幸せで良いのだろうか」「バチが当たるんじゃ」「私が幸せになった分、どこかで不幸な人がいるんじゃ」と、色々な問題とやらをまたあえて作り出すのですけれども。

で、得られる大きさの事を考えたら、日々のことは大したことではなくて、苦もなく結構色んなことができちゃうわけです。

こんな素敵なメッセージをいただきました。
ストイックっていうのは性質だけの事ではなくて、誰もが「わかった」ら、もうそこに進むしかないっていうお話。

以前は、小野田さんの1ミリもごまかさない、とか、今ここ集中、とか読むたびにうーん、ストイックだなあと感じていたんですけど、最近、びっしり心の底から満足!の時間もあって、同時に、なんだかなーと感じる時の自分のまわりに感じるエネルギーの質の差がはっきり見えてきて、これは、確かにごまかせない。ストイックとかではなく。と思いました。
余計なところに自分のエネルギーをつかうのは無駄っていうのも、そうかなあ、人生って、も少しゆるくていいんじゃないかって感じがしていたんだけど、最近は、確かに小野田さんの言う通りだなあと思う。
あんなに時間が輝くんだったら、ほんとにああいう時間を できるだけ多く人生の中で持ちたいし、そうじゃない時間はなくていい。
という感覚が、ここ数日のことですが、実感として分かりましたよ。
体感してしまったら、もう、どっちを選ぶかは、絶対光り輝いている方に決まっていて、
それを得ていくために本音で生きていくことが必要なら、
そりゃもう、本音で生きていきますよね。
努力でもなんでもなく、植物が太陽の方を向くみたいに。

そう、性格とか性質がっていう話じゃなくて、知ってしまったら、もうそっちにしか行けなくなるんです。
その過程は、修行でも苦労でも根性でもなく、ただもう、それこそが素晴らしい唯一の道、みたいな。

メッセージ掲載、快諾いただきました。
ありがとうございました。

「一周回って知らない話」という番組にローラさんがゲストで出ていて息子が録画していたのですが、横目で見てたのに面白くて熱中してしまいました。
一言で言えば大変ストイックな彼女。
2年前にCMでいきなり素晴らしい歌唱力を披露したそうですが、その更に2年前から、歌う予定もあてもないけど、未来の来るべき日のためにボイストレーニング受けていた。
アメリカ映画に出演されていましたが、3年前から、予定もあてもないけれども日本とはまた別に、アメリカの事務所に所属していた。
2年前から全く話せなかった英語も習い、日本でのマネージャーさんもアメリカ人の人に変わってもらい、と、自分をその環境に置くことを徹底し、スタジオではとても流暢な英語を披露。
インスタでは、雑誌のページ並みのクオリティの写真を、1日も同じ洋服を着ることなくUPして。お料理も素晴らしく。
我々から見たら驚愕ですが、彼女にとっては苦もなくできる事、当たり前に頑張れること。
苦労すら、幸せだと思える事。

彼女の場合は天才的に見えますが、要は、そういう本質のものが誰にでもあるから、それを見つけるだけなんですね。
見つかれば自動的にそっちへいくから。

誰でもできることじゃなかったら私も書こうと思わないです。伝える意味ないし。
自分ができて、終わりにしちゃってると思う。


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by 4cubes | 2017-02-22 17:00 | 潜在意識 | Comments(0)
潜在意識の事をこれだけ書いていると、皆様「潜在意識を理解している」「理解したい」「理解できていない」などと思ってしまいそうになっているようなのですが、潜在意識は、そもそも思考で理解できるほど簡単なものではないです。理解する前提がまず不要です。

つまり「病気になった」事実があったとして、原因とやらを探ってみて「旦那にかまってほしくて病気やってたんだ」という気づきを得たとしても、それは正解というわけではないんです。自分がそれを正解だと決めた、に過ぎない。でも決めたから、それがあなたにとっての正解になるというだけなのです。事実から見えることは、限りなく真実に近い想像だけなんです。
もちろんそれで良いんです。
でも、「旦那にかまってほしかったんだ。いや、親かな。え、でも親とは何のトラウマもないし。じゃあの事はどう説明がつくの?そういえばあの時もこういうことがあった、それってどういう意味?同じこと?違う事?」なんて、自分の頭で全部理解しようとしても、全部に説明をつけるなんて不可能ですし、そこで「私は難しく考えている(理解することが難しい)」つまり「世界は(私にとって)難しくできている」となり、幸せになることが難しい事象が起こる、と繋がっていきます。本末転倒です。

