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いつもと少し違う話

大人になると学ぶことをやめてしまいがち
になるのですが、
私の感覚で言うなら、今の60歳以上は、
それで何とか生き抜けるかなと思うけれど、
今、子育てしている世代は、
自身が死ぬまでもたないと思う。
せいぜいあと10年くらいかなあ。
10年ないかもしれない。

何がもたないかと言うと、経済力ではなく
(そうは言っても、日本に住んでいれば、
飢え死にするような見捨てられ方は
しないだろうという個人的経済に関しての
楽観的考えも、危険ではありますが)
幸福度です。
死にはしないけれど、何もしなければ
(今の考えのままでは)幸せではなくなる。

賢くあり続けなければ、幸福は
目に見えて失われていく時代になりました。
受動的な生き方でも、与えられる幸福という
パッケージを享受できた時代は終わりました。
もうそのパッケージを作ってくれる人は
いなくなったからです。
また、今の世界の合理性を見たときに、
そのパッケージでは幸せになれないからです。

受け身だとどんどん不幸になるよとも言う。
幸福は自分で作る時代になりました。

大学名や会社名、学歴、肩書き、地位、
名誉、給料、保証、のようなものに
微塵も価値がなくなっていきます。

そして、そういう時代に変化した今、
私たち子育て世代が一番生きづらくなる。
なぜなら、子育てや価値観などにおいて、
自分の親から継承したものを使えないから。
移りゆく時代のスピードが速すぎて、
世代間の「差」程度だった価値観の違いは、
今は「差」と呼べるようなレベルではなく
丸ごと全く違うものになっている。
これからを生きる子どもたちに、
何か教えようにも、我々の価値観はすでに
一つも通用しなくなっているんです。
できることは、邪魔をしないことくらい。
スピーディーに変わっていく時代に合わせて
今までと全く違う価値観を、
私たちはインストールする必要があります。

子どもにはすでに、何も教える事が
できない私たちになっている、という
自覚がまず必要です。

でも、子どもが親を見て育つことだけは、
昔も今も変わらないから、だから
背中を見せるために親は学ぶ必要がある。
今を生きる子ども以上に学ぶ必要がある。

私は悲観していないです。
そして煽る事もない。
価値観は変わっても本質は変わらないし、
ただそういう今の現実があり、
それに対してできる事もあるというだけ。
幸福も自分で創り出します。
息子もそうして生きていくでしょう。

日本はすでに先進国ではなくなっているので
安穏としてられないですしね。
精神性のポテンシャルは高いはずなのに、
ちょっとずれた方向に行きすぎましたね。

心理学や潜在意識や、ましてや数秘などを
学ぶ必要はないんだけれど、
世の中の流れというものと、その奥にある
本質の部分、若い人たちにバイアスをかけず
そのままを受け入れ、見つめる目。
そういう事が大事だと思います。

世の中で起こっていることと自分の暮らしは、
思っている以上にまともに直結していて、
これっぽっちも他人事じゃない気がする。
表面的な事象だけを見れば、
(政治や経済のニュース、事件など)
自分と関係ないように見えると思いますが、
その奥の部分を見ると、紛れもなく
自分ごとに感じられると思います。

世の中で起こっていることの話を、
興味のあるなしで語る人もいますが、
そういう種類のものではないんです。
自分の幸福、ましてや自分の子どもの幸福に
興味がないという人ならそうも言えるけれど。

そして、思うほどつまらない話でもなくって、
そこから幸福を作り上げていく事ができる、
と考えたら、非常に興味深い。
幸福になりたいと思って、
引き寄せの本を読もうとするのと同じ話です。

昨日は「南方熊楠の夢思考」という、
博物学者として有名な南方熊楠が、
夢を大切にして、細かく記述し、内観し、
非常に一元的視点を持ちながら二元的苦悩も
あった、そんな話を聞いてきました。
南方熊楠は数秘で見ると9と4が多く、
D4の堅実な面を見せる事が多いながら
LP9、B9なので、精神性が高くもあった。
現実と夢の狭間、あるいはその葛藤に生きた
のは自然な気がしました。
非常に生きづらくもあったと思われます。
D4コツコツ粘り強く「研究」というよりは、
収集、積み上げていく、というスタイルで
誠実だから愛される人であったと思うけれど
なかなか人間的、というか
人間臭い側面を見た気がしました。

昨日の昼間、ずっと考えていた
「決める」と「引き寄せ」の関係性を、
つまりどうして決めると引き寄るのか、を
どう物理的に説明するか考えていたのですが、
南方熊楠の話の中で、昔の心理学者ユングの
話になり、そこでヒントを得られました。
なかなか面白い企画でした。


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by 4cubes | 2018-08-30 09:15 | 潜在意識 | Comments(0)

半径1kmの引き寄せ

ちょうどここのところ、
必要なもの、人が、常に良いタイミングで
引き寄せられていると実感しながら
暮らすことが当たり前になってきたと
感じているところです。

「24」という海外ドラマを観た人は
わかると思うのですが、あれは
1時間×24回放送(だったかな)
要はドラマの中も同じ時間軸になっていて
事件が起こって解決するまで24時間、
という設定で話が進みます。

そのため、移動には時間をかけられないのか、
アメリカ全土を揺るがす事件なのに
どこで何が起こっても、なぜか1分後には
ジャックバウアーがすでに現場にいたりして
「すべてが半径1km圏内で起こっている」
かのように見えるのですが。

私の引き寄せもそんな感じです。

広く告知したりしなくても、
知り合いがとても少なくても、
必要な人、物、事が、
近距離内で的確に起こります。

と、ここまで書いたところで、なんと
グラレコを教える人がこれもまた近距離で
突然現れ、明日の夜、1人だけ枠があり、
潜入できるというニュースが入りました。
うひょー!行ってきます。
まだまだ教える人も、教室も少ないグラレコ。
こんなニッチなものまでも⁈
と思わず感じるような物事ですら、
非常に凝縮された濃い世界の中で
ごく当たり前に、自然に起こります。

そうやって起こる引き寄せは、
私がかつて考えていたものとは
あるいは、よく書籍などで見かけるあれとは
イメージが全く違うと思う。
お金が必要ならばどこかからお金が入る、とか
やりたい事がやりたいと思えば何故かやれる、
のようなニュアンスのものではない。
「お金引き寄せた」「すごい人脈引き寄せた」
とだけ言っている人は「あ、違うな」とわかる。
だってそういうことじゃない。
もっとロジカルなものだと思われるから。

