<   2017年 12月 ( 22 )   > この月の画像一覧

レコード大賞を観ようと思ったら、
昨日だったんですね。
1人でお酒を飲みながら、紅白を観る年末。
平井堅の「惰性でテレビ消すみたいに、
生きることを時々やめたくなる」だったかな、
の歌詞に、うなりました。
個人的にはエレファントカシマシの歌や、
AKBの歌は殆ど知らないけど、唯一好きな
「大声ダイヤモンド」に、トータス松本。

年末に、メッセージをくださった皆さん、
ありがとうございます。

今がどんな自分であっても、どんな状況でも
自分のもののように感じるこの意識は、
肉体とは離れて、ただの意識として存在する。
その意識が、自分の肉体をも含めた世界の
全てを作っている。

今ここっていう意識すら、もしかしたら、
今ここと言いつつ、今のこの状況に、
私達は価値観をつけているのかもしれない、
ということに年末ギリギリで気がついた。
言葉にすれば確かに「今」なのだけど、
「今」さえいらないのかもしれないね。
「今」を作ることで、過去や未来の概念が
できてしまうのだから。

ただただ、生まれる「意識」だけがある。

はじめて、1人で飲むお酒がおいしく感じた
年越しです。

良いお年を。


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by 4cubes | 2017-12-31 23:51 | 潜在意識 | Comments(0)
2018年を想うよりも、2017年を、
今日1日だけど、集中して過ごす事が
大事な気がする年末。

意識を今に向けて。

スーパーには行ったのですが、
ただの消費化している歳末のスーパーは
買い散らかされている感じを感じてしまい、
おせちの材料はどれもピンと来なくて、
食べたいものだけ買って帰りました。
昨日息子と2人で餃子を包んで焼きました。

掃除も洗車も、年賀状も良いけれど、
ただ、心の上でのやり残しをしないで、
静かに幸せな年末を過ごすことが、
今いちばん、しっくりくる気がします。

世の中でどんなに当たり前に良いとされる
物や人も、自分の感覚で判断、精査する。
自分が違うと思ったのなら、もうそれは、
誰がなんと言っても違うのだという事。
それを一番に信頼する事。
どんなに尊敬する人が言った言葉でも、
考えでも、すぐ影響を受けそうになっても
いつも自分を基準とすること。
自分への信頼をいちばんに置くこと。

年末最後に手離したのは、甘いもの。
決して嫌いじゃないし食べたい時もあるし、
彼が甘いものを好きなので、一緒に
食べた方が楽しいということも思ったし。

それほど疑問にも思わなかったこの事を
よく考えると、本当によく考えてみると、

小腹を満たしたい
外出先で手軽に食べられるもの
甘いもの

という事で食べていただけでした。
私は大して甘いものが好きではないんです。
年齢的にもすぐ座りたくなるし、
お茶を飲みながら小腹を満たすには、
スイーツ、という選択肢が簡単だから、
だから食べていた甘いもん。

体が欲していないのだから、太るわけだ。
女子が多いところでは、空気を読んで
「食べられるから」という理由で食べてた。
「食べたいから」じゃなかった。
まだまだ基準を他人に置いていることにも
気がつきました。なるほど。

たまに食べたくなる時はあるのだけれども
本当に美味しいものを、手に入る時だけ。

それに気がついてからは、家でも、
おにぎりやサツマイモのおやつにしたり、
夕飯も、手間をかけるようになってきた。
息子が夕方から初詣のために遠出するので
年越しそばをお昼に作ったんだけど、
丁寧に作ったら、おいしかった。
やりたくない事を全部やめていくと、
生活が手抜きになっていくのではなくて、
「どこに重きを置きたいか」が、
ハッキリしてくる。

息子も、食べるものには超細かくて、
お肉食べないから肉料理を避けてたけど、
肉汁が嫌なだけなので、肉汁が出ないよう
買ってきたお肉を工夫して切って、刺して
焼き方を工夫したら、ただの焼き鳥が
外はこんがり、中はふっくら、あっさり、
のめっちゃ美味しい焼き鳥に。

息子、肉、おかわりしてた。

ただ生命を維持するだけの食べるではなく、
どう食べたいか、について、
私たちは、選ぶことができる時代にいる。

そういえば、1学期はお弁当をほぼ全部
残してきた息子が、2017年後半は、
90%以上、完食して帰るようになりました。
「食べないんなら作らないで、コンビニで
いいんじゃん?」ってよく言われたけど、
食べないのはその時の結果であって、それと
お弁当という選択肢を失うことは別だから。
作ることと食べることは違う。
作る時と食べる時は、状況も気持ちも違う。
コントロールしなくても大丈夫。
コントロールできることじゃない。

ただの偏食、と捉える事もできるけど、
昔の私ならそう考えて、矯正しようと
したかもしれないけれど。(たぶんしてた)

全部捨てて、今自分がしたい事だけに集中
すると、全部が豊かになってくる。

何もない、のんびりした大晦日。


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by 4cubes | 2017-12-31 14:00 | 潜在意識 | Comments(2)
1月にお約束した10名(諸事情で11名)様と
メールで日程などのやりとりをしているけど、
もうすでに多くの方のエネルギーが軽い。

