嫌われるという事

面と向かって「嫌い」と言ってくる人って
そういないと思うけれど、もし言われたら
昔の私だと「あ、そう」と何でもないふりを
完璧に演じ切って、あとからこっそり
ショックを受けたか、怒ってたか、泣くか
してたんだろうなと思う。

嫌いと言ってくる人が目の前にいて、
その場面で相手に「勝つ」ために、
弱いところを見せないこと、が最大限
自分にできることだったように思う。
嫌いと言われてその場で泣いたりしたら、
相手の思う壺、だという気がするもん。

そこから進歩して今なら「嫌い」に対して
「どうしてそう思う?」って聞くと思う。
普通に知りたいと思うから。
「話がまどろっこしいから」って言われたら
「あー!それか。わかる、わかる〜」って
あっさり認めてしまうと思う。
だって、仰る通りだもん。
自分をよく知ると、相手に共感できるwww
「ごめんでもそれ、どうしようもないねん」
って言って終わるんだろうけどもね。

人に嫌われるのは私、まったく怖くない。
でも仕事に嫌われるのは怖かったから、
(今回、手離すことができるまでは)
本質は同じだと考えてみると、
気持ちはよくわかる気がするんです。

突き詰めると、本当に本当に好きな人には、
嫌われたって良いと思う。
相手が自分を嫌っても、自分は好きだから。
それくらい好きだから。
そこまで好きな人に嫌われるっていう事も
実際はそうないんだろうし、私自身、
人に嫌われるという発想があまりないので、
もし、自分が本当に好きな人が私に向かって
「嫌い」と言ったら、この素敵な人がそれを
言うだけの理由があるんだ、と思うし、
言わせちゃってごめん、って気持ちになるかな。
でも、それでも自分を変えることはできないし、
そもそも自分自身が普段から、嫌われると
わかってるのにやる、みたいなこと自体がない
から、普段の私でいて、それで嫌われるなら
それはもう自分にもどうしようもないって
ことなのです。

その時は泣くかもしれないけど、それだけ。

これはもうS1らしい感じ方で、性質によって
その辺は全く違うんだと思うけれど、それでも
嫌われるのが怖くないって思えたら、
世界はどんどんあなたに優しくなっていく。

嫌いという感情自体はあっても良いわけ。
人を嫌ってはいけないという話じゃなくて、
人が人に対して自然に持つ感情はいろいろあり、
それはそれを感じる人の自由なのだから。
「嫌われたくない」人は「嫌ってはいけない」と
思っているかもしれないけれど、そうじゃない。

私は嫌いな人って、昔はいたけど今はいない。
嫌われても良いと思えるようになったら、
私の事を嫌っていると思える人が、
私の世界に映らなくなったし、
多分実際にはいるんだと思うけれどそれでも、
その人とさえ友達になれる気がするんだー。

でね、嫌われるのが怖い人で、好き嫌いは
善悪ではなくて好みだと理解をして、その上で
大好きな人だけの世界を好んで生きたい場合、
嫌われるのが怖くない人と一緒にいると良いです。
価値観がダウンロードできるから。
私、これは親からのギフトで。
私の母は、私自身を心から信頼して、
何も求めず、ただただ
私がどんな事をしていてもどんな状態でも
いつも「大好き」「ええねんそれで」って
言ってくれていた。
だから「何をしていても好かれる」という
(あるいは嫌われても大丈夫、という)
セルフイメージが基本できているんですよね。
(数字の性質は全く違うから)遺伝じゃなくて、
一緒にいたからダウンロードできたんだと思う。

親から貰ったこれ、それはそれは大きいけれど、
お金持ちと一緒にいるとお金持ち前提ができて
自分もお金持ちになるように、
いつからだってそれができるのだから、
できている人の「世界に入り込む」のが良い。
そう、会いに行くっていうのも、一緒にいると
良いっていうのも、つまりはその理想の人の
「素敵な世界に入り込む」事を意味するんです。

同じ周波数のものしか同じ世界に存在しない。
だとしたら、理想の周波数に飛び込むのが早い。
だから、会いにいけ、行動しろっていうのは、
本質的にはそういう事なのですが、
それを利用したビジネスコピーも多く存在する
というのが、詮無いことではあります。

