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つくること、その3

こういう話もある。

ちょっと遠い知り合いのお子さんは、
とある分野において、とても優秀で、
将来を期待されているので、
お母さんも一生懸命サポートしていました。

毎日遠くまで車で送り迎え、お弁当、
スケジュールや体調の管理。それは当然
お子さんへの愛情がベースなのだけれど
だからこそお母さんも頑張れるのだけれども
頑張っているのすら楽しいはずなのだけど

そのお子さんは、心の病になってしまって、
下手したら命にも影響するかもしれない
そんな状況に今いて。

お母さんは、お子さんの環境を一生懸命
「つくって」いた。けれども、
愛情がベースで始まったその生活も徐々に、
目の前の時間に追われるようになったり、
「やらなくちゃならない」になっていった
としたら。
その時お母さんはもうその子を見てないし
お母さんが応援を楽しめていない、とも
言えるのかもしれなくて。

子どもはいつだって、
お母さんが何をしてくれているかではなく、
心の目で自分を見てくれているのか、って
その確認をしているのだと思う。

お弁当を作ることも、環境を作ることも
大切なんだけれど、もっと大事なのは、その
大切にしたい人との「関係性をつくる」事。
見えているものの奥にある関係性を、
一緒につくることが大事なんだと思う。

そのお母さんは、お子さんが心配で心配で、
一生懸命「権威ある」お医者さんを探して、
お子さんと相性の合わない
(本人が嫌がっている)その先生に、
お子さんを任せている。
お子さんが元気になるように一生懸命。
これだって愛情で、誰も悪くない。

誰も悪くないけれど、どこかがズレていると
人は、病気になったり、問題を作ろうと、
それに合った事象を無意識で起こすけれど、
起こってからしかわからない事ばかりだから
人はそこから、学ぶしかない。
本当はどうしたいのかを。

できれば肉体があるうちに。
子どものことなら、一緒にいるうちに。
私ならそう思ってしまう。

そういう意味で時間って本当に大事だと思う。

使命って「命を使う」だから
毎日一生懸命生きる事がもう使命なんだと。
初めて聞いた時は、自分も探していた時期で、
それはそれは衝撃的でした。
使命を探している時間自体、
もうすでに使命から離れているんだ。
ほんとうに、その通りだな。


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by 4cubes | 2018-05-30 09:06 | 潜在意識 | Comments(2)
つくる、といえば、ご飯を作ることもそう。
買うことだってできるけれど、作るご飯は
単純に「その方が良い気がする」みたいな
事なんかじゃなくて、潜在的に、つまり
自分が意識できない領域において、
安心感をくれるものなんだと思う。

便利なものは使っても良いんだけれども、
あまりにも何でもアウトソーシングすると、
作り出せるものが少なくなっていくので、
依存するしか選択肢がなくなり、
そこから生まれるものは「不安」に
なっていくのかもしれません。

例えば掃除や洗濯は「つくる」という
イメージから遠い気がするのですが、
やっていくうちに自分なりの工夫が生まれて
それは、少しずつ積み重なっていって、
いつしか小さな自信になっています。
それは紛れもなく自分が作り上げたもの。
そういう、自分にとって些細に思える事、
当たり前の事が、実は自分にいつも
安心感を与えてくれるアイテムであることは
言えるのではないかなと思っています。
日常的に「つくる」事が多いお母さん
という存在の持つ安心感と繋がる気がする。

そういう、見落としがちなその奥の領域が
実は自分の前提となっていて、
幸福度に直結しているのだと思った。
現実にも確実に作用すると言えるほどの。

ただそれは「○○ができる」という、
表面上の「できる」のことを言うのではなく
自分だけが持つ「感覚」の話であって、
「私は毎日ご飯作ってるから大丈夫」
のような単純なものではなかったりする。
逆に「外食ばかりでダメなのかなあ」という
事でもなくて、つまり。

実際に何かが、できるできない関係なく
「自分を必要としてくれている人がいる」
ということを感じ、そこに対して
自分はこれができる、と自然に思える、
「自己有用感」があるかどうかが、
良質のエネルギーとなって生き生きと
してくると思うので、間違っても
「これができるから価値がある」
というようなことではないと思う。

暮らしの中で自分なりの「つくる」を
増やす事から生まれる安心。
自己肯定、自己受容、自己有用感。
みんな繋がっている気がする。

型紙屋をやっていて、お客様の多くが
日々の悩みはあっても、根底に
優しく温かく、委ねたくなるような
心地良いエネルギーを持っている。
その一方で、心の事を専門にやっている、
無形のものを扱う人たち。
(かつ、いろんなところを飛び回ったり
ネットやSNSなどのツールは使うけれど
つくる事が非常に少ないと思われる環境)
中にはとても有名な人もいて、
私もとても尊敬している人もいるけれど
どこか、ネガティブな不安を感じる。
誰が、というよりも、集合として感じる。

これはなぜだろうと思っていたのですが、
「つくる」から生まれる「安心安全」が
あるのか、と合点がいったわけです。

この発見は個人的におもしろいな。

不安定を楽しめるほどの、根底の安心感を
感じられるようになってきました。


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by 4cubes | 2018-05-29 20:45 | 潜在意識 | Comments(2)

