ここ最近のこと

a0352853_21255678.jpg

膝の靭帯損傷、松葉杖男子です。
今日から私は片道2時間弱の送り迎え。
(今日から期末テストらしい)
「骨折の方がまだマシ」というくらい
痛いらしいです。
面白いことに、昨日までずっっっっと
毎日予定がぎっしりだったのに、
今週は出かける予定がなし。
唯一あった一件は、保留にしていて、
なんで保留なんだろう、と思っていたら
これだったのか。
というか、なんの目的で、私は息子に
怪我をさせた(このような状況を現実化した)
のかなあと、ふむふむ考え中。

ここのところ、嘘のように
世界がめまぐるしく変わっていって、
何からどう説明して良いのかもわからない
といった感じです。

超敏腕カウンセラーさんの2回の見学会に
参加して、最先端宇宙人の集まりに参加して
ただの変わり者とか、凄い人とかって
そういう人との付き合いがあるとかって
もうまるでそういう事ではなくて。
楽しかった、勉強になった、じゃなくて。

自分が何のためにその人たちと出会うのか。

今度は、自分のためでなくてライトワーカー
となり、人のために生き出すのだけれども、
それは結構険しい道だなと思います。
自分のやることが迷わず見えてくるけれど、
あらゆることに感謝して生きられるけれど

引き寄せで彼ができた、家族と仲良し、
収入も増えて、良いことばかり。
というような自我の欲を超えて、

厳しさの中に真理を探す旅が始まる。
終わりがなくて、甘くはないけれど、
決して孤独ではない。達成できるかも
わからないけれど、ただ進むのみ。
迷いがないってこんなにも、
自分を自分たらしめてくれるものなのか
と色んな発見がある毎日です。

15年の型紙屋の中にあった、小さくとも
ものすごく当たり前に大切なもの。
でも、その「ある」を見た人はまだ
そんなにはいないから。
それを拡大していこうと思います。
それが私の生き方の好みなんだと思う。

自我を満たす、自我を満たさないで終わる、
自我を超えていく、色んな生き方があり
それすら多様であるのだから、
どれが良い悪いというのはないし、
そういうのは、自分を満たすことに
集中していれば勝手に決まっていくと思う。

ただの希望とビジョンがどう違うかというと
これは私の場合になるけれど、
ビジョンは、いつもそればっかり考えている。
考えると涙が自然に溢れている。
心が震えるし、慣れて平静になることがない。
だから、だから、ブレようがない。
そんな感じ。
これがビジョンかなあ?と、迷うことすらない
間違いようがないもの。

あと、ちょっと話は違うけれど、
文字にすると伝えにくいですが、
何かがあってもなくても良い、について。
「お金があってもなくて良い」みたいなの。
結婚してもしなくても良い、でも良いし、
ビジネスを成功させてもさせなくても良い、
など何にでも言える、どちらも等しく
「良い」という事が何か、について。

これはですね。

「お金はあっても良い!あっても幸せ」と
「なくても良い!なくても幸せ」との
2つがある、ということじゃなくて。
これだとまだ「どちらか」という二元的な
考え方なんですね。

そうではなくて、というか、その先に、
「お金があるのとないのとどちらもがある」
という、丸ごと1つのセットがある。
「ある。幸せ」「ない。不幸」の二元の先の
「ある。幸せ」「ない。幸せ」の二元じゃなく
「ある、と、ない」という要素がどちらもある
その世界を丸ごと感じる感じ。それが一元。

そもそも「どちら」という言葉が消えて、
幸せかどうかも消えて、ただ全部「ある」
「ある」も「ない」も、ある。
「お金がある」が「ある」んだし
「お金がない」が「ある」んだし、
どちらも「ある」で、ただそこに存在して
幸せかどうかの説明もいらない感じ。
という事が体感でわかると、さらに開けます。

でも、説明すれば、それは幸せと呼ぶのが
一番自然に思えるというだけ。

言葉にするとこういう感じにしか書けない
けれど、スピとか哲学ではなく真理、かな。
(それをスピや哲学と感じるのもありだし)

1人でやるには壮大過ぎるし、そもそも
1人でできる使命なんて存在しない。
ここを読む人は、ブログ読者ではなく
きっと一緒に何かを作っていくための
仲間になるんじゃないかな。
(実際に何かを構築するかもしれないし、
意識レベルでの事なのかもしれないけれど)

天才の皆さん、よろしくお願いします。


■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
# by 4cubes | 2017-12-05 09:06 | 潜在意識 | Comments(2)