言葉でそのニュアンスを正確に伝えるのは
非常に難しいのですが、
何か買いたいものがあるとします。
お金を引き出すためにATMに行くと、
カードを入れたらお金が出てくるわけです。
でも、お金が必要でないときは、
意味もなくATMに行かないじゃないですか。
それと同じ感じです。
必要を感じたらATMに向かうように、
必要な時に適切な行動をすると出てくる。
「習う事が必要だな」と思えば教える人が現れ
「費用が必要だな」と思えばお金というより
それを用意できる手立てが現れる。
お金がポンと現れるのではなくて、
お金がポンと現れたように見えても、
よくよく見ると、そこに必ず
「意味のある人」が介在しています。

関連性を感じる事ができます。
だから「引き寄せた」ってわかるんです。
お金だけポンと現れたら、偶然なのか、
引き寄せなのか、わからないと思うのです。
そしてよく「なぜお金が必要なのか」が
大事だと言われますが「なぜ」というか、
「なぜも何もそもそも必要だし」レベルで
必要だと腑に落ちているところに、
適切な行動(をスタートさせる事)を通して
自らスイッチを入れるとエネルギーが流れ、
人が動く、物質が動くという流れになる。

じゃあさっき書いた適切な行動が大事、
についてですが「習う事が必要だな」の時の
適切な行動は、まず自分がやってみる事。
習う前に、です。
(これ以外にも選択肢はありますが一例)
「費用が必要だな」と思う時の適切な行動は
金額は関係なく費用を自分で作り始める事。
精度の高い引き寄せが起こります。
お金が必要な時に、ATMに行く以外にも
選択肢はあるじゃないですか。例えば、
くれる人のところに行くとか、
クラウドファンディング、またはバイトする。
あるいは、計画を立てる。
だから、適切な行動が一つとは限らない、
大事なポイントは「自分も行動を起こす」事。
それも「直接関連がある事でなくても良い」
んです。関連のあるなしとはそもそも、
人間の頭で考えた思い込みの類なので。
なんでも良い、ただし「腹をくくる」必要は
あります。引き寄ることをあてにして行動を
するんじゃなくて、引き寄らなくてもそれで
やるという気持ちに立つ事。
それが何を意味するかというと、
優劣を抜けた、一元的視点になるという事で、
一元的視点の望みは好きとか欲しいではなく
ただただ「必要である」という認識になり、
引き寄せが自然に「起こる」という事です。

息子が行きたい学校に対し、その学費と
一人暮らしの費用がかかる事がわかりましたが
学資保険など以外に、必要な額の「手立て」
の引き寄せが起こり、
無借金で通える見通しがすぐ立ちました。
頑張って貯金する!とかじゃなく。
(貯金もしますけれども、頑張ったり我慢して
ではなくて、手立てができる事で、貯金が
楽しいものに変化する)
この話、さらっとプログラムメンバーにも
伝えましたが、非常に重要な引き寄せの部分が
含まれていたことに気がつきました。
今度話しますね!
(家庭内のお金の話を含むのでブログでは自粛)

これでもブログで書ける範疇で細かく
書いているけれども、コツとその理由について、
まだまだ説明できるところ、
間違いやすいポイント、あります。
ブログで全部全部説明できたら
細かいニュアンスまで、伝える事ができたら
なんて楽なんだろう、と私も思います。
6ヶ月プログラムのメンバーでも、
ブログを読むだけでは取り違えなどが起こり、
そこに多くの補足や、解釈の調整をしながら
そして何より、会って「感じる」
ということを通して理解が起こり、
時間をかけて丁寧に落とし込んでいきます。
だから大阪まで行く。
オンラインなどでも限界があると思うから。
でも、全てはただの「理解」だから、
理解さえすれば魔法でもなんでもない、
引き寄せという本質を体感でき、
再現性が高くなるのはごく自然なことです。

日常が本当に面白いなと感じます。



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by 4cubes | 2018-08-29 12:34 | 潜在意識 | Comments(0)
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グラフィックレコーディングを独学で
学び始めました。

エイブラハムの翻訳、あれからさらに、
英語堪能でエイブラハム熟読している
最強の仲間が増えたのですが、なんとなく
その中で役割というものが見えてきて、
このプロジェクトを何らかの形にしようと
思った時に、その手段として、
グラフィックレコーディングでの図解が
客観的に伝える手法として使える気がして、
また、それやるのは私だよね、というのと
おそらく苦手ではないと思うので、
自然に腰が上がりました。

グラフィックレコーディングは主に、
会議の議事録を絵で取ることに使われ、
見返しやすい、客観視しやすい、
全体図を把握できる、共通認識ができる、
可視化できるので頭に入りやすい等の
メリットがあるようです。

話していることをその場で脳内整理し、
絵でまとめ上げるので、会議に使うなら
同時通訳的なスキルが必要だと思います、
でも、そういう使い方だけでなく、

自分の脳内を整理するために非常に有効で、
絵にまとめる事を通して、
昨日は、ものすごく重大な事に気がつき、
(描きながら普通に、気がつくんです。
頭の中では気がつけなかった事に。)
ここのところの滞りを解消できました。

その他、子どもの世界でなら、
心の整理、友達との関係性、生徒会とか
あるいは文化祭など、
目的を皆で一つにする時にも
皆で同じ方向を向きやすい。

家族や仕事場での人間関係、
未来のためにできる事、そのプロセス、
あらゆる事に使える可能性を感じます。

絵は描き慣れている方が、描く事への
ハードルが低い分やりやすいけれども、
絵心が必要だというわけでもなくて

皆に使える非常にロジカルなツールです。
どこかで絵で説明してあるのを、
新聞、雑誌などで見たことはあったり、
ノートをこんな風に取る人もいるけれど、
実は特別なことではなくて、
みんなができるというところが
私は凄いと思っています。
↑この本で学んでいますが、何と言っても
性質上、非常にロジカルな説明になってて、
わかりやすいんです。

今日は6ヶ月プログラム(東京)で、
一元的視点と二元的視点について、
引き寄せの仕組みのおさらいと、
陥りやすいポイントなど、
はたまた一元的ビジネスは、
実は成立しない、だったらどう稼ぐ?
という話まで、
グラフィックレコーディングの図解を使い、
落とし込んできました。

SNSなどで、自分が引き寄せたお金とか、
人脈とかを披露している人を見て
それが自慢なのか、事実を話しているだけか
読み解く方法などにも言及。
そういったこともまた、わからない事には
「自分の解釈が間違っているのだろうか。
自分に僻み根性があって、自慢に見えるだけ
なのだろうか?」という謎の自己責任から
抜けられないからです。

