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カテゴリ:その他( 47 )

最後に

ブログをここのところ更新していませんでしたが、
少し前から、もうその必要がなくなっていると感じていました。

私の個人的なことではなく、全体として。

行動したり、アファメーションをしなくても、完全に意図は正確に、瞬時に結果をたたき出す。
だから本当にもう、その「何かをする」必要がなくなっているのだと感じていたのですが、
それを言葉にしている人がいるのを見て、やっぱりそうか、と確信を持った。

何もしない、というこの一点のみが、何かを作り上げていく。
それは、見える形にはならない可能性ももちろんあるのですが。

少なくとも「何もしない」という事が、何よりも大事になっていて、
少なくとも何もしないことで死んだり、何もしないことで生活ができなくなるという事はないし、
むしろ何もしないことで、お金でも恋人でも叶えることができる。
その、何もしないというのは、行動の数字であるD5の人が、行動をやめてしまうなんてことでもなく。

どうしてそうなるのか、その仕組みについも理解しているけれど、
それをもう、コンテンツにする必要も、ないのかもしれないと思っています。
秘密主義とかではなくてですね。
決して複雑ではないけれど、言葉にするととても細かくなるし、
受け取る側の受け取り方までデザインして言葉にするのは、不特定多数に向けるブログでは不可能で、

そもそも、情報というものの役割がもう、終わったのだと思います。
ほんとうに、そうだと思う。

この「情報の終了」というタイミングは、平成が明日で終わるという時期を選んでいるわけではないのに、それは、そうなっているようです。

情報など何もないところに、意図すれば瞬時に現実を作り出しているようです。
朝、考えたものが、夕方には手に入っているんです。
そんなことばかり続いてしまうので、なんでそうなるのかという事を整理すると、
何もしないことが何かを得ることにつながり、何かを前に進めてくれるのだと理解しました。

だから、このブログは更新されなくなるかもしれませんが、
日々の生活の、思考の部分以外で何かが大きく変わるような感じは今のところありません。

それから、ひとつシェア。
引き寄せにおける魔法の言葉は、よく「ありがとう」だと言われたりしますが、
それもそうかもしれませんが、私はこれからの時代は「おめでとう」だと思います。


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by 4cubes | 2019-04-29 19:20 | その他 | Comments(0)

褒める事について

褒めるのが良い、という話は、子育てや会社などの人間の関係性において出てくる話題だと思います。

褒めるについての意味をネットでは「優れているとして、その人や事をよく言う」と書いてありましたが、これを、もう少し実感を持って感じられる言葉に変換する場合

優れているというのは、一般的に言われる「優れている部分」のことではなくて「自分が共感できる、優れていると感じられる部分」である事、そしてその人に映し出されるそれを見つけて伝えることが、本当の「褒める」なのだと思います。

つまり「この人のここ、良いなぁ」と思う部分です。
逆に言えば、その部分を見つけることができれば、口から自然に相手への賞賛が言葉となって紡ぎ出されていくのだと思います。
毎日子育てしていて褒めるところが見つかりにくい場合も大丈夫です。
「それ、わかる」という共感も同じ意味を持つので、例えば我が家では息子が寝坊してきたら「わかる!私もよく二度寝する」と言います。
(もちろん本当にそう思っているし事実)
寝坊してどういう気持ちか、遅刻するとどうなるか、結果的にどうなる事が予想されるか、のような部分は全て、本人が一番よく理解しているから、そこは私が伝える必要がない部分です。
仮に一度二度失敗しても、もっとよく分かるだけのことです。

説教ではない、借りてきた褒め言葉でもない、その人の心からの言葉を嫌う人はいないと思いますし、わかってもらえている(事が感じられる)と、人への絶対的な信頼感を生み出すから「この人を裏切らないようにしよう」と自然に思える。そこにはなめらかな関係性が生まれ、物事がスムーズにいくことが想像できます。

自分を叱らない、自分を責めない、安心して接する事ができる人か否かで、話しかけたいと思うか思わないか、その人から物を買うか買わないか、その人と一緒に仕事をしたいかしたくないか、何かあっても許せるか許せないか、といったところまで、感じ方と起こる現実が全く違ってきます。

誰だって、この人良いなぁと思える人に、自分の持っている時間やお金、手間をかけたいと思う。

自分の心ひとつで「あぁ、この人と出会えて良かった」をたくさん作る事ができるのは、人生をとてもおもしろくさせると思っています。


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by 4cubes | 2019-04-11 15:48 | その他 | Comments(0)

土下座してでもほしいもの

役割を生きるっていうのは別に自分を殺すことではないのですが、気がついたら自分への愛情不足が発生して、自分の喜びが乾いていることに気がつく時がある。
そういう時、何も叶わなくなる。
エネルギーチャージが充分でないと、役割のパワーが落ちるみたいな感じ。

自分に与えるものは人それぞれで、ケーキだっていう人もいるし、好きな人からの言葉だって人もいるし、レアなトミカだったり、札束だという人もいる。

それが何かっていうと、もう土下座してもいいからそれが欲しい!なりふり構わずちょうだい!と言えるか、あるいは喉まで出かかって言ってしまいそうになる。それ以外は何も手に入らなくても構わないっていうくらいの、たった1つのこと。

