心をフラットに数字を生かす

大阪セッション、受付締め切りました。
(現在、順番にお返事しています)

2日間、泊まりで出かけていました。
旅行じゃなくて、アクセスの関係上、1日目の夜は都内のホテルに泊まったという感じで、2日間降水確率80%以上でしたが、降っても降らなくても何も変わらず大丈夫だから、結果的に見事に雨を回避できました。
1日目は浴衣で花火、次の日は栃木で、マニアックなツアーに参加してきました。東京を出るときは凄い雨だったけど、北上するにつれて明るくなり、時間も絶妙にぴったりで、曇り空のおかげで暑さと日差しがなく、夏の屋外もとても快適でした。

今の幸せを選びながら生きることで、場所やお天気や人間関係などの見えやすい部分に恵まれるだけでなく、染み入るようにいただけるご飯とか、感じることの多い時間とか、深い叡智だとか、その濃度も濃くなっていくと、やっぱり確信できる時間でした。

さて、ここのところ考えていたのは、望みをかなえたり、好きな生き方を構築するのに、数字を使うことができるなぁということです。
それはいつも言っている、数字から自分の性質を知ることでそれを活かす、潜在数秘術の話ではなくて、自分の数字がなんであれ、例えば4の性質の望みを叶えたかったら、4の性質を意識すれば良い、みたいな事です。

具体的に言うと「たくさんのお金」がほしいなら、イメージできる数字は物質的な豊かさを表す8になりますが、8は「人の役に立つ」「自らは動かない」「頑張る」「落ち着いている」といったキーワードがたくさんあります。
願いを叶えたいときは、同じ周波数同士が引き合って叶うのですが、つまり、8という数字の周波数があるとしたら、その性質のキーワードも同じ(あるいはかなり近い)周波数だと仮定し、8を得たいとき、8のキーワードで行動すると良いんじゃないかと思ってその通りしてみたら良い感じにお金に繋がったんですね。

しかも8が持つ、バラバラのキーワードの共通項を探り、そこに集中すると、効果的だということも体感ですがわかってきました。
数字ってこういう面白さもあるんだという。
惜しむらくはまだ言語化できないので、具体的な方法はまた追々になりますが。

多分なんだけど、私と1日中一緒に過ごせば、知識じゃなくて在り方そのままインストールできて、月1なんかでそれやれば、半年くらいで、本当に生きたい自分になれちゃうんじゃないかなー。なんて思う。座学は知識になりやすいので、外が良いと思う。
買い物とか、公園とか、店員さんとの会話、物の選び方、何気ない会話の中にあるもの、見方、感じ方、やり方、扱い方。
多くの人が持っている、心のブロックも外れていくと思う。
「大丈夫」もインストールされる。
言語化できない、私が当たり前にやっている部分に、おそらく、このブログを読んでいる人が受け取りたいものがあると思う。
ブログだと言葉を通してでしか受け取れないし、それも大事だけど、どうしても個々の解釈が入る。セッションだと、ご本人の悩みや生き方にフォーカスしているので、その部分は解れていくのだけど、もっと深いベースの部分に触れるようなもの、となると、そういう話になるのかなーと思いました。

なぜかというと、全部、視点さえ変われば世界が変わるからです。
その視点って、ほんの小さなスイッチの切り替わりだったりする、それは、座学だけでは得にくいものなんです。
もちろん私じゃなくても良いんだけど、誰かの教えに会いに行くときには、その人の在り方をインストールする気持ちで行くと得られるものが大きく、また深いと思います。


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# by 4cubes | 2017-07-27 11:20 | 潜在意識 | Comments(4)

ちょっと書いてみた。2

今日は4記事くらい書いているかもしれない。

最近少しずつ、子どもが心身ともに健全に育まれるような学校が増えつつあってそれはもちろん喜ばしいことだけれど、それと同様に、先生の心と体が健全に育まれる環境が増えてほしいなと個人的には思う。

自由を知らない先生に、自由は教えられないから。
遊びを知らない先生に、遊びを教えることはできない。
私が中学生の頃、世界をバックパッカーで旅している地理の先生がいたのだけど、その先生が世界はどんなに面白いかをキラキラと話してくれて、それで地理が大好きになって、旅が好きになって。それは私の宝物。

