カテゴリ:潜在意識( 554 )

ブログ終了

ブログを終了します。

追記(2018年11月9日)

ブログは終了しますが、
数秘と潜在意識の研究は継続しますし、
おもしろいお仕事の依頼は受け付けています。
お問い合わせよりお願いします。

ブログの存在もまだない20年ほど前、
Webで日記をつけ始めた時からずっと
何かしら書いているので、
まあまあ自分の体の一部にはなっているし、
書くのが好きで、書きたい事もまだまだある。
ありがたいことにネタも尽きません。

その上でこのブログはやめることにしました。
記事と、お問い合わせ、残しておきます。

オンラインサロンは、私が考えていたものと
少し違うようなので、近日中に消します。
登録してくださった方ありがとう。

もし何らかの発信がほしい人は、
インスタやっていますのでそちらで。

ここにきてくださった全ての方に。
どうもありがとう。


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by 4cubes | 2018-11-07 00:51 | 潜在意識 | Comments(6)

ざわつくことが大事

このブログは読者数も少ないですし、
普段メッセージが頻繁にくることもないのに
今日の息子の話のあと、4件も
要は「ざわつきました」といった
メッセージをいただきました。

子どもが自分で自由に未来を切り開けるように
なってほしい。でもなかなかうまくいかない。
なのに他人(私)はそれをすでにやっている。
もしもそういうことなのだとしたら、
そりゃざわつくでしょう。
心の底から願ってやまないものを、
すでに持っている人がいるのだから。
過去の私もそうでしたからよくわかります。

でも、その感覚こそが人を、現実を変える。
だからとても大切なことで。
そして、一旦ざわついたら、それを越えるまで
ざわつきは続き、後戻りもできないんです。
でも気持ち悪いし、そこを見ないようにして、
なんとかやり過ごそうと思うのですが、
後戻りできないために、ずっと引きずります。
不安やざわつきは、現実を変えるために
物理的にも必ず必要なものなので、
必要だから、ある。
観念的に「それはあなたにとって必然」
みたいな言葉がありますが、それではなく、
不安定と変化は、セットであり、
切り離せないものだからです。

特に子育ては期限付きですから、
取り返しがつかないものの1つだと思う。

私も、ざわざわしたところは怖くとも見た。
意味がわからないし、霧の中にいるように、
すっきりとしたものは何も見えず、
ほんと手探りでした。手応えも感じられず、
整合性は取れず、どこをどうして良いか見えず、
それでも。
なんだか分からないけれど目だけは逸らさず
ざわざわする人こそ会いに行く、そこから学ぶ、
嫌な気持ちにも何度もなってきて。
絶望もして、でもその絶望すらまだ甘くて、
もっと先があって、いつになったら終わるの?
そういう事を通して、得たことで、
これは違う、あれは違う、どんなに有名な人の
話でも全部自分の気持ちに従って、
違和感があるところは全部潰してきたし、
その全てに説明ができるようにしてきた。

それをまとめたものを講座にしています。

私の講座は、
人によってはムカつくことも多いと思います。
私ははっきり言うからです。
でもムカついた方が、望みの成果に
繋がりやすいことは確かです。
だから、1mmも好かれようと思わないし、
講座中は、友達になろうとも思っていない。
だから私にとって講座開催っていうのは、
決してワクワクではないのですけれども。

ま、それはともかく、どうして長期講座を
やってきたかというと、一言で言うと

子育てしている主婦が、今の世の中で
残念ながら、一番の情報弱者だからです。

学歴もあり、スマホなどの情報機器も使い、
新しい情報に疎いわけではないのだから、
そうは思えない人が多いと思うけれども、
実際はそうなのです。
それはもう絶望的に。
だから、目の前の女性たちに少しずつ、
大事な事を伝えようと思ったんじゃないか、
と今思えばそうなのですが、
でも、どうも、やっぱり時間が足りないし、
ここらでアプローチを変えていこうと思い
ひとまず最後の講座にしたわけです。

「普通の幸せでいい」って、昨日話題にも
上がった話で、みんなよくそれ言うけれど、
「普通の幸せ」なんてないから。
「普通」って意味がよく分からないのですが、
「普通でいい」って言っている時は、
その「普通の幸せ」は手に入らないです。
普通「で」の「で」がまず妥協点ですし、
妥協しているならそれは、そもそも幸せ?

日常会話の細かいところに自己矛盾はあり、
そういうのは、心の奥が言葉になって、
表に出ている現象です。
その言葉から自己矛盾を洗い出す事も
できるし、気が付いた時から変えていける。

言葉は魔法だと思う。

文字にも音にもならない、行間とか、
話さない、という表現からも言葉を感じて、
その人の心が何かを訴えているのがわかるし
ただ表面的な意思の疎通を図るための
それは道具などではなく、
その人の持つ人生を豊かに表現する手段だ。

非常に強い怒りで満ちているときでさえ、
私は、自分が発する言葉のひとつひとつを、
もう1人の私が聞いてさらに音読していて、
いわゆるそれも「俯瞰」なのかも
しれないですけれど、
さらに自分の話す一文字一文字、
脈ではなく、文字のひとつひとつですら、
相手へどう伝わるかを自分で捉えながら
話している自分がいる。例えばそこに、
微細なコントロールが入っていると思えば
それをすぐさま自分でキャッチして、
自分を整え、すぐにまた別の言葉で補い、
相手との関係性をナチュラルに戻すことも
できる。
テクニックといえばそうかもしれないけれど
ひとつひとつの言葉や意味をなさない文字も、
発する時にはそこに自己矛盾がないか、
自分で精査しながら外に出しています。

そうやって紡ぎ出していく過程は、
自分の内側ではアートになっていて、
外に出していく時には、デザインされた
言葉になっているのかもしれないです。



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by 4cubes | 2018-11-06 08:05 | 潜在意識 | Comments(0)

ワークアズライフ

ワークライフバランス(仕事、睡眠、生活を
分けて生きる生き方)ではなく、
これからは「ワークアズライフ」という
(睡眠以外の時間全てが仕事であり趣味である)
生き方の時代になる、というのは
落合陽一の言葉なのですが。

つまり、仕事の時間、プライベートの時間、と
分けないで、全てが仕事に繋がりつつ、
どれもが楽しく、好きなことである暮らし方。
私もこれは大事だと思う。
楽しい旅行が仕事のストレス発散になったり、
旅行があるから仕事を頑張れるというのは、
自然ではなく、仕事も旅行と同じくらい、
楽しくすることの方が大事だと思っているし
恒常的な幸福感というのは、そういう環境も
含めてのことだと思うから。