カルビーに学ぶ話

カルビーのお客様対応が素晴らしいという
記事を読みました。
例えば「最近のかっぱえびせんはしょっぱい」
という声が届いたとします。

ここでカルビーは「当社商品がお客様の
ご期待に添えず申し訳ございませんでした」
ではなく

「喜んで召し上がっていただける筈の
商品で、ご不安を与えてしまい
申し訳ございません」と答えています。

つまり「何に対して申し訳ない」のかを
具体的な言葉にしているということです。
(その後も話は、お客様の真意を引き出し
お客様に共感し、クレームをファンに変える
という流れに続いていきます)

何に対して、っていうのは、謝る時でも
その他の気持ちを伝える時でも
人と人とのコミュニケーションには
ひっすで、とても大切だと思うんです。
自分の言葉として伝えるために、
自分がどうしてその言葉を使うのか
自覚できるからで、その自覚があるからこそ
言葉に乗せた思いが相手に伝わるから。

で、この「何に対して謝るか」については
私も、息子が幼稚園の頃からやっていて。
例えば、息子が壁に落書きをしたとして、
「ごめん」と言ってきたら
「それは何に対してごめんなん?」
と返します。わかってても言葉にするよう
促します。

「ごめん」に対して
「何でこんなことしたの?」と聞いても
しょうがないです。
(聞きたくなる気持ちはわかるけど)
楽しいから、やりたいから。その時の、
そのタイミングのその気持ちについて、
理由を聞いたところで、今後もう二度と
全く同じ条件がやってくる事はないから、
理由を明確にしたところで、
あまり今後に活かせるとは思えなくて。

「ごめん」「いいよ、二度としないでね」
というのもあまり良い返事じゃないかも。
ごめん→いいよ、だと、
「ごめん」が、その場をうまく
納めることの手段になってしまうからです。
ごめんって言えば終わると思えば、居心地の
悪さから手っ取り早く離れられるから。
人間ってそんなもん。
大人も、この人うるさいから、と思えば、
ひとまず謝っとけ、みたいなとこあるし。
(目的が「黙らせる」だから、謝っても
気持ちがこもらず、相手には届かないけど)

「何でごめん?」って聞くと
「いたずらしたから」とか、
「お母さんを悲しませたから」みたいな、
息子の言葉が出てきます。これは、息子が
自分の言葉にして顕在化する事で、そこで
はじめて整理されたり認識できるから。
そこで「うん、それで?」と続ける。

説教抜きで淡々と聞くだけ。
その後は「これからどうしようと思う?」
この辺も、約束させるのではなくて、
あくまで本人がどう考えているか、例えば
「これからもしたい時には落書きすると思う」
だとしたらそれでも良いわけです。
「お母さん自身は、壁に落書きがあるのは
好きじゃないんだ」という、こちらの好みを
伝えるのももちろん良いと思う。そうやって、
押し付けずに好みを伝えあったら、
これからどうするか、お互いに考えると思う。

好きな人を悲しませるために何かをするなんて、
人にはそうそうあると思えないから。
そもそも壁に落書きをしたいわけじゃないし。
その奥にある気持ちを表現したに過ぎない
んですよね。

もし「もうやらない」と言えば、
最後に「そのために何ができそう?」と聞く。
これも、それをこの先ずっと守るかどうか
みたいなことは別で、今それについて、
どんなアイデアがあるか聞いてみる。
「もうやらない」についても、それを具体的に
しようという心理が働くから。
自分の言葉に責任を持つ意識になる言葉。

これが正解ってわけじゃないと思うけれど、
こういうのをずっと繰り返してきたかも。
口先だけ「ごめんなさい」「もうやりません」
って言わせても意味ないなーと思う。

① 本人が主体的に謝ってきた場合、
それだけでなく、その言葉の背景を明確にする

② 本人が、自分はこれからどうしようと
思うのかその意思を明確にする
(約束するわけではなく今この時点の話)

③ 本人が、これからの自分の行動を
具体的にする意識を持つ
(②の言葉が、逃げにならず現実に向く)
でもこれも約束させるわけではない。

全て「本人が」であり「主体的に」です。
押しつけも、親の価値観も不要だと思う。
彼自身の言葉を待ち、その奥を聞く。
そうすると、子どもは自分を見つめるから。
そこで自分なりの答えを出すから、大人が
答えを与える必要はないんですよね。

今日も天才と会って楽しい話していました。
2018年が楽しみです!

