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お金という道具

超お金持ちの人のお話を直に聞いたので、それと合わせて書いてみます。

昨日出かけた時に、長時間煮込んだスープを、お店でいただきました。
パンもついて1,000円です。
もし自分でパンを焼いて1日スープを煮込めば、もしかしたら1,000円かからないかもしれないけれど、時間を1日そこに使うことになります。
自分がやると手間や時間がかかるものは、お金を使うことで、手間のかかるものをいただくという心地良さを享受しながらも、その分の時間を他のことに使えるという大きなメリットを生みます。

お金持ち(にも色々ありますが)がお金を使う一番の理由はそこの部分です。

飛行機のファーストクラスを例にとってみます。
ファーストクラスというと、私は乗った事がありませんが、豪華でラグジュアリーで体が喜ぶ食事やリラックスできる環境などの付加価値が多くついていることはもちろんですが、それを堪能するだけなら、単純にお金出せば可能です。その時の心地良さをお金を交換しています。そしてそれにお金を出す事が主になっているお金持ちももちろんいるし、そこがないという人もいないと思います。
そして、その気分や感情で良い前提が生まれることで、未来に繋がることも決して間違いじゃないのですが。

で、ファーストクラスは「プラスの豊かさ」だけでなく、搭乗口までの距離が短く、待ち時間も落ち着いて穏やかな時間を過ごせる工夫がしてある。
これは単に心地よさを演出するだけのものではなく、無駄に待ったり並んだり、落ち着けなくて疲れてしまったりという事が可能な限りないよう「ストレスを与えない」という引き算のサービスを提供しています。
そうすると、かける必要のないストレスをエネルギーにして他に回せるし、他に回すべきところがある。
お金を生む人は、お金があるからファーストクラスに乗るのではなく、不要なところに時間とエネルギーをかけないで済むよう、自分の仕事や役割で最高のパフォーマンスを出せるようにファーストクラスを「利用する」のであり、そのためにお金を使うという事なのです。

ただ心地良さをお金で買うだけの行為は、快楽であり、思い出作りです。
でも心地良さを「利用する」ことで生まれる時間やエネルギーを他に向け、そこから何かを生むことは、喜びです。
(喜びという目的があり、そのために色々なものを利用し、そこに必要なお金を使う)

そしてその喜びを目的にすることが「自分を生きる」なのです。
自分の心地良さを選択することは「自分らしく生きる」なのです。

「自分らしく生きる」もちろんこれで生きてもいける。
そして、そして「自分らしく生きる」事が目的でも、引き寄せとか潜在意識の考え方で、物理的に豊かになることができることも確かです。
だから間違えそうになるのですが、実は「自分らしく生きる」事は他ならぬ「自分」を失っていくという落とし穴があります。

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らしい


①根拠や理由のある推量を表す。

②伝聞や推量に基づく婉曲 (えんきょく) な断定の意を表す。

③(多くは体言に付いて)ぴったりした状態、よく似た状態にある意を表す。いかにも…のようである。まさに…と見うけられる。

デジタル大辞泉より

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自分「らしい」とは、自分ではなく、自分によく似たものを指しています。
よく「自分らしく生きよう」なんて言いますが、それ(らしくを意識している状態)は言い換えれば「自分を生きていない」ことの証拠なのです。
つまり「自分らしく」と言えば言うほどそれは「自分じゃない」ことを強化することになり、自分を探すばかりになって、自分からは遠ざかっていきます。
でもそこで「じゃあ、自分らしくはダメなんだ」と思う事も危険な考え方です。
何かを排除して何かを得るのはそもそも、そもそも違うんです。
「自分らしく」も大事だし、なくなりはしないし、また「自分」への段階でもあるし、必要なのは、自分らしいのか、自分なのか、
 
「知る」ことなんです。真に。自分をごまかさずに知る、明らかにするだけ。
何もしなくていい、むしろ何もしないでください。それだけで全ての悩みから解放される。
 
言葉って、使っている言葉がどんな意味を指しているのか、自覚することが非常に大事です。何度も言うけど、似て非なるんです。
そして無意識に放つ言葉は殆どが無自覚なので、なかなか気づけない。自分が属しているコミュニティは自分が作った世界なので、使われている言語も自分には違和感がないものばかりなのです、ほっほ。
だから違う世界に飛び込んで、自分の無意識に気づいていく事はとても大事なのです。
潜在意識が現実を作っているけれど、実は「ことば」が作っているよねと、今なら私もそう思えるのです。
 