それで、よく見ると、
息子がワークアズライフの生き方をしていて。
高校生ですが、卒業したら通いたい学校があり、
距離的に通えず、一人暮らしになるので
その資金を貯めるために、

メルカリで物を売ったり、
時間制のバイトをするのは想像しやすいですが、
自分の得意を活かしてそれをお金にしたり、
人脈を生かして生活コストを下げる。
人脈は好きなことで繋がって広げていく。
その中で、自分のファンを作り、恋もして、
交流のために新幹線で出かけて行って、
好きなことにお金もドンと使うけれど、
不要なところには一切使わず、残していく。

週末のイベント1日のためだけに髪を染め、
週明けの登校に間に合うように黒に戻してた。
でもそれを「もったいない」とは思わずに
好きなことにぶっこんでいく。

大胆に遊びつつ、メルカリでは、
いわゆるメルカリ術も自然に使いつつ、
聞いたこともないようなテクニックを使って、
少しでも高く売れるように細かいこともやり、
自分でできないところは友達の手も借りる。
そこでまたコミュニケーションが生まれていく。

時間を有効に使うために、
学校の勉強は授業で覚えてくるようになるし、
不要な寄り道をしないで帰ってくるし、
むしろ生活リズムは整っている気がする。

恋をすることも、
イベントも、
学校も、
試験も、
バイトも、
やっている事が違ってもそこに垣根はなく、
彼の生活は流れるように自然に見える。

これが今の子か!と思わずにいられない。
本当に学ぶところが多くあります。

自由にやっているし、好きなこと存分にして、
学校のことも結果的に疎かにならず、
進学先につながる科目をがっつり選択して、
(あんなに苦手な英語までしっかり取り)
進学したら習い始める事も、
今からすでに少しずつプロに教わっています。
その人脈も、好きな事を通して作っています。
学校に入ってから専門を学ぶ、ですらない。
高校生でありながら体感ですでに学びつつ、
その延長線上に、次の学校がある。
習熟度も違ってくるんじゃないかと思う。

おもしろいのは、誰にでもできるという事。
好きな事を好きなだけやったら、
形こそ違えど、こうなっていくのがわかる。
だって、そのために必要なツールはもう
この世にあるからです。

そのためにまず、親は本当に制限なく、
子どもを自由にしていくことからだと思う。

私も最初は「そうはいっても少しは勉強を」
とか「そんなとこ行って大丈夫???」とか
長時間のゲームにモヤッたりもしました。
でもこれって、誤解を恐れず言うと、
10人並みのごく普通のお母さんでしょ?
なんなら昭和の価値観のお母さんでしょ?
その影響を受ける子どもは、
未来の可能性をいっぱい秘めているのに、
古い価値観を植えつけられて、制限されて、
物凄く中途半端な感じに、
なんの個性も才能も感じられない、
そんな状態の1人になってしまう気がする。
そんな人生、当然、迷走するでしょう。
そのもう1つの怖さの方が長い目で見ると
とても大きく、私には恐怖だったから、
どうありたいか、に愚直に寄せてった。

幸福度の高い人生を自分でクリエイション
していける子になってほしい。

それをやろうと思ったら、口うるさい
昭和のお母さんじゃダメなんですよね。
でもそれさえやめたら、叶うのだから凄い。
リスクくらい取るよ。

天才とかがいるのではなくて、
本当に誰もが天才性を備えていて、
いかにそれを自由にオープンにして、
自然な形で発揮できるか、にかかってると
私は本気で思う。

もう1つ重要なことは、自由に生きるのは
もちろん、それが一元的である必要がある。
二元的な「自分を生きる」人や現実は、
いっとき、もてはやされてもいたのですが、
実際に今、終焉を迎えています。
つまり自由に生きる事が単なるワガママだ
と認識される場合があり、それは社会との
調和がとれていないので起こるのですが、
一元であればそれがないからです。

ーーーーーーーー

最後の6ヶ月プログラム、やります。
東京で月1集合、半年間ラインでサポート。
限定3名様。

●物理学的引き寄せ理論
●一元の生き方
●社会的役割で自分を使い倒す
●言語パターン心理、完全理解
●子どもを完全に自由に、幸福度高く
●世の中の仕組みとこれからを理解。
●不安からの解放
(不安というものの完全理解からの解放)
●能動的な生き方の完全理解

◎人間関係の不安を解消する
◎好きなことを仕事にする、続ける
◎自分を深く知って、人生に活かす

曖昧な言葉は全く使わず、普通の言葉、
当たり前の言葉だけを使います。
世の中のあらゆるスピリチュアルの話の、
真理はごく当たり前の話だからです。

今の世界は何が起こっているのか、
奥まで正しく理解し、どう自分の人生に、
家族の人生に活かしていくのか、その
深い理解の先にある幸福度を目指します。
トラウマも、不安も、悩みも、
深い理解が解決します。

かなりがっつりやると思いますので、
忙しい日常生活の中でも、学び、理解し、
実践していこう、取りにいこうという
能動的な気持ちのある方に向いています。

お一人様 30万円

お2人以上の申し込みで開催します。
2018年12月〜2019年5月。
基本的に第2火曜日。
11時〜16時。


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by 4cubes | 2018-11-05 08:54 | 潜在意識 | Comments(0)

時間を無駄にしない。

例えば、人は、素晴らしい本を読んだ時に
「凄いなあこの本、書いた人は凄い!」
なんてことを思う、それは、
決して悪いことではないし、むしろ良い事で。
ツイッターに書いて拡散させたり、
人に勧めたりする事で、誰かの役に立ったり
それは非常に良いことだと思います。
気づきを得るのも非常に大事。

ただし、それとは別に、
それが「凄い!」って言っているその時間、
気づきだ、感想だ、自分も明日からやろう!
などとツイッターに書いているその時間は、
書いた人への賞賛のために、あるいは
自分の決心や気づきを得たぞ!という表明の
ために使われていて、
細かいかもしれませんが、実際の自分の
「未来」のためには使われていないんです。
仮に数分と言えども、
やっている人はこの数分だって無駄にしない。