どこまでも自分の反映、投影なんだなーと
改めて思います。

1月のお約束に関して、
さすがに3が日や元々自分の予定が入ってる
日程は避けて、日時の希望のある方を入れて、
となると残る日が6日、そして日時の希望を
書いていない方が6名。
複数日提示できないし、適当に振り分けても、
もしその日がダメだったら振替もできない。

でも、大丈夫だと思って適当に振ったんです。
そうしたら、全員その日でオッケーでした。
複雑な調整の必要なかった。

力を抜けば、潜在意識が答えをくれます。
その瞬間まで信頼をする。
計らいがある。
起こる事を信頼することができていれば、
力を入れる必要はどこにもなくなる。
何ひとつ自分で決める必要がないし、
それは、自分を生きる事を放棄するもの
ではなくて、ただただ自分を生きて、
コントロールをしないでいるという事が
物事を完璧にしていくという事。

全てにおいて、その瞬間の
自分の感覚だけを信じる事。

今日ふと息子に、私がおつきあいしている
男性が誰か、報告したのですが。
(息子の知っている人なので躊躇してた)
自分でも不思議なほど唐突に話し出して
なぜだ?とも思ったけれど、それもまた
「起こる」んだと思う。

自分を偽って「月商7桁達成」とか
「セミナー満席御礼」とかやっている人は、
2017年後半期、明らかに失速してたね。

数字って成果がわかりやすくて、人に
認めさせやすくて、そこに陥る人は多い。
結果としての数字じゃなくて、
数字を通して何かをコントロールしている。

女性としての幸せがそんなわけない。
女性としての柔らかい感性と引き換えに
手に入れる価値のある数字なんてないと思う。

女性ってもっとファジーな生き物で、
割り切れないものを受け止める力と、
それを良しと思える許容があると私は思う。
だから、白黒つけなくて良いし、
寸分違わない理想を引き寄せなくても良くて。

だいたい幸せだったらいいんじゃね?

って事。
でもそれだと何となく、中途半端な幸せで
人生が終わるような気がしてしまうけれど、
そういう許容範囲の広さが、実は想定以上の
現実的な幸せを引き寄せるのが、
物理の法則だという面白さもまたあると思う。

数秘も、私が学んで皆に伝えてきた数秘は、
潜在意識を視覚化したもの、つまり、
潜在意識を顕在意識で説明したもの、なので
顕在意識の世界の話なんです。
要はいまの自分の脳みそで理解できるもの。

それはとても心強いガイドになるけれども。
私も随分それに救われてもきたけれど。

その先に、潜在的な自分に帰る数秘を知って、
ただただその世界観に身を委ねて、
世界を信頼して、完全に力を抜いて生きる、
そんな地球の歩き方も知った2017年でした。
それが最後の3ヶ月くらいの出来事で、
2018年への情報が詰まった種になる。


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by 4cubes | 2017-12-30 12:34 | 潜在意識 | Comments(0)

私が太ってたという話

1月お約束のお返事が遅れててすみません。
今日の夜、全員に送ります。
今送ろうと思ったら手帳置いてきてた(涙)

冬至をすぎて整った今の状態の、
良いエネルギーでお返事します。

ーーーーーーーーーー

ちょっと何言ってるかわからないですが
私、実は、太ってました。

私を知る人は「は?今更なに言ってんの?」
と思うのは当然ですし、私もわかってました。
でも、これは大変不思議な事なのですが、
どうやら「頭で」わかっていただけ、でした。

いやいやいや、明らかに体重という数値でも、
写真見ても、鏡に映る自分も、着ている服の
サイズでも、明らかっしょーーー!
って思うし、もちろん自分は太っていると
認識してはいたんですよ。
わかってたよ。
うん、明らかに。
ええ、そう。

でも、なんといえば良いのでしょうか。
「そう、太ってるでしょ?わかってるよ」
みたいな。
「あ、あれでしょ、あれね、わかるわかるー」
みたいな。

どこか軽いというか、表面だけさらうような、
うっすーい「わかってる」というか。
コンプレックスもそれなりにあるのに、
結構いつも考えていた類のことなのに、
不思議だけど、体感できてなかったらしい。

で実際、体重こんなにあるし!という時は
心のね、心のどこかで
「体重計壊れているかもしれないし」と
思ってたみたいです。
僅かながら期待してたというか。
いやほんとに。
写真や鏡を見て太っているのが明らかでも、
どこかで「………ん、角度かなっ」って。

何を着ても「……ん、この洋服、もしかして
太って見えるかも」って。

アホか!!!!!