そんなわけで、私も、自分が持っていない
性質は、借りれば良いということを知り、
欲しい周波数に飛び込んでいこうと思います。
その前に大阪、名古屋、よろしくお願いします。


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# by 4cubes | 2017-09-27 09:32 | 潜在意識 | Comments(0)

私にとっての「整える」

<ほとんど寝てました>

さてさて、なんかいい感じに前回の記事を
書いたけれど、実際のところここしばらく、
何をしていたのかというと。

殆ど寝てました。
寝る前に、いまがどんな状況だとしても、
自分はどんな生き方をしたいのか?だけを
自分に問い続けながら、そのまま寝る。
リアルに体感できるほどの自分の夢って
何だろうと思って、それを見つけて
それを感じ続けながら寝ることもあった。
(感激で泣きながら寝落ちしてた)

それで、嫌になるまで寝て、そうすると、
不安は何となくなくなってるんです。
なんでかな。

生涯を通して考えた時に、これくらいの事で
人生が終わるくらいの自分のままだったら
責任感もいらないし、カッコつけなくても
良くて、誰かのためとか背負わなくても良い。
嫌われても良いし、お店がなくなってもまぁ
いっか。謝ろう。そして、好きに自分の
ことだけ考えてても良いよね。
って、本当に純粋に自分のやりたい事だけ
思い描いて、そうしたらそれが、震える程
心地良くて、現実になるかもなーって思えて
そしたら、今直面していることは、とても
小さく見えてきて。あ、これくらい
何とかなるんじゃない?って。
そんな感じの循環ができるんです。
考えるだけ無駄、みたいなことってなくて
一周まわって違うものに変化してたりする。

そうやって自分が戻ってくると、
部屋が何となく荒れてくるのが見えてきて、
整えようかな、と思い始めます。
もちろん毎日の、お弁当や食事は作るし、
その日の業務もするけれど、それ以外は
何もしない。気が向いたら本を読むくらい。
簿記もやっていませんでした。
洗い物も溜め込んでたんで、そりゃ荒れる。
それで「湯船につかりたいなー」って、
やっぱりそこは感覚に従って、
お風呂を掃除するところから始めました。

私はよく、できるだけスタートを遅らせる
という事をするんですよね。
「体が自然に動くのを待つ」感じです。
思考って、後先を考えるから、怖いから
早めにやっとこうとかなるんです。
あとで面倒だからいま掃除しようとかね。
でも、それは自然な状態ではないので、
あえて、体が自然に動くまで待ってみる。

何かをする前に、先に内面を整える。
内面が整っていないなら、行動しない。
整わないなら、整えようと思えるまで待つ。

ということは意識してやっています。

そうそう、整えるに関しては、
急がず焦らず、時間がきたら終了する、と
ペースを守ってやった方が良いと思います。
自分のペースで淡々と。
例えば「あと少しだからやってしまおう」
って焦って手を速めたりすると、
前提は「余裕がない自分」って事になる。
整えるのは余裕を作るという目的があるから。
多少散らかっていても、その時(自分の感覚
でのタイミング)がくるのを待つ、のも、
「(待てる)余裕がある自分」を作る。

何より心を整えるのが一番。

それでさっきダスキンのホームクリーニング
予約しました。お金、使お。
出不精の私は、お金を使うことが少ないので
あえていつもと違うことやってみる。

あと、いつもと違う自分。
可愛いもの買う。
それで「かわいい」についても私は言葉の解釈が
違っていたなーと気がついて。
私の選ぶ「かわいい」は力を持つ、という事が
わかったから。どんどんその強みを活かします。

たぶん、可愛いもののセレクトショップとか、
そういうテイストの洋服屋さんとか、
そういうお店をやるとうまくいくんじゃないかな。
で、木の棚に、間隔あけて器が置いてあるような
おしゃれな佇まいのお店をやるとうまくいかない。

って事が体感でわかってきた。
今のところやる予定はないのですが。
強みとその濃度を生かすと面白い事ができる。
エネルギーが上がる。
楽しい。


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# by 4cubes | 2017-09-26 15:33 | 潜在意識 | Comments(0)

