おもうこと3


「あーわかる!」とか「なるほど〜〜」
と思うようなブログや書籍を読むよりも、
よくわからない内容を、すっきりしないけど、
でもなぜだか気になるから、って
読んだり聞いたりしている事を通しての方が、
実際の現実は良くなっていくと思う。

読んでる時、学んでいる時、その場で
「わかった!」「なんか良くなる気がする」
「すっきり!」って思った方が、確かに
気分は良いし、良いことが起こるような気も
する事は確かなのですが、
それは、今現在の自分が、すっきりしたり
気分良くなっているだけなのだと思う。
そこにとどまっているうちは、
そこから抜けない気がする。

これは自分が体感して思った事。

私も、わかりやすく書こうと思ってたけど、
「わかりやすく」が目的になることで、
多少、何かが、ずれたりすることも
過去あったかもしれないな、と、思う。
そのズレは、ほんの少しでありながら、
大事な意味を成しているかもしれなくて、
その時はそれが必然でもあったのだけど、
私も、自分を正確に生きるようになると、
逆に、わかりやすい言葉からは
離れていくことになった気はする。

今わからなくても大丈夫だし、信頼して、
自分だけの言葉で書いても大丈夫だと、
今は思ってる。

わからないまま読んで、心地良くなければ
やめてしまっても良いし、続けていれば、
自然に繋がってくる事もあると思う。
私がそのどちらかにコントロールする事は
ないし、ただただ、必要な人にとっての
通過点であるだけ。

同じ体感をした人と言葉で話し合うと
見事に通じ合うのに、これから体感する人に
伝わる言葉で伝えることができない不思議。

私はただ自分の本音を出せる場所を見つけ、
綺麗事の一切ない、そんな場所を通して
自分を出すことができたことがとても大きく
2018年はそんな場所や、そんな空気を
作っていきたいと思ってもいるんだけど、
本音を言えるっていう事は、一見ただの
それだけのことのようだけれど、実は実は
概念を大きく変えている行為でもあって。

例えば私は、お金の事を子どもに話しちゃ
いけないと思っていたんだけど、頭では
「この子なら話しても大丈夫だろう」と
思ってもいたんです。
で、実際には勇気が多少必要だったけど
お金の事を話せて、話しても息子は大丈夫
だったから、話す前に想像していた感じに、
なっただけのように思えるかもしれない、
確かに想定内のことしか起こらなかった。
けれど、これが、形は想定内であっても
意味が全く違ってて。

想像で大丈夫だろう、と思っていたことが、
実際に大丈夫だったとしたら、想像と
現実は同じかと思うけど、実は違う。

想像していた感じではあったのだけれども、
実際はちょっと違ってたんですよ。
大丈夫のその「感じ」が。

もし話しても大丈夫だとしたら、それは、
お金がなくてもそれを受け入れてくれる、
お金よりも大事なものがあると思ってくれる
そんな優しい心かな、と思ってたのですが。
もともとこの人はお金を数字で捉えないけど
それでも心のどこかで、なんだかんだ
親にはお金があると思ってて、だから
安心しているだけなのかもしれない。と。
それもなくはないよね、と。

でも実際は、本当に本当に、ほんっとーに、
お金を数字で捉えていなかった。
頭じゃなく体で。
お金は好きで、あったら嬉しいけど、
絶対に必要なものではない、そんな世界に
生きている人でした。

この違いって、決定的に大事だと思う。
優しい心だとしたらそんな気持ちに感謝して
私も優しくなろうと思っていたと思う。
でも「優しくなろう」というのは、
思ってできることでもありませんし。

そうでなく、現金のあるなし関係ないなら
親だからとか、大人だからとかで、
ないことに罪悪感を持たなくて良い。

それは、お金がなくてもいいよねーって
開き直ることでは決してなくて。
お金がある→だけの世界は、イコール
あらねばならないの世界であり、あるいは
お金がなくなる恐れを抱く世界であり、
その「ねばならない」の世界そのものが
とても狭いから。

必然的に自分のお金の器も小さくなる。

でも、数字としてのお金がなくっても、
幸せだから大丈夫だよ、と安心できたら
伸びやかに、自由に、前向きになれて、
結果的に生産性は上がる。
自分で稼ぐのかもしれないし、
大きくなった器に合わせて、なにかしら
お金が入ってくるのかもしれない。
自分に合った仕事が入るのかもしれない。