戻します。
何かをなすという目的がある場合、お金はどこまでも「道具」です。
そして道具だから、使ってこそ価値がある。
もう1回言うけど、使ってこそ価値がある。
大きなお金じゃなくても、日々の暮らしに使うお金も同じです。
そして、心地良さ、いわゆるワクワクにお金を使う瞬間も大事だけど、その先にあるあなたの喜びに繋がることに、お金を使う事はもっと大事で。
数字だけを追っている時には決して見えないところです。
 
余談ですが、そこがわかっていれば、リオに選手を行かせるのに、エコノミーという選択が本当に良いのか、自ずとわかってくるとは思います。
選手たちのパフォーマンスを上げて結果に繋がることが、選手を含めた日本国民の喜びなのだから、そこにお金を使うのが、個人的には正解だと思います。
目的は「喜び」なんです。自費で飛行機のグレードを上げた吉田沙保里さんは、自分の心地良さというよりも、ご自身の真の役割を認識してその選択をされたのではないかと思われます。そしてそこに、物理的にお金があった、という事です。(想像ですが)
 
もう1つ、お金は時間を短縮する道具でもあります。
自分で自己流で学べば失敗や無駄も含めて遠回りする内容を、すでに同じ事を経て、その極意だけを知っている人から無駄なく学ぶこともできる。
自分の性質を知ることもそうですが、不要だと思う苦労や頑張りを最小限にして、したい事にエネルギーを注ぐこともできる。
量子力学では時間の概念はないですが、我々は時間という概念を持って生きています。その有限の時間を複線で使い、自分の喜びを大きくしていく事もできる。
使った時に生まれる喜びを、お金は与えてくれるのです。
 
「こどもてばなし講座」に来てくださった方が「セッションや講座に出向く意味」について書いてくださいました。
「自分にとって」が必要であると。不特定多数に向けて書いたものでは、個人に真に落とし込むには限界がある。
それはそうなんです。だってだって、どこまでが「自分らしく生きる」でどこまでが「自分を生きる」なのか、別だよ~とブログでは書いていても、じゃあ、個々にとっての「自分らしく」と「自分」の境界も、その中味も、全部人によって違うから。
性質だけじゃなくて、上から下まで全く同じ数字の人が2人いても、その数字の陰陽の出方も違うから。現在地が違う、そして、見たい世界も違う。
 
心理学をされている方って、ある程度軌道に乗ると個人セッションをやめて、講座など多くの人を相手にお仕事するようになる人も多い。
それはそれで大きな富を生むし必要ともされる事ですが、その中で私はなぜこうも、個人、個人に向かっているのか、私にもよくわかりませんし、今後変わっていくのかもしれませんが、今のところ、1人1人と向き合って、というスタンスのようです。
 
 
●3月か4月より長期個人コースを始めようかなと思っています。
3か月とか6か月のようなスパンで、深い部分で「自分を生きる」にシフトするコース。
表面的な悩みとか願いとかそういう事も、すべてを包括し、自分の軸を取り戻す内容です。
使うことばの真の意味を知って、ゆるやかに確実に変えていきましょう。
 
●3月、個人セッションは、個別対応します。
 
●大阪は帰省予定なので何か講座などしたいなと思っているのですが、時期検討中です。
 
●その他講座等、いくつか予定しています。
 
 
 
■ HP
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# by 4cubes | 2017-02-26 12:41 | 潜在意識

マウンティングの本質

昨日吐き出したことを、一つ一つ丁寧に見ていこうと思っています。
感想等あれば、メッセージください。


マウンティングとは、

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マウンティング [2] 【mounting】

サルがほかのサルの尻に乗り,交尾の姿勢をとること。霊長類に見られ,雌雄に関係なく行われる。動物社会における順序確認の行為で,一方は優位を誇示し他方は無抵抗を示して,攻撃を抑止したり社会的関係を調停したりする。馬乗り行為。
weblio辞書より
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とあります。
鳥や昆虫、爬虫類でも、ライバルを押しのけて求愛行為をし、メスを勝ち取るというようなものがあり、広い意味では基本的には生きとし生けるものすべて、マウンティングという概念を持っていると思われるわけです。
だから本来とても自然な行為。むしろメスよりオスの、とも言えそうです。
人間でいうと、マウンティングが性質として表れやすいか、のようなものは数字でもわかります。
だから人間においても、単なる性質として捉えるべきものではある。良し悪しじゃない事は大前提。