でも、そんなはしたないこと言えないから、ずっと昔にしまいこんで、最初から欲しくなかったことにしている人はとても多い。
気がつかなかったけれど、私もそうだったし。

ケーキだっていう人も、多分ケーキならなんでも良いわけじゃないですよね。
そうそう、これこれこれ!!!っていうケーキじゃないと。
そうするとお金だって、それがどういう状態になっているものが欲しいのかっていうのは、人によって違う。
そこも、大事。

現金が目の前にあるのが好きな人と、預けてたらいつの間にか増えているのが好きな人と、貯金箱に少しずつたまっていくのが好きな人がいるとして、それぞれ「なぜその状態のお金が好きなのか」が違うから、そこがズレたり理解していないまま単純に「お金ほしい」って言ったとしても、ざっくり過ぎて叶わないです。

ただ、理由としてざっくり過ぎるから叶わないわけじゃなくて。
なぜその状態のお金がほしいのか、を理解したとたん、鳥肌が立つような喜びが起こる。
それは「お金がほしい」だけでは起こらない。一部の狂いもなくぴったりとその感情が起こるポイントが、もし言語化するとどこになるのか、を理解すると、願いをかなえるための臨界点を一気に超えてくるからです。
一気に視点と、それに伴う世界が変わる。
これは、普段の生活の中に必ずヒントがあるから、探す気になればそう難しくないはず。

自分がレアなトミカを持っていて、ざっくりと貴重な物ってくらいは知ってる感じだとして、価値が高いのはわかるから簡単には手放そうと思わなくても、ある日突然「トミカの何年に発売された限定のなんとかの、塗装がなんとかのあーでこーで、それがもうたまんなくて、で、それ、ずっと探しているんですよね」っていう、別に知り合いでもない、でも超マニアな人が現れたら、その人の言うトミカが、自分が持っているそれだとしたら、その人にあげたくなるじゃないですか。
なんか、自分じゃなく、この人が持つものなのかもしれないって。
そのぴったりの感覚がとにかく、心を動かすじゃないですか。
逆もね。そんなレアなものがほしくってほしくっている時に、万にひとつの確率で目の前に現れたら、知らない人にでも「これほしい」って言える勇気が出てくるかもしれない。その情熱は、相手の心を動かすかもしれない。

細かくちゃんと指定すればするほど、そこに集まりやすくなるんですね。
で、自分が本当に「土下座してでもほしい」っていう、エネルギーが上がるそのたった1つのものっていうのは、案外他の誰もそんな事をそこまで思ってないほどレアな事なので、だから、自分のところに集まるんです。
もし今すぐそれを自分に与えられないとしても、できる範疇でめいっぱい自分に与えると
自分が、ぶわぁぁぁぁって満たされた状態になっているから、すでに願いは叶ってて、ゴージャスなおまけがバンバンやってくる。

いたってシンプルな感じなんですが。

そうなると、その土下座してでも欲しいものに気がつくことが重要になるのですが、それが難しいって話になるのかもしれない。
上で書いたように「ほしい!」って言ってはいけないもののような気がしたり、あと、その代わりに何か差し出す必要があって、ほしいだけじゃだめだ、みたいな制限をかけている場合は、気がつきにくい。私も結構長くかかったし。

でも気がつくと、それを自分に与える喜びを知ってしまうと、もうそれ以外の生き方ができなくなると思う。

私のほしいものは「〇〇〇に〇〇〇が〇〇〇〇」だったんですが。
大声で言えないくらい恥ずかしい。よって伏字。
でも、何を見ていたって、その視点で物事を見てしまうほど欲しいものだったし、鳥肌が立つようなものなんです。
だから今すぐ自分にこれを与えることにした。
めちゃめちゃ心があたたかくなります。
全部はできないけれど、ちゃんと満たされるところまではできるから。
その瞬間、エネルギー満タンにできる。

私はここんとこ、そもそも性質的にたった1つの事しかできないのに、その1つさえもできていなかったから、自分が今、チャージできていないんだなと気がつきました。ちょっと解決。


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by 4cubes | 2019-04-07 17:57 | その他 | Comments(0)

お金と体型と自分への愛情は完全にイコール

飲んだだけで痩せるサプリって、そもそも存在しないんだけど、なんでみんなあれを買うかというと、
飲んだだけで楽に痩せたらラッキーと思って、だってほらここに、実際に痩せた人の写真が、っつって、自分で期待値を上げているからなんですが。
その写真にしたって、サプリのせいかもわからないし、病気したのかもしれないし、加工なのかもしれないわけで。

じゃあどんな人にそれが効くのかというと、そのサプリを「きっかけ」としつつ、それとは別に「痩せる」とコミットした、そのコミットの方をちゃんと意識した人です。
楽して痩せたい人は「楽したい」が目的だから、それが叶う。
どこかで、楽に痩せるなんて無理なことも知っていて、本気で楽に痩せられるなんて思ってないからそれは叶わない。
痩せよう!おー!という高揚感のコミットではなく「痩せる」と静かに、地に足ついて、自分で決めた人は、サプリで痩せるんじゃなくて、まず自然と背筋が伸びるし、呼吸が変わるし、意識が変わって「ちょっと歩いてこようかな」など行動が変わり、