いやそれも大事なんだけど、いつも気づきと
「俺もやる!」表明だけでは何も変わらない。
それはどんなに素晴しかろうと、
終わった結果なんで。

自分の未来のために時間やエネルギーを
使っているようで実は使っていない、
そういう罠があるということを、
人はもっと自覚した方が良いと思っています。

ホリエモンがファンの人に、
「本読みました、素晴らしいです、なんて
別に言われたくない」って言っていますが
そういう賞賛は、悪いことではないにしても、
そこからは何も生まれないから必要がない、
人への賞賛に費やせるほど、
個々の人生には時間が多くあるわけではない、
その時間すら、自分のことに使おうよ、
という事を彼は言っているのだと、
私は解釈しています。厳しい態度ですけれど、
人の時間を奪わないという愛情だと思います。

人には承認欲求がもともとありますが、
私もあまりない方だと思うので(昔はあった)
凄いですとか言われるのは、
本当にどうでも良くて、
ありがたいけれど、そのありがたみを
期待通りには感じられないので、
反応が薄くてすみませんという感じです。
その時間、自分に使ってくださいって、
やっぱりそう私も思いますよ。

私は、案件に対しての賞賛なら
めっちゃ嬉しいですし、素直に喜びます。
自分に対してはどうでも良いです。

こっちが良い、ならそっちは悪い、じゃなく
どっちも良いんだけど、人間は1つにしか
意識を向けられないんだから、
どっちかを選ばないといけない、そのそれを
決心や気づきや表明、人への賞賛に使っても、
本人に何も起こらないんです。
すでに終わってる事だからです。
感じて気分良くなることくらいしか、
そこから得られるものがないからです。

私たちは、人生あらゆる選択をしながら
生きているわけですが、その時その時は、
1つしか選べないんですよね。
つまり人は意識を1つにしか向けられない、
というのと同義になりますが、
その細かい時間ひとつひとつを、
純粋に自分のために使う、という事が
自分を生きるということの本質なのだと
私は考えています。

そういう意味では、雑では全然ダメで、
とても細かくストイックな話です。
でも意識をどこに向けるか、向けた時間と
向けた先が、そのまま現実となるんです。
他人にばかり向けていたら、幸福度は
上がらないんですよ、残念ながら。
忠実に、向けた時間と向けた先に比例して
幸福度に反映されています。
これは物理的な現象として。

思い出に浸ることも全然悪くないし、
むしろ良い気分であることは確かです。
でもそこに向けている時間が長いとしたら、
その分相対的に意識は未来に向いていない。
結果的に、未来より過去の方が良い!
と思えるような結果がついてきます。

もはや足し算引き算の話です。
現実は、実はものすごくわかりやすい。

嫌いな人のことを考える時間が長ければ、
嫌いな人が多い人生になる。
非常に当たり前の話ですが、実は意識って
そういうものでできているわけです。
思いを向ける時間の長さ、これだけです。

そして人間、誰にとっても1日は24時間で、
お金があっても増やすこともできないし、
逆に誰かに奪われることもない、
非常に公平で平等な資本です。

人生の質は、この「時間」をどう使うかに
かかっています。

「お金ほしい」と言いながら、無駄にSNS
見ているのは、お金を捨てているのと同じ。
インプットも大事ですが、
インプットにも「時間」というリスクが
かかっています。
アウトプットにも「時間」を使うのだから、
最小で最大のメリットになるような
ポイントを探る必要性がある。

お金は生む事ができるけれど、
時間は生む事ができないのだから、
時間の浪費の方がリスクは高いと思います。
一般的にはお金より時間の無駄使いに対して、
非常に鈍感な人が多いと思います。

ビジネスだけの話じゃなくて。

普段の「別に急ぐ事じゃないし」と、
後回しにしている些細な案件が、
実は、お金がなくて貯金できない、という
現実を生んでいることに気がついている人は
案外少ないのではないかと思っています。


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by 4cubes | 2018-10-31 10:43 | 潜在意識 | Comments(2)
フリーマーケット出店してきました。
ただの不用品を売るだけなら、
費用対効果を考えると、
今の私は出店しない選択をしますが、
今回は別。

戦前から、上質な物に触れ続けている
とあるお家の、
はじめてとも言える断捨離があり、
ザクザクと、お宝を全部放出する企画。
それもすべて500円。
季節ごとの贈答品などの新品はもちろん、
普段使いにしていたセンスの良いもの、
昭和レトロな道具類、機械類。
見た目は最近の流行りではないけれど、
普遍的な価値のある、質の良いものなど、
見る人が見ればわかるものずらり。

わからない人は、箱入りの美しい5枚の
お皿も、500円という情報だけを見て
「1枚100円ってことね」と
暗に「100均と同じなのね」と、
がっかりされます。
同じ金額で、上質な生活用品が手に入る、
という事を見ずに、金額だけで判断します。
あるいはもう、心が喜ぶ豊かな生活は、
自分の中に想定していないのかもしれない。
100均やブックオフより安く感じたら買う
と判断する人が多かったです。

そういう人に買ってもらわなくても良いので
言われると値引きしちゃう自分への戒めもあり
(別に値引きしても良いんですが、あとから
自分がモヤモヤするのでwww)
「オール500円で値引きなし」を最初に決め、
それを守ることができたのですが、
モノの良さがわかる人が喜んで買ってくれて、
おかげさまで、本当によく売れました。

日常的に良いものを大切に使う、ということが、
今の世の中から失われてしまっている現状を、
非常に実感しました。
別にそれが悪いわけじゃないですが、
個人的にそういう発見があったということ。

今すぐ使える消耗品か、
ブランド名などがあって、名前だけで価値が
判断できる(あるいはできそうな)ものは、
当たり前に売れていきますが、
そういう風にしか、モノの価値を判断しにくい
世の中になった、という事も
言えるのかなと思います。

私も「自分が買いたい!」と思うものばかり
売っていたので、売れて嬉しいのと複雑なのと
色々あったけれど、そういうものを売ることに
意味があるのだから大満足です。

モノの値段は、多くの方は、
お子さんの衣類などを、最初から50円や100円
といった金額でつけていて。
そこからさらに値引きするので、場所代や食事
駐車場代を考えたらどう見ても赤字。
1日という時間の資源も浪費です。そこに、
「自分が楽しかったから」とか
「少しでも人の役に立てて」とか
そういう風に理由をつけやすいのですが、

実はそれがブラック企業を生んでいるんですよね。

経費をきちんと乗せて、ペイできる金額で売る、
という事を通して、買う側にも
「物を買うというのはこれだけのお金がかかる」
という認識ができます。
一般的には職人さんへの技術などもそうですし、
目に見えないものに対してお金がかかるんだという
「支払われるべきところに支払われる仕組み」
があるはずなのですが、