私があれこれ書いてそれを理解してくれようとしているからか、難しく考えている方が多いです。
それには私の責任もあるとして。でもそれは置いておいて。
頭で理解したいという方がとても多いです。でもそれも、頭で理解したいんだなーって感じにしておいて。
その上で、理解しようとしない事。ブログ読むのは好きだけど読んだら忘れる。くらいがちょうど良いです。
わからなかったら聞きにきてください。
文章だとどうしても一側面になりますからねぇ。

「世界は、かんたんにできている。」
ここをまず動かさないでください。
「かんたんにできている、だとすると、どういう事が言えるだろう」これで世界は簡単になっていきます。

さて、私は時々「決めると叶う」などと書いていますが、「決める」時に何が起こっているかと言うと、これも無意識なので自覚しているかはともかく同時に「決めない」が起こっているはずなのです。
物事は全て陰陽でできていて、それが統合(分離されていたものを元に戻す)された時に、完全な形で動きます。
「決める」と同時に、それと同じだけのエネルギーの「決めない」が起こっていて、そのバランスが取れた時に、現実が完璧な形でうまくいくという事が起こるのですが、例えば朝「歯を磨こう」と思ったら、もうあとは「どんな風に磨こう」とか「洗面所まではどうやって行こう、歯ブラシはあるかな」なんて考えずに、無意識に歯磨き完了していると思います。要は「決めた」ら、あとは何も意識することはなく「自動運転」なのですね。それは願い事なども同じ。

つまり「決める」と、それと同時に「それをどうやって遂行するかを決めない」が起こっています。
潜在意識は自動運転なんです。
願ったら手放せ、というのはこの事。
願った(決めた)ら手放せ(あとは何も決めない)という事。
お金を手に入れると決めて「遺産が入るのかなぁ、宝くじかなぁ。」なんていうのもですが「今時給900円だから、入ってもこの程度よね。臨時ボーナスでも出るのかなぁ」とか「旦那が出世?ま、したとしてこのくらい?」なんて、無意識にでも見積もりしたり、お金が入ってくる道筋をあれこれ考えていたら、入ってきません。

統合されないから。
バランスを崩しているからです。決めて、決めて、また決めてるから。
「決めない」も同じだけやれって話。

引き寄せの本などで「願ったら手放す」と書いてあるし、実際そうなのですが、要は統合してねってこと。
でも「願ったら手放す」だけ書かれててもあんまりわかりませんよね。
なんで?ってなる。私も斜めに見てしまう方なので「なんで?なんで?なんで?」の連続でした。
執着するとなんたらとか、色々と理由らしきことは書いてあることは書いてあるけれど、その説明がなんだ?って感じで納得いってなかった。
そもそも説明がされていないじゃん、という(わたしから見るとそう見える)本もとても多く、どれだけ読んだか。そして、沢山読むとやはり、主観的にですが「著者が、わかって書いているか否か」も見えてきます。

理解しなくて良いと書きましたが、理解はしなくて良いんです。
でも納得は必要なんです。
自分の体が受け入れているか、ってこと。
理屈がわからなくても良いから、感覚で、体で、良い反応を示しているか、というのは大事です。
だからたくさんの本や情報があるのは良い事で、自分に合ったものをより見つけやすくなるんですね。

さて、なぜ「決める」と同時に「決めない」が起こっている、にたどり着いたかというと。
物事は陰陽でできている、というのは、私はいまだに知識でしか知りません。
統合の感覚はわかりますが、人間ですし特殊能力もないし普通に現実に起こっている事象から考えています。
私が、心理学の世界の中で「この人はわかっている」と思う人は、皆、どん底を経験されています。
その人たちはその後、大きく飛躍することになるのですが、そこに共通点があります。
「抜け出す」という事は決めて、あとは決めていないんです。
「どうしてもここから抜け出したい!」と思う時に、呑気にそのやり方を選んだりしませんよね。
心からの叫びで「助けて!!!!!」って時に「あ、でも、Aさんからだったらいいけど、Bさんからだったら嫌だわー」とかないですよね。
「誰でもいいから助けて!!!」ですよね。
「決めない」は自動的にそうなります。自分から意識してする事じゃないので案外書かれていないのですが、この「決めない」の方が大事。
人間って、切羽詰まった時「なんでもいいからどうにかして」と思いますよね。
「なんでもいいから」は、どんな方法でもいいから、誰でもいいから、って事。
どうにかなるのであれば、手段は選ばないって事。それくらいの強い、純度の高い、損得勘定のない想い。