かといって行動そのものが痩せさせてくれるのでもなく

つまりそうしている自分が「好き」になるから、だから体型だって「自分好み」になるだけの話です。

好みの体型になっていないときは、自分のことを好きじゃない、という時。
お金が足りないなー不安だなーっていうのも、自分のことを好きじゃない、からそうなる。

好みの体型じゃないのは運動不足とか、体質じゃないですよ。
自分に愛情が不足しているから。

お金が足りないと思うのは働いていないからとか、才能がないからでもなくて、
自分に愛情が不足しているから。

お金と愛情の、密な関係性。
お金と体型の、密な関係性がある。
ぴったり一致する。

で、本当に書きたいことはここからで。

洋服を変えると運気が上がるっていうのは、その洋服を、最初の段階で、自分がそれを好きかどうかはともかく
褒められたり、似合うねって言われたり、その場を明るく変えたりするし、それを生み出す要は装置なのですが
空気が調和して、自分と、その場にいる人の「気持ち良い」という感覚を生み出す。

気持ち良い自分は好きだし、人を気持ちよくさせることができるという自己有用感も満たされる装置。

これがケーキを食べるとか、好きな物を買うとかは「気持ち良い自分」だけを作る装置ですが(その幸せそうな顔を人が見た人は幸福な気持ちになり、という幸福の連鎖はもちろん起こるけれど)洋服は、それがいっぺんにできると思う。

そうすると、罪悪感がなくなる。
自分だけが幸せになってはいけない病みたいなのにかかっている人は多いけれど、そういうのがまず少なくなる。
同じお金を使うにしても、旦那さんが「それ似合うじゃん」って感じてくれるものであれば、好きな洋服を買った罪悪感はないし、買ったことを隠して「え、それ見たことないけど持ってた?」「何言ってんの、持ってたよー」なんて不毛な会話もいらなくなる。

そういう些細な隠し事も「自分を好きになれない」
を確実に強化していく。

そこが、お金とか愛情とか体型をがっちりと、例外なく作っていくのだと繋がった日は、驚愕でした。

自分を好きになれば、お金が増えるわけでも、痩せるわけでも、愛されるわけでもないです。
お金がある方が幸せ、痩せている方が幸せ、愛される方が幸せという価値観だとそうなるかもしれないけれど、そうじゃない。

自分を好きになるというのは、お金の心配をしなくなる事で、自分と他人の見た目に囚われずただの個性となることで、当たり前に愛ばかりゴロゴロあるから意識すらしない、という事なのです。それは、当たり前だけど幸せだって話です。

で、その幸せを感じることができると、そもそも自分がお金大好きならお金が入ってくるし、痩せている方が好みなら痩せるし、愛されるのが嫌いな人はいないと思うから、愛されてやまなくなる、という現実が、起こる。

自分に愛情かけるって、大事。なんだけど。

実はそれは、好きなことをやれているとかではない。
好きな物を買っているとかでもない。
健康だから、とかでもない。
部屋を片づけて、整ってて、良い風が入ってくるとかでもなくて。
何といえば良いのかな。

良い例があったらまた書きます。


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by 4cubes | 2019-04-07 09:48 | その他 | Comments(0)

雑記

労働すると、お金がもらえる約束になっていて、その約束が成立しているからお金が振り込まれるけれども、

働いてもお金が貰えないこともあるし、
働かなくてもお金が貰える人もいる。

人はそれを「そういうものだ」とか「そういう人もいる」というファジーな枠に当てはめようとするけれど、例えばそういうことひとつにしたって私はいつも、これは、もし1つのルールで語るとすれば、どういう事になるんだろうと考える方で。

なぜ働いたらお金が貰えるのか
なぜ働いてももらえない人がいるのか、その差は何なのか。
働かなくてももらえる人の本質は何なのか。
働かないと当たり前にお金が手に入らない人がいて
そもそもお金って何なのか、働くとは何なのか。

それを考えだすと今度は、その背景には何があるのだろう、という思考に自然となる。
そこで出てきたものに法則性が見いだされなければ、今度はまたその奥の背景を考える。

矛盾のないところまで遡って、法則性を見つけて、現在起こっていることに適応させる事を人は誰でもやっているのだと思っていたのですが、こういう事を好き好んでいつもいつも考えている人は、あまり多くないのかもしれない事も知るようになってきました。

私は、世の中に起こっていることに例外はないと思う。
人間がかんたんに理解できないほど複雑に見えながらも、きっと大きな1つのルールでこの世の中はできていて、例外なくそのルールに乗っ取って、我々は生かされているのだろうと思う。
運の良い人や、お金を持っている人、美人さん、人より稼ぐのが上手な人や、芸術的センスのある人、あるいは何やら「選ばれた人」だけが幸せになるのなら、そういうものを持たない人がいて、持たない人は不幸になるのなら、人生はもう決まってしまっているのだから、この世に生まれる必要があるのだろうか?生まれつき幸せか不幸かが決まっている意味ってなんだ、いやいやそもそも
私はあまり世界がそういう風にできているとは考えてなかった。

人が皆、フラットにチャンスを与えられている存在だとしたら、世の中はどういう仕組みで動いているんだろう。
という設定で、物事を見つめ、考えているので。

この前提で生きていく事にしたら、当たり前に、法則性をどこまでも考えるようになったし、それを続けていく事によって、かなり確信を持てることも多くなった。

わかった事は、幸福は確かに自分の手で作ることができる。
ただそれだけでした。

でも、人がそう簡単に変われない、という事も言える。
むしろかんたんに変わってはいけないんです。
なぜなら、変わったと思えるまでの「プロセス」こそが、人を成長させるし、願いをかなえるからです。
現実を具体的に良くするからです。