これが崩れると、ブラック企業のように、
「人」にお金が支払われない、あるいは、
不当に扱うようになる構図ができて、
そこから抜け出せなくなってくるんです。

フリマだと「安くしないと売れない」となり、
安い分、誰かが疲弊していることになります。
実は私たちが、無自覚にやっている事にも、
社会に対してちょっとずつ責任があって
その責任をそれぞれ怠った結果のひとつが
ブラック企業の社会問題化なんです。

そこへ子どもを送り出していくことになるなんて
私には耐えがたいですから、
その連鎖を断ち切るために、自分のできること、
毎日の少しずつでも妥協しないと決めています。

そのために、物には正当な値段をつける。
(お安く提供しても利益がでるように設計する)
くそまじめだなと思うんですけれど、
大真面目です。

豊かにお金が回らないと幸福度も上がりません。
個人的に安く手に入るのが良い、みたいな、
視野の狭すぎる考えは、
その一瞬その人だけの「幸福のようなもの」
にしかならないんですよ。
恒常的な幸福とは、かけ離れています。

子どもに「半額でーす!」「お安いですよ!」
って叫ばせている親御さんもいるけれど、
あれもほんと良くないと個人的に思う。
「安ければ売れる」を学習してしまうんですよ。
あるいは「売るために安くしなければ」を。
目的が「売る」になってしまうのと、
売るために「安い」以外の手段を持たない、
という思考停止の状態に入ります。

これからの子どもたちが生きていく社会は、
それだと絶対に成立しないですから、
今それを学ぶと非常にまずい気がします。

さて、現実的に今、
フリマで買う人の満足度を上げるには、
安くするよりも

●きっちりお化粧して似合うものを着ていく。
(買う側は、どういう人から買ったか重要)
数秘P(パフォーマンスナンバー)に合った
洋服でお店をやると、お客様の満足度も
高くなります。お金をかけずにエネルギーを
あげられます。

●見やすい工夫。
(手に取りたくなるものは手前に。
一見して何かわからないものは解説をつける。
洋服もハンガーラックにずらっと並べず、
正面向けて1枚出す。売れたら次も出す。
買う側が、ガサガサ掘り出さない工夫)

フリマのお客様は、また戻ってくるので、
(フリマのお客様はもともと「買う」意識で
来るので、何度も「欲しいものがないか」と
往復してくれます)
戻ってきたときに商品が増えているのが
嬉しいと思うので、多めに持ってきておいて、
一気にごちゃごちゃ出さずに、
売れたら次を補充、1日楽しめるようにする。

●全部売り切ろうと思わない。
お客様って、最後の1個を安く買うよりも、
(数ある商品の中からこれというものを)
「選んだ」というところに満足が生まれます。
だから、売れ残るのは、必要悪というか、
残して丁度良いんですね。
20個持ってきて全部売るよりも、
50個持ってきて、30個売る方が、
買う側の満足度が高くなり、
売る側の利益も高くなります。
どっちの満足も最大限高めるのがビジネス。

●子どもが上手に参加できる方法
工夫で売るように大人がリードする。
値段を安くして売るんじゃなくて、
「こういう組み合わせはどうですか?」とか
「これはこういうところがポイントです」と
価値をプレゼンして売るということを考えて、
そのアイデアを、親と一緒に考えるんです。
「僕はこれで遊んで、ここが面白かった」と
体感を伝えるのも、買う側にとって
参考になるので有効だと思う。
いずれもお金をかけたりしないでできる。
お金を「生む」という発想になります。
工夫や、クリエイションのできる大人に
育っていきます。

●洋服は組み合わせで売れる
買う側にとっては、
どんどん手間が不要になっている世の中。
ボタン1つで購入できたり、面倒なことが
少なくなっています。
それをフリマに応用するには、
コーディネイトしてセットで売る。
買う側が自分でコーディネイトしなくて良い
という利便性を価格に乗せて売るんです。
あるいは同じ価格でも、価値をのせる。
手に取らなくてもサイズがわかる工夫。
試着しないと買いにくいものは、
思い切ってフリマで売らない。
買うときの気分のリズムを断たないように。

●値段は口には出さない。
(どれでも500円って買いてあるんだけど、
見てない人も多いんですよ。基本やり取りの
手間が好きではない人向けの表記です。
でも、その表記を見ない人も多くて、
そういうのは値段とは別の情報が欲しい人)
お得だとか安いとかって、相手が感じることで
こっちが言うことじゃないんですよね。
だから、そういうマイ情報は伝える必要ないし、
用途とか使い勝手とか、
相手が欲しい情報を提供するのが先であり、
最後に値段、です。
その値段が折り合えば結果として売れる。
それだけのことだと思う。

良いお店だなと思ってもらえたら
不当に安くしなくても、満足度高くなるので、
自然とお買い物してもらえます。
会話はたくさん楽しみましたが、
私「いらっしゃいませー」とか
1回も言いませんでした。
それでも「あなたは根っからの商売人ですね」
って言われました。
褒められたのか逆なのかは不明ですが。


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by 4cubes | 2018-10-29 09:06 | 潜在意識 | Comments(2)

心理的メルカリ術

今、大がかりな断捨離中で、
(関係ないけど、昔は「断捨離」って
一発変換できなかったのに今はできる。
見えないところで気がつけば快適になってる)
メルカリもかなり利用しているのですが、

見ていると「プロフィール必読!」の方が多く
そして読むと、すごい長文。
マイルールがたくさん書いてあります。

「子どもがいるので細かい対応できません」
「コメントなしの購入はブロックします」
「自宅保管にご理解ください」
「神経質な方はご遠慮ください」
「メルカリの取引件数が少ない方お断り」
「こちらのコメントには返信してください」

で、だいたい、セットのように
「気持ちよくお取引するために」とか
「気持ち良いお取引をしたいです」って
書いてあるけれど、これ読んだ時点で
もう気持ちよくないんですけどーって、
購入側としては、なるわけです。

こないだは
「揉め事はプライベートだけで十分です!」
って書いてあって、吹きました。
いえ、バカにしているわけではないです。
なぜなら、どうしてこのような心理になるかも
わかるからです。

まず購入側からすると、こういうマイルールが
ズラズラあると「めんどくさい人だな」と
思うわけです。
だからできれば避けますよね。
買ったとしても、言葉に気を使ったり、
相手の出方を見たりで疲れます。
(ちなみにそういう事をさせる側は、相手の
エネルギーを奪っている状態ですね)