実は、ここにきて思うのは、
自分を生きる事に大切なことは、
「わかった!」でも「ワクワク♪」でもなく、
どこまでもフラットな「認知」と「理解」
ただこれだけです。
エモーショナルなところもないし、
どこもキラキラしていません。
ただその先に、自分でキラキラもエモいも
生み出し、体感できる世界があるだけで。

だからまずは認知と理解。
愚直にこれだけです。
その理解のために私はアイコンを描く、
のだと思う。



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by 4cubes | 2018-08-28 18:17 | 潜在意識 | Comments(0)

リスクを取る意味

発信力のある人、メディアに出るような
成功者の人が語る

「行動しろ」
「失敗を繰り返せ」は
全くもってその通りだと思いますが、

「そこまで成功したいわけじゃない」
なんて言っている人も、原理原則は同じで、
行動して失敗もしてリスクを取らなくては
個人の幸福度は、まず上がらないと思う。
成功したい人がリスクを取って
行動するのではなく、
目の前に向き合って、行動して失敗して
失敗から学んで、リスクを取っていると、
結果的に、大きな事業に関わったり、
影響力を強めていく事があるかもしれない、
という事なのだと個人的には考えています。

無意識にリスクをとる事を恐れる多くの人は、
ビビって最小限の動きしか取らず、
(現実を変えるほどの行動ではないため)
日常に悩みを抱えたまま生きることになる。

要はそういう事なのかな、と思いますが、
何もしなくても「何もしないリスク」が
発生しているので同じといえば同じ。
だとしたら、したい事を実現するための、
自分の幸せに繋がるリスクを取った方が
良いんじゃないかなあ。

ただ、リスクの捉え方が大事で、
例えば、社長になりたいとしたら、
そのために、経営を勉強したり、そこに
お金や時間を使う事、それから、
実際に会社を興してみる。
協力してくれる人を探す。
クラウドファンディングしてみる。

のような事を行動としてするし、
そこに時間やお金がかかるならそれを
「リスクを取る」とか考えがちですが、
(ダメかもしれないけれどそれを踏まえ、
お金や時間、エネルギーを費やすから)
私の見解では、関連性のない事を通して
リスクを取っても、願いは叶います。

リスクを取るって、要は自分の内側の
エネルギーの話なんで、
何をしているかは関係ないわけです。

例えば、
関係性が良くない自分の親に会いに行く、
行ったことがない外国に行ってみる、
多額の寄付をする

人によって違うのですけれど、
自分にとって心の負荷が大きくなる行動を
選択する事がリスクの本質。

会社を作るために勉強するのは、
リスクというよりは「やるべき」ことで
それだけならただの手段なんですよね。
でもそれが、激務の中で時間を作ったり
することなのだとしたらリスクになるし、

要は
「そこにかける思いの大きさ」を行動に
した時に、そこに感じるものが、
どのくらい自分にとって、
負荷がかかっているのか、が基準で、
別にそれが会社を作ることと直接関係が
ありそうなことかどうかなんて関係なく!

そう、関係ないんです。

ちなみに私、リスクを取るの怖くて、
何もしないで幸せになりたい人でした。
だから、感覚として、リスクを取るのを
避けたいなという気持ちがわかります。
今、違った視点から見るとわかるのは、
リスクを取るって、たぶん、
今あなたが考えているものとは
感じ方が全く違うという事です。

そもそも普通に幸せに暮らすのなら、
そんなもの必要ないと思ってもいました。

リスクを取るって、波乱万丈の成功者など
そういう人たちの世界にあるもので、
私とは関係のない話と思っていましたから。
そんな大層な事をしなくても、
普通の人は、幸せになれると思ってた。
引き寄せの法則とかで(笑)

いや、でもね。
もちろん頭ではわかっていました。
失敗を恐れずチャレンジする事、なんて
大変素晴らしいし大事な事だ!と、
私はわかってるから子どもにも、と
口先だけで子どもに教えてた。
お前はどーなん?って話ですよ。
わかっているつもりになってただけ。

そういう時に「自分ができてない事を
子どもに教えようとしてもダメ」
といった言葉もね、
どこかから聞こえてはいました。
言葉そのものはいつもそこにあるんです。
でも、入らないというか、
そうだよねって薄っぺらい共感するだけ。
もちろん自分はその時はその自分に
気がつけない、今の自分の視点から、
見てやっとわかる事です。

その、時期で言えば震災前まであたり、
「子育て意識高い系」の頃は、
どうしたら良いかわからないというより
どうにかしないといけないって事すら
かすりもしませんでした。

ただ、いつも小さな違和感があったから、
それを手立てに少しずつ
学んでいったんだと思います。
そしてそのビフォーアフターが、
今、人に伝えるのに非常に役に立って
いるのだと思います。

戻します。
それで、今の私が思う「リスクを取る」は
まったく嫌なイメージがないという事です。
いつもの話に繋がりますが、
一元的視点だと、自分の感情が俯瞰され、
失敗した時の嫌な気分とか、そういうのを
「嫌だ」「味わいたくない」とは
捉えなくなってきます。
起こることに対して特別感がないので、
心臓に悪い、みたいなのもないわけです。
もちろん全く平気ってわけでもないけれど、
心が潰れたりしない、それは
なんとかできると思うし、
なんとかできなくても良いと思うから。
自分への信頼がある。

あと何より、リスクの先にあるものが、
見えるようになったからです。
具体的に幸せになっていくしかない、
という事がわかるからです。

6ヶ月プログラム講座生の皆さん。
私、毎日、あの、物質が変化する過程の
図を見ています。
頭での理解だけじゃなくて、
体に無意識レベルで落とし込んでいます。
ここまでわかってても、まだやっています。
手元に置いてそのままにするよりも、
あの図を見て自分も同じ過程を辿るのだと
毎日そうやって現象化しているのだと、
感じてみてください。
リスクを取る意味も、よくわかると思う。


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by 4cubes | 2018-08-23 00:17 | 潜在意識 | Comments(2)

高度なニ元的視点

私が、ビジネスをスタートさせて
結果的にそれが潰れてしまった話で、
一緒に組んでいた女性Aさんとは
進めれば進めるほどうまくいかなくて
(価値観、感性、好きなものや
大事にしているものなどは一致するのに
というか、しているからこそ?)
私はなかなか、それがなぜなのか、
気づけませんでした。