そこに完全なバランスが生まれます。
願ったものの大きさと、手放したものの大きさの。

その時に願いが叶うんです。
私のどん底経験も色々ありますが、すべてこの通りでした。
自分で言っちゃうけど、書いていて繋がるし面白いしなんかすごい!
ブログでここまで書いてるよ!って思います。(あくまで自分比で)
私、今の姓(結婚後の姓。離婚したけど戻していない)だとD5なんですよね。LP4、D5、S7。
書く事、伝えることが使命。自分で、もったいないって思える内容こそ出し切ります。
でも、パラドックスですが、そうやって出てきたものだから想いが込められます。
新しい姓を得て伝えるために結婚したんじゃないかとすら思えてきました。
元夫、ありがとう!

で、戻しますが「そこまでどん底にならなきゃいけないんですか?」という発想をする人がいる。
違いますよ。全部バランスですから。
物事の大きさじゃなくって、願ったことと同じだけの「決めない」を放てば良いだけ。
「決めない」を頭で理解しようとするとまた余計な思考が増えちゃうので、現実がうまくいかない時に、目安として「あー、決めないをやっていないのかも」という可能性に目を向けてくださいね、という事です。


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by 4cubes | 2017-02-22 10:21 | 潜在意識 | Comments(0)
今週の金曜日に「こどもてばなし講座」を開催することもあって、そのことを集中して考えています。残席あります。

「てばなし」って手放せば良いんだけど、なかなかできないのも当たり前で。
私だって完全に手放しているわけじゃない。親の事情や都合やエゴもある。大事な事はそれを否定するのではなくて、それとどう付き合うかなのですね。
心地良い関係性を作るのに、何を手放して、何を共有するのか、伝えたいことは同じでも、どう伝えたら良いのか。

あとはまわりの環境が子どもを作ります。
言葉の使い方が子どもを作ります。
例えば自分が「息子さん凄いじゃない。優勝したんだってね」と言われて「いやいや」と謙遜するのじゃなくて「ありがとう」と言えば良いくらいはわかるにしても「ありがとう!でもまぐれよ〜」と答える時に何が起こっていて、この先どうなるのか。「ありがとう!実力出せたみたいね」と答えると何が起こるのか。何気ないこんな謙遜や返事が何を意味するのか、そして、これを利用すると、子どもはどんどん伸びる。
ほんの僅かの言葉の違いが、どう結果を変えていくのか。
みたいなことをどう伝えようか考えています。

これからの時代、どんな人になっていくと生きやすいか、そのマインドが大事でその作り方はどうしたら良いか
今の価値観では、親世代で通用した価値観はもう使えないですしね。

私はあまり事前準備をしない方で、それは、どういう方がいらっしゃるかで流れが全然違ってくるから。講座の内容もやりますが、少人数という事もあるし、基本セッションに近いです。「その人に合った」がいかに重要かという事も、数秘を散々やってきてわかるから。
同じことを伝えるにしても、その方がどんな数字かによって、理解が違うし、解釈が違うし、そこを考えながらいつもやっているのだなーと、今まで無意識でしたが、気がつきました。
現実に使える、それでいて新しい視点のアイデアを伝えたい。

面白いなーと思うのですが、セッションに来てくださったのが6、そのお子さんが9だとして、お子さんの話をするときは、4(私)のフィルターが、6のフィルターで見ている9のお子さんはどうか、という視点で私は話をします。
つまり、ただ「お子さんは9だからこうです」ではなく「6からみると、9のお子さんはこのように見えます」といった感じで微細に複雑になりますが、6言語で話すという感じ。でないと私の4と6ではそもそも同じ言葉を使っても、その言葉の意味や解釈に違いが発生するので、6が理解できるように話すという必要があります。
その場で調整しながら話しています。
これを完全ではないにしても無意識にやっているのが私のセッションですね。
もちろん4が4の伝えたいようにやっても伝わりますけれども、4がもともとそういう性質なんだと思います。で、D7が結構精密にやるのだとも。
気づいたらこうなっていました。