子どもたちはいつも、素敵な大人になりたいと思ってる。
でも今、先生がキラキラ生きられていないから、子どもたちはユーチューバーが大好きなのかもね。彼らは自分を生きて、キラキラしているもの。
自分たちが誰から教わるのか、ちゃんと自分で選んでいるのかもしれない。
なりたい職業にユーチューバーがランクインするのもわかるし、大人はそれを煙たがっている場合じゃないかもしれない。
NO1ユーチューバーのヒカキンさんは、小学生にもわかる言葉で伝えている。

本当は、型紙の新作サンプルを全サイズ、怒涛に縫うはずなんだけど、縫うのって無心になるから、そういう時の方が言葉が降りてきて、ついついブログ更新になってしまうパラドックスです。

では縫いに戻ります。


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# by 4cubes | 2017-07-24 18:42 | 潜在意識 | Comments(0)

ちょっと書いてみた。

あんまり社会的な事を書かないようにしているのですが。
私のごく個人的な考えを。

公的な立場の人が、税金で仕事で海外に行ったり、視察だったり、そういう時に、税金で私的な遊びを満喫していた(ように見えた)り、少し前は公用車での保育園の送迎について悶着があったり、しましたが。
報道も偏向があるかもしれないし、事実はともかくとして。

そのいずれもなんですが、私にはなぜみんながお金の使われ方で怒るのかがわかりません。
例えば最近は、町内会や地域振興会といったそういうところで集められたお金も、直接運営に関係がなさそうな飲食費などには使ってはいけないなど、特に厳しくなっている傾向があるみたいですね。
確かにね、飲み代です。
上の方のおっちゃん達が飲むだけに見えるお金。
それ自分が払った(何なら払わされた)と思ってるから、自分のお金だと思ってるから、どう使われるのかが気になるし、自分に都合良く使われなかったら腹が立つ。でもそれ、代わりに受け取ってる恩恵があるのに、自分の意思で支払ったのに奪われるような感覚でいるお金だけ目で追ってて、その恩恵を見てないんじゃないかな。
PTA会費とか、子ども会費とか、同じだと思うけれど。
自分にはわからなくても上の人達は、同じ釜の飯を食うというように、飲み会という同じ空間や場を通してなんとなく心が通じ合っていったり、任務の仲間としての共通感覚が生まれたりするわけで。
その温かいものが皆に還元されているはずで、目には見えないけれど、お金に代えられない価値があるはずだと思う。

お金というただの物質で、人間の感情がマイナスに振り回されて気分が悪くなるのなら、それはお金の奴隷と言えるのではないかと思う。
お金を使う人たちを信じてなくて、お金が、あくまで自分の尺度で「正しく使われているか」に心を奪われている。それで、自分の気分をわざわざ損ねてる。
自分の目で見えないところで起こっている事を、どうして自分が正しく判断できようかと思うのです。テレビだって、どこまでが本当かわからないのに、どうして決めつけることができるんだろう。
でもそれもわかる。私もかつては、税金じゃないですが、政治家が悪いって思っていたりしたことありました。

そして、税金で仮に遊んで(いるように見え)たとしても、それを許される温かさで感じることや、そういう遊びがあるからこそ生まれる柔軟な発想で「これを国民に還元しよう」という気持ちになるんじゃないかなと思う。遊びと休息というのは、仕事のパフォーマンスを上げるために大事なことだから。
「しっかり仕事しろよ!無駄なお金は一円も使うなよ。見てるからな!」って言われて見張られて「この人たちのために頑張ろう」なんて、私だったら全く思えない。
そして最初から疑われているから、どうせ何したって疑うんでしょと捻くれてしまう。
人間は、信頼されるからこそ、それに応えようと思うものでしょ。
見張られて、しかも、見張っている人の言いなりになる義理なんて、ある?
税金払ってる払ってないは関係なくて。税金かどうかもある意味関係なくて。
ただ自分がお金を「嫌々」払うから、使われ方にうるさくなるだけなんだと思います。
それは自分の問題だと思う。
高額納税者の人は、税金を嫌々払ってないと思います。たくさんあるからじゃなくて、気持ちよく支払うからこそ、益々お金が入ってくるんじゃないかな。