で、そういう人から自然に買える人は、基本
自身も同じように細かくてめんどくさくて、
こういうマイルールに違和感がない人です。
違和感がない、調和してるから自然に買える。
「神経質な人お断り」って書いてあるけど
そういう人は、自分が普通だと思っているし、
神経質だという自覚がないので、
自分のこととは気がつかないまま、
気にせず買います。
(だから書いても意味なし)
で、細かいもん同士、揉めやすくなります。
マイルールって「自分だけに適応する」
ルールですからね。そりゃあ人の数だけ
マイルールがあるし、押しつけると揉めるのは
自然な事でございます。

揉めたくないのに、揉めるを引き寄せるのは
スピリチュアルでもなんでもなくて、
普通に当たり前に起こることです。

だから、マイルールについて書きたい気持ちは
嫌という程わかるんですが、書かない方が
寛大な人に買ってもらいやすくなります。
「細かいこと言わない良い人だなー」という
印象の人に対しては、買う側も優しくなるのが
人の常です。

で。
マイルール満載の人からも、私は気にせず
買うのですが、それはなぜかというと、
実際のところ、蓋を開ければ良い人だった
ってパターンが非常に多い。
っていうか、人はそもそも相手に応じて、
態度を変えるものだからです。
警戒することで、わざわざ出品者自ら
めんどくさい人を引き寄せる事もできるし
そうなるとバトルですが、
めんどくさくない人が引き寄った場合は、
それに応じて、優しくなるのも人の常。
マイルールガジガジの人に飛び込んでも、
特にトラブルになることはないどころかむしろ、
非常に生真面目で、親切丁寧な人だったりして
行動ひとつで誤解されやすくなるねって、
相手の方に思うことが多々あります。

言い換えると、その丁寧さ、真面目さが、
転じて不安になり、マイルールを作る行動に
なっているんだとも思います。
あれだけの長文、書くのも考えるのも、
すごく大変だもの。基本的に丁寧マメですよ。
あらゆるトラブルを想定して書くわけだし、
頭も良いのだと思います。

で、これだけではなくて。

でね、買う側から見るとそうなるのですが、
今度は自分が売る側になった時に、
要は全く同じはずなのに、
急に不安になって、あれこれ書きたくなる
というパラドックスが生まれます。

売るってストレスなんですよ。
それは決して悪いストレスじゃないんだけど、
(負荷がないとなにも生まれませんから)
相手の満足度とか自分の評価など、
相手ありきのことになるので、
わけが違う、となりやすいんですね。
急に慎重になってしまう。

だから、揉めないようにという配慮から、
最初に理解してもらおうと思って、
色々書いてしまうんですね。
揉めないために、めんどくさい人になる、
という矛盾した事を無自覚にやり出します。
ある意味相手のことを考えすぎなんですが。

終わり良ければすべて良しって言葉が
あると思いますが、あれ、ホントそうで。
人って「最後が一番印象に残る」んですね。
だから、夏休み、子どもをせっせと海外に
連れてっても、宿題の夏休み新聞には、
書く直前に行ったイトーヨーカドーの事を
書いちゃうわけですねwww
(我が家の話ではないけど実話)

だから取引でも自分基準でやる事やったら、
途中何かあっても、丁寧に対応していけば
最後は収まるんで、大丈夫なんですよ。
良い評価になります。
ならなくっても大した事じゃない。
先に全部完璧にやろうと身構えると、
力が入ってめんどくさい人になり、
めんどくさい人を引き寄せるだけなんで。

まあそんな事をメルカリに思う次第です。

で、私はそのマイルール族の中の、
トップレベルで超絶濃いマイルールの人から、
同じものが他にもあるのに、あえてその人から
買ったことがあるのですが。
ほんと良い人でした。
不安がいっぱいあるだけなんだよね。

メルカリについては息子が売るのが上手で、
いつも教えてもらっています。
受け取る相手が欲しいのは、商品じゃなくて
それを手にしたときの感情だってわかってる。
そして、相手の満足度を満たした上で、
こちらも納得できる値段のつけ方がうまい。

例えばポケモンカードを売る時は、
ただ売るのではなくて「強い組み合わせ」を
作ってセット売りをする。
ポケモンカードが欲しい多くの人の望みは、
カードそのものよりも、バトルでの強さだから。
その価値を乗せて売る。
そこをデザインするわけです。
ただ不用品を売る、というのでは、
成り行き任せの出たとこ勝負になるし、
他の人たちと横並びになってしまい、
価格の安さでしか価値を提供できないから。

受け取る人の気持ちをデザインできたら、
メルカリでもクリーマでもミンネでも売れる。
組織でも有利に働ける。
お金が発生してもしなくても同じ。
社会での、全ての基本だと思います。


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by 4cubes | 2018-10-24 13:52 | 潜在意識 | Comments(0)
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お金持ちといっても、お金を持っているか
持っていないか、のお金持ちではなく、
純粋なビジネスや、投資などで、
お金を生み出している人の話です。

10,000円相当の、物やサービスがある。
それを、よくありがちなのが、安く売れば、
お客様のためになるという考え方。
あるいは、安くすれば買ってもらえる、
という考え方。

本当は違ってて、お客様は「納得したら、
そこにお金を支払って満足を得ている」
のですが、額面の金額の高い安いではなく、
相対的に自分はその商品に価値があると
思えるか、という点において、
その金額に納得すれば買うし、
納得しなければ買わない。
つまり、人によって、高いと感じるか、
安いと感じるかはそれぞれですし、
10,000円の値段をつけて売っても、
7,000円にしても、実際に買う段階での
お客様の満足度は変わらないわけです。
だってその値段に納得したから買う、
という成立の仕方は、数字が違っても、
同じですから。

7,000円にしたら喜んで買ってくれるだろう、
というのは、売り手の想像です。
あるいは視野の狭い、循環のない考え方です。
「安くしないと買ってくれない」
というのも幻想ですよね。
こういう発想は、受身的です。

「この商品に、これだけの値段を出す価値が、
【自分にとって】あるかどうか」
で人は物を買うのだから、
つけた金額に見合う価値をつければ売れる、
というのがシンプルな構図なのに、
そこに自信がないから、親切だというていで、
価格を安くすることで正当化しようとする。
不景気だから、とかね。
そういうことじゃないですし

値段を安くすると何が起きるかというと、
売って、お金を得て、それで終わります。

ゆとりの部分がないので資金が次に回らない。
だから良い仕入れができない、良い材料が
手に入らない、結果、お客様に満足してもらう
ための価値をつけられない。
となっていきます。