って、今なら思うのですが、本当に本当に
そんな感じだったんです。
認めたくないっていうネガティブな感情は
特になかったんですが、逆にそれがあれば
自分の中に大きな抵抗を感じて、
その違和感をきっかけにして自分の内側を
探る事ができたのだと思うけれど、
それがなかったからか、だからこそ余計に
「わかるわかるー、認めてるしー」みたいな
なんだか変に明るいことになってて。

いまなら明確にわかる事なんですが、
数字だろうが視覚化だろうが、どれだけ
外側の情報が明らかで、誰もが認める事実
がそこにあっても、それだけでは人は、
心からは納得できないのだとわかりました。

じゃあなぜ、私が自分で心底、体感として
「自分は太っているんだ」と気づけたのか。
きっかけは、とあるイベントの写真でした。
その写真に私も写っているのですが、
それを、私がいつも「この人太ってるなー」
と思っている人と勘違いしたんです。
………ん?え!これ私じゃん!!!!!

私が太ってると思ってた人と、私が、
同じ体型してる!!!
自分が「感じた事が違ってた」という
体感が起こったからなのです。

人は、自分が渦中にいると気がつかない。
これでもかっていうくらいに気がつかない。
「違う」という体感が起こらなくては
気がつかないもんなんです。

どうりで息子や彼に「パンダだ」「デブだ」
と言われるわけです。
(誇張してるんかと思ってたwww)

この「自分で体感として自覚できた」という
事が面白くて面白くて、彼に話したら
「この年末の、皆が忙しくしてる時に
何言ってんですかwww」って笑ってて。

これまでに目の前で「デブ!!!!!」と
誰かに言われてたら、ショックだけども
その瞬間、気づきが起こったかもしれない。
そういう人がいなかったのは、心優しい
人たちばかりだったからとも言えるけれど、
思っていることをはっきり言うのも、
結果的にその人の気づきになるのだから、
それもまた愛なんだと思う。

もう1つ気がついたことは、こんなにも
太ってるのに、私が私に絶望しなかった事。
自分でそれを悪いことだと、もはや
思ってなかったんだと気がつきました。

で、その気づきは「起こった」わけです。
起こそうと思ったわけでも、何かしら
アクションしたわけでもなく、或る日突然
起こるんです。
でもそれが「起こる」と、現実が変わる。

「太ってる」だと、イマイチ参考に
ならない気もするけど、全部同じです。
友達にこの話をしたら
「人を本当に信用してるつもりだったけど、
信用してなかった、と心底気がついた時、
そこで初めてこれまで信用してるつもりで
信用してなかった、という事に気づいた」
と言ってたけど、それ。

起こってからでないと、それまでの自分に
気がつけない。だから「起きる」は
大きな大きなギフト。
現実を変える大きなギフト。

でもね。
「起こる」は促せない。
じゃあ、どうしていたら良いかというと
それはもう、とことん手離して、
何かをしようとさえしなければ良い。
ただしたいことだけすれば良い。
したいタイミングですれば良い。
そこに意味はないけれど、たぶん全部
真逆のことなんだけど、信頼するだけ。
その先に、結果として「起こる」

何もしないと何かが起こり、
力を入れないことで、力が宿り、
意味のないことの先に意味がある。

ぜんぶそうやって動いているから。

こんなこと伝えたって…と思う事こそ
伝えてみると良いのかもしれないし、
やらなきゃと思う事こそ、やめてみると
その先に見えるものがあるかもしれない。
自分を疑って「違い」を作ってみるのも
良いかもしれない。

何かが「起こる」かもしれないし、
起こらないという事が「起こる」
のかもしれない。

こんな風に抽象的な概念になればなるほど
現実がぼやけてくるような気がして、
あるいは哲学の一言で片づけられる事が
腑に落ちなくて、
私はこれまでそれを受け入れ難かった。
でも、それは逆でしたね。

揺れているのが自然で完全な状態だから、
決めないことの方に、真理がある。

たぶん。


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by 4cubes | 2017-12-27 16:21 | 潜在意識 | Comments(2)

おもうこと3


「あーわかる!」とか「なるほど〜〜」
と思うようなブログや書籍を読むよりも、
よくわからない内容を、すっきりしないけど、
でもなぜだか気になるから、って
読んだり聞いたりしている事を通しての方が、
実際の現実は良くなっていくと思う。

読んでる時、学んでいる時、その場で
「わかった!」「なんか良くなる気がする」
「すっきり!」って思った方が、確かに
気分は良いし、良いことが起こるような気も
する事は確かなのですが、
それは、今現在の自分が、すっきりしたり
気分良くなっているだけなのだと思う。
そこにとどまっているうちは、
そこから抜けない気がする。

これは自分が体感して思った事。

私も、わかりやすく書こうと思ってたけど、
「わかりやすく」が目的になることで、
多少、何かが、ずれたりすることも
過去あったかもしれないな、と、思う。
そのズレは、ほんの少しでありながら、
大事な意味を成しているかもしれなくて、
その時はそれが必然でもあったのだけど、
私も、自分を正確に生きるようになると、
逆に、わかりやすい言葉からは
離れていくことになった気はする。

今わからなくても大丈夫だし、信頼して、
自分だけの言葉で書いても大丈夫だと、
今は思ってる。

わからないまま読んで、心地良くなければ
やめてしまっても良いし、続けていれば、
自然に繋がってくる事もあると思う。
私がそのどちらかにコントロールする事は
ないし、ただただ、必要な人にとっての
通過点であるだけ。

