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私の断捨離1

断捨離するはずなのに記事4連続。
「決めた」らその瞬間詰まっていたところが取り払われて流れ出すから、文章も降りてくるのは当たり前といえば当たり前。
さて、断捨離しようと「決めて」もし、目標としているところまでやり切る事ができなくても、そこで自分を責めて、問題を増やさないのが大事かと思います。

そもそも「決める」というのは、達成することを約束するという類のものではなくて。
先日も書いた「方向性を決める」に過ぎないわけですね。視点を切り替えるためのものとも言えると思う。
気分はいつだって変わるし、事情も変わる。達成するのが好きな性質の人はそうすると良いし、しなくても良い。飽きるのが早い人は飽きても良いし、飽きなくても良い。

さて、私は断捨離すると決めたらまず目に入ったもの。冬の毛布1枚、洗濯してなかったのが目についたので、それを洗濯。
「断捨離する」という視点に切り替わっているので、いつもの風景に「これいらないんじゃないかな」「詰まっているな」と思えるモノが自然に目に入ってくるようになります。

私は、全部出して整理して、というやり方はしないで、断捨離という視点で部屋を見ながら、この服1枚、この本1冊、あ、この雑貨、この引き出し開けてみようか、とランダムに見ていく方です。
で、また洋服に戻ったりして、普段のことしながら生活の中で断捨離します。無理なくできるしスタートもゴールもなくて、やれる時にやる感じ。
目の前のものが、いつもの風景から1つ減って2つ減って、小さくとも成果が「見える」という事が気持ち良くて、次のモチベーションに繋がるというのも確かです。
気持ち良く減らす事ができる感じがつかめて、乗ってくる。

私は洋服の断捨離の時は、判断基準として必ずもう一度着てみる、というのを以前からやっていて、違和感あれば処分することにしています。「1年着ていないから」などという過去情報は不要で、ここでも「今ここ」で判断します。
着て気分が上がらないなら処分。
迷うものは、しばらく着たまま過ごしてみて判断しています。ふと鏡に映った時の感じや、着ていて良い気分なら置いておくし、そう感じられないようなら処分します。
光が当たった時の色の感じ、素材感、微妙な着丈とか、そんな、気になること全てが判断基準になっています。

目の前に出してにらめっこして断捨離するのって、普段しないことをするから思考優位になる気がするのです。
そうすると感覚としての判断が鈍ると思うから。

断捨離日記、しばらく続けてみようかな。

ちなみに、子どもさんが宿題しないとか、何か滞っている時は「あなたの滞りを見てくださいね」という事で、そこが流れれば現実も変化があるので、日常の自分の滞りを見ていく事、大事だと思います。


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by 4cubes | 2017-05-31 14:04 | 潜在意識 | Comments(2)

自分を大切にする練習

●自己受容、大切なのはなんとなくわかるけれど、具体的にどうしたら良いかわからない。

という人が多いと思うのです。
私、子どもが好きで。子どもと遊ぶのが好きなのとは少し違うのですが、全ての子どもの可能性が大好きというか、関心度が高い。
息子が生まれたとき「この人の可能性の邪魔だけはしないでおこう」と思ったんです。
とはいえ新米お母さん、思い返してもいろんな邪魔したなーと思えることはあるけれど、それでもいつもそこに戻ろうとしていた気もします。

お母さんの自己受容がそのまま子どもの幸せや未来につながる事が見えているから、だから私、この仕事しているのかも。
私はすでに自分1人を幸せにするだけの知識も体感も得ているし、基本的に人は人、自分は自分なので、心の事で積極的に人とか変わらなくても良いような気もするけれど、子どもの幸せにつながっていくなら話は別です。
それに、それを通して大人もみんな幸せになるし。

LP4の公平性と、S1の未来志向なんだと思います。
B9だから更に、学術的なことや現実的なことだけにとどまらず、もう少し広く高いところから見ていけるとも思う。

と、逸れましたが。

自己受容ができるようになる。についても「どうしたらいいんだろう」では何も変わらないと思う。そこにはやっぱり行動が必要になってくる。
行動については、どれだけ書いてもやらない人はやらないし、やる人はやる。
大抵は行動しないで願いごとが叶えられたり、変化が起きるのを期待している。変化を恐れるのは当たり前だからこれはみんな同じように感じること
でそれは良いけれど、どうして行動が必要かというと、いろんな書き方してきたけれど、また別の視点でいうと

「行動」じゃなくて「移動」なんですよね。実際は。
別に人もモノも同じなんです。何かしら動かす事で流れができて循環するからお金や仕事やいろんな事が巡る。
プールの中にいるとして、自分が移動すれば、今いた場所に空きが出るけれど、すぐ水が集まってきてそこを埋めるのと同じように、人やものを移動させる事で循環が生まれるんですね。お金を支払えば入ってくるのも同じことです。
で、通常はものだけが勝手に動いてくれたりしないので、循環させるためには、まず自分の意思で自分を動かす、という事が必要なのです。これを「行動」と言います。つまり行動は循環を生むための、トリガーとして必要なのです。

