PTAと潜在意識

一度上げた記事ですが、一度引っ込めて。
リクエストをいただいたので再投稿。
ちょっと難しい話かもしれませんが。

私は4月末の総会を持って、本部役員任期終了です。
小学校の時に2年、中学校で1年本部役員をやりましたが
小学校の時は潜在意識なんてまったく知りませんでしたし、
昔と今で、場の違いやメンバーの違いとは別の、
潜在意識の違いが役員生活に出ていて、1人それを分析するのが楽しかったです。

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PTA役員。
私は何かしらやってきた方ですが、ずっと疑問でした。
「誰かがやらなければならない」空気も、「やらない人がずるい」という考え方も
「やれない理由を述べてください」と言われるのも、なんか変だとずっと思っていました。
「誰かがやらないといけない」そう、そう、ごもっとも。文句のつけようがないその文言も
わかっているけど、自分が理想論者かもしれないけれど、どこか納得いかないものを感じてもいました。

そもそもPTA役員、どこも似たような仕組みだと思いますが。
本当のところは、ただ、その時その状況の自分が、自分の意思により、

やる
やらない

どちらか決めるだけのはずなのです。それが自然な状態。
(それで一定数の「やる」人がいれば苦労しませんが、それはさておき)
でも基本的に誰かが仕方なくやる。
もしくは、やらないために理由をつける。
それしかないと思うからです。

役員逃げちゃう人は、意識しているかどうかはともかく「悪者になっても良い」を選んでいる。
ただそれだけ。逃げていると考えると「ずるい」と思われやすいですが、
「やる」を選ぶのと同じように「やらない」を選んでいるだけなのです。
「やろうと思わないからやらない」と素直に思い、それを行動に移す勇気がある。
小さな子がいるから、介護があるから、と「やない」理由はそれぞれあります。
でもそんな事情関係なくただみんな「やない」を選ぶだけで良いはずなのですよね。
「やれない」と「やらない」は別々に考えるべきことなのです。

そもそも「やる」のが良い人でも「やらない」のが悪い人でもなくて
ボランティアだから、理由に関わらず、やってもやらなくても良いわけです。
たとえ「子ども1人につき1回はやりましょう」と言われてもね。

例えば「誰かがやらなくてはいけないから」やるのは自己犠牲の優しさからくるのだと思うけれど、
それはやはり自分の意思を、決めることを、誰かにゆだねているから不満につながりやすい。
「誰かがやらなくてはいけない」は理由ではなく、単なるその場の状況です。
その上で「やりたいと思うのか」「やりたいと思わないのか」を自分で自覚する事が大事です。

「誰かがやらなくてはいけない」から自分がやるのだと思っていると何か不都合が生じた時
「自分のせいじゃない」という意識になります。
だから不満になりやすいのです。
もちろんやっていれば不満の中にもやりがいや、達成感や、やって良かったと思う部分は出てきますし、
やっぱりやるんじゃなかったみたいなことも起こるかもしれないけれど、それは「結果」なのです。
やると決めたとしても、やらないと決めたとしても、その後、あれこれあります。その「可能性」は変えられない。
未来に起こるかもしれない状況を「今」解消するなんてことはできないのです。
でもね、状況や他人に決めてもらうんじゃなくて、状況を踏まえた上で自分の意思で決めたなら、
結果的に、現実は大きく違ってきます。
「自分でやると決めた」人は、潜在的にポジティブです。「やる」は「やれると考えている」ことなので、
無意識に他の人ともうまくやろうとしますし、人の優しさや良い状況に自然にフォーカスし、
その人から見える世界が、良いものに感じられていきます。
「仕方なくやると決めた」人は、潜在的にネガティブです。「やりたくない」が前提なので心にブレーキをかけ
「やらない」ようにしようとしますので、楽しくない状況を作りだしますし、物事のマイナスの側面しか見ようとしないです。
もちろんこれは極端な例ですが。
不満70%の人は、不満70%の現実を構築し、その世界で生きますし、
不満10%の人は、不満10%の現実を構築し、その世界で生きるというだけの事です。
でも、その割合も日々変化します。不満と思ってても、ちょっとずつ楽しさを見出すこともできる。
「最初は嫌々やりだしたけれど、終わってみたらとても楽しかった」というのはそういうことです。
でも最初から役員決めに億劫な気持ちにならず、くじ引きで引いちゃっても動揺しないでいられたら、
その方がきっと楽しい。

さて、私の事になりますが、4年くらい前から意識が変わり
役員やったら大変、だから損、あるいは幸せじゃない
役員やらない方が楽、だから得、あるいは幸せ。

という二択の価値観がそもそも変なんじゃないの?と思うようになりました。
「役員やって、幸せ」という選択をすればよいだけの話だと。
「役員やらなくて、幸せ」もしかり。
どっちを選んでも「幸せ」が大前提になるので、物事はその方向で進んでいきますし
自分の判断で選ぶのですから、人のせいにしなくなりますし、
つまり「ずるい」人も存在しなくなります。

先に「役員やると子どもの様子がよくわかるから」
「先生と仲良くなって話もできるから」なんていかにもなメリットを述べられますが
逆に「それしかメリットはありません」と言っているようにしか聞こえず。
結局のところ、やる前にあらかじめわかる情報はその程度だという事です。
もちろん「役員やらなかったときのメリット」もいまいちわかりにくい。
やるよりは楽だろうなぁという想像はできても、人生は1つを選択したら
選択しなかった方を生きる事はできないのですから、結果的にどちらが良いのか確認しようがありません。

物事はどんなに考えても、良さそうな方を選択しても、
単純に選択している限り、結果についての良い悪いの可能性はきっちり50%ずつです。
どっちが良いかなぁなんていくら悩んでも、結果のクオリティを事前に上げることはできないのです。

でもそれを100%に限りなく近くすることだってできる。
ただその100%にするために、役員やっているかやっていないかは、全く関係ないのです。
「何を選ぶか」ではないのです。
何を選んでも良くて、ただそれを「どんな感情で選ぶか」なのです。

また長くなりました。プロセス重視のまどろっこしい4の性質のせいですが、
色んな方が読んでくださり、感謝です。

幸せ濃度100%仕組みお茶会的なものをやろうと思っています。
(潜在数秘術ミニ鑑定つき)
東京、大阪(もしくは京都)できれば愛知も。
どんな風にやればよいか、アイデアがあれば教えてください。
潜在意識を日頃の暮らしの、どんなところにどう役立てていけばよいか、話せたらと思います。

自分の可動域を知るために色々と実験中ですが、また決まり次第随時お知らせしていきます。

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Commented at 2016-03-20 20:15 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 4cubes at 2016-03-29 10:49
ゆきさん

どんな決まり方でも「自分が」気持ち良いかという基準さえ外していなければ、それが何よりだと思います。
頭で色々理由をつけて「やって良かった」に持っていこうとすると、不満になってしまうので、自分がどうしたいか、をきちんと見つめることが大事ですよね。

もうすぐまた各クラスの役員決めの時期ですね!
by 4cubes | 2016-03-29 12:45 | 潜在意識 | Comments(2)

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