政治家をそんな風に見張る人は、自分の事も、自分の家族も、見張ってると思う。
性質って、前提って「Aさんに対してはこうだけど、Bさんに対しては違う」という都合の良いことにはならないので。

人間ってもともとそんなに高尚なわけでもなくて。
色々とやらかします。立派そうな大人も。
でも、しょうもないことにお金使って失敗したなぁと感じても、そんな自分を責めずに笑い飛ばせる人生なら、誰かが同じ事をしても許せるし、イライラして自分の気分まで悪くさせることはないし、自分の大切な人が同じことしているように見えても何ともない。
起こることに気持ちを振り回されるんじゃなくて、いつも笑ってたい。
そんな事ないですか?

その上で。
今の政治や制度に課題がたくさんあることももちろん感じます。
憤りを感じる事も、ある。
でも、問題を一緒にしてはいけないと、それだけは思います。
(お前は悪いやつだから、何言われてもされても仕方ない、という考えは大嫌い)


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# by 4cubes | 2017-07-24 18:10 | 潜在意識 | Comments(0)

コミュニケーションから逃げる3

続きです。
そうそう「旦那と喧嘩ばっかりして、疲れて、もう何も言わなくなって、今はお互い距離を取りつつ好きにやっています」という場合に心の中で何が起こっているかというと、自分の心の中が「こうじゃない」って叫んでいるのに、その声を自分は聞こうとせず、そのうち心の中の自分は疲れ果てて「もう言うのやめよう。だって届かないんだもん」と心を閉ざしてしまっているわけですが、それをインナーチャイルドというのかな?
それはわかりませんが、そういうことが起こっています。
見かけ上は旦那さんに興味を失うのですが、旦那さんという偶像を通して、自分に興味を失っている。自分を大事にする事を諦めている状態です。
わかりやすく喧嘩しているときの方がある意味、良いんです。
表現方法は違うかもしれないけれど、自分の心が声に出して叫んでいるから。見えているから。
しまいこんでしまうと、ほりだすのはどんどん困難になってくる。
あ、もちろん相手を心から信頼してする喧嘩は、豊かな感情を表現しあっている行為になりますので話は別です。

さて、パートナーシップから逃げていると知ってから、もしそこに対峙しようと思う時どうしても「相手となんか話さなきゃいけないのかな」と身構える人が多いのですが、ひとまずそれは違ってて。
自分の心が今のままで何かしようとしてもそれは良い結果に繋がりにくいから、まずは自分に向き合います。自分に向き合えたら、その上で相手と対峙するのは朝飯前になっているはずです。

向き合うっていうのがわからない人もいるのですが、あ、最近は「自分のことがわからない」「自分の好きなものがわからない」「自分が何をしたいかわからない」という人のことは、以前はふむふむと聞いていたのですが、最近はスルーするようになったかもしれません。
なぜかというと、そんな人はいないからです。
無意識の望みによって「感じられない方が都合が良いから」都合上そういうことにしているだけであり、本当に自分の好きなものがわからない人も何をしたいかわからない人も、実際には存在しません。
「え、ほんとにわからないんです。いくら考えてもわからないんです」という人だって、そういう人は隠すのがめちゃめちゃうまい、自分に嘘をつくレベルが高すぎるんです。それくらい隠したいことがあるのだと思うのです。

好きなことや使命って、自分で知ろうとすることで初めて見えてくるものだから「わからないんです(そういう人なんです)」と当の本人が決めてしまうのであれば、現実ももれなく「わからない」ままになるので、私がお手伝いできることは何もなくなります。
「わからないけれど知りたい」という方のお手伝いします。私にはあなたの好きなことはわからない、こればっかりは本人にしかわからないので、まずはご自身が主体的にならないと、何も手に入らないんです。私は代わってあげることができない。
どんなにお金を使っても手に入らない。お金もったいない。
(だから変わる気がない方は、セッションを受けないようにお勧めしています)