同じ体感をした人と言葉で話し合うと
見事に通じ合うのに、これから体感する人に
伝わる言葉で伝えることができない不思議。

私はただ自分の本音を出せる場所を見つけ、
綺麗事の一切ない、そんな場所を通して
自分を出すことができたことがとても大きく
2018年はそんな場所や、そんな空気を
作っていきたいと思ってもいるんだけど、
本音を言えるっていう事は、一見ただの
それだけのことのようだけれど、実は実は
概念を大きく変えている行為でもあって。

例えば私は、お金の事を子どもに話しちゃ
いけないと思っていたんだけど、頭では
「この子なら話しても大丈夫だろう」と
思ってもいたんです。
で、実際には勇気が多少必要だったけど
お金の事を話せて、話しても息子は大丈夫
だったから、話す前に想像していた感じに、
なっただけのように思えるかもしれない、
確かに想定内のことしか起こらなかった。
けれど、これが、形は想定内であっても
意味が全く違ってて。

想像で大丈夫だろう、と思っていたことが、
実際に大丈夫だったとしたら、想像と
現実は同じかと思うけど、実は違う。

想像していた感じではあったのだけれども、
実際はちょっと違ってたんですよ。
大丈夫のその「感じ」が。

もし話しても大丈夫だとしたら、それは、
お金がなくてもそれを受け入れてくれる、
お金よりも大事なものがあると思ってくれる
そんな優しい心かな、と思ってたのですが。
もともとこの人はお金を数字で捉えないけど
それでも心のどこかで、なんだかんだ
親にはお金があると思ってて、だから
安心しているだけなのかもしれない。と。
それもなくはないよね、と。

でも実際は、本当に本当に、ほんっとーに、
お金を数字で捉えていなかった。
頭じゃなく体で。
お金は好きで、あったら嬉しいけど、
絶対に必要なものではない、そんな世界に
生きている人でした。

この違いって、決定的に大事だと思う。
優しい心だとしたらそんな気持ちに感謝して
私も優しくなろうと思っていたと思う。
でも「優しくなろう」というのは、
思ってできることでもありませんし。

そうでなく、現金のあるなし関係ないなら
親だからとか、大人だからとかで、
ないことに罪悪感を持たなくて良い。

それは、お金がなくてもいいよねーって
開き直ることでは決してなくて。
お金がある→だけの世界は、イコール
あらねばならないの世界であり、あるいは
お金がなくなる恐れを抱く世界であり、
その「ねばならない」の世界そのものが
とても狭いから。

必然的に自分のお金の器も小さくなる。

でも、数字としてのお金がなくっても、
幸せだから大丈夫だよ、と安心できたら
伸びやかに、自由に、前向きになれて、
結果的に生産性は上がる。
自分で稼ぐのかもしれないし、
大きくなった器に合わせて、なにかしら
お金が入ってくるのかもしれない。
自分に合った仕事が入るのかもしれない。

結果的にお金に困らないし、なくならない

という現象になる。
だから何か持ってるとか持ってないとかより
自分の器を広げてくれる人に会うのが大事。
そして、そんな人に会ったとしても、
自分が本音を言わない限り、当然相手も
本音を言わないのだから、自分がいつも
自分である、素直でいる事が大事であるし、
本当にそこだけなんだと思う。

あとね、ファジーでいる事が大事。
「かもしれない」が大事だなと思う。

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by 4cubes | 2017-12-25 02:22 | 潜在意識 | Comments(11)

おもうこと2

数秘がなんで当たるのか
占星術がなんで当たるのか、
タロットが、ペンデュラムが、5円玉が、
なぜ自分のことを知っているのか。

それは「当たるという前提でそれを採用」
しているだけのことだから。
別に真の意味で当たっちゃいないんです。

人生自体、壮大な仮説でできていて。
人は、知ろうとするけれど、実は何も
知らないということを知るに過ぎない。
完全に知る事なんておそらく永遠にない。

無知を知る。ただこれだけなんだと思う。

そのための手立てが欲しいという人も
いるし、必要ないっていう人もいる。
私の彼は「数秘の必要はないんです」と
言うし、そんな前提を持つ数字でもある。

私は、数字を、必要ではなくても、好き。

数字は自由。
高度な分析も、正しい分析もなくて、ただ
自由に読めば自然に相手に届くんだと思う。
だってそれが伝える側の体感だから。
その時に必要なものとしてちゃんと届く。
それをただ信頼しようと思うかだけなんだ。
高度な分析も、ある意味、真に自分を
自由にしているかというだけなんだと思う。

だとしたら、いつもいつも、ただ自分が
正直に生きているかだけに尽きる。
ヒリヒリするほど無防備になるまで、
自分の皮を剥いて、本当の自分になる時に
世界を信頼できて、世界を信頼できるから
無防備になれるんだと思う。