その一方で、人間においてマウンティング女子、あとママカーストと呼ばれるものなどは、行き過ぎたマウンティングというか、私から見るとそれ必要なの?レベルですが、もはやそのスキルが社会生活においては必須になっていて、更にドラマなどが助長させている状況。
そして、先日のブログで書いたような、高度なテクニックを駆使してそのコミュニティの中や、ライバルより優位に立つマウンティングが、本質的で本当に人を幸せにするものなのか?と考えると、私はそうは思えないし、どこか漠然と同じ気持ちの人も多いと思う。

じゃあ何がどう違って、私ならどうするか考えてみたのですが。
まず本来のマウンティングは、完全に無意識であり本能であるという事。
生存という生き物の大きな目的のために使われるものであるということ。
その、生物的本能は、もちろん人間も持っているもので、個が役割として、我が子(の命)を守るためだったり、子孫を残すためだったり、人間としての必要な社会を構築するために、無意識かつ自然に使われているものであるという事。
食料を自分の分を確保してから人に分け与えることとか、恋でライバルと争うとか、自然に湧いて出てくるものがそれにあたる。

これを超えて、戦略的になってくると、それは本能ではなく、打算的であり損得勘定になってくるので、もはや思考ベースになっているんです。
更にここで厄介なのが、もともと持っている本能的マウンティングに「思考マウンティングを乗せる」という、二層のような形で存在しているので、無自覚にえげつない事をしている、という状況が生まれやすいし、無意識が入っている分、自分でも気づきにくかったりするという点です。
また、本能に後押しされて、正当化してしまいやすくなります。
でも、思考のマウンティングは、一時的に人より優位に立つためのものに留まるので、人を幸せにするものではないんです。表面上の幸せは得られるかもしれないけれど、魂の喜びではないという事です。
思考マウンティングの本質は、単なる承認欲求であり、事象に反応しているという受動的な生き方であり、つまり。

セルフイメージがおそろしく低い。
外側の自分を整えることに必死で、内観できていないんです。
その生き方は、人を真から幸せにはしない。
もちろん全てのマウンティングを一切やめなさいという話ではなくて。(自覚の度合いもあるし、そもそも本来のマウンティングは持ってしかるべきものなのだから)
そこにどんな「自分」がいるのか、を見つめることが大事だという事なのです。
自覚する。
思考マウンティングは自覚できます。
あなたに「マウンティングされた」という経験があるのなら、「マウンティングを見た」のなら、同じものが自分の中にも存在しているはずだから。

思考マウンティングは観念的なものなので「全然勉強してないのー」と言いつつ点数が良かったというその子を見て、マウンティングだな、と判断したあなたの解釈があるだけで、それだけが唯一の事実。相手が意識的にそうしたのか無邪気だったのか、は永遠にわからないわけです。
つまりあなたがそれを「マウンティングだ」と認識したに過ぎない話で、その認識があなたにとっての真実になった。
それは、世界は戦略的マウンティングが存在しているし、身近なものである、という世界を、ほかならぬあなたが作った事になります。
で、それは自由です。でも。でも。

思考マウンティングに気づいたら、それを手放そう。と、あえて言います。
これ、今までならご自由に、だったけれど、今は、曖昧にしていることで他の、人間が根底に持っている大きな想いとずれて、その差が永遠に広がってしまう事で、とてつもなく大きなものを失ってしまうという事実に気づいてしまったので、ここを読んでくださる方にはあえて手放しましょうと書いておきます。

ドラマやマスコミで大きく取り上げられるようになると、これはもう社会的に思考マウンティングを顕在化している状態と言えます。
直視できる状態だという事。それがわかれば、手放すのもそう難しいことではないです。
しかりと顕在化したら、無害なものにしていけるチャンスです。

また書きます。


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# by 4cubes | 2017-02-25 11:02 | 潜在意識

講座がマンツーマンになって分かった事(備忘録)

寝る時間とっくに過ぎていますが、忘れてしまいそうなので書いておきます。

今日の「こどもてばなし講座」ですが、お1人を除いて他の方全員がそれぞれインフルエンザにかかり、個別にキャンセルのご連絡。
これは…(どういう意味があるのだろう、という言葉に今、違和感を持っているので、気分としてはそんな感じですが括弧つき)