10,000円で売っても、7,000円で売っても
お客様の満足度は同じなんです。
そこにどれだけの価値が乗っているかだけ。
だから、提供しているもの(本質)は同じ。
違うのは差額の3000円を、商売する側は
次に投資してるということであり、
それがビジネスであり循環。
つまりその3000円を、
「自分のお金としていない」んです。
それはイメージするような「儲け」
その人の私利私欲ではないって事です。
(私利私欲でビジネスする人も、
今の世の中、とても多いですけれど。
それは本質ではないのでどっかで破綻します)
だから、ビジネスをすると、どんどん
「自分のお金」という感覚はなくなっていく。
循環するお金の中から、自分に必要なものを
買ったりするだけで、利益として得たお金は、
別に自分のものじゃない。
って本気で思っていますし、
そういう感覚でないと長く続けられないです。

満足度をキープしたまま、未来へ投資する為、
良い品質のものを
【無理なく高い方に寄った適正価格で売る】
ということが、広い視点で考えると、
全員が幸せになる絵を描く図となります。
(この時代においての合理性となる)

価値と値段をしっかりと見極める、という
プロセスを省いてしまっているから、
あるいはそこに自信が持てない人だと、
売れないということが不安になるので、
無駄に安くしたりしたり、上っ面の価値で
値段をつけようとしていて、自分で自分の、
もっといえば社会の首を絞めているんです。

稼いでも、独り占めしないというのは、
道徳的なものではなくて社会の合理性です。

家庭の場合も同じことだと思います。

得たお金を貯め込むのはエゴです。
溜め込んだらそこで終了するからです。
エゴでも良いけれど、エゴだという自覚が
ない人が多いのではないかと思います。
それを、自分への投資として、
価値の高いと思えるところに使う事で、
良き消費者が育ちますし、お金を回すという
社会的な役割を全うするので、
自分だけのことじゃないんですね、お金って。
使うから回るし、使うからまた自分のところに
入ってくるんです。

今の節約術、やりくり、家庭むけの情報は
主に、非常に視野の狭い、
「我が家が豊かになる方法」が多く、それは
「社会が良くなる情報」からの、
自分を含めた全員が豊かになる情報、
ではないんですよね。
だから無自覚に「自分だけが良ければ良い」
を作り出してしまう。そう、無自覚にです。
親がそうだと、子どももそうなる。
そう見せていないと思っていても、
自分だけが良ければ良いという、
うっすらでもそういう価値観の中で育てば、
自然とそうなりますし(環境ってだから怖い)
端的に言えば、表面的には標準、
それより少し上の意識高い系の水準、
に、形だけは見えるけれども、中身は
小利口、小狡い、小賢しい人間に育ちます。
もちろんそれでも自分が選択した人生であれば
他人がとやかくいう筋合いは
もちろんないのですが、無自覚ですから

それだと幸福にならないし、
幸福を感じられないって、それだけです。
無自覚だけに、気づかない限り延々と続きます。

私は、数秘の8を持たないので、
もともとその循環の概念があるわけではなく、
どっちかっていうと、どんづまる方で、
循環の概念は、トライアンドエラーで
人との関わりの中で実践してきました。
(自分にない数字は、他者との関わりで、
学ぶという仕組みになっています)

だから、だからこそ、心の底からわかる。
どうしたら循環するのかも、どうして循環
しないのかも。お金についての本質も、
わからない人の気持ちもとてもわかるし、
そこから抜け出せない人の気持ちも、
なぜそうなるかも手に取るように。

ビジネスを15年やってわかった事も多く、
何を売るかじゃなくて、もちろん
「どういう意識で」ではあるのですが、
それも、考えていたよりもずっとずっと
抽象的ではなく、具体的な仕組みの話で、
実はとてもシンプルにできている。
型紙という、広いとも思えない市場で、
ファストファッションでいくらでも
作らなくても安く買える選択ができる時代、
(作ったとしても安くならないし)
あえてのその商品は、それほどニーズが
あるわけではないんですよね。
でも、結果的に長く続くのがなぜなのか、
傷だらけになりながらもわかってきました。

逆も然り。
世の中の、お金を得るハウツー情報が、
本当に曖昧で、信頼できないものだという
それがわかったのも面白かった。

近道なんてないのですが、
遠回りのように思える、長く続くその道は、
実は苦しみではなく、とても楽しいもので。
歩いてみると全然遠くなかった。
もちろん人は常に、プロセスの中にいて、
死ぬまでどこかに向かう
その途中でしかないのですが。
だからまだ歩きます。

私はD7(ナチュラルに考え続ける)という
行動パターンを持つのですが、
LL7(7がない)という事実も持ちます。

これは、数秘の複雑な解釈になりますが、
「考えても考えても考えている自覚がない」
んですね。
いつも深く深く掘り続けているのに、
自分では掘れている感じがまるでなくて、
感覚でいうと、10㎝くらいは掘ったかな、
大げさではなくそんな感じです。
だから普通にどんどん掘ります。
だってねえ、10㎝じゃねえ。
でも実際、人から見るとかなり掘っている
らしいです。
要は、そのDとLLに同じ数字がくると、
その数字を「やり過ぎる」傾向がある。

D8のLL8の人は、稼いでも稼いでも
稼いでる気がしない、からもっとやって、
結果的にかなり稼ぐ、とか
(数字には、キーワードも色々あるので、
8だと他には、やってもやっても
やれた気がせずもっとやる、とか
各数字において、それぞれ多種あります)
D5のLL5の人は、行動しても行動しても、
そんなに動いている気がしないので、
体に支障きたすまで動いてしまうことがある
とか(側から見ると、ありえないぐらいの
行動力に見えているにもかかわらず、本人は
まるで自覚がない)

そんな感じで今日も掘り続けます。


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by 4cubes | 2018-10-24 08:14 | 潜在意識 | Comments(4)

近況

ここ10日のうちにメールをくださった方へ。
私のところまで届いていないようでした。
大変申し訳ありませんが、
もう一度送っていただけないでしょうか?
よろしくお願いいたします。

ーーーーーーーーーーー

ここしばらく静かでした。
歩きすぎたのか、モートン病という
足の裏の神経が変形するという診断をいただき、
ややおとなしく過ごしていた次第です。
メンタルで治せると思うので、
あまり心配はしていません。