という事で、私も今ちょっと滞りがあるので、循環を作るための断捨離に着手します。捨てるというか、モノを移動させる事でそこに流れを作ります。
それを、自己受容に繋がる、自分と繋がる、自分の好きがわかるに繋がる、に特化した断捨離を考えたとします。

●モノを今持っている量の、4割まで減らす。

60%処分です。半分以下にする。
捨てることに罪悪感がある人は、どうすれば循環するか考えて、あげる、リサイクル、などを活用してみる。

●モノは、本、衣類、雑貨、書類、私の場合なら生地。
●やりかけの作業を終わらせる(頼まれたものや、修理、修繕。)
●人間関係を整理する
●PCやスマホのデータを、整理する(写真とかお気に入りなど)

今ある、現実を滞らせている「モノ」を移動させてスペースを作る事で自動的にそこに新しいモノが入ってくるから、それを受け取れる自分を確認していきます。これが自己受容につながります。
断捨離という作業で、自分に色々問いかけますからそこで「好き」や「嫌い」の断片が見えてきます。

で、ここまでは王道ですが、ここで重要なのが、ただ捨てれば良いわけじゃなくて。
断捨離に良いも悪いもない。どういう心の在り方でそれをするのか、という事なのですね。

例えば8の性質の人はモノを「資源」として、人間関係も「可能性」として大切にしたい、という思いがあったりするので、単純な断捨離だと、意味がなくなる可能性があります。だから本質的に必要であればモノを捨てる必要はないのだけれども。
でも現実が滞っているのなら、どこかに詰まりがあることは確かでもある。それは「強固な思い込み」なのかもしれないし、不要なプライドなのかもしれない、じゃあそれを断捨離しましょうか、というところに派生するために、断捨離を考える、というところが肝だと思います。

つまり、断捨離しろってことじゃなくて、断捨離に取り組むことで、色々なことに気がつこうっていうことですね。収納は生き様を表しますから、ここを入り口にすると見えやすいのです。

私はLP4の男性性がモノを必要としがちですが、S1とB9(←モノを必要としない人たち)の肚の声に従い、6割減やってみようと思っています。

いまだにときめく片付けの本を読んでいませんが、おそらくあれ、ときめくかときめかないかっていうのは肚の声を聞きましょうということなのでしょうね。
でもその肚の声を正確に聞くには、自己受容が必要ですとも言える。(でないと思考がどうしても前に出ることになるから)
どっちが先じゃなくて、同時に鍛えていく必要があると思う。
そのためには、五感を磨くこと。感じることに意識を向けること。

自分への質問力も磨きたいですね。
今度それ書きます。


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by 4cubes | 2017-05-31 12:59 | 潜在意識 | Comments(0)

自己受容の大切さ

人生のあらゆることにおいて、自己受容がいかに大切なのかという確信度が増しているけれども、大人でそれができていると感じられる人は、驚くほど少ない気がする。

幸せな暮らしをしようと思ったら、仕事も、お金も、そこが重要になるし「引き寄せ」だって、テクニックではなく、自己受容ができていることが大前提なのです。(多くの引き寄せ本にはそこが書かれていないけれど)
引き寄せるから願いが叶うわけじゃなくて、願いが叶うためには自己受容が必須になるわけです。
テクニックでも多少の豊かさは手に入るけれども、それだと続かないし、続かない時の挫折が大きくなってしまうから、人生においてはリスキーになる。

子どもの幸せを願わない親はいないはずなのに、せっかくのその願いが叶わないような在り方でいる親が多く、世の中はとても矛盾していると思います。
矛盾は不安を生む。そしてその不安と戦おうとしてしまう。
その中でもまず自分が豊かになること、自分の子どもが豊かになることを選ぶこともできる。選べと言っているわけじゃなくて、選ぶことができる。

それは自分たちだけ勝ち抜くということじゃなくて、子どもがこれから生きる未来の平和への確かで大きな一歩になる。
優劣のない世界で、我が子が自由に好きなことをして幸せに生きられる、そんな世界にすることだってできると思う。他の誰の手を借りなくても。
すでに強固にこれまでの価値観で生きているから、感覚をつかむことに、もちろん多少の時間がかかるかもしれないけれど、ただ意識を変えるだけで、視点を変えるだけで、それさえ変われば手に入るものがそこにあるとわかっているのなら。

と、つい熱くなりますが。

自己受容は、赤ちゃんのように、何も持たなくても、着るものさえなくても、自分の価値があるとかないとかそういうことも考えず、ただ自分を表現して生きている。
そういう本質に、戻る、という事なんだけど。
今自分がくっつけているいろんな不要な価値観を1つずつ取っ払っていくと、裸の、ニュートラルな自分に戻るのですが、そこで純粋な「やりたい事」が出てきます。
やりたいことしか残らない、というべきかもしれません。

それがなんなのか、数秘からも見えるから伝えたりするけれど、ピンとこない人が多い。それは、まだ受け取れる在り方じゃないのかもしれないし、でもそれも「自分のやりたいこと、好きなことを受け取る」と決めた日から変わります。

私は、自分の純粋にやりたい事が見えたら、それはちょっと驚くような事で、どうやって叶えるんだ、とも思いましたが、それを持っているという事が大事だし、やっぱり純粋な願いだから、いずれ叶うのだと思います。
どう叶っていくのか、どこからアイデアが出てくるのか、楽しみです。
それは子どもの頃も確かに願っていたし、大人になってからも妄想するときにはそれに近い事を考えていたし、それほど物欲、体験欲がない、究極何もしなくて良いと思っている私が、考えるだけでワクワクする事。

本当にほしいもの、取りに行こう!