今は少々のことがあっても驚きませんし、むしろ自分の手の及ばないところで起きたことは必然で、しかも純度が高いと思っているので不安になることはなく、さて、どうしようかと少しだけ考えて、それぞれ体調が回復次第、全員マンツーマン講座に振り替えることにしました。

夜、たまたま見たメルマガにくっついている動画を見て、その流れで偶然見つけた動画をこれまたなんとなく鑑賞していたら、とある言葉に反応。
昨日は「自分らしく生きる」と「自分を生きる」
他にもいくつか同じように、似て非なる言葉を、なんとなく使っていた言葉を正確に正されることが何度も何度も起きて。
「マウンティング」も、本来持っている本能的なものであるはずなのに、女子の使うマウンティングになると何が違うのか、その本質がわかり。

あぁそうか、もっともっと細かく微細に使い分け、繊細な感性で伝えたり向き合ったりしなさいという事だとわかりました。
精度を、もっと上げていきなさいって事だとわかりました。
そうすると「集中する」をさらに集中させる方法が見えてきました。

ここ最近、SNSのタイムラインに出てくる人で「この人なんかヤダ」と個人的に思う人が2人いたのですが。
でもどうしてそう感じるのか、わからなかった。
その2人は、やっていることは違うけれど、私が感じた違和感の質は同じような気がしました。
私は、違和感を感じると直視します。なかったことにできないし、気持ち悪いから早期解決したくなります。
自分にできていない事をその人たちができているからモヤモヤする嫉妬のようなものかと考えたけれどもどうもそうじゃなくて、これはいったいなんだろうと、気持ち悪い日々を過ごしていました。
その人たちは、かんたんに言うと、月収7桁で、時間と精神の自由を得て、家族仲良くて、講座は満席で、コンサルは数か月先まで埋まってて、幸せそうな自撮りで。
で、100%そうじゃないと言えるからなのですが、羨ましいという感覚ではない。だから悶々と考えるわけです。
単に羨ましいだけなら、自分もそうすれば良いだけの話だから。
本当に、なんで嫌なのかがわからなかったの。
その人と同じになりたいわけじゃない、それじゃ納得いかない。ただこの違和感の正体を知りたかった。

でもそれもわかったんです!盲点でした。
凄い、欲しい答えはちゃんと得られる!!!T_T嬉しい。
そして、感じている違和感の輪郭がくっきりと見えて顕在化したら、その「なんかヤダ」は綺麗に消えてしまいます。
適切な処置です。ほんとに消えました。

まだ少し整理できないけれど、ここに記録しておきます。

あと、セッションの時間について、これまで終わり時間を決めていませんでしたが、決めることにしました。
より時間の中の精度を上げて集中させるためにです。
もともと「お時間なので」と終わらせることが大の苦手なので、これまでは決めなくて良いのならその方が良かったし、特に困ってもいなかったのですが、より必要な事を必要なだけのメリハリのある内容にするため、セッション時間を2時間としてお互い集中し、そのあとはもし時間が許せば雑談、みたいに区切っていく予定です。


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# by 4cubes | 2017-02-25 00:58 | 潜在意識

マウンティング

「マウンティング女子」という言葉が、ドラマ「ファーストクラス」以降出てきたようなのですが。
こないだの数秘お茶会でも話題になりましたが、私はどうもその概念がよくわからなくて、何度も何度も説明を読んだけれど、あまりわからず。
パートナーとも話しましたが、こんな感じかなぁにとどまりました。
昨日、息子の家庭教師先生(21歳)に聞いてみるととってもわかりやすく説明してくださり、よくわかりました!その複雑で奥深い世界は、女子のいやらしい(と解釈できるような)駆け引きもあるのだけど、今の時代に必要なスキルという部分もかなり含んでいるのだなーと。