私はできる、価値があると公言する事は、いやらしい印象を与える可能性も認識していますが、できることをできると伝える事、どうしてそれを伝える必要があるのか、以前はわかりませんでしたが今ならわかります。
私、現在100万円にも匹敵するコンサルを受けているのですが(実際のお値段はもっともっともっともっとお安いですが)その先生の在り方から相当なことを学んでいるし、そこでわかりました。
この辺りもまたシェアしていこうと思います。(まだ言語化できていない)

例えばですが、このブログを見てイラっとしても良いんです。
自慢か?と捉えても良いんです。(私自身に自慢する趣味はないですが)
ただ、イラっとした相手から「イラっ」だけ受け取っていては得がないから、イラっとさせられたら、どうしてそういう気分になるのか分析して自分のものにすると良いと思います。イライラするんですがなぜでしょう?って直接聞いても良いと思います。
私もそうしてきました。
今もイラっとする人、います。
でもイライラする相手から受け取るものがなかったらイライラ損だし、そこに自分にとって鍵になる何かがあるのはわかっているので、そういう相手からこそ学んでいます。

何かの参考になれば幸いです!

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by 4cubes | 2017-02-21 17:34 | 潜在意識 | Comments(0)

自作自演

つまりは、人生は壮大な「思い違い」でできているわけです。

先日の事、パートナーが「知り合いの子(中学生)に「こないだの土曜日、●●にいたでしょ?」と言われたので「僕は、きれいな人と一緒だった?」と聞いたら「ううん」と答えたので「だったらそれは人違いだね」と返事をしておきましたよ」とメールをくれたのですが。
(確かにその日はパートナーと2人でその場所にいましたが)

私はそれを読んで、
●聞かれたのは事実だと思うけど(←そこ創作の必要はないし)
●その後の中学生との会話は彼の創作だ(←普段の会話で私をいじる時にもよくストーリーを作るから。)
と瞬時に、何の疑いもなく信じ込みました。
「きれいな人だった?」と聞かれて普通に「ううん」とか答えるわけないよね???と思ったのが後押ししていました。

そこで、軽く1人でふてくされてたんですね。
で、冷静にこれも自分が言わせてるんだな、この事象を通して私に何かメリットがあるんだな、何かわかんないけど。
でもなんか怒りおさまんないわーと思っていたのですが、彼と話したくなり電話して、本音を話したのですが。
(謝らせようとかそういうコントロールじゃなくて、純粋に伝えたくなったと自分で確信を持ってから)怒ったよ!って。

そうしたらなんとその話は事実だったのでした!
本当にそう言ったんだって。

綺麗じゃないと言われたそれもどうなの?という感じですが。そっちは不思議と腹も立たないんです、自覚もしているし。
そうではなくて事実はどうあれ「彼に」きれいじゃないと言われたことに私は怒っていたのだけれども、そもそも私の解釈が間違ってるだけだった!
嘘だと勝手に解釈して、しかもそのストーリーだって、別に彼が私に直接「きれいじゃない」って言ったわけでもないのに、そのストーリーから私は彼が私に「きれいじゃない」と言った、と解釈したわけです。
その「きれいじゃない」は、彼の言葉だと。
しかも、誰かに言わせた風なストーリーにして、高度で姑息だと(笑)