結果的にお金に困らないし、なくならない

という現象になる。
だから何か持ってるとか持ってないとかより
自分の器を広げてくれる人に会うのが大事。
そして、そんな人に会ったとしても、
自分が本音を言わない限り、当然相手も
本音を言わないのだから、自分がいつも
自分である、素直でいる事が大事であるし、
本当にそこだけなんだと思う。

あとね、ファジーでいる事が大事。
「かもしれない」が大事だなと思う。

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Commented at 2017-12-25 08:20 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by vitablommor at 2017-12-25 09:32
確かに、最近ののりこさんのブログは、読んで「なるほど」「わかった」とすっきりする感じよりも、「なんかわかるような気もするけれどもちゃんとわかってない気がする」みたいな、ふわっとやっとした感覚が残ることが多いです。
ただ、それが今ののりこさんにとって一番正確に近い言葉や文章なのだろうなということはわかる気がしますし、以前にコメントで言っていただいたように、頭でわかろうとするからわからないだけ、なのかもなって思います。

怖かったけど本音を伝えてみたら大丈夫だった、という経験を、私ものりこさんと出会って後何度も繰り返し体験していて、『大丈夫』を得るたびに、周囲への信頼と安心感は広がって行きます。頭の中で「こう言ったらこう思われるのでは?」とシュミレーションして勝手に自粛していた頃の私は、思えば周りの人の器の大きさを見くびっていたのかもしれません。自分の頭の中で考えることなんて、高が知れていますね。
本音を出せるようになったら、周りの人にもだし、自分に対する信頼度も少し上がったかな?と思います。やりたいこと、好きなことに対する躊躇がどんどんなくなってきて楽しいです。
Commented by KS at 2017-12-25 20:34 x
「自分が本音を言わない限り、当然相手も本音を言わない」4日前に体感しました、なんてタイムリー!
本音を言うの、本当に勇気が要るんです。
このブログを読んで、のりこさんと話をして、自分のするべきことは頭ではわかってる。でもやっぱり素直な自分を出すのはなかなか、、、。
だけど思い切って、思ってることを言ってみたら、え?は?なにそれ?なーんだ!みたいな返事や反応で、その相手が言うには、私は「忖度しすぎ」だそうです。
勝手に先回りして、あーでもないこーでもない、と考えて、裏を読みすぎて、結果間違ってる(笑)
相手との関係性も、少し風通しがよくなった気がして楽になりました。
頭でわかっていることを実際にやるのは難しいですが、少しずつできるようになるといいな、と思います。
Commented by mimi at 2017-12-26 20:50 x
私には、本音っていうものが今一つ分からなくて…
例えば、でいいのでもう少し具体的に教えて欲しいです

対人(その場にいない人)に対する本音(不満ってことになるのかな)も含め、ですか?

私の母は
本音(かどうかは定かではないものも含め)を話すと
その本人に伝えてしまったり、逆に誰かの言葉を私自身に伝えてしまう人で
誰かに話すと、それはいつどこで巡り巡って相手の耳に入るか分からない…ということが刷り込まれてしまっているのだと、今回の記事で分かりました

それと、喜怒哀楽の激しい私と、あまりそれを好まない夫…という組み合わせだと、なかなか出せなかったりもします

本音を言えない…と思っているうち、本音に蓋してしまう癖がついてしまったかなあ…
Commented by 4cubes at 2017-12-27 09:15
> 非公開者さん

私もよく、非公開者さんの事を考えて、感じています。そして、おっしゃる事、わかる。リアルで話す機会を想う。でもそれもまた「起こる」と思うから。
その上でこうやって、受け取れるメッセージもまたとても嬉しいギフトです。

ありがとうございます!
Commented by 4cubes at 2017-12-27 09:21
> vitablommorさん

一言一句その通りだと思います!
本音を伝えることは、受け取れる相手への信頼。

それでも、何もかも全部ぶちまけるのが本音という事でもなくて、やはり優しい嘘も、言わなくて良い事もあると思うんですよね。その塩梅の基準は「自分」なんだけど、だから、その軸をしっかり持つためにも、自分を偽らない、というのごまず一番に大事な事なんだなと思いますね。