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by 4cubes | 2017-05-31 11:02 | 潜在意識 | Comments(2)

子どもとのルール作り

家庭内のルール、きっとどこでもあると思います。
我が家もいろいろ考えながら試して、高校生になるともうルールは必要がなくなったけれど、まだそのまま残っているものもあります。お手伝いに関してはこれまでずっと、ほぼ決めなかった気がします。(誰かが手伝いを必要としている時が手伝いだからという考えで)
でもゲームに関しては試行錯誤したり、宿題はいくら決めてもやらなかったし(途中で諦めました)お小遣いは小1からにしたり。色々ありつつ自分なりの基準もできました。

家庭内での決め事について、私が大事だと思うことはこの4つ。

①安易に決めず、ルールを作るプロセスが大事
②数値化はおすすめしない
③子どもが受動的ではなく能動的になる工夫
④意見表明権(子どもは自分に関係があることについて知るとともに、自由に意見を表すことができる権利)

ではゲームを例に考えてみます。

①プロセス

ゲームをする子が多いけれど「なぜゲームをするのか」は実はみんな違っているから、まずそこから。人と繋がるためなのか、ゲームそのものが好きなのか、何かを避けるため、逃げるためなのか。
子どもがどうしたいか、という事の本質をまず知る。そうしないとルールは意味のないただの縛りになると思うから。そのためにはルールの内訳以前に、本音を引き出しながら対話することが大事だと思います。

②数値化はおすすめしない

1日2時間まで、などの数値化は、わかりやすいし管理しやすく、ポイントやペナルティも含めて採用されがちなんだけど、時間で区切ると、盛り上がっている気持ちも中断することになったり、その日の気分でも違うはずだから「今ここ」の気分と合わなくなってくる。そうすると純粋な「好き」でなくなる。(好きならともかく好きでもないゲームに、それも無意識に時間を使うのは不毛ではないですか?)それでいて、管理型にする事で子どもは受動型になり「制限の中で少しでも長くやるには」という、ちょっとでも得しようとか損しないようにという発想になりやすく、また「自分の人生は制限がある」または「管理されている」というセルフイメージに繋がりやすくなると思います。

③子どもが能動的になる工夫

ゲームにもルールを作ることにも良し悪しはないと思います。ただ「これだけしかできない」「自由がない」ことを受け入れる受動型ではなく、同じことするにしても能動的で創造的であるために、ルールの中味を「2時間まで」というような「工夫の余地のない」方法じゃなくて、子どもが自分でクリエイトできる部分を盛り込んだ方法を考えるのが良いかなと思います。(子どもの工夫や頑張り次第で、自由度が増すような方法。そうするとアイデアや積極性が生まれると思う。他のことにも応用できる視点を持つ)

④意見表明権

親は子どもに一方的に提示しないで、話し、その中で子どもの希望を聞き、取り入れることができることは前向きに取り入れることが大事だと思います。子どもは「自分に関わりがある」と認められたら前向きで能動的になるから。ただ受け入れるだけだと、受動型の、他人のせいにして生きることに繋がりやすいから。
親の離婚とか引っ越しなど、子どもの希望が聞けない決定事項についても、それでもその中で、子どもに選択できることもある。

ここで、我が家のゲームに関するあれこれ。
最初はチケット制にしたり、時間制限もしたし、いろいろやりましたね。最後の方なんて「このスプーン曲げたらゲームやっていいよ」とかテキトーでした。
そうしたら「えー!」とか言いながらスプーン曲げが始まって、そっちが目的になってたり。(もちろん曲がらないけどそれはそれで楽しめた、という「ある」を見たから、ゲームができ「ない」は気にならないんですよねー)

中学生になってから「ゲームを含めて画面は全て9時まで」だったと思いますが、副交感神経を優位にするために寝る直前まで電磁波は良くないと思って決めたんですよね。
その時は確か、私が勝手に決めました。
年齢が上がってきたら「11時までにして」と言われたので、11時にしました。
ルールを解除したければ言えばそうするけれど、私からは何も言わない。彼自身のことだから、常に彼に考えてもらうようにしています。
そして守る、守らないも任せます。約束は自分とするものだと思うから。

ただ「子どもを手放したらルールもなくなるんじゃないですか?」というご質問にお答えするために書くと、ルールは作っても良いと思うのですが、確かに子どもを手放しちゃうとルールは必要ないといえばない(ものにもよります)ただ、わざわざ私の方からルールを解かないのには理由があって。全部を快適にするんじゃなくて、本人がそこに、不快を感じられる余地があるのも良いんじゃないかな、と思っているからです。それが窮屈なら窮屈だと感じることも大事だし、どうすれば良いかを考え、行動できることもできるから。