ものを作るということ

昨日の夜、彼とお茶をしていて。
私は、先日購入したブローチのピンが
長すぎて指にあたるので短くしてほしいと
彼に頼み、彼は、ペンが胸ポケットに
収まり良く差さるようにしてほしいと、
シャツを持ってきてて。

彼も私も基本作るし、基本捨てない。
彼は昔から「暮らしの手帖」を愛読し、
自分でなんでも作るし、できるだけ買わず
修理できるものは可能な限りするし、
使えるものは使い切る。
でも、布の作り物は管轄外らしいです。
私は布に関しては一応プロでしょうし、
ペーパークラフト工作系は得意だけれど、
DIYのようなものは不得意。
だからそこはお互い持ちつ持たれつで。
私にはそういう関係性は、彼に限らず
当たり前になっていたけれど

ものを作ったり、アレンジしたり、
あるいは、そういう人が身近にいて、
気軽にカスタマイズを頼めたりするのは

実はとても贅沢なことで、私たちは普段、
メーカーが作った最大公約数的なものに、
知らず知らず自分を当てはめて、
何となく納得させられて暮らしている、
という部分が圧倒的に多い。

で、必要なものは買えば済むという現代に
あえて作るのは「好きだから」といった
個人的な好みの感覚で言われがちですが、

そこに「自分の豊かさの選択肢を増やす」
という能動的な意味合いが強くあって、
抽象度を上げて言うと「自由」って事。
もちろん、作るっていうのは、
失敗の可能性とか、手間とか、そういう
多少不快なことが伴うリスクもあるのかも
しれないけれど、その不安定さの先に、
ただ「達成感」とか苦労した先の喜び、
というわかりやすい感覚以上に、
潜在的にはとても大きな喜びがある。

自由に生きている、ということ。
人の望みの真理の部分です。

私が知り合う人は何かしら作る人が多く、
型紙屋経由でここを訪れてくれる人も多く、
必然的に作る人が環境的に多い。
自分で作らなくても、作る人が周りにいる
という人も同様で。
やわらかくあったかい空気を感じます。

自ら作らなくても誰かが作ってくれたものを
お金で交換できる世の中で、
自分で作らなくては手に入らないなんて事も
可能性として考えにくい今の世の中で、
作る、という世界は、決して
偶然や好みの産物ではなくて、
それ相応の前提があるのだと確信しています。

作ることができると、人に贈り物をする時、
その選択肢を入れることができる。
関係性によって、作る方が良いか、
買う方が良いか、どれが喜ばれるのか。
特に「物」そのものがほしい年齢でなくなる
中年以降は「作る」選択肢を持つことが
生きやすくするという感覚は確かにある。
あとは「人の役に立つ」ことが自然にできて
自己有用感に繋がっていくと思う。

と、書いていると「作ることが良い」
みたいに感じるかもしれませんが
決して単純にそういうことではなく、
買うときには「誰が作っているのか」の
プロセスが見えるものや共感性がある事や
自分にとって親和性がある、といった部分を
手がかりに、物にたどり着くという感覚が
実は重要なのではないかなと思う。

自分が作っていると、当たり前すぎて
人の手の価値を忘れそうになるので、
喜んでくれる人がいるというのは大切だし
自分が人の作ったものに感動させられてもいて

そこはほんとうに、誰1人欠けることなく

お互い必要な関係性、だなと思う。

日々の中で、そんな大げさなことではなくて、
上手か上手でないか、でもなくて、
何を作るか、でもなくて、
心を込めて、その人がその時にできる事を。

手紙も
メッセージカードも、
そっと添えてある手描きのイラストも、

「作る」だと思うし、作る喜びがあれば、
作られる、という喜びも同時に生まれる。
心地良い日常を、自分で作ることができる。

今日は「作る」打ち合わせに行ってきます。


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by 4cubes | 2018-05-29 08:22 | 潜在意識 | Comments(0)

緊張しない

ややキャパオーバー気味の最近です。
制限を外し、起こる事を拒まないのは
自分のキャパを広げるため、とも言えるので
これはこれで、しばらく走ろうと思います。

具体的にいうと、ビジネスの案件が多く、
型紙屋と、立ち上げたビジネス2つ、
オンラインサロン、
そしてこれからやりたいプログラム。

実は、この中のほとんどは、
身も心も軽いエネルギーのものなのですが、
ちょっと重いエネルギーのものもある。

その違いは、緊張しているかどうか、です。
緊張感があるか、ではなく、
力が入らず自然体でいられているか、
という点において、そう感じられていれば
軽いし、そう思えていなければ重いです。
簡単に言えば。

息子は毎日軽いエネルギーで生きていますが
受験でも試合でも、まったく緊張しません。
いつも自然体。いつもです。
なんでそうなったかは謎なのですが。

あれは息子の高校受験(推薦入試)当日、
朝6時過ぎに家を出るのでもう起こさねば
という5時半(←すでにギリギリ)
ピンポーン。
なんだろうこんな時間に誰だろうと思ったら
元夫が玄関で、大量のネクタイを持って
立っている!
「え?え?え?なになになになに」と動揺。
すると元夫、
「聞いてない?制服のネクタイ無くしたから
地味なの持ってきてって言われて」と。

え?は? 本人、まだ寝てるけど?!
てか、え、無くした?
で、いつその話に?