彼は「自分は綺麗な人といたのだから、綺麗じゃないと言うなら人違いだね」という意味でそう返事したのだそうです。
シンプル!てかそのまんま。

想像力で言うなら、私の方がある意味ずっと豊かなストーリーを考えていたのでした。

こういう事は、事象の差さえあれど本当にいつも起こることです。
起こっていない気がするのは、感情を閉じ込めて事実確認をしていないから。
違和感があってもなかった事にしたり、うやむやにしてしまうから。でもそれは危険な事です。
私はなんだかんだ、違和感があるなら本人に確認しますし、本音を言わずに黙っているという事はないから、そこで自分の勘違いに気づかされますし、そのおかげで勝手な勘違いで人をジャッジしないですんでいます。
些細なことのようで、もしこの事を話さずにそのままにしておいたら、今度からいくら「きれいだ」と言われたとしても、それを信じられなくなっていたかもしれないし、そうすると「綺麗って言われたい」と思っているのに「信じられないから受け取れない」という事が心の中で同時に起こるから、言われても受け取れない、言われなくても不満になり、相手との心の距離がどんどんできてしまいます。

だから本音を出す、というのは、何より相手との詰まりを取って、自分を幸せにしてくれるツールなのです。

それともう一つ「私は【いつも】ストーリー仕立てでいじられているから」という過去データをもとに、その時の彼の言葉を解釈してしまっていて「今ここ」の彼の言葉を純粋に受け取っていなかったのですね。いつもこうだから今回もそうに違いない、と。
そこがすれ違いを生むもとになっているし、私もその場で「それってどういう事?」と聞けたら良かったのですが、解釈なんて自分にとって当たり前で疑う余地もなく、さらに瞬時に起こります。そして解釈から起こる、怒りの感情が先に来ますので、要するにそれどころじゃない。
だからこじれやすいし、こじれて当たり前なのです。
(感情ベースの人は特にそうなりやすいです)

でも、後からでも「あれはどういう事だ?」と振り返り、違和感と感情の正体を丁寧に紐解き、本音で伝えることは伝え、自分を見つめ直すという作業をすることで、不要な思い込みを外して相手と純度の高い関係性を作ることができる。
その丁寧な作業が、自分と相手を信頼することに繋がり、未来を作っていきます。
絡まるのは絡まるのだから、絡まったらすぐほどく。ほどかないまままた絡まると、どんどんほどけなくなっていきます。
最初に絡まったものなんてもう外側から見えなくなってしまっている。そうなる前に、常にほどくのです。
潜在意識でもそうだけど、それ抜きでも当たり前にそういう事です。

ただ、解釈というのは無意識のうちに当たり前に起こるから、そこを疑う事がまず難しいのです。
きっかけは、現実の事象でモヤモヤしたり、悲しいとか怒りとかそういう感情。そこがきっかけになります。
違和感があれば必ずそこでまず立ち止まってみてください。

喜びや楽しい時はそれをそのまま楽しむ。(←自然に自分に向き合えているからそのままで良い)
違和感や嫌な感情は、すみやかに細分化して適切な処置をします。
怒りや悲しみの感情は、どうしても痛みを伴うので向き合いたくなくて、自分じゃないものに意識がいってしまいがちになるので、自分に戻す作業をするわけです。

そうしていくうちに、痛みを伴う自分の愛おしさに気づいてきますし、向き合う事が苦痛ではなくなる。
私は確かに「怒って」いましたが、同時に「わぁ、私こんな怒ってる。なになにどういう事!」ってワクワクもありました。
それまで怒っていないところから、何もないところからいきなり生まれた感情。
純粋に怒っているそれって実は大変魅力的なものでもあるのですが、どうしてかというと「生(なま)」だからなんです。
採れたてっていうか。
生まれたての赤ちゃんっていうか。
それこそ純度が高い、鮮度が良い。
そこには「嘘」がひとつもない。

で、怒る必要がなかった、というところにはあとから気づくわけですが、そういうのはどうでも良くて。
その時に純粋に怒った → 思い込みに気づいた → そういうことかぁ!!!
という、一連の新鮮な流れがあるわけです。
楽しんでいる。
反省しなくても良い。ありがとうと思うだけ。
彼には「ごめんね」って伝えましたが、感覚としては「ありがとう」に近いですね。
(だから罪悪感なし)

今日は息子の誕生日です。(留守ですが夕方合流、ふぐ食べたいんですって)



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by 4cubes | 2017-02-19 11:36 | 潜在意識 | Comments(4)

エネルギー

今ここに集中する。
ってよく書いていますが、これを読んでくださっている方は、集中していますか?
今、目の前にあるそれだけに「全神経を」集中させるという事をしていますか?
夕飯を作ること、メール読むこと、仕事、掃除、家族との会話。
食べること、お茶を飲むこと、テレビ、駅までの道のり、日用品の買い物まで。