こういう事を、ただの現実逃避だとか
ただのスピリチュアルな考え方だと
昔は思っていたんだけど。
これを知ると、現実そのものが整います。
スピリチュアルは魔法とかふわふわではなく
「高い精神性」であり、それを通して
自分が整う事で、現実が整うだけのこと。
だから、あらゆるものを手放して
世界を信頼して、自分でいる事を選べば

お金も仕事もパートナーシップも、
全て信頼できる状態に整ってしまう。
頑張って稼いで、幻想の数字を稼ぐより、
気を使って自分の想像の人間関係を築くより
実は一番リアルで現実的なんだなと思った。

じゃあどうしたら良いんだって思うけど、
どうもしなくて良い。
ただ、自分の現在地、何をどのように感じて
いるのかを知る事。自分が幸せだと思う
概念を取り入れてみる事。
それを知る事だけで現実は変わるから。
でも、知るというのは正解でもなくて、
こうだ、と決めることでもなくて、ただ
「そうなのかもしれない」で充分だと思う。

私は、自分が人と実は接していなかった
「のかもしれない」という世界を受け入れ、
じゃあ、人と接するというのをやってみよう
(やり方はわからないけどただそうしよう)
という意識になってみた。
(前記事のコメント欄参照)
そうしたら、そこには感動しかなかった。
人の温かさと、なんだろう、もっともっと
実は小さなことが世界を思うように作るんだ
ということが分かって、その瞬間から、
自分の使う言葉、想うことが変化した。

その瞬間、幸せな仕事の話が入ってきた。
早いでしょ、一瞬です。

潜在意識に聞いたら、それは実現すると。
でもそれすら「実現するかもしれない」
なんだけど、それだけで今ここ、幸せ。

それで良い。揺らいでいるのが自然。
揺らいでいることこそが、人の調和。
揺らぎながら進んで変化することが
宇宙との調和。
決めないことの方が現実化する。

だから、告知文でよくあるような
「この講座を受ければこうなります」
とか「このグッズを持てば幸せになる」
というのは、現実化しない。
買う自分の問題だと言うし、私も昔は
そう思っていたけれど、そしてそれも
間違ってはないけれど、そういう意識で
売る側の言葉に呼応している以上、
買う側の現実化も期待できない気がする。
私もたくさんの体感を通して、わかった。

ほんとうに、自分の中にしか答えはないし
実は答えすらなく、ほんとうは、
答えに近い、可能性しかない。
でもその可能性が、何より一番現実化させる
というパラドックス。


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by 4cubes | 2017-12-24 21:46 | 潜在意識 | Comments(0)

おもうこと

今年の後半は「一番怖い本音を言う」が
テーマだったのかもしれないなあと思う。

スタッフに、これまで嫌われるのが怖くて
言えなかったほんとうのビジョンを伝えて、

息子と彼には「お金がない自分」を伝えて。
そう実はこれも、私にとってとても大きな
課題だった気がする。

社会人として親としてという縛りに囚われて
「最低限の貯金がないといけない」と
思っていたし、子どもにお金の心配させては
いけないっていう価値観でもいた。

私、お金ってなんでかすぐなくなってしまう。
散財もしないし高い買い物もしないのに。
これは昔から不思議だったことの1つで、
それでいて、毎日仕事をして普通に暮らして、
必要なものは手に入っている。
途中からどうやらこれは数字の足し引きでは
ないのだということがわかってきて。
目の前に数字としていくらあるのかないのか
一切関係がないのだと思うようになってきて。
その根拠も、どうやらわかってきた時。

それでもこういう話をわざわざ子どもに、
聞かせるもんでもないのだと思ったけど、
それでも、なんとなく、ふと
息子と並んでラーメン食べながら
「こないだ通帳残高600円やってん」と
言ってみたらその返事が、間の抜けた
「えっそうなん?」そしてそのあとの

「替え玉していい?」

で、ズッコケました。
息子は、お金が数字じゃないということを
心底わかってる人で。全然大丈夫だったし
次の日からも普通に「お金ちょうだい」
って言ってくるしね。
行きたい学校の話もキラキラと話してた。
それで不思議なんだけど、このお金は、
すでに確保できてしまった。

次に、彼にもこのラーメンの時の話したら
普通に笑ってたし、何も変わらないし
私に対して、遠慮したり気を使ったり
そういう事も一切しない。
さらに、セッション無料にしたと話したら
「高くするって話はよく聞きますが、
聞いた事もないですよwww」ってウケてた。

お金の数字ではない時代を生きる視点。

おもしろい事に、数字上のお金がなくても、
毎日ご飯を食べて、息子にクリスマスの
プレゼントを用意し、昨日は名古屋へ行き、
今日も暖かい部屋で安心して過ごしている。
数字じゃ説明つかないけれど、
別に魔法が起こっているわけでもなくて。

例えばお料理をして、同じ材料が同じだけ
入っているのに、入れる順番が違うと
味が変わるでしょ。あんな感じで、
見え方は同じだけど、順番が違うと、あと
解釈が違うと、起こる化学反応が変わる。
そんな感じかな。このことを知っていれば
不安は殆どなくなっていくんだと思うし、
お金はなくならないのだ。