でもその結果はおまけ。おまけが凄くゴージャスになるだけ。

お金をたくさんほしいと思っても、実はお金を得た結果というのは自分を幸福にしてくれはしない。
ただの結果だから、それでいったん終わる。
たくさんお金がほしいと思った、それが叶うまでの、少しずつ意識を高めていく事や、行動していく事、その想いを持つ自分を大切にして、助けてくれる人の存在があり、時にふと目にした本の1ページが影響する。そんなことも含めたあらゆる自分を包括しながら、それが飽和した状態の、まさにお金が手に入るその直前までがプロセスで、一番エネルギーが高く、可能性と期待値を持ち、

最も幸福な状態に入ります。
↑人が最も欲しているのは、ここです。
お金がまだ手に入っていない段階の、ここです、この瞬間。

ここは、必ず人が介在している。
この、人が介在している瞬間に、いわゆる愛とか感謝がぶわっと生まれるんです。

で、ポコッと、お金という結果が生まれる。終わり。

お金を手にしたその結果は、お金ばっか見ていると気がつかないけれど、人が介在していないんです。
だから、そこに感謝も愛も生まれないんですよ。
エネルギー値も、物理的に低くなっています。
ただ物質的なお金がそこにあるだけ。でも、人を見ていない人は、お金だけ見てて上っ面の幸福感に浸るから、お金という紙切れに感謝しちゃうんですよね。違うからそれ。
で、お金の本質がわからないから、1回はできたとしても、次からの再現はできなくなるんです。

この辺は、とても細かい、心の話が必要になるところなのですが。

この細かい微細なところが理解できると、宝くじなどが当たると思う。
買ったことないけれど。
正味、意識を合わせるだけだからシンプル。
でも、本当に職人技くらい、細かい細かい精度の高い話なんですよ。
スポーツ選手が金メダル取るのもきっと、意識を合わせるここの精度が究極的なんだと思う。

私も昔は、願いをかなえる事なんかをとてもざっくりと考えていて、全然、何も叶わなかった。
少しずつ、これでもか、これでもかと、細かく細かく合わせてきたら、あきらめなかった分その精度が上がって、今に至る。
できないこともずいぶん増えて、できることは本当にただの1個になってしまって、それもどうなの?という状況ですが、だって、私の望みが、たった1つのルールを知りたいだけだから、それ以外は捨てても、もうしょうがないとも思っています。

それでも今日は、おいしい夕ご飯を息子と一緒に食べることができた。
捨てることと、失う事は、同じじゃないんです。
捨てるからって、なくなるわけじゃない。
春休み、遠出から帰ってきて、あれこれ話す彼を見ているだけで、幸せな涙が出てくるし、
幸福度は最高なんですが、それは、よくある「いつも幸せはあなたの隣にある」というやつなんだけど、だからといってそれは、そんな聞き触りの良い言葉をちょっと読んでその気になっただけで得られるもんじゃなくて、

やっぱり、理解できるまで、取り組むだけの事なんだ。
幸せの本質に。

世の中にいろんな心理カウンセラーとかいるけれど、一旦は自分の奥底を見て絶望して、どん底になって、そこから同じような人を救いたいって先生になった人も多いと思うのですが、
その人たちの多くは、決して「嘘」ではないんだけど「途中でやめてしまう」人が多い。
先生になった途端、向き合う事をしなくなるんだと思うんです、単に。

大事なのは、見えない世界を現実に活かすには、今のところ統計学的なツールが有効になると思うんですが
それは、いつもいつも実験して、データを取って、繰り返し検証して【そのデータを更新していかなくちゃいけない】性質のものであるはず。
そうすると当然、先生になってお金や地位を得たって、待っているのはストイックな毎日になるはずなんですが
ぜいたくなご飯とか、旅とか、そういう遊びをする時間の方が圧倒的に増えていっている人が実際には多い。
楽しくてそっちに行ってしまうのも、人間の弱さとして、あり得るのかなと思う。
それに、つきあう人間が増えたりしてね。
無駄にコラボしたりなんかして。
余計な情報が増えるのもそうですが、何より本来かけるべき時間にかけるところが少なくなる分、更新の精度が上がらないわけで、コンテンツが廃れていくんですよね。

だから、そういう人は栄華と衰退になる。
本物は見えない。栄華も衰退もない。
ただストイックな毎日があるだけです。
でないと継続できない、1日は等しく24時間しかないからです。


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by 4cubes | 2019-04-06 22:54 | その他 | Comments(0)

仙豆

もうずっと、とことん、意味が分からないくらい「何もしない」毎日を過ごしています。
だからネタはない。
自分の脳内に、たくさんあるけれど、蓄積されて、ギューッと、あえてアウトプットしないで待っている。
エネルギーを上げて上げて、臨界点を超えるのを見守っているところです。

やっていることは数秘と意識の研究だけです。
「引き寄せの法則」や「数秘」が、法則として成立している事をとことん確認し、再現性を高めるためにただただこの世の仕組みの整合性を考えています。確実に現実化するための装置を組み立てています。