もう突っ込みどころばかりの状況ですが、
細かい諸々を探る時間はなく、とにかく
願書に貼ってある写真と同じネクタイ
じゃないとあかんやろー!と、
まずは当の息子を叩き起こして。
冷静に冷静に、とにかく誰かに借りよう。
「友達で都立の推薦受けない子に連絡!」
といってもその時間みんな寝てるし。
私が「そうだ、私立すでに決まってる子!」
と、思い当たる子のお母さんを起こして
ネクタイを借りることに。
こっちは、誰に借りられるかわからないし
車でもすぐ出られるように、電話しながら
服着替えて、他に手段はないかフル回転。

流石に受験当日だし「自分でなんとかして」
と本人に全部任せることができなかった
自分も露呈しましたが。
その間、元夫はなすすべもなく、
ネクタイを抱えたまま立ってました。
(こういう時、ほんともう!そしてせめて
昨日の夜中に聞いてたのなら、その時点で
私に連絡入れてくれればー、とか、
「願書と同じネクタイじゃないと」って
助言してくれてたならー!と思いながら
電話と着替えと手段を同時進行する私。)

それにしても息子
あの状況でよくギリギリまで寝てられるなー
と変に感心したのですが。
しかも「私立受かった○○くんのネクタイ
ってことはさー、縁起良いよね!!!」と
言い放ってたそれ、どこから来るん???
と、私はかなり脱力もしたのですが。

本人に後から聞くと
「ネクタイなくてもどうにかしたけどね」
と言うわけです。

ただどこか抜けているのか切れているのか
ぶっちゃけアホなのかと、
実はずっと思っていたのですが、
どうやら違うようでした。

なぜ緊張しないのか。
それは、人の心がわかるからだそう。

何を言えばどんな言葉が返ってくるのか、
自分がリラックスして相手を見ていれば、
わかるから、ネクタイがないことじゃなく、
ネクタイをどうこうしようではなく、
ネクタイがない事をどうクリアできるか、
見えてくるのだそうですよ。

特殊能力などではなく、ただただ自分が
落ち着いて(自分に軸を置いたまま)
目の前のことを見つめる。
そうすると、状況関係なく、
いつも自分らしいパフォーマンスができる。
その上で結果が思うようにいかない場合は
もうそれはそういうものだ。

結果と自分の価値に因果関係はない。

これがなかなかできないと思うのが、
一般的なのですが。
彼を見ていると、まさにこうだよねと思う。
リラックスが何よりの叡智に結びつく。
リラックスしている時のアイデアって、
降ってくるわけでもなくて、ただ的確に
落ち着いて自分の内側から取り出すだけの
事なんだろう、と思います。

彼は、人の好き嫌いというか自分にとって
合う合わないの基準が厳しく、
病院の先生に違和感を感じたら、もうそこは
絶対に通わないし、お店の店員さんに
違和感を感じたら絶対に買わないしで、
そこは身内だとしても容赦がないです。
嫌いになったり憎んだりはしないけれど、
なんというか、自分の世界に入れない。
(スポ選で入った部活を辞めたのもそこ)

でも、彼には、友達も信頼できる大人も
結果的にとても多い。
余計なもので器を満たさず、自分にとって
心地よいものだけで器を満たすから、
大好きな人ばかりの世界に生きていて、
器自体もどんどん大きくなっていく。

混じりっ気がないということに関して、
彼は私よりも徹底しています。
彼に講座を開いてほしいくらい。
(本を出せと打診したら「本も書けるし
その本はとても売れると思うけれど、
僕にとって本当にやりたい事ではないから
やらない」だそうです)

でもP9(ニーズに応える役割)だから、
ニーズを認識できたらやるんだろうなあ。
高校生でバイトもしたいみたいだから、
仕事だと思えばやりそうです。

次に実母の話。

もともと私は実母とも仲が良くって、
深い話もよくしていて、なんでも話せる
と思っていたのですが、ここにきて、
もっとそれ以上に本質的な話をしたり、
彼女の深いところの、面白い部分を
垣間見たりしていると、お互いに、
リーディングが炸裂しています。
まさに同じことを言おうとしていたり、
ふと言葉にした言葉がピンポイントで
恐ろしいくらい的中していたり。
以心伝心が濃くなっている。

それもどうしてそうなるのかなと思うと
やはりリラックスしているんです。
どこにも打算なく、とりとめない話から
生まれるものがキラリと光るのは、
心から安心しているから。
ただの仲良しとか、そんなじゃなく、
私は今が一番彼女に純粋な興味を持ち、
普段1人でいても、彼女をよく思い出す。
そんな存在です。