いつも自分と向き合い、学びを絶やさず、
キラキラもしていなくて、真理を求め、
大事なことを伝えていた人でした。
実は非常に主観的なのだ、というところに
気がついてからは、そこから理解したけど、

Aさんの中では細部まで辻褄が合っていて、
全く破綻しておらず、
そこには一切のごまかしがないので、

言葉に非常に説得力がある。
どこにもおかしいところがない。
あったのは私が感じた、一粒の砂のような
見落としてしまいそうな違和感だけでした。
少しずつ、ほんの少しずつその砂つぶは、
大きくなって、なかったことにはできず、
自然に向き合うこととなります。

彼女が主観的で二元的視点でいたこと、
それが良くないのではなく、
私とではどうしたってズレてしまう。
私は無意識に、二元に止まりたくないと、
既にその意志を持っていたと思うからです。
理解し、現実が破綻し、真の意味で、
雨降って地固まるまで時間を要しましたし、
たぶん、生まれて初めてというくらい、
ハッキリと他人(彼女)に嫌われもして。
でもそれだけの甲斐はあったと思う。
私にとって、完全に一元的視点を理解する、
ターニングポイントになったからです。
私自身もうめちゃめちゃ二元的だったから
わかるんです。二元の世界も。

一見して二元的だとわかる場合もあれば
わからない場合もあります。
さっきもフェイスブックで
「言ってることはその通りだけど、
(慎重に読み込んでいき、そこでやっと)
これは二元的視点だな」と感じる、
女性起業家さんの記事がありました。
非常にうまく書けていて、発信力があり、
言葉の辻褄は合っている。
知識として一言一句間違いなくその通り。
かつ読者にとって、目からウロコ的な
表現もある。
違和感を全く感じない、そんなキラキラに
惹かれ、その人から学ぶ人も多い中、
それでも、やはり体感的に、
違和感を感じる人も一定数いると思う。
自分の内側の何かのメッセージを、
見逃さない人がいるんです。

でも、多くの人はここでつまづきます。
論理的な説明ができないから、
せっかく違和感を感じられているのに、
モヤったままになってしまう。
自分の感覚に自信が持てなくて、
今度は自分を疑いだすようになるか、
なかったことになってしまう。
ほんとうは、正しい理解がまず先にあり、
そこに体や心が追いつく。
あるいは感覚でまず気づき、
そこに理論を重ね合わせて腑に落とす。
さらに無意識レベルにまで落とし込み、
具体的な再現、現実的な
クリエイションができるようになる。
という流れで、ようやく自分のものに
なるのではないかと思いますし、
そこで初めて、世の中を高い視点で
己を含めて客観的に見ることができて、
モノの理がわかるので、引き寄せの
精度もそれは上がるのが自然です。

私も、ずっと何かにつけ、違和感から
始まる。そこを放っておけない。
そういうこと、本当に多かった。
そして、自分で自分に説明ができるよう、
自分がすっきりするために学んできた。
ほんとすべて自分のためです。
自分のために学ぶのであれば、
人に教えられるようになるのが
(実際に教えるかどうかは別として)
結果的に一番早く、得られるものが
多いと感じます。

楽しい夏休みです。
楽しいことしかしておらず、
ちなみにほとんど家事もしていないです。
「お母さん」も夏休みです。
休むならしっかり休まないと、
見えてこないものがあります。
夏休みの過ごし方講座に参加したことが
ある皆様の夏休みはいかがですか?


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by 4cubes | 2018-08-21 20:13 | 潜在意識 | Comments(0)
先週末、大阪に帰ってきました。
目的は息子のオープンキャンパス。
私は学校には同伴せず、息子一人で。
とても気に入ったようで、
大阪に住むとなると一人暮らしになり、
(私の実家から通う選択肢は無し)
トータルにかかる資金は、
学費の2倍見ておきたいとすれば、
今すぐ準備する必要がある。
滞在を切り上げて、すぐ東京に戻りたい
というので、今はすでに東京。

もちろんまだ高2ですし、これから先
気持ちはいくらでも変わるかもしれず、
実際東京に帰ってきたからといって、
すぐに何か始めたわけでもないのですが、

この人は、プロセスの重要さを
心のどこかでわかっているんだな、
という事はわかりました。

一般的に、合格はゴールじゃない、
という事をぼんやりと感覚で、
そうだよな〜〜って思う事があっても、
「終わりではない、そこからが始まり」
という、気を抜いてはいけない、
みたいなイメージで捉えていたり、

もっともっと先、生き方を見据えて、
合格はその通過点だ、と、頭では
わかっているのかもしれないけれども、
体感がなく、漠然としていて、
実際に殆どの人の行動と、その奥にある
意識の部分は、合格がゴールであり、
そこから新しくスタートを切る、
と認識している場合が多いように思います。

そして、早くから色々見て、
【失敗しないように】
選択肢を増やしたり、準備をしたり、
その「合格」をより良いものにしようと
考えて行動するわけですが。

進路というのは、人生において、
どう生きたいか、自分が大切にしている
ものは何か、をまず今の時点での自分で
正確に捉えて、

「(例えば)高校が終わるまでに」(期限)
「進みたいと思える」(希望)
「行き先を決めて」(決定)
「行けるように準備する」(準備)

のではなく

期限を作らず、
ここに行く、とも決めず、
自分の生き方に合った環境を
肌で感じる場所を見つけたらそれこそが
進路です。進路の本質はそこだと思う。

そうすると、実際の学校名や場所など
どこにどう決まるかわかりませんが、
まだわからないはずのそこを、
どんな風に卒業するかまで見えてきます。

合格はゴールでもないのはもちろん、
進学、入社、は、実はスタートでもない。
一斉によーいドンではなくて、
プロセスがどうだったかというところで、
既に差はついています。
だから、プロセスの段階で、卒業までが
繋がって見えてくるんです。

息子は「ここに行きたい」と思ったし、
そのための準備をしようと思ったので、
「決定」と「準備」をしているように
見えるかもしれませんが、
一般的にイメージできるそれではなく、
「リアルな目星をつけて」
「行きたい熱量を保っている」
という形の、決定、および準備です。

本当の「決定」って、結果をそこに
合わせることでは全くないし、
むしろ決めてしまってはいけない。
そっちに進むよ、という「方向性」の
決定だけにしておき、
可能性は残しておく必要があります。

そして準備というのは、
具体的な準備だと思いがちですが、
それは後からやってくるもので、
まず気持ちの維持。
それも観念的なものではなくて、
熱量を保つという、忘れがちな事。

人って例えば「お金持ちになりたい!」
とか結構強く思う人も多いと思うけれど、
そのためにどう準備しよう、何をしたら
良いんだろう、と考え始めた途端
気持ちがしぼんで、行動できず、
結果的に形にならない。
だから願っても叶わないんですね。

それをよく
「本当の望みじゃなかったから」と、
言ったり言われたりするけれども、
確かにそうとも言えるんだけど、
(今の私は言いません)
でもそれは何の解決も生まなくて、

それも叶えられるとしたら?