■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
# by 4cubes | 2017-12-01 20:26 | 潜在意識 | Comments(0)

ビジョンが見えた話

ここのところ色々壊れてきていて、
(人格が崩壊したわけではなく、物事が
新しく動き始めているという意味合いで)
昨日はセッションだったのですが、
ほぼ「(私の!)事業計画と打ち合わせ」
でした。
数秘のセッションなのに身もふたもない
数秘はいらない、を知るために数秘を
やってきた事と、その上で数秘を活かす、
って事がわかった日。

人生って面白いねー。
そしてそれを面白がれる人といる幸せ!
意味のないことの先に、意味は現れる。
そもそも意味というものは、
意味のない事の先にしか生まれないのだろう。

いつもただ、まっさらで生きる。

自分でも気づいていて。
ここ最近の、あの日を境に、
手に取る本がガラリと変わった。
選ぶものが明らかに違って、本だけでなく
多分無意識レベルで、会う人も、行く場所も
今日着る服の選び方も、買う食材まで、
それ以前の自分と違うという自覚がある。
まさに「そうなった」としか言いようがない
くらいに、ある日突然。
でも、握りしめていた大きくて怖いものを
手離したから、こうなることはとても自然で、
ああ、あんな大きいものを私は手離したのか、
と、不思議な気持ちになる。

手離すっていうのは、一番怖いと思っている
事をすることだ。
今もし悩みがあるとすれば、あるいは、
悩みがないのにどこか晴れないとしたら、
それは、その怖いことの先にある目的のため、
かもしれないし。
私はそうだった。
いちばんいちばんいちばん大事で手離せない
と思っていたスタッフを手離した。

「今やっている事は自分の仕事じゃない」
「本当の自分の役割をやりなさい」と、
明確にわかるような状況証拠ばかりなのに、
2人に嫌われるのが怖いという気持ちが強く
何も動けなかった。
それでいて自分をごまかす事もできないから
目の前の仕事をする事もできない。
そもそも2人に、何をどう言えば良いのかも
わからなかったんだよね。
「なんか今の仕事、違う気がするんだけど」
と言ったところで「で?」しかないだろうし、
「じゃあその先は?」と言われるだろう。
私がそう言わせるに違いない。
本当にやりたい事が私自身わかっていなくて、
これじゃないという事だけはわかっていても、
どうしようもなくて。

だから、スタッフを手離しました。
(解雇じゃないよ)
2人に嫌われても良いって自分に許可した。
ついでに、彼と別れる事も許可しました。
何でって言われたらあれなんですが。

自分にもし揺るぎないビジョンがあって、
それを達成するために、恋愛や親友を
手離す事が条件だとしたら…と考えたら、
号泣しながらも「…手離せてしまうやん」
って思ったから、彼も手離しといた、的な。

そうしたら。
ビジョンが見えたんですよ。
これかぁぁぁ!
本物が目の前に現れたら、根拠はなくても
「あ、これだ」ってわかるんだという事が
わかりました。
壮大すぎてビビりましたが。

でも、ビジョンを作る人と、人のビジョンに
ついていく人っていうのがいて、だから
全員が張り切って使命使命って言わなくても
良いのかもしれないとも思う。
私のビジョンについてきたら人生変わるし、
勝手に幸せになると思うので、そっちの方が
純度が高い事もわかったし、
ひとまず通常セッションはあと少ししたら、
やめると思います。でも人とは繋がるつもり。
私が知っている事、数秘も、必要なら
人生を良くする方法も、全部伝える機会は、
対面でも集団でも作っていくつもりです。
お金を介するのをやめるってことかなあ。
自分でもわかってないけれど。

で、こう書くと「どんな事するんだろう」と
思うかもしれないし、すぐに動き出すと思う
かもしれませんが、文字どおり、ビジョンしか
ありません。何も決定していません。
どこから手をつけて良いかもわからない状態。
人脈もゼロ。私の能力ゼロ。
それでも進む道が見えたら後戻りできない。
というそれだけなんだけど。

ただ。

普通の顔した天才がいっぱいいるって事が、
すでにわかっているので、そういう人を
いっぱい連れてきたら何とかなるよね。
って、昨日、爪隠しっぷり半端ない脳ある鷹と
密談してました。
(セッション受けにきてくれたクライアント
さんなんだけどね)


■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
# by 4cubes | 2017-11-29 08:53 | 潜在意識 | Comments(0)

奇跡の勉強会の話

昨日は、勉強会に行ってきました。
そんじょそこらの勉強会ではなかった。
でも意図して行ったわけではなくて、実は
会社名を間違えて、違う会社の勉強会に
申し込みをしてしまい、夜の大手町の、
なんかもう凄いとしか言えないメンバーの、
場所も凄い所に潜入することになって、
おっかなびっくり紛れ込んだ中年主婦。