大きなマイナスをプラスに変える

<落ちた時はチャンス>

秋分の日前後は、色々あった人が多いみたい。
ありえない事が起こった人も多いようで、
私は思考が暗示をかけないように、あらかじめ
そういう情報を仕入れないようにしていて、
終わってから答え合わせになる事が多いのですが、
今回はガッツリきたと思います。

ある意味、宇宙とバイブレーションが同じ。
自然の摂理に沿っているのでどん底でも安心。

で、やっぱり自分がきて欲しくないところに
来るみたいで、私はいっつも仕事にきます。

●Wi-Fi繋がらない
●サーバートラブル(今回大きめ)
●大阪勉強会の場所が決まらない
(会場がないというだけでない、変な流れ)
●メール未達
●体調不良

こういう時は抵抗しないで落ち着くのみです。
ひたすら内観し、どんどん手離しをかけます。
こういう時は「ワクワク」に手を出さない事。
それは現実逃避のワクワクになってしまうから。
それよりも「整える」方をやります。
いつもよりしっかり掃除したり、断捨離したり
お風呂にゆっくり入る、よく寝る。
必死でやりすぎないことも大事なのですが。

整え出したら、すぐ上向きになります。
なぜかというと「整える」ができるという事は
心に小さな余裕を生んでいくからです。
「余裕があって、きちんとこなす自分」が
前提となり、そのまま現実化します。
「大丈夫だった」と。

最初はどうしても、この「どん底」を
避けたくなるんですよ。私もそうでした。
たいていの人は嫌な思いをたくさんして、
「これ以上嫌な思いをしたくない」が動機になり
開運とか、どうしたら幸せになれるのか、を
考え出す事が多い。
だから最初はどうしても「嫌なことを避けたい」
が目的になるのですよね。

不思議な事に、起こって欲しくない事は、
起こっても大丈夫な事、に変わっていきます。
もちろん、嫌な事が起こると今でも決して
良い気分になれるわけじゃないのですが、
大丈夫だということもわかっているので、
不安もありつつ、心も落ち着いていられます。
大丈夫というのは、恐れている事が起こらない
のとは違っていて、今回だと私は瞬時に無職に
なる可能性があったのですが、ほんとうに
無職になるかもしれない、でも、それでも
大丈夫だって事なんです。
要は、笑って生きていけるってこと。

この先どうしようって不安が最初はきたので
そういう時は、ドキドキしながらも冷静に、
まず何かを売ってお金にして、仕事を探す。
と、淡々と取るべき行動を作っておきます。
やるべき事が決まってれば、やるだけなので
不安はなくなっていきます。
仕事は、新しいビジネスを考えると思う。
新しいビジネスか、何やりたいだろう♩って
楽しくなってくる気がする。スタッフ3人で
相談して何か新しいことやれば良い。
そうすると、あ、そうなっても良いかなって。
無職になっても、楽しくやれそう。

そうなると、今回はピンチを切り抜ける結果に。
ビジネスって、こんなもんです。
いつでも終わる可能性はあります。
それがわかってて、楽しいと思えるのもビジネス。
そして、ビジネスの終わりと自分の幸せは無関係。
自分の価値とも無関係なんです。

夜たまたま母に電話した時に
「会社なくなるかも〜」って言ったら
「なんで?」も「どうするん?」も一切なく
「ええやん」って。
「人との縁は切れへんけど、仕事は切っても
ええねん。永久に続くものじゃない、それが
ビジネスや。」さすが会計士!
「それにな、人との縁が切れないっていうのは
一緒にいるとかいないとか関係ないで。
一緒にいなくても、一生会えなくても、切れる
もんじゃない。それが縁やねんで」と。

今回、仕事を手離せて。
内観していて、彼も手離した。
別に、別れるということでもないし
心底大好きですが、それらに執着しない。
それらがない自分も同じように幸せである、
という体験を真に感じる事をしてみました。
マイナスの事象が起こるのを、嫌な感情を
感じつつもそれを味わいととらえ、
嫌がらなくなれたのは、マイナスの事象の
時にしか得られない大事なものがあるからです。