移動すると色んな事が見えてくるので、
特に出不精の私は、リアルにそれが
わかるので、帰阪は面白いです。
コミュニティ文化圏としての大阪も
見所を再認識してきました。
東京の課題は「分離感」
大阪の課題は「感情の俯瞰」
この辺が調整できれば、エネルギーの
良い循環を起こしそうな気がします。


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by 4cubes | 2018-08-21 11:00 | 潜在意識 | Comments(0)

時間錬金術

どなたかのブログで読んだだけですが、

自分に子どもが生まれて、
その子が大人になるまで、
どのくらいの時間を一緒に過ごせるのかを
計算すると、

小学校卒業する頃で、一緒に過ごせる時間の
55%が終わるそうです。
高校卒業時で73%が終わる。

数字にすると、一生のうち我が子と
過ごせる時間は
母親で7年半、父親で3年半。

うん、短い。

と数字だけを見るとそう感じますが、
私個人的には、そんな感じに思えない。
もっと長い気がしています。
それはなぜかというと、長く感じるように
過ごしているからです。

人は時間の長さを、数字の時間の長さ
そのままの分、感じるわけじゃない、
というのは、誰もが日々
肌でわかっている事だと思います。
同じ1時間だとしても、
楽しい時間はあっという間、
苦痛な時間は長く感じる。
この「感じる時間」の長さが、
その人その人にとっての実際の時間、
なのだと思います。

楽しい時間はあっという間なのであれば、
子どもと過ごす時間もあっという間に
なると思うかもしれませんし、
実際そう感じている人も多いと思うけれど
これは殆どの人が思い違いしているかも。

一点集中の幸福感はあっという間ですが、
恒常的な幸福感はとても長く感じます。
人が「楽しい時間」と思っている多くの
時間は、確かに楽しいけれど、
心のどこかで「今楽しんでおかないと
次はもっと先になる」という損得勘定、
期限つき、条件つきの楽しさになるので、
非常に二元的、限定的になるんです。
終わってほしくないと思えるほど幸せ!
なんじゃなくて、明日から仕事だから、
少しでも幸せが長く続いて欲しい!
という理由で続いてほしいと思うから、
コントロールしようと思えば思うほど
意識において、抗えば抗うほど、
当然、幸せを感じる時間は短くなる。

一元的視点を持つようになると、
恒常的に幸せなので、常に楽しく、
時間も長く感じられますし、実際長い。
さらに、同じように限定的な、
旅行とかそういう「楽しい時間」の時も、
「終わってしまう」事は単なる物理現象で、
終わる恐怖を感じる必要がなくなるために、
二元的視点よりもずっと物理的時間も長く、
感じ方の時間も長くなるのです。
魔法でもなんでもない、
シンプルな原理があるのです。

うちの息子、あまり家にいる方じゃないし
実質的に一緒にいる時間は、
そんなにない方だと思うのですが、
かなり一緒にいる気がします。

時間錬金術がわかってくると、
お金の錬金ができるし、
人間関係も錬金できる。
というか、全部一緒、繋がっている、
と言うと、どこかで聞いた話になるけど、
りんご2個とみかん3個の問題を、
えんぴつ2本と消しゴム3個の問題に
するような、応用の効く話でありながら、
自分で置き換えなくても自動で置き換わる。
という感じです。

数字的には短いその時間に、殆どの人が、
かなり心を持っていかれているのだなと
いう事はわかりました。
それを、長く愛おしい時間にできるし
その長さは時間の数字的長さではなくて、
密度、濃度なのだと思う。
そして質。

時間錬金術って、時短で色々できるとか
そういう事じゃないです。
それでいえば私なんて、絶対無理。
性質的に、D7にそれは無理でしょう。
D5に比べたら100倍くらい劣ります。
そういう事じゃないわけです。
その考えだと有利、不利ができてしまう。

誰もが、自分の意志で、錬金できる。
大事な時間を濃く過ごすことができる。
それはやはり、どんな性質かに頼らない、
法則であり、具体的な再現性。
それをどう現実化するか、の段階で、
その性質が活かされる、ということです。
D7ならじっくり作戦立ててから動くし
(というより自分は動かず、動かすし)
D5なら、動きながら考えるとか、
その表現はそれぞれになりますが、
根底にあるものは、同じだと思う。


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by 4cubes | 2018-08-20 10:31 | 潜在意識 | Comments(2)

ほんとうの共感力とは

ブログで書くことは、かなりの割合で
重要な内容を多く含んでいると
思っていますが、なぜ書くかというと、
この知識がある事で、
仮に講座を開いたとして、講座の内容の、
個々への浸透度が抜群に良くなるからです。
そして、どうしても受け身になりがちな
講座やプログラムで変化を起こすのに、
何かしら能動的な取り組みは
どうしても不可欠だと思うからです。
その実践の一つとも言えます。
どんな講座を受けても、実践しないと
変化は起こらないので。
また、単発講座の数時間はもとより、
6ヶ月プログラムでも会うのは正味6回。
その期間、更に内容を濃くするために、
私を含めた参加者の共通の話題として、
資料的にこのブログも使っています。

それでも、しばらく前までは
そこまでの自覚は正直なかったです。
無意識でやっていたと思うけれど、
自分で自分のやっていることを仔細に
把握できていなかったのも事実ですから、
そこまで設計していたとしても、
精度はわかりません。
やはりそこは未熟だったのではと思います。
日々、私自身もアップグレードです。

で、今日は共感力という話です。

共感力という言葉が最近言われている?
この共感力が大事だということについて、
なんとなくそんな気がする、という人が
大半なのではないかと思うのですが、
そもそも共感力って、なんだろう。

相手の感情を自分の事のように感じられる
というのを能力に例えるなら「共感能力」
と呼ぶことができると思いますが、
もちろんそれもそうなのでしょうが、
私は実はこれには疑問がありました。
最初は小さな違和感だったので、
それほど重要視していませんでしたが、
段々、例えば仕事などにおいて普通に
「がんばろうね!」って話になった時に
素直にそう思える時とそう思えない時、
「いいね」と思える時、思えない時、
自分の感じ方の違いなどがあり、
いろんな角度から考えてみました。