ただこれが、ほんっとうに面白かった!
日本経済の本質とこれからを見てきました。
しかも自分のビジョンと繋がってしまった。
マジで?
マジで私、これやるんですか?
遠すぎて怖いかどうかもわからない。

経済の話って難しすぎて深くはわからない
と思っていたのですが、仕組みで見ると
ものすごくわかりやすくて。
とてもロジカルで、やはり心の仕組みと
全く同じでした。

この金額ではとても会えないような人の
言葉を直接聞けて質問もできるような
可能性の場があるという事、
その場を作る人がいるという事、
そこに、私以外の人はほぼ、通常業務後に
参加費を払って学びに来ている人ばかり。
自分が生きるだけでなく、それをしながら
どうしたら皆が幸せになっていくのかを、
考える人たちがこれだけいる事に
昨日は多くの事を学びました。

ただ上っ面の経済を良くすることが日本の
ためにならないっていうのはもちろんだし、
日本という国は、半端なく人口減少するので
様々な意味で質を上げていく事が必須になる。
少子化で、私たちの子どもは、失業の心配は
しなくても良くなっていきます。
ただ、だからといって、気楽なのではなくて、
人口が少ない分、一人一人の能力、働き方が、
とても大事になってきます。
誤解を恐れず言えば無駄な人は1人も作れない。
全員が濃い人材として、より質の良い働き方を
していけるという仕組みを作らなくては、
みんな揃って衰退していきます。
勝ち抜けは、今以上にできなくなると思う。
人数が少ないから、力を合わせるしかない。

これは、バッドニュースでもなんでもなくて、
ここまできたからには、あとは変わるしかない
絶好のチャンスではあります。
追い詰められることで人は動くから。
特に日本人はそうだから。
そういえばAIは、少ない人数で生産性を高める、
非常に優秀なツールとなり得そうだし、
救世主であり、ベストタイミングと言える
かもしれないですね。

こういう事から、親としては子どもに
何を伝えられるか自ずと見えてきます。
その人にしかできない事を求められる時代だから
成績や好きじゃないことよりも、
没頭できる事を応援すること。
没頭に勝る才能はないから。
あと、もう1つ理由があって「なんで?」と
思えるかが大事になるからというのもある。
興味のない事に人間は「なんで?」と思わない。
「なんでそうなるのか」という視点は、
全ての問題解決と発展に繋がるから。
より良いものを作り出す事にも、自分を生きる
事にも直結していくから、いかに子どもの
「なんで?」を引き出しそこにどう答えるかが
親にできる、重要な役割かなとも思います。

何かやらせるんじゃなくて、
今すでにやっている事から創造性を生むんです。

例えばゲームでも「なんでこのボタンを押すと
マリオはジャンプするんだろうね」みたいな、
「問いかけ」もアクションの1つですし、
日常でできることはいくらでもあって。

物凄くかんたんに、うちはハムスターをよく
部屋に放すのですが、私の仕事スペースには
入らないように(行方が分からなくなりそうな
隙間などが多いから)バリケードをしても、
たまにそこを突破します。
「どこから脱走したんだろう?」って投げると、
息子は推測して「ここからじゃない?」
「ここからなら高さ的にも届くし」と、答えを
探そうとします。「もっと良いバリケード
考えてみて」って言うと、考え出します。
考え出せなくっても良い。
そんな小さな事を日々やるという感じです。
興味関心のあるハムスターだから「なんで?」
という謎について自然に答えを探そうとし、
そこに子どもの創意工夫を、
可能な限り盛り込んでいきます。
ハムスターを脱走させないようにするのが
目的じゃないんです。

因みに子どもが親に「なんで?」と聞く時は、
親が自分をどう感じたりしているのか、
に、関心があるという事が多いです。
子どもにとって親は、最大の興味関心だから。
ちなみに子どもの「なんで?」「どういう事?」
には迅速に答えられる、あるいは迅速に
調べられるようにするのが良いです。
答えられない時は「あなたはどう思う?」
「私はこう思う」と一緒に考えるも良くて。

親は、本質をシンプルな言葉でわかりやすく
(正解ではなく、自分が思う事を自分の言葉で)
子どもに伝えられるようにしておきたい。
もちろん親の世代もまだまだ働いていくし、
私たちにとっても大切な事だなと思います。
そして人口減に伴い、世代間の情報のシェア、
考え方など、使えるものはどんどん使って、
創造性を生み出していくことも、豊かさを
作る事に繋がるのではないかと思います。