この世に生きていて、嫌だと思う事が
なくなるという事はないから。
だから、逃げられないものから逃げるより、
受け取ることのメリットを考えた方が良くて。

まず、色んなもの勝手に手離せる。
自分や家族が入院したり、会社が倒産したり
そんな時は、だらだらスマホ見て時間を潰す
なんてことしません。
で、スマホ見てる方が幸せじゃんと思うかも
しれないけど、それは表面だけ見ている場合。
自分は何もしていない、何もできていない、
人の役に立っていないという気持ちが
高じてくると強い「罪悪感」になっていきます。
でも、全力で今すべきことに向いている時は、
その罪悪感がありません。
罪悪感っていうのは、デビッドホーキンス氏の
17段階の意識レベル、というものがあるのですが、
http://president.jp/articles/-/18207?page=4
罪悪感は、16段階目にあります。
重篤な病気になるレベルです。
自分の人生をクリエイトできるレベルではなく
「生きていてごめんなさい」が無意識にあります。

でも、借金だろうがなんだろうが、
自分が必要とされて、自分にもできる事がある時、
勇気が出て、前に進む意識レベルになります。
物事を能動的にとらえ、願いが叶い、自分の人生を
クリエイトしていける力を持ちます。

この意識レベルが現実を作っていくので、
だからマイナスのことが起こっても、
本質はそれほど悪いことではない場合もあるし、
そういう時は、やることが明確なので余計な物を
手離し、心の断捨離が自動的にできます。
そして、欲求のレベルが下がって、
当たり前にあるものに感謝ができるので、
今ここで子どもと会話ができること、
お腹を満たせること、暖かい布団で眠れることで
心から幸せな気持ちになれます。
事態そのものは、一歩も変わっていなくても
幸せだと思えます。

また、私はマイナスと思えることが起きると、
ものすごく集中して自分に向き合うので、
このどん底がどんなに美しいものか感じられるし
次の世界を作るクリエイションになる事を
確認できます。
光と闇を同じように美しく感じる感覚は、
M11だからなのかもしれないけど。

そんなわけでそろそろ抜けられそうです。
Wi-Fiも戻り、メール不達も、体調も。
大阪に行く前で良かったなと思います。
開催場所も決定しましたので、メールで
ご連絡します。


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# by 4cubes | 2017-09-26 13:10 | 潜在意識 | Comments(0)

整える

<日々しているのは「整える」>

朝、掃除と洗濯をすること。
ハムスターのケージの掃除をする事。
市役所に行って住民票を取るのとか、
機械なら少し安く手配できるとか
帰りにスーパーで夕飯の材料を買うこと
ちょっと寄り道したお店で、
コーヒー飲みながら読書。
仕事をすること。
ちょっと面倒な書類を書くこと
歯医者さんに行くこと。

ついついまとめたくなる私の思考は
(間違えやすいのですが性格ではなく思考)
これら日常は全部、総じて何と言えるのか?
暮らし?じゃあ暮らしってそもそも何だろう。

考え方としては色々とあると思うけれど
つまりこれは常に「整える」をしているんだ。

掃除は、自分の場所を整えること。
洗濯は着るものを整えること。
スーパーへ行くのは、ご飯を作って、
家族の体を整えること。
歯医者さんは、体を整えること。
コーヒー飲んで読書するのは心を整える。
書類を書くのは、暮らしを整えること。

今日はお惣菜にしようと思ったら、家族の
体を整えるのと同時に、自分の心や体も
整える、と考えると良いと思う。

したい事をする事も
したくない事をしない、も必要なんだけど
したくない事を究極しなくなった時に、
その見極めを少し見誤ると、ズレというか、
あらゆる事がめんどくさくなる、
という方向に出やすくなる事がある。
家事がめんどくさいからやらないでいると、
散らかってても平気になってきたり、
(それでも能動的選択なら良いのです)
平気じゃないんだけどやりたくない、
の狭間で混乱したり。
したくない事をしないっていうのは
めんどくさい事を回避するのが目的ではなく
したい事をするための、手段なんです。
したい事に使うエネルギー
(お金や時間や肉体という資本)を
したくない事に使っているから、それやめて、
したい事に注ぎましょうという事なんです。