何もしないと決めた時、それでも自分が無意識のうちにやっていることは、これ1つしかありませんでした。

凝縮して凝縮して。
毎日毎日、恐ろしいほど、1円にもならない感が増すばかりです。
こんなことしていたら、生活が破綻するでしょ?
子どももいるのに。まだ養育中なのに。
綺麗ごとなんかじゃないし、伸るか反るかの賭けだし、結構勝ち目なんてないような賭けです。

ではなぜそれを選択したのか、はひとまず置いておいて。

先日、ひょんなことから、仙豆を食べたんです。
「仙豆」とは、ドラゴンボールに出てくる架空の食べ物で、凝縮されたエネルギーの塊なのかな。
とにかくそれ一粒食べると、一週間は何も食べなくても平気とかそういうものです。
楽天などで「仙豆」という名前の、サプリなどの商品は売っていますが、それでもなく。

人が作った手作りのお菓子なんですが。

ひとついただいて食べた時、これは仙豆だと確信しました。
もちろん、スーパーなどで手に入る食材だけで作られているものなので、特殊な何かが入っているとかではないし、くれたその人の能力とかそういうものでもないと思うのですが。
食べた瞬間、エネルギーを食べるとはこういう事で、自分が日頃食べているものは、エネルギーじゃないという事も、わかってしまいました。
それを食べた瞬間、食生活が一瞬で変わりました。
からだが欲するものががらりと変わりました。不思議ー。
もちろん食生活とは習慣なので、今、結論は出ませんが。

私は、量はあまり食べないんですが小太りです。
実は量ではなく、余計なものを摂取していたのかもしれないと思いました。
で、その余計なものが何で、余計でないものが何かも、すとんと理解できた気がしました。
これは人によって違うのだろうか、いや、たぶん同じ気がする。
オーガニックが良いわけじゃなくて、結論としてオーガニックに行くのはよくわかりました。
でもオーガニックでないものももちろん選択する。
自然のものとケミカルは、なめらかな関係性なのだろう。

で、そのお菓子、あまり売っていないのですが、買ったり、食べに行ったり、自分で作ってみたりしてみようと思います。
他のものでも、自分で作っても仙豆の本質が再現できるのか。

自分が真にやりたいことはすぐ行動する。人ってそんなものだと思う。
材料もさっそく昨日、全部揃えました。


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by 4cubes | 2019-04-05 20:07 | その他 | Comments(0)

好きなことが見つかる生活

イチローの現役引退会見の全文を読んで、多くの人がそれぞれ印象に残った言葉があると思うけれど、私は「ニューヨークに行った頃から、人に喜んでもらえることが自分の一番の幸せだと思うようになった」というニュアンスの言葉。

好きなことをやっていると自分の望む事がもう「人に喜んでもらう」しかなくなるから、それは本当に良くわかるなぁ、と思った。
本当にそれしかなくなる。

人の好き嫌いがなくなるわけでもないし、誰でも彼でも喜んでもらいたいわけでもないのですが、抽象度の高いモチベーションというか、要は自分がもう好きなことができているという時点で最高の状態なので、自分を満たすためにほしいものはなくなる → 人に喜んでもらう、になる。

これが体感として腑に落ちてくる。

だから彼は「できるだけ早いうちに好きなことを見つけよう」といったことも話していたけれど、それもその通りで。
好きなことをしているという喜びが、人を優しく、世界を優しく変えていくのですが、けれどもたいていの人はその「好きな事」について「そう簡単に見つからない」とも言います。それもまた真実。

好きな事、要は好きかどうかを確認する必要もないほどの、純粋にやり続けてしまう事を見つけるには、見つけることを頑張るのではなくて、好きなことが見つけられる生活をするのが必要になる。
その生活をしていたら、自然とやりたいことが見つかるからです。
イチロー少年は幼少期、おそらくその環境の中にいたのだと思う。

息子は春から高3で、今、進路に関連する授業がとても多くなっているようなのですが「あの授業内容じゃ、みんな進路を決められない」と言います。「いろんな専門学校や大学関係者が説明をしに来るけれど、内容が悪いから。」だそうです。
自分の学校について、まず長所しか述べられない。
短所を述べられないという事は、その代わりここは強みです、という最大のポイントも説明できないという事なので、どの学校も同じ印象になってしまう。「近いか遠いか」「学費が高いか安いか」みたいな見えるところでしか比較できなくなるから(そもそもそれなら人を呼ぶまでもなく資料見ればわかるし)よって「本当に行きたいところはどこか」が見えず進路を決められない、という見解。
短所について説明を求めても「えーあるかなぁ、うーん」という煮え切らない回答しかもらえない。
「そういう学校ばかり呼ぶ高校にも大きな問題がある。」ごもっともです。
(でもおそらく学校側はそのことに気づいてもいないんですけれどね)

息子はすでに進路が決まっていますが「普段から自分のやりたいことをしていたら進路は自然に決まる」し「授業を受けて決めるものじゃない」し、進路が決まっていない子は、そもそも進路が決まらないような生活をしているんだと。
そこを解決しなくては、健全に進路なんて見つけられないと言います。

普段から、やりたくないことを我慢して続けていたり、やりたい事を選ばない状態では、まず自分のやりたいことまでたどり着けません。
時間と体力のある学生時代までに、誰に何と言われても、根拠なんてなくても、やりたい、やりたくないについて、自分の意志を貫くことが大事であり、親はそれを邪魔しないのが仕事。
誰が何といっても、やりたい、あるいはやりたくない、を行動していく事で、やってみたら意外と楽しくなかったとか、やりたくないことをやめてみたら、新しい世界が開けてきたとか、自分の取り扱い方が、やればやるほど見えるわけです。