私たちの世代でわかりやすく言うと「全然勉強してなーい」と言いながらめっちゃしてる人、という感じかな。
「●●ちゃん、それめっちゃかわいい!」と、思ってもないのに褒める、で内心自分の方がセンス上と思っている、のような。
今もお母さんの間では「うちの子なんて全然。●●ちゃんは優秀だから~。」といった感じとして普通にありますが、こういう事を今の時代にそのままやるとあからさまでイタイ人になるので、もっと高度にやるのが今の時代。
つまり、人より優位に立ちたいアピールを、微細な空気を読みながら、相手に悟られない(というか人間関係を壊さない)程度にうまく円滑にお互いやるみたいな。
(あるいは女子の間ではお互いマウンティングしているされているというのをわかっていて、男子には微塵も悟られないようにするという意図もある)
成績が上がった時に「え、めっちゃ勉強してない?」と言われたら「あー、なんかほら、こないだノート借りたじゃん。あれがあったから。も、超わかりやすくて!ほんとありがとうね!それとたまたまやったプリントから結構出たからさ、今回だけね~」と、相手のノートを褒めつつ(相手を立てつつ)まぐれを装いつつ、心の中では「あったりまえじゃん、勉強やったし!てか君のノート、そんなでもなかったし」(借りたくせに)みたいな。
これは(便宜上)悪いマウンティング。
でも、他者と比べずにいつも自分比&ポリシーを持つ「良い」マウンティングもあるのだそうで(例えば「君に届け」のくるみちゃんだそうです。存じ上げないのですが)
あと「彼氏の写真見せて」と言いつつ、その彼がイケメンだとしたら「あーなんか癒し系~優しそうでいいよね」と褒めているようで「超カッコいい!」とは素直に認めない、といったような形もよく使われるみたいです。
イケメンA君が含まれる飲み会に誘われた時、友達のBちゃんがA君を気に入っているのを知りつつ、Bちゃんがその飲み会があるのを知らないのをいいことにあえて誘わない、みたいなのも。で、あとからBちゃんに「なんで誘ってくれなかったの?」と、思わせるところまでやるけど言わせはしない、みたいな高度なもの。
あとは自分に注目してほしい時に「そのピアスかわいい!どこで買ったの?」と先に相手に聞いて、相手が「えー○○ってとこ。てか自分もそのピアスかわいいじゃん、どこで?」と返してきたのを受けてすかさず「えーそう?これね、こないだ彼氏がさ」「えー彼氏できたの???」「え、あ、うん、言ってなかったっけ?そうなのぉぉぉ」とか、要は彼氏のことが言いたかったんだけどそこは「はい、聞いてー。私、彼氏できました」じゃなくて(関係性にもよるけど)遠回りかつさりげなくやるそうで。
色んな種類や視点があるみたいですね。

インスタやFacebookで、いいねを貰うために何気ない記事を上げる、それは承認欲求を満たす行為なんだけど、自分も人に純粋に「いいね」していない(マウンティングの意図ですることも多い)から、自分が貰う「いいね」も半分は中味すっからかんだという事も承知しつつ、立ち位置測りながら熱心に何かを盛って写真上げる、なんていうのも、そうなると私なんてそういうのマジで何の意味があるの?!と思う方ですが、聡明な家庭教師先生も、絶妙にバランスと距離を取って人間関係を円滑にしているそうです。
有名大学なので環境的にマウンティングのレベルもプライドもかなり高いそうで、その中で鍛えられてしまう部分もありつつ、自分の軸は守りながらも、生き抜く術とする。人間味あふれた素晴らしい先生なのですが、ただの熱血じゃなくて、今の時代との調和もしっかり取るしそのスキルもある。
マウンティングは悪いことじゃない。ツールであり、どう使うか、なのですね。
というか本能に近いものありますよね。だってそれだけの複雑な事、思考の損得勘定だけじゃできない(追いつかない)です。

それを「いやらしい女子」と一蹴してしまうのは楽ですが、俯瞰して見ると、凄く興味が湧いてきました。
マウンティングにどんな潜在意識が働き、どう現実化するかを考えているととても面白いです。

パートナーは、マウンティング=哺乳類の交尾、という概念なので、話し出したらまず驚いていました。
「大きな声で言う単語じゃないですよ」みたいな。おじさん(笑)
そもそもそこから来た言葉なのだとしたら、動物として持っているのが当たり前でもあるのだから。
そうすると自覚なしの私の中にも当然あると思うし、無意識に使ってもいるのだと思います。

もう少し自分なりに掘ってみようと思います。

個人的に昨日は珍しい日でした。
気づきがどうのじゃなくて、1日中インプットばかり。被せ気味にインプットの波が押し寄せた日でした。
パートナーとの濃い会話、いくつかの重要メール、webセミナー、の途中の貴重な別セミナー、家庭教師先生との夜中まで話し込み。
今日はこれから「子どもてばなし講座」です。


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# by 4cubes | 2017-02-24 09:50 | 潜在意識