病気になった時に、心で治そうとする人も
いるけど、症状が自分にとって苦痛なら
それは病院に行くと良いと思う。
先に「整える」があって、その先に手段
(行動するとかお金や時間を使う)があり
整えるために、最適な手段を使うんです。
手段そのものに良し悪しはないんです。
心が一番落ち着く方法を選ぶのが最適。
歯が痛いのに、痛くてたまらないのに
「これは私の何がそうさせているんだろう」
なんて思っているより歯医者に行けって
そういう事です。
歯が痛いなら、その前提はメンタルにあるし、
根本的原因を見直すことは必要だけど、
それとは別に今ここの心地よさをまず
選択しましょう。

そうして整うと、やりたい事が見えてくる。
あるいはやりたい事が本当に見える時、
本気で自分を整えに入るから、
自然と整う事が言えるとも思う。

整わないうちは、進まない。
だから、整っていないと思うことは早く
やった方が良いと思う。
必要な振り込みとか、壊れたものの修理とか
誰かへのお礼状とか、メールの返事とか
(まさに。すみません、順番に返しています)
そうやって、未来志向に早く戻ろう。

人間って究極、誰かの存在、という
自分にとっての生きるための目的がないと
自暴自棄になる。
取り返しのつかない犯罪を犯す人の多くが
目的を持たない生き方をしているという
統計があるし、逆を言えば、誰かとの繋がりが
持てないと感じた時、誰もが犯罪者に
なる可能性があるとも言える。

自分を満たすことも本当に大事だけど
人と繋がっていなければ、生きる事が
そもそも困難になる。
自分にとって繋がるって何?
その表現手段って何?
どうして人は、多様性が必要なのか。
どう補い合っているのか。

秋分の日の前後、怒濤のあれこれがあって、
自分の生きる目的を見つめた時に、
究極のものを手離しました。
そういう時って、手離しやすいんです。
自分を見つめる精度が高く、本当にほしい
もの、やりたい事が究極のところで見える
からです。だから悪くない状況です。


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# by 4cubes | 2017-09-25 18:45 | 潜在意識 | Comments(0)

褒めるが大事

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<褒めるって楽しい事>

帰りがけに見つけた、マシェールコゼットさんの
数字のネックレス。記念日を身につけるという
コンセプトで、1〜31まであります。
最近私に会っている人は、なぜ6を買ったか、
おそらく半分は想像つくと思います。
タテ8mmほどの小さなネックレス。
安価ですが、チェーンも細くて華奢で、
キラキラしててとても可愛い。
https://histoire.tokyo/content/chaquejour/pc/

これ、書こうかずっと迷ってたことなんだけど、
現実がうまくいかない人って、褒めていないです。
自分のことも褒めていないと思うけれど、人を。
「褒める子育て」のような「形」のことじゃなくて、
自分の目の前にいる人を褒めるってことなんだけど
たぶんこれだけじゃ「人並みにやっている」と
感じている人ばかりになると思うから。
でもそれ、本気で思っていないと意味ないのと、
想像を超えて自分を幸せにするには足りないんです。

よくよく観察しないと気がつけないほど無意識に、
うまくいかない人は、人を褒めていない。
わかりやすい例で言えば、数人で話している時に
必ず自分の話に持っていく人がいるというあれです。
(話す本人の意図とは関係なく、持っていかれた
と感じているなら自分に何かある)
実は無自覚にこれを、もっと巧妙な感じで、
している人が多いです。
誰かとの会話で反射的に自分の事に置き換える人。
自分だったらこうする、じゃなくて、外側に対し
自分を、無意識に主役に持っていこうとする人。
自分が一番可哀想で、自分の価値を感じたくて、
無自覚な自己主張する人。
(ハタから見て目立つ目立たない、喋る喋らない
というのとは全く別の話です。それは役割なので)
私、自分もこれだったので、とてもよくわかる。
無意識に、いつでもどこでも自分の問題を1番に
していたからなんです。

どうして褒めるのが大事かというと、エネルギーを
資産的に使うことになるからなんです。
(勉強会に参加してくれた人にはわかると思う)
だからもちろん本気じゃないとダメですよ。