ここのところ「私を生きる」という名目のもと、
自由に振る舞い、エイブラハムの言う
「良い気分でいる」を実践して生きている、
その先端にいた人たち(ハッピーさん、心屋さん
子宮委員長さんあたりでしょうか)の
化けの皮が剥がれてきた、みたいな騒ぎに
なっているようです。
エイブラハムの教えは、ある意味では
間違いではないし、それをハッピーさん達が
間違えて解釈しているということでもない。
ただ、これにもニ元(利己的)と
一元(利他的)があり、彼女達は
前者だというだけのことなんだと思います。

利己で動いた先に、人のためにもなっている、
だからまず自分を満たそう、という
彼女達の言う教義は、自分を満たして、
そのまま生きていけばオッケーとしているので、
考え方としては、近代の終わりで
止まってしまった感じです。
その先があるのに。

言っていることとやっている事が違ったり、
教義に矛盾が生じていたりしていて、
ほころび始めているのは確かだと思いますし、
皆さんが「ただのワガママだ」と
おっしゃるのもわかります。
でも、それをまた「悪い!」と、
声高に叫ぶ事も、二元なんだと思う。

その、自分勝手に振る舞っているように
見える人たちも含めての多様性だから。

できることは、そういう教義を必要としない
世の中を作ることである。
カウンセラーやセラピストのいらない世の中を
作ることである。
彼女たちが必要でないということではなく、
心の病そのものが消滅すれば、カウンセラーも
セラピストも精神科医も、医者や病院すら
必要でなくなるのだと思う。

エイブラハムの翻訳本は現在、個を幸福にする、
二元的な解釈でしか書いてないから、
これからは「エイブラハム2.0」が必要かも。
これからの時代に向けた、新しい視点での
翻訳本です。

仕事2.0とか、
お金2.0とか、
色んなところで言われている「2.0」は、
わかりやすく言うと「1.0」が近代で、
「2.0」がこれからの時代、でしょうか。
私は「1.0」が二元で「2.0」が一元だと思う。

人は一元で生きなくては、苦しくなっていく
というのは確かなんじゃないかなと思ってて。
つまり、いくら好きにできたとしても、
利己的に生きる以上、苦しみから逃れられず、
利他的に生きた先に得られる幸福度によって、
結果的に個人の幸福度につながるという生き方。
その生き方なら、破綻しない。

だから与えるのが先。
出すのが先。

そして、人口が少なくなっていくのだから、
「あの人信頼できないからこっちでもいいや」は
数の問題でも通用しなくなってくる。
良い話も悪い話もすぐに拡散されるから、
目の前の人を大切にしたら、それが広まるし、
大切にしなかったら、それもまた広まっていく。
広まるっていうのは、情報を皆とシェアする
ということ。それがあなたの居場所を作る。

だから自分がどう目の前のことに取り組むかが、
そのままどんな気持ちで生きるか、に
直結していくし、だから当たり前だけど、
目の前のことだけに集中する必要がある。

今ここっていうのは、そういうこと。

今、目の前の人を大切にしたら、
その人は自分のことも大切にしてくれるし、
それが信頼となって、
関係性が良くなったり、何かの時には
協力してもらえたりする。そうされたら
自分も嬉しいから、その人に何かしたくなるし、
会っていて楽しいから、何かの時には、
すぐその人を思い出したりもする。

人の縁はこうやってできている。

明日は、お金持ちはお金が必要ないって
話にしよう。


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by 4cubes | 2018-10-22 01:10 | 潜在意識 | Comments(0)

内申点

高校進学率100%に近い日本。
それはある意味凄い事です。
全国の、義務教育を卒業する子ども達、
そのほとんどが学校を決め、受験して、
色々ありながらもどこかに決まる、
という結果を、
確実に100%に近い数字まで持っていく
って事だと思うので。

「気がついたら受験終わってた」
なんて子は1人もいない。

別の視点では、そこに合わせて、
みんなが動いているとも言える。
そこに持っていくために、
何かしらの基準やシステムが必要だと思うし、
その1つとして、内申点というのが、
存在するのだとも思います。

ただ、本来それは進路決定のための
便宜上の基準、であるはずなのに、
「内申を良くすること」が目的になり、
それに合わせてやったりやらなかったり、
言いたいことが言えなかったり、
頭一つ飛び出すことができなかったり、
そういうことが大いにあると思う。
無意識に、先生に嫌われないように、
内申のために、やりたくない事にも
手を挙げたり、気持ちの全く入らない
ボランティア活動をしたりするのかも
しれない(学校もさせているのかも)
人生の中で「ボランティアってこういう
もの」と学習してしまう方が恐ろしい。

制度としては内申というのは、
今の日本の中ではきっと必要で、
当然今すぐなくならないけれども、
ただの学校決定のための目安なのだから、
しかも先生がつけてるんだから、
主観的で絶対的なものでは全くなくて。
その上で、もし内申の奴隷になっていたら、
得られるものは、実力より少しだけ
偏差値の良さげな学校への入学切符だけ。

ポイント1つ上げて、偏差値が少し上の
学校なんて入っちゃいけないんですよ。
入るならぶっちぎりでなくては意味がない。

実力よりも上に引っかかるということも
挫折の種になる可能性も上がって危険だし、
そもそも実力は、そんな短い期間で
急に上がったりしないですしね。
近道なんて本当にないんです。

受験で得られるものは、
プロセスの中にしか存在しない。
そこを見ない結果には意味が全くない。
だって、偏差値の高い高校と、
偏差値の低い高校と、その中間の高校で
成長のために必要な悩みとは全く別の、
出口のない悩みに埋もれている
高校生の比率は全く同じだから。
これって、幸福度は学校では決まらない、
とも言えるんじゃないかと思う。

どこに進んでも幸せでいるためには、
どこに進んでも幸せでいる肉体と心が必要で、
それは、100%そのプロセスで作られるもの。
また、その本質は内申なんかではなくて、
常に内申を恐れる事なく自然な自分で、
内申を信用しすぎず、自分のために上手に使い、
どれだけ自分らしく進めたのかというのが
大事だから、まずそれを気にしたい。
自分に嘘をつかないで、
やりたいこととやりたくない事を明確に捉え、
思うことと実際の行動に矛盾なく生きること、
これは、人生において、本当の強さを
もたらしてくれると思う。
自分の中の強さは、なくなったりしないから。
どこにいても何をしていても、
自分の中にいつもあるから。
受験というその凝縮された中に、
学べるのはその「強さ」だし、そこに
揺るぎない美しさも見えてくるんだと思う。