彼女は昨日、
「近くに住んでいると、見なくて良いもの
まで見えてそっちが気になってしまったり
言ってしまう事が多いけれど
距離が離れていると、
余計なことを見ないで、
ただただ相手を想う言葉を紡げる、
そういう側面はあるのかも」と言ってた。

本当にそれはそうで。
会うことも大事だけど、
会わない時にどう相手を想うのか、
自分の世界でどう相手を感じるのか。

全部が自分の内側で起きているのならば
リラックスしていれば、
心から信頼して自分の内側に委ねていれば

最高の世界になるというのは
どうやらほんとうにほんとうに
本当のことらしい。


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by 4cubes | 2018-05-27 15:05 | 潜在意識 | Comments(0)

引き寄せの仕組み

先日、オンラインサロンにて
「引き寄せ」の起こる仕組みと、
そのポイントについての私なりの見解を
手描きの図を用いて解説しました。

その図は、どこかにあった物の引用ではなく
自分でこうだろうな、という確信のもとに
作成したものだったのですが。
その図が、
物理化学における、物質が定常状態から
励起状態になる時の変化を表す図解と、
内容を含めて全く同じだったという事が
今日わかって驚いたのでした。

つまり物質が形を変えて新しいものとなる
そのプロセスと、願いを叶える仕組みや、
その心(感情の流れ)とその現実化が
完全に一致するということです。
プロセスだけでなく、そこに影響するもの、
波動が一番高い状態、なども一致する。
心の在り方が、現実に大きな影響を与えて
見たい世界を作り出す事ができる。
という事を、改めて目の当たりにして。

ほんとうに驚きました。
全部ここにあるじゃん。

そして化学の世界では、
化学式の隣に、アスタリスクをつける時、
そのエネルギーが高い状態である
という事を表すんだそうです。
フリーエネルギーであるアスタリスクの、
高いエネルギーの話も
オンラインサロンでしています。

全て繋がっているし、その繋がり方も
ここまでの流れも、なかなか凄かった。
びっくり仰天。
面白すぎる。

その話をしてくれた彼女と、
新しいビジネスをスタートさせます。
そして、それとは別に、
「暮らしをデザインする6ヶ月プログラム」
を、こちらは私単独で開催予定です。
別途お知らせします。

エネルギー全開になってきました。


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by 4cubes | 2018-05-22 21:40 | 潜在意識 | Comments(0)

生きているお金

我慢して会社で働いていて、辞めたいなーと
ずっと思っていて、ようやく辞める時、
多くの人は「ボーナスを貰ってから辞めよう」
と思ったりするし、言ったりします。
「当然の権利だから」と思う人もいると思う。

でも、そのお金は「我慢の対価」であり、
喜びで得るお金ではないので、
喜びでないことで出ていくか、
何に使ったかわからないまま、
あっという間になくなったりする。
我慢して稼いだお金は、
潜在的に気持ち悪いので無意識に使うし
無駄に、あるいは不本意なことで使うよう、
あえてそのような事象を引き寄せます。
頭ではどんなに「大切に使おう」と
思っていてもです。

ボーナス貰うまで待つ事は、
全くお得にならないと、私は思う。
そのために嫌な会社にい続ける、
その時間がもったいないなと思う。

生きていないお金の経験は、これまで
嫌という程してきたのでよくわかります。
自分のあり方がなってなくて、
せっかく頑張って得たお金がすぐなくなる、
大切な人からもらったお金がすぐ出ていく、
不本意なことで出ていくことを繰り返し、
もう二度とそんな事をするのはやめようと
ある時「これからは1円たりとも、
喜びでないお金を手にするのはやめよう」
と決めました。
稼ぐだけでなく、貰う時も。
自分がお金にフォーカスしている時は、
絶対にもらわない。
欲しいんだけど、それ貰っても意味ない。
どんなに困っても、その純度だけは絶対に
守ろうと誓いました。

「喜びで得る」と書いたけれど、それは
ワクワクして稼ぐ、というのとは
実はちょっと違うと私は思っています。
ワクワクする瞬間もあるにはあるけれど、
「私、幸せな仕事してる!」のような、
そういう事を感じている時は実は
瞬間的に起こる刺激のようなもので、
それが幸せなお金になるわけではなく、
ほとんどの時間はただただ目の前にある、
自分にできる事を丁寧にしているという
それだけだったりするのですが、
そうしていると、その先に、
人に喜んでもらえたり(自己有用感)
感謝として返ってきたりして、
じんわりと体の奥が静かに震えるような
自分だけの喜びが生まれる。
その喜びに対するお金、が、
「生きているお金」だと思っています。

だから、自分の好きな事を仕事にする、
については、自分の好きな事を先に
探そうとするし、喜びがわからないと、
好きな事が始められない気がするけれど、
実は人間、自分の好きなものなんて
案外わからないし、ぶっちゃけ
どうでも良かったりします。

もしも私が「数秘が大好き」だとしても
今ここにミサイルが飛んできたら
数秘なんてどうでもよくなります。
大きな病気をしたら、その瞬間に
それどころじゃなくなる。
「好き」ってとても流動的でもあって
主体的でいるようで、
環境に影響されることはままあるし、
めっちゃ好きな事でも飽きたりするしね。

