お金持ちはお金を必要としていない

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お金持ちといっても、お金を持っているか
持っていないか、のお金持ちではなく、
純粋なビジネスや、投資などで、
お金を生み出している人の話です。

10,000円相当の、物やサービスがある。
それを、よくありがちなのが、安く売れば、
お客様のためになるという考え方。
あるいは、安くすれば買ってもらえる、
という考え方。

本当は違ってて、お客様は「納得したら、
そこにお金を支払って満足を得ている」
のですが、額面の金額の高い安いではなく、
相対的に自分はその商品に価値があると
思えるか、という点において、
その金額に納得すれば買うし、
納得しなければ買わない。
つまり、人によって、高いと感じるか、
安いと感じるかはそれぞれですし、
10,000円の値段をつけて売っても、
7,000円にしても、実際に買う段階での
お客様の満足度は変わらないわけです。
だってその値段に納得したから買う、
という成立の仕方は、数字が違っても、
同じですから。

7,000円にしたら喜んで買ってくれるだろう、
というのは、売り手の想像です。
あるいは視野の狭い、循環のない考え方です。
「安くしないと買ってくれない」
というのも幻想ですよね。
こういう発想は、受身的です。

「この商品に、これだけの値段を出す価値が、
【自分にとって】あるかどうか」
で人は物を買うのだから、
つけた金額に見合う価値をつければ売れる、
というのがシンプルな構図なのに、
そこに自信がないから、親切だというていで、
価格を安くすることで正当化しようとする。
不景気だから、とかね。
そういうことじゃないですし

値段を安くすると何が起きるかというと、
売って、お金を得て、それで終わります。

ゆとりの部分がないので資金が次に回らない。
だから良い仕入れができない、良い材料が
手に入らない、結果、お客様に満足してもらう
ための価値をつけられない。
となっていきます。

10,000円で売っても、7,000円で売っても
お客様の満足度は同じなんです。
そこにどれだけの価値が乗っているかだけ。
だから、提供しているもの(本質)は同じ。
違うのは差額の3000円を、商売する側は
次に投資してるということであり、
それがビジネスであり循環。
つまりその3000円を、
「自分のお金としていない」んです。
それはイメージするような「儲け」
その人の私利私欲ではないって事です。
(私利私欲でビジネスする人も、
今の世の中、とても多いですけれど。
それは本質ではないのでどっかで破綻します)
だから、ビジネスをすると、どんどん
「自分のお金」という感覚はなくなっていく。
循環するお金の中から、自分に必要なものを
買ったりするだけで、利益として得たお金は、
別に自分のものじゃない。
って本気で思っていますし、
そういう感覚でないと長く続けられないです。

満足度をキープしたまま、未来へ投資する為、
良い品質のものを
【無理なく高い方に寄った適正価格で売る】
ということが、広い視点で考えると、
全員が幸せになる絵を描く図となります。
(この時代においての合理性となる)

価値と値段をしっかりと見極める、という
プロセスを省いてしまっているから、
あるいはそこに自信が持てない人だと、
売れないということが不安になるので、
無駄に安くしたりしたり、上っ面の価値で
値段をつけようとしていて、自分で自分の、
もっといえば社会の首を絞めているんです。

稼いでも、独り占めしないというのは、
道徳的なものではなくて社会の合理性です。

家庭の場合も同じことだと思います。

得たお金を貯め込むのはエゴです。
溜め込んだらそこで終了するからです。
エゴでも良いけれど、エゴだという自覚が
ない人が多いのではないかと思います。
それを、自分への投資として、
価値の高いと思えるところに使う事で、
良き消費者が育ちますし、お金を回すという
社会的な役割を全うするので、
自分だけのことじゃないんですね、お金って。
使うから回るし、使うからまた自分のところに
入ってくるんです。

今の節約術、やりくり、家庭むけの情報は
主に、非常に視野の狭い、
「我が家が豊かになる方法」が多く、それは
「社会が良くなる情報」からの、
自分を含めた全員が豊かになる情報、
ではないんですよね。
だから無自覚に「自分だけが良ければ良い」
を作り出してしまう。そう、無自覚にです。
親がそうだと、子どももそうなる。
そう見せていないと思っていても、
自分だけが良ければ良いという、
うっすらでもそういう価値観の中で育てば、
自然とそうなりますし(環境ってだから怖い)
端的に言えば、表面的には標準、
それより少し上の意識高い系の水準、
に、形だけは見えるけれども、中身は
小利口、小狡い、小賢しい人間に育ちます。
もちろんそれでも自分が選択した人生であれば
他人がとやかくいう筋合いは
もちろんないのですが、無自覚ですから

それだと幸福にならないし、
幸福を感じられないって、それだけです。
無自覚だけに、気づかない限り延々と続きます。

私は、数秘の8を持たないので、
もともとその循環の概念があるわけではなく、
どっちかっていうと、どんづまる方で、
循環の概念は、トライアンドエラーで
人との関わりの中で実践してきました。
(自分にない数字は、他者との関わりで、
学ぶという仕組みになっています)

だから、だからこそ、心の底からわかる。
どうしたら循環するのかも、どうして循環
しないのかも。お金についての本質も、
わからない人の気持ちもとてもわかるし、
そこから抜け出せない人の気持ちも、
なぜそうなるかも手に取るように。

ビジネスを15年やってわかった事も多く、
何を売るかじゃなくて、もちろん
「どういう意識で」ではあるのですが、
それも、考えていたよりもずっとずっと
抽象的ではなく、具体的な仕組みの話で、
実はとてもシンプルにできている。
型紙という、広いとも思えない市場で、
ファストファッションでいくらでも
作らなくても安く買える選択ができる時代、
(作ったとしても安くならないし)
あえてのその商品は、それほどニーズが
あるわけではないんですよね。
でも、結果的に長く続くのがなぜなのか、
傷だらけになりながらもわかってきました。