そして10月、会うことすらできなかった、
見透かされる事を恐れていた人に会えて、
この2ヶ月の間のいろいろを通して、
本音を言えたことが一番大きかったな。
私が人間関係を上手にやれているのは、
その都度自分で自覚できるだけの本音を
きちんと出している事や、
感情的にならない事などが大きいけれど
ほんとうは、そこまでやっていても、実は
器用な部分が大きかっただけなのだと思う。

彼や息子やスタッフに言えなかった気持ち
人とうまくやれていると思い込んでいた、
(確かに表面的には上手で、自分もそこに
違和感がなかったんだけど、実はそもそも
人に接してもいなかったのかもしれない、
という驚愕な可能性に一昨日気がついて、
そこからまた、大きく自分の概念が
変わりました)
自分の中だけで顕在化したその気持ちを、
引っくるめて、自分ごとにしてくれる、
ほんとうに丸ごとの自分が出せる場所で、
開示する。あるいはその力を得て、
別の場所で、それもブログやメールではない
リアルな場で開示する、ということを通して

ようやく人は、真に気づくのかもしれないし
結果として、変わるのかもしれない。


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by 4cubes | 2017-12-24 15:43 | 潜在意識 | Comments(4)

自分の魅力の見つけ方

a0352853_07190965.png

昨日はクリスマス会だったー。
古民家を借り切って、超美味しいケータリングと
超有名なケーキ屋さんのケーキ。
(私もずっと「貸し切って」と言ってたけど
「借り切って、ですよ」と彼に訂正されて、
直しました。という日本語がいっぱいある。)
心理学系というか、型紙屋と関係ない集まりで、
ほとんどが初対面というそんな中に
polka drops のお客さんがいて仰天した。
あと、圧倒的な数秘を知ることになって、
おもしろすぎて倒れそうだった。

と、これだけならただの日記なんですが。

クリスマスなんで、あなたがいつも、
どんなあなたでいると、あなたも周りも
ハッピーになるか、の見つけ方を、
今日は書いてみようかなと思う。

あなたが、この人になら本当の自分を出せる、
と思える、大好きな人に、
「私の良いところ教えてくれる?」と、
素直に聞いてみるだけ。

照れないで、ただ普通に素直に聞く。
不思議な事に、めっちゃ唐突の質問でも、
例えば、青天の霹靂の離婚話でも、
自分から湧いて出て来たそういう想いは、
「相手にとっては唐突だろう」とつい
考えがちになるけれど、
自分にとっては、ちゃんと自分から自然に
湧いているので、唐突なんかじゃなくて。
だからそこも、自分基準で見てみて、
全然唐突じゃないから、普通に質問すれば
良いんだと思う。

私にとっては彼と息子が当てはまるから、
この2人に聞いてみた。
いつもこの2人には、ちゃかされたり
からかわれたりするばかりなんだけど、
ほんっと唐突だったけど、不思議だけど、
(ほんとうは不思議でもなんでもないけど)
こっちが素直に聞くと

照れ屋さんの2人が、素直に伝えてくれた。

2人の答えは、本質的に同じだった。
息子は高校生だし、そんな質問したとしても
なんだか、はぐらかされそうなものだけど
おもしろい事に、こっちが素でフラットに
聞くと、答える側もその空気になる。
一瞬で、なる。

自分では魅力だと思えていないような部分、
それが私の魅力でした。
でもいつもそれ、自然にやってたから。
そして当たり前すぎて魅力だと思えない。
っていうか、どっちかというとそれ、
欠点じゃ?って思う点なんですよね。
(そして、当たり前にそれしかできない。
なのに違う自分やろうとすることが、今も
まだあるな、という事を再び振り返れた。)
ほんとにそれで良かったんだなと思った。
(何度ここに戻ることか)

その自分で、いつもいれば良いだけ。
家族の前だけで見せるその魅力を、
職場でも、親戚の集まりでもいつだって。

職場の人も、自分を出せる家族も同じ。
自分のセルフイメージが現実化させた人達。
だから、本質的に同じなんだけど、自分が
それぞれを分けて考えて、この人はこう、
と、別の意味づけをしているだけなん。

その意味づけ取っ払って、自分の魅力を
全開にしていけばいいんだ。
頑張らなくて良いってそういう事だ。

お金の事も、なんも、気にしないで、
いつも、自分でいれば良いだけなんだ。

セルフイメージは、自分で把握しにくい
けれども、自分を本当に知ってくれてる人
つまり、自分で自分を素直に出せていると
思える人は、知ってくれているから。
聞いた方が早いんです。
そしてその答えを素直に受け取るのが一番。

彼は
「パンダみたいな可愛さ」と言ってくれ
息子は
「でぶ」
って言うので「なんでデブが良いところ?」
と聞き返すと、暫く考えた後、
「チャームポイントだね」と答えてくれた。

「パンダ」というのが絶妙だったんだけど、
ボーッとしてて、気の向くままのっそりして
素で、おっちょこちょいで、素直って事で
納得の答えでした。


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by 4cubes | 2017-12-21 08:21 | 潜在意識 | Comments(0)