可愛い子には旅をさせろと、というのはこういうこと。

親から見て、どんなにくだらなそうに見える事でも、すべて見守る。
否定しない。
否定しないだけでなくて、どこにその面白さがあるのか聞いてみる。
そうすると、子どもの本質が見えてくる。
例えば動画ばかり見ていても、どんな動画をおもしろいと思えるのか、どんなユーチューバーが好きか、その判断基準は何か、を興味を持って聞いていると、その回答から、とても面白い基準を持っていたり、人に流されずに自分で判断していることが見えたりするので、どこへ行っても大丈夫だな、という親の安心にもつながるんです。
動画=くだらない、という親の価値観は「知らない」から生まれる。
知らないなら、知れば良いだけです。

子どもも、何を言っても自分が否定されないとわかれば、何でも正直に話してくれるので、更にお互い安心感につながります。
(こういうのがまっとうな「投影」です)

こういうのは好きじゃない、こういうのは好き、もフラットに見えてくる。
人生の方向性も、勝手に決まってきます。

そう、進路は決めるものではなく「決まるもの」だと思います。
仕事も。パートナーも。



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by 4cubes | 2019-03-23 14:41 | その他 | Comments(2)

ファッションで開運する

2017年に初めて、世帯支出で化粧品がファッションを上回ったという話を読んで、やっぱり、と思ったし、2017年に初めてというのは個人的にはむしろ遅いくらいのニュースでした。

「自分を表現する」ファッションに対し
「自分をより良くする」スキンケアが支持されるようになった。

私が今話している役割としてのファッションは「自分をより良くする」だと思っています。
(その手段として表現はしますが、表現そのものは本質ではない)
外側の情報ではなく、内なる自分に一番調和する服は、個人をより魅力的に見せるからです。
それは、ミニ講座を何度かしていて感じるけれど、まわりで見る人がすぐにわかるもの。
すぐに取り入れられて、人を信じることができて、自分を信じることができて、実践するのが楽しい種類のものです。

「ファッションで開運」
昔の私ならまず一番に疑いそうな言葉です。

気分が上がる → 開運、みたいなのが大嫌い。
それ因果関係あるの?
ごまかしてない?
ファッションというのは、素材も色も流行も、形もディティールもバラバラで多彩すぎて、着る人によって違う、状況によって違うなど、まとまったデータが非常に取りづらい種類のものでしたし、体系的にまとめるなんてできそうにない、抽象的なファッションという世界で、法則として開運を語れる日がくるとは思いもしませんでした。

パフォーマンスナンバーは、元は数秘術で一般的な「パーソナルナンバー」と呼ばれるもので「こういう印象に見られる」とか「人格」「キャラクター」を表すものでしたが、じゃあなぜそれが備わっているのか、どんなふうに活かすのかは、少なくとも私が学んでいた環境では少しも語られていませんでした。
そこを掘り下げる人もいなかったんかな、と思うとむしろ、なぜ?と感じますが。

もともと私もファッションとPというナンバーを繋げて考えようと思っていたわけではなく、Pの「役割」という概念を発見した時に、自分がこれまで学んで仕事にして事業にしてきたファッションと繋げることができたのは私にとって非常に大きかったです。
そして、ファッションで具体的に開運することができるという発見も、自分のこれまでの「似合わない」に解決を見たことも。

こんなにも全部が繋がることがあるんだろうか。

学生の時からこれまで20年近く、多くの生地に触れ、型紙屋として人の骨格を知識ではなく数で、浴びるように見てきたこと、ミリ単位で形にこだわってきたこと、ふと出会ってのめり込んでいった数秘、中学生の頃からの疑問やコンプレックスまでが、時間を取っ払ってきれいに縦に重なって。
ちょっと個人的な話になりますが、感動しています。

人はもういい加減、流行という外側の価値観に振り回されるのをやめようとしているところで。
自分らしく、自由に、それも自分勝手にではなく、人と調和しながら、幸せであるためのファッションを。
今は、人と違うアイテムを買うよりも、どう工夫して着こなすか、着まわすか、のようなものが求められているのかもしれませんが、雑誌などの情報だけをあてにしていると、素敵だけど最大公約数的なものになってしまう。

確かに、アイテムそのものに個性はそれほど必要なくなっているのは確かで、ユニクロは個性がない、と思うかもしれませんが、ユニクロ、実はなかなか良いと思っています。
私のファッションコンサルは、見た目でわかる「人と違う」を提案するものではないので、あくまでその人の非言語領域の「印象」を引き出すものですが、その上でユニクロは非常に使える気がしています。

春になったからたくさんリサーチしてこよう!