逆も然り。
世の中の、お金を得るハウツー情報が、
本当に曖昧で、信頼できないものだという
それがわかったのも面白かった。

近道なんてないのですが、
遠回りのように思える、長く続くその道は、
実は苦しみではなく、とても楽しいもので。
歩いてみると全然遠くなかった。
もちろん人は常に、プロセスの中にいて、
死ぬまでどこかに向かう
その途中でしかないのですが。
だからまだ歩きます。

私はD7(ナチュラルに考え続ける)という
行動パターンを持つのですが、
LL7(7がない)という事実も持ちます。

これは、数秘の複雑な解釈になりますが、
「考えても考えても考えている自覚がない」
んですね。
いつも深く深く掘り続けているのに、
自分では掘れている感じがまるでなくて、
感覚でいうと、10㎝くらいは掘ったかな、
大げさではなくそんな感じです。
だから普通にどんどん掘ります。
だってねえ、10㎝じゃねえ。
でも実際、人から見るとかなり掘っている
らしいです。
要は、そのDとLLに同じ数字がくると、
その数字を「やり過ぎる」傾向がある。

D8のLL8の人は、稼いでも稼いでも
稼いでる気がしない、からもっとやって、
結果的にかなり稼ぐ、とか
(数字には、キーワードも色々あるので、
8だと他には、やってもやっても
やれた気がせずもっとやる、とか
各数字において、それぞれ多種あります)
D5のLL5の人は、行動しても行動しても、
そんなに動いている気がしないので、
体に支障きたすまで動いてしまうことがある
とか(側から見ると、ありえないぐらいの
行動力に見えているにもかかわらず、本人は
まるで自覚がない)

そんな感じで今日も掘り続けます。


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Commented by kamiya at 2018-10-25 00:07 x
“安くないと、来てくれない”
“世間はそんなもんだから”
ここ最近、同じようなワードを耳にしていて
「なんだ?なんで?どうして?この諦め感は?」と思っていたので、
今日の2つの記事、その他の記事も何回も読み込みました!笑

だけど、そう思う私自身、不安から先々マイルール、言葉数が多くなってしまっていて、
価値も取引で信用してもらう為に生み出そうと捉えていたこと。
まだ上手く言葉に落とし込めていないですが
「信頼で価値を提供していく」
これから私は、ここを体感していくのだと思います。

掘って掘って掘って、目に見えた行動が遅いから“面倒くさいそう”って言われるけど、本人は楽しんでいます(笑)
Commented by くどう ちはる at 2018-10-29 00:11 x
10年位好きでお買い物していた洋服のブランドが、今年で洋服を作るのを辞めてしまわれました。
私は気に入るとその洋服を破れるまで、擦り切れるまで着倒すので、すごく残念に思っています。
店主の方のお話では、あと2千円くらい高く値段を付けても売れば続けられるんですが、それでは買ってもらえないからということでした。だったら、あと2千円高くなっても良いから続けて欲しかったのにと思いました。
このブログの内容がまさにそれそのものと思いました。
私ももちろん2千円安く同じ物が手に入るなら、安い方がよいです。だけど、たぶん欲しいから2千円高かったとしてもきっと買い続けます。それはなくなるくらいなら2千円高くなっても続けてという意味ではなくて、最初から2千円高くても、私にとってその価値があるから買い物していたのにという思いでした。
そう店主に伝えたのですが、他のお客さんは流行りものしか見えていないから私のようには思ってもらえないというものでした。
店主の方にも、その他のお客さんにもこのブログを読んでもらえたらなぁ。と思ってしまいました。
Commented by 4cubes at 2018-10-29 09:27
> kamiyaさん

今日の記事も、近い感じあるかもですね!
そうそう、ほんと、その諦め感が蔓延している世の中ですが、
それも自分がその端っこの部分を担っているんですよね。
だから、自分がどうするか、にしか解決の糸口はなくて。

どれだけやってもやれた感を感じられないかもしれないけれど、
やるのみですね!
Commented by 4cubes at 2018-10-29 09:43
> くどう ちはるさん

「買ってもらえない」という事実と、

「お店を続ける」意志は、関係ないと思いますけれども。

2,000円高くして売った事がないのに「買ってもらえない」と言い切れるのはなぜか?
想像ですよね。

2,000円高くして、上乗せしても売れるだけの価値をちゃんとつければ売れるし、無理なく続けられると思いますけれども、要はそのクリエイションを諦めてしまったのかなと思います。流行っているとか関係ないですよ。
特に今はもう、流行とか関係なくみんな着たいもの着る世の中になったので、むしろ流行のものは売れない。売れているように見えるのは、生産数が多いから。でもそういうのは相当残っているはずです。
店主さんは、諦めざるを得ないくらい、世の中の流れの大きさを感じてしまったのかもしれないけれど、あんなの幻想なんで。
だってみんな、新しいマンションとか、コンサートチケットとか、進学塾とか、生死に影響しない高いもの買うじゃないですか。

いつの世の中も、お金がないわけじゃなくて、価値があると思えばちゃんとみんな「出す」ので、その価値をつければ良いだけのことだと思います。素材とかデザインだけでなく、売り方とかそういうことも含めて。
by 4cubes | 2018-10-24 08:14 | 潜在意識 | Comments(4)

一元的視点の世界、物理化学の視点での引き寄せ、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