物々交換

例えば、地元のお祭りの手伝いをした日。
最後に余った食材なんかを、分けて、
みんなそれぞれ持ち帰る時って、
その食材やもらったものがそのまま夕飯に
なったりする。

その時にそれが、じゃが芋が沢山だったら
ポテトサラダとコロッケって夕飯になる。
でもそれを「栄養のバランスが偏ってる」
とは思わなくて。
「一食浮いた」とも思わないし、ただ、
それがなんか自然だなーって思う。

仮に貰ったものが焼きそばだったとしたら、
じゃあこれはあるから、中華スープ作ろう
とか、サラダを作ろうか、ってなるわけで
そういう時に、焼きそばに入っている、
添加物とか気にならないわけです。

で、そういう時って、自分がないというか、
貰ったものがベースにあって、そこから
創意工夫している自分の意識があるだけで、
なんだかそういうのが、エゴがなくて、
自然な状態だって気がするんですよね。

そういう時に「焼肉食べたいんだけど!」
ってあんまりならないわけです。
自ら選んだものじゃなくても、
与えられた物がその時の、自分にとっての
正解だったり豊かさになる。
それを自然に受け入れている自分がいる。
もちろん、そうしなくてはいけないんじゃなく
じゃがいもなんて嫌いだ、焼き肉行くぜ!
でも良くて。でもきっかけはやっぱりその
じゃが芋や焼きそばだったりして。

ただ。
自分が稼いで、よし焼肉食べよう!焼肉だ!
っていう時も、本当はいつだって、
焼肉が食べたいんじゃなくて
焼肉じゃなくても良いんだけど、
焼肉ってことにするんですよねきっと。

個人主義ってそういう事で、全部自分で
決められてある意味自由な感じはするけど、

本当は「自由ですらなくても良い」と
人間は思ってるんじゃないかなあ。
自分を生きてさえいたらすでに自由だから
それ以上の自由は必要としなくなるし、
すでに自由は当たり前になっていて。

貰った焼きそばに感謝しなさいって事でも
ないし、無理して食べなくても良いし、
その辺の選択はもちろん自由なんだけど

きっかけとなるものまで
「自分」じゃなくても良いのかもしれない。

モンゴルの大草原に置かれて、自由に
どこにでも行っていいよと言われる時
何も障害物がなくて、それこそ自由だと
思っても良さそうなものなんだけど、

ビルが沢山並ぶ東京に置かれて、自由に
どこでも行っていいよと言われたとしても、
やはり自分は、自由に歩き出せると思う。

むしろ、ビルがある事で「右へ回ろう、
いや左か?どっちでも選べるぞ。」
という、新しい自由が生まれる。
それは、障害物があるにもかかわらず、
ワクワクするようなクリエイションだと思う。

不自由という概念があるから自由がある。

焼きそばという、思ってもみないお題が出て
それを元にクリエイトし、家族で享受できて
実はそういう時って、
無農薬を選んで買って食べる以上の幸せが
あるのかもしれない。

どっちかだけの人生はないんだけど。
100%全部自分で賄うなんてのもないし、
100%貰うだけで賄える人生なんてのもない。
どっちかに偏る必要はきっとなくて、
これからの時代は、どちらもある。

だから自由なんだと思う。
選べることが自由。
答えが1つじゃないのが真の自由。

当然、経済もそのようになっていくと思う。
私が注目してる経済や金融、IT最先端の人は
スピリチュアルや心理をやっていなくても
本質的に同じことを伝えています。

お金(紙幣や硬貨)で物質を所有する
という、それしかなかった時代から、
「楽しむ」事とか「それが社会につながる」
事とか、そういう望みにシフトしつつ、
それを得る手段として、お金が必要なくなる。
お金でなくても良くなっていく。
むしろお金では買えなくなるもものを通して
人が生きていく時代になっていく。
経済は続くから、お金が残らなくても、
お金の本質は残るし、ただ、現金は縮小し、
仕事も、そんなものが仕事になるの?という
私たちの世代では「意味ない」と思えるような
ことが仕事になっていく時代。
だって、仕事に意味はないから。
仕事を通して得るものは対価ではなく、
夢中になれる事を表現するために仕事するだけ。

ユーチューバーが本当に楽しそうに発信し、
何万人もの人と繋がっていれば、その人が
困った時には、みんなで100円ずつ
カンパするだけでも一瞬で助けられる。
こんなに沢山の人と繋がっているだけで、
安心して何でも好きな事ができるじゃないか。
そういう自由を生きる時代。
自分も自由に生きるし、あなたも自由に生きて、
困った時はその時一緒に考えよう。
その時に必要なのは、仮にお金だったとしても
そんなにたくさんじゃなくても良いはずで、
だとしたら、すぐ解決するね。
これはユーチューバーだけでなく全員の話。