でも人との関係性を通して得る「喜び」は
どんな状況でも変わらないと思う。
だから、好きなことがないという人も、
喜びがないということはないわけで。

その喜びを得るには、信頼を作ると良くて、
その信頼がお金になり、また幸せを作る。
そういうのが循環してるんですよね。
お金って、時給とか労働の対価とか、
そういうものでできているような気がして、
でも実は全くそうじゃなくて。

会社で働いているのなら、もらっている
お給料よりも会社に貢献している時、
(「やってやってる」じゃなくて、自然に
貢献していると自分で純粋に思える時)
その差額が「信頼」になります。
例えば、お給料には直結しないけれど、
次の人が仕事しやすいように、
ひと手間かけておくとすると、その事が
「信頼」として潜在的に貯まっていき、
(その時に誰からも何の反応もなくても)
それが後々、換金できる。
例えばその会社を辞めて独立する、
というような事があるとしたら、
今までいた会社の人が自分の事業の応援を
してくれたり、お金を落としてくれたり。

ポンと仕事を始めるのって、誰だって
不安だし、ゼロから集客するのも
とても難易度が高い。けれども、信頼が
ちゃんとある人はそこも大丈夫。

換金するにはいろんな方法があるから、
一人一人違うけれど。
だからこそ、そこもそれぞれが
デザインできるおもしろい所でもあって。
ビジネスのデザインって、そういう事を
するわけです、要は。
具体的に金額ややり方や、どう動くかも
もちろん考えるんですが、その前に、
どういう風に人と繋がっていくのか、
それを考えます。
それはとても楽しくて、心地良いと思う。

先日ふらっと入った中華料理のお店。
一口食べた瞬間、とても不思議な事ですが
生まれてから一度も行ったことのない
上海に、意識が完全に飛んで、
私はほんの少しの時間でしたが、
確かに上海の屋台にいました。
私の好みの味ドンピシャでもなく、
どこかわかったような「本場の味だね〜」
のようなものでもなく
彼が言うには「大陸から日本に渡ってきた
我々のDNAが呼び起こされたのかも
しれないですね」と。
ほんとうにそんな感じがしました。
世界をなんとなく理解した気になっていた、
自分のフィルターが剥がれて、
色濃いカオスの世界を垣間見ました。
そしてそれがこれからの自分の現実となり、
自分の具現化に繋がるのかもしれないと
思いました。


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by 4cubes | 2018-05-19 00:57 | 潜在意識 | Comments(6)

感謝のエネルギー

昨日の記事で「引き寄せは感謝のエネルギー」
と書いたし、わたしもそう思っています。
でも、ただ日常的に感謝することとか、
感謝する場面を増やすこと、感謝することに
意識を向けるようにしても、
意図したものの引き寄せが起こるかというと
そうとも言えるのかもしれないけれど、
因果関係があるようなないような、
どこか曖昧に感じられます。

どこにどう感謝すれば、ピンポイントで
自分が欲しい物を引き寄せられるか、
のようには潜在意識は単純ではないけれど、
それでもただ「なんとなく叶った」としたら
その「なんとなく」は、再現性が低く、
意図する意味もあまりなくなります。
それはそれで良いんですけれども。

感謝というのは「謝を感じる」と書きます。
「謝」というのは、詫びる気持ちや、相手の
労に対して感じる気持ちです。
「もうしわけない」と思うのと同じに
「ありがたい」と思う事も同様です。

つまり「人」に対して感じる事。なのに、

お金が欲しいとイメージ(意図)する時、
「お金を得た時の自分」とかお金そのもの
(札束とか0の並んだ貯金通帳とか)を
イメージしていませんか?
お金が欲しい人って「お金が欲しい」のだから
どうしてもお金にフォーカスするのですが、
感謝のエネルギーって「人」が介在するので
そのイメージに「人」が存在しなければ、
お金は引き寄せられないと思います。

お金に感謝といっても、そのお金は誰が
そこまで運んできてくれたものなのか?

例えば、とてもお金に困っているとして、
万策尽き果て、気持ち的にもう諦めた瞬間、
事情を知らない自分の親から
「保険が満期になってお金が入ってきたんで
10万円小遣いあげるよ」
という、電話をもらったとします。

その時「ありがとう!!!」って心から思う。
お金は実際にまだ手元にはないけれど、
「このタイミングで連絡くれてありがとう」
とか、言葉にならない思いで溢れる。
「あぁ、助けられた」って安心が起こる、
その瞬間、感謝のエネルギーは最高潮です。
このエネルギーが、お金を引き寄せます。

実際にお金が入ってくることではなく、
誰かが自分の欲しいものに関して
動いてくれるというそのことに対して、
感謝のエネルギーは生まれます。

実際にお金が入ってきても
喜びはあるかもしれないけれど、
お金が実際に手元に入ってきた瞬間それは
「顕在化」要するに「結果」なんですね。
ほんとうに単なる結果。
その瞬間だけのもの。
そこに意識を向けても、瞬間的な結果は
もしかしたら得られるかもしれないけれど、
そのまま幸せな状態が続く、
というモチベーションのエネルギーでは
ないんですよね。