親子のルールって、守らなきゃいけないものではなくて、私の中では「親子の方向性を決めるもの」という認識です。
やってみて違ったら変えていけば良いと思う。
でもそれを、やはり子ども自身のことであれば、子ども自身で違和感や不快に気づき、変えるために行動できると理想的だと思います。そしてこれは、私の個人的なあれなのですが、ルールを決めたり変えたりしながらお互い心地良くし整えていく、それはつまり「人の心が動く」ということでもあるから。
つまり、人の心が動かないと物事は動かないから、ルールそのものを動かそうとするんじゃなくて、そこに自分が何ができるかを考えたり、相手が何を思うかを考える、そして話すことが大事になるんじゃないかな、と伝えています。
双方が心地よい交渉力につながっていくんじゃないかと思っています。


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by 4cubes | 2017-05-31 01:23 | 潜在意識 | Comments(0)
同じことを何度も書いているかもしれないけれど、もしあなたが「何かを手に入れるには苦労が必要だ」と潜在意識で思っていれば、仕事も、お金も、恋愛も、もれなく苦労して手に入るか、なかなか手に入らない現実になります。
全てはバラバラで存在しているのではなくて、その背景にあるセルフイメージを基に、全ての現実を作っているからです。

だから目先のこと、仕事を頑張ったり、恋愛の相手を変えたり、お金を節約したとしても、実は現実はまったく何も変わらないんです。
どの会社で働くか悩んでも、目の前のおやつを食べるか食べないか迷っても、それこそ子どもにどんな声をかけたら良いか熟慮しても、本質的には意味なくて、どっちを選んでも苦労するという結果になるわけです。

「自分は苦労する人間だ」と思っている限り、苦労を証明するような現実しか起こらないし「自分の子どもが苦労する」という現実も見る事になると思われます。
じゃあ目先のことじゃなくて、そもそもの背景(セルフイメージ)を自分の好きなものに変えれば良いんじゃない?という事です。
そんな簡単なら苦労しない、と瞬間的に思ったら、そんなあなたは「人生は苦労するもの」前提なのかもしれません。

私は「かんたん」に人生を生きる設定していますが、そのために具体的に何をしているかというと、毎日の行動を「かんたん」基準で考えています。
目の前にいただきもののタケノコがあれば美味しさを踏まえた上で「どう調理すればかんたんかな」と考える。
部屋のレイアウトや選ぶ家具は、好みを踏まえた上で「掃除がかんたん」が基準。
待ち合わせは、一番かんたんに行ける方法を考える。それに合わせて手段を選ぶ。
自分基準のクオリティを維持した上で、値段じゃなくて、誰にどう思われるかじゃなくて「かんたん」を基準に選択するということです。

というように「なりたい人生」を常日頃から、全ての行動に当てはめていく事を、気がついたらずっと続けているんだけど、これは自動的に自分の理想の人生、人間関係を作っていくと思います。
小さな(と思われる)現実も、全部セルフイメージが背景にあってのことだから。
かんたんじゃないことしている自分に気づいたら、かんたんに置き換えていく。

この方法は、自分が今どんなネガティブなセルフイメージがあるか、みたいな事を掘り下げなくても実践としてできるからおすすめです。

もちろん「私の人生は頑張る事」としても良いし「落ち着いた人生」にしても良いし「波乱万丈な」でも良いわけです。その背景は選べます。

私は超めんどくさがりなので「かんたん」な人生をセットしました。とはいえ別に仕事しないで無趣味で時間を浪費する生活になるわけじゃなくて、かんたんな分、ゆとりが生まれるので好きなことができる。仕事も、同じ成果でやる事はシンプルになっていく。苦労しなくても収入になる。日常を「かんたん」にする事で小さな成功体験ができて、それをベースにどんどん「かんたんに」人生を生きることができているし、かんたんな(これはシンプルな、と言うべきか)人間関係、かんたんに人生を良くする方法にも自動的に出会えていくわけです。

自分がどんな生き方をしているか、が、子どもに投影されます。
言葉で伝えようとしている事は、心の仕組み上伝わらないし、あるいは、意図しない形で子どもの解釈で伝わって記憶されるのですが。

「親の在り方」は、そのまま子どもにダウンロードされます。
だから「落ち着いた人生を歩んでほしい」と親心として思うのであれば、まず自分がいつもそれに合った行動をしていることが大前提で、希望を叶える最短だと思うのです。
テクニックじゃなくて、そういう仕組みだからです。

ちなみに説明では「かんたん」と書いたけれど、本当は「私の人生は、かんたんでシンプルで、自由で余裕がある」です。これを全部混ぜて、オリジナルの色になったのが私だけの生き方で、それを基準に行動を決めています。
そういうのを決めると、迷わなくて不安が少なくなって、良いですよ♪

以前は「好きなことがわからない」とか「感覚がわからない」という方に「そういうものか」と思っていたけれど、それもダミーだという事がわかってきました。
もちろん私が「これだよ」って伝えるものじゃなくて、それぞれ自分で見つけるものなんだけど、確かに「ある」事はわかります。
こころにフタをしている人が多いのだなぁと、思う。
だから当然、こころにフタしてる子どもも多くなる。
直接の親子関係だけじゃなくてもっと広く捉えて、大人が自分のフタを取っ払う事で、未来の子どもたちの可能性も広がっていくんだと、心から思います。