私たちの子ども世代は、完全にそうなるだろう。
子どもたちに必要なのはその「価値観」であり
「知識」ではないことは確かで。
知識なんて必要ならなんでも手に取れる時代に、
親が子どもにしてあげられるとすればそれは、
「価値観」を伝えてあげる事だと思う。
価値観を伝える方法は手本を示す以外になくて。
(親が体現して、体感させてあげるという事)
私たちの今は、お金から、お金以外の価値観が
それ以上に大事になる時代への端境期ですが、
子どもがいて、そして新しいお金の価値観が
学校で教えられない以上、親世代だけなら
お金の世界で、ある意味逃げ切る事ができても
(これもまたある程度、経済的な余裕のある
人に限定されると思うけど)
子どもがその価値観を得られる場がないので、
親が体感として身につけて子どもに見せる
以外に、子どもが価値観を学ぶ機会はなく、
今一番必要になる教育の形じゃないかな、と
私は個人的に思っています。

良い学校とやらにお金使っている場合じゃないし
お金の価値観を示すのに、お金は必要ないから
それが嬉しい。

私はそれを体現しようとしているのだろうか。
だから「無料」なのかな。

あなたから、あなただけの才能を見せて貰うから
だから私の持ってるもの、使って。

という物々交換なのかな。

確信を持って実験は続きます。

PS
日程調整が下手くそすぎる。
昔から、スケジューリングしてくれる人が
ほしいと思ってたなー。
来月から何か考えます。
申込みの方、もう少し待っててくださいね。

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by 4cubes | 2017-12-19 09:39 | 潜在意識 | Comments(2)

断捨離2

本の断捨離をしていて、本の中身関係なく
タイトル見ただけで、処分する本がわかる。

例えば仮に、
「売れっ子ブロガーになれる本」が
自分の家の本棚に並んでいたとして。
こんな本が並んでいる時点で、つまり
この本を必要としている時点で、
「売れっ子じゃない」という事だから、
売れっ子にならない現実が続く。

本に問題があるのではなくて、最初は、
何かの取っ掛かりとしてわかりやすく
こういう本を手に取るのだと思う。
私も最初は、どうして望ましくない
現実ばかり起こるのだと思って、
「引き寄せ」の本を買って読みました。
どこまでも読んで、整合性を検証し、
仕組みの理解や、本当に自分がしたい事に
繋げていけたので、その時の自分に
必要な本であった事は間違いないんです。

ただ、もし私の家に今も「引き寄せ本」
があったらそれはもう変なんだと思う。
いらんやん。
そして、不要だからといって処分せず、
取っておくと「いつか使うかもしれない」
という可能性を残す行為になるので、
気がついた時点で処分するのが良く、
もし気づいていながら処分しなければ、

いつまでも「引き寄せ」が必要な自分
を作り出す事になる。
(引き寄せが必要=願いが叶わない自分)

だから、不要なものを取っておくのは、
前記事にも書いたけど、潜在的に
なかなかリスキーな行為だと思う。

知らない事は恐ろしい、みたいな言葉、
ありませんでしたっけ?

だから、意識して自分の持ち物に向き合う
という断捨離は、大事なのだと思う。
必ずしも物を捨てるんじゃなくてね。
今現在の自分を、リアルに確認する事。
在りたい自分と、現実を一致させる事。

という事で最近基準が厳しくなった私は
今回、50冊近くの本を処分する事に。

型紙屋をやっている私は生地もそこそこ
持っているのですが、生地には言葉が
書いていないので、判定が難しい。
「スキ!!!」と思えるもの以外は処分、
となるのですが、

友達と興味深く話した内容で、
飲み会でも話題にした事なんだけど
自分が何かをイメージする時って
視覚とは限らないんですね。
五感のどこを無意識に使うかについては
人それぞれなんです。
複合的に使う場合もあります。

私は視覚が一番強いけれど、おそらく
触覚も優位で。
(だから生地が好きなのもあるかも)
だから、生地は肌触り優先。
いくら柄が良くても、値段が高くても、
肌に直接触らない雑貨用生地だとしても、
触り心地は譲れない、そして、
基本的に天然繊維のみ。
という基準で選びます。
生地は買う時点で基準に沿って選ぶから、
捨てる生地がそもそも少ないですけどね。
逆に捨てられなくて困るので、
縫うしかないと腹をくくります。

で、そのために、縫いたくなるような
部屋にする事が、布に対して自分が
一番できる事なんだなーと思う。

規約に沿って潜在数秘関連の物も処分。
色々受けた講座のテキストもさようなら。
今までありがとう。
物を増やさない、物が少ない我が家も
何かと処分できるものはあるらしい。

ソーイングが趣味の世界の中では
型紙が増えて困る、という声もあるけど
うちの店の型紙はダウンロードなので
データで保存しておけば、必要な時に
出力できるため、使う頻度の少ない
型紙は、紙保存しないようにしています。
自分のところのシステムにも感謝。

最近はKindle本も読み慣れてきたので、
(Kindleしか選択肢がない本も多い)
紙で買わない場合もあります。

断捨離は続く。


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by 4cubes | 2017-12-17 19:44 | 潜在意識 | Comments(0)

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