誰にでもできる

目の前に困ったことがあると、なんとかしなきゃいけないと思うし、いかにもどうにかすべき「問題」のように見えるし、なんだかんだ偏差値の良い学校に行ったほうが良い気がするし、でもその一方で、学歴や学力がなくても成功している人もいるし、それもなんかわかるようで腑に落ちないし、こうしたほうが良いと思ってやってても自信なくなるし、人は人と思いたいけどどうしてもイライラしちゃうし、好きな事もよくわからないし、じゃあ大して好きじゃないんだねって言われてもねぇ、って思うし、まぁ色々考えるわけですが

要するに、とっとと幸せになればいいんでしょって話です。
幸せな状態になれば、すでに終わったこれまでの苦労とかは忘れて「結果オーライ」だって自然に思えるから。
だから、結果オーライってわかっていたら、幸せになるってわかっていたら、そこまでの道のりは実は大したことない。
(だから道筋考えなくて良いという昨日の話につながり、道筋考えないでいる時に幸せにもなるのですが)

ただ人間というのは幸せな状態になっても、なったはずなのに今度は「こんなに幸せで良いのだろうか」「バチが当たるんじゃ」「私が幸せになった分、どこかで不幸な人がいるんじゃ」と、色々な問題とやらをまたあえて作り出すのですけれども。

で、得られる大きさの事を考えたら、日々のことは大したことではなくて、苦もなく結構色んなことができちゃうわけです。

こんな素敵なメッセージをいただきました。
ストイックっていうのは性質だけの事ではなくて、誰もが「わかった」ら、もうそこに進むしかないっていうお話。

以前は、小野田さんの1ミリもごまかさない、とか、今ここ集中、とか読むたびにうーん、ストイックだなあと感じていたんですけど、最近、びっしり心の底から満足!の時間もあって、同時に、なんだかなーと感じる時の自分のまわりに感じるエネルギーの質の差がはっきり見えてきて、これは、確かにごまかせない。ストイックとかではなく。と思いました。
余計なところに自分のエネルギーをつかうのは無駄っていうのも、そうかなあ、人生って、も少しゆるくていいんじゃないかって感じがしていたんだけど、最近は、確かに小野田さんの言う通りだなあと思う。
あんなに時間が輝くんだったら、ほんとにああいう時間を できるだけ多く人生の中で持ちたいし、そうじゃない時間はなくていい。
という感覚が、ここ数日のことですが、実感として分かりましたよ。
体感してしまったら、もう、どっちを選ぶかは、絶対光り輝いている方に決まっていて、
それを得ていくために本音で生きていくことが必要なら、
そりゃもう、本音で生きていきますよね。
努力でもなんでもなく、植物が太陽の方を向くみたいに。

そう、性格とか性質がっていう話じゃなくて、知ってしまったら、もうそっちにしか行けなくなるんです。
その過程は、修行でも苦労でも根性でもなく、ただもう、それこそが素晴らしい唯一の道、みたいな。

メッセージ掲載、快諾いただきました。
ありがとうございました。

「一周回って知らない話」という番組にローラさんがゲストで出ていて息子が録画していたのですが、横目で見てたのに面白くて熱中してしまいました。
一言で言えば大変ストイックな彼女。
2年前にCMでいきなり素晴らしい歌唱力を披露したそうですが、その更に2年前から、歌う予定もあてもないけど、未来の来るべき日のためにボイストレーニング受けていた。
アメリカ映画に出演されていましたが、3年前から、予定もあてもないけれども日本とはまた別に、アメリカの事務所に所属していた。
2年前から全く話せなかった英語も習い、日本でのマネージャーさんもアメリカ人の人に変わってもらい、と、自分をその環境に置くことを徹底し、スタジオではとても流暢な英語を披露。
インスタでは、雑誌のページ並みのクオリティの写真を、1日も同じ洋服を着ることなくUPして。お料理も素晴らしく。
我々から見たら驚愕ですが、彼女にとっては苦もなくできる事、当たり前に頑張れること。
苦労すら、幸せだと思える事。

彼女の場合は天才的に見えますが、要は、そういう本質のものが誰にでもあるから、それを見つけるだけなんですね。
見つかれば自動的にそっちへいくから。

誰でもできることじゃなかったら私も書こうと思わないです。伝える意味ないし。
自分ができて、終わりにしちゃってると思う。


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# by 4cubes | 2017-02-22 17:00 | 潜在意識

一元視点で物を見つめ、物理化学の視点での引き寄せ、人の性質の分析解析を得意としています。、現在個別対応のみ承っています。


by のりこ