という事は、そこに至るまでのプロセスの中の
感謝のエネルギーが最高に高い状態、
「お金あげるよ」という連絡をもらった時の
連絡をくれたその人に感じるエネルギーに
意識を向けるというのは、
この点でも自然だと思います。

抽象度を上げて言えば、高い「可能性」に
意識を向ける事が、引き寄せの再現性に
直結していると私は感じています。

お金が入った瞬間ではなくて、
お金が入る、そこに人が介在している、
その喜びの瞬間をイメージする方が
現実化するんじゃないかなって事です。

あくまで私がそう思うだけなのですが。
自分では実践済みです。
そして、長期的に成功している人も、
なんらかの形でここを押さえていると思う。


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by 4cubes | 2018-05-12 11:23 | 潜在意識 | Comments(0)

商売ってなんだろう

風邪は治ったものの、咳がまだあって、
体調はそこそこ大丈夫なものの、
100%とは言えない。
そういう時は全部を決定しないで、
(心が100%じゃない時には判断も
100%じゃないので)
いろんな可能性を残しつつ動く毎日。

それでも「ビジネスをデザインする」と
決めてから、ビジネスのデザインという
方向で、いろんなことが動いています。

で、ビジネスってなんだろう。
商売ってなんだろうっていう話なのですが

たとえば引き寄せがなかなかできないのは、
(引き寄せを意図してしなくても良いけれど
物事が滞ったりする事が多いことなど、
何かがズレていると思われる場合を含む)
ほんの少しなんだけど、どこに意識を
フォーカスするか、というのが、
ズレているんですよね。
単純に、だいたいできているんだけど、
ほんの少し間違えているだけ。
で、なぜ間違えているかというと、
その情報に対して説明が雑なんです。
細かく説明されていないからなんですね。

引き寄せは「感謝のエネルギー」ですし、
私もそう思いますが、じゃあ感謝って
なんだろう、感謝すれば良いのかな?
本を読んだり、だれかの説明でも、
「ありがとう」って思ったり言ったり、
そう感じたりすれば良い、くらいの
ざっくりとした説明しかない場合が多くて、
(余計な説明は非常に多いですけれどね)
それこそ自然に「できる」人は、
自然な感覚だから細かく説明できないし、
できない人はいつまでもできない。
できないけれど、できるようになった人は
基本もうそこを深く考えなくても良いし、

私は「できない」→「できる」になったけど
「どうしてできるのか、その差はなんだ」
について長く考えてきた、というか、
私は、自分ができるかできないかよりも、
そのメカニズムに興味があって。
それで実は引き寄せなどについても、
うまくいかないなーっていう時は、
何かが大きく間違えているというよりは、
雰囲気などではなく、わずかに明確な何かが
ズレているだけだったりします。
ちょっとこっちにずらせば良いだけ、
という場合が多いんですよね。

それと同じで、商売というものについても、
だいたいの話はみんなわかっているし、
それに近いことならできるんだけど、
ほんの少しポイントがずれていることで、
商売の成果や、喜びの感覚などに、
決定的な差を生んでしまうことがある。

例えば、商品の金額を100円にするのか
120円にするのかでは、そこに生まれる
喜びも成果も流れも全部違う。
20円の差でも全然違う。
仕入れとか利益率とかそういう事じゃなく
その差を丁寧に知ることで、
自分がどうしたいのかをデザインできるし、
どうなるのかもわかるし、
家入一真さんの言葉にある
みんなにとって優しい「なめらかな」
ビジネスの構築ができるのだと思います。

今、コミュニティの本を読んでいるのですが、
著者がP6(コミュニティの数字)www
女性はPが雰囲気に出やすいけれど、
男性は、まんま仕事に出る人が多い印象。

先日のお茶でも、4人全員Pが違っていて、
幸せな、自分のところにとどまるお金を
得る方法が明確に違うんですよね。
(へそくり、っていうのもあったwww)
同時に、どういう稼ぎ方だと、入ってきても
全部出ていってしまうのかもわかる。
P6だからこう、P9だからこう、のように
ここで語ることもできなくはないけれど、
そんな平べったい情報だと伝わらなくて
無意識にその人をリーディングして、
それを伝えているんだと思うので、

人と会う機会をもっと作っていこうと思う。

リーディングって、写真でできる人もいるし
本人からできる人もいるし、
わたしは写真は全然ダメで、やっぱり本人。
そして、数字から読むのがやはり得意です。


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by 4cubes | 2018-05-11 22:52 | 潜在意識 | Comments(0)
以前開催した6ヶ月プログラムのメンバーと
先日、ランチをしてきました。

皆、顕在意識ではまだ怖い思いがあるとか
言ってますが、潜在意識ではもうその辺を
軽く超えて、良いエネルギーをまとって、
根っこから自分を生きている人たちで、
その辺はしっかり6ヶ月、何が違うって
落とし込み期間がしっかりとあるので、
揺るぎないベースができあがっています。

