子どもへのギフト

結果的に「あの時は勇気づけられたな」
と、本人が思うことはあっても、

例え親であっても他人が、
勇気づける、なんてことはできないし

「あの時背中を押されたな」と、
子どもが結果的に思うことはあっても

親が背中を押して良いってことではなく。

気づいた時が「気づき」なのであって
気づきを促すなんてこともできやしないし
やれたとしても何様だと思う。

そういうことをしようとする時、
それは、どんなに高尚な理由があっても
相手へのコントロールだと思う。

例えば子育てなら、

養育をすること(社会通念上必要とされる
監督、保護をする事)と、

見える問題を起こさないで、勉強もやって
順当に進学進級し、仕事について、のような
それが子どもの幸福だと思い違いしている、
実は親が安心したいだけの人間に
育て上げることは全然違う。

何かやらかした時、やらかしてはじめて
あぁこんなに嫌な気分になるのだと、
身にしみて体感することで、
得られるものは大きいと思うし、
100回叱られるよりもずっと、
結果的に再発防止につながっていく。
そうした体験が、同じように失敗をする
他人を許せる優しさも備わる事につながる。

想像した通りにいかないという経験から
(俗にいう「失敗」ですが)
じゃあどうすればうまくいくのだろうと、
考える力が養われるし、
その繰り返しが、人生においても、
どんな岐路に立たされても、自分で
切り開けることにつながっていくし、
心のもっともっと奥では、
いつでも自分でなんとかする事ができる
という潜在的かつ絶対的な安心感が培われ、
日々の暮らしを根底から平安に導いていく。
そうすると、表面上は何が起こっても、
土台は揺らぐことがなく、いつも幸福で
能動的でありながらリラックスしていて
質の良い動力となるから、
お金やパートナーなどの現実的な幸福度も
当然、上がっていく。

ここに導くことが、結果的にできるなら、
それが親から子どもへの、最高のギフトに
なるんじゃないのかなと思う。

子どもには、経済的なことや人間関係で
恵まれていてほしいと私も思います。
それは人並みにそう思うよ。ただね、
同じ恵まれるにしても、その恵まれ方が
もっと大事だと思うわけです。
単純にどこかから与えられるだけじゃ、
与えられなくなった時におしまいになる。
だから潜在的には不安を抱える事になる。
仮に本人が頑張れば手に入るとしても、
手に入れるためには頑張り続ける必要があり
そのうち行き詰まる。
自分次第ではなく、他者評価になるし、
外側の事情や誰かの感情に振り回される。

そうではなく、どんな状況であれ、
自分の幸福を、子ども自身がいつでも
自分で作り出せる事ができるのなら、
親としてこれほど安心な事はないわけです。
幸せでいることを選べて実践できるのだから。

今私は、自分がいなくても息子は大丈夫だと
毎日そう思えます。
これが「いつ死んでも良い」と思える、
悔いのない人生なのだと思います。
でももちろん、やりたい事は沢山あるので、
死ぬつもりはまるでないですけれど。

勇気をつけてあげたつもりで、声がけしても
安心しているのは親だけ。
背中を押しても、誰でもデフォルトで
思う方向へなんて進んでくれない。
その時にはイライラするんじゃない?
それこそ「じゃあ押すなよ」って話ですよね。

じゃあ親は何をすれば良いのか。
それは「触媒」であること。
自分の主観を押しつけず、コントロールせず、
結果として、影響を与えることになる……
かもしれないそんな存在です。
子どもが自由に、親の持つものの中から、
自身の幸福につながっていくものを、
拾ってくれるから。

今年ももう夏休みですね。
去年やった「夏休みの過ごし方講座」の
効果を感じられている方が増えています。
今年はうっかり告知、忘れていました。

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by 4cubes | 2018-07-16 13:23 | 潜在意識 | Comments(0)

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