数秘の飲み会、締め切り今日までです。
明日以降、メンバーには連絡させて
いただきますね。

■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
# by 4cubes | 2017-11-25 12:21 | 潜在意識 | Comments(0)

働き方の意識改革の話


「ココナラ」というスキルを売るアプリで
3万円くらいのクオリティのイラストを、
3000円くらいで請け負う主婦の方の事が
テレビで放映されたら、イラスト業界が
「価格破壊が起こる」と悲鳴を上げた話。

価格破壊だ!危険だ!って思いますか?
値段は自由だから仕方がないと思いますか?
むしろ良いことをしていると思いますか?
良いことだとしたらそれはなぜ?

と、色々考えるきっかけになると良いですね。

私達の子どもがこれから生きていく世界、
自分につける価値感覚はあった方が良い。
学校で教えないから親が教えた方が良い。
感情的な観点なら、
自分の子どもがイラストレーターの立場なら
「価格破壊は良くない」って思って、
自分の子どもがその主婦の立場なら
「できる事で稼ぐのは悪い事じゃない」
って親は思うのが自然じゃないですか。
でも条件によって左右されるものは
本質じゃないですから、どんな選択でも、
幸せであった方が良いわけで、
では、そうあるにはどう考えたら良いのか。

「価格破壊だ」と考えている人は、そもそも、
顧客の数が決まっていると思っています。
10人の見込み客がいて、イラストレーターが
10人いたらお客は価格の安い方に流れていき、
価格が高い人のところに仕事は来ない、と
そう考えています。
10人のお客を、奪い合うと想像しています。

でも、この主婦の方のような存在ができて、
気軽に高品質のイラストがオーダーできる、
という事が認知されると、イラストを発注
してみようと考える、見込み客の数が
潜在的に増えるんですよ。
「ココナラ」を見て私も、これだけ細かく
いろんなニーズに応えられる場があるなら、
色んなビジネスの可能性が広がるなって、
これまでできなかった新しいことも、
できる可能性が生まれるよね、って
普通に思いましたから。

つまり。
10人だった業界の見込み客が、仕事が
生まれることで、例えば100人に増える。
分母が増えれば「ある程度の値段を出す方が
安心感がある」と考える人もいるはずだし
「値段はするけどこっちの方が好みだ」と
いう人もいて、色んな人がいるわけですから
価格で競争する必要もなくなってくる。
住み分けができるだけのお客の数がある。

と言いたいのですが、実際には少子化で、
物を消費する人口は国内では減っている。
だから単純に分母数だけではなく、そこに
大切な事を付加して売る必要があるります。

とはいえ、基本的に豊かさは有限ではなく
無限にあるというのはこういう意味ですね。
自分の狭い世界で囲い込みをするのではなく
広くニーズを作り出せば良いって事です。
同業者で喧嘩してても始まらないけれども、
これなら1人からだって始められる。

雇用されるスタイルの場合でも、同じです。
時給が良いところ、条件が良いところ、を
他の人より早く探して潜り込むんじゃなくて
同じような条件で働く人たちみんなが、
より良い働き方ができるような働きかけが
一人一人、できると思います。

潜在的に自分だけ幸せになろうという、
その考え方がすでに古いものとなっていて。

ただ、ココナラに登録している人が、
それぞれどう考えているかは別です。
とにかく不安だから少しでも稼ぎたい人も
いると思うし、そういう人もまだまだ多い。
それは個々の話なのですが、
いずれにせよ、その状態から
「自分は」何を見るか、です。

ずっと前に、とある認定講座を受けた時、
(数秘じゃなくて)その技術を使うのに
最低価格が決められていなかったので
「いくらでも良いんですよね」と、
上に確認すると「先生の価値が下がるし
価格破壊になるから安くするのはやめて」
と言われまして。
それがものすごく違和感だったんですよね。
ルールにないんだから良いじゃん、という
それでもなくて。

価値をお金で換算する事そのものが。

しかもその価値も、誰かが決めた事で、
つまりとても主観的であるという事。
根拠なんてないわけです。

なんだかんだ理由をつけて自分の価値を
お金に換算している人がいるけれど、
それ、ほんとーに信用できないと思うし
(自己受容が低いからそうなる)
そういう視点で見ると、心理学系の人、
かなりの数、私の中ではNGになります。
あはは。

これも全部、私の個人的な考えなんで、
私こそ主観丸出しですけれどもね。


■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
# by 4cubes | 2017-11-25 10:13 | 潜在意識 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