戻します。

ご自愛の本質は、自分というものがどんな感情を感じたがっているのかを知り、それに合った環境に自分を置いてあげることだと思う。
自分はどんなパートナーシップを築きたくて、どんなふうに笑って喜んで、悲しいときですら味わい深くて、生きている事を実感して、どんなものに喜びを感じ、どんなものを無邪気に楽しめ、どう生きたいのか、っていうことをまず知って感じ、それをしっかりと現実に創造していくんです。
間違いなく誰もが創れる。
幸せというのは、今ある環境から折り合いのつく妥協点を見つけて、心を揺さぶられないように感情の浮き沈みを減らす事ではなく、嫌なこともあるけれど良いこともあるからこれで幸せだよねって決めてしまうことでもなく。
なぜなら本来、喜怒哀楽に良し悪しはないから。喜びと同じように悲しみもとても豊かな感情であり、怒りもとても感動します。
絶望しても、それは感動するほどの心地良さ。ほんとですよ。
喜びがくるのと同じくらい、悲しみがくることを恐れない生き方ができる。どんな感情も味わい深くて、愛おしいと感じられる生き方が、私はできるようになってそれが本当に幸せだと思っています。

人は感情を「損得」やマウンティングに使うから、苦痛になるんです。
嫌われたくない、負けたくない、怖い思いをしたくない、そこに感情を無自覚に使うんですが、でも実際は意図に反して疲れるし、嫌われる気がするし、負けてると感じるし、怖さもなくならないでしょ?
損得やマウンティングで感情を出す時、例えば見た目は泣いていたとしても心は泣いていない(泣いてるつもりでいるだけ)。本心がズレているんです。だから現実もズレる。
表現手段と心が一致していないと、相手はそのズレを察知するので警戒します。
だから、こっちが本心を出さない限り、あっちも出さないという現実が起こります。

本音で人とかかわりあう、本当の信頼関係を築きたいと思ったら、絶対に自分の、感情を含めた表現と心の中の一致は、必須なのです。
そしてこちらが本心を出さなければ、同じものは返ってこない。
そこでまた「自分が先に出すのは負けた気がするから嫌だ」とか抵抗がありますが、それって錯覚で、そもそもそのやり取りは全部自分の頭の中で起こっているので、実際の目の前の人との間に起こる勝ち負けではないんです。
本当に戦うべき相手なんていなくて、自分が勝手に脳内で作り出している勝ち負けの世界なんです。
監督自分、出演者妄想、観客も自分1人の自作自演映画というやつですね。

もちろん、どんな感情も、どこに使うのも、選べるからそれもまた自由です。
そこに良し悪しなんてない、ただの好みで人それぞれです。
「中途半端な感じがたまらなく好みなんです。だから私の人生もそれで」という人もいるかもしれないし、それはその人だけの彩り豊かな人生なので、それももちろん正解です。
でも「そんな人生しか選べない」からしょうがなく選ぶのと、どっちも選べるという事を知って、どちらか自分で決めるというのとでは、全く違うから。

あなたは、なんだって選べるとしたら、どんな人生にしたいですか?


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# by 4cubes | 2017-07-24 12:12 | 潜在意識 | Comments(0)

コミュニケーションから逃げる2

前回の記事に、刺さった方がとても多くて、それ以降の講座やセッション、皆さんこのテーマに当たっています。
先日も書いたけれど、パートナーシップが一番顕著に出るから、やはり思い当たる方が多いのもわかります。
現実がうまくいっていないと思われる時、うまくいってないこともないけれど何かが引っかかる時、パートナーシップに大きな意味を持つ場合も多いかなと思う。

近しい人とのコミュニケーションから逃げている、うまくいかない時というのは、何を投影しているかというと、自分とのコミュニケーションがうまくいっていないことを投影している。
自分と仲良くできていないんです。
パートナーと感情のやり取りをしていない時、自分の心の声も聞いてあげていないんですね。
パートナーに怒らないけど、自分を大切にしていない自分にも怒っていない。

うまくいっていないわけじゃないけど、至福の幸せも感じていない時、それは、そうなっちゃったわけじゃなくて「そんな中途半端な幸せを自ら選んでいる」その結果なだけなのですが、大事な自分を、そんな半端な環境に自ら置いている、それを自分に許しているということになる。