ゆっくりでも良いんだけど、世界的に考えると、ゆっくりしていられないところももしかしたらあるのかもしれない。と最近は思うので、ちょっと加速する事を考えています。

ーーーーーーーーーー

●6月個人セッションについて

すでに枠が少なくなってきております。
潜在数秘術を使った個人セッションです。
(対面の方には不安解消の施術も可能)
料金 2〜3時間 30000円
場所 吉祥寺(遠方の方は東京駅なども可能です)
またはスカイプ、電話など。

●潜在数秘術

自分の無意識の領域を視覚化し、自分を知り、活かすツールです。
生年月日と生まれた時のお名前から算出できる数字により、視覚化します。
自分の活かし方、心地良い人間関係、無理しないで生きる自分だけの方法が見えてきます。

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by 4cubes | 2017-05-28 19:12 | 潜在意識 | Comments(2)
受験がゴールではない事は頭で何となくわかっていても、通う学校が希望通りに合格したら安心するし、まずはそれが目標となっている事も多いのだけれども。

高校受験においては受験そのもの以上に、そのあとが重要で、実際は高校1年生で学校を辞めるケースも多い。
学校って入ってみなくちゃわからないから、合っていたら良いし、合わなかったら…という「運」が作用するものだと思っている人も多い気がします。

もちろん学校を辞めることが悪いわけじゃないし、不登校なども悪いわけじゃなくて、一旦脇に逸れた時に、戻って来られる場所と寛容さがあればそれだけで良いのですが、そういう環境が実際あまりないという今の現実もあり、それ抜きでもできれば、毎日元気に笑顔で登校したい、してほしいと思うのが親子の自然な想いだとして。

高校1年生で学校に行けなくなるのは、

●例えば選ぶ学校が違ったからでもなく
●例えば滑り止めの学校だったからでもなく
●運が悪かったからでもなく
●入ってから馴染めたとか馴染めないとかそういう事でもなく

そもそも、もっと遡って、どういうプロセスを経て受験をしたか、ということが大きく関わっていると思う。
受験した学校でもその結果でも、入ってからのあれこれでもなく、受験までのプロセスと自己受容により、どの学校を受けても、受けた結果が何であれ、たとえ結果的に入った高校に「ちょっと違ったな」と感じたとしても、動じる事なく飛躍する可能性を大きく秘めている事が言えると思います。

もちろん、進学してからだっていつからだって、気がついた瞬間から人生を幸せにクリエイトする事は可能だから、受験が終わったからもう取り返しつかないという事はないけれども。

ただ、優劣の世界で苦しい受験をしたら、受験そのものは通う学校が決まれば終了するけれども、心の苦しさは都合良く終わらない。だから引きずってその後の学校生活に影響したり、人生に影響してしまう可能性があると思うのです。

それが結果的に、学校を辞めるに繋がる可能性がある。

受験を通して「自分の人生は苦しいものだ」というセルフイメージを持つと、その後の人生のベースが全てにおいて「苦しい」になっていく。
お金も入ってこないか、苦しんで得る。仕事も、恋も、ベースのセルフイメージが全ての結果を作っているから、そのベースが何であるかが非常に大事だと思います。
受験だからとか関係なく、いつでもここは大切にしたほうがいいんじゃないかな。

受験してもしなくても、PTAしてもしなくても、パートしてもしなくても、いつもフラットに「私の人生は楽しい」というベースを持っていると、楽しいお金、楽しい人間関係になるから、起こる出来事に振り回されなくなり、安心して毎日を過ごす事ができるようになる。
何が起こっても大丈夫になる。

人生は、かんたんだ。

これを実践したくてやっている、本来超めんどくさがりの私。
かんたんに生きたいから、どうしたらそうなるかをずっと考えて実践してきました。
まだまだ精度を上げるけれど、続けててよかったし、楽しくて幸せだなと思います。
超無名ですが、無名の方がなんか良い。
それでも周りに(私から見てですが)本物がいますので、発信する事はいつもきちんと答え合わせができる。信頼できる仲間がいる。
ありがたいなと思います。

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●6月個人セッションについて

すでに枠が少なくなってきております。
潜在数秘術を使った個人セッションです。
(対面の方には不安解消の施術も可能)
料金 2〜3時間 30000円
場所 吉祥寺(遠方の方は東京駅なども可能です)
またはスカイプ、電話など。

●潜在数秘術

自分の無意識の領域を視覚化し、自分を知り、活かすツールです。
生年月日と生まれた時のお名前から算出できる数字により、視覚化します。
自分の活かし方、心地良い人間関係、無理しないで生きる自分だけの方法が見えてきます。

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by 4cubes | 2017-05-26 11:21 | 潜在意識 | Comments(2)