そんなことしてられない、と思う人は、それでもちろん良いです。
「そんなことしてられない」に合った現実が叶っていると思いますし、そのために「そんなことしてられない」を選んでいるだけです。
「できるだけやっている」のなら「できるだけ」の、両手を広げたくらいの世界で生きている事を自分に許しているという事。

テレビはBGMなので、という話は、それはそれで良いです。
「何を」という形の話ではなくて、その奥の意図を読んでいただければと思います。

人生において自分を生きていれば「どうでも良いこと」というのは存在しません。
メールを読むとして、それが必要だと思うから読むのだと思うのですが、集中しないのであれば、そもそもそのメール、読む必要がありますか?
集中しなくても良いメールであるし、向こうから勝手にくるメールだとしても、そんな程度の(自分にとって重要ではない)人との付き合いがある、ということが言えるかもしれませんし、そういう付き合いを自分が選んでいる、それを自分に許している、ということにもなります。

そして、そういう「集中しなくても良い程度のこと」に自分のエネルギーを使っているという事になるわけです。
大好きな事や、心が震えるほど大事な事にかけられるはずだった分のエネルギーを、そっちで消費している、非常に勿体無い状態だという事です。
エネルギー(お金も同じです)は、好きな事に使っていれば減らないんです。好きな事に集中しているのに疲れるのならば、それは単に体力が消耗しているだけのことなので寝れば治ります。そして、好きだというエネルギー(情熱)は減るものではなく、感じれば感じるほど増えるもの。(だって湧いて出てくるから。それがわからない人は何かで蓋している(感じないようにしている)と思われます。)
逆に、好きなことや楽しい事にエネルギーを使っていない時、そのエネルギーは疲弊するのです。

そういう意味で、好きなこと、夕飯を作ること、メール読むこと、仕事、掃除、家族との会話。食べること、お茶を飲むこと、テレビ、駅までの道のり、日用品の買い物まで、これらの全てが好きな事でできていたら、精神的に疲れるなんてことはないはずなのですね。
豊かさを感じるだけになります。
お金も同じで、好きな事に使っていれば、物理的には減っていますが、絶対に減ったなんて感じません。わからない場合は、日常のほとんどでお金を好きな事に使っていないだけです。

心から大好きな人とのデートに使ったお金、減ったなんて感じますか?
楽しかった!幸せーーー!!!ってそこにしか意識がいかないですよね。

色々とブログで書いているから、余計に「結局何をすれば良いのか」わからなくなっている人も多いと思いますが
毎日やる事は

●目の前の事を本音に従って選ぶ。
●選んだことに全力で集中する。

これだけです。あともう一段階、

●すべてにコントロールしない
●とにかく出す(本音・不要なもの・感謝など)

だけです!
お金も、子育ても、人間関係もすべてこれだけです。

余談ですが、とある芸人さんの写真がネットに載っていてそのすぐ下のコピーが「現在ブレイク中」と書かれてたのですね。
でも私、芸人さん知らないですし、その写真だけの印象で「現在ブサイク中」と読んだのです。(大変失礼ですみません)
でも、気づかなければ「現在ブサイク中」が、私にとっての真実なのです。
写真から私がそう感じたから、そう読んだのです。

で、世の中はすべてこれと同じ原理でできています。
自分がそう感じたら、そう解釈したら、自分にとっての真実になります。
目の前に見える黒いテレビを、自分も他人も「黒だね」と言ったとしても、その両方が全く同じ色を指しているかなんて、客観的に確かめようもない。
全ては主観でできていて、自分の主観が自分にとっての真実です。
昨日の晩、お寿司を食べたと言っても、それは記憶でしかなくて、証拠なんてない。
日記に書いたとしても「日記に書いてあるだけ」であり、実際に食べたという証拠なんてない。

だから「今」と「自分」だけが、軸になるのです。
それ以外に軸はないし、基準もありません。
そしてその基準は人それぞれ違っていて良い。一致させなくても良いのです。

少しでも自分以外の基準が入っていたら、それが自分の本音と違っていたら、自分の軸が崩れます。
自分の主観で見ている世界が歪んでいくのです。
それが「現実がうまくいかない」という事象で示されています。