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by 4cubes | 2019-03-15 09:54 | その他 | Comments(0)

離婚はどうして駄目じゃないと思うのか

離婚してちょうど5年です。

離婚して後悔みたいなものは1ミリもないですが、元夫は非常に良い人で離婚するわかりやすい理由はなかったけれど「好きな人とだけ繋がる」という自分にとって一番大事なものを大事にするという理由で離婚しました。元夫は新しい家庭や子どもを新たに持っても、私と息子への責任を彼自身が果たしていると思われ、非常にありがたいです。

「嫌いではない」や「良い人」を、「好き」にすり替えようとする人もいますが、無理です。
嫌いじゃないけど好きじゃない、良い人だけど好きじゃなかったんです。
ただ自分が自分に対して、ごまかさないと決めただけです。
もれなく息子も、1ミリもごまかしのきかない、自分に正直な人生を歩んでいます。
誰にも媚びずにまっすぐに、ほしいものを取りに行きます。

結婚はただの制度であり、ある特定の期間だけ有効な、文化です。
だからといって離婚する方が良いとも思わない。
離婚を正当化しようと思っていないし、むしろ、しない方が良いのですが。
(というかそれくらいの小さな傷は持っているくらいがちょうどよい)

離婚するかしないか迷っている人は多いですが、離婚するかしないかではなく、その「迷っている」事が問題だと思います。
離婚した場合と、離婚しない場合と、人間は両方を体験することはできないので、どっちでも良いからさっさと決めて、あとは最善を尽くすしかない。決められない、あるいは決めたことに後ろ向きでいることが運を落とすんです。
決める基準となるものは、自分の感覚です。
良い人とは思えても好きだと思えない人とこの先何十年も一緒にいるのは自分にも相手にも失礼だから、私は離婚しようと思いました。
何年かかっても良いと思った。そうしたら3か月後には終わっていました。

子どもに傷を残す可能性も考えましたよ。
でも、好きではない人と一緒にいることを子どもに教えるのはもっと嫌だった。
何があっても一緒に受け止めようと思ったし、それを超えて息子の幸福度を上げようと決めて。

決めて、最善を尽くす。
それだけです。

そういったことを迷いなく決めていくには、自分のことをよく知っておく必要があります。
自分より他人をのぞき見する時間の方が非常に多い現代人ですが、自分を観察して、自分の感情や感じ方を知って、一定の基準を持っておくと、どんなときにも、少なくとも「迷う」という事はないから「決められる」し、あとは最善を尽くすしか残らなくなるから

何をどう決めても開運するんです。

私が、子どものころから知りたかった答えの一つです。

運の総量は決まっているのか。
運の良い人だけが幸せになるのか。
美人とかお金持ちは、幸福なのか。
時を経て、答えすら自分で決めて良いのだと知ったし、運を確実に作っていけるのだと知り、そのこと自体が幸福なのだとわかりました。
今どんな状態であれ生きていることを心から楽しめます。
いつも希望がすぐそこにあるからです。

逆説的ですが、その上で、つまり自分で上向きの状態にしておいて、例えばその状態で占いなどしてもらうともの凄く良い方と巡り合えるし、何事も良い方向に回り始めるんですよ。
開運体質になってから占ってもらうのが一番最強です。

でも、そもそも開運したいから占ってもらうのが普通です。
だとすると、そのために必要な心構えがあります。
どんな結果でも活かす、と決める事。
自分のする行動に、自分で責任を取るという事です。
占いも、仕組みを知ってしまえば自分にとって強みになるし、面白いです。

よく占いを「良い事だけ信じる」とか言いますが、耳の痛いことを避けていたのでは開運しないです。
耳が痛いという事は、思い当たることがあるのだから。
ツイッターで共感を求めて記事を書き、批判が多いと逆切れするというのも、都合の良い事だけ受け入れたいという気持ちから発生します。
見ていてイタイのですが、占い結果を、あるいは、人にアドバイスを求めたことの、都合の良い事だけ受け入れるというのも同じことです。
答えがほしくて自分がした行動に対して、出た答えを選り好みしているという事になり、そういう人には何も起こりません。

2019年の春は結構特別な春だと思っています。
平成が終わるから、とかじゃなく、特別な春だから平成が終わるんだと思う。
いつも、象徴的な出来事は、あとからやってきます。


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by 4cubes | 2019-03-14 08:19 | その他 | Comments(6)

40代、これからの仕事

型紙屋をしていると、お客様はごく普通の主婦で、30代の方は子育てしながら洋服を縫う楽しみを持っていて、40代くらいになると子どもの手が離れて、かといってまだ介護ではないくらいの、一番時間も体力もある時、みたいな方がかなり多いです。
そのあたりにくると、何かしてみたいと考えるわけです。
まだまだ労働年数は長く、経済的にも稼ぎたい。
今はパートや勤めに行っているけれど、もし可能なら、好きなことを仕事にしたい。
服を縫う方が多いし、かなり上手になっているので、それを活かしたい。
取り立ててスキルはないけれど、趣味はあるしお金になったら良いな。

そういう方は本当に多いし、よく相談もされる。
(相談はされるけれど無料アドバイスはしません。かつてそれをやって泣くほど後悔しました。)

ご本人が悩んだり、真剣に考えているのはわかります。
最初にする事は本気になる事ですが、見ていると本気というには遠い人も多い。
実はそれが何より大事なのですが。

私は、定期的に意図してそういう場を自分で作っています。
本気って、自分で考えているだけでは「本気という事にしておこう」と無意識に甘やかしたり「本気になったぁ」と気分だけ都合よく感じることもあるので、確実に本気にならざるを得ないように、自分で自分を追い込みます。
そうやって初めて本気になれる、そのくらい人間は本来弱いものですし、変わりたくても変われないものです。
でも本気になりさえすれば、その日から確実に現実がわかりやすく変わります。
この実験を、何度もやっています。