「自分の考えることはたかが知れてる」そんな謙虚さはとても大事ですね。
そして、コントロールしようとしなければ、いつも全てが完璧に「起こる」んだと思います。
Commented by 4cubes at 2017-12-27 09:33
> KSさん

うんうん、わかる!!!
ほんとそれですよね。

拍子抜けするほど「あれぇ?」ってなんでもない結果になるんだけど、伝える前は怖くて仕方ない。
覆水盆に返らず、ですもんね。
でも、ほんと、認識の違いって凄い!こんなにも⁈!というくらいに違いますよね。

0→1できれば、あとは早いと思います。
Commented by 4cubes at 2017-12-27 09:57
> mimiさん

そうですねえ。
本音を出すっていうのは、自分の気持ちを明らかにする事なので。

例えばその場にいないAさんの事を誰かに伝える「Aさんに意地悪されて悲しい」とかっていうのは本音っぽいんだけど本音じゃなくて「誰かに聞いてほしい」とか「私が正しいと証明したい」という気持ちが形になったもの、と考えられるわけです。

本音というのは、その体感がある自分あるいは自分と相手、の中で明らかにするもので、他人に言うものではまずなくて。

「私は意地悪されて悲しい」が本音。
あるいはAさんに「私はあなたに意地悪されたと(あくまで自分がそう)感じて悲しい」のどっちか。

「自分は悲しいのだ」とわかる事が本音を明らかにする事だし、でも相手にそれを開示する時に

「だからこうしてほしい」とか「だから私は悪くない」というのは本音ではなくてコントロール。

「本当はこうしてほしかったんだ」というのも本音。でもそこに、暗に相手を非難する気持ちがあれはそれは本音ではない。

なんとなくわかりますか?

自分がただ、そう思った。感じた。それだけが本音。
こうしてほしいと思っても、そう「自分の中から湧いてくる」ことは本音だし伝えて大丈夫だけど、それに対して相手に何かを求めたらそれはコントロール。

私は悲しい、と思ってる。
私はもっと優しくしてほしい、と思ってる。

そこに「誰に」は関係ない。

と、俯瞰して自分の気持ちを明らかにすることと、それをフラットな気持ちで伝える事は本音と言えるんじゃないかなと思う。

お母さんは、どうしてあちこち伝えるのかな。例えば「自分が役に立ちたい」のか「加わりたい」のか、何かしらの本音は隠れてると思います。
お母さんに「言えば漏れる」と思いながら言えばそうなるし「他の人に知られたくない」と思いながら言ってもそうなります。

ただその時、自分が「この人に伝えよう」と思って「ほかならぬあなたに」伝えたいんだという気持ちが根底にあれば、結果的にお母さんは人に伝えたりしないと思います。
その辺って、ほんと自分の本音が答えを知ってます。

喜怒哀楽が激しいのが悪い事ではなくて、感情的になっていると人はみんな、自分を俯瞰できなくて、伝えたい本音や伝えたい本質が感情のせいで見えなくなり、相手へのコントロールが入ったりしてくるから、うまくいか
Commented by 4cubes at 2017-12-27 10:01
なくなる場合があります。

「私は感情的になりやすいけど、それは自分の問題だから」と相手にそれも話しながら、できるだけ丁寧に本音を伝えるようにすると、コミュニケーションがスムーズになると思います。
Commented by mimi at 2017-12-29 21:05 x
私の本音って、何だろう…ってずっと考えていて
昨日の朝ふと夫に対して
″あ~○○してくれたら助かるのになあ…”
と、頭に浮かんで
これが本音ってやつか?と思いました

そして
「″私がこうしたい”と言ったら、反対されるだろうな…」と自己完結して、相手に伝えないことが多いとも思いました

なかなか思うようではないけれど
無意識でいたら気づかなかったであろうこと
それでも、少しずつ少しずつ進めている、と思いたいです

分からないことを分かるように教えていただいて
ありがとうございます

Commented by 4cubes at 2017-12-30 12:38
> mimiさん

そこまで見えたらもう一歩掘り下げて、

ご主人にしてもらえたら、何がどうして助かるの?
それをしてくれたら、mimiさんに何が得られる?
mimi さんは、どうしてそう思うの?

まで考えてみると、もう少し見えてくるかもですね。

考えることが大事。
素晴らしいと思います。
by 4cubes | 2017-12-25 02:22 | 潜在意識 | Comments(11)

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by のりこ