もう本当に「今」の「自分」(←肉体の自分じゃなくて、純度の高い本音の自分)で生きるしかないという感じ。
私もここのところ、どんどん純度が上がってきています。ほんの少しの先、または過去の事すら考えないように、というか、考えないようにさせられています。
ごまかしがきかなくなってきました。
これも早いうちにアウトプットの機会を作ろうと思います。


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by 4cubes | 2017-02-19 09:36 | 潜在意識 | Comments(0)

おかねとか視点の話

無料でブログで情報を公開している人もいる、その一方で、同じような内容を高い金額でセミナーにしている人がいる。
だから、高額セミナーの人は儲ける事ばかり考えていて性格が悪い、とか、無料の人は親切だ、という見方をする人がいる。
言わないまでも、どうしてもそう感じてしまう人も多いようなのですが。
私も、近いような事(この差は何だろうと)考えていた事はあります。
性格の良し悪しは主観ですから横に置いておくとして、また、有料だろうが無料だろうが、発信側が意図してやっていて、需要がついてきているのであれば、発信側と受ける側の問題である、という点でもここでは置いておくとします。
高かろうが、それでオッケーという人がいるんだからいいじゃん、ってやつですね。
それを公平じゃないから良くないっていう人もいるし、単純にメカニズムが知りたいという人もいる(私はこれでした)。

これは、発信している人そのものがどうのではなくて、その考え方をしている人が、その考え方をしているという点において「本質と違う」という事が言えます。
そもそもそこじゃないよ、という事。
この考えをする人は、前提が「おかね儲けは悪いこと」まではいかなくても「安く、もしくは無料で提供するのが良い事」とか「良い人」というような定義を持っています。
だから、同じものが値段違いでそこにある時に、値段で(商品もしくは提供する人の)価値を判断してしまう。
「同じものである」という決め方も主観的です。
仮に内容が一言一句同じであろうと、それを「同じ」と取るか「違う」と取るかで違う。
発信している人が違えば「在り方」が違うのだから、違うものなのです。当然受け取るものも違う。
誰から買いたいかが重要なのは、そこです。

で、誰から買いたいか、というところが軸となり、それがたまたま無料なのか、100万円なのかというだけの話。
それを、無料だから、100万円だから、とすり替えて考えているところで、その時点でもう純粋に受け取れなくなってしまっているのです。
見ている事象は同じですが、見る視点が違うそれだけで、受け取れるものが受け取れなくなるという事が起こります。
何でもそうですが、物事は全て視点の違いです。

そして値段については、比較するものではなくてですね、無料のものは無料のものとしてそこにあり、100万円のものは100万円のものとしてそこにある、それだけなんです。

Aさんから買いたい → 無料だった。ありがたく受け取ります。
Bさんから買いたい → 100万円だった。今の時点で物理的に無理です。

これ以上でもこれ以下でもない。
無料、または有料っていうのは、結果的にそうだったというだけの事で、Aさんがどうとか、Bさんがどうとかって話ではない。
あなたが億万長者だったら、Bさんのセミナーが100万円でも楽に出せるから気にならないでしょう。むしろ無料の方が、何か裏があるんじゃないかと思うかもしれない。
100万は、ただ自分が行けないから、手に入らないから、問題(つまり視点でもある)をすり替えているだけ、という可能性がそこにあります。

PTAの仕組みに普段文句言わないし会費も黙って出すのに、自分が役員になった途端に「こういうやり方はおかしいと思います」と言い出す人みたい。
つまり、これは誰にでも言える事なのですが、自分事となった途端「視点が変わって」問題でなかったものが問題になってくるのです。
100万円取るBさんが問題なのではなくて、あくまで自分にとっての100万円問題なのです。(そして問題でないものを丁寧に問題にしている)