まず、共感していないにもかかわらず、
例えば職場で「今月売り上げノルマ達成
しよう!」と上司に言われた時に
「はい」と答えるとします。
何となく特に疑問も持たずに、
そう答える場合もあるかもしれないし、
あるいは、給料貰えればそれでいいよ、
ノルマとかプレッシャーだし、まあでも
達成すれば職場の雰囲気も良いし、
給料もUPするかもしれない」みたいな
漠然とした気持ちでの「はい」だったり
または、全然そうは思えないけど、
ここで反論しても
「は?何言ってるの?」
みたいな反応が返ってきてめんどくさい。
で「はい」って言っとけって
そういうのも、いくらもありそうですが。

結構、その短くて、ただ言うだけなら
何の問題もなさそうな「はい」が、
自分の本心と同じではない時、
心理的には大きくマイナスな影響があると、
私は考えています。

言葉って、どんなに短くてもアンカリング
つまり「私はそう決めました」
という意味です。だとすると、さっきの
「ノルマ達成」に対し、思ってもいないのに
その場の判断で「はい」と答えることは、
自分の感じていること(心)と
やっていること(行動や言葉)を
乖離させますよという意思表示になります。
心と体が離れていくことを決めました、
という意味になります。
そうするとその1回だけでなく、おおよそ
そういう反応の仕方が人生で当たり前に
なってくるわけですから、そのことによって、
心と行動、それに伴う現実の乖離は
どんどん進んでいきます。
具体例としては、望んでいるはずの事が
ことごとく叶わない、何をやっても
うまくいかない、満たされない、
などの事が起こりますし、終わらない。
幸福というのは、自己一致が重要なので、
そこ(乖離している事)に気がつかないで、
自分の意思とは違うアンカリングを
続ける限り、不幸感から抜けられません。
そんな大袈裟なと思うかもしれませんが、
小さな事のようで、毎日同じような
パターンの積み重ねを起こすとそれは、
蓄積されて大きな影響を及ぼします。

だから、いいねと思ってもいないものに
いいねを押すことって、案外怖い。
毎日少しずつ、自分に嘘をつき続けて
いるという事だから。

共感力って、気分や目の前の雰囲気で、
相手に合わせる事ではないのです。
つまり、主観的に捉えるものではない、
という事なんです。

例えば、身内を亡くした人がいて、
自分も同じ体験をしている時には
「わかる」と言って共感することが
できるように思いますが、
同じような経験があったとしても、
そこに感じるものはそれぞれ別なので
誰にも真の意味で、相手のことなど
本当にはわかりっこない、
主観的に感じる共感というものに、
共通認識を持つことはできないんです。

つまり共感力とは、
思ってもいないのに「わかる」と
相手に上手に合わせる事はもとより、
自分も同じ気持ちになって、
「わかる、わかるよ!」
って感じたり、またはそれを
私はわかってる!と思い込んで、
表現することでもないわけです。
(表現することが悪いのではなく
自分はわかっていない、を
念頭に置いていないという事が問題)

じゃあ共感って何なのさって話で。

「共感」というのは、考え方も解釈も
人によって色々あると思いますが、
私は、相手が感じることであり、
「共感してもらえている」と思える、
その感覚のことを表すと思う。

「共感力」というのは、
相手の人の「わかってほしい」を
ただ「理解」する事だと思う。
感情とか関係なく、自分の価値観を
入れない、客観的な「理解」です。
ただ認識する、という感じに近い。

カウンセラーが傾聴だと言われるのは
そもそもそういう事だと思う。

だから真に共感力を発揮できている時
言葉はとても少なくなって、ただただ、
「そうなんですね」というような
ものになっていくのだと思う。
相手に同調するエネルギーもなく、
ただ、理解、認識だけがある。
相手に何をするわけでもないけれど、
何もしないという事は、良い悪いを
決めないということでもあるから、
そこに許しが起こります。

「わかるー!旦那さんひどいよね。
別れた方が良いと思う」は共感ではなく
聞いている側の主観だと思います。

でも、人の感情がわかる、感じるという
カウンセラーさんはたくさんいて、
それが当たり前の世界ですから、
だいぶズレた事を言うかもしれませんが、
まあそれは、えっと、

思い込み?

と言っても、単純にそう感じるとかでは
なくて私なりの根拠を持っていて、
なぜなら人の感情がわかるなんてのは、
どこまでも客観的にならないでしょう?
人の感情がわかる、とか
相手の感情が自分と混じって、どっちの
感情かわからなくなる、という主観、
なんじゃないでしょうか。
「わかる」って感覚自体が主観だから。
で、そういう人が結構「無知の知」を
言うんだけど、それは成立しないのでは?

だからと言って、感情がわかるという
人を否定もしません。
私は人の感情を拾わないという自覚がある
ので、逆の人のことはわかりませんし、
私の自覚すら、ただの思い込みです。

真実はわからないけれど、
ただ、自分の言葉を記すだけです。


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by 4cubes | 2018-08-20 00:26 | 潜在意識 | Comments(0)
人はとかく、その人が何をしているか
何を語っているか、という事には
アンテナを張りますが、

どういう視点を持ってそれをするのか、
または何故そう言うのか、

については、見ようとしない気がします。
何てったって見えにくいんで。
でも「見ようとすれば」見えるので、
単に「見えないから見ない」という
潜在的受け身であることは間違いなくて

または、見えない事にしておいたほうが
都合が良いので

表面的なことを取り込みがちになります。

私は学力も高くないですし、
(高校の時は後ろから6番目でしたよ)
大卒でもないし、それでも見えます。
見ようとする、というのが正確ですが、
見ようとすれば見えてくる。

闇が。

でもその闇を見つめなくては、
光を選択することも難しいわけですから、
社会的に、闇が暴かれていくニュースが
多くなるのも全く偶然ではないし
それを助ける(拡散機能のある)SNSや
スマホのスクショで証拠を取りやすい等、
デジタルの進化の中にそういう使い方を
見出していくのも合わせて、
とても自然な流れだと思います。

で、そういう視点で世の中を見ていくと、
一見良いもののように見え、
しかもそれは実に巧妙で、騙されそうに
なるんだけど、よくよく考えると違くね?
といった情報や発信者に多数行き着きます。