保留力

子育て中の話でよくあるのが

●子育ての方針が夫婦で合わないのですが

というケース。
違う人間だからごく普通のこと。
子どもには、いろんな世界観を見せてあげる方が良いと思うから、そういうのは夫婦でバラバラでも良いんじゃないかな。

●方針
目指す方向、行動や処置の原則のこと。

とありますから、家庭の方針とか、教育方針という形で、家庭で統一しているイメージがあると思います。
だから一致させなきゃという無意識が働くのかもしれません。

目的が一致している場合は、皆で力を合わせることが成果を生むから良いと思うけど、人生の目的や目標は人それぞれなのだから、一致させることが不自然。
それに子どもは「育てる」ものじゃないですしね。
そもそも方針というものが必要なのか、というところに立ち返ると良いかもしれません。

「旦那は私立が良いというが、私は公立が良い」みたいな場合とか、子育てに限らず旅行先とか、家計のこととか、意見が分かれる時は無理やり決めないで、可能な限り保留すると良いと思います。
潜在意識は答えを求める性質があるから、無理やり決めないで置いておくとベストなアイデアを出してくれるんじゃないかなと思います。
「わからない」時は「わからない」ということを明らかにするだけでオッケー。

その保留をすることが、結果的に早期解決になる場合が本当多いなーと最近思います。
5分待つことで、考えてもみなかった最善の解決になる事もある。
今日の6ヶ月プログラムでも、その「待つ」話になりました。
「待つ」がわかると、物事に焦らなくなり、結果的に時間もお金もゆとりが出る暮らしにつながっていきます。


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by 4cubes | 2017-05-25 17:10 | 潜在意識 | Comments(0)
B9で生き始めて、ゆるゆるな毎日ですが、こころは緩くても、毎日セッションや型紙屋を元気にやっております。

会いたい人にベストタイミングで会えるし、荷物を持って行こうとしたらヤマトのドライバーさんに会ってそのまま渡せたり、日常の詰まりがどんどん取れて物事がスムーズ、最短で最良の結果になっている気がします。
物理的な時間短縮だけでなく、余計な事考えたり悩んだりという方向にエネルギーを使わないから、頭の中が忙しくならないんですね。
だから1日が長いと感じます。
ゆったりと時間が流れている感覚。
やっている形は変わらないのに、感じ方はまるで変わりました。
だから「2つもお仕事して忙しいですよね」と言われるけれど、全然そのように感じることはないんです。

最近は受験や子育てのご相談も増えてきましたが「うちの子は流されやすいから、それなりの環境のところに入れたい」という話がよくあります。
環境が人を作る、というのはその通りだと思うし、荒れている学校に入ったら影響を受けてしまうんじゃないかと心配な方も多いと思います。
環境が人を作るなら、好ましい環境に身を置きたいと思うのは自然な気持ちですよね。

この「環境が人を作る」をほんとうの意味で捉えている人は少ないように思います。
環境の本質は、見える部分じゃなくて「在り方」の話だと思います。
つまり、確かに高学力の学校に入れば、そのレベルにいようと思う力が働いて、周りがやれば自分もやるのが当たり前になるから、成績は伸びるのかもしれない。反対に力尽きてドロップアウトするかもしれないけれど、それは見える「形」の部分の話。
大事なのは、どういう前提で学んでいる場なのか、ではないでしょうか。
その環境が「そうしないと競争社会で勝てないから」学ぶ場だとしたら「世の中は敵がいる」という世界になるので、伸び伸びと謳歌できるはずの学校が戦いの場になるし、その後も優劣の世界で生きることが当たり前になると思うのです。
だから本質的に考えれば、戦いの場にいてドロップアウトするのは、すごく真っ当で健全であり、不登校はその主張であることが多いと思います。

見えるものだけで判断しては危険なこともある気がします。
「そこそこの環境に入っておけば安心」という考え方は「人生は環境に影響される」(自分の力が及ばないところで自分の人生が決まる)という受動的な考え方だと私は思います。自分がない人だということ。

「なんかわかんないけどここが良い」というような決め方なんて、一番不真面目なようで、一番本質的だと思います。
自分の心の奥にある本当の気持ちに、理由なんてないから。
理由のある選択は、どこかに思考が働いています。
「わからない」「決められない」というのも当たり前。
そもそも、一斉に同じタイミングで人生の方向性を決めるなんてことに無理があるのだから。

いついかなる時にも環境や他人に合わせることなく、合わせることがどうしても必要になると思える学校生活の場でさえ、自分でいること。というか、どうしたらそういられるかを考え続けること、それだけ。
うん、それだけなんです。
不登校の子は「どうしたら自分でいられるか」の結果「登校しない」を選んだだけ。(自分を生きている前提ですが)
日本人は「合わせる」事を美徳であると考えている人が多いし、その美しさもあるけれど、それもね、先に周りに合わせて自分を偽るのではなく、自分に正直になった上で「合う・調和する」を求めていくこともできると思います。

「在り方」で学校選び、すると良いと思います。
学校だけでなく、仕事を選ぶ時、買うものを選ぶ時、全て。
自分が何をしたいかの本質を知ることはもちろんだけど、同時にその学校(仕事、物)が合っているのか、現時点で判断できるポイントを見ること。
例えば「病院」に行く方が合うのか「クリニック」に行く方が合うのか「学園」が合うのか「学院」が合うのか、言葉からのアプローチもあります。
言葉は、前提をわかりやすく顕在化(現実化)していると思います。


