いじめの構図



今日、オンラインサロンで動画を配信
していた時にも少し話したのですが、
私がよく言っている、
自分の意識が能動的であるか、あるいは
受動的であるか、という事は、
個人の幸せだけの話ではないんですね。

例えばいじめがなくならないのは、個々が
あまりにも受動的に生きているからです。

もし、個人が、無意識レベルも含めて、
自分でものを考え、自分で決断していたら
こんな風になります。

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影響力のある人が仮にこんな事言っても、
いろんな意見が出てきて、それで終わる。

でも、もしそれぞれが、無意識を含めて、
「人と違う意見を言うのは怖い」
「自分の意見がわからない」
「矛先が自分に向くのが嫌だ」と感じて
自分の些細な行動がそれほど大きな影響を
与えるという想像ができなくて、

誰かの意見に乗っかると、同じように
考えている人が多いからこうなります。

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いろんな意見を言っていいよと言われても、
雰囲気で言えない、言えない自分の弱さ。
そんなダメな自分を見るのは苦痛だから、
無意識に「誰かの意見にうまく乗り、
あたかも自分でそれを選んだかのように」
自分に嘘をつき、振る舞うという事を、
人って平気でできてしまう。
それくらい弱いもんなんだと思う。
そしてそれを、そんな自分を、
見なかった事にしてしまう。
そういう意味の弱者でいるように、
私たちは今まで教育されてきたんです。
国民が賢く強くなったら困る人がいるから。
だからそれが一般的なんだけど。

なんだけど。
本当にそれでいいの?

こうやって、誰も悪くないはずなのに、
いじめを生み出してしまう。
責任は誰も取れないし、取らなくて良い。

ただ、自分が自分でいないだけ。
でもその事が、全く個人的なことでも、
自分になんの害もないわけではなく、
この図のように、たった1人の、
「あの人、何か感じ悪いね」で、
いじめの標的が自分になる可能性なんて
いくらでもある。

いじめられる理由なんてないよ。
ただ、皆が受動的でいるから「起こる」。
誰でも同じ事が起こる。

だから、受け身でいる事に対する危機感を
もっとみんなで持った方が良いと、
個人的にはそう思ってるんです。
自分の意識がいじめを作り出すなんて、
そんな私になるのは絶対に嫌だ。

いじめは、
特定の、いじめる人がいるからではなく、
みんなが少しずつ、自分に対して無責任で
いる事で起こる事だと思う。

昨日友達に、
「本当の意味の能動的って、甘くないね。」
って言われたけれど、本当にそうだと思う。

たった1人になる覚悟だから。

でもそのたった1人になる覚悟をした時、
実際にたった1人になったりはしない。
でもそれは結果的に、って事だけど。



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Commented by 光岡です at 2018-04-10 21:17 x
こんにちは。動画を見て、こちらを読んで色々考えました。

>例えばいじめがなくならないのは、個々が
あまりにも受動的に生きているからです。

>いじめは、
特定の、いじめる人がいるからではなく、
みんなが少しずつ、自分に対して無責任で
いる事で起こる事だと思う。


これはほんとうに、すごくすごく染みる言葉です。

あまりに受動的で
みんなが少しずつ、自分に対して無責任って

色んな場面や人の顔
自分の今までの振る舞いが走馬灯のように(^_^;)
しかも自分だけの幸せの話じゃないんだと。

最近は中野信子さんの本などにも人間の脳の作りについて、進化の段階での生命維持活動のパターンがいじめとどう関係があるのかについて優しく書かれていて

同調圧力に屈するクセも、ホルモン(受容体の数の多少)と文化的背景や環境との関連で説明されていたりしますね。

人間の脳のクセや傾向はわかったけども、で、その上でどうするか。
どうしたいのか、どうありたいのかが問われてくると思います。


受動的であるということは、
思考を通らずに
快不快の反応で防御行動(あるいはそれに付随する攻撃行動)をすることが繰り返されることになりやすく

また、意識に上げて選択していないので、記憶に残りにくく省みることも出来ないため、改善もなされない。運良く指摘されても自覚ないから他人事でスルーできちゃう。

もはや人間というより
自動機械、ロボットになってしまう怖さを感じました。(;´д`)いやじゃー。
Commented by 4cubes at 2018-04-12 01:07
> 光岡さん

まー、そうですよね。
いろんな理屈や説明があり、それをそのまま受け入れて「だから仕方ない」にしている事が受動的ですからねぇ。

浅いところで起こる快、不快(光岡さんの仰る反応ですね)は、思考の恐れが生み出していて、ほんとうの快であるなら、それは絶対的安心感になるはずで。

まあ、それを体験するためにこの世界にいるようなものなので、ぼちぼちいきましょうか。
by 4cubes | 2018-04-09 19:18 | Comments(2)

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