これって、自分のアンテナの感度を
相当高くしておかないと、見誤ります。
この本いいかも、とか、
このバッグ良いかも、
これ食べたい、あの人に会いたい、
みたいな何気ない日常の選択ですら、
自分の深いところの重要な部分を決めて、
人生の質に影響を与えるのだと思うと
適当に流して日常を送ろうとは
もう思えなくなってきました。

そしてそういうことを啓蒙している
ブログにもいくつかいきあたりました。
具体的に、こういう人やこういう事には
注意してくださいと書いてあるし、
そこに、真摯に向き合った検証や、
裏を取るという丁寧な作業もある。
こういう発信もとても参考になりますし
その行動も素晴らしいと思います。
もちろんそういうブログからですら、
自分の世界に入れるのか入れないのか、
どの内容は入れて、どれは入れないのか
自分のフィルターにかけていくのですが。

私は、具体的に固有名詞を出して、
ここは危険です、とは書かないけれど。

私が物事を一元で見ていくのに
助けられたのは、数秘の存在もあります。
例えばセッションだとほとんどの人が
「片づけ苦手。断捨離したい」って
仰るのですが、それは、
「断捨離は部屋もスッキリ気持ちがよく、
脳の整理にもなって良い事尽くめだ」
という情報が元になっていると思いますが
まあもっと言えば、良いお母さんとしての
称号を受けるにも損はないですしね。

ただ、いわゆる断捨離が、誰にとっても
良いものだとは、数秘上にはなくて。
むしろ物が少ないとダメなんじゃない?
という人もいる。

でもその全員の幸福度を同じように上げる
としたら、部屋が片づいているかどうかを
基準にしてはいけないわけです。
断捨離したら幸福度が上がるのであれば、
断捨離に向いていない人は不利になる。
それは公平ではないと思うから。
全員に再現性がないと
それは法則ではなくなるから。

あくまでその情報が「自分に合っているか」
「自分に当てはめるならどうするか」です。

だから、数秘を通して、物事の表面だけを
見ても何も解決しないことを学びましたし
どの情報も、その人個人に照らし合わせて
考えていく必要がある、ということが
体に叩き込まれていきました。

例えばときめきで有名なお片づけの先生、
彼女は6を多く持つ人です。
片づけが人を助けるという信念があり、
そのように発信されるかもしれません。
けれども受け手は、彼女と同じ数字ではなく
(つまり基本的に同じ性質ではない)
だから「片づけが自分を助ける」と、
単純に捉えてはいけないというわけです。

どんなに良さそうな情報ですら、
自分に置き換えるとどうなのか。
この視点が必要になってくる。

だから、何をするかじゃなくて、
どういう意図を持ってするか、
どう感じて、どういう視点でするか、です。
物事の奥にある部分を読む必要がある。

これを、どの人も、その人なりの世界観で
やるわけですが、それが利己的であると、
いつまでも「私が!私が!」という主張を
繰り返すだけの世界を創造する事になり、
頑張っているのに
好きなことをしているはずなのに
どこか苦しかったりする。
観念的なものだけじゃなく、
病気を通してだとか、人間関係の悪化など
を通してそれが起こったりします。

利他的というのは、二元で考えると、
「人のことを考えるのが先、自分は後回し」
と感じてしまいやすいです。
利他的は辞書に「自分のことよりも他人の
事を考えること」とあるので、
自分は犠牲になると考えてしまうのですが、
自分の事よりも他人の事を「先に」
考える事、と理解するとわかりやすい。
先に人のことを考えると、同じだけ
自分にも返ってくる、ということで
それは一方的な犠牲とは違ってきます。

で、今の世の中、教育のこともあって、
なかなか人のことを先に考えられない人が
多いんです。考えているようで、その瞬間
見返りを求めていたりする。
他人どころか自分の子にさえ、
即戦力を求めている人が多くて、
何かができるから褒める、喜ぶ、という
条件つきの愛情で育てている人は多い。
自分(親自身)が過去、あるいは現在、
無条件で愛されていないと感じるから
子どもにもそうなるんだけど、

厳しいことを言うとそもそも、
自分が愛されているかどうか関係なく、
自分にどんな盛大なトラウマがあろうと
シンプルに

子どもをどう育てたいのか?

だけじゃないですか?
自分が愛されていないから、
子どもも巻き添えにしようなんて
思っている人は少ないと思うし、
みんな口では「私よりも子どもに」って
言うのに、それに反して、自分がされて
嫌なことを、無自覚に子どもにも
していることが多い気がします。
自分の弱さを客観的に見て、強くなれば
その連鎖を断ち切ることもできる。

それと、昨日の
「得たい結果を得るもう一つの方法」に
なってくるのですが、
こんな生き方を真にしたいと思うなら、
もう絶対これだけは人生でやろうと、
叶えようと決めたのであれば、
それ以外を捨てること。
が大事になってきます。
いっときね。
その生き方がナチュラルになるまでの、
結果的に一時期のことなのですが。

例えば、私は昔、騙されて300万円の借金を
背負ったことがあるのですが、その当時の
自分には人生を左右するような大金に思え、
どうやって返そうと途方に暮れました。

それで、法則とか何もわからないので、
全部無意識にやっていたことですが、

●騙した人を追いかけるのをやめた。
●結婚を諦めた。彼氏も作らない。
●副業をするために一切の残業をやめた
(社内は打ち合わせ午後7時からとか
普通で、残業デフォルトの職場)
●一切遊ばない
●自分に起こったことを隠さず、友達に
話して、稼ぐ手段を見つけにいった。

全ての行動を「お金を作る」を基準にして、
お金を増やす事に集中し、逆に、
その妨げになるものは全部排除しました。
その期間、(結果的に)半年です。

よく「決めると叶う」って言いますし、
その通りだと思いますが、
腹の底から決めると、上記のように、
「その為にこれはやる、これはやらない」
というのが見えてきます。
そしてその通りに行動します。

当時、社外の友人に相談した結果、
Windows3.4を購入することになり、
当時できる人が少なかった、
名簿のデータ化などの仕事をもらって
それを毎日やり、その流れでHTMLが
書けるようになり、人のHP制作を手伝い、
借金を約半年で完済しています。
その時に培った知識やスキルは、
その後のオンラインショップへの展開に
活かされていると思う。

本気になる時期、っていうのが、
人にはあると思うし、本気になった
瞬間瞬間の連続で人生ができていく。
し、実際それなりの人はそれなりに、
人生において本気で向き合っています。
そういう人こそ、それが当たり前すぎて、
自分はこうだこうだと言わないから
一見わからないし、
側から穿った目で見ると、
棚ぼたでうまくいっているように
見えるけれど、
ここぞという時には、しっかりと
自分を追い込んでいる人ばかりです。