お金の、数字の部分に囚われているとこの考えになりがちになります。
数字ってわかりやすいから、そうなりがちなのですけれどもね。ほんと幻想です、お金って。

で、お金で、例えば情報を買っても、それは情報を買っているわけではないんです。
本当は、情報の奥にあるものを買っているのです。
発信する人の「言葉の情報」というデータを買って「在り方」をインストールするためにお金を出しているのです。
情報を買ったと思っている人は、買っただけで何とかなると思っていて、ダウンロードするという事を知らない。
「情報」という表面しか見ていないから、値段の違い(自分で自覚できる違い)のみに反応する。
で、その情報で変われなかったから、また違う情報を探し求める。目新しさばかり求めてやっと違う情報を手に入れたと思ってもやっぱりダウンロードしない(知らない)から同じことの繰り返し。
ダウンロードしないと、当たり前ですが使えません。着るために買う洋服も、買うだけじゃなくて着てこそ意味がある。
自分は本質的に何を買って、あるいは得ているのか、というところを知らなければ、お金だけ出してもそれはお金が移動しただけで、買ったことにならないのです。

で、それがたまたま無料かもしれないし、たまたま有料かもしれないというだけ。
無料より色々な点で有料の方が純度が高くなり、受け取る仕組みの精度も上がり、そこに大きな豊かさがあるので、厳密には無料と有料には差がありますが。
(これはもうそういうものですから)

で、別に情報だけ広く浅く手にしても良いのです。それが自覚できていれば。
自分が、主体的にそうしていると思えているのであれば。
人のせい、他のもののせいにしているから変な話になるだけです。

主体的であれば(ほんの少しもごまかすことなくそうであれば)本当に何でも良いと言えます。
(主体的に犯罪を犯すのもあり?という質問はさすがに来なくなりましたが、そもそも主体的な犯罪ってないんですよね)
例えば、部屋着を、ボロボロのものを着ているとして、自分にもお金を使ってあげましょうとか、そういう本もあるし、それもわかりやすいし良いし、私もそう伝えることもありますが、心の底から確信して「誰が何といってもこのボロボロがいいの!」というのであれば、それが本心なら、ボロボロで良いんです。
ただ、当たり前にそれを着ているのではなく、まず疑ってみて、実はどっちがいいの?というところを探る必要がありますよという事。

顕在意識って本当にお利口で、自分に都合の良い理由を見つけるのが大の得意。
「誰誰から貰って愛着あって、着心地良いの」と思いつけば、本気でその通りに自分を騙すだけの賢さがあります。
数字の性質で「誰から貰ったかが大事」という性質もあるし、「機能性が大事」っていう性質もあるし、大事なポイントは人それぞれなのですが、自分の本音かどうかしっかりと見極めること。そこにお金を使うこと。そうすることで、本質がダウンロードできるんです。

ダウンロードできて、やっと完了なのです。
それ以前は全部ダミーなんです。必要業務みたいなもの。
セミナーも、買い物も、誰かと会うのも、仕事するのも、全部全部。

ハード(自分)とデータ(買ったものや選んだもの、こと)のバージョンがずれていたらダウンロードできません。
自分というハードと、その時の本音というバージョンをしっかり確認しましょう。
バージョンは変わるでしょう?本音も流動的です。だからいつも自分に本音を問うこと。バージョンを確認する事。

そこにお金は出てきません。
お金は、ダウンロードをスムーズにする潤滑油みたいな役割であるだけです。
その時に物理的に「ある」のか「ない」のかだけなんです。
あったらスムーズで、なかったらちょっと手こずるね、くらいなものです。
で「ある」状態がお好みなのであれば「ある」にすれば良いだけの話なのです。



まだ空きあります↓

●こどもてばなし講座

2月24日(金)13時〜17時
場所:吉祥寺
代金:20,000円(お飲物代込み)

子どもを完全に信じて手離す、そうすれば子どもは一人でキラキラと歩き出すから、穏やかで理想的な親子関係に繋がります。
なんとかしなくちゃから抜け出し、ただただ成長する子どもに眼差しを向けることが自然にできるようになり、親子でもっと楽になる、を目的とした、お茶会形式の講座です。
子どもを手放したいけれどなかなか難しいと感じる方へ。

(会場手配のしやすさから)お茶会形式ですが、内容はがっつり。
具体性があり、それぞれのケースに直接働きかける内容です。
(ご自分の数字を知らなくても参加可能です。基本的に数秘は取り扱いません。途中、必要に応じて出ちゃうという事はあるのですが・・・)


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by 4cubes | 2017-02-17 19:18 | 潜在意識 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