だから、これから先に待っている、現実的で
再現性高いビジネスの話で盛り上がるのは
もちろん、たまたま選んで行ったお店も、
そのビジネスをイメージさせてくれるような
ところだったし、そのビジョンを数日前に
見てたというメンバー。ビジネスにしたい、
具体的な商品もすでに情報として
入ってきているメンバー、場所が欲しいと
思えばその場所すら現実的にあるじゃん、
のような全部がつながる展開。
後は形になるのを待っているだけのような、
そんな後押しぶりでした。

やべーやべー!って感じ。
メンバーのエネルギーが整って良い場を作り、
それぞれがどうのではなく
場のエネルギーが、個を底上げしてくれる。
しかも無理なく自然なワクワクが止まらない
負担のない持続性高いエネルギーです。

あまりに良くて、6ヶ月プログラム、
またやろうかなーって思えてきた。
ビジネスのプログラムの方も、
何かの形でやろうと思います。

ところでその中で私の息子の話になって。
「そういや、どうして中学校まで、
殆ど勉強せず内申は2ばっかり。
基礎学力も、学習習慣もまるでない彼が、
高校でいきなり勉強する気になったのは
まあ良しとして、物理的に学力が
追いついているのか?
そうだとしたらどうやって?」
というような疑問がわいたので、

帰宅した息子にその質問をしてみたら、
それをきっかけに夜中まで5時間くらい
話し込んでしまった。

まず質問の答えはこう。
「高校の勉強は、小中学校の勉強の応用、
ではないよ、お母さん」
えーーーー!
高校の勉強って、そうじゃないの???
(私は順当に勉強しちゃったクチなので
そういう発想でございます)
とても極端に言うと、中学の時に単語帳で
覚えた「apple」は高校の英語のテストでは
出ないってことです。
高校は高校の勉強なので、それについてただ
「この問題を解くにはどうすれば良いか」を
丁寧に追えば良いだけだそうです。
どの教科もそれでできるって。
基礎学力は幻想だそうです。
という事は、逆に高校の勉強にしたって
基礎に捉われずになんとかなるのであれば
要はゲームみたいなもんなんだね。
学「力」って、改めて、なんだろうね。
力でもなんでもない。

中学の時の彼の最高点は、確か保健体育の
69点で、あとは50点以上なんてとったこと
あったっけ?でしたが、
高校では全教科80点以上は取れる力があり、
95点取ってる教科もいくつか。
比較できるものでもないけれど、それでも
なかなか不思議なことが起こっています。

彼にとって「基礎」となり、今、実際に
役に立っているのは小学校の時に通って得た
「そろばん」と「Prime Numbers」だったか
素数を分解していくパナソニックが出している
ゲーム感覚のアプリがあるのですが、
(今見たら探せなかったので、もうサービス
終了したのかも)あれだそうです。
学校の授業ひとつも入ってないwww

彼の高校は学力とやらは最低レベルですから、
まわりも学習習慣や基礎学力がない子が多い。
暗記が嫌いで苦手な仲間です。
めんどくさいことを避けがちな子も多い。
彼自身もそれは同じだから、だからこそ
「勉強が嫌いでも、必要な勉強はあるし、
単位を取る以上、逃げられない。
だとしたら、長々と机に向かうのではなく、
めんどくさくなく簡潔に理解すれば良い。
そのためにはどうしたら良いか」
を考えてきたわけで、またそれを
同じような仲間にわかるように教えるには、
どうしたら良いかという視点も持った。

実際に数学の問題を私に出してくれて、
最初は全く解ける気がしなかったのですが、
簡潔に、するっと解くにはどうしたら良いか
彼が解説してくれたら、それがなかなか秀逸。
説明もわかりやすかったのですが、それ以上に、
計算式にちょっと工夫をすると、
視覚的にすっと「あ、解けそう」に、
一瞬でなるのが不思議でした。
そういうのを考え出すんだそう。
簡潔にっていうのはその「解けそう」になるよう
心理的ハードルを下げる、という部分をも
担っているんだな、と思った。

息子がこーしたあーした、ということを
言いたいわけじゃなく、彼に言わせると
こういう事も、能力の問題ではなく
基本的に「誰にでも再現できる」そうです。

そして「こうすればこうなる」がわかると
勉強のことだけじゃなくて、
「自分がこう言えばこう返ってくるだろう」
といった、人とのやりとりにおいても、
「未来はこうなるだろう」という展望も
「このことはいつやると一番良い」といった
的確な行動のタイミングも、
そして「将来自分が住んでいる家」まで

そして例えば、喜ばしいことだけじゃなく
「数学50点↘︎」的なビジョンが見えた時は、
現実化しないように、勉強する。
現実を調整できる、そんなストーリーまで

クリアに見えてくるって、言ってた。
そして、それはイメージでありながら、
自分が「こうすればこうなる、がわかる」の
上に成り立っているので、そのイメージを
自然に信頼できて信じられるそうです。
そしてそれらは全て、教えたはずのない
潜在意識の真理でもあります。
「自分のこと好き?」って聞いたら
「うん、好きだね」って答えていました。
親としてこんな嬉しいことはないです。