見える結果などを本質とするのではなく、
どこに行っても通用する内面の強さと美しさを
兼ね備えるしなやかさを身につけた我が子を
送り出すことができる親は、
心から安心できるんじゃないかと私は思う。

ただの観念的な話ならどうでも良いんだけど、
自分の中に軸と、信念を持たないと、
これから先の時代、というかもう今すでに、
どんどん流されていく。
自ずと自分の人生を見失っていくし、
その渦の中にいる人が大半のように思う。

ちょっと信じ難いかもしれないけれど、
確実に遊びが仕事になる時代になりつつあって
人間が働く=労働、ではなくなり、
労働はAIが担い、生活コストが下がって、
本当に好きなことを、好きなだけできる。
そんなに遠い未来のことじゃないどころか、
すでに始まっている。
生活コストなんて本当に今、低い。
値段の安いお店が多くあり、
同じものを少しでも安く買う仕組みも多い。
洋服だってメルカリで1000円以内で
たくさんの中から選べるし、
昨日も大学講義レベルの動画を無料で観た。

だからもう今、良い学校を出るとか、
良い会社に入るとか、我慢して働くとか、
そうすればたくさんお金がもらえて、
豊かな暮らしになるという幻想、
そういう考えから抜けても大丈夫。
むしろその逆の、
純粋に好きなことから生み出されるものに
価値が生まれ、お金になっていく方が、
本当に本当だと思う。
みんなが抜け始めてからだと、遅くて、
私の感覚では今すぐ、それでもギリギリ。
自分たちの生活に今もう直結している。
そして子どもたちの幸福度に関わってくる。
だからここで話すんですが。
毎日生きていけてるから自分ごとにならない
のかもしれませんが、今の中学生、高校生は
正直、何もしなければアウトだと思うよ。
小学生は、時代的には社会全体が次の時代に
移っていると思いたいけれど、それでも、
親の考えが古ければ、難しいかもしれない。

だって本当に学校では教わらない事だらけの
世の中になっているからです。

そしてそれは、恐れるものなんかではなく、
今の世の中で何が起こっているか、
能力も関係なく学ぶだけで皆が得られるもので。
ママ友からの情報収集や、その辺で拾える
ネットの情報では100%得られないですが、
ただ、別に知る人ぞ知る秘密の情報でもないし、
今の世の中をどう観て、どう判断していくか、
大事な事の本質を見るためだけの学びなので、
私の話を聞かないとダメですっていうわけでも
全然ないですしね。
むしろ「誰々さんに聞けば大丈夫」みたいな、
そういう考えは、とても危険だと思う。

どこからでも良いので、上質な情報と、
思考のアップデートを試みるのが良い箏だけは
確かだと思います。


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by 4cubes | 2018-10-11 10:12 | 潜在意識 | Comments(0)

学校がつまらない

今の高校ってほんと面白くないようです。
現役の現場の話を聞いていると、
健全に行けている方が、本当に大丈夫かと
怪しんだ方がいいくらいに。
大学へ進学するための学校になっていたり、
頑張って受験合格して獲得したんだから、
高校生活は青春したいと思うのは、
ごく自然なことだけれども、
入学がゴールになってしまった子達は、
頑張った分、理想を高校生活に求めすぎて、
執着して苦しいという現実もある。

近代教育の終焉を迎えているこの時期、
親の時代とはまるで違っているので、
高校に入ったらイコール楽しい学校生活、
は、現実的には難しい事も多いと思う。
全ての学校がとは言えないと思うけれど、
近代の価値観がまだ色濃い教育現場と、
未来型で生きる子ども達との乖離の中、
古い学校と、古い親の価値観だけで
教育していくのは、本当に危険だなと。
社会に出たときに迷子になると思う。

学校に行けていないという子ども達が
増えているというのは、そもそも
「行けていない」という言葉も、
古い時代の大人目線の印象で
あんまり良くないなと思うのですが、
子どもの問題ではなくて

単純に、子どもの世界と、今の教育の
調和が取れていないんですね。
人間はいつだって本能的に生きるのだから
楽しければ行くし、楽しくなければ
行かないという、そのシンプルな図式が
今、成立していないというだけなんです。

学校は行かなくちゃ行けないとか、
高校だけはなんたら、みたいな価値観は
これまでは大切だったかもしれないけれど、
これからの時代には必要がないから、
全体に解体して再構築する必要がある。
でも、仕組みはすぐに追いつかない。
人間の理解のスピードは遅いし、
行動はもっと遅い。

仕組みが追いつくその前に、
子ども達の世界の方が、早く開けていて、
高校生でも起業したり、SNSを通して、
もう1つ、居場所を作ることもできる。
大人も副業というもう1つの世界を
開けるのと同じように、1つの場所や
コミュニティにとらわれずに、
もっと自由にやっていいよって時代です。

息子は、スポーツ推薦で入った学校の
部活を自分の信念で辞めたのですが、
その後、外の世界に友達をたくさん作り、
そのトップレベルの人と交流して、
今とても幸せそうです。
そして、大事なのはそれもそうですが、
その、外に世界を作ったことで、
「つまらないはずの学校を、前向きに
楽しめている」ということです。

外に世界を作る(だけが道ではないですが
息子はたまたまそうでした)事で、
夢ができて、それを実現するために、
高校生活をどう使うか、というところも
その設計に含まれたから。

高校は、戦略として使う。
だって通過点ですからね。

もともと学校に行けない感じではなく、
特に問題もなくやっていたようなのですが、
部活を辞めてから、やっぱりどこか、
目的を見失った時期はありました。
高校生活最高!とはならなかった。
そこから、外の世界を見るようになって。

高校の中で面白いことに熱中できたら
それも最高です。
でもそうではないなら、そこにとらわれず
どんどん世界を広げていけばいいし、
そうできる時代になったという事でもある。

今も隣で、子どもの高校進学の話を
お母さん2人がしてたけれど、
内申点をいかに上げるかなんて
気にしてる場合ではないですよー!
100%子どもの幸せと未来に関係ないから。

たったひとつの、意識を向ける方向に
現実がフィットしてくるのだから、
それは内申点じゃないよ。

高校受験の話を聞きたい方がいれば、
東京吉祥寺限定になりますが、やります。
声かけてください。
お子さんの数字も、見ます。


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by 4cubes | 2018-10-09 15:01 | 潜在意識 | Comments(0)

一元的視点の世界、物理化学の視点での引き寄せ、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