追い込むというのは、本当なら例えば生きるか死ぬかのような経済状態、あるいは病気、などのことですが、意図的にそれを作り出すのは困難です。(大きな病気をすると人生観変わると言いますが、逆にそのくらいでないと大きく変われない性質のものとも言える)
じゃあどうするとかというと、今の社会で言うなら例えば、自分にとって心臓がバクバクするくらいのお金をかけること、です。
自分にとって「安くない」程度のお金じゃなくて、手が震えるくらい、でもさすがに死にはしないくらいの金額。
それを、思い切って手離します。あるいは見返りを期待せず投資する。

その中で、学校に通うなどは個人的にあまりお勧めしないです。
通う時間が無駄なのと、今すでに持っているもので勝負した方が良いと思うからです。
少し前なら、学校に行くと、卒業してから使えるスキルが身に付きましたが、今はもうまず学校通っている間に世の中は変化してしまうので会得したスキルはすぐ古くなる。時間をかけない方法が良いと思います。
無駄でも良いからそこに行ってみたいという個人的な好みで行くのはもちろん良いと思います。
けれども、自分の強みを生かして自分らしい仕事をしたいというのが目的である人は、今持っているものを組み合わせ、自分だけにしかできないことを洗い出し、今やり始めるのが一番強いし有利だと思う。

そこで皆さん、強みを知るワークショップや、起業塾などに通うのですが、あれも無駄です。
強みを生かしたいなら、自分の強みを教えてくれるところじゃなくて「強みの活かし方」を教えてくれるところじゃなきゃ意味ないですし、起業するなら起業塾でノウハウを知るのでは遅いんです。もう一つ先、あるいはその本質を知るような学びでないと意味がないです。
答えを教えてくれるところではなく本質を教えてくれて、その後自分でそれが再現できるようなコーチング内容でないと意味がありません。

起業塾に行って起業候補の人がわんさかいるような状態で、もう横並びです。
すでに人と同じ事しかしていない。
一昔前は学んでいる時は横並びで良かったんです。学校出てからヨーイドンで充分間に合った。
それは、今のように情報を自由に得る手段がなかったせいで、学校に通えば通った分の知識が身につき有利に働くから。
けれども今は、知識だけなら学校よりも早く安価で得られるし、そもそも「新しいことをする」→「学ぶ」→「学校」という発想をしている時点で、大勢の人が考えるような発想から抜けていないと考えられます。
どこでどんな仕事をするにしても「あなただからお願いしたい」と言われるような仕事をするなら、もうこの瞬間からオリジナルでいる必要があるわけです。そして持っているものを具現化していく事を意識する。
そうすると、今持っているものでオリジナルを作ってしまえば確実で早くなるし、簡単に盗まれないと思う。

例えば私は、洋服の型紙 × 数秘研究 × DLL7で地球の裏側まで掘る、という性質により、数字と洋服の関係性を深く掘り下げ、おそらく誰にもそう簡単に真似できない「似合う洋服」やその先の「人生の役割」を伝えることができる。
洋服の形に長く携わってきたのと、大好きな数秘と、もともと持っている性質の組み合わせです。

経験×好き×性質 が強みになっています。

それがわかった瞬間、すぐ仕事にする。具現化を試みる。
受けてくださった皆様のフィードバックなどをもとにどんどんメニューも変えていきます。

コンサル関係に行く方も多いと思います。
カウンセリングを受ける方も。
その場合、誰のところに行くか、がとても大事です。
キラキラしててなんだか素敵だけど超拝金主義の人や、うまくいってますと見せかけて人間関係ぼろぼろの人も多い。
でも、見た目ではそこがわかりづらいわけです。
この人の話を聞けば、うまくいくような気がしてしまう。だってそう見せているから。
本も何冊も出しているし、自由で幸せそうだし。

でも、本物は隠れている、というのは、本当の話です。

だとしたら、彼女たちはなぜこんなにも「見えている」のか。
そこを考える必要があります。

本質を見ていくスキルは、どのような人にも必要になる時代です。
どの人も、その人らしいコンテンツを持って、生きていく時代です。
それがないと、簡単に言うと、ただ搾取される側になります。
あらゆるインフラが整った時に、必要になるのは、そのインフラに乗せるもの、コンテンツだからです。
個性を具現化して媒介できるようにしたもの、と言い換えることもできるかもしれません。

そういうコンテンツをいかに持つか、形にしていくか、というのが、幸福度と関係してきます。
そして子どもたちに伝えていく事も、未来のために必要だと感じます。
まずは親が、親の世代が本気にならなくては。
ちょっと良いこと聞いて、その時は高揚して、何でもできそうな気がして、気がついたらいつもの自分に戻っている。
もうそんなのやめようよ、と本当に思う。
一時、自分に負荷をかけてでも、飛躍しようよ。
そろそろ本気で、間に合わなくなる気がするから。
まだまだ時代のスピードは上がっていくと思う。追いつけなくなる。

今できないと決めてしまったら、この先はもっとできなくなると思うよ。

今、何でも叶えられる自分になっておこうよ。
一緒に。

あまりこういう書き方をすることはないのですが。
本当にそのようにしかならないと思う。


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by 4cubes | 2019-03-14 00:33 | その他 | Comments(0)

一元視点で物を見つめ、物理化学の視点での引き寄せ、人の性質の分析解析を得意としています。、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ
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