で、面白くてどんどん質問したら、彼も
面白かったのかどんどん答えてくれるので
その返事を聞いているうちに、
いろんなことがわかったのですが

もし全員に再現性があるのだとすれば、
そのために最も大切になるポイントは何か?
というと、もうそれはやはり間違いなく

「どこまでも自分の本音に正直に生きること」

でした。
そしてそれをどこまでも肯定すること。
本音に正直に生きて、誰にも媚びないけれど
そこに信頼があって、彼はとても友達が多い。
自己受容できて、自己肯定感が高い。

親は子どもを、とことん本音で生きられるよう
自己犠牲なくサポートするだけなんだ。
という確信をますます得ました。
私なんてほんとなんも頑張ってないです。

学力なんて後から追いつく、っていう事を
頭では理解していたつもりだったけれど、
でもまだまだ理想論でもあったので、
息子を通して目の当たりにできたことは、
私にとっても大きかったです。
ビリギャルが、短期間で偏差値を大きく
伸ばしたのも、なんかつながりました。
(ビリギャル読んでみようかな)

あまりに的確で、こないだ私がミスった、
「縫うのに慣れすぎていて、
体が作り方を覚えてしまうが故に
自分が作った型紙の仕様書の間違いを、
自分で見つけられない」
という問題について彼にアドバイスを
求めたのですが、それについても
的を射た、かつ斬新な答えをくれて。
私なんかは「第三者に縫ってもらう」という
チェックの基本的な条件に基づくアイデア
しか浮かばなかったけれどね。

男子高校生、おもしろいなー。
(でも恋バナは、あまりしなくなった。
単にないだけなのかな)


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by 4cubes | 2018-05-10 08:32 | 潜在意識 | Comments(2)

暮らしをデザインする

少し前に「子どもがサッカーやりたい。
でも私は親の当番があるから苦痛だ。
当番関係ない旦那はサッカー大賛成」で、
折り合いつかないと相談されたことが
あるのですが、こういうのは
よくありますよね。

または、子どもはのびのび育てたいけれど
これくらいは勉強もしてほしいな、でも
子どもは思ったようには動かないし、
コントロールできないってわかってても、
モヤモヤが止まらない、とか。

以前は私も、手離してみるとか、
自分の好きな事に意識を向けるとか、
自分の内側を見つめると、
見え方が違ってくるとか、言っていたし、
もちろんその通りなのですが、これだと
自分の意識をどうにかしなくてはいけない、
みたいな視点になってしまう事もある。
(もちろんそれでも「やるかやらないか」
であり、やれば見えてくるのですが、
自分1人の意識をどうこうする話は、
どうしても何かを見失ってしまいやすく、
再現性が不安定なところも否めない)

こういう、家族の間のことも、
誰も我慢することなく
「皆が幸せになる絵を描く」には
どういう方法が考えられるかという視点で
デザインするという意識になると、
最善の一手が生まれると思います。

私の場合は数字の性質的にも、
集中して考え、整合性を取ることで
アイデアが形になっていくし、

直感型の人の場合は、アイデアが降るし、
皆で話すことが糸口になるタイプの人も
いると思うし、それぞれなのですが、
いずれにしても「三法良しにするには?」
という視点があることがポイント。

「私はサッカーの当番は絶対に嫌だ!」
という気持ちにとらわれすぎていると、
そこが見えてこないんです。
「私は嫌だからやらない」と決めても、
それは自分の本音っぽいんだけど、
三法良しにはならず、無理やり強く
主張を押し通しただけになってしまう。
でも妥協しろっていうことでもない。

子どものやりたい事を応援したいという
気持ちと、当番したくない気持ちは、
矛盾しているように見えるけれど、
それは表面的にそう見えるだけで、
奥には、矛盾のない思いが隠れています。

それが見えた時、三法良しが成立する。

そういう「デザイン」は向き不向き、
みたいなのがありそうですが、
リーディングが誰にでもできるのならば、
慣れで誰でもできると思うし、
すでに普段から無意識にしている部分も
多くあると思う。

想像力豊かな人や、アイデアマンなんかは
もともとこういう事は得意だと思うけれど。

↑のサッカーの当番をしたくないお母さん。
無事、三法良しで解決しました。
そして、この三法良しって、
その時のその場によって、取る方法が違う。
だからマニュアルのようにはできないけれど
いつも「このメンバーで」
「この状況で」
「この材料で」
「できる事はなんだ?」
という視点を持つって事です。

お金がないからできない、
誰々が協力してくれないからできない、
才能がないからできない

じゃなくて

今ある材料で何ができるのか。
を考える。そうすると、
自然に「ある」に目を向けることになるし
次の一手を踏む(行動する)ことになるし
能動的な選択ができる。
意識がどうの、という不安定要素は少なく
再現性が高いと思うわけです。

意識を変えてから何かをしようと思うより
ずっと簡単なんじゃないかなと思います。


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by 4cubes | 2018-05-06 12:10 | 潜在意識 | Comments(0)

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