物々交換

例えば、地元のお祭りの手伝いをした日。
最後に余った食材なんかを、分けて、
みんなそれぞれ持ち帰る時って、
その食材やもらったものがそのまま夕飯に
なったりする。

その時にそれが、じゃが芋が沢山だったら
ポテトサラダとコロッケって夕飯になる。
でもそれを「栄養のバランスが偏ってる」
とは思わなくて。
「一食浮いた」とも思わないし、ただ、
それがなんか自然だなーって思う。

仮に貰ったものが焼きそばだったとしたら、
じゃあこれはあるから、中華スープ作ろう
とか、サラダを作ろうか、ってなるわけで
そういう時に、焼きそばに入っている、
添加物とか気にならないわけです。

で、そういう時って、自分がないというか、
貰ったものがベースにあって、そこから
創意工夫している自分の意識があるだけで、
なんだかそういうのが、エゴがなくて、
自然な状態だって気がするんですよね。

そういう時に「焼肉食べたいんだけど!」
ってあんまりならないわけです。
自ら選んだものじゃなくても、
与えられた物がその時の、自分にとっての
正解だったり豊かさになる。
それを自然に受け入れている自分がいる。
もちろん、そうしなくてはいけないんじゃなく
じゃがいもなんて嫌いだ、焼き肉行くぜ!
でも良くて。でもきっかけはやっぱりその
じゃが芋や焼きそばだったりして。

ただ。
自分が稼いで、よし焼肉食べよう!焼肉だ!
っていう時も、本当はいつだって、
焼肉が食べたいんじゃなくて
焼肉じゃなくても良いんだけど、
焼肉ってことにするんですよねきっと。

個人主義ってそういう事で、全部自分で
決められてある意味自由な感じはするけど、

本当は「自由ですらなくても良い」と
人間は思ってるんじゃないかなあ。
自分を生きてさえいたらすでに自由だから
それ以上の自由は必要としなくなるし、
すでに自由は当たり前になっていて。

貰った焼きそばに感謝しなさいって事でも
ないし、無理して食べなくても良いし、
その辺の選択はもちろん自由なんだけど

きっかけとなるものまで
「自分」じゃなくても良いのかもしれない。

モンゴルの大草原に置かれて、自由に
どこにでも行っていいよと言われる時
何も障害物がなくて、それこそ自由だと
思っても良さそうなものなんだけど、

ビルが沢山並ぶ東京に置かれて、自由に
どこでも行っていいよと言われたとしても、
やはり自分は、自由に歩き出せると思う。

むしろ、ビルがある事で「右へ回ろう、
いや左か?どっちでも選べるぞ。」
という、新しい自由が生まれる。
それは、障害物があるにもかかわらず、
ワクワクするようなクリエイションだと思う。

不自由という概念があるから自由がある。

焼きそばという、思ってもみないお題が出て
それを元にクリエイトし、家族で享受できて
実はそういう時って、
無農薬を選んで買って食べる以上の幸せが
あるのかもしれない。

どっちかだけの人生はないんだけど。
100%全部自分で賄うなんてのもないし、
100%貰うだけで賄える人生なんてのもない。
どっちかに偏る必要はきっとなくて、
これからの時代は、どちらもある。

だから自由なんだと思う。
選べることが自由。
答えが1つじゃないのが真の自由。

当然、経済もそのようになっていくと思う。
私が注目してる経済や金融、IT最先端の人は
スピリチュアルや心理をやっていなくても
本質的に同じことを伝えています。

お金(紙幣や硬貨)で物質を所有する
という、それしかなかった時代から、
「楽しむ」事とか「それが社会につながる」
事とか、そういう望みにシフトしつつ、
それを得る手段として、お金が必要なくなる。
お金でなくても良くなっていく。
むしろお金では買えなくなるもものを通して
人が生きていく時代になっていく。
経済は続くから、お金が残らなくても、
お金の本質は残るし、ただ、現金は縮小し、
仕事も、そんなものが仕事になるの?という
私たちの世代では「意味ない」と思えるような
ことが仕事になっていく時代。
だって、仕事に意味はないから。
仕事を通して得るものは対価ではなく、
夢中になれる事を表現するために仕事するだけ。

ユーチューバーが本当に楽しそうに発信し、
何万人もの人と繋がっていれば、その人が
困った時には、みんなで100円ずつ
カンパするだけでも一瞬で助けられる。
こんなに沢山の人と繋がっているだけで、
安心して何でも好きな事ができるじゃないか。
そういう自由を生きる時代。
自分も自由に生きるし、あなたも自由に生きて、
困った時はその時一緒に考えよう。
その時に必要なのは、仮にお金だったとしても
そんなにたくさんじゃなくても良いはずで、
だとしたら、すぐ解決するね。
これはユーチューバーだけでなく全員の話。

私たちの子ども世代は、完全にそうなるだろう。
子どもたちに必要なのはその「価値観」であり
「知識」ではないことは確かで。
知識なんて必要ならなんでも手に取れる時代に、
親が子どもにしてあげられるとすればそれは、
「価値観」を伝えてあげる事だと思う。
価値観を伝える方法は手本を示す以外になくて。
(親が体現して、体感させてあげるという事)
私たちの今は、お金から、お金以外の価値観が
それ以上に大事になる時代への端境期ですが、
子どもがいて、そして新しいお金の価値観が
学校で教えられない以上、親世代だけなら
お金の世界で、ある意味逃げ切る事ができても
(これもまたある程度、経済的な余裕のある
人に限定されると思うけど)
子どもがその価値観を得られる場がないので、
親が体感として身につけて子どもに見せる
以外に、子どもが価値観を学ぶ機会はなく、
今一番必要になる教育の形じゃないかな、と
私は個人的に思っています。

良い学校とやらにお金使っている場合じゃないし
お金の価値観を示すのに、お金は必要ないから
それが嬉しい。

私はそれを体現しようとしているのだろうか。
だから「無料」なのかな。

あなたから、あなただけの才能を見せて貰うから
だから私の持ってるもの、使って。

という物々交換なのかな。

確信を持って実験は続きます。

PS
日程調整が下手くそすぎる。
昔から、スケジューリングしてくれる人が
ほしいと思ってたなー。
来月から何か考えます。
申込みの方、もう少し待っててくださいね。

■ お問い合わせ、お申し込みは、こちら からお願いします。

[PR]
Commented at 2017-12-20 10:55 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 4cubes at 2017-12-20 18:11
> sacchimoさん

うんうん。
大丈夫、いっしょだよ。

by 4cubes | 2017-12-19 09:39 | 潜在意識 | Comments(2)

一元的視点の世界、物理化学の視点での引き寄せ、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