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by 4cubes | 2017-05-24 09:15 | 潜在意識 | Comments(0)

備忘録

少し前の話になるのですが、高1息子。

部活の顧問の先生から連絡があり、怪我で2日ほど練習を休んだけれど、教室でもかなり辛そうだと担任からも聞いていますが大丈夫ですか?という話で。

●怪我は知っているけれど、練習休んだ事は、私は聞いていない
(普段なら言うから、いつもと違うパターン)
●家では痛い様子がない

本人に聞くと「休んだ事を言わなかったのは悪かったけれど、怪我も、痛いのも事実。病院には行かなくて良いと自分で判断して、練習は「1年生は来ても来なくても良い」と言われたので、大事をとって休んだ」と言う。

一見、筋が通るような気もしなくもないけれども、私の感覚では違和感と微細なモヤモヤがあって。

●担任や顧問が電話してくるレベル(心配)
●病院に行っていない(曖昧、ハッキリさせていない)
●来ても来なくても良い、からの大事をとっての休み。(自由参加なら息子は必ず行くから、理由はあれども漠然とした消極的なものを感じる)

部活に行きたければ痛くても行くだろうし、心配されているほどの痛みと自覚があるなら、病院に行くことで、心配かけないことや今後の見通しを立てる事もできるのにそれをしないという事は、本人の中に、上の整理した事実から見える「不安」「心配」「ハッキリしない気持ち」「曖昧」「消極的になる気持ち」が隠れていると見て

「すっきりしない事があるん?」と聞いてみた。
そうしたら、試合に出られない事(本人曰く、自分より弱いメンバーが選ばれているという違和感)、合わないと感じる先生がいることなどを話してくれて「多分その辺だと思う」と。

ここで、その直接の問題には触れず

●病院に行くには2種類の意味がある。1つは治療。もう1つは、部活ができるのかできないのかを、ハッキリさせること。
●どうしてもやりたいなら、痛くてもやるか、すでに病院行ってるよね。
同じ「休みます」でも自己判断では熱意も伝わりにくいし、それを無意識に選択しているってことはどう思っているってことだろうか。
●やる気のあるなしが無意識に顧問の先生や先輩に伝わることは、どんなことが言えると思う?

という話をして。

●試合に出すか出さないかを決めるにあたっては、部内での実力のあるなしだけでなくて、当然やる気も見るんじゃないかな?

で、ビンゴです。
試合に出してもらえないからやる気がなくなるんじゃなくて、やる気がない(見せられていない)から、そういう結果がついてくるとは言えないだろうか?
順序立てて話をすれば、全部見えてくる。
部内の誰それより強い弱いだけじゃない、自分には見えないところに答えがあるかもしれない。そしてその答えを作っているのがまさに自分であるという自覚ですね。

問題となっている事柄は、それ自体は意味はなくて。
息子の曖昧で混沌とした心を移す鏡でしかなくて。
問題は前提によるただの結果であり、解決させるものじゃなくて、気づかせてくれるためのメッセージでしかない。
とにかく言葉で顕在化するだけで、気がつくだけで、漠然としたものがハッキリし、不安で問題だと思っていたものは対処するべき案件に変わり、やるべきことが明確で迷わなるのだと思うのです。

気分転換兼ねて、一泊二日で、息子と大阪帰省してきました。
いつも日数をまとめて行って、あれこれ予定を入れる旅になるのですが、今回は目的と会う人を絞り、一泊ですが時間もゆったりしていました。
もともと予定を詰め込んだり寄り道するのが苦手ですから、気分がすごく良かったです。月1くらいのちょこちょこ帰省ができるようにしていこう。

今日から定期考査。
金曜日までお弁当がないのが何気に嬉しいです。

5月の個人セッション枠は、埋まりました。
たくさんのお申し込み、ありがとうございました。


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by 4cubes | 2017-05-23 08:49 | 潜在意識 | Comments(2)

徒然

書いちゃうけど、100%とは言わないけれど、90%以上は、ニセモノカウンセラーなんだと思う。自分の自己受容ができていないひと、本当に多い。
それはそれで良いと思うけど、というか、完璧な自己受容もないと思うし。ただ、自覚がないかもしくは「できている」と思い込んでいるか、っていう人が多いなと思う。

自己受容は大事なんだけど、できているかももちろん大事なんだけど、それ以上に自分の状態を自分で把握しているかが一番大事なんだけれども、それじゃ仕事上不都合だから、特にカウンセラーは隠すよね。
隠すために、隠してくれるほどのキラキラな「見えるもの」という盾が必要だよね。自撮りして豪華な食事や自由で優雅な時間、旅行アピールするよね。
それはつまり、隠さなくてはいけないこともだし、そのような仕事を選ぶそのカウンセラーの心に闇があるってことなんだよね。光が濃い人は、影も濃くなっていく。

小金持ちになって自撮りして、ホテルで美味しいもの食べてブランド持ってるのは、好みの話だと思っていたけれど、それも殆どはダミーの幸せだなーとほんとにわかった。
なんだけども、だからといってその世界を知りもしないで「ブランド物なんて意味わかんない」と先に決めてしまう人がいるのもまた違うっていうか、それもマウンティングなのですが。