世に出るニュースや情報の、
そういうところを読んでいきたい。


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by 4cubes | 2018-08-15 12:33 | 潜在意識 | Comments(0)

細かく細かく

今日は、6ヶ月プログラムの、
ライトバージョンのようなもの、
をやってきました。
私の説明は、ものすごく細かくて、
えっそこも?と自分でも思うくらい、
イラっとするほどしつこい。
全てに機嫌取る事をやめたせいか、
更に遠慮なくやるようになってた。
となると、もともと
自分が繰り出す言葉のひとつひとつに
責任を持ち、どの角度からの問いにも
きちんとした説明ができること、
その内容に整合性があることが、
こういう仕事には必要不可欠ですが、
表現が更に細かくなると、当然
言葉もその意味もさらに細かくなる上、
その細かい全てに説明ができる必要が
出てくるわけです。

1ミリも、意味のない言葉を吐かず、
吐いた言葉の全てに、説明ができる
状態でいる事を求められる。
実際に求められたりはしなくても、
いつもその準備が必要だと思っています。

非常にめんどくさい話ではあるのですが、
私はこれが好きなんだなと思った。
そしてそれを、相手の数秘に合わせて、
どんな言葉を使えば届くのか、
瞬間瞬間、考えながら話すのが更に好きで。
例え話も、数字に合わせて変えています。

話しながら「あーこの人も幸せになって
いくのだなぁ、いいなぁ」って
そんな普通に羨ましい気持ちになってる。
そのとき自分にも同じだけの幸せを感じる。

会いにきてくれてありがとう。

ああ今日はほんと疲れてないや。
気持ち良い。

「ネガティブな事を感じてしまうけれど、
どうしたら良いですか?」という質問が
あったとして

「ネガティブなことから意識を外して、
楽しい気分になる事を考えれば良いです」
と答えるとします。

でも質問者は、
「ネガティブな時でも、楽しい気分に
なった方が良いなんてわかってる。
でもそれがなかなかなれないから
どうしたら良いか聞いてる」
と言いたい事も多いんだと思うんです。

この場合、
「なかなかなれない」という思考が、
「なかなかなれない」を「決めている」
事にもなりますが、
それよりもずっと重要で、かつ
気がつきにくい事として

そもそも「その質問をしている事」自体、
その質問をしている時間の分だけ、
「ネガティブな時に楽しい気分になる方法」
に、意識が向いている、つまり、
ネガティブ前提の意識でいるわけです。

質問者は「ただの質問」だと思っている
かもしれないけれどね。
実はそれが盲点で、その質問そのものが、
(一定の時間以上考え続ける事で)
ネガティブな現実を作っていたりします。
ということは、ということはですよ。

質問する事そのものに意味がない、
どころか、質問したら逆にマイナス?
となりますよね。

結論から言えばその通りです。

でも。質問しちゃうわけです。
わからないんだもの。
無論、それがダメなのではなくて、
まず段階としてそこを通る必要がある。
質問をたくさんすることで知ろうとし、
そこで「質問する事に意味がない」と
気がつく、じゃあどうやってこれを
解決したら良い?という思考になる。
自分の内側に答えを探し始める

なんです。
たくさん質問してそれに答えを貰っても
実は意味がないという事に気がつけば、
自ずと能動的な答えを出し始めます。
だってそれしか道はないのだから。
それを、一足飛びに得るのは難しく、
まずはプロセスでひとつずつ気づいていく
必要があります。

相手のやっている事を参考にするための
「あなたはどうされていますか?」の
質問は能動的だけれど、
どこかで正解を求める質問には、
思考を能動にしていく効果はなく、
質問ばかりが増えていく事になりますし、
答えてくれる人がいなくなった途端、
成り立たなくなります。
まずそこに気がつく必要がある。

私は潜在意識を学び始めた時に、
どこの講座に参加しても、
一番前に座って、多く質問してきたので、
この図式に割と早く気づきました。
意味ないじゃんと。
じゃあどう質問すれば良いわけ?
そして、質問そのものに意味がないと
いう事を知っていくわけです。
でもその質問をする事には意味があった。
「意味がないという事がわかる」
という、大事な意味があった。
自分が質問して自分が感じてわかった。

だから、よく言う「失敗なんてない」
というのはこのことを表すのであり、
失敗に見えるような事も、
必要な経験であるという事が明確です。
そこ飛ばしても次に行けないからです。

それは、もちろん後づけなんですが、
失敗に見えるような経験をして、更に
その後に得たものにより、
結果的に言える事だから、
終わってからでないとわからない。
逆を言うと、
失敗をする前に「失敗を避ける事」
なんて事が、そもそもできないんです。
物理的に不可能な事です。

失敗は良い事だ、とか、
失敗を恐れない、とか、じゃなくて、
もうそもそも、失敗を、それをやる前に
論じる事そのものが不可能だって事。

一見なんでもないような、
「何でもやってみなくてはわからない」
という言葉もあまり好きではないです。
どうも「やってみたら成功って事も
あるかもしれないじゃん」みたいな
希望的観測感が抜けない気がする。
でも本当の意味としては、

やってみたどのような結果からも、
その結果がどうあれ、そこから学ぶのか、
あるいは学ばないのか、だけだと思うし、
むしろ失敗と思えるような結果の時に
学べることは実質的に多いような
気さえする。
うまくいったら「あー良かった」と
そこで思考停止しやすいのに比べて
うまくいかなかった経験からは、
「次はどうしたらうまくいくだろう」
という視点になって次につながりやすい。

近代社会は「失敗しないためには」
という真逆の考え方ですし、
歴史も「失敗」は語らないですよね。
だから「失敗しないように」生きようと
して苦しくなる人はとても多い。

ほんとうは、全てのプロセスが、
等しく、何かを教えてくれていると思う。

私は、どんどんアホな質問をする事で、
そのプロセスをがっつり、でも時間的に
早く通過していけたから、
結果的に、体当たりにしては時間短縮で
色んなことを学べたと思っています。
だから、質問もどんどんした方が良いし、
恐れのあることもどんどん試すのは、
おすすめです。

結局、得たいものを
時間的にも早く得るためにできるのは
それ(どんどんやる事)と、あとはまた
更にストイックな面白みのない話なので、
そのうち書きます。


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by 4cubes | 2018-08-14 22:50 | 潜在意識 | Comments(0)

一元的視点の世界、物理化学の視点での引き寄せ、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