嫌なこともあるけれど、そこそこ幸せだから、こんなもんでまぁ合格。

と、自分に妥協している。

私が元夫と別れたいと思ったのは、彼自身は子煩悩で真面目で借金もギャンブルも暴力もないし、優しくて見た目もシュッとしてて、別れる理由なんて1つもないんだろうけど、どっちが悪いとか悪くないとかじゃなくて、感性や感覚、五感、理屈じゃないところで決定的なことが「違う」というそれだけだったんだけど。

私が、自分に正直になった時、ほんの少しでも、自分の感性に合わない環境に、自分の身を置くことに対して、自分自身に許せなかったからだといまはわかります。

彼が悪いわけでもなく、もともとある「違い」とは別の、私が私をどんな環境に置きたいのか、という点において、彼と一緒にいるということが、あくまで自分にとって「違う」から、別れようと思ったんだ。

彼は彼で、ただそこに「ある」
自分が産んだ我が子も、自分が産んだからとかじゃなくて、ただそこに「ある」
例えば時給で選んだ職場も、ただそこに「ある」
ママ友とのランチの場も、ただそこに「ある」

どれもただ「ある」んだけど「ある」事を動かすことはできないけれど、そこを自分が選ぶのかどうかは、自分で決められるし、いまあなたがいるその場所は、あなた自身があなたに、そこにいていいよって許してそうなっている。
その、あなたがあなたに許した場所が、心地良くなかったら「そこにいていいの?」「そこにいる事を自分に許していいの?」というメッセージ。

心からのコミュニケーションが取れていないけれど本当は大切な人、そんな人がいるなら、それは「その人と一緒にいていいの?」って事じゃなくて「あなたは、心から信頼できる間柄じゃない人が近くにいる、その状況に身を置いていいの?」という意味で。
それを自分に問うて、問うて、自分の声を聞いて、聞いて、一番大事な自分を、他ならぬ自分が信頼できたら、目の前の人とは自然に信頼関係を築けるし、もしかしたら別の道を歩むことになるかもしれないけれど、今度は心からその人を信頼して送り出せるから、お互いがお互いの幸せを心から望むことができて、それが「幸せな離婚」という形になる。

浮気をした旦那さんと別れたいと思う時。
浮気をした「から」別れたいと思うなら、それは「浮気をした事を利用して、別れよう」という魂の損得勘定で(これは使える!ってやつですね。無自覚かもだけど)
彼を責める理由があって、損しているようで実は「得」なんです。
自分は責められずにことが進む。
でも本当は「浮気を通して、大切にするべきものを大切にしない、そんな人と一緒にいるという環境を、自分が自分に与えている」という事を思って悲しい。悔しい。そして自尊心が傷ついて、怒りになる。はずなので。
その感情は、自分に向いているはずなんですね。
「こんな環境に身を置いて、自分は自分にそれを許して、いいの?本当に?」
自分に聞くのが怖くて、人はいつも何かのせいにする、誰かのせいにする。

学校がどうしても嫌なら「逃げても良い」って教えているのは「あなたがあなたらしくいられる場所を、自分で選びなおして良いんだよ」ってこと。その選んだ先が、他の学校でもいいし、家でもいいんだ。
それを人が勝手に、例えば「引きこもり」って呼んでいるだけなんだ。
名前をつけるのは、いつも当事者ではない人。
だから、一般化されているその呼び方は、本質じゃない時が大いにある。

自分の内側を見るのは、とても怖い時があるようなんだけど、それは私もわかるけれど、私は「怖いから見ちゃう」です。
だって、なくならないもの。
あるんだから、気になってしょうがない。
家の中に泥棒がいるのがわかっているのに姿が見えないとしたら、怖くて寝られない。かといって、そのまま勝手にいなくなってくれることもない。
見るのも相当怖いけれど、後ろから刺される恐怖を感じるくらいなら、見ちゃって、どうしようか考える方がずっと良いなと。
昔から、見える泥棒より見えないお化けの方が怖いと思う方です。

ごまかしがきかない性質みたいです。

ちょっとこの内容で続けてみようと思います。
実際に自分を大切にする、本当のご自愛の方法について。


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# by 4cubes | 2017-07-24 10:02 | 潜在意識 | Comments(4)

成績が悪い・勉強好きじゃない、そんな子とお母さんの本物の幸せを、こころのテクニック・潜在数秘術・不安を取る技術で助けます。


by のりこ
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