好きなことするのは当たり前なんだけど、なんのためにそれをするのかが明確じゃないと、やってることは同じでも、全く違ってくる。
本当に好きでするのか、認められたくてするのか。

でね、大人はそれぞれ勝手にやっててって感じなんだけど、これが本当に、次世代の子どもたちに明らかに投影していることが、私が個人的に一番気になっていることで。

自己受容できていないと見られる子どもが、8割もいるという調査結果もあるほど。
「何かができないと自分には価値がない」「自分はどうせ大したことはできない」と思っている子どもだらけだっていうこと。
でも求められるから、素直な子どもたちは「頑張る」ことでクリアしようとする。
仮に自分の子が関係なくても、世の中のそれだけ多くが自己受容できていないなら、その価値観で世の中が回るっていうことになるから、無関係でなんていられないと思う。実際、他の子が塾行きだしたら気になるっていうのもそういうものだし。
だからこそ、その子どもたちに直接影響を与えている大人がまず自己受容していく必要があると思う。
ブランドもキラキラも自由だけど、ちょっともう、そういう悠長な場合ちゃうから、というのが個人的には正直なところ。

私、以前は、自分に価値がないことを認めたら、それは幸せを放棄することなんだと思ってたし、人は社会の役に立つために生まれてきたっていう価値観があったから、何かを成す必要があるとずっと思ってて。
それでも、見えているものに答えはないことを信じて自分の価値を手放したら

何も変わらなかった。
価値がないということを認めても、私の価値に変わりはなかった。
私の事を、価値があると見る人もいるかもしれないし、価値がないと見る人もいるかもしれないけれど、私自身の暮らしや幸せにはなんの関係もなかったことがわかり。
価値って、絶対的なものじゃないから、そもそも測れない。
それを絶対的なものにしようとして、人は、売り上げや顧客数、お給料とか、学歴、子どもの習い事の成果などで自分にも他人にも視覚化しようとするよね。

数値化できるものだけじゃなくて、褒める褒められる、見える優しさとか、我慢することが良いとか、そういうのも、本当の優しさじゃなくて、それを通して自分の存在価値を示そうとしている場合もあると思う。
もちろんみんなに当たり前にある承認欲求なんだけど、それを自覚しているかどうかっていうことが大事なんだよね。蓋をすればするほど大きくなっていくから、顕在化して無害にしようよっていうこと。

で、自覚なくてもそういうの、選民思想だから。
他の人よりも何かわかりやすい価値をつけて自分は人と違うという事を無意識に示し、それを守ろうとするのは、そういうことと本質は同じだし、そうしないと自分を守れないと思うほどに、自分には価値がないと思っているという自己受容の低さでもある。

かの優生思想(人種や障害の有無などを理由に優劣をつけて、良い(つーか都合の良い)遺伝子だけを残そうとする考え方)も、自分たちは選ばれし3%の人間だ、他の97%は、学がなくて良いからただ勤勉に働く存在であれば良い、というものですが、これもつまりは、優劣をつけて圧力をかけてでしか守れない自分だって言っているようなものだと思う。

で、その3%とやらが、自分の幸せのためにそうする必要があるっていうならそういう考え方自体は、自然に湧いてきたものなんだろうから責められるものじゃないんだけども。
実際には、97%を排除しても、選ばれし3%は幸せになんてなれない。
本来、異質なものがあるから、そこから学び、成長、幸せを感じるんだよね。
同じ性質のものだけでは思考パターンが同じなんだから、そこから何も広がらないし、残り97%が反撃してこないように管理する生き方、つまり恐れをベースに生きていくことになるんだから、幸せな感じ方なんてできるわけないよね。

と、ちょっと社会的な話になってしまったけれども。

子どもの自己受容は大事で、そのために親の一人一人の自己受容が大事。
で、片っ端から価値のありそうに思えるものを試すわけです。エステでも良いし、買い物でも、やりたくない事をやめるでも、それってよく書いてるけど、それが良いんじゃなくて、それをする事で本当にそれが自分に必要なのかどうか「気づく」ためにやってるわけです。
で、非日常をやりつつも、丁寧に自分の心を見ていくと、自分にとって本当に大事なことが見えてくると思うから、その時、真に子どもを放ったらかしてまでやりたいことがある人っていうのは、僅かだと思うんだ。

みんなが好きなことやったら社会が成り立たなくなるっていうのは、ないんじゃないかな。実は「真に好きなこと」ってそんな極端なことじゃなかったりするから。

そういう意味では私は20年くらい前から、うまくいかないことも含めて自分に正直に生きる事を繰り返してきて、自分にとっての本当のところを見つけてきたと思うけれども。LP4だから、地味に続けるのも、確認のための体験も得意とするところなので。
時間かかったけれど、見えてきたなと思う。

大人がさ「自分」超えて、肚括って、さっさと真の意味で幸せになったら、ほんとうに平和な世の中ができると私は思う。
だから、やりたいことやって、やりたくないことやめよう。
そのために必要なお金はしっかり使おう。


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by 4cubes | 2017-05-17 08:28 | 潜在意識 | Comments(2)

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