昔おつきあいしていたホストの子は、ずっとNO1で
どうしてそう維持できるのかを聞いた中に
笑顔の練習と褒める(彼の場合は相手を上げて自分を
落とす)練習をしたからだと言っていました。
(他にも色々と、やっていたことはあったけれど)
これね、自然に褒め言葉が出てくるとか、笑顔になる
みたいな話じゃなくて、本気で相手を褒められる、
本気で自分が自然に笑顔になれるまで練習するんです。
「嬉しいから笑うんじゃなくて、笑うから嬉しくなる」
というような言葉、聞いたことあるでしょうか。
つまり、自分の脳を騙すんです。
褒めることで、自分も本気でそう感じる。
そうなるまで本気で徹底的に練習するってことです。
彼は、体や時間を使ってお客さんとおつきあいを
するのが当然の駆け出しの頃から
(その頃は知り合いでもなかったけど)
心の方に重きを置いていたと思います。
NO1になるとお客様の数が多くて、限りのある
時間や身体だけでは追いつかなくなるから、その中で
相手をいかに喜ばせられるか、最初から考えて実践し
だからこそ1番になったのではないかと思う。
(流行顔でもなく背も低く、見た目だけじゃ
おそらく1番になっていないと思う。)

私たちがここまで練習する必要がないという言い方も
できるけど、それでも褒めない人に繁栄はないんです。
富が生まれないから。
もちろんどちらの人生を歩むこともできる。自由です。
ただ、心も物質も豊かになりたい人は多いと思うから
「私は褒められないし」って思っている人も多いけれど
そう決めてしまうのはまだ早いかもしれないです。

褒めることができない人って「褒める」という言葉の
意味を、独自解釈しているんだと思います。
「褒める」というのを、相手の良いところを見つけて
能動的に口にする、という意味だと思っている場合が
多いのではないかなと。
無理して褒め言葉を捻り出すという事ではないと思う。
そもそも良い事をわざわざ探して褒めるって、
打算でしかないと思うんですよね。

じゃあ「褒める」ってそもそも何かというと、
相手に興味関心を持つという事なんですよね。

心のどこかで、自分でも自覚しにくいどこかで
「この人から何か自分に有益な情報を引き出そう」
と思っていると、見ているのは相手ではなくて自分。
相手自身に興味関心を持っているわけではなくて、
いつでも自分しか見ていない。
純粋な気持ちでつきあっていない相手の場合は、
相手を本気で褒めるなんてことはできないから、
というか、褒めようとそもそも思っていないから、
褒め言葉なんて無理でもしなきゃ
出てなんてこないわけです。

でもね、自分がどんな人からも学ぼうと思えたり、
どんな一期一会も大切にできたら、相手のことを
注意深く見るし、見ていると関心が生まれるから
相手の良い所も自然に見えてきて
それはあからさまに「褒める」って感じじゃなくて
自然に相手が喜ぶ、あるいは心地よく感じる言葉が
出てくるんです。
「楽しかった」「ありがとう」という言葉もその
「褒める」って事です。「(あなたがいてくれて)
楽しかった」「(あなたがいてくれて)ありがとう」
だから。
そうしてその人と一緒にいることを楽しめると、
相手を好きになるから興味関心持ちまくりです。
その人の何気ない世間話も「え、それでどうしたの?」
「で?で?」って、付き合いはじめの恋人みたいに
どんなことも聞いていて楽しい、そんな感じに。

自分に無理がないから、自分も自然な状態です。

自然に人を褒めることができると、当たり前だけど
褒められた方も何かしてあげたくなる。
もうそういうものでしょ?
ただし打算があると相手にも見抜かれるし、
打算的な自分も見るから、打算的ではいけないという
罪悪感から、何もしない。変に褒めない。
褒めるの苦手。コミュニケーション上手くいかない、
っていう図式になるのですよね。

そっちに訓練されてしまっている人が多いので
逆の方に、鍛え直すと良いと思います。


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# by 4cubes | 2017-09-25 13:32 | 潜在意識 | Comments(0)

心の取扱説明書である数秘と、心の仕組みを知って、ほんとうの自分を生きたいと思う人の、心のお手伝いをしています。


by のりこ
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